ワンゼロ

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ワンゼロ

人樹

 祖父は引きずられ、村の中央にあるお社に連れていかれる。  そろそろ樹木化がはじまるだろうと、数日前父が言っていた。皮膚の色が濃くなっていくのが兆候という。  樹木化がはじまると祖父の足は正座で固まった。犬の散歩に行こうと門から出た所倒れていた。すぐに村内会に連絡し何人かの男手を呼ぶ。  引きずられ膝が擦り切れ痛々しい、表皮が剥がれているだけ出血はない。台車やトラックで運べばいいと思うが、素早く運ばないと移動させることができなくなると言う事だ。  お社の中央の天井は抜けている。そこを突き抜け幹が伸びる。 「5月の連休に間に合いそうだな」誰かの独り言が聞こえた。  位置につくと祖父は天に向かって口を空けた。祖父は目から涙を流していた。涙ではないのかもしれない。それをぬぐうと、ほのかに温かい。言いようのない悲しさが胸に落ちてくる。  翌日、祖父の口から幹がのぞく。足元には色々なお供えがあり、新しい賽銭箱も設置されていた。 「樹木化とは神事であるんだよ」父が言う。  翌日学校に行くと全校集会が体育館で行われた。  祖父が今年も立派に樹木化できた事。  それを支えた家族は素晴らしい。  ぼくと姉は壇上に上げられる。正面を向く自分とうつむく姉。姉は戻り際にお腹が痛いと言った。  幹が伸び、社の天井を突っ切り、見上げる大きさになった頃、観光客が村を訪れる。樹木が成長するとなる補強が入る、人樹らしさは今が一番だろう。有名な人も訪れているようで、祖父を見る有名人、有名人を見る観光客。村は賑わい、青々とした葉が朱色に染まりそれを落とすまで、祭りのような喧噪が続き、例年通り村に灯りが点る。 「もう死にたい」最近姉は激しい腹痛に悩まされている。額に汗が浮かび、顔が真っ赤だった、熱があるのかもしれない。  父と母は嬉しそうだった。

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人樹