花史(更新一旦止まります)
15 件の小説第十一話 茅野美桜
間違えた。絶対に間違えた。 マッチングアプリで、しかも初めて会った相手に自分の過去を晒す?? 多重人格なんて引くに決まってる。 なのになんで聞いてしまったんだ。 自分の口から出た思いもよらない言葉に動揺が止まらない。 ただ、一瞬でも期待してしまったんだ。 この人ならもしかすると、私のことを知った上で一緒にいてくれるんじゃないかって。 「聞かせてくれるんですか?」 たった一言なのに、涙が出そうになった。 親ですら興味を持ってくれなかった、今までマッチングアプリで会ってきた人たちももちろん興味を持つはずなんてない。 もちろん藤戸さんも興味を持っていってくれているわけではないにしろ、 私にとって初めての「聞いてくれるかもしれない人」だった。 「いいんですか?重いですよ?」 自分で言い始めたくせに聞き返してしまう。 ついに頭がおかしくなったのかもしれない。 「確かに秘密や言いにくいことは誰にでもあります。それが私にとって霊感のことでした。それをあなたは聞いた上で引くわけでもなくむしろ自分の過去を話そうとしてくれてる。それを拒むなんてしません。」 気づけば大粒の涙が頬を伝っていた。 それに気づいたのは、言葉を聞き終えた後だった。 ふと私の頭に何かが被さった。
カレンダー
1日1日、過ぎていく。 瞬きをしている間に、夜が迎えにくる。 また、何もできなかった今日が終わる。 俺の人生を振り返ったとき、どれだけ周りに迷惑をかけてきたのだろうか。 静かに頬を伝う涙が、情けなさに対する抗いを示す。 いっそいなくなれれば… 終わる理由もなく紡がれ続ける日常。 どうにか死ぬ間際この人生を、自分として生きていて良かったと、間違いはあったとしても、自分を貫き、必死に生きたと誇りに思えるように そうして少しずつ動き始めた新たなスタートは、 情けなくも尊い、今までの人生を破り捨てる音がした。
第十話 藤戸則文
モヤモヤする。 でも聞いてしまえば変人扱いされておしまい。 心の中では葛藤しながら淡々と料理を口に運ぶ。 こちらのぎこちなさを相手も感じ取ったのか変な間が生まれる。 だめだ。やっぱり気になってしまう。 ここは一部の話題のように自然に… −−−−−−−−−−−−−−−− やってしまった…聞き返されたことで次の言葉を考える暇がなくてそのまま聞いてしまった… だが彼女から出てきた言葉は 「なんでわかったんですか」 動揺が隠せない表情でこちらをまっすぐに見つめている。 そこで初めて、本当の彼女が今見えたことを悟った。 オーラの色が違うと言いつつ、2人の茅野さんのオーラの色は似ていた。 正直俺にとってのデメリットがあるわけではない。 俺は正直に霊感のこと、オーラのことを話すことにした。 話し終えた後も、茅野さんは黙っている。 怒らせてしまった… 「あの…」 「はい⁉︎」 急に呼ばれて声が裏返りながら返事をしてしまった。1人で赤くなりながら茅野さんの言葉を待つ。 「もし私の話をした時、あなたは受け流してくれますか?」 まっすぐな、目をしていた。
ギター
冷たい部屋に乾いた音が響く 君がいた頃より、心なしか音に色がなくなったみたいだ 君と僕がつながるきっかけになったこのギター 今でも瞼を閉じれば、食い入るように指を見つめる君の笑顔が僕を癒してくれている。 癒して、 くれている はずなのに、 目を開けると、深く傷ついた僕の景色は霞んでいく。やがて、たいして遠くない弦も見えなくなっていく。 色がなくなったのは ギターの音じゃなく、僕から見えている景色だったみたいだ。
第九話 藤戸則文
何かの番組で得た情報だ。オーラの色が合う男女は自然と性格や好みも似るようで、かすかな希望を頼りに自分と同じ色のオーラを放つ女性を探した。 「この人…」 それはあるマッチングアプリでプロフィールを眺めていた時だった。 うっすらと笑みを浮かべた女性。派手な見た目とは裏腹に目の奥には光が宿っていない。 「俺と同じ色…」 その人にメッセージを送ってみるとすぐに返事が返ってきた。 テンプレのような会話の中でも分かる色、この人なら合うかもしれない…と早速会う約束を取り付けた。 そして今日。 待ち合わせ場所に来た女性は、写真と見た目は同じでも色が違う。 どちらも似た色ではあるが、今会っている人の方が少し淡い色をしている。 ーまさか違う人?いや、写真の中ではオーラは同じ色だったし、メッセージからも同じ色だった。じゃあこの人は? 困惑を抱きつつも店に向かう。道中や食事中もやはり違う色。 食事中に少し探りを入れながら話してみたが、なぜか中身が読めない。 何かコロコロ変わるような道が何本も分かれているような… どうしよう…聞くべきか…
第八話 藤戸則文
それは先天的なものだった。 小さい頃から霊感が強く、他人からすればしょっちゅう虚空に話しかけているように見えていたそうだ。 仲のいい3人組だと思っていた人たちは実は2人組だったり、生身の人間だと思っていた人は実は幽霊だったり… 幼少期からそんな調子で周りからは避けられていた。 それは学校生活ではもちろん家でもそうで、親は何か障害を患っていると思っているらしい。 何度か病院にも連れて行かれ、診断名を出さない医師に親が怒鳴っているのを見ていた。 半ば強引に診断された病名は統合失調症。 ただ、病名がはっきりしたとして何かが変わるわけではなく、むしろ有名企業においての汚点のような扱いを受けた。 何をしても罵られ、蔑まれる日々。 人が怒っている時の色が嫌いだった。 色というのは説明しずらいが、一般的にはオーラとして認識されている。 この霊感がまた特殊で、強くなるに連れて五感まで影響し、教室くらいの広さならどんなに小さな声で話していてもはっきりと会話の内容が分かる。それは壁を隔ても同じで、隣の部屋にいた両親の言葉で私はパートナー選びをすることにした。 「アイツに女でもできれば同棲の名目で家から出すこともできるんだが…」
鍋
「毎年毎年何が悲しくてお前らと鍋を囲まにゃいかんのや」 不服そうに肉を掬いながら言う。 「俺だって今年は彼女とイルミネーション行って温泉行って充実した時間を過ごすはずだったんだよ」 「俺なんて先週振られたんだぞ?慰めろ」 「「うるせえよ、彼女がいただけいいと思え」」 3人は小学校からの同級生で、付き合いは今年で13年になる。 いつも憎まれ口を叩きながら、自然と3人でいた。 「あ〜あ、いつになったらお前らと過ごす冬から抜け出せるんだよ…もしかしてループしてる?」 ふざけ合いながら、それぞれが食べたい鍋の具材を放り込んでいく。 それに対して誰も文句を言わず、からかいあっている。 思えばこの3人は、お互い憎まれ口を叩いてもお互いの好きなものは決して貶さない。 共感はしても同情はしない。助け合いはしても過干渉はしない。 そんなちょうどいい距離感だからこそ、この3人は一緒にいるのかもしれない。 彼女ができても安心して紹介できるし、別れれば帰って来れる。そんな居場所だからこそ、俺たちはこうして毎年一緒にいるんだろう。 俺は、できればこの時間ができるだけ長く、 俺のそばにあって欲しいと思う。 この2人には 言うてやらんけど。
ハンドクリーム
「あ、やば…出しすぎた…ちょっともらってくれん?」 「またかよ、量調節できんのか」 「容器が出過ぎるの、涼もハンドクリーム嫌いやったのに克服できたやろ?」 「美波が毎回こうやってあげてくるからやろ、男子ハンドクリーム嫌いなやつ多いから俺以外のやつにやったら嫌われるど?」 「別に他の男子にはやらんもん」 「ん?どう言う意味?」 「ん?好きに解釈したら?」
七話目 茅野美桜 藤戸則文
話していると歳の割には落ち着いていて、教養がある人とはこのことをいうのか、と感心した。 色鮮やかなコースを堪能しながら会話に花を咲かせている途中。 相手の口から思いもよらぬ言葉が出てきた。 「ところで聞いていいものか迷ったのですがよろしいですか?」 「はい?どうされました?」 「メッセージの時と今お会いした印象が少し違うといいますか…」 「あ、すみません、あまり良くなかったですか?」 「いえ、そう言うことではありません、どちらも素敵なのですが、こう…端的に言うと別人のような印象がありまして…」 そういうと何かを見据えるように続ける。 まて、まさかこの人… 「茅野さんはメッセージの方か、お会いしてるのが茅野さんなのかどちらですか?」 思わず手にしていたカトラリーを落としてしまった。 それと同時に相手もしまった、と言う顔で焦り始める 「申し訳ありません、不躾な質問で動揺させてしまいました」 焦る相手をよそに私は思考停止していた。 「…………どうしてですか…?」 「はい?」 「どうしてわかったんですか…?ちゃんと隠せていたはずで…」 「踏み込んだ質問をしてしまい申し訳ありません…直そうと思っているのですが癖で…」 「答えて、なぜわかったんですか」 そう言うと少し迷ったあと重い口を開くように話し始めた。 「実は僕は、」
六話目 茅野美桜 藤戸則文
そういえば、私以外の人格ができてよかったことがある。 それは状況ごとに切り替えられることだった。 厳密には八方美人の女の人だけなのだが、この人は世渡り上手なのもあってこの人なら外界に触れていても信頼できる。さらに記憶の共有・占有も可能なようで、八方美人さんが外にいる時は内側から見ている。最初に会う時は八方さんで会って、ある程度慣れれば私と交代して会うことも可能だ。 「藤戸さん!」 待ち合わせ場所には綺麗めなスーツスタイルを着こなす青年が立っていた。 「お待たせしてすみません」 「いえ、僕が早めにきていただけなので、ではいきましょうか」 「はい!お店まで決めていただいてありがとうございます」 「いいんですよ、女性はエスコートしろといつも怒られてばかりで」 他愛もない話をしながら店へ着いた。 半個室のフランス料理のお店で、リンクを見た時から普通の人が選ばなそうだな〜と思っていたが、名前を聞いて納得した覚えがある。 「こんなところ初めて来ました…!素敵…」 おお、こうやって感心して見せるのか。 我が人格ながらツカミがさすがだ。 「気に入っていただけてよかったです、私もあまり来ないので少し緊張していますが笑」 こちらが緊張しないように配慮なのか、柔らかい笑顔を浮かべながら言った。 ーなんとなく雰囲気が私と似ている気がする… 漠然とそんなことを思いながら食事が始まった。 まさかこの出会いが私の運命を大きく変えることになるとは、この時考えてもいなかった。