TsuNa銀

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TsuNa銀

おじさんです。猫3匹飼っています。私の文章に貴重なお時間を使っていただきありがとうございます。ついでに誤字、脱字のご指摘と共に感想なんかもいただけたら嬉しくて逆立ちしそうになりそうになります。

いつから食べていないと錯覚していた?

 例えば『私達はもう毒林檎を食べている』としたら、それはそれで納得できてしまう。  前提として、普通の林檎は何も起きない。つまり平穏な日常。  林檎にまつわる逸話は多い。  「アダムとイブ」 善悪と知識の木の実  「イズンの林檎」 時間 生命維持  「ニュートン」 閃き  「白雪姫」 破滅への選択、からの救い  「林檎は木から遠くへは落ちない」 運命や宿命  毒林檎は、  『運命の人に出会える』  『人生が変わる』  たぶん私達はもう食べている。  なぜなら生きていれば起こり得ることだから。  きっとそれはパイ生地から丁寧に作られたアップルパイだ。  間違えちゃったんだろうね。普通の林檎と毒林檎を一緒に煮込んで不規則に生地に並べちゃったんだ。  だから平穏な日常が急に変わったりするのかもしれない。  迷惑な話だよ。こっちはただただ平坦に、平凡に生きて、そしてただただ穏やかに死を迎えられればいいのに。  毒林檎混ぜるなよ。  このおっちょこちょいヤロウが。  でも、やっちまったもんはもうしょうがない。こっちはいつの間にか食べさせられていたんだからどうしようもできない。  でも一応まだ生きているようだし。  じゃあ死ぬまで生きてみるよ。  そうするしかないんだから。  誰が運命の人なのか、誰が運命の人だったのか、これから運命の人に会うのか知らんけど。  これからの人生がどのタイミングでどういう形に変わるのか知らんけど。  落ちた木の下から転がって移動することもできるんだから。  破滅を選択しないように、時に閃いて、時間を気にして、生命を維持して、善悪という知識を身につけてコロコロコロコロ……  しなきゃダメなのかな?めんどくせ。      

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シ。

 良い機会なので死について久しぶりに真面目に考えさせていただく。  私が人生で一番最初に、明確に「死にたい」と思ったのは中学二年生の時だった。  私は虐められていた。  クラスで無視をされていたのだ。  登校拒否にもなった。  若い頃に考えていた「死」は漠然としていた。  ただ「学校に行きたくない」という理由だけで、この世からいなくなりたい。そう思っていたから「死にたい」と思っていただけだった。    二度目は再就職したての時で、不安に駆られすぎて「死にたい」と思っていた。  この時は新しい環境に入り、周りの人々が皆んなスーパーマンに見え、今までやってきたことが全く通じない絶望感と不安に耐えられずに「死にたい」と思っていた。  私はメンタルが雑魚である。  メンタルが雑魚であるが故に、私は弱っている人や、悩んでいる人を自分に重ねてしまう習性がある。  ネットやテレビなどで切ない事件を見る度に、表しきれない怒り、哀しみが湧いてしまうのでそういったニュースは出来るだけ見ないようにしている。  叔母が二年ほど前に亡くなった。  死因は癌だ。  闘病生活は大変そうだった。  抗がん剤治療をしていたが、抗がん剤は味覚を奪うという副作用があるそうだ。  言い方が悪いかもしれないが、余命が少ないということで、父が奮発し、良いお刺身や、良いお肉を用意し、叔母に振る舞った時があったが叔母は元気が無かった。  聞けば「泥の味がする」とのことで、私はなんとも言えない気持ちになった。  そして叔母は抗がん剤治療をやめた。  抗がん剤治療をやめるということは、つまり……。  しばらくして叔母が何かを食べて、明るい顔で「美味しい」と言った時、私はまた、なんとも言えない気持ちになった。  その後、母が糖尿病になった。  初期の糖尿病ということで、薬と、食生活の改善と、適度な運動をということで、母は真面目に実行し、しばらくしたら80キロほどあった体重が50キロ台に落ちていた。  逆に周りに死ぬんじゃないかと心配されるほどに痩せた母が最近乳癌の手術をした。  これも幸い初期の癌だったので癌細胞とその近くのリンパを摘出し、現在は放射線治療を頑張っている。  死を追う者。  死を受け入れる者。  死を遠ざけようとする者。  歳を重ねると「生きたい」と思う気持ちが強くなるらしい。  子供や孫の存在が大きいのか。  特に孫の成長はお年寄りからしたら人生最後の楽しみなのではないかと思う。    私には幸か不幸か子供がいないので、子供の成長を見たいとか、子供のために、孫の成長とか、そういったものも無く、現時点ではいつ死んでも良いと思っている。  ただそれはまだ死を近くに感じていないからだと思う。  体長八十センチのゴキブリが近くにいたらどうする?  私は一目散に逃げるし、絶対触らないし、触りたくないし、見たくもない。  死を受け入れるということは八十センチのゴキブリに触られながら生活するようなことなのかもしれない。  私は八十センチのゴキブリと一緒に生活するくらいなら死にたい。    でも、いつ死んでもおかしくない人は八十センチのゴキブリと一緒に生活できていることを幸せに思うのかもしれない。  どんな死に方をしたいか。  私は八十センチのゴキブリに触られた事に気づかないような死に方がいい。  真面目に考えたつもりが、なんでゴキブリが出てきてしまうのだろう……。  結論として、私にとって死とは『体長八十センチのゴキブリ』のようです。

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私がペットボトルを捨てるまで

怪我をした。 ブロックを足に落として骨折をした。 「しばらく仕事をしなくていい。」 そう思った。 足が動かないので社内業務をやれ。 とのことだ。 両手の指を骨折した。 「社内業務をやらなくていい。」 そう思った。 毎日がエブリデイホリデイだ。 毎日家にいるとお母さんがうるさい。 鼓膜を破った。 「何も聞かなくていい。」 そう思った。 お母さんが筆談してくる。 煩わしい。 目を潰した。 「何も見なくていい。」 そう思った。 何も聞かなくていい。 何も見なくていい。 何もしなくていい。 お前が望んでいるのはこういうことなのか? 違うだろ? お前は『何も出来ない理由が欲しい』だけだ。 みたいなことを頭の中で何周も何周もしてるだけで一向に掃除をしようとしない私です。 動こうとすると、猫が、猫が鳴くんで、構っちゃうじゃないですか。 そしたら写真とか撮って、そしたら過去の写真とか見ちゃって。 そのまま猫を膝の上に乗せて。 そのままケータイ弄り続けて……。 あー、今日も掃除できなかったって。 じゃあ、もう、掃除しないって決めちゃえば逆に良いじゃない。 とか開き直ってしまうのも良くない。 って、分かってはいるんですけど、やっぱりどうしても……あーぁ……。 って、そういう考えがグルグルと頭の中で……………。 って自己嫌悪に陥っているのならそれは間違いであり、正解だ。 まず今日は『掃除を出来なかった日』ではない。 今日は『猫を膝に乗せた日』だ。 客観的に見て、悪くない一日だったのではないか。 そんな毎日がずっと続けばいい。 ただ、今日と明日は違う日だ。 だから明日は今日とはほんの少し違った一日にしてみてはどうか? 例えば『猫を膝に乗せたまま机の上の要らない物をまとめる日』なんていうのはどうだろう。 一気に何かをしようとするからやる気が起きないのではないか? 目の前の何か小さな一つのことに、『まずは』手を出してみたらいい。 十キロメートルの道のりを歩くことを考えるから歩く気がなくなるんだ。 足を一歩、前に出すだけでいい。 そのうち、気付いたら十キロメートル先の目的地に辿り着いているかもしれないから。 このように一見まともそうな理屈を並べて、間違ったことを正解のように、正解を間違ったことのように伝える人を『詐欺師』と言う。 詐欺師は事実のみで嘘をつくのだ。 無駄に長い話をする人には気をつけた方が良いだろう。 ところで今まさに無駄に長い話をしている私は詐欺師なのか? 事実のみで嘘をつけているのか? もしかしたら私は詐欺師にもなれていないのではないか? 言うなれば『偽詐欺師』だ。 偽? 詐欺師ではないということか。 なんだ、良いことじゃん。 そんなことはどうでもいい。 どうでもいい通り越して降りる駅に困ってしまっている。 こんな意味の分からない長い文章をここまで読んでくれた君は相当な暇人なのであろう。 可哀想に。予定ないんだね。 そして、こんな意味の分からない文章を書く私が一番の暇人であることは言うまでもないのだ。 とても可哀想だ。私。予定ないんだよ。 今年も可哀想な私は、猫と、妻と、私の文章を読んでくれている皆様に、感謝しながら生きていきます。 ついでに同僚とか上司とかにも感謝します。 遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。 などという安直なオチで終わってなるものかと! 私はなんとかこの駄文をさらに駄文にするべく無い知恵を振り絞っている。 幸いと言っていいのかどうか分からないが、今、実際に猫が膝の上に乗って眠っている。 こうなったら耐久戦だ。 『耐久?』 と思っただろうか? そう、これは耐久戦。 私と猫の。 題するのであれば、 『猫がいなくなるまで書くのをやめない』 え?マジで? どうすんの?三時間とかこのままだったらずっと書かなきゃじゃん。 いや、「暇」だとは言ったけどさすがにちょっと……。 アナタはこの考えをどう思うだろうか。 『やめればいいじゃん』 まさにその通りだ。 書くのは自分次第だ。 書くのをやめるのも自分次第だ。 いつでもやめられる。 逆にいつでも始められるのだ。 掃除を! 今!まさに目の前にある机の上の空のペットボトルを少し端にずらせば!机の上にスペースが出来ることを私は知っている。 先述した小さな一歩などいつでも踏み出せる。 の に も 関 わ ら ず 私は猫を膝の上に乗せたままケータイに文字を打ち込んでいる。 愚かだ。 ほんと あ、猫どいた。何このタイミング。空気読めんの?猫。 ちなみに『の に も 関 わ ら ず』のちょっと前くらいからテレビを見ていて結構時間が経っている。 よし!ペットボトル捨てよう!絶対捨てよう! あ、改めまして今年もよろしくお願いします。

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私がペットボトルを捨てるまで

にゅーとん

万有引力。 引力は分かる。 万有? 万有る? 調べた。 『この世に存在する全てのもの』 だって。 へー。 つまり不平等だと思っていた世界で、引力だけは平等に働いているということ。 引力。 引く力。 引き合う力。 みんな誰かと引き合っている。 そして出会う。 例えば私が文章を書く。 誰かが読む。 それもきっと引力。 例えばアナタが文章を書く。 私が読む。 それも引力。 例えば誰かが何かで活躍する。 その活躍をみんな応援する。 それも引力。 人を引きつける力。 なんだ、全然平等じゃない。 私は活躍していない。 と、思ったらそれは引力じゃなくて魅力。 惹きつける力。 魅力はきっと不平等。 でも、引力は平等。 ニュートンはリンゴが落ちる様子から引力の法則を発見したという。 リンゴはきっと、ただ落ちただけ。 リンゴ単体でも、ニュートン一人でも、引力の法則は発見されなかった。 私はリンゴであり、ニュートンだ。 アナタもリンゴであり、ニュートンだ。 ニュートンに見つけられたリンゴは落ちたくて落ちたのだろうか? きっと違う。 ニュートンは落ちるリンゴを見つけたかったんだろうか? きっと違う。 ニュートンが落ちるリンゴを見つけたのにも、引力が働いたんじゃないか? 結局、 全てが、 引き寄せたり、 引き寄せられたりしているなら、 『孤独』なんて言葉は本当はいらないんだと思う。

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今じゃなければダメか?

忙しい時に、後回しにしても全く問題ないことを言われると思う。 「それ今じゃなければダメか?」 優先順位が低いことなら、伝えるタイミングはとても重要だと思う。 緊急を要することであれば、そしてその用件が絶対に私しか対応できない件なのであれば、何を差し置いてでも、その用件に対応する。 だが、例えば明日まででもいい。あるいは来週や、その先までの猶予がある場合。そしてその用件に対して私じゃなくても対応できるのであれば、それを伝えるのは相手の様子を見て言うべきだ。 ここで考えたいのは『誰に対して優先順位が高いのか』だ。 多くの場合人は自分を優先する。 『今思い付いたから忘れないように今伝えよう』 これだ。 相手の都合も考えず、自分の『伝えるのを忘れないように』という目的を優先させて、今じゃなくていいことを、今伝える。 で、あるのなら、期限と同時に用件を言え。 「これをお願いします。」 ではなく、 「これをいつまでにお願いします。」 と言え。 もっと言うとメールでいい。 メールしてから「お時間のある時にメール確認お願いします。」 でいい。 そしてメールには5W1Hを書いておけ。 そうすれば、相手の時間を煩わせることなく用件を正確に伝えられるだろう? って教えてもらったから、そのようにメールしたのにも関わらず、 「ごめん。忘れてた。」 と上司の高橋が言った。 お前がやれって言ったから俺はやった。 お前の時間を煩わせないために。 お前が忘れていたことで俺はお前に口頭で用件を伝えた時の時間の何倍もの時間のかかる作業をやらなければいけなくなった。 お前は俺の時間を煩わせたんだ。 それを「ごめん。」の一言で片付くと思っているのなら、俺は毎回口頭で「すみません。お時間いいですか?」と! 謝ると同時に確認をしてから口頭で用件を伝えていたよな? なんなんだ?この現象は?すごくモヤモヤする。 あぁ、分かった。 これが『理不尽』ってヤツだ。 いいだろう。理不尽には理不尽で返してやる。 To:高橋 Cc: 件名:先日の報告の件について  先日はありがとうございました。  また改めてご報告ですが、今週中に私は、高橋さんが思い付く一番嫌なことを高橋さんにしたいと思います。  なぜなら高橋さんに『理不尽』というものを教えて差し上げるためです。  つきましては、明後日の木曜日までに高橋さんが思い付く一番嫌なことを私に教えてください。  教え方はメールでも口頭でもどちらでも大丈夫です。  よろしくお願いいたします。 〇〇工業株式会社 営業部 富岡 送信。と。 「高橋さん、お時間ある時にメール確認お願いします。」 これで良し。 その日、俺が退社しようとしたら高橋が話しかけてきた。 「富岡くん。私が一番嫌なことは、君が会社を辞めてしまうことだよ。」 「承知しました。教えていただきありがとうございます!お疲れ様でした!」 次の日。 俺は辞表を出した。 何も言わず、ただ高橋に渡した。 高橋は一瞬驚いたような素振りを見せたが、何も言わず受け取った。 まさか本当に行動に移すとは思わなかったんだろう。 高橋よ。 これが『理不尽』だ。 「本当に辞めるとは思わなかったけど、辞めてくれて良かったよ。まさかあんな変なヤツだと思わなかった。メールを見た時は背筋が凍ったよ。なんだよ『理不尽を教える』って。」 「ちょっと変わってるなって思ってましたけど、富岡さんってそんなにヤバい人だったんですね。」 「急にだよ?富岡くんに何もしてないのにさぁ。」 「高橋さん忘れっぽいから何かしたこと忘れてるんじゃないですかぁー?ははは。」 「いやいや、だとしてもじゃないかぁ?はっはっは。」 「世の中にはいろんな人がいるんですねー。」 サブタイトル 『辞表怖い』

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あるある言いたい

自分が書いた作品を読み返すとおかしなところが見つかる。 (書いた直後は誤字脱字とか無かったはずなのに……なんであるのか……?) 自分がかなり前に書いた作品に、いいねされると嬉しさが五割増し。 (わざわざ興味を持って遡って見てくれて本当にありがとうございます!) 無かったことにしたい作品が結構ある。 (なぜこんなモノを書いたんだ私は……。) でも「せっかく書いたし……」って思って結局削除できない。 (目を瞑って撮られてしまった写真も思い出。みたいな感覚。) 自分の作品の閲覧数が急激に増えていてビックリすることがある。 (おすすめとかに載っているのか?誤タップが重なったのか?原因は不明。) 逆に引くほど閲覧数が伸びなくて切ない作品もある。 (これは完全に自分が原因。タイトルや書き出しの引きが弱いんだろうな。) 他人の作品に『いいね』をしてコメントを書こうとするが、なんか上手い感じに感想を表現できなくてコメントを諦める。 (本当はコメントしたいんですゴメンナサイ。でも長くなりそうとか、こんなコメントウザいかな?とか思っちゃって書いてないんですゴメンナサイ。) 連載の続きが読みたいがなかなか書いてくれない人がいる。 (書いてくれ頼む。続き読みたいのがあるんだよ。) 他人の作品の誤字脱字に気付いたが、「あえてなのか?」とか考えてしまって指摘できない。 (私の作品の誤字脱字はご指摘歓迎。) 自己紹介文を変えようか迷うが「今更な……」と思って結局変えない。 (いろいろ変えたとて着地点は「おじさん」だからなぁ……。) すごく良いアイデアが浮かんで意気揚々と書き始めて読み返したら大したことない作品になったので全消ししたことがある。 (重鎮の陶芸家の如く!というのは言いすぎ。) 知人には自分の作品を絶対に読ませない。 (だって恥ずかしいじゃないのよ。) 書き始めてしばらくして時計を見て時間の経つ早さに驚く。 (いつの間にか二時間とか経ってたりする。) 結局何か書くことが好きだし楽しい。 (ホントそれ。) みなさんのNoveleeあるあるもあれば教えてほしいです。

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勝ち負けの無い戦い-結論の出ない会議-

「全員集まったな。これより我が軍の会議を始める。議題は『誰が最強か』だ。忌憚の無い意見を出し合い、身のある会議にしよう。」 「御意。我が最強だと思うのはやはり抹茶である。定期的に急に出てくる、あの抹茶だ。」 「なんですって!馬鹿げてる!苺に決まってるじゃない!」 「漢は黙ってノーマル。」 「某はホワイトに一票。ホワイトバニラが一番濃厚な甘味を感じられる。」 「うぬは何も分かっておらん。ホワイトなんざ脂肪分が一番高いのだぞ?」 「きなこ。」 「きなこなど邪道よ?弱くはないけど一番ではないわ。」 「キャラメル&マカデミアは忘れられない。」 「ぬぅ……。失念しておったわ!忘却の彼方より蘇らせるべき輩よ。」 「そういえばいたわね。」 白熱の会議の最中、部下が勢いよく扉を開けて部屋に入って来た。 「申し上げます!た、たけのこが!たけのこの里の軍勢が!攻めて来ました!!」 「な、先手を取られたか!?」 「私はいつでも戦える。」 「アタシもよ。いけるわ。」 「某、参る。」 「よし!迎え打つ!出陣だ!」 「うおー!!!!!」 きのこの山とたけのこの里の戦いは永遠に続く。 私達がどちらかを選べないばかりに。 だが、選ぶ必要は無い。 なぜならこの不毛で幸せな戦いを、私はいつまでも、見ていたいから。

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たまにはこんなの

ルールを守ることだけ が、正しいことじゃない。新しいことに 繋げるには、古い場所 に縛られずに、何処 か新しい場所に行ってみればいい。 何処でもいい。新しい刺激 は時が経てば古くなり、いずれ勲 章に変わる。私は学 文は苦手だった。基礎も何も無い たいした文章じゃないけど、今思 い付いたからこうしてここで 書かせてもらっている。 でも、たぶん使い古された手法で、 こういう文章を書いている人は沢山いる。 ここがスタート地点だ。 ↑一番上だけここから横に読んでみよう。

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情報が少ない

[どうしても死にたい子が目の前にいます] で、 彼?彼女?の『心』を動かす。 どっちに? 生きたい方に? 死にたい方に? 普通は生きたい方に動かした方がいいんだろうね。 ただ私は普通を選びたくない。 情報が少ないということは自由度が高いということ。 この捻くれ大魔神の想像力。見せてやんよ。 まず『どうしても死にたい』とは言っていないはずだ。 彼?彼女?は。 めんどいから『子』でいいか。 なぜなら[目の前にいる]だけだから。 私は見た瞬間に誰かが『死にたがっている』と見抜く目を持っていない。 故に私が見た瞬間に[目の前にいる子が死にたい]と想像出来る情景を思い浮かべてみる。 一 ビルの屋上から今にも飛び降りそう。 二 刃物を自分の首に突き付けている。 三 「俺のことはいいから先に行け!」と言っている。「大丈夫。後から追い付く。」とも言っていた。 四 「俺、この戦いが終わったら彼女に結婚してくれって言おうと思っているんだ。」と相談された。 三と四は男になってしまったが、死にたいと思っている情景は概ねこんなもんだろう。 一番面白くなりそうなのは、三か。 独断と偏見と好みと気分で三を掘り下げてみる。 待てよ。そういえば[目の前にいる]だけだった。 いや、再び待てよ。 「俺のことはいいから先に行け」と言ったヤツが目の前にいる。 そうすればいい。 おいおい、三たび待てよ。 じゃあもう、「どうしても死にたい」って言ったヤツが目の前にいる。でいいじゃん。 何が『死にたいとは言ってないはずだ。』だよ。自分で自分を論破してしまった。あぁ、何をしているんだ俺は。死にたい。 いや、ダメだ。生きる。 スーパー捻くれ大魔神ギアセカンドの名が廃る。 そもそも理由が分からない。 どうしても死にたい理由が。 ただ『死にたい』と思っているだけならよくある。誰でも思うことだ。 しかし『どうしても』という枕詞。 コレは強いぞ。 私はどうしてもラーメンが食べたい時はラーメンを食べる。 どうしても眠い時は寝るし、どうしても勉強したくない時はしない。 『どうしても』と思っていることはそう簡単に諦められない。 さあ、話を戻そうか。 ここからは[どうしても死にたい子]に対して心を動かそうと試みる。 [どうしても死にたい]のであればきっと死ぬ。 残念ながら止められないだろう。 君がどう考えているか分からないが『死に方』について話したい。 どうやって死ぬのか。 自殺なんだと思う。 首吊り? 死んだあと糞尿を垂れ流してしまうらしい。 後片付けをする人が大変だからやめないか? 飛び降り? マジで迷惑。血とかいろいろ飛び散るだろうし。コレも無し。 飛び込み? 一番無い。コレもいろいろ飛び散るだろうし、遺族に電車を停めた分のお金が請求されるって聞いたことがある。本当にやめよう。 ガス。 近隣の住民に迷惑である。臭いしもしかしたら周りを巻き込んでしまうかもしれない。やめよう。 あとは何がある? いや、分かっている。 どうしてもラーメンを食べたい人に「ラーメンを食べたら太るからやめよう。」と言っているのと同じだ。 醤油ラーメン、塩ラーメン、味噌、豚骨、鶏白湯。 結果どれかのラーメンを食べるだろう。 だがラーメンを食べて太っても痩せようと思えば痩せられる。 言わばやり直せる。 しかし死んでしまったらやり直せない。 それでも[どうしても死にたい]のであれば、『絶対に』、『誰にも』、迷惑がかからない方法で死んでくれ。 あるのか?そんな方法が? って考えていくと、死ぬのも面倒くさくならないか? 痩せたいのにラーメンを食べる。 死にたいのに生きる。 先ほども言ったが、生きていればやり直せるんだよ? そうか、好きなものを好きなだけ食べていれば栄養が偏って病気になって死ねるかもしれない。 この案は結構いいんじゃないか? 体に異変を感じても病院に行ってはいけない。 なぜなら君は死にたいんだろう? 好きなものを食べ続けて死ぬのなら本望ではないか。 糖尿病とかになるんだろうか? どのくらいで死ねるのかは分からない。 しばらく生きることになってしまうがそこは我慢してもらう。 大丈夫。好きなものを好きなだけ食べていいんだ。幸せだ。 そうしよう。 じゃあ明日からね。 ちゃんと好きなものを好きなだけ食べるんだよ。 死ねるといいね。 でも生きたいと思ったら生きてもいいよ。 病院に行きたいと思ったら行ってもいい。 君が決めればいい。 今君がやるべきことは『明日から自分の好きなものを食べる』こと。 頑張って食べなよ。

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流木

流木、見たことありますか? 意識して見たことってなくないですか? 「あ、流木だ。」 なんて思ったことないですよね? でもイメージはできますよね? 川を流れている木。 なんでイメージできるんでしょうね? どこかで映像を見たから。 どこかで写真を見たから。 じゃあその映像や写真を撮った人のおかげで流木がイメージできるということ。 待って。 そもそも流木を流している人がいるんじゃないんですか? 上流で、木を切ったり、折ったりして! わざわざ川に流している人がいるから! 誰かが流木を映像に残せて! それをみんながイメージできるようにしているんでしょうが! そんなヤツいねーよ! そう、いねーよ? たださ? 流木を流しているようなことをしてる人はいるよね? つまりみんなが当たり前に知っていることを作っている人。 例えばコタツにミカン。 あれ最初に意識した人誰? 実際起きてる現象? 見たことありますか? でもイメージできちゃう。 当たり前の風景として。 他にもある。 謙譲語。 何あれ? 「聞く」でいいじゃん。 「伺う」って! わざわざ謙ってさ! へりくだるってこんな字なんだね! 謙る。 読めるかぁ!!!! 読めない字を喋らせんなよ!!! 誰だコレ最初に考えたヤツ! 別にいいけど。 つまり、こういうものを最初に考えた人が「上流で流木を切って川に流している人」なんです。 私たちは誰かが切って流している流木を「見た」つもりになって勝手にイメージが湧くように作られてしまっているんです。 別にいいじゃん。 本当に?いいの? 木、プラスチックでできてる木かもよ? だとしたらそれ流木じゃなくて流プラスチックですよ? 流プラスチックを流木だと勘違いさせるために流プラスチックを作っている人がいるかもしれないんですよ? 疑おう。 なんでも。 自分で真実を見極めよう。 他人の言うとおりになんか動かなくていい。 自分で感じて、自分で調べて、自分で動こう。 っていう流プラスチックみたいな文章を今日も私は川に流してますよ。と。 ちゃんとした流木を流せるようになりたいなー。

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