傘
2 件の小説プロローグ
ある日、友だちが私に言いました。 「なんか、きぃちゃんって怖いよね」 「うんうん。圧感じる」 私は一切そんなつもりはありませんでした。 またある日は、私に睨まれたと女の子が涙を流しました。 泣きたいのはこっちでした。 そのまたある日は、ガンつけていると不良に絡まれました。 ―そんな時、ヒーローが現れました。 ヒーローは上手く言葉で不良を躱して、丸め込んだのです。 キラキラ輝く、金髪の男の子でした。 「あ……ありがとう……ございます」 男の子は笑顔で私の頭をぽんぽんしました。 「君はかわいいから、自信もって。睨んだかどうかなんて、相手の思い込みで決まるだよ。気にしなくていい」 救われました。 私にとっての神様でした。 だから― 「あ、あのっ!」 次会えた時には― 「ん?」 君の― 「私を、弟子にしてください!」
終わった日々の夢を見る
「おはよ!柊真くん!」 毎朝、隣の教室からわざわざ来て僕に挨拶する伊織あまねさん。一年の夏頃から僕のストーカーみたいになってしまった子だ。ストーカーの癖に他の男子から「かわいい」と言われているのは何だか気に食わない。 「昨日の音楽番組見た?」 「うん。見てない」 僕の見る伊織さんはいつも笑顔だった。笑顔しか見たことが無かった。 次の日。僕のスマホはアラームより先に着信音を鳴らした。 友達からだった。 「…………もしもし?」 『あっ!柊真!今すぐテレビ見ろ、ニュースニュース!』 友達は慌てていた。本当はあと三十分寝れるし、すぐにでも夢の続きが見たかったが、その慌て方になぜか僕も焦って、すぐ一階に降りた。 「あら、おはよう柊真。今日はいつもより早いね」 ―ガンッ 僕のスマホが大きな音を立てて落ちる。 「…………柊真?」 『柊真!』 母さんの心配する声も、友達の電話から漏れる声も聞こえず、ニュースの声だけが頭の中で何度も繰り返された。 『××市内の高校で、この学校に通う二年生の伊織あまねさんの遺体が発見されました―警察は何らかの事件性があるとして―』 毎日のように見ていた顔とテレビに映された顔写真が一致する。名前も、見覚えのある校舎も、全部。 心臓が激しく痛くなり、息が詰まるように苦しくなる。 そうなって、やっと自覚した。 何を思おうが、もう遅い。 数日の休校を経て、学校は再開された。 いつも通りの学校。教室もいつも通り騒がしい。 いつもの朝なのに、伊織さんだけが居なかった。 ―あぁ、本当に居ないんだ…… 学校へ行ったらいるかも、なんて変な希望は一瞬にして消え去った。 放課後、僕は北校舎の屋上へ行った。 「…………伊織さん」 誰もいない。 伊織さんを初めて見たのはここだった。 「あまねちゃーん、どんな気分?」 「あはは……めっちゃ怖いよー」 伊織さんは屋上の柵の外側に立っていた。それを見て、数人の女子たちが楽しそう笑っていた。伊織さんも、笑顔だった。 「あまねちゃんのツインテール、羽みたいになってお空飛べるんじゃない?」 「確かに!良いじゃん、ほら、飛んでみなよ!」 「あはは……さ、さすがにできないよー」 伊織さんはずっと笑っている。 「はいカウントダウーン!さん!にー……」 「そんなに言うんだったら君がツインテールして飛べば?」 見ていられず、つい声を掛けてしまった。 今、僕が見ていることに気がついたのか、女子たちは「冗談だよ」と言って屋上から出ていった。 伊織さんだけが、じっと僕を見ていた。 「……何笑ってんの。嫌ならちゃんと言いな」 「…………人は鏡だから」 伊織さんは柵をぴょんと飛び越えて内側に入った。 「人は鏡だから!ずっと笑顔でいれば、相手も笑ってくれるでしょ?……ありがとう、柊真くん。助かった」 人は鏡。そんな考え方を、あんな状況になっても考えてるのか? 伊織さんは強かった。物理的にじゃなく、精神的に。そんな伊織さんは見てて面白くて、かっこよかった。 でも、もう居ない。 僕は初めて、笑顔で泣いた。こんなに泣いたのも、笑ったのも、初めてだった。 空から僕を見た伊織さんが、「惨めだなあ」って笑っていてくれたら、この気持ちはどんなに楽になるだろう。