あひなり。
16 件の小説雪
歩く。歩く。 降り積もる雪の上をひたすら歩く。 ここはすでに誰かが通った道だ。 そこも。あっちも。向こうだって。 歩く。歩く。 誰も踏みしめていない地を目指して。 雪は今も降り続けているというのに。 足跡が消えない。人がいた形跡が。 まだ歩かなきゃ。 もっと先だ。もっと遠く。 白い。白い。 右も左も、上も下も。 どこまでが雪で、どこからが雲なのかもわからない。全てが白一色。 白い。白い。 吐く息も、足跡も。 色がない。自分が今まで歩いてきた道もわからない。 進むしか。ただ進んでいくことしかできない。 自分自身も白く染まっていく。 溶けて、混ざって。 滲んで、壊れて。 そしたらきっと雪との区別もつかなくなる。 ならばもういっそ、すべてを覆ってしまおうか。 輝く宝石も。 折り目のない本も。 傷一つない綺麗な腕も。 今にも眠ってしまいそうだから。 だから 全部雪の下に隠してしまおう。 埋もれて沈んで消えていく。 きっと誰も気づきやしない。
変化
大好きだったものが、ある日突然嫌いになった。 大切にしていたものが、ある日突然いらなくなった。 そうして周りにあるものが少しずつ変わっていって、数年後には全てが入れ替わった。 過去の自分と今の自分。 何も変わっていないけど、何一つ同じじゃない。 別人で、同じ。 違うけど、全部自分。 自分のことがどんどんわからなくなっていく。 小さな頃は自分のことをよく理解出来ていた。 やりたいこと、楽しいこと。 やりたくないこと、つまらないこと。 いちいち考えなくても全部わかっていた。 今はどうだろう? 自分が本当にしたいことがわからない。 知らない間に心の奥を施錠して、鍵の場所を忘れてしまったみたい。 見つからない鍵を探している。 開かない心を渇望している。 その思いだけが今もこのからだを動かし続けている。 苦手だったものが、ある日突然好きになった。 何とも思っていなかったものが、ある日突然愛しくなった。 そんな風に変わっていく。 そんな風に、おとなになっていく。
幸せのカプセルトイ
今自分が望んでいる以上に価値のあるものなんて、この世界には存在しない。 それでも全部が欲しくなって。何かを手にしておきたくて。 お腹のレバーを回して、回して。 自分のものにしたくなってしまうんだ。 当たりなんてない。 あるなら疾うに引いている。わかっているのに。 空っぽ同然の結果を何度も、何度も。なんども。 ずっと引き続けている。 他の人はあんなにも使いこなせているのに。 自分が持つとただのガラクタになってしまう。 「身の丈」に合わない? それなら「平等」ってなんなんだ。 足りない まだ全然足りない。 抱えられる以上に求めて求めて、両腕からこぼれていく。 カラカラカラ…… 中身に合わない大きなカプセル。 空っぽの自分。 その音が全てを表している気がした。
あまーいものが食べたいの!
あまいものが食べたいの! ピンクに黄色、水色朱色。 あまいあまーい砂糖味。 ぺろりと食べて飲み込んで。 もひとつパクリと頬張って。 とろけるほっぺをおさえるの! 三時なんて待てないもん。 針をぐるぐるぐーるぐる。 時計が進めばおやつの時間。 夜ご飯もいらないない! 今日も明日もずーっと三時。 月火水木金土日。 いつでも三時、おやつタイム! とめてもだめだよ決めちゃった。 1年まるまるスイーツデー! 楽しそうでしょそうだよね? 嫌だなんて言わせない。 同じの食べて、夢を見よう? お残ししてもねじ込むからね。 一粒だって許さない。 ふわふわとろん、さくさくさく。 しあわせだよね、この世界。 あまいあまーいお味でしょう? もっともーっとたべたいな。 幸せつまった愛の味。 つらいも痛いも寂しいも。 ぜーんぶ食べてねいただきます。
ヒーロー
ヒロくんはヒーローがすき。 ピンチの時にかけつけてくれるヒーローが。 ヒロくんはヒーローがすき。 かっこよく笑うヒーローが。 ヒロくんはヒーローがすき。 どんな子にも優しいヒーローが。 ヒロくんはヒーローがすき。 自分がいちばんつらくても、弱音をはかないヒーローが。 ヒロくんはヒーローがすき。 雨の日も風の日も、いつだって一生懸命はたらくヒーローが。 ヒロくんはヒーローがすき。 お家に帰ってくると、大きな手で抱きしめてくれるヒーローが。 ヒロくんはヒーローがすき。 そんなヒーローが、だいすき。
にせもの
わたしの言葉は偽物だと、だれかが言った。 わたしの気持ちは偽物だと、だれかが言った。 みんなの言葉は本物だから、きっとわたしは偽物なんだ。 枝から葉が滑り落ちるように、ひとり。またひとり。みんながわたしから離れてく。 手で扇いだ風のような、雨に濡れた紙のような。そんな感覚がぴりっと身体を駆け抜ける。 心が曇っていく。陰っていく。 本当に偽物だというのなら、この心の雨は何なのだろう? もし全て降って、渇ききったらみんなと同じになれるのかな。 まただれかがわたしを笑った。 だから今日も、わたしは心に曲がった傘をさす。 だれも濡れないように。だれも濡らさないように。
違和感
この頃、部屋がいつもより広く感じる。 何も変わってないはずなのに、部屋の奥に何かが足りないような、そんな感覚を覚える。 この違和感は何だ。 何がこんなにも違っているんだ。 部屋の中心でぐるりと体を一回転させる。 ……そうだ。この壁だ。 壁に何かが足りない。 何だ。一体何が足りない? 前から壁には何もなかったはず。 壁に近づくと、先程の感覚など嘘だったかのように跡形もなく違和感が消えた。それが返って何とも形容し難い感覚をじわじわと湧き立たせる。 ふにゃ 壁を触ると柔らかい感触が指に伝わった。 もう一度触れてみてもやはり柔らかい。 どういうことだ? 壁は硬いはずだろう? ゆっくりと押し込むと、ぐにゃりと指が壁にめり込んだ。指の形に壁がへこんでいる。 壁は粘土よりも柔らかく、温かく指を包み込む。 心なしか、壁がもぞもぞと波打っているようにも見えた。 それでも力を緩めずに、強く、強く奥へと押し込む。 壁は腕を覆い、肩を喰らい、そしてすっぽりとすべてを飲み込んだ。 静寂が訪れる。 そこには何の変哲もない壁だけが存在していた。
恐怖の正体
「恐怖」というと何を思い浮かべるだろうか。 幽霊? 廃屋? それとも誰もいない暗闇? 人によって様々だと思う。ちなみに俺は幽霊も廃屋も暗闇だって怖くない派だ。 だけど俺は現在進行形で恐怖体験をしている。そう、恐怖の真っ最中なのだ。 多分今まで生きてきて一番の恐怖を感じていると思う。 もはや感覚が麻痺して一周回って冷静にさえなっている。現実逃避ってやつだ。 だから目の前にいるヤツの存在だって俺は信じていない。 どうせ見間違いだ。 目の錯覚だ。 ……でももし見間違いじゃなかったら? このまま見ないふりをしてしまって、本当にいいのだろうか? ──知らぬが仏。 知らないままの方が良いことだってあるかもしれない。知らないままなら俺はこのまま平穏な日常を送ることが出来る。 それでも人間っていう生き物は恐怖の正体を確かめたくなってしまうものである。 俺は意を決してさっきまでヤツがいた場所へと目を向けた。 「……いない?」 ヤツはいなかった。跡形もなく姿を消していた。それが余計に俺の恐怖を煽る。 さっきまでは確かにここにいたはずだ。 それが一体どこへ? そんな俺の耳に、カサカサというヤツの動く音が届いた。 それも俺のすぐ真横から聞こえる。 直後、俺の絶叫が家中に響き渡ったのは言うまでもない。
「おとなになりなさい」
こどもって何だろう? おとなって何だろう? 学生はまだこども? いつからがおとな? でも親からしたら、こどもはいくつになってもこどものままだ。 「おとなになりなさい」なんて言うけれど、そういうあなたはおとななの?
同じ空
時々、一人で空を眺めたくなる時がある。 その時に見える空の顔は毎回違っていて、一度だって同じ表情を見たことがない。 この世界で同じ時に空を眺めている人はどのくらいいるのだろうか。 その人に見えている景色も、きっと僕とは全く違ったものなのだろう。 同じ空なのに、見え方が違う。 「みんな同じ空の下で繋がっている」なんていうけれど、はたしてそれは本当に同じ空だなんて言えるのだろうか。 自分と同じ思いで空を見ている人はこの世界にたったの一人だっていないんだ。 むなしさを胸に今日も空を見上げる。 あの人に見える空は今、どんな顔をしているのだろうか。 どんな色に見えているのだろうか。 それすらも僕には一生かけたってわからない。 それでも僕たちは今日も同じ空の下を生きている。 君と同じ空の下を。