鞍馬アリス
43 件の小説思案の末に
創造の女神ルテアの思案は長かった。 自分が作り上げた星に生み落とした生き物たちをどうまとめて行くか考えていたのだ。 だが、その答えが出る前に、星はハビタブルゾーンから外れ、全ての生物が死滅した。 ルテアはそれに気づくと、深いため息を吐き、再び一から星を作り始めた。
薄い夜
驚くほど薄い夜がやって来た。薄絹のようなその夜が街を包み込むと、人も建物も透けて、消えてしまいそうになる。お願い、もっと濃い夜をちょうだい。あれだけ夜がもたらす闇を恐れていた私は、ゆっくりと透けていく身体を震わせて、そう願った。
マフラー
間違えて自分の身体をマフラーに編み込んでしまう。 気付いた時には毛糸の海の中に沈んでいた。 それでも手はマフラーを編むことを止めない。 荒れ狂い増殖を続けるモフモフの海の中で、このマフラーは誰にあげるものだったのか、すっかり忘れてしまった。
月
最近月を見ないなと思ったら、飼い猫の目の中に入っていた。 満月がぱっくりふたつに割れて、それぞれの瞳の中に入っている。 飼い猫的には問題ないらしく、飼い主の心配をよそに、いつも通りに暮らしている。 まあ、飼い猫が無事なら、月がないことくらい、なんでもないか。
コアラ
ユーカリの葉に幾何学的な記号が描かれていることにコアラは気付いている。コアラはユーカリの葉を食べ、その毒を破壊する際に、この幾何学的な記号の意味を知る。コアラはそれが世界の終わりを告げる予言、ビジョンだと知っている。ただ、コアラは世界に興味がないので、何もしない。
落葉人
落ち葉が公園の地面を埋め尽くす頃、落葉人たちは現れる。 彼らは太陽の光があたりを照らす日に現れ、落ち葉を舞わせステップを踏む。 赤や黄、茶などの落ち葉を纏った落葉人たちは舞踏会の客人を思わせる。 その麗しい踊りは、公園を訪れる全ての人に鮮烈な印象を残さずにはおかないのだ。
星聴師
星は会話を常にしている。 運行はもちろ、明暗や色合い、瞬きなどを駆使して過去、現在、未来のことを語りかけてくれるのだ。 私たち星聴師は、そんな星の会話に耳を傾け、記録することを仕事にしている。 真夜中にに星を眺めてペンを走らせるのは大変だが、やり甲斐のある仕事だ。
湖底のペーラ
湖底のペーラは、泡で作られた竪琴を掻き鳴らす。 その玄妙な音色は、湖で泳ぐ者や、小舟に乗っている者の耳に届く。 ペーラの竪琴が聞こえた者は、湖に身を没することを常とする。 だから、かつては女神と謳われたペーラの側には、湖に沈んだ者の髑髏が、海藻に貫かれ飾られているのだ。
読書の楽しみ
世界から本が絶滅してしまった。 読書が趣味の私は仕方なく、砂浜に棒切れで文字を記し、小説を作ってみた。 波の音を聞きながら、完成した小説を読む。 結果は思った以上に面白く、夢中で読めたので、しばらく読書の楽しみが消えることはなさそうだ。
机をつる
机をつっといてと後輩ちゃんに言って掃除をしていたら、周りが騒がしい。 なんだろうと思ったら、後輩ちゃんが念力を使って机を浮かべていた。 何してるのと言ったら、机をつってるんです、との返事。 そもそも浮いてるから吊ってすらないじゃんとは大人なので言わなかった。