ソラ

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ソラ

テラーノベル ▶︎ こむぎ 小説家になろう ▶︎ こむぎ カクヨム ▶︎ こむぎ pixiv ▶︎ 海月 好きな小説家 | 星新一

美的な監獄と夜な夜の注意

「じゃあ最初は定番のクローバーでやってみよっか!」 「クローバー?ってこの草のやつ?」 「ううん、そっちじゃなくて...これ!」 そう言いながら蒼葉くんは白い花、 シロツメクサを僕に見せた。 確かにそっちも『クローバー』と呼ぶらしいけど... あまり聞かないから忘れていた。 「まず1番最初に重要なのは『茎の部分が長いものを選ぶ』こと!」 「もしかして、長くないと作れないとか?」 「ううん、長くなくても作れるよ」 「けど、慣れてない最初の頃は長い方が作りやすいんだ!!」 「なるほどね...」 確かに紐を結ぶ練習をする時とかも長い方がやりやすいもんね。 ある程度長いシロツメクサを集め終わった頃、 「じゃあまず、シロツメクサをプラス印に置いて...」 「上と左が花の部分ね!」 「あ、横のシロツメクサを上にしてね!」 言われた通りに置いていく。 ...なんかデジャブを感じる。 前にも誰かにこうやって教えられていた気が... そうしながら思い出そうとするも、 案の定それを弾くように頭痛がした。 「横に置いてる方のシロツメクサを2回半、下のシロツメクサに回し付けて...」 「それで上のシロツメクサは1回、2回と回し付けて結ぶ!」 「で、最初はこれで完成〜!」 完成...? 「え?これだけ?」 「うん!これだけ!」 なんかシロツメクサが飛び出てて次に何をしたらいいか全く分からない。 「次はね横と縦のシロツメクサのどっちかに同じように巻き付けてくの!」 「で、それを繰り返して行ったら理玖にぃが知ってる花冠に近くなるよ!」 『ふ〜ん...』と小さく呟きながらシロツメクサを一つ、一つと編んでいく。 もちろん、前の僕なら『つまらない』と言ってここを離れて違う遊びをしていただろう。 でも今は違う。 シロツメクサを編んでいることがつまらないとかじゃなくて、 単純に今の僕は蒼葉と居るこの時間が心地よくてシロツメクサの編み込みがつまらないなんて思わなかった。 「完成!」 「理玖にぃ、上手だね!!」 そう言って褒めてくれる蒼葉くん。 なんて優しい。 でも自分ながらにこれは上手く出来たと思う。 昔作った時よりも... ん? 昔? 僕前に花冠作ったことあったっけ? でも今なんで──── 「これで理玖にぃも色んな花の花冠に挑戦できるようになったね!」 そんな嬉しげな蒼葉くんの声によって現実へと引き戻される。 「ネモフィラでも作れる?」 「うん!」 「花の種類が1種類じゃなくても作れるよ!!」 そう言いながら手を広げる。 途端、蒼葉くんの手から溢れるかのように色んな種類の花々が咲き誇った。 「......綺麗、」 無意識的に言葉が零れる。 「でしょ?」 ニカッと歯を見せながら微笑む。 てかネモフィラで思い出したけど蒼葉くんはミューエのこと知ってるのかな? というか水狐と水梟の存在のことも忘れてた... 先程、弓矢を飛ばしてきた女性がいる場所は水狐と水梟が台座に乗っていなくても潜ることが出来た。 じゃああいつらを使う時はこの蒼葉くんの場所を開くだけ? もしかしたら蒼葉くんの方が知ってるかもしれない。 そう思い、聞いてみることにした。 「蒼葉くんってさミューエって子、知ってる?」 「うん!!ミューエちゃんでしょ?」 「知ってるよ!!」 「たまに一緒に遊ぶんだ〜」 遊ぶ... ってことはやっぱり草遊びで遊ぶのかな... 「あ、でもねいっつもミューエちゃんが僕に会いに来てくれるんだ〜!」 「僕は鳥居の外に出られないから!」 出られない? もしかして前に会ったあの女性も出れないのか? てことは水狐と水梟も見せれないのか... 「里玖にぃ?どうしたの?」 「いや...」 「なんか体が水っていうか液体みたいな狐と梟の話したくて...」 「何言ってるか分かんないと思うけど...」 自分でも『何言ってんだろ』って思ってる。 『何でもない』って言うはずが、 間違えて本心を伝えてしまった。 「水みたいな液体みたいな身体の狐と梟?」 「あ!もしかしてミューエちゃんの眷属のこと?」 「眷属?」 「うん!ミューエちゃんは僕 " たち " より偉い人だから眷属っていうのは使者とか遣いって言った方がいいかな?」 眷属か... てか今、『僕たち』って言った? 「じゃあ蒼葉くんに眷属は居ないってこと?」 「うん!」 「僕はこの初夏の都を1人で守ってるんだ!!」 「初夏の都?」 話をしてけばしていくうちにどんどん疑問点が生まれてくる。 「知らないの?」 そう言いながら蒼葉くんは『よくここまで来れたね』と言うかのように少しクスリと笑った。 それが水狐にとても似ていて、 少し腹が立った。 が、水狐と違って可愛さを持ち備えている蒼葉くんはそれも可愛いの1部になってしまう。 「水狐と水梟の眷属たちの役割は、蝶集めに役立つのと、各都の鳥居の結界を解除してくれるっていう役割があるんだよ!」 蝶集め? そういや最初にミューエに会った時も言ってたっけ。 確か僕の使命とかなんとか... 「それで初夏の都っていうのは今、里玖にぃと僕がいるこの場所で」 「ここから少し歩いたら冬の都があるんだ!」 冬の都? でもさっき歩いた時にはそんなの見なかったけどな... 「あ、でも今はお姉ちゃんの所に会いに行ってるかも」 「もしかして各都を守る存在がその場所に居ないと鳥居って現れないとか?」 「よく知ってるね!!里玖にぃの言った通り、その都を守るべき存在が不在の時は、鳥居は消えちゃうんだ!」 「え、でも鳥居からは出れないんじゃなかったっけ?」 「ううん、僕は出れないだけで、冬の都の双子のミイちゃんとユイちゃんたちは出られるんだ!」 「しかもミイちゃんとユイちゃんと梅雨の都の月姉ちゃんは姉妹なんだって!」 姉妹... てことは冬の都を守るべき存在であるミイとユイは姉が居る梅雨の都に遊びに行ってるから鳥居が消えてしまってるのか... そもそもなんで双子らは出られるんだ? それも謎でしょうがない。 「あとは...、夜光りの都って場所があって......」 「そこは夜にしか行けないんだ」 「朝は鳥居すら見当たらなくて...」 夜にしか行けない? てか夜ってどの時間帯の夜のことを言っているんだろうか。 夜のはじめ頃のこと? それとも真っ暗闇の深夜のこと? まぁ、後々聞けばいいか... 「もし、里玖にぃが夜光りの都に行く用事があるなら絶対夜は気をつけて」 僕の目の前で人差し指を立ててそう言う蒼葉くん。 「気をつけて...って、何を?何に?」 「......夜は██████だから」 またノイズがかる。 話の内容的には今までの記憶がなんやかんや的なやつじゃないのに。 そう思いながらノイズがかった言葉の正体を探る。 その際に頭痛も感じず、尚更謎に包まれる。 一体夜に何が起こるんだ? 今までの楽しげな蒼葉くんのトーンとは違い、 今言った言葉は低く、 注意を強調しているようだった。 「...夜光りの都に行ってそのまま朝を迎えたらどうなるの?」 話を逸らすようにしてそんなことを聞く。 が、聞かなきゃ良かったなんて思ってしまった。 「その時は......僕も、知らない」 そう小さく呟くように蒼葉くんは言った。 そのせいで余計に不気味さが増す。 「そして最後が天気雨の都」 「イマイチ僕もここについては知らないんだよね...」 「謎!!不思議!!って感じ」 なるほど... というかなんでミューエは僕にそれすらも教えないで消えたんだ? せめて蝶集めが何なのかとか教えてから消えればまだ良かったものの、 気づいたら消えてたからな...

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美的な監獄と夜な夜の注意

約束の括り付け

「ごめん、」 再び謝る。 だが自分でも泣かせたことへの謝罪なのか、 傷つけたことへの謝罪なのか。 僕にもその謝罪の意味は分からなかった。 「うん」 「ごめんね」 「大丈夫」 ただただそれを数回繰り返した。 謝る事に僕の胸は苦しくて勝手に謝罪の言葉が口から心から溢れ出てくるようで。 『もう一度』とでも言うかのように僕がまた口を開いて謝罪の言葉を述べようとした時、 蒼葉くんは僕に抱きつきながら 「もう大丈夫だよ」 「だから泣かないで」 と言ってきた。 泣いているのはそっちじゃないか。 そう思いながら蒼葉くんを見つめる。 そんな僕の視界は窓ガラスに滴る雨粒越しに見る景色のようだった。 初めて人前で泣いたような気がする。 いや、そんなことは無いか。 きっとさっきのように思い出せないだけで、 きっと誰かの前では泣いたはず。 多分。 きっと。 そうに違いないんだ。 「里玖にぃ、落ち着いた?」 そう言いながら蒼葉くんは数分した頃に顔を覗き込んで聞いてくる。 「大丈夫だよ」 「さっきはごめん...みっともない姿見せちゃって...」 無理やり笑みを作り、見せる。 「みっともなくないよ!誰でも泣くでしょ?」 「だって子供も泣くけど、大人も泣く!ね?」 先程の怯えた瞳とは違う、 優しさの温かみを帯びた瞳色。 それを見るだけで微かに口角が上がる。 「仲直りもしたし...」 「『みどり遊び』しよ!」 満面の笑みでそう言ってくる。 「ぁ〜...僕、花冠とか作るの下手だから教えてくれる?」 「もちろん!」 先程よりも柔らかな雰囲気だと自分でも分かる。 いや、もし思い違いだったらどうしよう。 そう思いながら蒼葉くんを見る。 が、すぐにそんなことは無いと思えた。 なぜなら蒼葉くんは楽しそうにお花摘みをしているから。 そんな光景を見た僕の心には温もりが広がったから。 それより蒼葉くんってなんか███みたいだなぁ... 一瞬何か思い出した。 だが同時にノイズ音が頭に響いた。 思い出したのに思い出してない。 少し不気味で寒気がする。 そう1人で何かに怯えていると 「大丈夫?」 と言いながら蒼葉くんが僕の頭に花冠を乗せてきた。 蒼葉くんはにこにこ笑顔で、 それでいて自分の意見はちゃんと言える人で。 しかもどこか大人びた感じの雰囲気もあって。 どことなく僕の知っている誰かに酷く似ていた。 それのせいだろうか。 僕の心には温かさが広がっていくのは。 「大丈夫だよ」 そう言いながら無意識的に口角を上げた表情を見せる。 と、蒼葉くんも笑みを浮かべた。 「それじゃ、花冠の作り方教えるね!」 「まず最初はお花摘み!」 「こっちだよ!」 そう言いながら蒼葉くんは椛のように小さな手で僕の手を引っ張る。 スベスベもちもちの手。 いや、手と表すより『おてて』と表すに等しい。 てか... 「最初って紐とかで練習するもんじゃないの?」 先程のように心の声が漏れてしまう。 『やばい』と思い、手で自身の口を塞ぐ。 そんな僕の姿を見た蒼葉くんは 「里玖にぃって案外優しいところあるよね」 と言いながら小さく笑った。 それがなんだか可愛くて。 愛おしくて。 きっと弟が居たらこんな気分なのだろうか。 そう思った瞬間だった。 「っ、」 頭にイナズマが走ったような痛みを感じた。 「里玖にぃ?」 不思議そうな顔をしている蒼葉くん。 僕は必死に『大丈夫だよ』なんて装って。 なんでまたあの頭痛が... そう。 先程のようなノイズ音といい、 " 何か " を思い出そうとする度に酷い頭痛がし、言葉にするとノイズがかる。 「そういえばさっきのように『案外優しいところある』ってなんのこと?」 必死に話を逸らしつつ、そんなことを聞く。 「うーん...内緒!」 にこっと微笑みながらそう言う蒼葉くん。 「でもこれだけは言っておくね!」 「僕のこと傷つけないように喋ってくれてるっぽいけど、別に素を出していいんだよ?」 「だってそっちの方が気が楽じゃん〜!」 ほら。 こういうとこ。 こういうところが大人っぽさを感じる。 「...素出したらまたさっきみたいなことにならない?」 自分でも口から出てきた言葉に驚いた。 『僕がそんなことを思うなんて』って。 不安に感じることは無いと思っていた自分が、 こんなことを思うなんて。 『嘘であれ』と思い続ける。 「......ならないよ」 「絶対ならない!!」 僕の服を裾を強く引っ張りながらそう言う。 そんな蒼葉くんの顔は僕の目前にある。 その瞳は真剣そのものだった。 「...ほんとに?」 「うん!約束!!」 満面の笑みで蒼葉くんは小指を差し出してくる。 『約束を交わす瞬間』 互いの小指を絡ませて、 握って、 約束する。 口約束を交わす方法の1種。 僕は蒼葉くんの小指に自身の小指を絡ませる。 と、蒼葉くんは微笑みながら 「《約束の証》」 と呟いた。 その時、いや刹那の瞬間だけ蒼葉くんの瞳が翠色に揺らいだ気がした。 それを見て。 瞬きをして。 気づいたら何も無かったかのように元の瞳の色に戻っていて。 でも一つ違うことがあった。 それは僕の右手の小指に三葉のクローバーの草輪が括りついていたこと。 それは酷く頑丈に。 でも温かみを感じた。 クローバーの花言葉は『約束』 前に本で読んだことがある。 蒼葉くんは一体何者? そう一瞬考えたが、辞めた。 蒼葉くんは蒼葉くんだから。 考えたってきっとキリが無いはず。 そう思ったから。

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約束の括り付け

型合わせと懐

しばらくしてから僕の景色は前見ていた景色に戻った。 前見ていた景色。 つまり、僕を拒絶した鳥居の姿が目前にある景色。 しょうがないから僕はその場を離れ、 違う鳥居が無いか探した。 すると、近くに2つの鳥居があった。 が、1つは入れなかった。 入れなかったとはいえ、 先程のように見えない壁に阻まれた訳では無い。 「どういう仕組み...?」 そう僕が疑問の声を零すのも仕方無いと思う。 なぜならこの鳥居、 近付けば近づくほど姿が消えてしまうという謎の鳥居。 そうしてもう1つの鳥居の方はというと... 入ることが出来た。 が、鳥居を潜った瞬間、 僕の頬を掠めて矢がどこからか飛んできた。 「は...?」 息を吐くと同時に疑問と戸惑いが混ざったような声を漏らす。 「人の子よ。余は貴様の侵入を許さぬ」 そんな声と共に和傘を差した一人の女性が現れた。 ほぼそれと同時にザーザー雨が降り出す。 紫陽花が咲いており、 所々に蜘蛛の巣があるこの場所。 「聞いておるか?」 「今すぐ出て行かぬと申すなら、死と同等。ここで血に染める」 そう言ってキリキリと弓を引く音が響く。 本能的に気づく。 『きっと次は確実に殺される』と。 というか殺気が凄まじく身体に当てられていて、逃げようとしても恐ろしくて逃げれない。 勝手に手が震えるほどの恐怖。 酷く睨むその目。 きっとライオンに見つかった兎ってこんな気分なんだと思う。 そう思いながらも一歩一歩と後退り、 ついには鳥居の外に出る。 「どうすりゃいいんだよ...」 そう呟きながらも解決策なんぞ、 何も思いつかない。 そうこうしているうちに僕はいつの間にか先程の場所、若木が巻き付いている鳥居の前に居た。 「悪かったよ...僕が酷いこと言ったせいだって分かってる......」 必死に言葉を探しながら誰も居ない鳥居に謝る。 そう言いながら一つ、気がついた。 僕の頭にはいつも疑問が浮かんでいた。 例えば学校で 『個性は大事』 『みんな違ってみんないい』 と学ぶくせに、 社会人になったら 『個性はいらない。従うのが正義』 『言われた通りに動け』 『みんながみんな同じでいるべき』 と学び返される。 教師たちはそれを知っているはずなのにも関わらず、なぜ嘘をわざわざ教えるのか。 良い子供に育てようとするため? 生徒を教師の生きる環境を良くするための道具として? 学んで疑問を出やすくするため? 考えれば考えるほどに分からなかった。 そう思い返してみれば、 僕は最低の子供だったかもしれない。 蒼葉くんにも言ってしまったあの言葉。 『男の子は男の子らしくカッコイイものが好きであるべき』 『女の子は女の子らしく可愛いものが好きであるべき』 今思えば最低かもしれない。 つまり、この鳥居が僕を 『拒絶』した理由はきっと...... 僕が蒼葉くんを傷つけたから。 一生残る傷をつけてしまったから。 今更謝ったところで何も変わらないと思う。 それなのに僕は──── 「蒼葉くんと話したい」 そう呟くように言ったと同時に僕の目の前にある通れないはずの鳥居から何かが割れるような音が響いた。 『まさか』と思いながらも鳥居の奥に手を伸ばす。 と僕の手は、 腕は、 鳥居を潜った。 そして足を進めて全身を鳥居の奥へ潜らせる。 もちろん、目の前には蒼葉くんの姿があった。 だが最初会った時の笑顔は消え、 あるのは涙の跡が残った頬と僕を見て怯えて揺れる瞳。 「蒼葉くん...」 そう言いながら僕は蒼葉くんに1歩近づいた。 が、蒼葉くんは2歩下がる。 「ごめん...僕が...、悪かった」 「男でも可愛いを好いてもいいし、女でもカッコイイを好いていいって気がついた」 「謝っても遅いと思うけど...許してくれなくてもいいから」 「それでもいいから僕は...謝りたかった」 自分でも声が震えてるのが分かる。 上手く蒼葉くんと目を合わせれず、 目を伏せて話す。 正直に言えば無礼だなと自分でも思えた。 だけれど、 身体が上手く動いてくれなかったんだ。 僕は何に怯えている? 加害者は自分なのに? 前までの強気な態度はどこへ消えたんだ? 嫌な言葉による疑問攻撃が僕を傷つける。 それはただ苦しくて痛くて辛いものだった。 だけど分かる。 きっと蒼葉くんはこれよりも痛かったはず。 辛かったはず。 ...苦しかったはず。 反射板のように傷つけた分、 自分が後々傷つくと、 後悔すると分かっていたなら、 僕はあんなこと言わなかっただろうに。 でも知らないからこそ知れたこと。 僕が謝ってから数十分が経っただろうか? なのにも関わらず蒼葉くんの返答は無い。 僕は意を決して俯きがちだった顔を上げ、 蒼葉くんを見た。 ───────蒼葉くんは、泣いていた。 驚いたように目を丸くして大粒の涙をぼろぼろと流していた。 「ごめ───」 「成長したね里玖にぃ」 僕の反射的に出た謝罪の言葉は蒼葉くんの声によって消されてしまった。 泣きながらも微笑む蒼葉くん。 その顔に、 その表情に、 その優しい声に僕は酷く懐かしさを思い出した。 が、やはり思い出せない。 何かが引っかかっているかのように上手く思い出せない。 鳥居の前で聴いた懐かしいあの声。 そして蒼葉くんが今、僕に微笑む表情。 その全てが僕の心を酷く揺るがせた。

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型合わせと懐

悲願 ¿

しばらくしてから男の子が僕に気づいた。 少しじっと見つめた後、 「ねぇねぇ!草笛作れる?」 と聞いてくる。 「草笛?」 『草笛』またの名を笹笛、葉笛。 名前の通り葉っぱで作る笛のこと。 昔では多くの人に知られていたのにも関わらず、今では知る人ぞ少ないという。 「草笛...作れないかな、僕は」 そう。 僕は知っているが、作れはしなかった。 そういえば昔、誰かと一緒に作ったような気がする。 でも何度記憶を巡り巡らせても思い出すことは出来なかった。 「じゃあ僕が教えてあげる!!」 しばらくしてから男の子はそんなことを言う。 「あ、でもその前に...」 「自己紹介しよ!」 そう言って僕の手を掴んできた。 「僕の名前は蒼葉!みどり遊びが好きで〜、███が好き!!」 元気そうな言葉に紛れてノイズ音が辺りに響き渡る。 「えっと...何が好きだって?」 「ん?みどり遊びと███だよ?」 不思議そうな顔をしながら答えてくるが、 やっぱり聞こえない。 「お兄ちゃんの名前は?」 そう聞かれ、反射的に 「佐葉 里玖」 と答える。 が、先程呼ばれた『お兄ちゃん』という単語が聞こえた時、何故か頭痛がした。 なぜ? 分からない。 でもなんだか『お兄ちゃん』という単語は何かが引っかかる。 そう自問自答と共に考え込んでいると 「じゃあ里玖にぃ!僕と一緒に『みどり遊び』しよ!!」 そう蒼葉くんが言ったと同時に辺りの景色は草原へと変わった。 いや、草原であるが草原じゃない。 花畑の場所もあれば、 若葉の木々が生えている。 でも先程の場所だと言えば先程の場所にも見える。 そんな不思議な感覚に包まれた。 「そういえば...みどり遊びって何?」 『みどり遊び』多分名前からして『草遊び』のことだろう。 「里玖にぃはしたことないの?」 「花冠作ったり草笛吹いたりとか!」 いや草遊びじゃん。 1人心の中でツッコミを入れる。 てか... 「なんで男なのに草遊びすんの?花冠作るのって女の子がすることじゃん」 「蒼葉くんって男の子でしょ?男ならサッカー遊びとかでしょ」 心で思ったことがそのまま口に出てしまう。 そんな僕の言葉を聞いた蒼葉くんは驚いたように目を丸くした。 「...好きなことしたらダメなの?」 震え声で少し俯いた蒼葉くんが聞いてくる。 「好きなことしちゃダメとかそういうんじゃなくて...」 「『男なのになんで女みたいなことするの?』っていう意味であって...」 男はカッコイイのが好きで、 青色が好きで、 それでいて女は可愛いのが好きで、 桃色が好き。 それが普通だと思う。 なのに今僕の目の前にいる蒼葉くんは男の子なのに女の子みたいな遊びを僕に誘ってる。 とても変なことだと思う。 「────僕は!」 急に蒼葉くんが声を荒らげ、 僕は驚いて蒼葉くんを見ると、 蒼葉くんの目は涙で潤んでいた。 「僕は...」 「可愛いのが好きだから......」 「否定されたら悲しいよ...」 「里玖にぃだって」 「今まで皆が皆、男の子は男の子らしくカッコイイものが好きで、女の子は女の子らしく可愛いものが好きだった?」 そう言いながら少しずつ僕に近づき、 距離を縮めてくる。 「男の子でも可愛いものが好きで、女の子でもカッコイイものが好きじゃなかった?」 分かった。 分かったから。 いいからそういう話はやめてくれ。 前にも聞いたことがあるような言葉。 声。 でも誰から聞いたのかは思い出せない。 「男の子でも女の子でも────」 「もう分かったってば!!」 蒼葉くんの声を遮り、大声を上げる。 自分でも驚くような声量。 そして我に返ったときにはもう遅かった。 蒼葉くんは怯えたような目を僕に向け、 一滴一滴と涙を流していた。 「ごめ───」 「...里玖にぃはそんな人だったんだね」 「見損なったよ」 「だから██████だよ」 そんな冷たい声とノイズ音が聞こえたと同時に蒼葉くんの姿は僕の前から消えた。 綺麗な若木の木々の景色、 草原の景色、 少しの花畑の景色も共に。 そして気づいたら僕は最初の青々とした若葉が巻き付いた鳥居の前に突っ立っていた。 相変わらず水梟と水狐は台座の上で動かない。 「は...」 「どういうこと...?」 そんな戸惑いの声を漏らしながら、 先程と同じように鳥居を潜る。 が、 見えない壁のようなものに阻まれ、 進めなくなっていた。 「ぇ...?」 もしかして僕が進むことを『拒絶』してるってこと...? 何か間違ったとか? どれだ? どれを間違った? 態度? 言葉? 僕はどれを間違った? 「ねぇ、僕はどれを間違ったの?」 「教えてよ...」 そう独り言のような呟きを吐きながら、 台座から動こうとしない水梟と水狐に言葉をかける。 が、石像のように反応を返してはくれなかった。 そんな時、僕の視界が若葉の舞う景色で埋め尽くされた。 木々なんて周りには無い。 あるのは石像のように動かない水梟と水狐。 それと... 青々とした若葉が巻き付いた鳥居のみ。 そんな不可思議な現象が起きたと同時に声が聞こえた気がした。 【里玖。】 たった一言、僕の名前を呼ぶ誰かの声。 そんな言葉、声を聞いた僕の心は謎の温かさに包まれた。 だが、 その︎︎︎︎温かさは心地よくて、 どこか懐かしくて。 涙が勝手に溢れてしまう。 そんな声だった。 必死に涙を止めようとしても涙は溢れ出るばかり。 思い出さなければいけない。 だけど思い出せない。 そんな苦痛の中、 僕の景色はずっと舞う若葉の景色で埋め尽くされているばかりだった。

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悲願 ¿

ヒトメ見た

目の前にユウが居た。 気づけば周りは知らない場所で。 でもどこか見たことあるような。 懐かしいような。 そんな気持ちが心には広がった。 『ハグは抱擁でもあり、抱擁はぎゅっと抱きしめることでもある』 ユウはたった一言そう言ってどこかへ歩き出した。 なぜだかユウと離れてはいけないような気がして、頑張って追いかける。 結婚式場のような教会のような場所。 螺旋階段や上下逆さまの階段が幾つもある場所。 酷く重い布団を被った場所。 全て知っている場所だった今通ってきた道。 それらの景色が今言った通りの場所だった。 そして新たな場所、何も無い場所。 何も見えなくて何も無い。 白い世界が広がってるとかそんなんじゃなくて、本当に何も無い。 目には何も映らず。 でも感じる場所。 温かい場所。 ふとユウの声が聞こえた。 『大好きだよ。いつまでも』 どの方向から聞こえたのかは分からない。 ただただ響いて聞こえたから。 返事しようと口を開いた。 だが 『ここじゃないどこかでまた会おうね』 というユウの言葉に邪魔される。 そんな時、また違う声がした。 今度は誰だろうか。 『大好きなんて嘘ばっかり吐かないで』 あ、アイの声だ。 アイは少し冷たくてでも根はきっと優しいんだと思う。 でも後で後悔するんだろうね。 分かる。 そう感じるから。 ユウは明るくて微笑み上手だった。 そんなんだからアイも惹かれたんだろうな。 そんなことを思ってもアイは否定するんだけれどもね。 気づけばアイとユウは添い寝していた。 アイはユウに背を向けながら寝ていて。 ユウはアイを抱き締めている。 しばらく経つとアイはユウの方を向いて抱き締め返した。 ユウの表情はどんなんだろうか。 ユウは今何を思っているのだろうか。 考えているのだろうか。 見ても分からないからそんな疑問が浮かぶんだ。 こちらからは見えない。 アイには見えてるのかな? 数日後、ユウは泣いていた。 声を殺して必死に涙を止めようとする姿を見つけた。 何も出来ない。 ただひたすら見つめることしか出来ない。 こんなユウを見ているアイはどう思っているのかな? 泣かないでとでも声をかけるのだろうか。 それとも加害者であり被害者でもある人達のように自分を浮かべるのだろうか。 『泣いても助けないよ』 たった一言アイは捨て台詞のようにそう言って、その場を離れてった。 気づけば螺旋階段を上がっていた。 いや。 下がっているのだろうか? 錯覚でよく分からない。 この場所は酷く寒くてトゲトゲしている。 なんとも嫌な場所だった。 ここにはユウもアイも居ない。 孤独の螺旋階段。 意味の無い上がり下り。 だけど明日もまたライやァィに逢えるのを待つしかないものだ。

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瞳開き

耳に聞こえてくる誰かの鼻歌。 聞いたことないメロディー。 なのにも関わらずどこか懐かしさを感じる。 鳥のさえずりを聴きながら起きる目覚めの良い朝のように心地良い雰囲気に囲まれながら無意識的に瞑っていた瞼を開く。 目の前には薄黄緑の景色が映った。 ド田舎出身の僕から見たら珍しいものでは無いけれど、見覚えのある景色では無かった。 「ここは...?」 日の光で温かくなっている地面に手を付き、 仰向けで寝ていた体を起き上がらせる。 目の前には真っ青な海というか水面というかが目に映った。 いや、違う。 これは水面じゃない。 近づけば近づくほど正体が明かされていく。 「確かこれって...ネモフィラ、?」 そう。 僕が真っ青な水面だと思っていたものは青い花、ネモフィラの花畑だった。 そんな時、また誰かの鼻歌が聞こえた。 少し遠くに誰かが舞い踊っているような姿が見え、恐る恐る近づいた。 そこには目を瞑りながら舞い踊る水色のスカートの少女が居た。 「君は────」 そんな声を漏らすが、少女の鼻歌に上書きされてしまう。 少女の水色のスカートが太陽に反射してキラキラ光っている。 まるでクラゲの傘のようで─── そう思っていると少女が舞い踊りながらネモフィラの花々に足を着いたと同時に次々と波紋が広がった。 その波紋は僕の足元にまで広がっては消えてを繰り返していた。 そして水面に変わったネモフィラの花々から、 いや地面からだろうか。 少女の足元から大小様々なクラゲが浮き出るように現れた。 少女は変わらず鼻歌を歌い、 スカートを舞い、 楽しげにスカートを揺らしている。 それに合わせてクラゲも踊っているかのように漂い、少女のスカートに映える傘をふわふわとさせていた。 それに見とれていると 「あ、こんにちは!!」 「私はミューエ!!あなたは...」 「里玖にぃね!!」 『里玖にぃ』なんで僕の名前を知っているんだろうか。 前に会ったことがあるとか? いや、絶対に無い。 断言出来るほどこの少女は僕には知らぬ人間だった。 「君は...目が見えてないの、?」 ふと失礼と思いながらもそんなことを聞いてしまう。 「見えてるけど見えてないよ〜!!」 そう言いながら少女、 ミューエはクラゲの傘に乗り、 ふわふわと漂う。 ミューエのスカートとクラゲの傘が太陽で反射してキラキラ光り、僕の目に刺激を与えてくる。 「あ!言うの忘れてた...!!」 急にそんな声を上げるミューエ。 「里玖にぃがここに居る理由は使命を果たして貰うため!!」 「使命...?」 「里玖にぃの使命は『蝶』を集めること!!」 「それじゃあ、ばいばい!!」 そうミューエは僕に告げた後、僕の目の前から消えた。 辺りにはキラキラとした何かが散らばっていた。 まるで幻想の粉光が落ちてしまったかのように。 てか結局僕は何をすればいいんだっけ? 蝶を集めるって言ってたけど... 「どこに向かえばいいんだか...」 そう1人で頭を抱えていると急に後ろから引っ張られ、思わず尻もちを着いてしまう。 「何、誰...」 そんな苛立ちの声を零しながら振り返るとそこには狐と梟のような生き物が居た。 なのに僕の知っている姿ではなかった。 狐は全身が水で出来ているかのようで歩く度に水滴があっちゃこっちゃに飛び散る。 梟は体の下半分が幽霊のように仄かに消えていて、命を持った生物とは言えないような姿をしていた。 だが、梟もまた狐と同じように全身が水で出来ているかのような姿をしていた。 「ねぇ、君たち...」 「蝶の居場所って知ってる?」 「僕、蝶を集める使命みたいで...」 まさかと思いながらも水狐と水梟に話しかける。 が、水梟は首を傾げるのみだった。 頭が上下逆さまになってしまうほどに。 しかも水狐は鼻で笑うだけ。 水梟の方は良いとして水狐の態度は鼻につく。 腹立たしい。 「自分で探すしか無いか〜...」 そんな声と共に見知らぬ地を歩き始める。 ある程度歩いた時だろうか。 しばらく経ったそんな時に何やら鳥居のようなものが姿を顕にした。 鳥居には青々とした若葉が巻き付いており、 緑の匂いがする。 これは潜ることを促している鳥居なのか。 それとも入ったら結界が割れるとかそんなファンタジーな鳥居なのか。 色々な考察が頭を駆け巡って足は進めないでいると、ふとさっきまで隣にいた水梟と水狐の姿が見当たらないことに気がついた。 だが、すぐ見つけた。 水狐と水梟は鳥居の前にある2つの台座の上に座っていた。 よく神社で見るような狛犬の像のように。 そして同時に鳴いた。 たった1度だけ。 そんな鳴き声が僕の頭の中で響き渡る。 まるで歓迎しているように感じて、僕は鳥居を潜った。 気づいた時には僕は鳥居を潜ってある程度進んだ場所に居て。 目の前には葉っぱで遊んでいる男の子が居て。 「いーち、にーい、....ろく!」 急に数が飛んで六の数を声に出す男の子。 男の子は僕に気づきもせず、 ただ水面上に浮かぶ葉っぱを数えていた。 その葉っぱは2つしか無かったが、 男の子が『ろく!』と言ったと同時に葉っぱが従うようにして4つに増えるた。 つまり合計6つ。 そんな不思議な光景を僕は声を出すことも忘れてただ眺めていた。

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瞳開き

無題#3

もし、 あの時死んでたら僕はどうなってたんだろう。 もし、 あの時死んでたら僕はここには居なかっただろうな。 そんなことを思いながら歩く学校からの帰り道。 景色は既に西に傾きつつある夕方で、 僕はわざといつも家に向かってる家と違う方の道を選んだ。 知らない道。 知らない景色。 自分の心の迷路みたいで少しの恐怖を感じた。 でも、 それでも、 自分の行きたい場所に進もうって思って進んだら家に着いてしまった。 第六感が働いたのだろうか。 なぜ家に帰ってきたのか。 どうやって家に帰ってきたのか。 なぜ──── 家の玄関の鍵を開け、リビングへと向かう。 食卓には母からの『ご飯作ったから食べてね!』というメッセージと共に不格好なおにぎりが2つ、置いてあった。 父は朝早くに会社に行って夜遅くに帰ってくる。 だからほぼ会えない。 母も父と同じく朝早くに会社に行き、 夜遅くに帰ってくる。 だからこの家は孤独だ。 僕と同じでひとりぼっち。 そんな僕にはご飯も寝床も服もある。 なのに僕は愛されてない気がして、 僕のために働いてるのは分かってるけどもう少し一緒に居る時間が欲しくて。 でもそんなのただの我儘だって知ってるから 言わない。 伝えない。 考えない。 今日も僕は詩集を手に取り、ページを捲る。 部屋は暗くて文字がよく見えないけど、 僕は何故か読むことが出来た。 === アクル日モ アクル日モ ズット眠ッテル。 コノ時間モ ソノ時間モ アノ時間モ ドノ時間モ 土ニ還ルコトヲ願イナガラ 永眠スルコトヲ願イナガラ 眠ッテル。 ドウスレバ救エルノダロウカ ドウスレバ救ワレルノダロウ ドウスレバ──────── === この詩集を買った理由は タイトルに惹かれたわけでも、 表紙に惹かれたわけでも、 帯やポップに惹かれたわけでも、 言葉に惹かれたわけでもない。 ただ手に取ったのがこれだったから買ったんだ。 詩の意味が全く分からなくてもページを捲る手は止まらない。 面白いと、 興味深いと、 思ってるのかもしれない。 もしくは 面白くないと、 早く読み終わりたいと、 ただ目を通してるだけかもしれない。 それは僕にも分からなくて。 そんなことを考えながらもページを捲る。 ふと、ある詩に目が留る。 === アノ日 アノ季節 アノ時間 アノ景色 全テヲ忘レテシマイタイ 全テヲ思イ出シタクナイ 夏ガ終ワル日 夏カラ秋ニナル時期 日付ガ変ワル0:00 夜ノ帳ガ完全ニ落チタ頃 僕ノ大切ナ最愛ノ人ハ タッタ一人ノ実ノ姉ハ ─────自ラ命ヲ絶ッタンダ。 === 読んでいる文字が滲んでいく。 辺りには水玉模様が出来上がる。 そう。 僕には世界にたった一人の大切な大切なお姉ちゃんがいた。 でもこの詩と同じ夏休みの最終日の0時にお姉ちゃんは自ら命を絶ったんだ。 最初の発見者は僕。 あんな光景、二度と見たくない。 いや、違う。 僕が気づいてあげなかったのが悪かったんだ。 姉の身体に赤い花が咲いた日に気づいてあげれば良かったのかもしれない。 姉の景色に花火が消された日に気づいてあげれば良かったのかもしれない。 今日も僕は姉とお揃いの赤い花を咲かせ、 迷路を指でなぞり、 景色に雪を降らせながら眠りに墜ちた。

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ピアノ

所々抜け落ちて無くなっている鍵盤。 白鍵を押す。 不協和音が鳴り響く。 黒鍵を押す。 目で見てるのと違う音が鳴る。 廃れたピアノ。 死んだピアノ。 きっと泣いている。 『ここにいるよ』と。 『また弾いてよ』と。 『前みたいにさ』と。 誰にも会えなくて 誰にも聞こえなくて。 私はあと数分で死ぬ。 だから大好きなピアノと一緒に 死のうと思うんだ。 だから大好きなピアノを昔のように 愛でてやろうと思っているんだ。 だから────── もう一度あの日々を思い出して もう一度感情に浸って もう一度繰り返そう。 静かな曲が流れていく。 誰も聴いていないコンサート。 誰も見ていない映画のワンシーン。 きっと誰も知りはしない。 最期の音が鳴り響く。 そして音は亡くなった。

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ピアノ

花踊る水の上で【予告物語】

耳に聞こえてくる誰かの鼻歌。 聞いたことないメロディー。 なのにも関わらずどこか懐かしさを感じる。 鳥のさえずりを聴きながら起きる目覚めの良い朝のように心地よい雰囲気に囲まれながら無意識的に瞑っていた瞼を開く。 目の前には薄黄緑の景色が映った。 ド田舎出身の僕から見たら珍しいものでは無いけれど、見覚えのある景色では無かった。 「ここは...?」 日の光で温かくなっている地面に手を付き、 仰向けで寝ていた体を起き上がらせる。 目の前には真っ青な海というか水面というかが目に映った。 いや、違う。 これは水面じゃない。 近づけば近づくほど正体が明かされていく。 「確かこれって...ネモフィラ、?」 そう。 僕が真っ青な水面だと思っていたものは青い花、ネモフィラの花畑だった。 そんな時、また誰かの鼻歌が聞こえた。 少し遠くに誰かが舞い踊っているような姿が見え、恐る恐る近づいた。 そこには目を瞑りながら舞い踊る水色のスカートの少女が居た。 「君は────」 そんな声を漏らすが、 すぐさま少女の鼻歌に上書きされてしまう。 少女の水色のスカートが太陽に反射してキラキラ光っている。 まるでクラゲの傘のようで─── そう思っていると少女が舞い踊りながらネモフィラの花々に足を着いたと同時に次々と波紋が広がった。 その波紋は僕の足元にまで広がっては消えてを繰り返していた。 そして水面に変わったネモフィラの花々から、 いや地面からだろうか。 少女の足元から大小様々なクラゲが浮き出るように現れた。 少女は変わらず鼻歌を歌い、 スカートを舞い、 楽しげにスカートを揺らしている。 それに合わせてクラゲも踊っているかのように漂い、少女のスカートに映える傘をふわふわとさせていた。 それに見とれていると 「あ、こんにちは!!」 「私はミューエ!!あなたは...」 「里玖にぃね!!」 『里玖にぃ』なんで僕の名前を知っているんだろうか。 前に会ったことがあるとか? いや、絶対に無い。 断言出来るほどこの少女は僕には知らぬ人間だった。 「君は...目が見えてないの、?」 ふと失礼と思いながらもそんなことを聞いてしまう。 「見えてるけど見えてないよ〜!!」 そう言いながら少女、 ミューエはクラゲの傘に乗り、 ふわふわと漂う。 ミューエのスカートとクラゲの傘が太陽で反射してキラキラ光り、僕の目に刺激を与えてくる。 「あ!言うの忘れてた...!!」 急にそんな声を上げるミューエ。 「里玖にぃがここに居る理由は使命をして貰うため!!」 「使命...?」 「里玖にぃの使命は『蝶』を集めること!!」 「それじゃあ、ばいばい!!」 そうミューエは僕に告げた後、 僕の目の前から消えた。 辺りにはキラキラとした何かが散らばっていた。 まるで幻想の粉光が落ちてしまったかのように。

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加減が出来ない不器用くんと恋する方法。~ 後輩のお世話係やってます ~【予告物語】

今日は新1年生の入学式の日。 本来は2年生である私はここには居ないで家でダラダラ出来る日... だったんだけど、 先生が急に頼んできたこの仕事のせいで今この場にいる。 そう。 入学式のお手伝いという仕事!! 私は案内係。 1番つまんない仕事である。 そんな時、遠くに人影が見え 近づくと何故か服がびちゃびちゃに濡れた男子が突っ立っていた。 ネクタイの色的に多分、新1年生。 「え、ちょっ、君大丈夫?!誰かに水かけられた?!」 そう慌てていると 「...入学式の会場どこっすか?」 と聞いてくる。 「いや、そんな格好で行くの?!その前に着替えでしょ!!早くこっち!!遅れるから!」 そう言って私はその子の手を引っ張って保健室へ向かう。 それが不器用くんと私の出会い。 あの後、不器用くんは無事に入学式に間に合ったらしい。 しかもびちゃびちゃに濡れた理由はペットボトルで水を飲んで落ち着こうとしたら ペットボトルを持っている方に力を入れすぎて開いたと同時に自分に水がかかったとか。 「不器用過ぎる...」 そう独り言を漏らす。 入学式が終わり、 新1年生は最初の登校日となった。 もちろんだが在校生は去年と同じく授業を受けるために学校へと来る。 そして女子は皆、口を揃えてこう言う。 『新しい彼氏探しだ!!』 と。 私もそんな女子の一員... ではなく、私はあいにく恋愛というものに興味が無い。 しかも私は彼氏にリードされるより彼氏をリードしたい側なのだから。 「おはよ!葉兄さん!!」 後ろからそう言いながら私の背中に頭突きをしてくるのは親友の夏奈。 『葉兄さん』 私のクラス間でのあだ名である。 なぜ『姉さん』ではなく『兄さん』なのかは分からないが。 ここの高校は何故かクラス替えが無い。 だから1年生の時からクラスメートはずっと同じ人。 仲良くなったら天国。 仲良くなれなかったら地獄。 の白黒はっきり系の学校だ。 もちろん私のクラスは天国。 皆が皆、仲がいい。 「そういえばこの前の入学式の仕事どうだった?楽しかった?」 ニヤニヤとしながら挑発的に笑う夏奈。 「...なんか不器用な人居たわ」 「不器用な人?!何それ!!詳しく教えてよ〜!」 そう言いながら夏奈は私の肩を揺さぶる。 「ちょ、やめて...酔う酔う......」 そんなことをしていると 「お、またやってんのか?確か〜...『葉兄さん』だっけ?」 という声と共に1年の頃の担任、 笹川が近づいてくる。 「あ!!笹川じゃん!!え、私らの担任ってまさか...!」 「お、正解〜!またお前ら問題児のクラス担任だよ...」 ガクリと肩を落としながら夏奈と話す笹川。 「葉兄さんは俺と同じクラスで嬉しいか?」 ニヤニヤした目で見てくるのやめて欲しい。 「...そういう所だよ笹川」 そう冷たい声を返すと 「え?何が...?」 「俺何かしたっけ?」 と戸惑いの声を漏らす。 「夏奈、早く行こ。こんな奴に構ってないで」 「『こんな奴』て...オモロ......」 口を押えて笑いながらも、 笹川に手を振る夏奈。 「あ、そっか〜、今日から3階だっけ?」 「うん、足疲れるね」 「うわ、それな〜?」 そんな会話を交わしながらクラスメートたちが騒ぐ2-7の教室内へと足を進める。 「あ、葉兄さんじゃん!!おはよ〜!!」 「おはよ」 自分の席につこうとすると私の席が無かった。 虐め? いや、これは違う。 「あ、やっぱここにあった」 「笹川!イス使ったなら戻してっていつも言ってんじゃん!!」 いつも笹川は私の椅子を使っている。 そして元の場所に戻さず放置。 「あ、ごめん!!忘れてた〜!!」 なんなら担任までも生徒のようになっている。 「笹川、葉にぃに怒られてやんの〜!!」 周りからは笹川を笑う声ばかり聞こえてくる。 そんな時、 「あれ?ここじゃない...」 と見覚えのある声が廊下から聞こえてきた。 「あ、あの時の先輩だ!えっと確か名前は...葉先輩?でしたっけ?」 廊下にいたのはあの時の不器用くん、『傘阜 琉乃』くんが居た。 「え、1年じゃん!!可愛い〜!!」 クラス内は笹川から傘阜くんへと視線は移っていく。 「え、何してんの?ここ2年の階だよ?」 「葉兄さん、知り合い?!」 「いや入学式の時に会ってさ...」 「葉兄さん?男...?」 戸惑いの声を漏らしながら少し引いたような目で私を見る傘阜くん。 「違う、そういう意味じゃなくて...」 「それより!!迷ってるんでしょ?一緒に1年の階行くよ!」 そう言って強引に傘阜くんの腕を引っ張って教室を出る。 2-7からは『葉兄さん、積極的〜!!』と黄色い歓声が聞こえてくる。

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