木偶人形の破滅までの旅路
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・・・・・もう朝か。
私は起き上がり、あたりを見回す。自然に満ち満ちた樹海が私の周りを囲んでいる。
昨日雨が降ったからだろうか。湿った泥臭い匂いが鼻に通り抜ける。
しかし、木漏れ日から感じる限り、今日は晴れているようだった。
ちょうどいい。今日はレブル地区まで歩かなくてはならない。雨が降っていては体が錆びてしまう。
私は再び歩き出した。足が少し錆びついているのか、歩くたびにギチギチと嫌な音を立てている。
しかし、私は止まることなく歩き続けた。目指すはレブル地区。今日中に着いてしまいたい。
道すがら、樹の実と果物をいくつか取って懐に入れた。なんでも街の者たちはこぞってこれを食べるらしい。私には味覚が備わっていないのでわからないが、これを売れば少しの資金が得られる。
私はレブル地区の街へと急いだ。
数時間経っただろう。樹海を抜け、ようやく平原へと出た。風が吹き抜けて、自分の着ているマントが揺れる。
樹海とは違って周りはよく見渡すことができ、地平線が続いている。
もう雨の匂いはしなくなっていた。代わりに、草木の揺れる音とともに温かい風が吹き抜ける。
レブル地区も、もう見える距離になっていた。といっても、まだ数キロ先だろう。
私は歩き始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・不意に、馬車のような音が聞こえてくる。
そちらの方を見てみると、馬を二匹連れ、大型の馬車とオークの男が2人。
馬車の荷台は鉄格子状になっていて、中にはいくつかの人影が見える。
おそらくあの風貌からして、奴隷商だろう、とわかった。
売れなかった商品たちが、あの荷台の中に乗っているのだ。
その奴隷商の馬車が、私が来た樹海の方へと入っていこうとしている。
目的は明白だ。売れ残りの商品を処分しに行くのだろう。
それか、焼いて食べるつもりなのだろう。
私は、それを横目に歩き始めた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!っ」
馬車の方から声が聞こえる。私は不意に足を止めてしまった。
「助けてっ!!!」
はっきりと聞こえたその声は、なんとも悲痛なものだった。
・・・女性の声だった。いや、子供の声だろうか。私は馬車の荷台を見る。
もちろん、毛頭助けるつもりなどはない。ただ、気になるだけだ。
荷台には、大人の獣人が2人に異形族が5人。
そして、黒いローブの着た・・・・・・人間の子供が1人。
その子供が、私に向かって声をあげていた。
だが、たすけようとは思わない。私は、利己的に動くようにできている。
他人のために動くなど・・・・・・・・・・
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「「そこの馬車、止まれ」」
私は、2人のオークに話しかける。
「あ?なんだ、あんたは」
馬に乗ったオークの1人が睨みつける。
「「そこにいる者たちを、解放してやれ」」
そういうと、もう1人のオークが馬から降りる。
「悪いな、こっちも商売なんだよ」
「「だが、それらは売れ残りだろう。今この場で解放するのと、処分するのは何が違う」」
そういうと馬に乗ったオークが激昂する。
「なんだと、この野郎!てめぇ、生意気いってんじゃねぇぞ!
兄貴、こいつどうしやすか」
「まぁ、そう言うな。ここは穏便に済まそう。
どうだ旅人さん。あんたがこの奴隷たちの分金を払ってくれるなら解放しよう」
「「あいにく今金はない。樹の実と果物ならばある」」
そういって懐からそれらを取り出す。
「・・・・・・・・・・・・・。あんた、そうとう俺達のことを舐めてるらしいな?」
「「そういうわけじゃ」」
その瞬間、兄貴と呼ばれていたオークが剣を取り出しだ。
荷台からは悲鳴が上がる。
「あんたには、ここで死んでもらうよ。奴隷商がどんな組織かってのを教えてやるよ」
不敵な笑みを浮かべて、私に切りかかってきた。
私はその大振りな攻撃を後ろへ2,3歩飛んで下がり、避ける。
馬に乗ったオークも、剣を取り出し馬から降りた。
「お前、よく見たら、生物じゃねぇな。・・・・・ははっ、そうか。
お前、古代人の作った人形だな?まだ動いてるやつがいたとは!!」
大振りに振りあげた剣で私に向かってきながら、そう言った。
もう1人のオークも合流し、2人がかりで切りつけようとする。
刃渡り40センチ。短剣と言ったやつだろうか。
街の店舗でよく護身用として売られているのを目にする。
「「それは、殺すのには少し不向きだと思われるぞ。刃先が少し丸まっている。
それに・・・・」」
私は振り下ろされた剣を腕で受け止める。
「「私には、このような玩具では傷すらつけられないぞ」」
鈍い音がすると共に剣は私の腕に弾かれ、反動でオークは仰け反る。
私はその隙にオークのみぞおちに強く握りしめた拳をぶつけた。
それを横目に見て気を取られているもう1人のオークへと向かう。
踏みしめる足がギシと嫌な音を立てた。
そして、そのオークにも同様に拳で殴りつけた。
その間は、1フレームほどの時間で、ただのオークには何が起こったのかもわからないだろう。
そして、重い音でドサ、ドサとオーク共が倒れ落ちる音が響く。
1人は気絶していて、もう1人はみぞおちを抑えて悶えている。
「・・・・・ッグ、な、なんなんだ、お前・・・・・・・・。
ただの、古代人のっ、作り出した人形じゃないのか・・・・・・・・・・・」
「「私は古代兵器の一種だ。人形と言われれば、否定はできないが」」
「な、なんだよそりゃ・・・・・」
私はもう一度、蹴りを顎に入れた。オークはぐったりと抱えていた腹から腕を落とした。
死んではいないだろうが、気絶させておいたほうが、私の足取りを追うことはできないだろう。
私は荷台へ近づき、鉄格子に手をかける。
「「今からこの鉄を壊す。その後は好きにするといい。」」
私は腕に力を込めると、左右に引っ張り、鉄格子をひしゃげさせた。
そして、私はその場をあとにした。
後ろから、感謝の声が聞こえたきもするが、そんなものが欲しいから助けたわけではない。
・・・・だが、なぜ私は助けたのだろうか。私の目的は、そんなことではないのに。
目的を達成するまでに、無駄なことはしない。そう、私はプログラムされている。
私は今から1000年前、まだ人間だけが生きていた時代に作られた。
人間たちは私達を、戦争の兵器として作り上げたのだ。私達に命じられた目的は1つ
「敵国の相手を殺すこと」のみだった。
だから、私には目的以外をするようにはプログラムされていない。そのはずだ。
今の目的はレブル地区に向かうこと。それに、奴隷共を助けることなど、不必要なはずだ。
・・・・いや、考えることすらも、目的とは違うことだ。もう、忘れることにしよう。
「なぁ、おっちゃん」
私の歩く足に、何かがしがみついてくる。
そこにいたのは、先程助けた・・・・黒いローブをきた子供だった。
「なぁ、おっちゃん。助けてくれてありがとな。どこ向かってんだ?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・お前に話すことなどはない」」
そう言って私は足から子供を振りのけ、再び歩き出す。
「・・・・・・なぁ、おっちゃん。あんたは何族なんだよ。
ちょー強いじゃん。なぁ、・・・・なぁってば!!」
「「・・・・・・・・なぜついてくる」」
そう言うと、子供の足は止まり、少し俯いたまま話し始める。
「・・・・俺、故郷がさっきの連中に侵略されて・・・・・・・・。
帰りたいんだけど、ここがどこかもわからなくて・・・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
子供の声は次第に弱々しくなり、今にも泣き出しそうだ。
「「・・・・・・・・・故郷はどこだ」」
「それもわからないの、別に知らなくても生きていけたし。
・・・こんなことになるなんて、おもってなかったし・・・・・」
「「私は今レブル地区へ向かっている。近くに村があるはずだ。そこまでは、送ってやる。」」
そういうと人間の子供は目を輝かせた。
私は何をしているのだ、と思う。私は、もともと古代人・・・・・・
約1000年前の古代人に、殺戮兵器として作られたはずだ。
人を助けるなど、プログラムされていない。
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レブル地区。世界で最も貧富の差が激しいとされている地区。
中心部には大きな城や立派な家に協会、店が立ち並んでいる。
しかし、いざその場所から離れた村を見てみれば、どれも小汚いレンガ状の家ばかりであり、
まわりには浮浪者やホームレスがはびこっている。
ここでは争いごとや死傷者がでることも珍しくない。
私達は、そんなレブル地区の村へと足を運んだ。
「・・・・なぁ、おっちゃん。名前はなんていうんだ?」
「「私には名前はない。識別番号はあるが、もう動いている個体は私で最後だろう」」
「名前ないのか?じゃあ俺がつけてやるよ!」
「「いや、依然私には必要ない。
それよりも、お前は故郷のことについて考えたらどうだ。なにか思い出すことはないか。」」
「うーん、周りはとにかく森ばっかりで、いつも父ちゃんがイノシシとか狩って持って帰ってきたりしてた。あとは・・・・そうだ!でかい塔が立ってた!黒くてみんなは近づいちゃだめだって言ってた。」
私は足を止める。
「「黒い塔・・・・・。もしかしてそれはーーーー」
その時、付近で大きな悲鳴が聞こえてきた。私は咄嗟に子供を自分の身にしているマントで隠す。
その声が聞こえた方向を見てみると、1人の大男が立っており、大きめな斧を手に持っている。
悲鳴を出したのはその横にいた女性で、斧を振りかぶっているのに驚いたようだ。
振りかぶっている方向は、まさしく私に向けてであった。その一瞬、大男は10メートルほど離れていたはずだが、私の眼前へととびかかる。
私は、マントを庇いつつ後ろへ避ける。間一髪であった。
おそらくあの斧を腕で受けていたら、今頃私の腕は粉々だっただろう。
奴隷商の連中とは違い、確実に「殺す」一撃であったことはたしかだ。
「「お前は何だ」」
「それはこっちのセリフだ。なぜ、うちの商売の邪魔をする」
「「商売?なるほどお前は奴隷商の連中の1人か。わざわざ私を殺しに来るとはな」」
「ちげぇよ。お前の庇っているガキに用があんだ。」
そういうと大男はマントを指さした。
「そのガキをよこせ。そうすればお前は殺さないでやる。」
「「なぜ奴隷1個人をそこまで欲す。」」
「・・・ッチ。面倒くせぇ。やっぱり殺してやるよ!!」
そう言うと同時にまたもや飛び跳ね、斧を振りかぶる。子供を庇いながら避けるのは、
もうこいつには通用しないだろう。
私は腕を出し、その刃を受け止めた。しかし、やはり私の腕では受け止めきれず、大きな亀裂が入る。
「木偶人形は処分しないとなぁ・・・・!」
そのままの勢いで男は斧の振る力をより一層込める。
「「斧を振るのに集中しすぎじゃないか?」」
私はもう1つの腕で男を殴りつける。
男はその衝撃で後ろへ2,3メートル吹き飛ぶ。
「「殺しに執着しているものは、周りを見るということに無頓着になる。相手を殺すことだけを考えていては、思いも寄らない反撃を食らうことになるぞ」」
「へぇ、そりゃどうも・・・。さすがは古代の兵器といったところか」
「「お前はどこまで私たちのことを知っている。」」
「あ?なんのことだ」
「「私達は殺しのために作られた機械だ。何も、殴りつけるだけが芸ではない。」」
私は、ヒビの入った腕をぐるりと一回転させる。そうすると、腕は崩れ落ち、その中から
鋭利な物体が伸び出す。そして、程なくしてそれは収まった。
「「刃渡り65センチ。これが、私が殺しをするときに使う武器だ。」」
「ッチ、舐めやがって・・・・」
男は立ち上がり、再び斧を手に取る。
「奴隷商並びに、ガナード連盟の名のもとに、お前を殺す」
男はその瞬間、斧を振り上げる動作をする。
しかし、今までとは違った。男は両手で持った斧から片手を外し、懐に回す。
そして、ナイフが3本飛んできた。
懐に隠していたのだろう。私は飛んできたナイフを容易に振り払う。
しかし、その一瞬の隙に男は私の眼の前に来ていた。そして斧を振りかぶっている。
まずいな。判断を見誤った。ナイフは私に当たったところでなんの問題もないが、
もし子供に当たったらと想像してしまった。
このままではガードもままならない。
「殺しに執着してたら、なんだって?!」
勝利を確信した男はニヤリと笑った。
・・・・ッガコッ・・・・・・バキッ・・・・
しかし、男は斧を振りかぶったまま、膝から崩れ落ちた。
「っが・・・・・!お前、何をした・・・・」
それと同時にカランという音が響いた。そこには、粉々に割れた樹の実が落ちていた。
「「レブル地区郊外の樹海は嵐や豪雨に見舞われることが多く、そこにある樹の実は殻を頑丈にしている。並大抵のものでは砕けない。・・・・故にものすごく硬い」」
「「今、私がその樹の実をお前の顎に弾いて当てた。そうすれば、うまくいけば脳しんとうを
引き起こす。お前が勝利を確信し、大振りな攻撃をしたお陰で樹の実を投げる隙ができた。」」
「「敗因はその油断と、殺意だ。周りを見ていないからこういうことになる。
次はもっとしっかりと・・・・・・」」
そう言っている間にも、男は気絶していた。
「「・・・・大丈夫だったか」」
私はマントから子供を出し、顔色を伺う。
「・・・・おっちゃん!すげぇ!!めちゃくちゃ強いよ!!!」
思っていた反応とは違うと思ったが、泣かれるよりかはましだと思った。
「・・・でもおっちゃん。その腕は大丈夫なのか?
・・・ちゃんと治るよな???」
子供は心配そうな顔で腕の鋭利な部分を見る。
「「大丈夫だ。割れた腕からプログラムを組み直す。そうすれば、また腕が再構築される。」」
私は割れた腕を綺麗に拾い、包みに入れた。
「「今日中に中心部にまで行っておきたい。行くぞ」」
私は伸びた鋭利な部分をしまった。右腕が壊れてしまったが、しかたがない。
時間があるときにでも直そう。
子供を引っ張り路地を通過しようとする。野次馬たちはおそれからなのか、引きつった顔をして路を開けた。
「あーあ、あいつ、終わったな。」
「あいつらに目ぇつけられたらもう終わりだよ」
口々にそう聞こえてくる。
そう言われて、確かに気になることがあったのを思い出す。
あの大男、ガナード連盟とかと言ったか。それには聞き覚えがある。
このあたり、レブル地区は往来の国王統治ではなくガナード連盟という団体によって成り立っている。
先程の者はその連盟の者ということだろう。だが、なぜ奴隷商の連中をガナード連盟の者たちは雇っているのだろうか。
はたして先程の大男をぶちのめしたことによって、どのような災害を私達にもたらすのだろうか。