水彩絵の具
22 件の小説ある夏の一角
雲一つない、晴れた初夏の日だった。 緑色の木の葉が舞い、爽やかな風がすり抜ける。 一瓶のサイダーを買った。 瓶は夏の日差しに反射し、時折光る。 一本の木に腰掛けた。 快晴の日差しを葉が遮り、暑い、より涼しい。 腰掛けると、さまざまな色の家々が丘の下に見える。 あちらはジリジリと暑そうだ。 日差しに焼かれているようで。 避暑した場所では僕だけだ。 これは僕の、僕だけの、 ある夏の一角。
ぼくは
「 特技はありますか 」 なんていう質問が1番嫌いだった。 僕には特技がなかった。 いや、自身の特技に気づいていないだけかもしれない。 そんな可能性は髪の毛先にも満たないけれど。 勉強は中の上程度。 70人中のテストをした場合、28位ぐらいだろうか。 真ん中でもなければ、特別頭がいいというわけでもない。 ぱっとしなかった。 運動なんてものは僕の敵だった。 対して得意でもない球技の部活。 球技なんて1番苦手なはずなのに。 強いて言えば、足が少し速いくらいだろうか。 小学3年からピアノを習っていた。 発表会にも出たし、級だって持ってる。 でも、いうほど好きじゃなかった。 好きでもないものを特技なんて言えないだろう。 野球部に特技を聞けば“野球”と答えるだろうし バスケ部に特技を聞けばきっと“バスケ“と答える。 僕はバレーボール部だけれど 特技を聞かれて“バレーボール”と答えられるほど上手ではない。 みなさんに特技はありますか。 特技はなんですか、と聞かれて 答えることはできるでしょうか。 もし答えることができたのなら きっと自分自身のことをよく理解しているのだと思います。 僕はまだ理解しきれていない。 ただ、それだけだ。
透明さん、消えないで
目の前に、いた。 大好きだった人が。 死んだと、思っていた人が。 微かに透けながら、それでも、いた。 こちらを見ながら、優しく微笑んでいた。 “なんで…、いるの…? 死んでなかった…ってこと…?” 驚いて、嬉しくて、言葉が出てこない。 “神様がね…お願い、叶えてくれたの” にっこりと微笑みながら。 微かに透けながらも、そこにいたの。 自分がよく知っている人が。 “…心配してたんだよ? 私がいなくなっても、大丈夫なのか” ゆっくりと、透明感のある声で。 大好きだった声で、言ってくれた。 腕を伸ばして、頬に触れてくれる。 熱いものが止まらない。 自身の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっているのだろう。 “でも…大丈夫そうだねぇ…” ほんのりと笑いながら。 頭をゆっくりと撫でてくれながら。 その体は、うっすらと消えていく。 “あんまり長く入れないって言ってたからなぁ… もう、時間だね…” 手を頭から離す。 あぁ、行かないでくれ。 もう離れないでくれ。 悲しくて、寂しくて、何も出来なくなる。 “…行かないで……” 気づけば、呟いていた。 泣きながら、抱きついていた。 彼女は、微笑みながら。 涙を流しながら。 抱きしめ返してくれた。 “…ごめんねぇ…死んじゃって… でも、きっと、大丈夫…” 彼女の体は、半分以上消え掛かっていた。 行かないで。 消えないで。 ずっとここにいて。 “…大好きだよ…” 1言告げた瞬間、彼女の体はふわりと消えた。 空を抱きしめていた。
生徒会ユーレイ
西校舎。 それは、ただのボロい廃校だった。 ある時、そこで女子生徒が屋上から身を投げるという自殺事件が発生したらしい。 それ以来、西校舎は使用されなくなり廃校と化してしまったのだ。 “なんでそんな場所に行かなきゃならないんだ” と怒りを抱えながらも、とにかく足を進める。 数分前までは、空き教室で平和に王様ゲームをしていたのだ。 しかし、なんということだろう。 見事に僕が指名され、 “西校舎には本当に自殺した幽霊が出るのか確認して来い” と命令されてしまったのだ。 西校舎は埃まみれで汚れているのだろう。 最近新調された制服も、きっと汚れてしまうのだ。 そう思うとますます怒りが込み上げ、校舎へ向かう足をさらに早めた。 西校舎の入り口にある門は、酷く酸化していた。 少し押すだけでギギギギギ…と悲鳴の様な音がする。 「さいあく…」 と言葉を漏らした。 あたりは湿気のせいか湿っており、ジメジメする。 朝方雨が降ったせいだろう。 校舎内の天井からは、雨水が垂れてきていた。 「あ、」 校舎に入ってから数分後。 袖に“生徒会”と書かれた腕章を付けている女子生徒が、窓の外を眺めている光景を見てしまった。 壁にもたれかかり、なにか懐かしむ様な目で外を眺めている。 その手にはスマホが握られていた。 「…あ」 ジッと見てしまっていたからだろうか。 僕に気づいて声を上げる。 目は大きく見開かれ、壁から体を離した。 「…なんでここにいるの…? その…スマホ……校則違反じゃ…」 慌てふためき、言葉が途切れ途切れになる。 その子はふっと笑い、目を細めた。 「…大丈夫だよ。私、もう生徒じゃないから」 意味深な言葉を並べた。 確かに、その子の顔は学校で過ごしている中で見たことがない。 生徒会が腕章を付けている様子も、知っている限りではなかった。 「それって…」 「…うん。私、十年前に自殺した、ユーレイだから」 生徒会だったんだよ、と苦笑しながら告げる。 ユーレイと聞いたが、驚くことに何も怖くない。 あまりの事実に、確信ができないからだろうか。 それでも、その子の容姿が物語っている。 古くよれたスカート。 袖についている腕章。 今と違う柄のリボン。 全て、新調される前、昔のものだった。 「今日はね、机に入れっぱなしだったスマホを取りに来たの。 十年間忘れてたんだ。存在」 笑いながらも、どこか寂しげだった。 目を伏せて、また視線を窓の外に落とす。 「そしたら、懐かしくなっちゃって。 …テニス部だったんだけど。あんまり成果が出なくてさ」 寂しげに言葉を告げた。 「…そーいうことだったんだ」 あまりに大きすぎる事実に、言葉が出てこない。 こんなことしか言えない自分が、憎らしかった。 名前も知らないユーレイを、安心させられる様な言葉はないのだろうか。 「あ、時間になっちゃったかな」 ココに出れる時間、毎日決まってるんだ、と微笑みながら言う。 その体は、少しづつ透けていった。 消え掛かっていると言った方がいいだろうか。 すると、その子が口を開く。 「…このこと、ヒミツだから、ね」 念押しする様に言った。 僕は何も言わず、コクリと頷いた。 その子は安堵した様な表情を浮かべ、消えていった。 消えた後には、その子がつけていた腕章が残されていた。 「ねーねーどーだったん!?」 「幽霊いた?」 教室に戻ってきた瞬間、そんな言葉が飛び交った。 その勢いに軽く蹴落とされながらも、一呼吸する。 「…いなかったよ、ユーレイ」 西校舎を見ながら、そう呟いた。 僕だけが知っている、生徒会ユーレイ。 名前も学年も知らないけれど、またいつか会える様な、そんな気がしていた。
私と、先生と
少し、悩みを話してもいいですか。 ……ありがとうございます。 くだらない話なんですけど…。 _____ 最近自分がわからなくて。 みんな、この先生が嫌だとかうざいとか言ってるんですけど。 正直、あまり先生に好きも嫌いもないと思うんです。 どうせ1つの授業を受け持ってくれるだけですし。 1人、面白くて大好きな先生がいるんですけどね。 将来のこととかも全く想像がつかないんです。 コンビニでレジやってるような未来すらも想像できなくて。 どこの高校行きたいかとか。 どんな職につきたいかとか。 聞かれてもわからないんです。 高校も義務教育だったらよかったのに、なんて。 ただのワガママですね。 …人に嫌われたくないんです。 いえ、嫌われててもいいんですが。 嫌われてるって気付くのが怖いんです。 ちっぽけな脳みそで考えてしまうんです。 人に嫌われない方法を。 だからでしょうかね。 毎日、心の奥底から笑えていない気がして。 笑うのもあまり得意じゃないんです。 頑張って口角を上げようとしても、目が笑ってない。 ヘラヘラ笑ってるだけなんですが。 それも、本心かどうかわからない。 心の友、という言葉がありますが。 私には一生できないんだと、思ってしまう。 白黒の笑った仮面をつけて、仮面の奥では無表情だ。 八方美人とでもいうのでしょうかね。 愛想を振り撒く、脆い人間です。 …人が信用できない私は、人ではないのでしょうか。 人が思ってることなんてわからない。 そんなの当たり前です。わかるわけがないんです。 それでも、考えてしまう。 あの人は私のことをどう思っているのか。 もしかしたら嫌われているかもしれない。 今笑っているのだって、裏があるのかもしれない。 _____ …先生は、どうして先生になったのですか。 私は私がわからない。 この先のことも、想像ができないんです。 先生、私に人生を教えてくれませんか。
先生、質問です。
先生、質問してもいいですか。 人間関係は、どうしたらいいですか。 私にはわかりません。 誰とどう付き合えばいいのか。 友情が崩れないようにする方法はあるんですか。 受験に受かるには、どうしたらいいですか。 勉強しているのに、わからないのです。 真面目に授業を受けているんですが。 先生のようにはなれるんですか。 人を信用するには、どうしたらいいですか。 もう誰も信用できません。 いつかは裏切られそうで、怖いんです。 いっそ、孤独になった方がいいのですか。 人生楽に生きる方法は、あるんですか。 何もしたくないんです。 なぜなんでしょうか。 先生は、楽に生きてこれましたか。 私のいいところはどこですか。 考えても、悪いところしか思いつきません。 勉強も運動も平凡です。 1つくらい、思いついてくれませんか。 先生、私はなんですか。 なんのために生きているんですか。 私は一体誰なんですか。 私が納得するような、そんな解答はありますか。
、。
部活、行きたくないな。 部活、休んじゃおうかな。 部活、ずる休みしちゃった。 “体調不良”の文字を送って。 あとはのんびり暮らすだけ。 外に出れないのは寂しいけれど。 たまにはいいよね。うん。 LINEの通知を開いてみたら。 新しいバレー部のグルラができて。 間違って既読つけちゃったけど、大丈夫だよね。きっと。 少しの幸福感と、少しの罪悪感。 甘く苦く混ざって、ほろ苦い味。 “体調大丈夫?”の気遣いが、なんだか心に響くんだ。 “体育祭の疲れが溜まってたから”と根も葉もないことを言ってしまう。 体が痛いという体調不良。これで嘘ではないけれど。 心が体調不良かな。どうしても行きたくないんだよな。 行きたくない。 休みたい。 休んじゃおうかな。 休んじゃった。 このループがずっと繰り返されて。 行かなくていい、という幸福感と。 ごめんなさい、という罪悪感と。 あとはちょっぴり劣等感。 こんなことで休んでる私、バカみたい。 みんなは強いんだね。私は弱いんだよ。 知ってると思うけど。 、ずる休みしちゃったね。
努力。
「腕をしっかり引く」 とか 「正面で捉える」 とか 頭ではわかってるんだけどな。 それがどうしてもできなくてさ。 先輩とか友達とかは、簡単にやってのけちゃうけど。 私にはできないことなんだ。 自分の体の使い方がわからなくて。 どこをどうすれば力が伝わるのか。 よくわからなくて。 だから、人一倍努力しなきゃいけないんだ。 他の人は10回やったらわかることを。 私はきっと20回やらなきゃわからない。 優しいサブコーチのアドバイスとか。 友達に教えてもらったコツとか。 他に人が教えてもらっていることなんかも。 全部ノートに書き留めて。 あとから見直して、今日はどれができなかったとか。 今日はこれができたから、明日はこの部分、とか。 人がやってなさそうなことまで、私はやらなきゃいけないんだ。 並大抵の努力なんかじゃ、私は追いつけないから。 もとから運動神経なんてなかった。 人より、ほんの少しだけ足がはやいだけだった。 その他はなんにもできなかった。 だから、人よりハンデがあるかもしれないけれど。 その部分を追い越して、追いつかなきゃいけないんだ。 チームの足なんて引っ張ってられないから。 私のせいで負けたとか、言われたくないから。 下手なのにユニフォームもらうなとか、言われたくないから。 私は努力しなきゃいけないんだ。
第6回N1 壁の向こうは。
“ねぇ待ってよ!!” 空が真っ赤に燃えた夏の夕方だった。 荒く乱れた呼吸の中、必死に足を動かして。 スクールバックの紐を握りしめたまま、私は口を開けていた。 “……” 前を進むあの子は止まらない。 綺麗に切られた後ろ髪を揺らし、走り去っていく。 そのまま曲がり角を走り抜け、その子の姿は見えなくなった。 “なんで…どうして…!” この状況を頭に流し込めない。 わかりたくなかった。 涙で前が見えないまま、その場に立ちすくんでしまったんだ。 __ いつからこうなってしまったんだろうか。 友情にひびが入り、見えない壁で遮られているような、この関係。 どうしても、あの子は壁の向こうにいるんだ。 “ずっと…友達でいようって。約束したはずなのに…” 真っ黒なスクールバックについたお揃いのキーホルダーを見ながら、そう呟いてしまった。 中心からジグザグに切られたハートのキーホルダー。 もう片方はあの子が持っていた。 くっつけると1つのハートになるんだ。 前はそのキーホルダーが愛おしくてたまらなかった。 隙があればそのハートを掲げて、 “おそろいだね!” と言っていたものだ。 しかし、今はそうではない。 見えない壁で遮られた関係。 どうしても、その壁を越えられないんだ。 いつも、壁の向こうにはあの子がいて。 私はその先へ進めない。 触れられそうで、触れられないんだ。 手を伸ばしても、届かない関係性にまでなってしまったんだ。 ーー 次の日のことだった。 “…!お、おはよ…” 声をかけても立ち止まらない。 足早に階段を駆け上る。 その時、その子のスクールバックが揺れた。 “…あ……” 黒色のスクールバックに、ハートのキーホルダーの姿はなかった。 前までは目立っていたはずだった。 ピンク色のハートのキーホルダー。 見えない壁ができていても、キーホルダーで繋がっていた。 そう思っていた。 ただ、それは私の思い込みだったんだ。 “見えない壁……か” 前までは薄く、壁越しでも相手の顔が見えるぐらいだった。 ただ、今日、この瞬間で、一気に壁は分厚くなった。 もう一生超えられない。一生手は届かない。 __ 帰り道、家路の近くにある大きな川に寄った。 前までは一緒に帰っていた帰り道。 それも、今ではひとりぼっち。 “もう、これもいらないかな” そう言って、スクールバックからキーホルダーを外す。 黄色のハートのキーホルダー。 2つ合わせると1つになるニコイチだった。 “今は、このキーホルダーと同じ立場か” 壁は分厚く、もう絶対に越えられない。 それを今日知ってしまった。 キーホルダーを手から滑らせた。 それは、川へ深く沈み、見えなくなった。 “…これでよかったんだ、きっと” もう届かないことを知っているから。 持っていてもしょうがないんだ。 壁が取り除かれることはないし。 これ以上分厚くなることも、もうないだろう。
はっぴーばーすでー。私へ。
はっぴーばーすでー、私。 お誕生日おめでとう。 1年に1回だけの、特別な日。 今日だけ、ちょっとわがままでもいいよね。 大きいショートケーキ食べたり。 小さくってかわいいプレゼントもらったり。 友達とたくさん話したりさ。 ずぅっと、この時間が続けばいいね。 ーー こんにちは。水彩絵の具です。 実は3月19日、私の誕生日です。 プロセカの桃井愛莉ちゃんと一緒。 これだけは自慢できます。笑 それでは、また会う日まで。 本日がみなさんにとって素敵な日でありますように。