煙
8 件の小説長野の煙
ああ、息子が家を出て行った。 息子の夢を笑ってしまったんだ。 俺は東京なんか行ったことがない。 知らない世界の話をされても笑うしか出来なかったんだ。 「父さん俺東京に行きたい」 「観光か?」 「ちがう。東京で自分の力を試したいんだ。」 「バカ言うな、東京なんかでお前が活躍できる場所なんてねえよ」 俺はバカだ。本当にバカだ。 この世界しか知らないんだ。 息子の部屋にいつぶりに入るだろう。 ふと見渡すと、机の上に煙草が一箱置いてある。 「あいつももう大人だったんだな。」 1人で呟く。 長野の冬の外は寒い。 俺は空を見つめながら、息子の煙草に火をつける。 雪が降り注ぐ空に、 また違った白い煙が生まれ消えていく。 俺の不器用な聲は息子に届く事はない、 煙はすぐに生まれ消えていく。 俺は煙草を吸い切らずに捨てた。 「母さん東京に旅行行こっか」 煙は聲を生み消えていく。 1人寒い冬の夜、俺の煙の聲は 誰の煙と交わる事なく消えていく。 跡形もなく。 人の時間は儚い。 この年になり、息子から学んだ。 俺は、 息子は、 煙は跡形もなく 誰の煙と交わる事なく 生まれ消えていく
渋谷の煙
「ここ路上喫煙禁止です」 「あ、すみません。」 あ、YouTubeで見たやつだ。 今日も渋谷でYouTuberが騒ぎ立てる。 狭い喫煙所。充満する煙。 色々な香りのする、煙が生まれ消えていく。 あんな綺麗な人も煙草吸うんだなあ。 ここには色々な人がいる。 奇抜なファッション、おじさんにおばさん、サラリーマン、皆んな知らない人だ。 目も合わない、会話もない。 皆んなただ黙々と煙を生んでいるだけ。 僕は今日初めて東京に来た。 この場所は何故か僕には心地よく感じたんだ。 誰の目も気にならない、 個性が許される場所、 そんな事を煙が話しかけてきているみたいだ。 僕はいい子だ。 親の言うレールを走ってきた。 自分の気持ちなんて考えた事が無かった。 人の目を気にして生きてきた。 そんな事がここにいるとバカバカしく なった。 色々な煙の聲が遠くでする。 色々な声が聞こえている中、 誰かに何かを伝えようとする儚い煙の聲が 僕には聞こえた気がしたんだ。 人は本音を話すのが苦手だ。 沢山の煙が生まれ消えていく。 誰の煙と交わる事のない煙が。 母さん、父さんごめん。 僕は東京で生きていく。 僕の煙はその思いを聲に乗せ、 誰の煙と交わる事なく、生まれ消えていく
公園の煙
今日もまた来てしまった。 日中の世の中の歯車が噛み合う時間。 私は外れたパーツの一部のように今日もまた、何も作ることない時間を過ごす。 喫煙禁止と書かれた看板の前のベンチ、 ここが私の居場所だ。 今日もまた煙が生まれ消えていく。 こんなはずじゃない、俺は世の中を変える力がある。 そんな誰にも信じてもらえなくなった妄想を浮かべながら、煙が消えていくのを ただ、見ているだけ 大人になんてなりたくなかった。 そんな事を思う毎日だ。 公園は時間が進むのが遅く感じる。 煙が時間を思い出させてくれる。 「ママあそこの人煙草吸ってるよ」 「ダメね、ルールは守らなきゃ」 俺の聲は誰にも届かない。 わかってくれよ、おじさん辛いんだよ。 人間の口と言うパーツは誰かに思いを伝える為にあるのかも知れない。 俺は生まれつき声が出ない。 誰にも話す事が出来ない。 この浮かぶ煙が聲になって誰かに届かないかな。 今日もまた誰とも交わる事のない、 煙が生まれ消えていく。 もし生まれ変われるなら聲を出し、 煙を生まない自分でありたいとそう願う。
公園の時間軸
私はエリート営業マン。 年収は1500万ほど稼いでいる。 ってずっと周りには言ってきた。 いつからだろう、髪をセットし、スーツを着て公園に来るようになったのは。 プルルプルル 「はい柳です。」 「あ、株式会社相良採用担当の丸橋です、」 「今回は残念ながら、、、、」 これでもう7社目だ。 公園は平和だ。 ベンチに掛けて何もしないおじいさん。 駆け回る少年。 つぶらぬ瞳で見つめてくるハト。 あー、突然大企業の社長が声をかけてこないだろか。 「あの、すみません」 突如声をかけられ振り返る。まさかと期待した顔つきで。 「隅田警察のものですが」 これで職質も8回目だ。 あ、気づいたらもう17時だ。 毎日毎日この繰り返し。 私の時間は1年前からこの公園で止まっている。 大人になると身長は伸びない。 成長が分からない。 私の時間はいつ動き出すだろうか。 公園と地獄の分かれ目を超える。 今日もまた終わりのスタートが始まる。
墓場の煙
快晴の日、私は墓場にいる。 「煙草なんて吸うから早死にしたんだ」 そう、祖父が亡くなって5年経つ。 私は初めて墓参りをしている。 煙草なんて。そう思い続けて生きてきた。 何故祖父は亡くなるまで吸い続けたのか、 今の私には分かる気がする。 「402番煙草2つください」 「年齢確認お願いします」 「あ、今日誕生日なんですね」 「はい。」 私は今日初めて煙草を買った。 墓場の前で初めて煙草を吸った。 銘柄なんて知らない、味なんて分からない。ただ吸い方は知っていた。 祖父といる時間の中で何回見て来ただろうか、いつも無言で吸っていた姿。 煙が生まれまた消えていく。 「じいちゃん一緒に吸いたかったな」 空は快晴。 雨が降り始め煙を生む火種が消えた。 祖父の煙の聲を聞く事はもう出来ない。 涙が止まらなかった。 一本減った煙草を2つ墓場に置き私は歩き始める。 2度と煙が生まれる事も消える事も そう、交わることも無い煙草。 祖父の煙はいつも何か言いたげだった、そう今私が生んだ煙と同じように。 今日もまたどこかで孤独な煙が生まれ消えていく、
皆んなゾンビ
ゾンビとはいったい何なんだろうか。 何も考えないが存在はしている。痛みは感じないが存在はしている。歳は取らないが存在はしている。 今の日本にゾンビは存在していると私は思う。 夢を追う事を諦め、希望を抱く事をやめ、ただ毎日が過ぎていく。 今の日本はゾンビ大国だ。 人は痛みを感じなくなった時点でゾンビそのものではないのだろうか。 アメリカ人は言う、日本人は何故皆んなそんな一生懸命に働いているのか、日本人はその答えを知らない。関心がないのだ。 生まれた時からゾンビ教育を受け、集団行動を学ぶ、人に迷惑をかけるなと学ぶ、大人になったら自然とゾンビになる。 私は闘いたい、夢は見て叶える為にある、人と合わせる必要はない、社会に出て満悦しているゾンビウイルスと私は闘い続ける。 ああ今日もまた1人の人間がゾンビに感染していく。
7階の時間軸
朝起きて7階からエレベーターに乗る。 ギシギシと音を立て今日のスタートラインに着く、ドアが開いたら今日が始まる。 私の部屋は不思議だ、まるで時が進まない空間だ。 東京の時間は早い、皆んな生き急いでいるように感じる。 私も同じだ、ひしめくビルの合間を生温いビル風と共に早歩きする。 そんな1日は直ぐに終わる。 何をしたかなんて覚えていない。 ガタン。 エレベーターのドアが開く。 今日も終わりのスタートが始まる。 7階の時間が動き始める。
ジムニーの煙
大学の放課後誰もいない駐車場、ぼろぼろのジムニーの中でまた今日も煙が生まれ消えていく。 「煙草吸いいこーぜ」 「授業始まるよ」 「吸わなきゃやってらんねーよ」 そんな言葉が飛び交う冬の日。 俺はいつもみんなと違う。 みんなと一緒にいれない。 みんなと一緒じゃない。 いつも孤独だ。 苦しい、話したい、聞いてくれ、限界だ、 助けて、普通になりたい。 また放課後誰もいない駐車場ぼろぼろのジムニーの中から煙が生まれ消えていく。 俺は煙草を吸わない。吸っていない。 そんな言葉は嘘だ。学生2000人に嘘をついている。 俺はこの大学の会長だ。誰からも好かれる存在だ。弱音は吐かない。 「会長また喫煙所以外で吸ってる人いますよ」 「まったく、俺注意しとくから」 「本当なんで煙草なんて吸うんですかね」 煙草を吸わなきゃやってらんない。 そんな言葉の意味が分かりだした。 考えてみてほしい。この会長がどんな人間だったのか。 この会長の煙草ノ聲を聞いてほしい。 卒業までの日々誰もいない駐車場ぼろぼろのジムニーから煙が消える日は無かった。 誰の煙と交わることもなく。