さわらのあさづけ
2 件の小説愛言葉
拝啓、大好きなあなたへ あなたを置いて、いきなり死んでしまうかもしれない。その可能性がどうにも恐ろしくなって、こうして手紙を書いてみました。まだ私が生きているなら、ここで手紙は閉じて頂戴。 私はずっと、あなたが好きだった。 初めてあなたがくれた花束は、赤いアネモネだったわ。私、とても嬉しくて。本を買って、花言葉を調べたの。 花言葉は、「君を愛する」。 その気持ちに答えたくて、私は小さな花束を作って贈ったわ。ナズナの素朴な花束。 花言葉は、「すべてを捧げます」。 その言葉通り私はあなたにすべてを捧げたけれど、あなたはそうじゃなかった。他の女の子にも花束を贈っていたし、それを問い詰めても「店の付き合いだ」なんて。 あなたが女の子に贈る花束は、チューリップだったりツツジだったりヒヤシンスだったりサザンカだったりしたけれど。その花言葉はどれも「愛」。こんなに薄っぺらい愛もなかなかないわ。 ……それでも、あなたを嫌いにはなれなかった。 だから今こうしてあなたと結婚して、夫婦として歩んでいる。 私はあなたを愛している。これは疑いようのない事実だわ。私に愛を教えてくれてありがとう。ここに、尽きない愛と言葉にならない想いを綴るわ。 敬具、あなたの妻より 追伸 そうそう、この便箋。とても素敵でしょう?白いゼラニウムのあしらわれた、お洒落なレターセットなの。もしよければ、花言葉を調べてみて。私からあなたへの、最後のメッセージだから。
妄想感傷代償連盟
あれは、昨日の夜も更けたころのこと。 私は君の横に座って、注文したシャンパンで喉を潤していた。時間が来て、立ち去ろうとする君の手を思わず掴む。 「ねぇ、待って!もうちょっとだけ、隣にいてくれない?お金なら、いくらでも払うから」 延長時間がとっくに制限に達してしまっているのは知っている。でも、それでも君とできるだけ長く一緒にいたかった。そうすがる私の手を優しく解いて、君は空っぽの笑みで返事をした。 「ごめんなさい、ルールですから。また明日、待っていますね」 「そ、っか。そうだよね。あはは、ごめん。変なこと言っちゃった。また明日、会いに来るから」 君がいなくなったソファには、まだ君の香水の匂いが残っていて。君はもうここにはいないのに、その匂いが私の心を慰める。そんな惨めな自分が嫌になって、半ば逃げるように支払いをして退店する。 「なんで、どこからこうなっちゃったのかなぁ」 君との出会いは2年前。行きつけのホストクラブで新人さんがデビューすると聞いて、私は少ない稼ぎを鞄に詰めてやってきた。 テーブルについてくれた君は無愛想で、笑顔もぎこちなくて。野良猫みたいな可愛さがあった。何度も通ううちに君は次第に笑顔を見せてくれるようになって。 シャンパンなんて夢のまた夢、お店で一番安い赤ワインを二人で飲みながら、君はこう言った。 「ホストに来る客なんて碌でもないって思ってたんですけど、あなたみたいな人もいるんですね。おかげで、仕事頑張れそうです」 その言葉がどれだけ嬉しかったか、君はわからないだろう。その言葉を胸に仕事を頑張って、前よりもずっと増えた給料で君と話す。うまくいっていた、はずだったのに。 君は、私を遠ざけるようになった。君が設けた心の壁に気付かないほど私は鈍感ではいられなくて。 私がいたかった君の隣には、若くて可愛い女の子たちがいる。あの子たちみたいになれたら、どれだけよかっただろう。羨む気持ちごと、視線を送る。 どうして、君はあの頃みたいにそばにいてくれないの?私は、私は君がこんなに好きなのに。 ……そっか、君は、変わっちゃったんだ。私なんて忘れちゃったんだ。なら、仕方ないよね。 だから………いいでしょう? 「お疲れ様、待ってたよ」 店の前で君の退店を待つ。君が戸惑っているのを見ながら、右手に持った注射器を強く握る。それに気づいて後ずさる君だけど、お酒が入っている君が逃げられるわけもない。 「話せばわかる、大丈夫」 そんな言葉、聞き飽きた。君は私を見てくれなかった。それが全てだ。抑えきれない愛と、行き場をなくした理想が暴走する。 動かなくなった君をぎゅっと抱きしめて、肩を貸しながら家路を辿る。さながら、酔った彼氏の介抱をするように。 私を捨てた君はゴミ捨て場に、私だけを見てくれる君は私のそばに。はじめからこうすればよかったんだ。 君の目の前で手首にカミソリを滑らせる。流れる血にも、充満する鉄くさい匂いにも。君は何一つ反応しない。 ………あは、そっか。君はもう、私のお人形になっちゃったんだもんね。背後でテレビがうるさい。今朝は君のニュースで持ちきりだ。 『今日の明け方、ゴミ捨て場に成人男性の遺体が放棄されるという事件が起きました。男性の遺体には粘土の塊のようなものが付着していて、詳しくは現在調査中とのことです。』