1話 一目惚れと失態
私には気になっている人がいる。それはいつもこの図書館の自習席、入ってすぐのところに座っている男の子だ。背は平均くらいだろうか。
もちろん喋ったことはない。共テ数学の問題をひたすら解いていたから、おそらく彼も受験なのだろう。ただ彼と一度だけ、そのパッチリとした二重の目と私の一重の目が合って…。
それは間違いなく、一目惚れだった。私はもともと恋愛気質じゃない、むしろ、誰かを好きになったことは一度もない。好きという感情がわからず、告白されてもそっけなく断ってきた。
だからこそ、距離の縮め方なんてわかるわけもない。相手は受験生、いやいや、私も受験生、そんな恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃない。
でも一度だけ、話してみたいな。迷惑になるかもしれない、それでも、一度だけ。
気づいたら私は自分の消しゴムを持って彼の前に立っていた。私の行動力には驚かされるよまったく。
「あのー…、」
「ん?」
いやここで普通「ん?」なんて出てくるか?絶対モテるじゃんこの人。
そんなことを思ってるとハッと意識が戻る。そうだ、この消しゴムを、そこらへんに落ちてたテイにして、「君のですか?」と聞きたいんだ。
相変わらず私策士だな、とそんなことを考えてる間にも、ずっと彼は不思議そうな目で見つめてきている。
きょとんとした上目遣いでこちらを見つめる姿は、なんだろう、野生の猫が突然足に頬をすり寄せてくるような、そんな破壊力があった。沈黙は3秒くらいだったろうか。
その目にやられて、次の言葉を忘れる。
「大丈夫ですか?」
「あ、えと」
必死に目的と言葉を脳内で探す。言葉の断片を見つける。よし、
「こ、この消しゴム、私のです!」
静寂の図書館に私の声だけが響き、視線を感じる。おそらくそんなに大声は出ていなかっただろうが、その声が鮮明に私の脳内で反芻する。
あ、終わった。たぶん彼から見た私は完全に異常者だ。いやいや普通こんなことになるか?いくらパニクっててもそうはならんだろ!
ならないでほしかった。でもなってしまった。私の初恋は、こうして幕を閉じたのであった…。
「え?どゆことですか?笑」
彼の、優しいのにどこかいたずらっこな笑顔で、エンディングから引き戻される。周りには少しニヤニヤしている人や、何事もなかったように、というより私に気を遣ってだろう、自分の作業に向かっている人などが目に入った。
でもそんなことはどうでもいい。彼だってこんなしゃべったこともない女子高生に突然近くで意味わからないことを言われて恥ずかしかっただろうに、笑いにしてくれたんだ。せめて何もなかったことに。
「あ、いや、そのすみません、人違いでした。」
よし、人違いであっても成り立たない言い訳だがこれでいい。早く荷物を片付けて帰ろう。そしてもう2度とこの図書館には来ない!そう決心し席に戻ろうとした瞬間、彼の声が後ろから聞こえる。
「いや、人違いだったとしてもどゆことですか笑」
逃がしてくれない。鬼畜だ。この男、可愛い顔して中身は鬼畜だ。
でも、今こうして私は彼と会話してるんだ。そう考えると不思議と力が抜けた。もうなるようになってしまえ。
私は彼の耳元で囁く。
「その、ここで理由話すのも恥ずかしいので、外に来てくれませんか?」
また彼はきょとんとして、その後すぐにまた笑顔に戻り
「いいですよ」
こうして私たちは図書館に併設されている公園に出た。