居なくなった恋人に似た人に出会った話
突然あの子が居なくなって半年は経っただろうか。実際はおそらく二ヶ月くらいだと思う。未だに度々寝付けず、こうして夜の路地裏を散歩している。まだ人がいる居酒屋の灯りを見ると気が紛れる事を知って以来、癖になってしまったようだ。
お酒は嗜む程度の僕には無縁であるからこそ、その灯りを遠くから見れるのだろうか。そこに居たことがないから、思い出すものがないからだろうか。脳裏のあの子から離れるには都合がいい。
何の気なしにコンビニに入る。特になにを買うわけでもなく、キャッチーな単語が並ぶ雑誌棚を横目になぞって、奥の冷蔵庫まで足を進める。いつもなら、そうする。
灰皿があるくらいの位置に、あの子によく似た人が立っている。何の気なしに入ったはずなのに、もやが音もなくはれていく。
もやの大きな動きに動かされて、あの子が好きだった微糖のカフェオレを買って外に出た。気が早って会計をすませた記憶がない。電子マネーの決済音が聞こえたから、おそらく会計はすんでいるはずだ。
よく分からないまま、もやの大きな動きに動かされるまま、灰皿がある方を見る。やはりあの子にしか見えない。コンビニの灯りが逆光になって顔がよく見えないけど、本当によく似ている。
「あ、あの」
あきらかに不審な声のかけ方しかできていないような気がする。しかしすでに発声してしまったから、戻るにも戻れない。
顔を上げたその人は、泣き腫らした目をしている。疲れた顔で、ぼんやりと僕の顔を確認するように見ている。
「あ、あれ……? あ、なんですか」
なにかを思い出して口走ったあと、すぐにはっとして辿々しい返事が聞こえた。
「よかったら、これ……」
「ありがとう……?」
差し出したレジ袋を妙な顔をしながらも受け取るその人は、なにか言おうと戸惑っているようにも映る。その様子を見て、あの子ではなかったと、またもやがかかり始めた。
「あの、どこかで会ったことない、ですよね?」
少し勇気を出したように聞こえる声が、もやの中へ帰ろうとする僕を強く引き留めた。
「会ったことはないけど、知り合いと間違えるくらいには」
「似て、ますか」
少し食い気味になっているその人の顔には、先ほどまでの疲れが見られない。
「あ、ごめん……おれもその、似てるなって思って」
「僕もそう思って……」
偶然にしてはでき過ぎた話の中に、自分とその人がいる。まるであの子と出会った時のような、朝が来たような気持ちなのは確かだ。
あの子が戻ってきたわけではない。だけど、あまりにもそれに近い。また違う朝が来たのかもしれない。
それは居酒屋の灯りが眩しい夜だった。