古川河川
5 件の小説恋愛大作戦
とある山形県の大学。 講義が終わり、夏のじんわりとした学内を出た。友人と明日遊びに行く約束をして別れた後、半月前に買ったコンパクトカーに乗り込んだ。車内に置いていたファッション雑誌をパラパラとめくりながら、つい、ふと、ため息をついてしまった。 入学してから半年たった私は暇を持て余していた。何か出会いがあるかと思えば特になし。なんなら高校時代に振った男の方がマシだった。先生になることに謎の自信があり、憧れた私は教育学部に入った。そこで教員免許は別に教育学部じゃなくても取れるという驚愕の事実を受け止める。・・嘘でしょ? 私含めて皆アホばっかり、なぜ教えてくれなかった、それとも誰も私に興味がなかったのか? 車のエアコンが効いてる中、最後のページをめくり終わり、明日のコーデを脳内会議させ、夏の生足を晒し出す決意をする。が、まず、その足でマンションに帰らなければならない。 ブロロロン、半月も経てばマップを見ずに運転して帰れるようになった。 このマンションは地下駐車場で、広いという理由で決めた。 エレベーターに乗り込む。5階の部屋を借りているので、設置工事してくださった関係者方々に感謝しながら少し目を閉じた。チン!知っている廊下だ。扉が開き、5階に着く。やはり、エレベーターの中は身体を休める所ではない。誰にも急かされていないのに追い出されるように飛び出る。 その途端、身体が何かにぶつかった。 この廊下は余り人が通らないが、何かにぶつかるも何も、よくよく考えれば人くらいしか思いつかなった。身体の硬度的には男性か?謝るために顔を上げる。 「ギャッ」 悲鳴をあげてしまった。ヤツだ。なんでここに? 「大丈夫ですか!・・ってあれ?お前は」 そっちは悲鳴をあげないのか。ありえないだろ、こんな状況。 「桜木じゃん!奇遇だな!俺だよ、」 田代だろ・・言わなくても分かるよ、私が高校時代に振った相手なんだから。 ふいに、明日の友人との約束が遠い過去のように思えた。いわゆる男友達なのだが、キープ候補とも言い換える事もできた。今、まさにその役目を終えようとしていた。
窓口 応仁の乱 蟹工船
私はよく物を盗まれる人間だ。 小さい頃はAくんにカードゲームを盗まれたり、AくんとBさんからお金を盗られた。(後に、カードゲームは転売されていた事が分かった。) 中学生になっても変わらず盗まれ続けている。 学校の帰り道、夜は冷えて息が白く漂い、辺りに口臭を撒き散らしながら歩く。暗い夜道なので慎重にそろりそろりと歩く。正直言ってこの暗さは怖い。見る物が黒いシルエットになり、特に足元に何が落ちているのか分からないのは単純に恐怖だ。 「こんばんわ!ちょっとお時間よろしいですか⁉︎」 声と同時にライトで自分を照らされ、さっきまでの重苦しい帰り道に活気が溢れる。 「どこに行くんですか?」 どうやらお巡りが巡回中で、私は職務質問を受けているらしい。動画でよくある、職質を撃退した!論破してみた。などの展開を思い浮かべながら、警官に応じて協力する。 「呼び止めてごめんね!帰り道気をつけて!」 元気な声で立ち去った後、またいつものどんよりとした帰路に戻る。不思議と警官相手に緊張しなかった自分に驚く。そういえば、一度警察のお世話になった事があったのだ。被害者として。 以前、盗難に遭い、相談窓口を使った事がある。 その結果友人を失ってしまった。 確かその友人は歴史が好きで特に、応仁の乱にどハマりしていた。本が好きらしいので、家の書庫に招いて歴史の人物伝や新書を見せた。書庫は広く、家族だけで使うにはもったいないように感じた。自分はあまり武将や偉人、城等に興味はないが、彼はとても喜んでくれた。こいつとチャンスだと思った私は、彼と歴史を一緒に学べば、自分もいつかこの書庫にある知識を語れるようになる、好きになれるとワクワクした。 彼が帰った後、書庫から本が2冊なくなっていた。 焦った私は、親に相談してしまい事態はより大きくなってしまった。噂は直ぐに広まり、その友人は転校して蟹工船とまではいかないものの、本当に遠くに行ったのでもう会う事はないだろう。 ある程度事件から落ち着いた後、今度は釣り竿を盗まれた。 クラスで隣の席の子と川釣りの趣味で意気投合し、休みの日や、気が向いたら放課後までも一緒に釣りをしていた。 ある夏、何気に釣ったことのないブラックバスを狙おうとしていた。猛暑は魚も体力を消耗し、釣りやすくなるので7月下旬から8月頃はベストシーズンになる。 炎天下の釣りは予想以上にキツく、すぐに夏バテしてしまった。 倒れてしまった自分の代わりに釣り竿を貸して二刀流で彼は川と戦っていた。 「なんだ弱っちいなぁ、そんなんじゃベーリング海の荒波に耐えられねぇぞ」 「ベーリング海?」 「おう、俺の父ちゃんカニ漁の船長やってんだ。・・・聞いてんのか?船長だぞ?」 自分は驚いた時に黙ってしまう癖がある。さらに、今は暑さでへばっているのだ。多少返答に時間がかかっても仕方がないではないか。 「カニ漁って、想像もつかないな。そのベーリング海って所も遠そうだし」 「いんや、さすがにそこまで行かん」 違うんかい。後、私が暑さに弱いことと荒波は関係ないだろ。 一歩遅れたツッコミが頭をよぎる。これを口にだそうとしたが、その時。 釣れた。 彼がブラックバスを釣ったのだ。 それからは、夏バテしていた事を忘れて大はしゃぎした。楽しくて楽しくて下手な踊りをして転んだ。おそらく何をしても愉快な時間だったのだろう。興奮が冷めぬまま解散することになり、ほくほくして帰ることになった。 帰り道で、自分の、あのブラックバスを釣った釣り竿がないことに気づいた。 ガッ 夜道のちょっとした段差につまづいた。考えごとをしながらふらふら歩くにはこの道は難易度が高い。 この闇路が苦手な理由は暗い他に、長いという事情がある。家に着くまで40分歩き、それまで住宅街の陰気臭い風景をずっと眺めなければならないのだ。過去の暗い出来事も思い出してしまうのは仕方がない。流石にいつもは自転車で通い、ライトをきらびかせながらルンルンで帰るのだが、その自転車も放課後、誰かに盗まれた。 自分はきっと運が悪いのだろう。対策をすれば盗難は確かに減る。しかし、そんな事をしなくても人生で一度も物を盗まれた経験が無い人は沢山いる。そう、私は運が悪いのだ。このまま誰か、どこかの畜生にこの不幸話をして笑いを取ることしかできない。 家に着いた。幸い家庭環境は最強で父は開業税理士で大成功、母は前職の影響で横のつながりが広く、自分が将来の夢を見つけた時にアドバイスをしてくれるだろう。妹はめっちゃ可愛い。 夕食を終え、自室に戻る。 落ち着きを取り戻し、自慢の趣味コレクション達をうっとりと愛でながらこれからの事を考える。 盗んだアイツらの事は正直憎い。復讐したいが、推理小説やニュースを見ていると完全犯罪の難しさがよくわかる。(実際、今のところ盗まれた釣り竿と自転車は完全犯罪なのだが)。 そうだ! 私は良いアイデアを思いつくと一人で踊る癖がある。・・おそらくこれは人類共通だと思いたい。 警官になろう! 靴下が床をなでる。警官になれば彼らに公に復讐できる。だが、この動機は人様に話せるもんじゃない。何か警官らしい納得のいく体験談は・・そうだ! 帰宅中の夜道で出会った元気な警官を思い出す。アレをきっかけにしてみよう。まだエピソードとしては弱いのでかなり話を盛らなければいけないが、個人的な復讐を語るよりはマシだろう。 靴下が床を滑らせる。フローリングのため、いつもは滑り止めを敷いていたのだが忘れていた。慌てて腰を落としてへたり込む。 未来の自分の姿を思い浮かべる。警官になり、まじめにパトロールしている自分。気の乗らない職務質問をあの人を思い浮かべながら元気に乗りこなす。ポケットが軽い。どうやら拳銃を盗まれてしまったようだ。
裏切り 風船 再生
雑談のパターンはある程度決まっている。 実家はどこか、学業は?、何の仕事をしている。ここまでは基本難易度が低いと言えて、何も考えなくても答えられるしその場限りの嘘もつきやすい。 しかし、趣味となると途端に脳をフル回転させなければならない。何もない人間なら答えられず、人を選ぶマニアックなものなら類義語を違和感なく語らねばならない。 雑談なので、もちろん正解なんてない。相手は内容ではなく時間を埋める情報量を求めているので、本当に何でも良い。 もし、鷹のように見定められているのなら話は別だが・・。 マッチングアプリである女性と知り合った。千葉県の海岸沿い出身らしく、職業は電気工事士で夏の激務の際は連絡があまり取れなくなってしまった。 季節が流れ、秋。 久しぶりにチャットがあり、また彼女と他愛ない言葉を交わす。どうやら何か吹っ切れたようで通話のお誘いが来た。 ードキドキしている。 すぐさま返事を返し、声を聞く。 「は、はじめまして・・」 メッセージ上では気の強そうな人だったが、その声は透き通るような声で森の動物に例えたかった。 話が弾むにつれて相手の緊張がほぐれたのかチャットの雰囲気に近づき、次第に会話のテンポも合った。 「そういえば、趣味とかあります?」 キタ!昔は無趣味な自分が嫌いで、その質問をしてくる奴も問答無用で目の敵にしていた。だが、今は違う。 「バルーンアートですかね?」 「えっ!凄い、風船で犬を作ったりするやつだよね。始めた理由とかあるんですか?」 我ながら良い趣味だ。 「もともと声が小さいのがコンプレックスでして、アパート暮らしなので発声練習をするわけにもいかず、そこで風船を膨らませて肺活量と口の筋肉を鍛えることにしたんです。」 「⁉︎よくそこまで打ち込めるね、最初の頃大変だったでしょ。」 最初の頃?・・制作するのがってことか? 「ええ、初めはウサギを作ろうとしたんですがなかなか上手くいかなくて。」 「ううん、そうじゃなくて風船を膨らませるのが。あの細長い風船って口で空気入れても余程じゃない限りふくらまないじゃない?事前準備でゴムを引っ張ったりして膨らませやすくはなるけど、それでも結構キツイよね」 そうなの⁉︎ 「だから、エアーポンプで空気を入れるのが初めはおススメなんだけど、そっか、本当に努力したんだね。声、よく聞こえるよ!」 そこから先のことはあまり覚えていない。 話題をバルーンアートから逸らすのが精一杯で、本当に精一杯で。 今回の反省点は、まず私が嘘つきであったことだ。彼女の出身を知る前に仲良くなってしまったせいで、私の出身は熊本から東京に変わってしまった。仕事もただの事務員だが、なるべく共通点が欲しかったのでIT系になった。 あれからこちらが罪悪感に芽生えたせいか、会話からボロがでるようになり、不適切なプロフィールや詐称として通報され、アプリを退会させられてしまった。 次からは、初めから経歴を話し、趣味など内面的なものも晒してみよう。受け身の姿勢ではいけない。ここからだ。 ここから私は再生する。
月 暴走 煙草
スマホカバーが汚れてきた。 しかし、私の心はその程度では揺れない。 それは確かに除菌ティッシュで拭いても落ちない汚れで、側からみると精神状態を心配してしまうだろう。 しかし、この汚れは昨日今日のものではない。...詳しく書くと正気に戻ってしまうので省略するが、要は少しずつ汚れたので変化に鈍感になり見慣れてしまったのだ。 私は夜の日課のランニングをしながらメンタルを安定させる。 鍵と念のため、スマホ等を持って。 初めは目的地のない散歩をしていたが、往復という専門用語を知り、体験した結果、歩くのが億劫になってしまった。 やはり何事も程々が良いのだろう。 今のランニングも、調子に乗ってフルマラソンなんて走ったものなら、いよいよ身体を動かす機会を失ってしまう。 その日の夜は月が綺麗だった。相手がいないので隠された意味もなく、見たままで本当に綺麗だった。月といえば満月が最も美しいと思っていたが、今日の楕円は特に惹かれ、感動した。 丁度スマホがあったので震えた手で形の名前を調べてみる。もし名前がなかったら私が名付けてみよう。 ...どうやら月齢26「二十六夜」というらしい。三日月をちょうど反転、つまり三日月分の大きさを黒くぬりつぶし、満月から引いた形となる。月齢についても調べたくなったが、今はランニング中という事を思い出す。身体はあったまっていて夜風をものともしないが、服装がいかにも走るための姿のため、立ち止まってスマホをいじるというのはランニング歴2ヶ月の私にとって屈辱である。 間をとって歩きスマホ..というのは選択肢にははいっていない。 スマホを閉じ、ポケットに入れながら頭痛を我慢してランニングを再開する。 煙のない月を見上げていると直前に見ていたスマホカバーが脳裏にチラつく。 汚いスマホカバー。今まで友人や家族からの目を思い出し恥ずかしくなった。 価値観の変化を月から得てしまった。 無駄にカッコいいのでスマホにこの想いをメモしたくなった。月明かりに照らされてスマホカバーはドチャクソ汚く、惨めになった。 走って身体が高ぶったからなのか、私の行動力は爆発した。 スマホカバーを張り替えると決意するや否やその場でベリベリと剥がし、道に叩きつけた。実際には空気抵抗のおかげで そこまで音は鳴らないとおもうのだが、私には(ビターン)という響きが聞こえた。 浅い呼吸で近くに深夜まで空いている百均店があるので走った。カバーのサイズを思い出しながら懸命に走った。 店に入る。 その足は店内を走るため、その手は客をかき分けるため。 ここまで本気になってよいのだろうか。 立ち塞がる店員達を薙ぎ倒しながら考える。 私のモットーは、何事も程々に、である。独学、1人で行なっているものなら尚更だ。限界突破してしまっては師がいない限り本気でスランプになってしまう。偶然の産物を再現しようと、それだけのために朝日を探す。2度目の山登りで成功体験が頭を曇らせる。 目的地の棚にたどり着いた。サイズを確認するためにポケットを漁る。出てきたのは鍵、スマホ・・・のみ。財布が無い。 いや、他にもあった。煙草だ。 煙草をやめられない私はせめて運動だけはしようと夜に外出している。 その前に一服し、確か夕飯を食べた後にも一服。思い出すまでもなく朝からタバコはいつもいる。 とりあえず落ち着こう。 パトカーのサイレンを聞きながら、ライターを取り出し、火をつけた。
鉛筆 ボールペン 破壊
時代にそぐわないものは排除すべきだ。 特にこの鉛筆。 軽く歴史を調べてみるに、16世紀の終わりに、イギリスで黒鉛鉱が発見され、 開発されたのが鉛筆らしい。 自分の子供の頃から馴染み深いものだが、どうやらデザインはすでに完成されていて 五角形になったり、ゴム状にして曲がるような事が限界だ。 20年間この鉛筆と付き合ってきたがそろそろ君のはしゃいだり無茶して転ぶ後ろ姿が見てみたい。 なに、20年間の付き合いさ、私もできる限りの協力をしよう。 まずは手を用意します。そもそも先ほど言ったように、鉛筆は既に完成されているのだ。なのに何故改悪を重ねるのか。 それは人間の手がまだまだ不器用だからである。 人間の手は拳で殴るために進化した。 確かに、殴りやすそうな腹、殴りたくなる顔とはいうが、その際に拳の心配はしていない。 手は鉛筆を持つだけ、そのために進化をすべきなのに何故握ってしまったのか。 ジャンケンのためか?チョキとパーだけでも十分試合できるだろうに。 だが、間違ってしまったものはしょうがない。いつだって粗探しは何の役にも立たないのだ。そうだ、手を用意させたままだった。 申し訳ない。 次に指の隙間に鉛筆を一本ずつ加える。 合計片手に五本持てたはずだ。 もう片方も同じように挟む。先程と違って指の隙間に入れた鉛筆が邪魔で上手くできないだろうが安心してくれ。私もだ。 言い忘れていたが、鉛筆は10本必要になる。もし何本か足りないようなら途中で買いに行ってもらいたい。もしそのまま外出するのが恥ずかしいなら、ボールペンで代用してもいい。 絵を描いた事はあるだろうか、もしくは習字や設計、とにかく紙に綺麗な丸を書いて見たことは。 今回は鉛筆、ボールペン等を扱う限り憧れるキレイな丸を書いてみたいと思う。 進化というものは危機感をもたなければ発動しない。このままでいい、それが続く限りこの手は変わらない。鉛筆におんぶだっこされるがままだ。いずれ鉛筆にこの手は乗っ取られてしまうだろう。 そうなる前に、こちらが有益であることをアピールしなければ。 紙の上に手をかざす。それは手と言うにはあまりに大きすぎた。大きく、重く、そして大雑把すぎた。それは正に邪魔だった。