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はじめまして、 私の作品集です。

『復活の日』

宣教師は、今日も歩いていた。 聖書を抱え、街から街へ。 ホテル、旅館、飲食店、本屋。 人の集まる場所を見つけては、そこに一冊の聖書を置いていく。 彼には、目的があった。 天国への到達。 欲望も、肉体も、すべてを捨てて、真の姿に生まれ変わる。 復活の日を夢見ていた。 かつて、宣教師は天啓を受けた。 心地よい声が頭に響く。 やがてあなたは天国に行く…… そのために…… 広めるのです…… そして迷える羊たちを導きなさい…… さすれば天界への門が開かれるでしょう…… その瞬間、背後から衝撃音が聞こえた。 振り返ると、大量の聖書が山のように積まれていた。 さらに声が響く。 「一冊の聖書を配るたび、ヘブンポイントが一ポイント貯まります」 「ヘブンポイント……?」 「そうです。配布された者が信者になれば十ポイント。その信者が新たな信者を紹介すれば、さらに十ポイント」 「そして、100万ヘブンポイント。それが、天国への到達に必要なポイントです」 宣教師は、その声を静かに聴いていた。 これは神が与えた、私への試練だ。 それから、彼の布教活動の日々が始まった。 そして、ある日。 空から再び声が聞こえた。 「宣教師……」 「聞こえますか? 宣教師……」 宣教師は空を見上げた。 「あなたの頑張りを、ずっと見ていましたよ」 宣教師の顔がほころぶ。 「ああ……」 「ありがとうございます……」 天の声は続けた。 「あなたの現在のランクは、ブロンズです」 「……ん?」 「次はシルバーを目指しなさい」 「え?」 それからだった。 宣教師の布教活動は、さらに激しくなった。 全国各地を駆け回り、聖書を配った。 ホテルの客室。 旅館のロビー。 飲食店のテーブル。 本屋の片隅。 ついには街頭に立ち、大勢の人々に向かって聖書を配り始めた。 「聖書はいかがですか!」 一冊。 また一冊。 ポイントは、日に日に増えていった。 やがてポイントは10万を超えた。 そのとき、再び天の声が聞こえた。 「宣教師」 「ヘブンポイント、かなり貯まりましたね」 「少し使ってみませんか?」 宣教師は驚いた。 「使う?」 「ええ」 すると、空中に光が集まり、一枚のカタログが現れた。 そこには、さまざまな天界グッズが並んでいた。 どんな場所にでも一瞬で行ける。 “天使の羽” 人をダメにする極上の座り心地。 “雲のソファ” 困ったときに吹けば、一度だけ天使が助けてくれる。 “天使のラッパ” どんな疲れも即座に吹き飛ぶ。 “天界温泉の素” 宣教師は目を輝かせた。 「……天国にも、こんなものがあるのか」 ページをめくる。 そのとき、一つの商品が目に入った。 宣教師の手が止まった。 「……これは?」 そこに書かれていたのは、 “一日天国体験チケット” 『50万ヘブンポイント』 一日だけ、天国を自由に体験できる。 雲の上を歩き、天使と食事をし、源泉の天界温泉に入ることもできる。 宣教師は考えた。 100万ポイントには、まだ遠い。 その日まで、自分は生きていられるのだろうか。 宣教師は、しばらく画面を見つめた。 そして、笑った。 「一日だけでもいい」 「私は……天国へ行ってみたい」 その日から、宣教師はさらに激しく布教を続けた。 聖書を配る。 ポイントが増える。 また聖書を配る。 いつしか宣教師にとって、聖書を渡すことは祈りではなくなっていた。 ポイントを確認するための行為になっていた。 天界のポイント制度には、さまざまなキャンペーンが用意されていた。 「宣教師! 宣教師! 本日はポイント二倍デーですよ!」 「……二倍!?」 「はい! ただし、ゴールドランク以上の会員様が対象です!」 「…………」 「明日も頑張ってくださいね!」 また、別の日。 「宣教師! シニア応援キャンペーンを実施中です!」 「どう言うことでしょうか?」 「60歳以上の方に聖書を配ると、獲得ポイントが五倍になります!」 「ごばっ……五倍!?」 「ええ! 人生経験豊富な方々にも、天界の魅力をお伝えください!」 宣教師は、静かに空を見上げた。 「……神よ、これは布教なのでしょうか」 だが、そんな彼に天界から新たな提案が届いた。 「宣教師、聞こえますか?」 「アプリをダウンロードしませんか?」 「アプリ?」 「ええ。いちいち私に聞かなくても、現在のランクとポイントを確認できる便利なアプリです」 「な、なんと! そんな便利なものが!」 「しかも、初回登録時には10,000ヘブンポイントが付与されますよ」 「……!?」 宣教師は驚いた。 「それはすごい!」 「ええ。ただし、まだ試作段階です」 「そこで、あなたにモニターとして特別に与えましょう」 すると、宣教師のスマートフォンに通知が届いた。 『おめでとうございます! 初回特典10,000ヘブンポイントを追加しました!』 「おおおおお!」 宣教師はスマートフォンを握りしめた。 「神よ……ありがとうございます!」 宣教師は、静かにスマートフォンをしまった。 そのとき、再び天の声が響いた。 「宣教師、あなたにもう一つの使命を与えましょう」 「使命……ですか?」 「ええ。若者に聖書を配るのは、至難の業です」 「……確かに」 「そこで、このアプリを広めなさい」 「アプリを?」 「そうです。聖書とアプリ、並行して布教すれば、天界への道はさらに近づくでしょう」 「おお……!」 宣教師は、スマートフォンを見つめた。 「分かりました! この使命、必ず果たしてみせます!」 「なお、アプリを一人に紹介するごとに、100ポイントを進呈します」 「ひゃ、100ポイント!」 宣教師の目が輝いた。 聖書を一冊ずつ配るより、はるかに効率がいい。 しかも、紹介された人が新たな利用者を連れてくれば、自分が直接布教しなくてもポイントが増えていく。 「これなら……これなら、天国に行ける!」 その日から、宣教師はアプリの普及に力を注ぐようになった。 「天界公式アプリはいかがですか!」 「今なら新規登録で10,000ポイント!」 「お友達紹介で、さらにポイントが貯まります!」 通行人は首をかしげた。 「……何のアプリ?」 「天国に近づけるアプリです!」 「……怪しいな」 「怪しくありません! 天界公式です!」 それから、宣教師のポイントは日に日に増えていった。 聖書だけでは到底届かなかったポイントが、アプリの普及によって驚くべき速度で増え始めたのだ。 一人が登録し、その人がまた別の人を紹介する。 紹介された人が、さらに別の人を紹介する。 気がつけば、宣教師が直接会ったこともない人々が、次々とアプリに登録していた。 宣教師は、毎朝スマートフォンを確認するのが楽しみになっていた。 『新規登録者が増えました!』 『紹介ポイントが付与されました!』 『ランキングが更新されました!』 かつては、街を歩き、一冊ずつ聖書を配っていた。 それが今では、寝ている間にもポイントが増えていく。 「これが……新しい布教の形なのか!」 しかし、アプリは便利すぎた。 ポイントの確認も、ランクの確認も、信者の紹介も、すべてスマートフォン一つで済んでしまう。 わざわざ聖書を手に取る必要など、なかった。 アプリが普及すればするほど、聖書を手に取る者は少なくなっていった。 宣教師は頭を抱えた。 「……これは、困った」 ポイントは増えている。 だが、聖書は配れなくなっている。 「ポイントを貯めるだけではだめだ……」 宣教師は、目の前に積まれた聖書の山を見つめた。 天啓を受けたあの日、背後に現れた大量の聖書。 あれから、どれだけ配っただろう。 それでも、まだ山のように残っている。 「この聖書の山も、どうにかしなくては……」 宣教師は、深いため息をついた。 そのときだった。 「あっ、いました! 今話題の人!」 突然、背後から声がした。 振り返ると、テレビカメラを構えた一団が近づいてきた。 リポーターだった。 「各地で聖書を配っているそうですが、何か目的があるんですか?」 宣教師は静かに答えた。 「……ふっかつ、です」 「復活?」 「布教活動、略して布活」 宣教師は空を見上げた。 「いずれ私は天国へ到達する」 「真の意味での復活なのです」 リポーターは苦笑した。 「……はは」 その直後、リポーターはポケットに違和感を覚えた。 「ん?」 何かが入っている。 「……え?」 取り出したのは、一冊の聖書だった。 「聖書!? 聖書なんで!?」 遠くを歩いていた宣教師が、こちらを振り返る。 そして、ほんの少しだけ笑った。 「布活……成功だ」 宣教師は、また歩き出した。 その後、宣教師の布教能力は、自分でも知らないうちに熟達していた。 すれ違う人々に、鮮やかな手つきで聖書を差し出す。 立ち止まった人間を見つければ、ビラ配りの要領で素早く手渡す。 「はい、どうぞ!」 「えっ、ちょっ……!」 気づいたときには、もう次の通行人へと向かっていた。 聖書の山は、少しずつ減っていった。 その様子を、天界モニターから天使たちが静かに見つめていた。 天使たちは画面を凝視する。 「今のシーン、巻き戻してください!」 映像が巻き戻される。 画面の中では、宣教師が通行人とすれ違っていた。 一瞬。 ほんの一瞬だった。 宣教師は、通行人に気づかれないほどの速さで聖書を渡していた。 「……恐ろしく速い布教」 「私でなければ見逃してしまう……」 「これは本当に布教活動なのか……?」 一方、宣教師本人は浮かれていた。 アプリのおかげで、ポイントは順調に貯まっていく。 それに、この聖書。 わざわざお願いする必要はない。 とにかく渡してしまえばいいのだ。 受け取ってもらえるかどうかなど、気にする必要はない。 一冊渡せば、一ポイント。 それだけは確実なのだから。 宣教師は、次々と聖書を配っていった。 通行人に。 店の客に。 街を歩く人々に。 誰が受け取ったのか。 誰が読んでくれるのか。 そんなことは、もうどうでもよかった。 スマートフォンが鳴る。 『ヘブンポイントを獲得しました!』 宣教師は画面を確認し、満足げに微笑んだ。 「……よし」 かつて、彼は人々を救いたいと願っていた。 聖書が誰かの心の支えになればいい。 そう思っていた。 だが、いつしかその願いは消えていた。 残ったのは、ポイントを貯めることへの執着だけだった。 宣教師は、次の聖書を手に取った。 そして、また歩き出した。 そのときだった。 「宣教師、宣教師」 聞き覚えのある声が、頭の中に響いた。 「聞こえますか? 宣教師」 宣教師は足を止めた。 「……はい。聞こえております」 天の声は、いつになく真剣だった。 「最近、あなたの布教活動について、天界でも議論されていますよ」 「……議論?」 「ええ」 「あなたは、どうしたいのですか?」 「……どう、とは?」 「人々に聖書を読んでもらいたいのですか?」 「それとも、ポイントを貯めたいのですか?」 宣教師は口を開きかけた。 しかし、言葉が出てこなかった。 やがて、宣教師は声を絞り出した。 「そんな……」 「そもそも、あなたが言われたのですよ?」 「ポイントを貯めろと」 「聖書を配れ、アプリを広めろ、と……」 天界は静まり返った。 やがて、天の声が響いた。 「この愚か者!!」 「……!?」 「誰が、そんなことのために聖書を配れと言いましたか!」 「私たちは、人々を導きなさいと言ったのです!」 「ポイントを貯めることだけに夢中になり、肝心の人々を忘れてどうするのです!」 宣教師は困惑した。 「し、しかし……ヘブンポイントが……」 「ヘブンポイント! ヘブンポイント!」 「あなたはそればかりではありませんか!」 宣教師は、何も言えなかった。 天の声は、さらに続けた。 「罰として、今まで貯めたポイントは没収します!」 「もう一度、自分が何のために布教活動をしているのか、頭を冷やして考えなさい!」 「そ、そんな……!」 スマートフォンが鳴った。 『天界ポイントサービスからのお知らせ』 『規約違反に伴い、保有ヘブンポイントを全額没収いたしました』 『現在の保有ポイント:0 HP』 宣教師は、画面を見つめたまま立ち尽くした。 あれほど必死に貯めたポイント。 何年も歩き続け、聖書を配り、アプリを広めてきた。 そのすべてが、一瞬にして消えてしまった。 「そんな……」 「私は、間違っていたのか……?」 手の中には、一冊の聖書が残っていた。 「私の今までの努力は、一体……」 それから、宣教師は自分を見つめ直す旅に出た。 スマートフォンをしまい、聖書を一冊だけ抱えて、街を離れた。 人里離れた静かな場所で、彼は腰を下ろした。 そして、長い間開くことのなかった聖書を、ゆっくりと開いた。 一ページ。 また一ページ。 彼は、聖書を読み進めた。 そこに書かれている言葉を、何度も読み返した。 宣教師は、目を閉じた。 「……私は、何のために歩いていたのだろう」 ポイントを貯めること。 ランクを上げること。 天国に近づくこと。 いつしか、そればかりを考えていた。 答えは、すぐには見つからなかった。 それでも彼は、聖書を読み続けた。 ポイントのためではなく。 誰かに褒められるためでもなく。 ただ、自分自身と向き合うために。 長い旅の中で、宣教師は少しずつ考えるようになった。 天国に行くことが、本当に目的だったのだろうか。 それとも、自分が誰かのためにできることを探していたのだろうか。 彼はまだ、答えを見つけてはいなかった。 だが、もう急ぐ必要はなかった。 スマートフォンが鳴ることもない。 ランクを確認する必要もない。 宣教師は聖書を閉じ、空を見上げた。 そして、再び歩き始めた。 やがて宣教師は、ある小さな町で一人の老人に出会った。 老人は、ボロボロになった聖書を抱えていた。 表紙は擦り切れ、ページの端は黄ばんでいる。 何度も読み返したのだろう。 老人は毎日、静かに神へ祈りを捧げていた。 その人生は、決して恵まれたものではなかった。 働いても報われず、苦労して築いたものを失い、晩年になっても豊かな暮らしとは縁がなかった。 それでも、老人は信仰を捨てなかった。 どんなに貧しくても、困っている人がいれば自分の分を分け与えた。 自分が苦しいときでさえ、誰かの幸せを願った。 そして、どんなに辛い出来事があっても、最後には必ず神に感謝した。 「今日も一日、生きることができました」 「ありがとうございます」 老人は、そう言って頭を下げた。 宣教師は、その姿を遠くから見つめていた。 なぜ、これほど報われない人生を送ってきた人間が、なおも感謝できるのだろう。 なぜ、自分の生活さえ苦しいのに、他人を優先できるのだろう。 そして、なぜ、この老人は見返りを求めないのだろう。 宣教師は、ふと自分の手を見た。 かつて、自分も聖書を抱えて歩いていた。 人々を助けたい。 迷える羊たちを導きたい。 そう願っていた。 だが、いつしか自分は、何かを得るために歩くようになっていた。 ポイント。 ランク。 天国への到達。 そのために、聖書を配っていた。 宣教師は、再び老人を見つめた。 そこにいたのは、特別な力を持つ人間でも、偉大な聖職者でもなかった。 ただ、信仰を胸に、懸命に生きている一人の老人だった。 それなのに。 宣教師には、その姿がまぶしく見えた。 老人の姿に、若き日の自分を見ていた。 宣教師は、老人のもとへ歩み寄った。 「あの……お願いがあります」 老人は顔を上げた。 「その聖書を、私にいただけませんか?」 老人は少し驚いたような顔をした。 だが、すぐに微笑み、快く聖書を差し出した。 「ええ、どうぞ」 宣教師は、両手でそれを受け取った。 そして、じっと見つめた。 表紙は擦り切れ、角は丸くなっている。 ところどころページは破れ、長年の使用で文字が掠れ、読めなくなっている箇所さえあった。 一体、どれほど読み続けたのだろう。 どれほどの祈りを、この一冊に捧げてきたのだろう。 宣教師は、言葉を失った。 やがて彼は、カバンから新品の聖書を取り出した。 「……これを、どうぞ」 老人は新品の聖書を見つめた。 そして、静かに首を横に振った。 「私には、もう聖書は必要ありません」 宣教師は、驚いて老人を見つめた。 老人は、自分の胸にそっと手を当てた。 「大切なことは、すべて私の中にありますから」 宣教師は、何も言えなかった。 老人は穏やかな顔で続けた。 「この本には、たくさんのことを教えてもらいました」 「苦しいとき、どう生きればいいのか」 「誰かを憎みそうになったとき、どうすればいいのか」 「自分が何も持っていないときでさえ、誰かに与えられるものがあるということも」 老人は、擦り切れた聖書を見つめた。 「私は、この本から多くのものをいただきました」 「だから今度は、私が誰かに与える番なのです」 その言葉に、宣教師は胸を打たれた。 ずっと忘れていた、大切なことを思い出した。 「私は……なんと愚かだったのか……」 宣教師は、老人から受け取ったボロボロの聖書を、そっと胸に抱えた。 そして、自分の聖書を老人に差し出した。 「これは……私の人生です」 「どうか、受け取っていただきたい」 宣教師は、深く頭を下げた。 老人はしばらく聖書を見つめていた。 そして、穏やかな笑顔でそれを受け取った。 「ありがとうございます」 その瞬間だった。 天から、懐かしい声が響いた。 「宣教師……」 「ずっと見ていましたよ」 宣教師は、ゆっくりと空を見上げた。 「あなたは、真の布活を成し遂げましたね」 そのとき、宣教師のスマートフォンが鳴った。 『おめでとうございます!』 『100万ヘブンポイントを追加しました!』 宣教師は、画面を見つめたまま固まった。 「……ひゃ、100万?」 天の声は、優しく告げた。 「ええ。あなたが本当に大切なものを取り戻した、その証です」 宣教師は、スマートフォンを見つめた。 かつてなら、飛び上がって喜んでいただろう。 何度もポイントを確認し、ランクを調べ、天国への到達を夢見ただろう。 だが、今は違った。 宣教師は、静かにスマートフォンをポケットにしまった。 そして、老人に向き直った。 「……ありがとうございます」 老人は、不思議そうに首をかしげた。 「何か、いいことがあったのですか?」 宣教師は、微笑んだ。 「ええ」 「とても大切なことを、思い出しました」 天の声が響いた。 「それでは、天国へ行きましょう」 「宣教師、準備はいいですか?」 宣教師は、しばらく考え込んでいた。 「……宣教師?」 「どうしました?」 「念願の天国ですよ?」 宣教師は、静かに口を開いた。 「私には……まだまだ、やらねばならぬことがあります」 天の声は問いただした。 「……それは?」 宣教師は、顔を上げた。 「それは……」 「布活です!!」 宣教師の顔に、笑顔が広がった。 彼は、真っ直ぐ前を向いた。 そして、ボロボロの聖書を抱え、 新たなる道へと歩き出した。 END

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『振り返ればヤツがいる』

宇宙から、新たな侵略者がやってきた。 大型の宇宙カメムシ。 通称、スティンク。 彼らの故郷は、惑星センタク・モーノ。 スティンクは人間に張りつき、強烈な毒ガスを放出する。 さらに、体が傷つくと、より強力な毒ガスを放つという厄介な性質を持っていた。 人類は、対策に追われていた。 「開けてくれ!」 防衛ゲートに、一人の男が駆け込んできた。 「待て! 全身検査を行う。後ろを向け!」 「宇宙カメムシは振り落とした! もう大丈夫だ!」 兵士が男の背中を確認した。 「……いるぞ」 「え?」 「いるぞおおおおお!!」 男の背中には、スティンクが張りついていた。 兵士たちは引き剥がそうとしたが、びくともしない。 ブシュウウウウッ! 「うわあああああ!!」 避難所は毒ガスに包まれた。 軍は対抗策を模索した。 立ち上がったのは、兵器開発企業「アークインダストリー」 防衛軍は彼らの協力を仰ぎ、対スティンク用兵器、 「バルスングレネード」を使用した。 毒を持って、毒を制す。 あらゆる宇宙害虫を死に至らしめる、強力な毒ガス兵器。 「き、効いていない⁈」 だが、スティンクの毒ガスはそれを上回るほど強力だった。 次に使用したのが、高粘着性捕獲装置、 「アークノーマット」 匂いで誘き寄せ、粘着トラップに引っ掛ける作戦だった。 だが、捕えるだけでは意味がない。 宇宙害虫駆除プロフェッショナル部隊、 「ダースキン」と「フマキラーズ」も出動した。 アークノーマットで身動きが取れないスティンクに突撃する。 しかし、強力な毒ガスにより隊員たちは次々と倒れていく。 人類は再び絶望を感じていた。 そんな中、極東の地で新型戦闘機が開発されていた。 FLYーMK01。 通称、陽炎。 オニヤンマをモチーフにした機体には、鬼の紋様が描かれていた。 最新の戦闘システム。 最新の兵器を兼ね備えた、特別な機体。 機首には鋭い顎が突き出し、その姿はまさに鬼神。 パイロットは、厳しい訓練を乗り越えた若きエリートだった。 血の滲む努力の末にパイロットの座を勝ち取った彼は、自分の技量に誇りを持っていた。 だが、陽炎の圧倒的な性能は、いつしか彼を慢心させていた。 「こんな敵、俺一人で十分だ!」 陽炎がスティンクの群れへ突撃する。 次々と敵を撃破していく。 しかし、傷ついたスティンクたちは、さらに強力な毒ガスを放出した。 「何だ、このガスは!?」 攻撃すればするほど、戦場は危険になっていく。 「くそっ! どうすればいいんだ!」 そのとき、通信回線に声が響いた。 『警告。人類の勝率、0%に低下』 最新AIシステムを搭載した無人偵察機、 BEー88。 通称、ホーネット。 「そんな……」 ルーキーは、ただ呆然としていた。 自分の力を過信していたことを、思い知らされた。 もうどうすればいいか分からず、操縦桿を握りながら涙を流した。 「おい……おい! ルーキー! 何をぼさっとしている!!」 通信回線に怒号が響いた。 宇宙の闇に一筋の光が差し込む。 純白の戦闘機 オウル。 かつて人類を救った伝説のパイロットだった。 「泣いてる暇はないぞ! 目の前の敵に集中しろ!」 ルーキーは、はっと顔を上げた。 そうだ。 忘れていた。 自分が何のために戦っているのかを。 オウルは敵を引きつけながら、ホーネットに指示を出した。 「俺が囮になる。その間に毒ガスへの対策を進めろ!」 『了解。解析を開始します』 ルーキーはホーネットに命じた。 「勝率を再計算しろ!」 『現在の勝率、50%に上昇』 「確率は二分の一、だが…ゼロじゃない…」 「最高だ!」 ルーキーの言葉にオウルは懐かしさを感じていた。 「見てるか? クロウ……」 かつての相棒を思い出す。 漆黒のクロウ。 純白のオウル。 二人で戦った日々は、もう遠い昔のことだった。 「俺たちの時代は終わったみたいだな…」 オウルは前を向いた。 「ルーキー! お前が指揮を取れ!」 「了解! オウル、敵を撹乱してください!」 「ホーネット! お前は毒ガスに備えろ!」 「俺が……奴らを排除する!!」 オウルが特殊な電波を放つ。 「こっちだ!害虫ども!」 スティンクの群れが、オウルへと惹きつけられる。 その隙を突き、陽炎が群れに突撃する。 「今だ! ホーネット!」 スティンクが一斉に毒ガスを放出した。 『中和ガスの生成、完了。中和を開始します』 ホーネットから中和ガスが放たれた。 猛毒が無力化されていく。 陽炎は次々と敵を撃破した。 『人類の勝率、80%に上昇』 ルーキーは勝利を確信しかけた。 しかし、オウルは警戒を解かなかった。 「気を抜くんじゃない! ルーキー!」 「まだ戦いは終わってない!」 スティンクの群れが、突然動きを止めた。 その奥から、巨大な影が現れた。 宇宙カメムシ最大の個体 “ヨコヅナ” スティンクの群れを率いる、恐るべき存在だった。 「何だ、あいつは……!」 オウルは敵を見つめた。 かつての恐怖が、胸の奥から込み上げてくる。 「クロウ……俺に勇気を与えてくれ……」 オウルは、かつての相棒に語りかけるようにつぶやいた。 そして、ルーキーとホーネットに指示を出した。 「お前たちは群れを頼む!」 「こいつは……俺が引き受ける!」 ルーキーは慌てて、オウルに通信を送る。 「オウル! 無茶だ!」 『作戦の成功率10% 危険です。オウルを止めてください』 だが、オウルは通信を切った。 「オウル! オウル!!」 ルーキーの叫びは届かなかった。 オウルはヨコヅナへと向かっていく。 「クロウ……やっとお前と肩を並べるな……」 そして、最後に告げた。 「ルーキー……これからはお前たちの時代だ!!」 ヨコヅナが咆哮した。 「ブォオオオオオ!!」 その体が、まばゆい光を放つ。 次の瞬間、宇宙を揺るがす大爆発が起きた。 ヨコヅナは砕け散り、猛烈な毒ガスが広がっていく。 「オウル!!」 『中和ガスの生成まで残り一分』 「急げ!ホーネット!!」 『中和ガスの生成、完了。中和を開始します』 ホーネットが中和ガスを放出した。 毒ガスは徐々に消えていった。 やがて、スティンクたちはヨコヅナの残骸へと集まった。 そして、何かから解放されたかのように、宇宙の彼方へ散っていった。 「……今度こそ終わったのか?」 ルーキーは周囲を見回した。 そのとき、ヨコヅナの残骸のそばに、白い機体が見えた。 「オウルだ! まだ生きている!」 しかし、その機体は焼け焦げていた。 かつて純白だった翼は黒く染まっていた。 まるで、漆黒のクロウのように。 ルーキーは急いでオウルを救出した。 オウルは医療施設へ搬送された。 数日後、彼は目を覚ました。 「……オウル! オウル!!」 オウルは目を開けた。 「……クロウ……?」 目の前にいたのは、涙で目を赤くしたルーキーだった。 「……なんだお前、また泣いてるのか?」 「オウル……」 ルーキーは安堵し、その場に膝をついた。 オウルは、ルーキーを見つめた。 そして、口を開いた。 「……後ろを向け」 「えっ!?」 ルーキーは慌てて振り返った。 「ま、まさか! 宇宙カメムシが!?」 オウルはルーキーの背中を叩いた。 「よく、頑張ったな……」 ルーキーは涙を拭った。 「オウル……無事でよかった」 「それじゃあ行くよ、次の任務が待ってるからね」 ルーキーは病室を後にした。 オウルは、去り行くルーキーの背中を見つめていた。 数ヶ月。 ルーキーの元に一通の手紙が届いた。 オウルの訃報だった。 オウルの体は毒ガスの影響によって、少しずつ蝕まれていた。 医師の話では、オウルの病室には最後まで誰も見舞いに来なかったという。 そして、症状が悪化したの日の夜。 オウルは病室で一人、誰かと会話していた。 翌朝、医師が病室を訪れた時には、すでに眠りについていた。 その顔は、とても安らかだった。 まるで、長い戦いから解放されたように。 かつて、英雄を称えた石碑の前に、一人の男が訪れた。 ルーキーだった。 石碑は古びていて、英雄たちの名は消えかけている。 彼はクロウの名前を指でなぞる。 オウルの名はどこにも見当たらない。 「思い出したよ。俺がなぜパイロットを目指したのか」 子供の頃に聞いた英雄の話。 漆黒のクロウ。 純白のオウル。 憧れだった二人。 石碑には、クロウの名前だけが刻まれていた。 ルーキーは静かに石を拾い上げる。 そして、クロウの横に文字を書いた。 英雄オウル 去り際、ルーキーは背中に違和感を感じた。 そして、ゆっくりと振り返る。 ふっ…気のせいか…。 だが、その背中には確かな温もりを感じていた。 次の任務が待っている。 これからは一人じゃない。 仲間が、支えてくれる。 「オウル、クロウ、見ていてくれよ…」 「俺たちの戦いはこれからだ!!」 END

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『流行語大戦2 令和最新版』

あの戦いから数年後。 人類と宇宙人は、共存の道を選んでいた。 かつて、言葉による誤解から火がついた大戦争。 両文明は長い年月をかけて互いの非を認め、ようやく和平交渉を成立させたのだった。 ある日、地球の代表は、かつての戦いを思い出しながら宇宙人と語り合っていた。 「本当にすまなかった。まさか、君たちが若者言葉を真に受けていたとはな」 代表は苦笑した。 「それな!」 宇宙人も得意げに笑った。 代表は一瞬きょとんとしたあと、吹き出した。 「それな!……って、もうそれ死語だよ」 「死語? 言葉にも生命が宿っているのだな?」 「いや、そうじゃなくて……」 「やはり地球人は面白い。言葉ひとつ取っても、そこにさまざまな意味を見いだす」 宇宙人は感心したようにうなずいた。 「まあ、人間の私ですら若者言葉は理解が難しいですからね。普通に話してくれたらいいのに……」 代表は少し悲しそうな顔をした。 「どうしました?」 「いや、実は娘のことがね……」 代表はため息をついた。 「最近、娘とあまり会話をしていないんです…」 「家に帰るといつも不機嫌で、口も聞いてくれない。 思春期ってやつですかね……」 「もっと一緒にいてやるべきだった…」 宇宙人は申し訳なさそうに頭を下げた。 「すまない。我々との戦いが長引いてしまったからな」 しばらく考え込んでいた宇宙人は、やがて代表の顔を見つめた。 「君は、娘ともっと会話したいのだな?」 代表は静かにうなずいた。 「ならば……道はひとつ」 宇宙人は力強く言った。 「我々にあるもの。それは……言語だ!」 そして、堂々と宣言した。 「最新の若者言葉を学ぶのだ!」 「な、なるほど!」 代表の顔がぱっと明るくなった。 「娘と会話できないのは、それが原因だったのか!」 「よし、やりましょう! 若者言葉を学び、娘との絆を取り戻しましょう!」 二人は固い握手を交わした。 こうして、人類と宇宙文明の和平を成し遂げた男は、新たな任務へと乗り出すことになった。 今、娘との絆を取り戻す大いなる戦いが幕を開ける…。 「では、行こうか」 宇宙人が立ち上がった。 「どこへ?」 「若者言葉を学ぶ最適な場所がある」 宇宙人は自信満々に答えた。 「学校だ!」 「学校!? 私はもう五十歳ですよ!?」 代表は思わず叫んだ。 「大丈夫。我々には変装装置がある」 宇宙人が手元の装置を操作すると、二人の姿がみるみる変化していった。 やがて、そこに立っていたのは、十七歳ほどの少年が二人。 しかも、なかなかの美形である。 「……本当に大丈夫なのか?」 代表は自分の顔を確かめながら、不安そうにつぶやいた。 宇宙人は胸を張った。 「問題ありません。行きましょう!」 そして二人は、若者言葉を学ぶため、学校へと向かった。 「なんか見覚えのある学校だな……」 しかし、代表はまだ知らなかった。 宇宙人が選んだその学校こそ、娘が通っている学校だった。 「今日は新しい転校生を紹介します」 教室に先生の声が響いた。 「なんと、双子の転校生です!」 生徒たちの間から拍手が起こった。 二人は教壇の前に立った。 「はじめまして。僕たちは両親の転勤で引っ越してきました。よろしくお願いします」 代表はぎこちなく頭を下げた。 宇宙人は満足そうに微笑んだ。 潜入は成功した。 あとは最新の若者言葉を習得するだけである。 「では、はじめに」 宇宙人は教室を見渡し、堂々と口を開いた。 「それな!」 教室が一瞬、静まり返った。 そして。 「何だよそれ!」 「ウケる!」 「宇宙人の挨拶じゃん!」 教室は大爆笑に包まれた。 「なっ!?」 宇宙人はぎょっとした。 (バレた!?) しかし、変装は完璧なはずだった。 (そうか……。かつて私は『それな!』を挨拶代わりに使っていたな。忘れていた……) 宇宙人は、生徒たちの反応を興味深そうに観察していた。 かつて戦争の引き金となった言葉が、今では笑いを生み出している。 地球の文化は、やはり奥が深い。 そんな二人を、隣の教室から一人の女子生徒がじっと見つめていた。 「あの双子、どっかで見たような……」 彼女は首をかしげた。 「若い頃のお父さんに似てる気がする……」 代表の娘だった。 二人は、学校での調査を始めた。 何気ない会話。休み時間の雑談。スマートフォンを見ながら笑い合う生徒たち。 そのすべてが、彼らにとって貴重な研究資料だった。 「ねぇ、ねぇ。あの二人、ちょっとビジュよくない?」 女子生徒たちが、代表たちを見ながら言った。 「メロいよね!」 代表は首をかしげた。 「ビジュ……ビジュアル系か?」 「それに、メロいだと?」 「メロイックサインかな?」 彼はふと、若い頃を思い出した。 「まあ、若い頃はバンドをやってたからな」 「でもフォークソングだったけどな」 宇宙人は納得したようにメモを取った。 やがて、二人は教室で耳にした言葉を調べ始めた。 「うま確?」 代表は目を見開いた。 「なんてことだ……。未成年なのに競馬をしているのか。風紀が乱れているな」 さらに別の日。 宇宙人は「ドパガキ」という言葉を耳にした。 「ドパガキ? 何だ、ドパガキとは……」 代表はしばらく考え込んだ。 そして、ぽつりとつぶやいた。 「……そういえば、昔、娘と食べた生牡蠣、美味しかったなあ……」 代表は少しだけ遠い目をした。 そして、叫んだ。 「俺はカキフライ派だな!」 クラスメイトは突然の声に驚いた。 「え? あ、ああ……そう」 宇宙人は代表の顔を見つめた。 地球人の会話は、どこからどこへ飛んでいくのか分からない。 それでも、代表の表情には懐かしさと寂しさが浮かんでいた。 一緒に笑ったこと。 一緒に食べたこと。 娘が小さかった頃、何でもない話を聞かせてくれたこと。 代表は、自分が何を失いかけていたのか、少しずつ理解し始めていた。 そんなある日、女子生徒たちが騒いでいた。 「好きすぎて滅!」 代表は目を見開いた。 「滅……だと!?」 彼は真剣な顔でうなずいた。 「若いのに仏教に精通しているとは……。愛によって煩悩を滅し、悟りを開こうとしているのか」 代表は黙り込んだ。 宇宙人は感心しながらメモを取っている。 別の日には、女子生徒がスマートフォンを見て叫んだ。 「面白すぎて死ぬぅ!」 代表は勢いよく立ち上がった。 「いかん! 命を粗末にするんじゃない!」 「……え?」 「面白いからといって、命を絶つ必要はないだろう!?」 代表は頭を抱えた。 「なんてことだ……最近の若者は、こんなことで命を絶ってしまうのか……!」 宇宙人は感心しながら再びメモを取った。 「若者言葉は、実に奥が深いな……」 数日後。 二人は若者言葉を学ぶどころか、次第に学校で目立つ存在になっていた。 落ち着いた雰囲気の代表と、どこか不思議な魅力を持つ宇宙人。 女子生徒たちの間では、いつしか二人の話題で持ちきりになっていた。 「尊いよね!」 「好きすぎて滅!」 「好好!」 二人は、相変わらず言葉の意味を誤解していた。 調査を進める傍ら、代表は学校の制度や生徒たちの不満にも目を向け始めていた。 ある日、彼は教師に尋ねた。 「先生、この校則は何のためにあるんですか?」 「昔からそう決まっているからだ」 代表は少し考えた。 「では、昔から決まっていることは、すべて正しいんですか?」 教師は言葉に詰まった。 「生徒たちを守るためのルールなら、必要だと思います。でも、理由も分からず、ただ守らせるだけなら……それは何のためのルールなんでしょうか?」 その言葉は、十七歳の少年が発したものとは思えないほど重かった。 やがて代表の主張は学校中に広がり、生徒たちの間で話題になった。 そして、ついに最大の敵が現れた。 “校長” 「この学校の秩序を乱す者は、決して許さん!」 厳格な校長は、髪型も服装も厳しく取り締まっていた。 代表は校長の顔を見つめた。 どこかで見たような顔だった。 校長室の前に掲げられた名前を見る。 代表は目を見開いた。 (こいつ……同級生だ!!) かつて同じ時代を生きた男。 しかし、校長は目の前の転校生が誰なのか、まったく気づいていなかった。 代表は、ゆっくりと校長に近づいた。 「校長先生」 「なんだね?」 「偉そうなことを言っているわりには、あなたも昔は金髪のヤンキーでしたよね?」 「な、なぜそれを!?」 「なんか、めちゃくちゃダサいバイクに乗ってイキってましたよね?」 「!?」 校長の顔が凍りついた。 「いいんですか? この事を教育委員会にバラされても?」 「ぐぐ……!」 校長は拳を握りしめた。 「き、君は……いったい何者なんだ!?」 代表は爽やかに微笑んだ。 「ただの転校生ですよ」 校長は知る由もなかった。 目の前の生意気な転校生が、かつて銀河規模の外交問題を解決した男だということを。 「……わかった。君の提案を飲もう」 こうして、校則の見直しが決まった。 銀河の平和を実現した男は、今度は校長の青春時代を交渉材料に、学校改革を成し遂げた。 生徒たちの声に耳を傾け、必要のない決まりを改める。 学校は、少しずつ変わり始めた。 代表は、生徒たちが自分の意見を伝えることの大切さを、改めて実感していた。 やがて、二人の潜入調査は終わりを迎えた。 宇宙人が代表に尋ねた。 「どうだった? 和平交渉は成功したか?」 「ああ、成功したよ」 「素晴らしい! さすがだな、相棒!」 「校則も見直されることになった。生徒たちも、少しは自由になれるだろう」 宇宙人は満足そうにうなずいた。 「君の方はどうだ? 若者言葉、しっかり学べたか?」 「ああ、完璧だ」 「帰ったら、じっくりと教えてあげよう」 「では、これにて任務完了だな。さあ、帰ろう」 二人が立ち去ろうとした、その時だった。 「待ってくれ。まだやり残したことがある」 代表は生徒たちを集めた。 そして、壇上に立った。 生徒たちは、二人が転校してしまうことを知っていた。 「もう転校しちゃうのかよ! 厳しいって!」 「実はずっと好きだったんです! 好きすぎて滅!」 「ワンチャン、転校中止にできないの!?」 教室中が騒然となった。 代表は、生徒たちを見渡した。 彼らと過ごした時間は、決して長くはなかった。 それでも、彼らの笑顔や言葉は、代表の心に深く刻まれていた。 「みんな、ありがとう」 生徒たちは静かになった。 「君たちと過ごした時間は、俺にとって本当に大切なものになった」 代表は少し照れくさそうに笑った。 「すごく……エモいよ」 一瞬の沈黙。 次の瞬間、歓声が爆発した。 「ぎゃあああああ!!」 「最後にそれ言うの反則!!」 「マジで無理! エモすぎて死ぬゥ!!」 生徒たちの声が、校舎いっぱいに響き渡った。 宇宙人は代表の隣で、小さくうなずいた。 二人はようやく理解し始めていた。 言葉とは、単なる情報の伝達手段ではない。 そこには、言葉を発した人間の気持ちが宿っている。 そして、時にはたった一言が、誰かの心を動かすこともあるのだと。 任務を終えた代表は、家に帰った。 リビングにいた娘に、代表は声をかけた。 「最近、学校生活はどうだ?」 娘は少し驚いた顔をした。 「……なんか、面白いやつが転校してきた」 「面白いやつ?」 「うん。変なことばっかり言うし、ちょっと意味分かんないんだけど……なんか、カッコよかった」 娘は小さく笑った。 「すぐにまた転校したけど……」 代表は微笑んだ。 「そうか。面白そうだな。もっと話を聞かせてくれ!」 娘は少し驚いたあと、照れくさそうにうなずいた。 「……わかった」 それから二人は、学校の話を始めた。 転校生の話。 友達の話。 授業の話。 どうでもいいような、何気ない話。 父親は娘の言葉に耳を傾け、娘は父親にいろいろなことを話した。 気がつけば、窓の外は夕焼けに染まっていた。 二人は時間を忘れて笑っていた。 そこへ、母親が帰ってきた。 「あら、珍しいわね。二人が一緒なんて」 父と娘は顔を見合わせた。 そして、ほとんど同時に叫んだ。 「それな!」 母親はきょとんとした。 「何よそれ」 二人は顔を見合わせ、また笑った。 遠く離れた宇宙船。 モニターには、楽しそうに話す父と娘の姿が映っていた。 宇宙人は静かに微笑んだ。 「ふふ、長い戦いだったな、相棒」 モニターの向こうでは、父と娘がまだ笑っていた。 かつて、言葉の誤解が銀河戦争を引き起こした。 だが今、たった一言が父と娘をつないでいた。 言葉とは、不思議なものだ。 時には世界を壊し、時には人を遠ざける。 けれど、たったひとつの言葉が、人と人を再び結びつけることもある。 たとえその言葉が、 もう死語だったとしても。 END

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『先行者』

近未来。 世界各国で、ロボットの開発が急速に進んでいた。 あらゆる企業が独自のロボットを生み出し、それぞれが驚異的な性能を発揮していた。 人間と同じ表情。 人間と同じ言葉。 そして、人間をはるかに超える身体能力。 人間とロボットの境界は、急速に曖昧になりつつあった。 やがてロボットが人間に取って代わる日が来る。 それは、もはや時間の問題だと思われていた。 そんなロボット開発の黎明期に、ある企業が奇妙なロボットを発表した。 その名は、パスファインダー。 見た目はゼンマイ仕掛けの玩具のように原始的で、動きもぎこちない。 顔には作り物の笑顔が貼り付いており、どんなときもその表情が変わることはなかった。 他社の技術者たちは、その姿を見て笑った。 「なんて技術力の低いロボットだ」 「こんなもの、子供の工作レベルじゃないか」 しかし、開発者は何も反論しない。 反論するつもりもなかった。 彼には信念があった。 いつか、このロボットこそが未来を切り拓き、人類を導く存在になる。 そう固く信じていたのだ。 他社のロボットは、どれも人間に限りなく近づいていた。 人間と同じ顔で笑い、人間と同じ声で話し、人間以上の能力を発揮する。 だが、それで本当にいいのだろうか。 人間に近づくということは、いずれ人間の存在意義を脅かすことになるのではないか。 問題は、見た目ではない。 表情でも、声でもない。 必要なのは、人間の模倣品ではない。 人類を導く者。 それこそが、これからの時代に必要な存在なのだ。 しかし、彼の考えを理解する者はいなかった。 やがて、ロボットは世界中に普及した。 各家庭に一台のロボットがあることは、もはや当たり前になっていた。 どんな命令も完璧にこなし、危険な任務でさえ文句ひとつ言わずに遂行する。 ロボットは、人々の生活に欠かせない存在となった。 毎年のようにアップデートが繰り返され、そのたびに性能は向上していった。 人間のように考え、人間のように振る舞い、やがて人間を超える存在へと進化していく。 一方、パスファインダーは誰にも見向きもされなかった。 それでも開発者は、信念を曲げなかった。 いつか訪れる未来。 その先にいるのは、自分が作ったロボットなのだと。 そして、その未来はゆっくりと近づいていた。 人類は、ロボットに依存しきっていた。 仕事も、家事も、争いさえも。 あらゆることをロボットが代わりにやってくれる。 人間は、ただ命令すればいい。 自分で考える必要も、行動する必要もなかった。 街ではロボットが車を運転し、ロボットが買い物をし、ロボットが店員を務めていた。 花に水をやるのも、銃を握るのも、すべてロボットだった。 人間は次第に外へ出なくなった。 やがて街から人間の姿は消え、人々は家の中に閉じこもるようになった。 その日も、一人の男が自宅でテレビを眺めていた。 しかし、どのチャンネルも似たようなものだった。 画面に映る登場人物は、すべてロボット。 恋愛も、喜劇も、ホラーさえも、ロボットたちが完璧に演じていた。 映像は美しく、演技にも不自然さはない。 それなのに、男は退屈していた。 「つまらない……」 男はリモコンを手に取り、次々とチャンネルを変えていった。 そのときだった。 画面に、奇妙なロボットが映し出された。 原始的な外見。 ぎこちない動き。 そして、何があっても変わることのない不気味な笑顔。 それは、一体の粗末なロボットが、さまざまな問題に立ち向かうドラマだった。 ロボットは言葉を話せず、表情を変えることもできない。動きも鈍く、何をするにも失敗ばかりだった。 それでも、何度も試行錯誤を繰り返しながら、少しずつ問題を解決していく。 ときには傷つき、ときには人間に助けられ、ときには危険を顧みず人間を救った。 完璧とは程遠いロボット。 むしろ、欠点だらけだった。 それなのに、男は画面から目を離せなくなっていた。 いつしか、男だけではなく、世界中の人々がそのロボットに夢中になっていた。 「これは本物なのか?」 「どこで売っているんだ?」 「欲しい。あのロボットが欲しい」 人々は、自分のロボットに命じた。 ところが、ロボットたちはしばらくテレビを眺めたあと、無機質な声で答えた。 「これは廃棄物です。購入する必要はありません」 人々は激怒した。 「命令だ! 早く持ってこい!」 「余計なことを言うな!」 しかし、ロボットたちの答えは変わらなかった。 「必要ありません」 ついに人々は、自分たちで買いに行くことにした。 テレビの中にある、あのロボットを求めて。 男もまた、重い腰を上げた。 椅子から立ち上がる。 たったそれだけのことなのに、身体が重かった。 玄関までの短い距離を歩いただけで、息が切れた。男は壁に手をつきながら、一歩ずつ足を進めた。 そして、ようやく扉を開けた。 眩しい光が差し込む。 思わず目を細めた。 外の空気が頬を撫でた。 何年ぶりだろう。 こうして外に出るのは。 街では相変わらず、ロボットたちが行き交っていた。 犬を散歩させるロボット。 道端で世間話をするロボット。 ジョギングをするロボットまでいる。 男は足を止めた。 不気味だった。 いつもテレビで見ていた光景のはずなのに、なぜ今まで気づかなかったのだろう。 この異常な光景に。 いや、異常ではない。 何もおかしくはないのだ。 命令したのは人間だ。 ロボットたちは、ただ命令に従っているだけなのだから。 男は重い身体を引きずりながら、再び歩き始めた。 誰も話しかけてこない。 誰も自分を見ようとしない。 だが、街は確かに動いている。 それなのに、そこには人間の気配がなかった。 しばらく歩いていると、数軒の家の扉が開いた。 中から、ゆっくりと人間たちが出てくる。 皆、暗い表情を浮かべ、苦しそうに息をしていた。長い間、外の世界から遠ざかっていたのだろう。 男は足を止めた。 人間を見たのは、久しぶりだった。 彼らも、あのロボットを求めているに違いない。 男は彼らに近づき、声をかけようとした。 「あの……」 しかし、声が出なかった。 喉が震えるだけだった。 ロボットに命令するときは、あんなに大声を出せるのに。 目の前に人間がいる。 ただ、それだけのことが、ひどく不思議に思えた。 男は初めて、人間を前にして言葉を失っていた。 それでも、歩みを止めるわけにはいかなかった。 目指す場所は、ただひとつ。 あのロボットを開発した会社だった。 男は黙々と歩き続けた。 やがて、遠くに会社の建物が見えてきた。 もう少しだ。 あれを手に入れられる。 自分が一番乗りだ。 そう考えた瞬間、背後から人々の足音が聞こえてきた。 振り返ると、ぞろぞろと人々が迫ってきていた。 負けられない。 あれを手に入れるのは、自分だ。 男は必死に足を動かした。 だが、身体が思うように動かない。 焦る気持ちとは裏腹に、足取りは遅かった。 背後の人々との距離が、少しずつ縮まっていく。 ようやく会社の入り口が見えた。 あと少し。 そう思ったとき、視界が霞んだ。 足が止まる。 男は膝から地面に崩れ落ちた。 もうだめだ。 抜かれてしまう。 その瞬間、誰かが男の肩を叩いた。 「大丈夫ですか……?」 小さな声だった。 振り絞るような、かすれた声。 男はゆっくりと顔を上げた。 ロボットか? 自分を心配して、助けに来てくれたのか。 だが、そこにいたのはロボットではなかった。 一人の人間だった。 「大丈夫ですか……?」 その声が、少し大きくなる。 「大丈夫ですか!」 男は、相手の顔を見つめた。 久しぶりに聞いた。 生きている声。 機械が再現したものではない。 誰かが命令によって発したものでもない。 自分を心配して、目の前の人間が、自分の意思で発した声だった。 男の目から、涙がこぼれた。 恥ずかしくなった。 あんなロボットを求めて、他人を疑ったことが。 自分が先に手に入れることばかり考えていたことが。 後ろから迫ってくる人々を、助け合う仲間ではなく、追い越さなければならない相手だと思っていたことが。 それなのに、目の前の人間は、自分を助けようとしてくれている。 男は震える声で答えた。 「ありがとう……」 それしか言えなかった。 命令するためだけに使っていた口。 リモコンを握るだけだった手。 今、その手は、目の前の人間の手をしっかりと握っていた。 やがて、男の身体を支える手が増えていった。 誰かが腕を支え、誰かが背中に手を添えた。 「もう少しです。頑張りましょう」 そんな声が聞こえた。 男は周囲を見渡した。 そこには、自分と同じように息を切らし、苦しそうにしながらも、互いに支え合う人々の姿があった。 彼らは皆、同じものを求めてここまで来た。 ほんの少し前まで、誰もが一番乗りを目指していたはずだった。 しかし、いつの間にか、誰かを追い抜くことなどどうでもよくなっていた。 一人では立ち上がることさえできなかった男が、今は何人もの人間に支えられながら歩いている。 その光景を、誰も不思議には思わなかった。 人々は、ようやく会社にたどり着いた。 しかし、目の前にある建物は、想像していたよりもずっと小さかった。 遠くから見たときは、あんなに大きく見えたのに。 入り口の扉は開いていた。 人々は恐る恐る中を覗き込んだ。 明かりはついていない。 薄暗く、静まり返っていた。 窓から差し込む光だけが、室内をぼんやりと照らしている。 床には埃が積もり、壁は薄汚れていた。 とても企業の建物とは思えなかった。 まるで、何十年も前に捨てられた廃墟のようだった。 「誰かいませんか?」 「ロボットを買いに来たのですが……」 返事はなかった。 人々は顔を見合わせながら、建物の奥へと進んでいった。 やがて、一番奥の部屋に人影が見えた。 椅子に座った人物。 そのすぐ側には、あのロボットが静かに佇んでいた。 誰かが声を上げた。 「いた!」 「あのロボットだ!」 人々の顔に、喜びが広がった。 ようやく見つけた。 自分たちが求めていたものが、そこにあった。 しかし、椅子に座っている人物は、こちらを振り返ろうとしなかった。 「あの……」 一人の男が近づき、肩に手をかけた。 その瞬間、人物の身体が傾き、床に崩れ落ちた。 乾いた音が、静かな部屋に響いた。 人々の顔から血の気が引いた。 床に転がったのは、骨だった。 そこにあったのは、朽ち果てた人間の遺体だった。 衣服はぼろぼろに崩れ、骨には埃が積もっていた。 いつ死んだのかさえ、もう分からない。 人々は恐怖に駆られ、出口へ逃げようとした。 そのとき、一人の男が床に落ちているものに気づいた。 遺体のすぐ近くに、小さなボイスレコーダーが転がっていた。 男はそれを拾い上げた。 しばらく迷ったあと、再生ボタンを押した。 雑音が流れる。 やがて、老人のような声が聞こえてきた。 『この録音を聴いているということは、私が思い描いた未来が、もうすぐそこまで来ているということだ……』 人々は息を呑んだ。 誰もが口を閉ざし、その声に耳を傾けた。 『君たちは、私のロボットを求めてここに来たのだろう?』 誰も答えなかった。 録音の声は、静かに続いた。 『私がなぜ、このロボットを作ったのか。疑問に思っているだろう。 このロボットは、君たちを助けるために作ったのではない。楽しませるためでもない。 君たちを、正しい道へ導くために作ったのだ。 人々の心を繋ぎ、 人から人へ、何かを受け渡す者。 そして、忘れられてしまった大切なものを、再び見出させる者。 だから私は、この名前を与えた。 Pass finder、と』 部屋は静まり返っていた。 誰一人として、口を開こうとはしなかった。 録音は続いた。 『このロボットには、特別な機能も、最新のテクノロジーもない。 ただのゼンマイ仕掛けのガラクタだ。 本当は、もう分かっているはずだ。 このロボットは、必要ないのだと。 自分の言葉で話し、自分の足で歩けるはずだ。 だから、もう帰りなさい。 君たちの世界へ。 私は一足先に、未来で待っている。 君たち自身が作り上げる、理想の未来で……』 そこで、録音は途切れた。 誰も動かなかった。 人々は、ただ老人の言葉を噛みしめていた。 自分たちは何を求めて、ここまで来たのだろう。 何を手に入れようとしていたのだろう。 そして、そのために何を忘れてしまっていたのだろう。 答えは、もう分かっていた。 彼らは、ゆっくりと顔を上げた。 部屋の片隅では、パスファインダーが静かに佇んでいた。 あの作り物の笑顔を浮かべたまま、人々を見つめている。 やがて。 ロボットの内部から、小さな歯車がこぼれ落ちた。 一つ。 また一つ。 歯車が外れ、細い金属の腕が垂れ下がる。 ぎこちない脚が折れ、古びた胴体が傾いた。 そして、パスファインダーは音もなく崩れ落ちた。 床に散らばる、無数の部品。 その中に、白い仮面が転がっていた。 人間のように笑うこともなく。 人間のように泣くこともなく。 ただ、いつまでも変わらない笑顔。 床に残されたあの笑顔の仮面だけが、 静かに未来を見つめていた。 END

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『先行者』

『永遠を生きる花』

春の風が、静かな街を吹き抜けていた。 薄暗い部屋。 窓際には、一輪の花が置かれている。 老人は窓を開けた。 暖かな風が部屋に流れ込み、最後の花びらが静かに舞い落ちた。 いつ枯れたのかさえ、もう思い出せない。 水を替える理由も、生きる理由も、老人にはなかった。 妻はもういない。 子供にも恵まれなかった。 残されたのは、静かな部屋と、あまりにも長い余生。 あとは、孤独の中で死を待つだけだった。 そんなある日。 世界を震撼させるニュースが発表された。 人類は、歴史を変える発明を成し遂げた。 新種の花から抽出された成分をもとに開発された、若返り薬。 その名は、BLOOM。 服用すれば、二十四時間だけ若返る。 誰もが一度は夢見た、奇跡の薬だった。 しかし、その価値はあまりにも大きかった。 莫大な費用。 一般人には到底手の届かない、夢のまた夢のような代物。 だが、老人には金を残す理由などなかった。 残したところで、渡す家族もいない。 老人は迷うことなく、全財産を投じてBLOOMを十錠手に入れた。 たった十日間。 それが、老人に残された最後の青春だった。 BLOOMの原料となった花には、不思議な性質があった。 決して枯れない。 しかし、花を咲かせるのは十年に一度。 しかも、その数は極めて少なかった。 研究者たちは、花を安定して供給するため、人工的に増やす研究を始めた。 長い年月をかけ、品種改良に成功する。 希少だった花は、安定して栽培できるようになった。 人類は、花を増やすことに成功した。 だが、その成功は完全なものではなかった。 品種改良によって、原種にはなかった性質が生まれてしまった。 それが、BLOOMの副作用だった。 翌朝。 老人は目を覚ました。 身体が軽い。 驚くほど軽い。 遠くの音まで聞こえ、視界は鮮明だった。 老人は慌てて鏡の前へ向かった。 そこに映っていたのは、二十歳の頃の自分だった。 しばらく鏡を見つめたあと、老人の口元に笑みが浮かんだ。 「……やったぞ」 金はなくなった。 だが、そんなことはどうでもよかった。 身体の奥から、生きる力が湧き上がってくる。 老人は家を飛び出した。 軽快に動く足。 どこまでも歩いていけそうな身体。 胸の中で力強く脈打つ心臓。 街は昔と何も変わっていないはずなのに、すべてが新鮮に見えた。 道端に咲く花。 風に揺れる木々。 子供たちの笑い声。 世界に、色が戻っていた。 もっと生きたい。 もっと、この世界を見ていたい。 そんな思いに突き動かされるように、老人は若者たちが集まるパーティーへ足を運んだ。 そこで、一人の女性と出会った。 初めて会うはずなのに、なぜか懐かしい。 老人は思い切って声をかけた。 身体は若い。 だが、中身は老人だ。 話が合うはずなどない。 そう思っていた。 しかし、彼女は楽しそうに笑った。 その笑顔を見ていると、不思議と心が安らいだ。 いつしか老人は、自分の年齢さえ忘れていた。 気づけば、時間はあっという間に過ぎていた。 別れ際、二人は連絡先を交換した。 女性は微笑んだ。 「また会えますか?」 その一言が、老人の胸を温かくした。 また会いたい。 心から、そう思った。 その夜。 老人は、残されたBLOOMを見つめていた。 あと九錠。 一錠につき、二十四時間。 彼女に会うたび、残りは減っていく。 もう、金はない。 大切に使わなければならない。 それでも。 老人は、次に彼女と会う日を思い浮かべていた。 このときの老人は、まだ知らなかった。 若さと引き換えに、何を失うことになるのかを。 老人はBLOOMを服用するたび、彼女に会った。 街を歩き、花を眺め、他愛のない話をして笑った。 若い頃には気づけなかった、小さな幸せ。 何でもない時間が、何よりも愛おしかった。 しかし、薬を使うたびに、少しずつ異変が起きていた。 昔住んでいた町の名前。 学生時代の友人。 父の顔。 母の声。 古い記憶が、少しずつ消えていく。 最初は、些細なことだった。 年を取れば、物忘れくらいする。 老人はそう考え、気にしないようにしていた。 だが、ある日。 部屋に飾られた一枚の写真が、老人の目に留まった。 そこには、一人の女性が写っていた。 老人は写真を手に取り、じっと見つめた。 見覚えがある。 大切な人だった気がする。 それなのに。 「……誰だ?」 その瞬間、老人は写真を落としそうになった。 自分の記憶が、自分のものではなくなっていく。 忘れてはいけない人がいたはずなのに。 その人が誰なのかさえ、思い出せない。 老人は部屋を見渡した。 なぜ、自分はこの部屋にいるのだろう。 ここで、どんな人生を送ってきたのだろう。 若さの代償に、自分は何を失ったのか。 これ以上薬を服用すれば、いつか自分が自分でなくなってしまう。 老人は恐怖に駆られ、彼女の元へ向かった。 小さなアパート。 彼女は、一人でBLOOMを見つめていた。 彼女には秘密があった。 彼女こそ、BLOOMを開発した研究者だった。 人類の夢を実現した人間。 そして、その代償を誰よりも知る人間でもあった。 彼女自身もまた、研究のためにBLOOMを使い続けていた。 その結果、彼女も記憶を失いつつあった。 かつて愛した人の顔。 一緒に過ごした日々。 大切だったはずの思い出。 記憶の中に残されたその人の姿は、少しずつ輪郭を失っていた。 忘れたくない。 それなのに、思い出せない。 彼女は、もう一度BLOOMを手に取った。 これ以上、何かを失うのが怖かった。 何より、彼の人生をこれ以上無駄にしたくない。 そのとき、チャイムが鳴った。 扉を開けると、見知らぬ老人が立っていた。 老人は、悲しそうな顔をしていた。 そして、手に持っていた薬を彼女に差し出した。 彼女は老人の顔を見つめた。 手の中のBLOOM。 目の前の老人。 そして、あの青年の面影。 彼もまた、薬によって若返っていたのだ。 彼女は理解した。 彼が何者なのか。 なぜ、あのとき、あんなにも懐かしく感じたのか。 けれど、彼女には言えなかった。 自分もまた、BLOOMを使っていることを。 そして、自分もまた、大切な記憶を失いつつあることを。 彼女は何も言わず、静かに扉を閉めた。 扉の向こうから、すすり泣く声が聞こえていた。 老人はしばらく、その場に立ち尽くしていた。 やがて、うつむいたまま呟いた。 「これで……よかったんだ」 二人は互いに惹かれ合いながら、別れを選んだ。 別れの言葉も。 交わした約束も。 幸せだった日々も。 すべてが、冷たい夜風の中へ消えていく。 色鮮やかに見えた街がまるで墓場のように暗く静まり返っていた。 それから、長い年月が流れた。 ある日。 彼女は、研究施設の奥に保管されていた一輪の花を見つめていた。 品種改良される前の原種。 十年に一度しか咲かない、決して枯れることのない花。 原種から作られる薬には、従来のBLOOMとは異なる可能性があった。 動物実験では、従来の薬で見られた記憶障害は確認されていない。 まだ、人間に対する効果は分からない。 それでも、もし成功すれば。 二人は、もう一度若さを取り戻せるかもしれない。 彼女は保管庫の鍵を開け、原種の花にそっと触れた。 決して枯れることのない花。 それなのに、なぜか悲しそうに花びらを下へ向けていた。 まるで、何かを訴えているかのように。 彼女は花を見つめた。 枯れかけている……。 急いで薬を作らなければ。 数日後。 彼女は、自然と公園へ足を向けていた。 かつて、二人が愛を語り合った場所。 その記憶は、もう曖昧になっているはずだった。 それなのに、ここへ来ると、なぜか幸せな気持ちになる。 遠くのベンチに、一人の老人が座っていた。 彼女はゆっくりと近づいた。 老人が顔を上げる。 見知らぬ女性。 自分と同じくらいの年齢に見える。 彼女は老人の隣に座り、ポケットから小さなケースを取り出した。 中には、二錠の薬が入っていた。 老人は、それを見つめた。 彼女の顔を見る。 老人はすべてを悟った。 そして、再び薬へと視線を落とした。 目の前には、二つの道があった。 このまま、老いていくのか。 それとも、もう一度、若さを取り戻すのか。 どちらを選んでも、失ったものは戻らない。 老人は、ゆっくりと手を伸ばした。 けれど、その指は薬に触れなかった。 老人はケースをそっと押し戻すと、彼女の手を取った。 彼女は驚いたように顔を上げた。 老人は何も言わず、 ただ、彼女の手を静かに握っていた。 やがて彼女も、その手を握り返した。 「少し歩こうか」 老人は、公園に咲く一輪の花を手に取った。 そして、彼女にそっと差し出そうとした。 二人の間を、春の風が吹き抜ける。 花は老人の手を離れ、風に乗って空へと舞い上がった。 「今日はどこへ行く約束だったかな」 彼女は空を見上げて、少し考えた。 「そうね…どうだったかしら」 二人は顔を見合わせ、笑った。 そして、静かに見つめ合う。 互いの気持ちを確かめるように。 愛の言葉も約束も。 全てが春風と共に消えていく。 揺れる花たち。 黄昏の時間が二人を包む。 その場所だけは、永遠の時間が流れていた。 END

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『人間の証明』

人を人たらしめるものは、なんだろうか。 自分が人間であるという証明。 それは、いったい何なのか。 近未来。 人々のモラルは、著しく低下していた。 暴力。 暴言。 他人への無関心。 良識や常識は失われ、反社会的な行動を取る人間も珍しくなくなっていた。 なぜ、こんなことになったのか。 その原因は、誰にも分からなかった。 だが政府は、この異常事態を危惧していた。 そしてある日。 政府は、すべての国民に一つの試験を義務化した。 成人した者は、人間資格試験を受けなければならない。 試験に合格した者には、人間証明書が発行される。 政府が発表したのは、それだけだった。 試験の内容も。 判定基準も。 なぜ、この試験が必要なのかも。 詳しく説明されることはなかった。 ただ一つ。 生涯で二度まで受験できる。 それだけが告げられた。 人々は最初、この試験を軽く見ていた。 「人間の証明?」 「馬鹿馬鹿しい」 「なんの意味がある?」 適当に回答する者も少なくなかった。 どうせ普通に答えれば合格する。 誰もが、そう思っていた。 試験に落ちた者がどうなるのか。 そんなことを、本気で考える者はいなかった。 数週間後。 人々のもとへ、合否通知が届いた。 中には、合格する者もいた。 合格者には、人間証明書が添付されていた。 一方、不合格となった者たちは、それほど気にしていなかった。 「不合格だからなんだ?」 「今までと何も変わらないじゃないか」 仕事もできる。 買い物もできる。 家にも住める。 何も不自由はない。 そう思っていた。 だが、ある日。 不合格者の男が、病院を訪れた。 受付で保険証を差し出す。 「人間証明書をお願いします」 「……保険証は使えないのか?」 受付は首を振った。 「人間証明書をお願いします」 「そんなもの持ってないぞ」 受付の女性は、静かに答えた。 「人間証明書をお持ちでない場合、当院では診察できません」 「なぜだ。俺は病人だぞ」 「別の病院をご紹介します」 渡された紙を見て、男は絶句した。 そこには、動物病院の名前が書かれていた。 「……ふざけるな」 男の声が震える。 「俺は人間だぞ!」 「申し訳ありません」 「動物病院だと!?」 男は怒鳴った。 「冗談もいい加減にしろ!!」 受付の女性は静かに電話を取った。 「警察ですか?」 やがて、警察が到着した。 「暴れているのは、この男性ですか?」 受付の女性が頷く。 警察官は男に近づいた。 「すみませんが、人間証明書の提示をお願いします」 「……」 「お持ちではない?」 警察官は確認する。 「不携帯ですか……」 そして、何でもないことのように言った。 「ああ、そもそも人間ではないのですね」 「……は?」 「分かりました」 警察官は後ろを振り返る。 「おい、こいつを保健所に連れて行くぞ」 「了解」 二人の警察官が男の腕を掴んだ。 「離せ!」 「暴れるな!」 「俺は人間だ!」 「大人しくしてろ!」 「違う!!」 男の叫び声が、病院中に響き渡った。 「俺は……」 「俺は、人間なんだ!!」 その事件は、すぐにニュースになった。 それは、不合格者たちにとって衝撃的なニュースだった。 テレビに映っているのは、どう見ても人間だった。 二本の腕。 二本の脚。 服を着て、言葉を話している。 それでも、ニュースキャスターは、その男の名前を一度も呼ばなかった。 「本日、病院でトラブルを起こした対象は、保護施設へ移送されました」 「政府は今回の件について、コメントを控えています」 最後まで。 その男を「人間」と呼ぶことはなかった。 やがて、事件は病院だけに留まらなくなった。 レストラン。 ショッピングセンター。 会社。 あらゆる施設の入口に、同じ注意書きが掲げられるようになった。 『人間以外の立ち入りを許可していません』 昨日まで普通に入れた場所。 昨日まで働いていた会社。 昨日まで笑って食事をしていた店。 そこに入るためには、人間証明書が必要になった。 不合格者たちは、そこで初めて気づいた。 人間資格試験に落ちるということが、どういう意味なのか。 そして、二度目の試験。 それが最後の機会だった。 政府は、なぜ二度まで受験できるのかを説明しなかった。 なぜ三度目がないのかも。 ただ、 「生涯二度まで受験できます」 そう告げるだけだった。 それでも、不正を働く者は後を絶たなかった。 替え玉受験。 試験内容の不正入手。 試験官への裏金。 だが、それらには厳しい処分が下された。 不正を働いた本人だけではない。 協力者にも同じ処分が下された。 『人間資格試験の受験資格、失効。』 一度失った受験資格が戻ることはない。 そして。 この試験には、ある秘密があった。 試験問題に、正しい回答はない。 知能も関係ない。 知識も関係ない。 そして。 人間の定義すら、存在しなかった。 では、何を基準に合否を決めているのか。 それを知る者はいなかった。 政府は何も説明しない。 試験官も何も語らない。 合格する者と、不合格になる者がいる。 ただ、それだけだった。 男は、一度目の試験に落ちた。 そして、地獄を見た。 人間として扱われないということが、どういうことなのか。 身をもって知った。 それまで男は、自分が人間であることを疑ったことなどなかった。 だが、不合格になったことで初めて考えるようになった。 人間とは、なんなのか。 何をすれば、人間なのか。 答えは見つからなかった。 それでも男は、少しずつ変わっていった。 人に対して、真摯に接するようになった。 困っている人がいれば手を差し伸べた。 誰かを傷つけるような言葉を、以前ほど口にしなくなった。 それが試験に関係しているのか。 男には分からなかった。 誰かが自分を見ているのかもしれない。 あるいは、誰も見ていないのかもしれない。 ただ男は、自分自身について考え続けた。 そして。 二度目の試験の日が来た。 これが最後だった。 男は震える手で、回答用紙をめくった。 試験問題は、一度目とよく似ていた。 やはり、正解は分からない。 男は考えた。 そして、自分が思ったことを、そのまま書いた。 一度目と、それほど違う回答ではなかった。 数週間後。 通知が届いた。 男は封筒を開く。 そこには、 『合格』 とだけ書かれていた。 男は人間証明書を手に取った。 なぜ合格したのか。 何が評価されたのか。 どの回答が正しかったのか。 どこにも書かれていない。 男は人間証明書を見つめた。 そして、少しだけ笑った。 自分が人間なのか。 それを証明する方法なんて、本当は分からない。 ただ。 一度、人間ではないと言われたからこそ。 男は初めて、人間について考えた。 人を人たらしめるものは、なんだろうか。 その答えを、男は今も知らない。 そしておそらく。 誰も知らない。 それでも今日も、人々は人間証明書を胸に下げて歩いている。 何かを自慢するように。 END

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『ブラックホール国家』

かつて人類は、ブラックホールに地球上の廃棄物を捨てていた。 家庭から出るゴミ。 工場から排出される廃棄物。 処理することのできなかった、あらゆるもの。 地上からすべてのゴミが消えていき、人類は長年の環境問題を解決した。 だが、ブラックホールがもたらした恩恵は、それだけではなかった。 ある日、ブラックホールを観測していた研究者が、奇妙なエネルギーを検出した。 廃棄物をブラックホールへ投入すると、僅かながらエネルギーが放出されていたのだ。 人類は歓喜した。 エネルギー問題。 環境問題。 その両方を、同時に解決できる。 そう思った。 しかし、廃棄物から得られるエネルギーは少なかった。 地球上のすべての電力を補えるほどのものではない。 人類は考えた。 廃棄物だけでは足りない。 もっと別の対価を支払う必要がある。 それは、近年になって解明された。 人間の身体には、未知のエネルギーが眠っていた。 研究者たちは、それを「生命エネルギー」と呼んだ。 そして、ある実験が行われた。 研究者自身の生命エネルギーを、特殊な装置によってブラックホールへ送る。 実験に使われたのは、ほんの僅かな量だった。 寿命に換算すれば、僅か一秒。 しかし、その結果は人類の想像を遥かに上回った。 ブラックホールから放出されたエネルギーは、廃棄物とは比較にならないほど莫大だった。 たった一秒。 それだけの生命エネルギーで、膨大なエネルギーが生み出された。 人類はついに、答えを見つけた。 エネルギー問題を解決する方法を。 やがて、ある法律が制定された。 すべての成人は、腕に取り付けられた特殊な装置によって、毎月、僅かな生命エネルギーを徴収される。 拒否することはできない。 国民の義務として、必ず徴収される。 「生命税」 それは、新たな税だった。 だが、人々は誰も拒否しようとはしなかった。 徴収されるのは、ほんの僅かな生命エネルギー。 寿命に換算しても、ほとんど気にならないほどの量。 それだけで国家は莫大なエネルギーを得る。 電力は無料になり、街は発展し、医療も食料も豊かになった。 地球は、歴史上類を見ないほどの黄金時代を迎えた。 しかし、幸福には必ず代償が伴う。 それは、人類の歴史が証明してきた闇だった。 本来なら、税収が増えれば増えるほど、人々の生活は苦しくなる。 だが、この恐ろしい税だけは違った。 生命税を上げれば上げるほど、国家はさらに豊かになった。 税収が増える。 ブラックホールから得られるエネルギーが増える。 国家が豊かになる。 そして、国民の暮らしもさらに豊かになる。 人々は生命税を、当然のように受け入れた。 だが、人々は気づかなかった。 生命税の徴収量が、密かに増えていることに。 当然だった。 生命エネルギーは目には見えない。 腕の装置が何をどれだけ徴収しているのか、自分たちには分からない。 国から告げられたのは、毎月、僅かな生命エネルギーを徴収するということだけ。 一秒なのか。 十秒なのか。 それ以上なのか。 知る術はなかった。 やがて、その代償は静かに姿を現した。 人類の平均寿命が、低下し始めた。 この数十年で、人類の平均寿命は五十歳ほどにまで落ち込んでいた。 それでも、人々は気づかなかった。 医療技術は進歩している。 食料も十分にある。 街はかつてないほど豊かになっている。 それなのに、なぜ寿命だけが短くなっているのか。 人々は首を傾げた。 「国は、これほど豊かなのに……なぜ?」 誰も、その答えを考えようとはしなかった。 そして、ついに―― 人類の平均寿命は、三十歳ほどにまで低下した。 明らかな異常事態だった。 人々は初めて、国に説明を求めた。 なぜ寿命が減っているのか。 なぜ税収が増え続けているのか。 しかし、国からの返答はなかった。 政府は沈黙した。 人々はブラックホールの研究所へ押し寄せた。 そこなら、何か分かる。 そう信じていた。 だが、研究所には誰もいなかった。 研究員も、職員も、誰一人として。 残されていたのは、稼働し続ける観測装置と、無数のデータだけだった。 そして、人々はそこで信じられないものを目にした。 ブラックホールが、かつてないほど巨大に成長していた。 画面に表示された予測データ。 地球到達まで、残り数日。 人々は凍りついた。 その頃にはすでに、富裕層や権力を持つ者たちは地球を捨てていた。 新たに開拓された惑星へ。 自分たちだけが生き残れる場所へ。 国家も。 国民も。 そして、この星そのものさえも。 すべてを置き去りにして。 人々は、ただ呆然としていた。 誰一人、騒がなかった。 逃げる場所もない。 助けを求める相手もいない。 ただ、かつてないほど煌びやかになった街を見つめていた。 何もかもが豊かだった。 何もかもが満たされていた。 だが、その豊かさのために、自分たちが何を支払ってきたのか。 ようやく、人々は理解した。 しかし、もう遅かった。 やがて―― 空が、闇に覆われた。 少しずつ、地球上のすべてが吸い上げられていく。 建物も。 道路も。 街も。 そして、人々も。 地球上に存在するすべてのものが、巨大な闇の中へ消えていった。 最後に残ったのは、巨大なブラックホールだけだった。 それはすべてを飲み込み―― やがて、一つの小さな点へと収縮していく。 そして、 静かに消えた。 あとには何も残らなかった。 END

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『私の主人公』

子どもの頃、私は『トム・ソーヤーの冒険』が大好きだった。 仲間と一緒に冒険し、いたずらをして、時には危険な目にも遭う。そして最後には夢を叶え、街のヒーローになる。 そんなトムの姿が、子どもの私にはたまらなく格好よかった。 真似をして、よく川や山へ行った。 友達や先生に悪戯もした。 別にトムたちのような大冒険をしていたわけではない。それでも、川を歩いたり、山の中を走り回ったりしていると、自分が物語の主人公になったような気がした。 あの頃は、世界が今よりずっと広かった。 何もない山や川でさえ、何かが起こりそうな場所だった。 でも、今はどうだろうか。 大人になった私は、時間や仕事、プライベートに追われている。 実際には、お金も時間も、作ろうと思えばあるはずなのに。 それでも休日になると、どこかへ出かけることは少なくなった。 友人も、少しずつ減っていった。 やりたいことも、やりたかったことも。 すべてに理由をつけて、後回しにした。 おそらく、もう『トム・ソーヤーの冒険』を読むことはないだろう。 何度も何度も読んで、ボロボロになった一冊。 今では、どこにあるのかも分からない。 トムもハックも、もうどこにもいない。 仮に今、昔と同じように山や川へ行ったとしても、あの頃の感情は戻ってこないだろう。 私が一番好きだったのは、主人公のトムではなく、親友のハックルベリー・フィンだ。 ハックは、本当の意味で自由な人間だった。 インジャン・ジョーの財宝を手に入れても、金や豊かな暮らしより、自由を求める。 そんなハックの生き方に憧れた。 そして、豊かさと自由は同じ意味ではないと、子どもながらに感じていた。 それでも、私の中には一つの疑問が残っている。 マーク・トウェインは、1835年、ハレー彗星が現れた年に生まれた。 そして1910年、再びハレー彗星が現れた年に亡くなった。 まるで、一つの物語のような人生だ。 マーク・トウェインは、どうして大人になっても、あんなに素晴らしい物語を書けたのだろうか。 今になって思う。 もしかすると、本当に好きだったのは「冒険」そのものではなく、その先にある「自由」だったのかもしれない。 子どもの頃、私はトムやハックの物語を読んでいた。 そして今、私自身が物語を考えている。 暇つぶしか。 何かを伝えたいのか。 それは、自分でもよく分からない。 もしかすると、もう戻ることのできないあの頃の世界を、 もう一度探しているのかもしれない。 END

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『人生の評決』

彼女は、優秀な子供だった。 幼い頃から、何をやらせても人並み以上にできた。 文字を覚えるのも早かった。 計算も得意だった。 本を読ませれば、何時間でも黙って読み続けた。 両親は、そんな娘を誇りに思っていた。 父は裁判官。 母は医師だった。 二人とも社会的に成功した人間だった。 広い家に住み、生活に困ることはなかった。 家には父の法律書と母の医学書が並び、彼女は幼い頃からそれらに囲まれて育った。 「あなたなら、きっと立派な人になれるわ」 母はよくそう言った。 「将来は何になりたい?」 父にそう聞かれることもあった。 けれど、彼女はいつも答えられなかった。 将来、自分が何をしたいのか。 何になりたいのか。 そんな明確な夢は、彼女にはなかった。 だから、いつも両親の顔を見た。 「お父さんとお母さんは、どう思う?」 それが、彼女の答えだった。 両親が喜ぶことをすれば、褒めてもらえる。 褒めてもらえれば、自分は間違っていないと思える。 何より、両親の言うことを聞いていれば、愛してもらえる。 それは彼女にとって、とても心地のいいことだった。 自分で決めなくていい。 失敗しても、自分の責任ではない。 誰かが決めてくれた道を歩いていればいい。 それが、彼女にとっての安心だった。 成長するにつれ、彼女はますます優秀になった。 医学を学べば、優秀な成績を取った。 法律を学べば、難解な判例を正確に理解した。 大学では、周囲から一目置かれる存在になった。 卒業が近づいた頃、彼女は人生で初めて、大きな選択を迫られた。 だが、それはもうすでに決まっているようなものだった。 母のような医者か。 父のような裁判官か。 どちらも、人の人生に深く関わる仕事だった。 病気になった人間の命を救う医者。 罪を犯した人間に判決を下す裁判官。 どちらも、間違えば人の人生を変えてしまう。 幸い、彼女にはどちらの道へ進むための知識もあった。 だからこそ、決められなかった。 ある晩、彼女は両親と食卓を囲んでいた。 「どうするんだ?」 父が聞いた。 「医学を続けるか。それとも司法の道へ進むか」 彼女は、しばらく黙っていた。 やがて、 「……お父さんは、どっちがいい?」 父は静かに娘に言った。 「私は、お前が正しい選択をすることを願っている」 母も笑顔で頷いた。 その言葉を聞いた瞬間、彼女は余計に困った。 自分自身が決める。 その言葉ほど、彼女にとって難しいものはなかった。 やがて彼女は、一つの理由を見つけた。 当時、女性医師に対する社会の評価は、今ほど高くなかった。 母と同じ道を歩めば、きっと苦労する。 一方、父と同じ裁判官なら。 父も喜んでくれる。 社会的な立場もある。 自分なら、きっとできる。 そう考えた。 「私は、裁判官になる」 父は嬉しそうに頷いた。 その笑顔を見て、彼女も笑った。 その時、彼女は自分で人生を選んだつもりだった。 だが本当は、 選ばされたのかもしれなかった。 裁判官になってからの彼女は、見事だった。 感情に流されない。 証拠を読み、証言を聞き、法律と判例に照らし合わせる。 事実があれば、有罪。 証拠が足りなければ、無罪。 そこに個人的な感情を持ち込むことはなかった。 同僚たちは、彼女を優秀だと評価した。 冷静で、公平で、判断が速い。 彼女自身も、その評価を受け入れていた。 裁判とは、感情ではない。 事実に基づいて、正しい答えを導き出すものだ。 そう信じていた。 そして、そう信じていれば楽だった。 自分が人の人生を決めているという事実から、目を逸らすことができたからだ。 彼女は判決を下す。 人々は、その判決に従う。 彼女は法廷を出る。 次の事件へ向かう。 まるで、一つの仕事を終えるように。 「これは選択じゃない」 彼女は、自分にそう言い聞かせていた。 「法律に従って、答えを出しているだけ」 そうして、何年もの時間が過ぎていった。 ある日。 彼女の法廷に、一件の殺人事件が持ち込まれた。 被告人は、一人の男だった。 罪状は、実の娘を殺害したこと。 証拠は揃っていた。 目撃証言。 医療記録。 現場の状況。 そして何より、男自身が犯行を認めていた。 「私が、娘を死なせました」 男は法廷でそう言った。 その声には、抵抗も怒りもなかった。 ただ、深い疲労だけが滲んでいた。 最初に事件の概要を聞いた時、彼女は特別な感情を抱かなかった。 殺人事件。 被害者は娘。 加害者は父親。 事実だけを見れば、明白だった。 有罪。 法律に従えば、それで終わる。 ところが、裁判が進むにつれて、彼女の中に奇妙な違和感が生まれ始めた。 娘は、生まれつき重い難病を患っていた。 幼い頃から何度も入院していた。 手術を繰り返し、薬を飲み、痛みに耐え続けてきた。 病状は少しずつ悪化していた。 それでも父親は、娘を見捨てなかった。 仕事を減らし、病院へ通い続けた。 娘が眠れない夜には、朝までベッドの横に座っていた。 娘が怖がれば、手を握った。 娘が泣けば、一緒に泣いた。 医師たちの証言によれば、父親は最後まで娘のそばにいたという。 そして、病状が決定的に悪化した日。 娘は父親に言った。 「ありがとう」 「いきなり、どうした?」 「もう終わりにしたい」 父親は何も答えなかった。 父親は、娘の手を握った。 その手は、とても小さかった。 「だから、もういいよ」 「何がだ」 「もう、頑張らなくていい」 父親は首を横に振った。 「そんなこと言わないでくれ」 しばらく沈黙が続いた。 そして娘は、父親に一つのお願いをした。 生命維持装置。 それを止めてほしい。 「お願い」 父親は答えられなかった。 「そんなこと……できない」 父親は泣いた。 それでも最後に、娘は言った。 「私がお父さんのところに生まれてきたのは、運命だったと思う」 「だから最後も、お父さんにお願いしたい」 父親は長い時間、娘の顔を見つめていた。 そして、 震える手を伸ばした。 「……愛している」 「また一緒になれる運命を信じて……」 それが、最後の言葉だった。 法廷で、父親はすべてを認めた。 「私は娘を殺しました」 傍聴席から、すすり泣く声が聞こえた。 誰も父親を擁護することはできなかった。 法律上、彼がしたことは明確だった。 生命維持装置を停止させた。 その結果、娘は死亡した。 どれだけ愛していたとしても。 どれだけ娘に頼まれたとしても。 事実は変わらない。 彼女は判決文を書き始めた。 有罪。 ペン先が止まった。 彼女は用紙を見つめた。 何度も書き直そうとした。 だが、頭の中には一つの言葉しか浮かばなかった。 有罪。 それでいい。 いつものことだ。 犯罪を犯した。 だから裁く。 法律に従えばいい。 そう思った。 それなのに。 手が動かなかった。 彼女は顔を上げた。 被告人の男が、静かに座っている。 男は、自分が裁かれることを分かっていた。 そして、きっと自分が罪を償うことも受け入れていた。 だが彼女には、その姿がどうしても理解できなかった。 もし自分が有罪を言い渡せば。 この男の人生は大きく変わる。 場合によっては、命を奪われる。 世間は彼を「娘を殺した父親」と呼ぶだろう。 ニュースは、しばらく彼の名前を報じる。 人々は怒る。 悲しむ。 議論する。 そして、いつか忘れる。 だが男だけは、その後の人生を背負い続ける。 その人生を決めるのは、 自分だ。 彼女は、そこで初めて気づいた。 今まで自分は、何度も人の人生を決めてきた。 でも、それを「選択」だと思ったことはなかった。 法律が決める。 証拠が決める。 判例が決める。 自分は、それを読み上げているだけ。 そう思っていた。 だが、違った。 最後に判決を口にするのは、 自分だった。 彼女の胸に、幼い頃の記憶が蘇った。 「お前はどうしたい?」 「お父さんとお母さんは、どう思う?」 いつもそう答えていた自分。 医者か。 裁判官か。 父と母が望む道。 褒めてもらえる道。 失敗しても後悔しない道。 彼女はずっと、 誰かが決めた人生を歩いていた。 なのに今。 一人の人間の人生を、 自分が決めようとしている。 「私が……」 彼女は小さく呟いた。 「私が、この人の人生を決める……」 初めてだった。 怖いと思った。 裁判官になってから、こんなことを考えたことは一度もなかった。 判決を下すことが怖い。 そんな感情を持ったことすらなかった。 だが、今は違った。 目の前にいる男の人生が、自分の言葉一つで変わる。 そして。 その判断を誰かに委ねることはできない。 法律のせいにはできない。 両親のせいにもできない。 社会のせいにもできない。 決めるのは、 自分だった。 彼女は長い時間をかけて、判決を書いた。 法廷の日。 傍聴席には多くの人が集まっていた。 記者もいた。 誰もが彼女の言葉を待っていた。 彼女は静かに立ち上がった。 そして、判決を読み上げた。 その声は、いつものように落ち着いていた。 だが、その一言一言は、 今までのどの判決よりも重かった。 木槌が鳴った。 静かな法廷に、その音だけが響いた。 裁判が終わった後。 世間は、彼女の判決を巡って騒いだ。 「犯罪者を許した裁判官」 そう批判する者もいた。 「これは殺人ではなく、愛だった」 そう擁護する者もいた。 「間違った判決だ」 「正しい判決だ」 「法律を守るべきだ」 「人間の感情を考えるべきだ」 誰もが、自分の正義を語った。 まるで、世間全体が巨大な法廷になったかのようだった。 彼女はその声を聞きながら、ただ静かに窓の外を眺めていた。 正しかったのか。 間違っていたのか。 今でも分からない。 ただ一つだけ、分かっていた。 あの判決は、 初めて自分自身で決めたものだった。 それから、しばらくして。 彼女は裁判官を辞めた。 周囲は驚いた。 「どうして?」 そう聞かれても、彼女は明確な答えを持っていなかった。 ただ、 もう誰かの人生を決める仕事を続けることはできない。 そう思った。 そして彼女は、小さな店を開いた。 花屋だった。 実は、ずっと昔から花が好きだった。 誰にも言ったことはなかった。 子供の頃、学校から帰る途中に小さな花屋があった。 店先に並ぶ花を見るのが好きだった。 どれも綺麗だった。 そして何より、 そこには正解がなかった。 どの花を選んでもいい。 誰かに決めてもらう必要もない。 法律も。 判例もない。 正しい答えもない。 ただ、自分が好きだと思ったものを選べばいい。 彼女は初めて、 そんな場所に立った。 小さな花屋は、決して繁盛しているわけではなかった。 それでも彼女は満足していた。 客が来れば、花を選ぶ。 季節が変われば、店に並べる花も変える。 毎朝、自分で花を仕入れ、自分で店先に並べる。 それだけだった。 ある日の夕方。 一人の男が店に入ってきた。 「いらっしゃいませ」 彼女は顔を上げた。 そして、言葉を失った。 見覚えのある顔だった。 あの父親だった。 男も彼女に気づいた。 しばらく二人は何も言わなかった。 やがて男が、静かに口を開いた。 「娘に……花を供えたいんです」 彼女は黙って聞いていた。 「どんな花がいいのか、分からなくて」 男は少し困ったように笑った。 「……選んでもらえますか?」 その言葉を聞いた瞬間。 彼女は、かつて法廷で向き合った男の姿を思い出した。 そして、ゆっくりと店内を見渡した。 白い花。 淡い青の花。 小さな黄色い花。 彼女は一本ずつ手に取った。 昔の自分なら、 誰かに聞いていただろう。 どれが正しいのか。 どれを選ぶべきなのか。 けれど、今は違った。 彼女は自分で決めた。 「これがいいでしょう」 そう言って、花を選んだ。 一本。 また一本。 そして最後に、もう一輪。 花束を作り、男へ差し出した。 「きっと、喜んでくれると思います」 男は花束を受け取った。 「……ありがとうございます」 男は深く頭を下げた。 やがて店を出ていく。 夕暮れの街へ、ゆっくりと消えていった。 彼女は、その背中を見送った。 店の中には、花の香りが残っていた。 彼女は一人になった店で、ふと窓の外を見た。 空が赤く染まっていた。 かつて彼女は、人の人生に判決を下していた。 有罪。 無罪。 刑期。 死刑。 一つの言葉が、一人の人生を変える。 けれど。 あの裁判で、彼女が裁いていたのは父親だけではなかったのかもしれない。 彼女自身もまた、 自分の人生を初めて見つめていた。 これまでの人生が正しかったのかは分からない。 両親の期待に応えたことも。 裁判官になったことも。 あの判決も。 何が正しくて、 何が間違っていたのか。 きっと、一生答えは出ない。 それでも。 彼女はもう、 誰かに答えを決めてもらうつもりはなかった。 店の扉を閉める。 明日の花を考える。 どんな花を仕入れよう。 何色を並べよう。 そんな小さなことを考えながら、彼女は笑った。 それは、 誰かに褒めてもらうための笑顔ではなかった。 誰かの期待に応えるためでもない。 ただ、 自分で選んだ人生を歩いている人間の笑顔だった。 彼女は店の明かりを消した。 暗くなった店内に、今日選んだ花だけが静かに残っていた。 彼女は最後に一度だけ振り返る。 そして、小さく呟いた。 「これでいい」 それは、誰に聞かせるでもなく。 誰かに許可を求めるでもなく。 初めて自分自身に下した、 人生の評決だった。 END

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『恐るべき地球人』

異星人たちは、地球という惑星を笑っていた。 文明は、まだ発展途上。 科学技術も、自分たちの文明と比べれば幼稚だった。 そして何より、彼らが面白がっていたのが、地球人の「想像力」だった。 「UMA?」 「なんだ、これは……」 ある異星人が、地球の資料を眺めながら笑った。 モスマン。 ネッシー。 ビッグフット。 ツチノコ。 地球人が目撃したと主張する、謎の生物たち。 しかし、宇宙をどれだけ探しても、そんな生物は存在しない。 「全くもって馬鹿馬鹿しい」 「なんて間抜けな種族だ」 「存在しない生物を、本気で探しているぞ」 異星人たちは笑った。 存在しないもの。 地球人が勝手に想像した、くだらない空想。 異星人にとって、UMAとはその程度のものだった。 そんなある日。 一人の異星人が、暇つぶしに一つのゲームを作った。 地球人を馬鹿にするためだった。 地球のUMAを題材にし、それをなぜか美少女キャラクターとして登場させる。 タイトルは、 『UMA娘』 「こんなゲーム、誰がやるんだ?」 「呆れて言葉も出ない」 「そもそも、UMAを美少女にする意味が分からない」 誰もがそう思っていた。 ところが。 ゲームは、とんでもない勢いで売れた。 一人。 また一人。 ユーザーは増え続けた。 やがて『UMA娘』は銀河中に広まり、大人気コンテンツとなった。 開発者自身が困惑するほどだった。 「……なぜだ」 しかし、売上を見た瞬間、そんな疑問は吹き飛んだ。 口座に並ぶ、見たこともない金額。 「……」 開発者は震えた。 そして、 「俺は天才だったのか!」 笑いが止まらなかった。 だが。 人気は永遠には続かなかった。 「キャラクターが少ない」 「同じことの繰り返しじゃないか」 「もっとキャラを増やせ!」 「もっとストーリーを丁寧に作れ!」 「イベントを開催しろ!」 ユーザーの不満は、日に日に大きくなっていった。 開発者は頭を抱えた。 当然だった。 最初から真面目に作るつもりなどなかった。 地球人を馬鹿にするために、適当に作ったゲーム。 しかし、ユーザーはそんな事情など知ったことではない。 開発者は、渋々要求に応えるしかなかった。 そして、アップデートが実装された。 新キャラクター。 新ストーリー。 新イベント。 キャラクター同士の関係。 それぞれの過去。 世界観。 気がつけば、最初は存在しなかった設定が、次々と作られていった。 もう、やけくそだった。 だがそれでも、ユーザーは満足しなかった。 そして、ある日。 開発者は、とある地球のゲームに目をつけた。 “ガチャ要素” キャラクターをランダムで入手するシステム。 一回。 また一回。 欲しいキャラクターが出ない。 「……もう一回だけ」 それでも出ない。 「次こそ……!」 出ない。 開発者は画面を見つめた。 自分でも恐ろしくなった。 「なんて宇宙悪魔的なシステムだ……」 そして『UMA娘』には、次々と新しいガチャが追加された。 限定キャラクター。 限定衣装。 季節イベント。 コラボレーション。 ログインボーナス。 天井システム。 もはや、最初に作ったゲームとは別物になっていた。 ユーザーたちの熱狂は更に勢いを増した。 「限定モスマン娘SSRだ!」 「絶対に引く!」 「10連いくぞ!」 「出ろおおおお!」 銀河中の異星人が、『UMA娘』に夢中になった。 その熱狂は、もはや誰にも止められなかった。 ある日、開発者はふと思った。 「……地球人は、どうしてこんなものを考えたんだ?」 彼は地球について調べ始めた。 UMA。 なぜ、こんな発想が生まれる? もしかしたら、本当に存在するのでは? 調べれば調べるほど、奇妙だった。 地球人は、存在しない生物を想像する。 姿を描き。 名前をつけ。 伝説にし。 物語にする。 そして、それを何世代にもわたって語り継いできた。 モスマン。 ネッシー。 ビッグフット。 ツチノコ。 どれも宇宙のどこにも存在しない。 だが、彼らの頭の中には、確かに存在していた。 そこで、開発者は気づいた。 自分は、地球人を馬鹿にしていた。 だが。 地球人には、自分たちにはないものがある。 何もないところから、何かを生み出す力。 存在しないものを想像する力。 圧倒的な想像力。 そして、その想像を誰かと共有し、物語にし、文化にする力。 『UMA娘』も、そうだった。 最初は、ただの悪ふざけだった。 しかし、地球人が生み出した「存在しない生物」という発想がなければ、このゲームは生まれていなかった。 そして今。 そのゲームは、銀河中の人々を熱狂させている。 開発者は、静かに呟いた。 「……恐るべし、地球人」 開発者は、遠くに浮かぶ青い惑星を見つめた。 馬鹿にしていたはずの地球が美しく見えた。 もう少し、地球人について考えてみよう。 今度は、笑うためではなく。 何かを学ぶために。 END

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