斜月

4 件の小説
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斜月

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金魚

私は金魚が怖い。そう、あのひらひら泳ぐ金魚。 笑ったな!よーし、キミはこの話を聞いても果たして笑う事ができるかな? はい、はい、はーい。昔話します。 私ね、子供のころ相当ヤバかったんよ。 二年生くらいで自分の名前を書くのもやっと。計算はめちゃくちゃ。 左利きでしょ?鏡文字が直らないし。 授業中、じっとしていられなくて、センセに関係ないことワーワー話しかけたり。  自分の体の中に台風があって、それが常に渦巻いているイメージだったなぁ。 苦しかった。  それで、お世話係って言うのかなぁ。 同じクラスで、一緒に登校して、勉強見てやってみたいな子が任命されて。 いかにヤバかったかわかるでしょ。 其れがルミちゃん。意地悪な子でね、トロい私はよく虐められたよ。  今でもはっきり覚えてる。 私は毎朝、張り切ってルミちゃんちの玄関のピンポンを押す。 気取ったルミちゃんのお母さんが、ドアを開けてくれる。 ルミちゃんの家は、私と同じ狭い団地だから、玄関から室内が丸見えでさ。  ルミちゃんは台所のテーブルで、ゆっくり朝ごはんを食べている。 私は其れが済むまで突っ立ち、待っている。  玄関には結構立派な水槽があってさ。金魚がたくさん泳いでいた。 私は毎朝其れを眺めながら、出目金は元気だな〜って観察してたんだけど。  ある朝、水槽に変な魚がいるのに気がついた。 金魚にしては白すぎる。綿みたいにふわふわしてる。目玉も、体のいろいろも 飛び出してる。 いや、アンタ生きてるのはあり得ないでしょってゆらゆら泳いでいる。  もしかして死んだことに気がついて無いのかな?  私は怖くて、でも目を離せなくって、ルミちゃんのお母さんに 「この魚、どうしちゃったんですか」って聞いたの。  ああ、ってお母さん、愉快そうに答えた。 「それはねぇ、ルミがふざけて漂白剤につけちゃったのよ」  漂白剤が洗濯に使うものだと知ったのは、随分後の事だったけど、私は崩れた姿で 漂う金魚の生きる執念みたいのが、本当に恐ろしかった。  同時におののき、憧れもした。 いつでも好き勝手に振る舞い、その上当たり前のように生殺与奪の権利まで手にしている ルミちゃんに。  前から嫌いだったけど、そうしていっそうルミちゃんが嫌いになった。  そうしてそれきりルミちゃんの家に行くのはやめた。  うん、話はこれで終わり。  今でもね、時々ぼーっと考えるんよ。 「あの金魚、あの後どれくらい頑張って生きたんかなぁ」って ※後書き※  実話です。ルミちゃん〔仮名〕は実在します。 お互い成人し、社会人となったころ、ルミちゃんとばったり再会しました。 なんと通勤路線が同じだったのです。  意地悪娘の面影などどこへやら、ルミちゃんはすっかり素敵な大人の女性へと 変貌を遂げていました。  会話が巧みで面白く、ものすごくお洒落で、どこかエッジの効いたファッションで、 尖っているんだけど「私、やり過ぎちゃうのよね」と、自分を茶化してみせる余裕さえありました。  何度か二人で飲みに行きました。ルミちゃんはいつでも美味しいお店をセレクトして くれました。  聞けば某有名商社に勤めていると言うのです。 恋人の欲しかった私は、舌舐めずりをし、誰れか紹介してもらうため、尻尾を振る と決めました。  ある時、私に内緒でルミちゃんが商社の同僚と合コンを開いたことが判明しました。  私はやっぱり、ルミちゃんは嫌いだと思いました。          

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金魚

Sさんのこと

 最近ノベリーに参加させて頂きました斜月と申します。 この素敵なスペースで、自由にたっぷり書きたいと思います。どうぞよろしくお願い いたします。  今日は、私の師匠についてお話させて下さい。 うんと年上の友人のことです。名前を仮にSさんとします。  友人が書いてたから、という単純な動機で参加したサークルで、私はSさんと出会い ました。  Sさんはゆっくりと時間をかけて体が動かなくなるという難しい御病気で 車椅子に乗られています。  ハンサムでお洒落で、いつでもぴしっとジャケットをお召しになり、 少し薄い白髪をきちんと撫で付けていて、私が今はこれが流行りですよ、とマフラーの ミラノ巻きを教えて差し上げた時は、それはそれは喜んでくださいました。  もちろん奥様がいらっしゃるのですが、交際中のお若い時分に御病気が襲いかかり、 結婚の資格が無いと別れを切り出したSさんに、奥様はガンとしてそれをはねつけた というエピソードがあり、シビれるばかりでした。  Sさんと出会ったその頃から、私は下手な短編などを作っていましたが、Sさんは随分おもしろがってくれて、どんどん書きなって笑いました。  Sさんはよく言いました。 「斜月ちゃん、上から目線で文章を書いてはいけないよ」と。 「自慢たらしい、偉そうな文はよくないよ」と。  文を書くにあたり、私はそれだけは守ろうと、そうあろうと努力している つもりです。  というか、そもそも私という人間、失敗ばかりで偉そうなことなど、一つも 書くことがありませんが。  長々とおもいで話をしてしまいました。 何故か七年ほど前、Sさんの訃報を聞いたような気もするのですが、信じたくないので 嘘だと思うことにしています。  これから書いていく文を、私はSさんに一番に読んでもらいたいのです。 なぁんて、ああ、こんな事を呟くと、Sさんがほんとうに死んでしまったみたいだから、やめにします。  これからもノベリーを成長の場にして行けたら、と存じます。  私の小説を読み、きっとSさんは優しいお顔にシニカルな笑いを浮かべるでしょう。 そして指摘するのだと思います。 「いいね、でもほらここのところ、登場人物の視点のブレがあるね」 ほら、Sさんはやっぱり死んでなどいない。        

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Sさんのこと

猫課長

プレゼンは大失敗に終わった。今までの準備がすべて水の泡だ。 誤ってパソコンの共有フォルダを移動してしまった時には、まさか発表会場が 特別な権限を必要とする場所で、重要な書類が 取り出せない事態になるとは夢にも思わなかったのだ。 会場には失笑とため息ばかりがうごめいていた。 何も映し出さないプロジェクターの前で、僕は冷や汗をかき、しどろもどろになり、 ついには同行させた後輩に目で助けを求めた。 彼はふっ、と笑い 「内容調査が甘すぎやしませんか?」と吐き捨て、僕を置いて帰ってしまった。 おつかれさんニャ のろくさと後片付けをしていると、取引先の猫課長が来た。 近年めざましい活躍を見せる「話す猫」の中でも特に高い知能を持つ部類に属し、 一族経営である取引先の慣例をやぶり、猫では初めて役職についた切れ者だ。 「か、課長、この度はとんだ不調法を...」 つややかなピンクの肉球の光る前足を鷹揚に振り、猫課長は言った。 「この近くに珍しいカリカリをサカニャに出す店があってね。どうだね?これから一杯」 クィッと猪口を煽る、古臭いポーズ。 はっ、と僕は背筋を伸ばした。喜んでお供いたします。 並んで歩く道すがら、のんびりと猫課長は語った。 あ...歩く時は普通に四足なんだな...僕はぼんやり考えた。 人間は大変だニャあ。頑張って働いても、就職難だ、景気が悪いだなんだって給料も 少なくて。 あげく、ゆとりだとかって馬鹿にされて。 ゆとりの時代に生まれたのは、君のせいじゃニャいのになぁ。 猫課長は僕の脛に柔らかく体を擦りつけた。 「失敗ニャんか誰にでもある。次行け、次」 僕は落ちそうになる涙を懸命にこらえ、足元の猫花課長を小走りに追い抜くと、数メートル 先まで進んだ。 それはとても失礼なことだけれど、猫課長の後を歩き、もしも周りの人に 「男が泣きながら猫を追いかけている」 ように見えたら、もっと失礼になってしまうのだから。

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猫課長

高尾へ

 階段を半分ほど駆け降りた時、下品なおくびに似た音が聴こえた。 それから、扉の閉まる気配。 ホームに佇む私の横を、銀色の電車がゆっくりと速度をあげ、通り過ぎていった。 間に合わなかった。 高尾山口行の電車は、あと十五分待たなければ来ない。 たかだか十五分。でも、ゆったりと待ち構えるほどの心の余裕がなかった。 高尾山には、一度だけ登ったことがある。恋人が一緒だった。 気楽なハイキングのつもりが、きつい行程だった。 「そんな格好じゃ無理だよ」 麗しのサブリナよろしくシャツを臍のあたりで結び、白いバレエシューズを履いた 私を彼は笑った。 途中の神社では寄り添って写真を撮り、頂上でおにぎりを頬張った。 家庭のある彼のくれたただ一つの楽しい思い出だ。 シャツとバレエシューズは汚して駄目にしてしまったけれど。 疲れていたし、腰掛けたかった。空いているベンチを探して腰を下ろす。 ひいやりとしたプラスチックの感触が薄地のスカートを通してつたわり、心地よかった。 「ごめんね。揺らして」 この駅まで大切に運んで来た壺をそうっと撫でる。 ぽってりと艶のある白い壺は、ほんの少しだけ私の手にあまる。 見た目よりずっと持ち重りがした。 なにか紙袋にでも入れればよかったけれど、適当なものが無かった。 なにより、見つめて、触れていたかった。 線路では鳩が遊んでいる。 片脚がもげていて、ヒョコヒョコとおかしな動きをしていた。 おかえりよ、と思う。 早くおうちにお帰りよ。そんなところにいたら、電車に轢かれてしまう... 「寒いですね」 声がした。やあやあというふうに手を動かしながら、見知らぬ男が隣のベンチに腰掛けた。 「もう四月だっていうのに」 スーツを着ているが、サラリーマンには見えない。 手ぶらのせいだろうか。ひどく嫌悪感を覚えた。 「もう桜はご覧になった?」 曖昧にうなずく。 「この辺りはあらかた散ってしまいましたが、高尾の方ではまだまだ楽しめますよ」 知らない。桜は嫌いだ。桜なんてどうでもいいのに。 まごつく私に、ねっとりとした声が尚も絡みつく。 「きれいな壺をお持ちだ」 関係ない。お前には関係ない。この壺は私のだ。 私だけのものだ。 粘つく声は続けた。 「世田谷区芦花公園の事件をご存知でしょうか」 三十代とおぼしき男性の遺体が発見された事件です。 それが...少々風変わりなご遺体なのです。すぐ側の地面にはちょうど壺でも置いたような 正確でまあるい跡があり、おまけにご遺体の一部は... みなまで聞かず立ち上がる。思わず壺を落としそうになり、慌てる。 その時、鳩がようやく飛び立った。薄汚い羽毛がふわりと舞い上がる。 振り返らずにホームの端まで歩いた。 視線を感じていたが、男は着いてこなかった。 どこからか弱々しい泣き声がきこえる。赤ん坊がいるのだろうかと考える。 電車は、まだ来ない。

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高尾へ