泡の栞
8 件の小説空白は、君が信じてくれた
眺めてるんだ いつまでも。 目の前の紙切れ一枚を。 何時間でも見てられる だってこの目の前の紙切れには大親友の彼が写っているんだ 私のいるはずだった場所は、ぽっかりと空白で。 その空白を見つめながら、何度も泣いた 夢を叶えたんだ。 『女優になりたい』 と言ったわたしをみんなは笑った。 無理だ、と。 でも彼は違ったの。 『じゃあ僕が俳優で一緒に映画に出よう』 約束した。 いっぱい努力してオーディション出て 頑張って2人とも受かった。 でも残酷だよね。 売れたのは彼だけだった 足掻いても手の届かない存在に遠のいていく 『映画に出るんだ』 そう言った彼は笑顔だった。 映画の広告 目の前の紙には彼の写真と映画の広告 主演のところには彼の名前 わたしの名前はなかった 「一緒に、って言ったくせに。1人で行かないでよ」 そんな言葉を口にした瞬間、自分が一番嫌いになった。 嬉しいはずだった。幼馴染が夢を叶えた。 それなのに胸の奥から溢れてくるのは、おめでとうじゃない。 置いていかれた、だった。 スマホが震える。 「もしもし?」 『あ、やっと出た。』 聞き慣れた声。 何年も変わらない、あの頃の彼の声だった。 『見た?』 「……見た。」 『どう?』 「すごいね。」 本当は違う。 “悔しい。” その一言が喉まで出ていた。 沈黙が流れる。 すると彼は、昔と同じ調子で笑った。 『だからさ。今度はお前の番だよ。』 「……え?」 『約束、忘れてないから。』 言葉が止まる。 『映画、一緒に出るんだろ。』 「でも私は──」 『まだ諦めてないじゃん。』 胸が痛い。 『諦めた人間ってさ、オーディション受け続けたりしない。演技辞めたりしない。悔しくて広告なんか見続けない。』 どうして。 どうして分かるの。 『お前、自分じゃ気付いてないだけ。』 彼は少し笑って続けた。 『俺より、お前の方が夢を信じてる。』 涙がこぼれた。 誰よりも、自分が自分を信じられなくなっていた。 それなのに。 一番遠くへ行ったはずの彼だけが、 まだ私の未来を信じてくれていた。 『だから次は迎えに来い。』 「迎えに……?」 『主演、お前。俺、相手役。』 小学生みたいな約束を、大人になった彼はまだ本気で口にした。 受話器越しに笑う声は、昔と何も変わらない。 私はもう一度、机の上の映画広告を見る。 主演の横に並ぶ名前は一つだけ。 でも不思議だった。 その空白が、いつか私の居場所になる気がした。 彼が信じてくれている限り。 私は、もう一度だけ夢を信じてみようと思えた 数年後 まだ眺めている。この広告。 「続編出たんだ。」 主演のところには前と同じ彼の名前 「一緒にって言ったから....」 数年前と違うところ 数年前の空白の欄には私の名前 そして大きく書かれた『W主演の文字』 思わず涙が流れる 悲しくて泣いたんじゃないよ 嬉しかったから。 あの約束は夢なんかじゃなかった わたしが掴んだ夢物語 今度はわたしが彼の隣に立つ番。 嬉しくて誇らしくて わたしは今日もこの一枚の広告を眺めてるんだ いつまでも
題名はまだない
プロローグ 綺麗な物語なんかじゃなくてドロドロしてきたないところもあって、それでもなんとか形にしてみたいと思ったんだ。 これは生まれてからの私の物語 第一章 『恥』 恥 「私は恥だ。」 その言葉を覚えたのは、小学生の頃だった。 誰かに言われたわけじゃない。 通知表にも書かれていないし、先生に叱られた記憶もない。 なのに、その言葉だけは、ずっと胸の奥で育っていった。 まるで誰も種を蒔いていない庭に、勝手に雑草が生えるみたいに。 私は、人の顔を見るのが得意だった。 いや、好きだったわけじゃない。 見なければ、生きられなかった。 先生の眉が少し下がれば、「怒ってる。」 母のため息が聞こえれば、「私のせいかもしれない。」 友達の返事が一秒遅れれば、「嫌われた。」 誰もそんなことは言っていない。 でも、私の世界では、それが事実だった。 空気は読むものじゃない。 吸うものだった。 誰かの機嫌が悪ければ、私の呼吸も浅くなる 笑ってくれれば、一日が救われる。 そんな毎日を繰り返しているうちに、自分の気持ちがどこにあるのか分からなくなった。 「何食べたい?」 そう聞かれても、 「なんでもいい。」 本当に何でもよかった。 だって、相手が食べたいものを選ぶ方が、嫌われる確率が低いから。 正義感の強い子だった。 困っている子がいれば手を貸した。 泣いている子がいれば、一緒に泣いた。 先生に「優しいね。」と言われたこともある。 でも違った。 優しかったんじゃない。 怖かっただけだ。 苦しそうな人を見ると、胸が締めつけられた。 「助けなきゃ。」 そう思うより先に、 「このままだと、自分も苦しくなる。」 そんな感覚だった。 人の痛みが、自分の痛みになる。 だから助ける。 助けることで、自分も少しだけ楽になる。 それを優しさと呼んでいいのか、今でも分からない。 鏡が嫌いだった。 映る顔じゃない。 映る評価が嫌だった。 目が小さい。 鼻が低い。 足が短い。 笑い方が変。 欠点を探すのは簡単だった。 長所は、一つも見つからないのに。 「可愛いね。」そう言われても、 「気を遣ってる。」「本心じゃない。」 そう思ってしまう。 褒め言葉は、私の中を素通りした。 まるで穴の空いた器に水を注ぐように。 どれだけ入れても、満たされない ある日、母が昔の私の話をした。 「あんた、小さい頃さ。」笑いながら続ける。 「人の顔色ばっかりうかがってたよね。」 私は苦笑いした。 「正直、ちょっと気持ち悪かった。」 その言葉は、軽かった。 昔話をするみたいに。 悪気なんてなかったのかもしれない。 でも。 その瞬間だけ、時間が止まった。 私は笑わなきゃいけない気がした。 「そうなんだ。」 そう返せば、この会話は終わる。 でも心のどこかで、小さな私が立ち尽くしていた。 顔色をうかがっていた子どもが。 嫌われないように笑っていた子どもが。 その子はきっと、「気持ち悪い」と言われるために顔色を見ていたわけじゃない。 怖かっただけなのに。 生きる方法が、それしか分からなかっただけなのに。 私は、その子をかばえなかった。 「そんなことないよ。」 その一言を、自分に言ってあげられなかった。
虚構推理
「犯人は、君だよ」 そう言うと、彼女は少しだけ笑った。 「違うよ」 その返事が、ひどく正しかった。 私は探偵ではない。 推理なんてできない。 ただ、人の嘘を集めるのが好きだった。 人は事実を隠すときより、優しさを守るときのほうが綺麗な嘘をつく。 だから事件よりも、その嘘の形を見ていた。 ある日、一人の少女が相談に来た。 「親友が死んだんです。でも、自殺じゃありません」 警察は飛び降り自殺で処理した。 遺書もある。 防犯カメラもある。 目撃者までいた。 完璧だった。 それでも彼女は首を振る。 「だって、あの子は約束を破る人じゃないから」 理由は、それだけ。 証拠はない。 論理もない。 ただ”知っている”という感覚だけ。 私は三日かけて話を聞いた。 先生。 クラスメイト。 コンビニ店員。 近所の老人。 誰もが同じことを言う。 「あの子は良い子でした」 不思議だった。 良い子ほど、人は具体的な思い出を話さない。 優しかった。 真面目だった。 笑顔だった。 まるで、亡くなった人間を壊さないために、全員で同じ台本を読んでいるようだった。 四日目。 私は少女に言った。 「君が犯人だ」 少女は泣かなかった。 驚きもしなかった。 「やっぱり?」 静かな声だった。 「でも、私は殺してないよ」 「うん。知ってる」 少女は親友がいじめられていたことを知っていた。 家庭が壊れていたことも。 死にたいと言っていた夜も。 全部知っていた。 それでも何もしなかった。 何もできなかった。 だから、自分を犯人だと思い続けていた。 私は答えを出した。 「君は犯人じゃない」 「じゃあ誰?」 その質問に、私は少し考えた。 先生だろうか。 親だろうか。 クラスメイトだろうか。 社会だろうか。 あるいは。 「……誰でもないのかもしれない」 少女は笑った。 「そんな推理、探偵失格だね」 「うん。」 私は笑い返した。 「でも、本当の事件って、犯人が一人じゃないことのほうが多いから」 少女は帰っていった。 それ以来、会っていない。 数年後。 ニュースで、ある作家が新人賞を受賞したと知る。 受賞作のタイトルは 『虚構推理』 インタビューで彼女はこう話した。 「これは、昔ある人に聞かせてもらった事件が元になっています。でも、その事件はたぶん、全部嘘です」 画面の向こうで彼女は笑っていた。 私はテレビを消した。 あの日、本当に少女は存在したのだろうか。 相談なんて受けていないのではないか。 それとも。 ここまで語ってきた私自身が、誰かの作った登場人物だったのか。 証拠は、一つもない。 けれど、物語というものは。 真実だから人の心に残るのではない。 信じたい嘘だったから、誰かが語り継ぐのだ。 だから、この話にも犯人はいる。 ただ、その名前だけは。 まだ誰も知らない。
メモリ
人の記憶は曖昧だ。 昨日の夕飯は忘れるのに、十年前の何気ない一言は、傷跡みたいに残っている。 だから私は、記憶を保存する仕事をしている。 依頼人の脳から思い出を取り出し、小さなガラスの結晶に閉じ込める。 嬉しかった日。 初恋。 家族旅行。 誰にも言えなかった秘密。 全部、「メモリ」と呼ばれる結晶になる。 だけど、一つだけルールがあった。 取り出した記憶は、本人からも消える。 「後悔はしません。」 そう言って笑う人ほど、帰る頃には少しだけ空っぽな顔をしていた。 今日の依頼人は、一人の老人だった。 「妻の最期を消してください。」 静かな声だった。 病室で、細くなった手を握りながら「ありがとう」と笑った妻。 その笑顔が苦しくて、毎晩夢に出るという。 私は装置を起動した。 青白い光の中で、一つの結晶が生まれる。 ラベルには、 『妻との最後の日』 私は老人へ確認する。 「これで本当に、思い出せなくなります。」 「構いません。」 結晶を保管庫へ入れようとした、その時だった。 老人がぽつりと呟いた。 「……あれ。」 「どうしました?」 「どうして私は、こんなに泣いているんでしょう。」 理由は、もう無い。 涙だけが残っていた。 私はその姿を見送った。 そして閉店後、一人で保管庫を眺める。 何万個ものメモリ。 人の人生そのもの。 その中に、一つだけラベルのない結晶がある。 誰のものか分からない。 いつからあるのかも分からない。 でも、見るたびに胸が苦しくなる。 私は恐る恐る再生装置に入れた。 映し出されたのは、小さな女の子だった。 泣きながら誰かを探している。 「お母さん……?」 そこで映像は終わる。 知らない子だ。 知らないはずなのに、涙が止まらなかった。 机の引き出しを開ける。 古い社員証。 そこには私の名前と、一枚の注意書きが挟まっていた。 『職員番号017。自身のメモリ閲覧は禁止。』 血の気が引いた。 私は急いで保管庫へ戻る。 ラベルのない結晶をもう一度見る。 今度は、小さく刻まれた文字が見えた。 『所有者:017』 私だった。 私は、自分の記憶を消して、この仕事を選んだのだ。 なぜ。 続きを探そうとして、保管庫の奥にもう一つの結晶を見つける。 『娘』 手が震えた。 再生しようとした瞬間、画面に赤い警告が表示される。 《容量不足のため復元できません。上書き済みです。》 私はその言葉の意味を理解するまで、しばらく動けなかった。 人は新しい思い出を作るたび、少しずつ古い自分を失っていく。 人生とは、限られた容量に書き続ける、たった一つのメモリなのかもしれない。
世界は僕を覚えていない
ふっ、と思わず鼻で笑ってしまった 「くっだらな」 良いよな、芸能人様たちは少し名前が知られてるってだけで死んだ後まで世界が騒いでくれる 今日もまた訃報が流れていた。 誰が死んだとかどーってことないくせに 人一人死んだだけでみんな騒いじゃってさ 良くね?別に 「俺ら関係ねぇじゃん」 なんだってそんなに気になるっていうんだよ たかが他人。 俺が死んだって世の中少しもかわんねぇよ。 人一人死んでわんわん泣いてるお前が死んでも世の中何もかわんねぇよ 少しくらい変わってくれて良いじゃないか 悲しんでくれる人がいたって 俺が死んでニュースになるくらいのことあっても良いんじゃねぇか? 『命の重さはみんな同じです』って小学校の道徳で習うだろ。 なら死んだ時の扱いも同じであるべきだろ。 お前が人気でお前が居なくなった世の中で 世の中がざわつくのも 俺みたいな凡人、注目を浴びてない人を踏みつけにしてる結果なんだって、どうか地獄で思いしれ 「やっぱ少しくらい変わって欲しいな」 欄干に手をかける。 夜空を見上げた。 最期の夜はこんなあっけない。 遙か下に流れる水の音へ 俺の体は静かに溶けていった
ないものねだり。
私が欲しいものを全て君は持っている。 身長、スタイル、綺麗な顔、学力、運動神経。 コンプレックスと劣等感に塗れた私とは何もかもが違うんだ。 ないものねだりだってわかってるよ。 いくら羨ましがったって憧れたって私が欲しい ものは私は手に入れることはできない。 それがたまらなく悔しかった。 そしてとても恨めしかった。 でもどこかでわかってるんだ。 自分も誰かに羨ましがられてる何かをきっと持っている 私と同じようにないものねたりで私を羨み恨んでいる人がいるのだろう 君が夏なら私は夏が理想だけれど 残念ながら 君が夏なら私は春 君が冬なら私は秋 どんなに頑張って憧れてその背中を追いかけてもそれを超えることはできないんだ 君を憧れにしたところで、多少のプラスはあっても、君にはなれないし君以上になることはできない それなら私は私を憧れとして誰かに憧れる存在になるために私だけを見るんだ
逃げだしたくせに
あの子の方が可愛いもん とられて当然だよ でもやっぱ悔しいな 努力しとけばよかったな 私の好きな人の隣には私の大切な友達 変わる努力も伝える努力もしなかった私と違って、あの子はメイク努力して肌綺麗にして積極的に関わってた ずっと見てた だからこそ悔しい 逃げ出したから負けたんだ。わたしは
君と僕は永遠の共有者
「生きる理由なんて、どこにも落ちていなかった」 彼は錆びついた手すりに体重を預け、濁った空を見上げていた。世界はあまりに機能的で、意味のない存在には居場所がないように思えた。何者かにならなければならない。何かの役に立たなければならない。そんな強迫観念が、薄い膜のように彼を包み、呼吸を浅くさせていた。 「ねえ、何を見てるの?」 不意に声をかけられた。隣に立っていたのは、いつかどこかで失くしたはずの、純粋な眼差しを持つ「君」だった。 君は、彼が抱えている空虚さを責めることも、励ますこともなかった。ただ、理由もなくそこにいた。 「僕には、君にあげられるものが何もないんだ」 彼は絞り出すように言った。 「お金も、才能も、明日への希望も。この空っぽな時間だけが、僕の持ち物のすべてだ」 君はふっと笑って、彼の手を握った。冷え切った指先に、かすかな体温が伝わる。 「それがいい。それが一番いいよ」 その瞬間、彼の中で何かが音を立てて崩れ、そして再構成された。 立派な理由なんていらない。この空っぽで、出口のない、果てしない絶望。それを「永遠」と呼んで、誰かに差し出すことが許されるのなら。 彼は君の瞳を見つめ、初めて自分の意志で言葉を紡いだ。 「……僕と君の時間を永遠にしよう」 それは、生きることを諦める言葉ではない。 自分の空白を、誰かのために使い切ると決めた、静かな宣誓だった。