ひまじん

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ひまじん

空白の十日間

“夢”とは、眠っている間に、心に様々な 情景・考えが現れる現象のことである。 その日から少女は夢をみるようになった。 少女が目を覚ますと、見覚えのある白い天井、 その白い天井には、人の手くらいの大きさ の黒いシミがあった。 そのシミを見た瞬間、寝ぼけた頭でも自分の 家のリビングだと少女は理解することができた。 少女は目を擦り、寝る前の自分が何をしていた か探るように辺りを見渡す。 テーブルの上には勉強道具が置かれており、 カーテンの隙間からは夕陽が差し込んでいる。 部屋の中は夕方の不気味で鬱々とした空気で いっぱいだった。 少女は額にかいた不快感のある寝汗を右手で拭う。 ふと、カレンダーが目に入った。 十一月一日から十一月十日まで黒いマジックペンで 一日ずつバツが書かれていたのだ。 カレンダーの過ぎた日にちに、印をつけること 自体はごく普通のことだ。 しかし、少女が気になったのは別のこと。 少女が起きる前はまだ、十一月一日であった。 すると、十日間眠り続けていたということになる。 少女は一生懸命に、脳の細部にまで渡る記憶を探る。 だが、最後に残っていた記憶は夜中にテレビを 見て、そのまま寝てしまったというよくある 寝落ちでしかなかった。 玄関から扉が開く音がした。 ビニール袋が中の野菜やら、肉やらと擦れる 音とともに足音を鳴らす。 母が帰ってきたのだと少女は察した。 「お母さん!!」 少女は混乱とともに安堵を抱えながら、 冷蔵庫に買ってきた物を入れる母親へと駆け出していた。 「どうしたの?!」 冷蔵庫をパタリと閉め、母親は少女の方へ向いた。 「私今日まで何してたの?」 「……どういうこと?」 色々と考えていたことを吹っ飛ばして 聞いてしまったと少女は思った。 母親は訝しんだ顔をしながら首を傾げた。 「…なるほど、ここ十日間寝ていた記憶しか ないと… でも、アタシが見た感じ侑芽は普段通り 起きて過ごしてたしねぇ」 母親…玖海子は頬に手を当て、テーブルの真ん中に置かれた お皿に乗っている煎餅に手を伸ばす。 「でも、本当に記憶がないんだよ!最後にしたことといえばテレビ見たことくらいだし!」 不安や焦りからか少々取り乱しながら、侑芽は話す。 その話を聞きながら、ぼりぼりと煎餅を貪る 玖海子。 「ねえ、聞いてる?私ちょっと怖いんだけど 記憶喪失とかなのかな?」 「不安なら病院とかに行ってみる? 明日か明後日くらいに」 口元に食べかすをつけ、片手にもう一枚の煎餅を持ちながら聞く玖海子を見て、侑芽は「うん」 と不安気に首を縦に振る。 昨日話し合った結果、学校が終わった後に 病院に行くことに決まった。 頭を打ったわけでも、打たれたわけでもないため玖海子はそう判断したのだ。 「おはよう」 教室に入ると、隣の席の女子の高根藻湖という 侑芽の中学からの同級生がいた。 彼女との出会いは中学一年生のとき、隣の席に  なったことがきっかけだった。 それから中学生一年生から高校一年生までの 間、同じクラスで隣の席と奇跡のような 経験を経て、親友よりも相棒と呼べる仲になった のだ。 「おはよー」 少しおちゃらけた雰囲気の藻湖を見て、 今朝まであった乱雑した気分が一気に晴れた。 「どしたの?ちょっと窶れてるよ?」 藻湖は椅子に座ったまま、侑芽の顔を覗き込む ようにして見る。 この様子だと、十日間学校にいなかったという ことはないのだろう。 益々空白の十日間が気になってくる。 記憶を失っているだけなのか、そもそも そこに存在していたのかすら怪しくなってくる。 「ううん、大丈夫!」 侑芽はパッと顔を明るくさせる。 いくら親友といえど、無用な心配は かけたくない。無理に表情を作る侑芽を横目に 「そっか」と藻湖は言う。 立ったまま顎に手を当て、考えていると担任が 教室に入ってくる。チャイムなったため、 侑芽は急いで席に座った。 侑芽の席は教室の後ろの扉から、入ってすぐのところにある。 前には180センチと高身長の男子がいるため、 黒板が見えにくいことがこの席の悩みであり、 利点だった。 数学の授業が始まると、前の男子と後ろの席 という利点を活かして睡眠をとった。

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