ゆめりん
11 件の小説友達の本音
私のグループは合計で私も含め、6人だ。 出席番号でそれぞれに仮の名前をつけると、11さん、15さん、26さん、27さん(私)、29さん、33さんだ。 今日、15さんが遅刻して5限から来た。 29さんは欠席だった。 お昼ご飯の時、11さんと26さんが私に今の気持ちを伝えてくれた。(33さんは先生にその時呼ばれていた) 11さんは、29さんのことが苦手だそう。 26さんは、15さんのことが苦手だそう。 私は最後まで話を聞いた。 今日、15さんと29さんがたまたまいなかったので相談しようと決めたらしい。 正直、一緒にいたくないそうだ。 15さんのことは私も苦手だな、と思うところはあるけれど、嫌いではない。 29さんのことは好きだ。 だけど11さんと26さんのことも好き。 もう6人で楽しく過ごすことはないのだろうか。 もしそうなら私はどちらに行けばいいのだろうか。 私の愚痴を最後までよんでくれてありがとうございます。 このような経験、みなさんもありますか?
友好関係の正解が見つからない
友好関係は難しい。 今の私のグループでは私を入れて6人。 そのうちの1人の子が最近グループで孤立してきている気がする。 (その子を出席番号が15番なので15さんと今後言う。) もちろん確信は無い。 なぜそう思ったかと言うと、、、 話しかけない。(話しかけられたら返事はする) 冷たい目で見ている。 私と15さんが話しているとグループの子が15さんと離すように私に話しかけてくる。 最初は偶然だと思った。 けれど2週間は偶然ではない。 15さんといたら私も仲間はずれにいずれかはなるかもしれない。 怖い。 だが、確信があろうがなかろうが、私は15さんのことを嫌いに思ったことはない。 15さんを選ぶか、グループを選ぶか。 私には決められない。 今はどちらとも話している。 いつまで続くだろう。
楽しいのに
中学2年生の夏。 私は一軍女子となった。 どうやって?と聞かれても話すと長い。 簡単にまとめて話すとこうだ。 4月、私はいじめにあった。 助けてくれたのが一軍女子。 その勢いでグループに入った。 実際、楽しい。 グループのみんなも楽しそうだし、平和だ。 けど私は心のどこかに別の感情がある。 いつか捨てられるのではないか、と。 去年はぼっちだ。 いじめられて孤立した。 今年もいじめられた。 暴力もあった。 浮いていた。 その過去をもっている人間が、 こんなにもキラキラしている一軍女子と仲良くしてもいいのか、と。 いつか話しかけられなくなったらどうしよう。 かげで悪口を言われていたらどうしよう。 そんな感情がまだ消えない。 一軍グループに入って2ヶ月。 仲は日に日に良くなっている。 私は今楽しい。 みんなも楽しそう。 なのに、なんで、、 私の奥底にある別の感情は消えないのだろう。
目から突然出る塩辛い水
夜、布団の中に入ると今日1日の出来事が頭によみがえる。 休み時間は無理やり作った笑顔でやり過ごし、授業中は当てられ、わからなくて先生にため息をつかれる。 そんな1日を思い浮かべながら目から突然塩辛い水が出てくる。 止めなければ、次の日目が腫れるとわかっていても、どんなに止めようと頑張っても止まらない。 誰かこの塩辛い水を止める方法を知りませんか?
本当の友達とはなんなのでしょう?
みなさん、友達はいますか? 私には一応友達が1人います。 ですが、全然合わないんです。 私は大人しい子と相性がいいんです。 もちろん、合わない子とも仲良くしていかないと将来社会で困ることはわかっています。 ですが、テスト勉強中に、教科書取られてテスト勉強出来ないんです。 他にも消しゴム、シャーペンなど色々なものを取られてしまいます。 返して、やめてと言っても返してくれません。 家で勉強すればいいじゃんっと思うかもしれません。 その子からの通知が止まらないんです。 返事をしなければ次の日、「なんで返信してくれないの!ひどい!」と言われ、クラスの女子に「あの子無視するの!」と言われてしまいます。 持ち物や髪型を変えるだけで、「きも。なにそれ。」 毎日がその繰り返しなんです。 正直辛いです。 先生は勉強以外興味が無いとはっきりいっているので、言いにくいです。 みなさんにもこのようなことがありましたか? または、見かけたことはありますか?
「継続は力なり」
「継続は力なり」 そのことわざは、努力を続ければ自分の力となるという意味だ。 階段で例えると上ることであり、とてもプラスなことわざだ。 だが、本当にそれだけだろうか。 私はその言葉はとても怖い言葉だと思っている。 人は努力をしなければその場所にいるとは思えない。 周りの人が努力する中、なにもしなければ覚えていたことも忘れ、下る方になるのではないだろうか。 この言葉を私はよく耳にする。 言っている人は、おそらく良いことわざだと思っているのだろう。 みなさんは「継続は力なり」この言葉をどのように考え、使っていますか?
マスク女卒業!🎓
コロナが流行っていた時、マスクをつけなくては行けなくなったよね。 つけなくて良くなっても私はマスクを手放すことはできなくなっていた。 −−−−だって私の素顔は良くないから。 マスクをつけてるとほとんど顔が見れないから素顔が隠せてちょうど良かった。 なんでマスク卒業したかって? それはね、、、 ありのままの自分を誰かに受け入れて欲しいからなんだ。 素顔を見て話せるってちょっと相手とより仲良くなったと思わない? それでもね、私の顔を見て、 「ブスじゃんwなんでマスク外したの?まじきも」 っていう人はいたんだ。 私は過去にいじめにあっている。 でもやり直したい。 また誰かと笑いあって過ごしたい。 だから、ありのままの自分を受け入れてくれる人とこれから笑い合いたい。 私のありのままを否定するのなら必要最低限以外関わらなければいい。 私はそんな風に思えるまで成長しました。 マスク女卒業。そして新しい1歩へ。
これからの道がふさがった日
今年から中学二年生になりました。 私は中1の時、いじめられていました。 その時、私の心を支えてくれたのは担任の先生。 また同じクラスがいいと思っていました。 けれど、担任はただ声がでかいだけの先生。 副担任はすみっこにずっといてほとんど話さない。 詰んだ、、、 そう心の中で思いました。 これから私はやっていけるのでしょうか。 クラスに仲良くなった子がいます。 けれど、その子の性格はサイコパス。 私にはあいませんでした。 「別に誰が死んでも良くない?」 そんな言葉が、中1の時の私の頃と重ねてしまう。 「死ね、まじうざい、きも」 思い出す度に胸が苦しくなる。 これから私はどうして行けばいいのでしょうか。
何気ない会話の価値
人はあいさつと同じくらい、日本人は天気のことを話すらしい。私も日常会話に天気はつきものだ。 電車の中でスマホのアプリを見せながら、「明日雪って書いて書いてあるよ」「こっちは雨って書いてあるよ。」どっちが合っているかわからないまま、次の日、カーテンを開けて太陽の光を浴び、空を見て笑う。 朝の待ち合わせ場所で、友達を見つけた瞬間、お互い顔がにやけてしまう。 こんなことで笑っているのはおかしいのかもしれない。 そんな風に笑いながら歩いていると時間を忘れていることが多く、いつのまにかイルミネーションが灯る時間になっている。 イルミネーションの光のおかげでケンカではないが、笑顔で友達とまた明日の天気で言いあらそうのだ。ほぼ毎日言い合っているだろう。 天気予報を見て「この天気になれ」と願っていても思うような天気にはならないことは分かっているのに、それでも願ってしまうのだ。 どちらの願っていた天気にもならないと逆に笑うというより、苦笑いになってしまう。 けれど明日の話になると、さっきまで苦笑いしていた自分たちが嘘のようにまた笑顔へと顔の形が変わっていく。 今日もまた今度こそと願っているが外れてしまうのだろう。 何やってるんだ、私は、とよく思ってしまう。 どれほど毎日願っても今のところ一回も当たっていないことが不思議で、また笑ってしまう。 願っていた天気にならなくてもいい。友達と、天気を当てあう、そのことが楽しいのだ。
今ある日常のありがたさ
お母さん、おはよう お母さん、朝ごはん何? お母さん、手伝うよ お母さん、行ってきます お母さん、車でむかえにきてー お母さん、ただいま お母さん、ご飯なにー お母さん、お風呂入ってくるね お母さん、おやすみ ―一日中、 何度も呼んでる でも、 それが当たり前じゃない日が いつか来るかもしれない