ソラ
492 件の小説雨傘を落として
もし雨の降る日に星が見えば、 我は君の声思ひいださむ。 もし雨の降る日に月が見えば、 我は君の顔思ひいださむ。 もし雨の降る日に何も見えざらば、 我は君を忘れつるに違ひなし。
始まりの面
嫌々な気持ちを押し殺しながら僕はあの鳥居の前に来た。 前はこの鳥居を潜った瞬間に矢が飛んできたんだっけ? というかずっと蒼葉くんから貰ったナズナの花、握りっぱなしだったなぁ... そう思いながら、ナズナの花... いや、ぺんぺん草を見つめる。 そういやこれの遊び方教わらないまま別れちゃったな... そう心で呟きながらどうにかして遊べないかと試行錯誤する。 と、微かに種がカラカラと鳴った。 多分、遊び方はこれで正解... のはず? そう思いながら手のひらでぺんぺん草を挟んで前後に動かす。 そういやこういうオモチャ子供の頃に遊んだっけ。 確か名前はでんでん太鼓だっけ? あれ結構危険なんだよなぁ... 自分にも周りの人にも当たるし。 結構当たったら痛いし。 多分、今の僕を傍から見たらただの変な奴だと思う。 草を両手で挟んで何してるんだか。 そう、ふと冷静になる。 「人の子よ、などかまたここに来し?」 見つからないよう鳥居の外から居ないことを確認してから入ったのにまさかこんな早く見つかるとは思わなかった... そう肩を落としながら 「...やることがあって」 と言うと弓矢を向けてきた。 そんなとき、どこからか 【花いちもんめに遊ばむ】 と幼い女の子のような声が2重になって聞こえた。 だけどなんだか蒼葉くんよりも、 月さんよりも、 響いていて酷く不気味に感じる。 そして現れた少女2人に目を向けると頭に小さな鬼のツノのようなものが生えており、顔には対になったお爺さんの顔のような面をつけていた。 「それ...翁?」 そう呟くように独り言のように言う。 あれは確かに翁面だった。 昔、おじいちゃんと能楽を見に行った際におじいちゃんから教わったことがある。 「里玖をかしかし〜!!よく知れりかし!!」 「なればこは?」 そう言いながら黒色尉面をつけていた女の子は面を外し、梟の面をつけた。 白色厨翁面をつけていた女の子は狐の面。 2人が同時につけた途端、女の子たちの姿は変わった。 僕が知っているあの姿に。 そう。 ミューエの眷属の梟と狐のあの姿に。 「え、?」 僕がそう戸惑っていると 〔騙されるなんて滑稽なニンゲンだな〕 と知らない声が足元から聞こえた。 『まさか』と思いながら下を向くと、そこには初夏の都の鳥居の台座に座っていたはずの水狐と水梟が居た。 しかも喋っている。 〔我らはキミの助けに来た〕 〔いや言い方が悪いか...〕 〔簡単に言うと通訳だ〕 そう言いながら水梟はにんまりと笑うようにクチバシを開き、頭を怖いほど傾ける。 「ぇ、ちょっと待って...」 情報量が多すぎて理解が追いつかない。 通訳? てか動物なのに喋れるの? じゃあなんで最初っから喋らなかったわけ? 色んな疑問が頭を巡るも、キリがない。 だから半信半疑ながら受け入れることにした。 まぁ、確かに先程からこの女の子... ミイちゃんユイちゃん、月さんが言っていることは分かりにくい。 多分、古語だと思う。 そしてミイちゃんユイちゃんの面と水狐たちが僕に自ら逢いに来たこと。 何か引っかかる... 【... 無視するなどよき度胸かな。なんぢもこの手に食はむや?】 二重に合わさった急な低い声と目の前視界いっぱいに広がる般若。 「うわぁ!?」 それに驚いて尻もち着いてしまう。 気づけばミイちゃんユイちゃんの顔が般若面に変わっている。 こんなの誰もが驚くと思う。 そんな尻もちを着いた僕を見て水狐は相変わらず笑っている。 しかもミイちゃんたちまでも。 なんか性格似てる気がする... そう思いながら水梟を見ると、 一瞬小さく笑っていたのを僕は見逃さなかった。 「人の子よ。少しばかりミイとユイと遊ばずや?させばこなたの作業も迅速に進めらる。」 そう月さんの声が聞こえてくるも、姿は無い。 てかこれ結構意味伝わるな... 通訳要らなそ。 そう心で思っていると水梟がこちらを見ていたことに気がつく。 なんだか心を読まれてそうな気がし、少し怖い。 「里玖〜!!花いちもんめせむ〜!!」 「傘回しせむ〜!! 【███せむ〜!!】 そう言いながら小さな鬼のツノが生えた頭を僕の腕に擦り付けてくる。 それがいつか刺さってしまうんじゃないかとビクビクしている僕。 そういえばさっき2人の声が重なった際、あのノイズ音のような声になった気がした。 でもノイズ音じゃなくてザーザー降りの雨音のようだった気が... そう思いながら次の蝶のヒントかなとか考える。 「え、でも蝶って虫だから雨ダメじゃないのかな......」 独り言を呟く。 そう。 虫は大体雨が苦手。 蝶などは特に飛べなくなるから雨の日には見ない。 前の課題は『捕まえれない』だったけど 今回は『雨』...... そういえば蒼葉くんは海斗兄さんに似ていて... じゃあこの梅雨の都、月さんは僕が知っている人と似てるってこと? そう思いながら考えるも、やっぱり何も思い出せない。
幼子の再会と実り
𓂃◌𓈒𓐍𓈒 僕の兄は " 男らしく " なかった。 可愛いものが好きで、甘いものが好きで。 兄の部屋は女の子の部屋みたいにピンクばっかで白ばっかで。 しかも至る所にクマやうさぎや猫のぬいぐるみが置いてあった。 そんな兄を僕は嫌いだった。 でもそれを言葉には出していなかった。 遠くに見える兄の姿と...... あれは誰だろうか。 少年のような見た目で、でも肝心の顔は黒く塗り潰されたような何かが纏わりついている。 顔が見えないだけで誰かも分からないのか。 そう1人心で呟き零した。 少年... いや、男の子は兄の海斗...... 海斗?僕の兄さんの名前と同じ... つまりこの男の子は僕? そう戸惑っている僕を他所に 顔が黒く塗りつぶされたような少年、幼い僕は海斗兄さんに花冠の作り方を教わっていた。 海斗兄さんは笹船と花冠作りが上手だった。 でも海斗兄さんは少し変で、自分が納得いくまで作っては壊してを繰り返していた。 昔からそうだった。 なんで忘れていたんだろう。 前に蒼葉くんが誰かに似ていると誰だろうと思っていた人は海斗兄さんだったんだ。 そんなしみじみと考えている僕を現実に引き戻すような声が聞こえた。 「兄ちゃんなんて嫌いだ!」 少年が、男の子が、そう叫んだのだ。 聞き覚えのある言葉。 これは...... 僕の言葉だ。 僕が叫んだ言葉。 僕が海斗兄さんに放った言葉。 確かこの直後海斗兄さんは──── そう次に何が起こるか思い出していると甲高い車の急ブレーキ音が響いた。 あぁそうだ。 思い出した。 なんで忘れていたんだろう。 忘れてはいけないこの出来事。 あの日、僕の兄は、海斗兄さんは... 死んだんだった。 僕が初めて兄に嫌いだと言った日、僕が車に轢かれそうになった日、海斗兄さんは僕を庇って死んだんだった。 死に際に海斗兄さんは何か言っていたような... そんな記憶を思い出そうとしても前の海斗兄さんを思い出そうとしてしている時と同じで、何も出てこなかった。 なんで、なんで... 思い出せないんだろう。 なんで忘れてるんだろう。 そんな疑問が頭の中を駆け巡る。 あぁ、そういえばあの日だったな。 あの日、海斗兄さんの死を目の当たりにした日、僕は初めて自分を酷く恨んだんだった。 𓂃◌𓈒𓐍𓈒 仄温かい地。 チクチクと痛くもなく刺さってくる草。 寒くも暑くもない心地良い風。 それらが身体を包み込み、僕は目を覚ました。 先程は何も感じなかった聴力と視力が復活する。 風に吹かれるがままの森の声。 目を瞑っていたせいで未だ慣れない天道様の光。 意識を失う前に見た海斗兄さんのような姿。 あの時は海斗兄さんなんかじゃなくて僕が生み出した空想だとか幻覚だとか思っていたけれど。 あれはきっと幻覚なんかじゃない。 あれはきっと海斗兄さんだった。 そう言い切れる理由は今僕の目の前に海斗兄さんが居るから。 さっきと同じくチョコレートを口いっぱいに頬張る海斗兄さんの姿。 頭には花冠を被っていて、でもどこか不格好で。 だからきっとあの花冠は海斗兄さん自身が作ったものじゃない。 だとすれば、あれは僕が作った花冠だ。 でも海斗兄さんにあげた覚えは無い。 またこれも忘れているだけなんだろうか。 そんなことを思いながら無意識的に海斗兄さんの腕に触れる。 と、 半透明な体なのにも関わらず、 温もりを感じた。 「里玖?どうしたの?」 しかもちゃんと聞こえる。 あの昔聞いた、 昔は嫌いだった、 あの優しい声が。 もう二度と聞けないと思っていた声。 を、今僕は聞いている。 「海斗兄さん...なんで、」 「なんでって何が?」 不思議そうに首を傾げる海斗兄さんを見、勝手に溢れてくる涙。 止めようと止めようとしても、涙は止まらない。 そんな僕を見た海斗兄さんは昔と変わらず僕の頭を撫でて抱きしめた。 それがなんだか蒼葉くんとも似ていて。 「落ち着いた?」 「うん、ごめん」 「なんで謝るの」 そう言って海斗兄さんは笑う。 そんな時間がなんだか心地好くて。 「海斗兄さんはなんでここに居るの?」 「......なんか里玖、変わったね」 変わった? 何が? そうハテナマークを頭の中で走り巡らせながらも、海斗兄さんから目を離さなかった。 なんだか目を逸らした瞬間に気づいてたら消えてそうで不安になってしまったから。 「前より優しくなってる」 「嬉しい」 「なんで海斗兄さんが嬉しくなるの?」 ふとそんな声が出てしまい、慌てて自身の手で口を塞ぐ。 また、言ってしまった。 また考えないで発言してしまった。 「だって自分の弟が変わってくれてるって思ったら嬉しいでしょ?」 「それに今だって」 そう言いながら海斗兄さんは柔らかく微笑んだ。 そんな言葉と表情のせいか僕の心に温かい何かが実った気がした。 「さて、そろそろ時間だね」 そう言って海斗兄さんは立ち上がった。 「もう行かなきゃ」 「次、会えた時には...ハグでもする?」 冗談じみた言葉を言う海斗兄さんだが、その目が悲しみに揺れていたことに僕は気づいていた。 「それじゃあ里玖 " またね " 」 そう言い、海斗兄さんは僕の目の前から姿を消した。 いや、蝶に変わった。 あの若葉に似ていたあの蝶に。 そして蝶は消えることなく僕の周りを飛び回っていた。
甘さと空眠り
あの後、 草笛祭りが終わった後、 草笛がいつからあるのか蒼葉くんに聞いてみた。 が、答えてくれなかった。 いや話を逸らされたという方が正しいだろうか。 「里玖にぃって『ぺんぺん草』って知ってる?」 「ぺんぺん草?なに?それ」 「ぺんぺん草はね....」 そう蒼葉くんは説明しようと口を開けるも、噤む。 「説明するより実物を見た方が早いかも!!」 蒼葉くんは少し考え込んだ後、 そう提案の声を上げながら押し付けるようにして僕にナズナの花を押し付けてきた。 ナズナの花って結構色んなところに生えてるけどデカイから花摘みとかでは使わない。 というか硬すぎて抜けない。 が、そんなナズナは今、蒼葉くんに根ごと引っこ抜かれて僕の手の中にある。 蒼葉くんは引っこ抜く時、頑張って引っ張ったのだろうか。 おおきなかぶみたいに... そんな変なことを考えたせいか、 勝手に口角が上がってしまう。 しかもそんな顔を蒼葉くんに見られていた。 蒼葉くんは不思議そうに首を傾げて微笑んでる。 笑顔が伝染したように。 あぁ、恥ずかしい。 「あ、そういえば里玖にぃ!!」 「これあげる!」 そう言って蒼葉くんは笹船をくれた。 「これ...笹船?」 「そう!」 なんで笹船なんかくれたんだろう。 そう不思議に思っていると 「その笹船、全部で8つあるでしょ?」 「『正しい場所』に浮かばせるといいことが起きるんだ!」 そう簡単そうに説明する蒼葉くんだが、 その『正しい場所』がどういうところなのかのヒントは一切くれなかった。 「1つはここ!」 そう言って蒼葉くんが指差した方を見る。 が、そこは初夏特有の真っ青な空だった。 「ぇ、?」 そのまま疑問の声が零れる。 浮かばせる? 空に? いやいやいや... 「はい、やって!」 押し付けるようにして笹船を1つ渡してくる。 僕は半信半疑ながらに青空に笹船を浮かばせるように手を伸ばし、手を離した。 ら、笹船は浮いていた。 「は...?」 間抜けな声が飛び出る。 いや、この光景を見て驚かない人は居ないと思う。 だって重力に違反しているのだから。 そんな僕を他所に、 蒼葉くんはその笹船に上に緑色の紅葉、 青紅葉を乗せた。 「理玖にぃ、早く早く!!」 そう言ってまたもや何かを渡してくる。 今度は何かと思いながら渡されたものを見ると、見たことないくらい丸く綺麗な綿毛、たんぽぽだった。 僕は蒼葉くんに促されるがままに綿毛を吹くと、綿毛は笹船にくっついて宙へとどこかへと飛んでいく。 それが気球... いや、花球のように見えて。 幻想的以外の言葉で表せなかった。 その後、僕は初夏の都から出て彷徨うように再び歩き出した。 多分、次行くべき場所は冬の都か梅雨の都。 「梅雨の都か...」 そう嫌そうに呟く。 だって前みたいに殺されるかもしれないって、そう思うと、背筋に鳥肌が立つ。 でも冬の都に行ったところで、 結局は鳥居が無いから会えない。 だから選択肢は梅雨の都に行くたった1つしか無かった。 蒼葉くんが言ってた他のとこ... 夜光りの都だっけ? あの場所も夜にしか行けないらしいし... 「って...待って、なんか忘れてる気が......」 「あ、!!蝶!!」 そう声を荒げ、初夏の方に戻ろうとする。 が、ふと止まる。 そう。 捕まえたところでどうすればいいのか分からない問題を思い出したのだ。 何か役に立ちそうなものが無いかと思いながらポケットやらを探る。 と、ズボンのポケットから何やら銀紙のようなものが出てきた。 「これは...、『チョコレート』?」 何故か僕のズボンのポケットから銀紙に包まれたチョコレートが大量に出てきた。 入れた覚えは特に無い。 とりあえず... そう思いながら口に運ぶ。 自分でもなぜ食べたのかは分からない。 ただの好奇心からだろうか。 というかいつから入っていたのか分からないチョコレートを無闇矢鱈に食べるのは危険じゃないのか? 賞味期限とか... 食べた後に考えるのは遅すぎる気がしながらも気にしてしまう。 でも特に味には問題なさそうだったら。 甘い。 まぁ、もしかしたら時間が経って腹痛とかも有り得るかもしれない。 そんなことを考えていると、いつの間にか目の前にあの葉っぱに擬態した蝶が居た。 「え、」 驚きながらも蝶に手を伸ばす。 と、蝶は僕の指に留まった。 いつもは葉吹雪が吹いてその中に紛れていたはずなのに、今は蝶単体だけで草吹雪は一切見当たらない。 「なんで今更...」 というか初夏の都の近くじゃなくても蝶は現れるのか。 そう思いながらも僕は捕まえることをすっかり忘れていた。 葉に酷く似ている蝶は何かを狙っているかのようにひらひらと舞い飛ぶ。 「もしかして......」 「これ?」 そう独り言を呟きながら蝶の目の前でチョコレートを動かす。 と、蝶はそれを追った。 まるで獲物を追う猫... いやどっちかというと猫じゃらしを追う家猫のように。 てかなんかこの姿...████みたい。 またもやあのノイズ音。 しかも頭痛と共に。 「一体この頭痛とノイズ音はなんなんだよ...」 そう酷い頭痛に顔を歪ませながら不満を地に落とした。 瞬間、僕の身体は勝手に傾き、 意識は朦朧としていく。 『あ、これやばいやつだ』景色が真っ暗になる前に思ったのはそれだけ。 で、景色は先程までチョコレートの周りを舞っていた蝶ではなく、 美味しそうにチョコレートを頬張る " 兄 " の姿だった。
『「『万が一』」』が降り注ぐ。
『万が一』は『もしかしたら』の抽象的な言葉で 『もしかしたら』は『万が一』の具体的な言葉。 この2つは相互的な関係にある。と、僕は勝手に思っている。 「もしかしたら雨が降るかもしれない」 「もしかしたら風が吹くかもしれない」 「もしかしたら雷が鳴るかもしれない」 こんな『もしかしたら』はどうでもいいことで。 こんな『もしかしたら』は人生を狂わすにはちっぽけな存在で。 それが『もし』になった時、 『万が一』と同等の意味になると僕は勝手に思っている。 「もし、君が明日死んでしまったら」 「もし、目の前で消えてしまったら」 「もし、残酷をこの目で見たのなら」 でも『もし』は『万が一』と全く同じじゃない。 『もし』は悲観的にも楽観的にも使えるものであって。 『万が一』は悲観的にしか使えないものであって。 「もし、君が明日死んでしまったら」 「僕は__________________だろう」 そう語れるかもしれない。 「万が一、君が明日死んでしまったら」 「僕は『どうすればいいのだろうか?』」 万が一には道筋が視えていない。 ならば、語るなら、 僕は『万が一』を選ぶだろう。 それなら、きっと。 確実に、 ────消えることを願えるから 「万が一、それが叶わなかったら?」 「万が一、それが願えなかったら?」
夏の硝子が壊れたのは、
僕の足元には今、壊れた硝子がある。 夏の陽射しに反射して、目が傷ついて。 酷く痛む。 拾おうと手を伸ばす。 中の液体がベタベタと手に纏わりついた。 水色にも見えて翠色にも見えるこの瓶、硝子。 ふと足の裏に何かがめり込んだ。 玉だ。 硝子の玉。 足つぼマッサージだと言えば『そうかもしれない』と思ってしまいそうな玉。 これは痛くない。 そんなことを考えながら持ち上げる。 泡沫を見に纏わせて天に葬ると一瞬輝いた後、地に落ちてコロコロ転がる。 昔はこれでよく遊んだもんだ。 それをまたもや拾って今度は投げずにお天道様に見せてみる。 景色を少し拡大して。 景色を少し歪ませて。 だけど綺麗だと思ってしまって。 「そういえば」そう呟くも、他に誰も居ない。 手に持っていた相方の硝子。 半ばほど残った液体を飲み干すも、暴れる泡沫は既に消えていた。 あぁ、つまらない。 君が居ないと何も始まらない。 始められない。 いつの間にか消えていた君の姿。 彼?いや彼女?よく分からないが、今はどうでもいいことだ。 拾う硝子。 よく人は無色は白だって言うけれど。 白には『白』という色があるじゃないか。 つまりは白は無色じゃない。 ────無色は透明なんだ そう言うかもしれない。 けど透明は無色じゃない。 あいつは条件下で色を持つ。 天に見せれば天の色を。 地を見つけたなら地の色を。 君を見たならば君の景色を。 窓とは違う『透明』そのものは、色を景色を全てを映すもの。 だから透明は無色じゃない。 だからこの世に無色は存在しない。 いや、違う。 無色は君だ。 信じたくないだけで、気づいてないと自分を騙していただけで、本当は、本当の無色とは、 ────君だったんだ。
草笛祭り
「まっ、それは置いといて...」 「みどり遊びの続きしよ!!」 そう言って蒼葉くんは作りかけのクローバーの花冠を手に取る。 「このまま編んでいけば〜」 そう言った後、蒼葉くんは鼻歌を歌いながら手際よく花冠を作り上げていく。 そんな僕はその光景を見ているだけで、 手は全く動いてない。 が、案外楽しい。 というか物作りなんていつぶりだろうか。 花冠は完成してお花摘みが終わったくらいの時、 またもや僕の景色は葉吹雪に染まった。 蒼葉くんは居ない。 先程ちょっと用事があると言ってどこかへ行ってしまった。 緑の景色しか見えず、 ただ戸惑いと混乱に包まれていた。 そんな時、ふと何かが見え、目を凝らす。 「あ、!」 思わず声を上げてしまった。 その理由は僕の瞳に映る葉吹雪に蝶が葉っぱに擬態して紛れていたから。 一瞬だけ。 ほんの一瞬だけ蝶の姿が見えた。 そして葉吹雪は晴れた。 が、同時に蝶も姿を消してしまった。 辺りを探しても見つからない。 また擬態しているのかと思い、 そこらに生えてる木々たちをじっくり見つめたが、あるのは微風に身を預ける緑の姿しか無かった。 「あの蝶ってミューエが言ってた蝶のことかな...」 そう1人呟く。 だとしても 「擬態する蝶か...」 「捕まえるとか無理じゃね?」 絶対に無理だと思う。 もしあの葉吹雪の際にしか見ることが出来ないのなら尚更だ。 というかそもそも捕まえたところで虫籠的な物もない。 つまりは不可能だということ。 「里玖にぃ!!」そう僕が考え込んでいる時、 蒼葉くんは多種多様な葉っぱを持って帰ってきた。 「それ何?」 零れるがままに聞くと 「これから草笛祭りだよ!」 と言われた。 草笛祭り?? 頭の中がハテナで埋め尽くされる。 「いいから着いてきて!」 そんな僕を蒼葉くんは手を引いてどこかへと連れていく。 着いた場所は若々しい木々が幾つも生い茂る場所だった。 そこには沢山の人々の姿があり、 でも大体は子供だった。 その人たちの頭には草輪のようなものがあり、 仄かな若緑の匂いが鼻をくすぐる。 その他にも蝶のような髪飾りをつけている子供や、蔓と木の実のブレスレットをつけてる人などが居た。 「ここは?」 僕がそう疑問と戸惑いが混ざったような声を漏らすと 「ここは『グルーノ・ルュミ』!」 「別名、『森のお祭り会場』だよ!」 いかにもファンタジーって感じの単語。 そして覚えれそうにない。 というか森のお祭り会場... そういえばさっき蒼葉くんが言ってた草笛祭り。 多分、名前からするに草遊び... いや、みどり遊びをして楽しむって感じなのかな。 そう一人思いつつも、 蒼葉くんに手を引かれどこかへ向かって歩いていく。 着いた場所は沢山の子供たちが何やら多種多様な草を持って立っている場所だった。 その瞬間、 音楽が鳴り、 子供たちは踊り出した。 舞うように、 吹かれるように、 漂うように。 そして子供たちは楽器を吹き出した。 踊りながら。 しかしその音はどこかオモチャとも言えるくらいの実力で『綺麗な音色』とはどうも言いにくかった。 が、 その楽器を見た瞬間、 その考えは覆された。 「蒼葉くん、あれって...」 「そうだよ!あれが草笛だよ!」 そう言いながら押し付けるようにして筒状になった草を渡してくる。 筒の片方は少し潰されていて。 その時、隣から子供たちと同じ音色が聞こえてきた。 見ると、蒼葉くんが草笛を吹いていた。 目が合い、 その視線がどこか僕も草笛を吹くように促すように見え、 僕は無意識のまま筒が潰れた方を唇に挟んだ。 優しくゆっくり息を吹き込むと、 草は唇との間でブルブルと震え、 音を響かせた。 それがとても幻想的で、 ロマンチックに思えて。 オモチャなんて言葉で表すのは勿体なくて。 自然が揺らめいて鳴らしてる音に聞こえて。 しばらく吹いていると遠くから別の草笛の音が聞こえてきた。 高く切なく、響いている。 「ね、蒼葉くん」 「僕らの草笛の葉っぱってなんの葉っぱなの?」 ふとそんなことを聞く。 もしかしたら葉っぱの種類によって草笛の音程が変わるのかもしれないだなんて思ったから。 「僕らの葉っぱはどっちも違う種類なんだよ〜!」 「こういう風に作る草笛に適してる葉っぱは『まあるくて、細長い葉』が適してるから...」 「さっき適当に摘んできたんだ!」 適当... 確かに僕の草笛の葉と蒼葉くんの草笛の葉は全く同じというわけではなかった。 「でもあっちの人...」 そう言いながら蒼葉くんは周りを見渡し、 遠くの神輿の上に居る子供たちを指差した。 「あの子らはサクラの葉の草笛で、唇に当てるだけで鳴らせる比較的簡単な草笛!」 「あっちの東側に居る人たちの草笛は笹や細い葉を5mmくらいに割いて、こういう風にして吹くと鳴るんだ!」 そう言いながら蒼葉くんは手の甲を左右に向け、親指をくっつける。 その少しの隙間に息を入れていた。 お祭りがいい感じに盛り上がりを見せてきた頃。 そういえば草遊び... じゃなかった、 みどり遊びっていつからあるんだろうか。 簡単に作れるけど今は知る人ぞ少ない。 つまり昔からあるっぽいけど... 一体いつからなんだ? そんな疑問がふと浮かぶ。
美的な監獄と夜な夜の注意
「じゃあ最初は定番のクローバーでやってみよっか!」 「クローバー?ってこの草のやつ?」 「ううん、そっちじゃなくて...これ!」 そう言いながら蒼葉くんは白い花、 シロツメクサを僕に見せた。 確かにそっちも『クローバー』と呼ぶらしいけど... あまり聞かないから忘れていた。 「まず1番最初に重要なのは『茎の部分が長いものを選ぶ』こと!」 「もしかして、長くないと作れないとか?」 「ううん、長くなくても作れるよ」 「けど、慣れてない最初の頃は長い方が作りやすいんだ!!」 「なるほどね...」 確かに紐を結ぶ練習をする時とかも長い方がやりやすいもんね。 ある程度長いシロツメクサを集め終わった頃、 「じゃあまず、シロツメクサをプラス印に置いて...」 「上と左が花の部分ね!」 「あ、横のシロツメクサを上にしてね!」 言われた通りに置いていく。 ...なんかデジャブを感じる。 前にも誰かにこうやって教えられていた気が... そうしながら思い出そうとするも、 案の定それを弾くように頭痛がした。 「横に置いてる方のシロツメクサを2回半、下のシロツメクサに回し付けて...」 「それで上のシロツメクサは1回、2回と回し付けて結ぶ!」 「で、最初はこれで完成〜!」 完成...? 「え?これだけ?」 「うん!これだけ!」 なんかシロツメクサが飛び出てて次に何をしたらいいか全く分からない。 「次はね横と縦のシロツメクサのどっちかに同じように巻き付けてくの!」 「で、それを繰り返して行ったら理玖にぃが知ってる花冠に近くなるよ!」 『ふ〜ん...』と小さく呟きながらシロツメクサを一つ、一つと編んでいく。 もちろん、前の僕なら『つまらない』と言ってここを離れて違う遊びをしていただろう。 でも今は違う。 シロツメクサを編んでいることがつまらないとかじゃなくて、 単純に今の僕は蒼葉と居るこの時間が心地よくてシロツメクサの編み込みがつまらないなんて思わなかった。 「完成!」 「理玖にぃ、上手だね!!」 そう言って褒めてくれる蒼葉くん。 なんて優しい。 でも自分ながらにこれは上手く出来たと思う。 昔作った時よりも... ん? 昔? 僕前に花冠作ったことあったっけ? でも今なんで──── 「これで理玖にぃも色んな花の花冠に挑戦できるようになったね!」 そんな嬉しげな蒼葉くんの声によって現実へと引き戻される。 「ネモフィラでも作れる?」 「うん!」 「花の種類が1種類じゃなくても作れるよ!!」 そう言いながら手を広げる。 途端、蒼葉くんの手から溢れるかのように色んな種類の花々が咲き誇った。 「......綺麗、」 無意識的に言葉が零れる。 「でしょ?」 ニカッと歯を見せながら微笑む。 てかネモフィラで思い出したけど蒼葉くんはミューエのこと知ってるのかな? というか水狐と水梟の存在のことも忘れてた... 先程、弓矢を飛ばしてきた女性がいる場所は水狐と水梟が台座に乗っていなくても潜ることが出来た。 じゃああいつらを使う時はこの蒼葉くんの場所を開くだけ? もしかしたら蒼葉くんの方が知ってるかもしれない。 そう思い、聞いてみることにした。 「蒼葉くんってさミューエって子、知ってる?」 「うん!!ミューエちゃんでしょ?」 「知ってるよ!!」 「たまに一緒に遊ぶんだ〜」 遊ぶ... ってことはやっぱり草遊びで遊ぶのかな... 「あ、でもねいっつもミューエちゃんが僕に会いに来てくれるんだ〜!」 「僕は鳥居の外に出られないから!」 出られない? もしかして前に会ったあの女性も出れないのか? てことは水狐と水梟も見せれないのか... 「里玖にぃ?どうしたの?」 「いや...」 「なんか体が水っていうか液体みたいな狐と梟の話したくて...」 「何言ってるか分かんないと思うけど...」 自分でも『何言ってんだろ』って思ってる。 『何でもない』って言うはずが、 間違えて本心を伝えてしまった。 「水みたいな液体みたいな身体の狐と梟?」 「あ!もしかしてミューエちゃんの眷属のこと?」 「眷属?」 「うん!ミューエちゃんは僕 " たち " より偉い人だから眷属っていうのは使者とか遣いって言った方がいいかな?」 眷属か... てか今、『僕たち』って言った? 「じゃあ蒼葉くんに眷属は居ないってこと?」 「うん!」 「僕はこの初夏の都を1人で守ってるんだ!!」 「初夏の都?」 話をしてけばしていくうちにどんどん疑問点が生まれてくる。 「知らないの?」 そう言いながら蒼葉くんは『よくここまで来れたね』と言うかのように少しクスリと笑った。 それが水狐にとても似ていて、 少し腹が立った。 が、水狐と違って可愛さを持ち備えている蒼葉くんはそれも可愛いの1部になってしまう。 「水狐と水梟の眷属たちの役割は、蝶集めに役立つのと、各都の鳥居の結界を解除してくれるっていう役割があるんだよ!」 蝶集め? そういや最初にミューエに会った時も言ってたっけ。 確か僕の使命とかなんとか... 「それで初夏の都っていうのは今、里玖にぃと僕がいるこの場所で」 「ここから少し歩いたら冬の都があるんだ!」 冬の都? でもさっき歩いた時にはそんなの見なかったけどな... 「あ、でも今はお姉ちゃんの所に会いに行ってるかも」 「もしかして各都を守る存在がその場所に居ないと鳥居って現れないとか?」 「よく知ってるね!!里玖にぃの言った通り、その都を守るべき存在が不在の時は、鳥居は消えちゃうんだ!」 「え、でも鳥居からは出れないんじゃなかったっけ?」 「ううん、僕は出れないだけで、冬の都の双子のミイちゃんとユイちゃんたちは出られるんだ!」 「しかもミイちゃんとユイちゃんと梅雨の都の月姉ちゃんは姉妹なんだって!」 姉妹... てことは冬の都を守るべき存在であるミイとユイは姉が居る梅雨の都に遊びに行ってるから鳥居が消えてしまってるのか... そもそもなんで双子らは出られるんだ? それも謎でしょうがない。 「あとは...、夜光りの都って場所があって......」 「そこは夜にしか行けないんだ」 「朝は鳥居すら見当たらなくて...」 夜にしか行けない? てか夜ってどの時間帯の夜のことを言っているんだろうか。 夜のはじめ頃のこと? それとも真っ暗闇の深夜のこと? まぁ、後々聞けばいいか... 「もし、里玖にぃが夜光りの都に行く用事があるなら絶対夜は気をつけて」 僕の目の前で人差し指を立ててそう言う蒼葉くん。 「気をつけて...って、何を?何に?」 「......夜は██████だから」 またノイズがかる。 話の内容的には今までの記憶がなんやかんや的なやつじゃないのに。 そう思いながらノイズがかった言葉の正体を探る。 その際に頭痛も感じず、尚更謎に包まれる。 一体夜に何が起こるんだ? 今までの楽しげな蒼葉くんのトーンとは違い、 今言った言葉は低く、 注意を強調しているようだった。 「...夜光りの都に行ってそのまま朝を迎えたらどうなるの?」 話を逸らすようにしてそんなことを聞く。 が、聞かなきゃ良かったなんて思ってしまった。 「その時は......僕も、知らない」 そう小さく呟くように蒼葉くんは言った。 そのせいで余計に不気味さが増す。 「そして最後が天気雨の都」 「イマイチ僕もここについては知らないんだよね...」 「謎!!不思議!!って感じ」 なるほど... というかなんでミューエは僕にそれすらも教えないで消えたんだ? せめて蝶集めが何なのかとか教えてから消えればまだ良かったものの、 気づいたら消えてたからな...
約束の括り付け
「ごめん、」 再び謝る。 だが自分でも泣かせたことへの謝罪なのか、 傷つけたことへの謝罪なのか。 僕にもその謝罪の意味は分からなかった。 「うん」 「ごめんね」 「大丈夫」 ただただそれを数回繰り返した。 謝る事に僕の胸は苦しくて勝手に謝罪の言葉が口から心から溢れ出てくるようで。 『もう一度』とでも言うかのように僕がまた口を開いて謝罪の言葉を述べようとした時、 蒼葉くんは僕に抱きつきながら 「もう大丈夫だよ」 「だから泣かないで」 と言ってきた。 泣いているのはそっちじゃないか。 そう思いながら蒼葉くんを見つめる。 そんな僕の視界は窓ガラスに滴る雨粒越しに見る景色のようだった。 初めて人前で泣いたような気がする。 いや、そんなことは無いか。 きっとさっきのように思い出せないだけで、 きっと誰かの前では泣いたはず。 多分。 きっと。 そうに違いないんだ。 「里玖にぃ、落ち着いた?」 そう言いながら蒼葉くんは数分した頃に顔を覗き込んで聞いてくる。 「大丈夫だよ」 「さっきはごめん...みっともない姿見せちゃって...」 無理やり笑みを作り、見せる。 「みっともなくないよ!誰でも泣くでしょ?」 「だって子供も泣くけど、大人も泣く!ね?」 先程の怯えた瞳とは違う、 優しさの温かみを帯びた瞳色。 それを見るだけで微かに口角が上がる。 「仲直りもしたし...」 「『みどり遊び』しよ!」 満面の笑みでそう言ってくる。 「ぁ〜...僕、花冠とか作るの下手だから教えてくれる?」 「もちろん!」 先程よりも柔らかな雰囲気だと自分でも分かる。 いや、もし思い違いだったらどうしよう。 そう思いながら蒼葉くんを見る。 が、すぐにそんなことは無いと思えた。 なぜなら蒼葉くんは楽しそうにお花摘みをしているから。 そんな光景を見た僕の心には温もりが広がったから。 それより蒼葉くんってなんか███みたいだなぁ... 一瞬何か思い出した。 だが同時にノイズ音が頭に響いた。 思い出したのに思い出してない。 少し不気味で寒気がする。 そう1人で何かに怯えていると 「大丈夫?」 と言いながら蒼葉くんが僕の頭に花冠を乗せてきた。 蒼葉くんはにこにこ笑顔で、 それでいて自分の意見はちゃんと言える人で。 しかもどこか大人びた感じの雰囲気もあって。 どことなく僕の知っている誰かに酷く似ていた。 それのせいだろうか。 僕の心には温かさが広がっていくのは。 「大丈夫だよ」 そう言いながら無意識的に口角を上げた表情を見せる。 と、蒼葉くんも笑みを浮かべた。 「それじゃ、花冠の作り方教えるね!」 「まず最初はお花摘み!」 「こっちだよ!」 そう言いながら蒼葉くんは椛のように小さな手で僕の手を引っ張る。 スベスベもちもちの手。 いや、手と表すより『おてて』と表すに等しい。 てか... 「最初って紐とかで練習するもんじゃないの?」 先程のように心の声が漏れてしまう。 『やばい』と思い、手で自身の口を塞ぐ。 そんな僕の姿を見た蒼葉くんは 「里玖にぃって案外優しいところあるよね」 と言いながら小さく笑った。 それがなんだか可愛くて。 愛おしくて。 きっと弟が居たらこんな気分なのだろうか。 そう思った瞬間だった。 「っ、」 頭にイナズマが走ったような痛みを感じた。 「里玖にぃ?」 不思議そうな顔をしている蒼葉くん。 僕は必死に『大丈夫だよ』なんて装って。 なんでまたあの頭痛が... そう。 先程のようなノイズ音といい、 " 何か " を思い出そうとする度に酷い頭痛がし、言葉にするとノイズがかる。 「そういえばさっきのように『案外優しいところある』ってなんのこと?」 必死に話を逸らしつつ、そんなことを聞く。 「うーん...内緒!」 にこっと微笑みながらそう言う蒼葉くん。 「でもこれだけは言っておくね!」 「僕のこと傷つけないように喋ってくれてるっぽいけど、別に素を出していいんだよ?」 「だってそっちの方が気が楽じゃん〜!」 ほら。 こういうとこ。 こういうところが大人っぽさを感じる。 「...素出したらまたさっきみたいなことにならない?」 自分でも口から出てきた言葉に驚いた。 『僕がそんなことを思うなんて』って。 不安に感じることは無いと思っていた自分が、 こんなことを思うなんて。 『嘘であれ』と思い続ける。 「......ならないよ」 「絶対ならない!!」 僕の服を裾を強く引っ張りながらそう言う。 そんな蒼葉くんの顔は僕の目前にある。 その瞳は真剣そのものだった。 「...ほんとに?」 「うん!約束!!」 満面の笑みで蒼葉くんは小指を差し出してくる。 『約束を交わす瞬間』 互いの小指を絡ませて、 握って、 約束する。 口約束を交わす方法の1種。 僕は蒼葉くんの小指に自身の小指を絡ませる。 と、蒼葉くんは微笑みながら 「《約束の証》」 と呟いた。 その時、いや刹那の瞬間だけ蒼葉くんの瞳が翠色に揺らいだ気がした。 それを見て。 瞬きをして。 気づいたら何も無かったかのように元の瞳の色に戻っていて。 でも一つ違うことがあった。 それは僕の右手の小指に三葉のクローバーの草輪が括りついていたこと。 それは酷く頑丈に。 でも温かみを感じた。 クローバーの花言葉は『約束』 前に本で読んだことがある。 蒼葉くんは一体何者? そう一瞬考えたが、辞めた。 蒼葉くんは蒼葉くんだから。 考えたってきっとキリが無いはず。 そう思ったから。
型合わせと懐
しばらくしてから僕の景色は前見ていた景色に戻った。 前見ていた景色。 つまり、僕を拒絶した鳥居の姿が目前にある景色。 しょうがないから僕はその場を離れ、 違う鳥居が無いか探した。 すると、近くに2つの鳥居があった。 が、1つは入れなかった。 入れなかったとはいえ、 先程のように見えない壁に阻まれた訳では無い。 「どういう仕組み...?」 そう僕が疑問の声を零すのも仕方無いと思う。 なぜならこの鳥居、 近付けば近づくほど姿が消えてしまうという謎の鳥居。 そうしてもう1つの鳥居の方はというと... 入ることが出来た。 が、鳥居を潜った瞬間、 僕の頬を掠めて矢がどこからか飛んできた。 「は...?」 息を吐くと同時に疑問と戸惑いが混ざったような声を漏らす。 「人の子よ。余は貴様の侵入を許さぬ」 そんな声と共に和傘を差した一人の女性が現れた。 ほぼそれと同時にザーザー雨が降り出す。 紫陽花が咲いており、 所々に蜘蛛の巣があるこの場所。 「聞いておるか?」 「今すぐ出て行かぬと申すなら、死と同等。ここで血に染める」 そう言ってキリキリと弓を引く音が響く。 本能的に気づく。 『きっと次は確実に殺される』と。 というか殺気が凄まじく身体に当てられていて、逃げようとしても恐ろしくて逃げれない。 勝手に手が震えるほどの恐怖。 酷く睨むその目。 きっとライオンに見つかった兎ってこんな気分なんだと思う。 そう思いながらも一歩一歩と後退り、 ついには鳥居の外に出る。 「どうすりゃいいんだよ...」 そう呟きながらも解決策なんぞ、 何も思いつかない。 そうこうしているうちに僕はいつの間にか先程の場所、若木が巻き付いている鳥居の前に居た。 「悪かったよ...僕が酷いこと言ったせいだって分かってる......」 必死に言葉を探しながら誰も居ない鳥居に謝る。 そう言いながら一つ、気がついた。 僕の頭にはいつも疑問が浮かんでいた。 例えば学校で 『個性は大事』 『みんな違ってみんないい』 と学ぶくせに、 社会人になったら 『個性はいらない。従うのが正義』 『言われた通りに動け』 『みんながみんな同じでいるべき』 と学び返される。 教師たちはそれを知っているはずなのにも関わらず、なぜ嘘をわざわざ教えるのか。 良い子供に育てようとするため? 生徒を教師の生きる環境を良くするための道具として? 学んで疑問を出やすくするため? 考えれば考えるほどに分からなかった。 そう思い返してみれば、 僕は最低の子供だったかもしれない。 蒼葉くんにも言ってしまったあの言葉。 『男の子は男の子らしくカッコイイものが好きであるべき』 『女の子は女の子らしく可愛いものが好きであるべき』 今思えば最低かもしれない。 つまり、この鳥居が僕を 『拒絶』した理由はきっと...... 僕が蒼葉くんを傷つけたから。 一生残る傷をつけてしまったから。 今更謝ったところで何も変わらないと思う。 それなのに僕は──── 「蒼葉くんと話したい」 そう呟くように言ったと同時に僕の目の前にある通れないはずの鳥居から何かが割れるような音が響いた。 『まさか』と思いながらも鳥居の奥に手を伸ばす。 と僕の手は、 腕は、 鳥居を潜った。 そして足を進めて全身を鳥居の奥へ潜らせる。 もちろん、目の前には蒼葉くんの姿があった。 だが最初会った時の笑顔は消え、 あるのは涙の跡が残った頬と僕を見て怯えて揺れる瞳。 「蒼葉くん...」 そう言いながら僕は蒼葉くんに1歩近づいた。 が、蒼葉くんは2歩下がる。 「ごめん...僕が...、悪かった」 「男でも可愛いを好いてもいいし、女でもカッコイイを好いていいって気がついた」 「謝っても遅いと思うけど...許してくれなくてもいいから」 「それでもいいから僕は...謝りたかった」 自分でも声が震えてるのが分かる。 上手く蒼葉くんと目を合わせれず、 目を伏せて話す。 正直に言えば無礼だなと自分でも思えた。 だけれど、 身体が上手く動いてくれなかったんだ。 僕は何に怯えている? 加害者は自分なのに? 前までの強気な態度はどこへ消えたんだ? 嫌な言葉による疑問攻撃が僕を傷つける。 それはただ苦しくて痛くて辛いものだった。 だけど分かる。 きっと蒼葉くんはこれよりも痛かったはず。 辛かったはず。 ...苦しかったはず。 反射板のように傷つけた分、 自分が後々傷つくと、 後悔すると分かっていたなら、 僕はあんなこと言わなかっただろうに。 でも知らないからこそ知れたこと。 僕が謝ってから数十分が経っただろうか? なのにも関わらず蒼葉くんの返答は無い。 僕は意を決して俯きがちだった顔を上げ、 蒼葉くんを見た。 ───────蒼葉くんは、泣いていた。 驚いたように目を丸くして大粒の涙をぼろぼろと流していた。 「ごめ───」 「成長したね里玖にぃ」 僕の反射的に出た謝罪の言葉は蒼葉くんの声によって消されてしまった。 泣きながらも微笑む蒼葉くん。 その顔に、 その表情に、 その優しい声に僕は酷く懐かしさを思い出した。 が、やはり思い出せない。 何かが引っかかっているかのように上手く思い出せない。 鳥居の前で聴いた懐かしいあの声。 そして蒼葉くんが今、僕に微笑む表情。 その全てが僕の心を酷く揺るがせた。