ひまじん

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ひまじん

探偵と少女

電話を終えると侑芽の頭は、不安に支配された。 先程の電話では、数名の警察官の声や藻湖の母親の 声が聞こえていた。話の大筋は理解することはで きたが、藻湖の母親の泣き声やら嗚咽やらで 侑芽にはあまり具体的な内容までは知ることが できなかった。 藻湖の母親…都弧とは何度か接したことがあった。 藻湖の家に遊びに行ったときに夕食をご馳走して もらったり、藻湖の昔話で盛り上がったりも した仲だ。 都弧の性格は大胆不敵で頼り甲斐のあるという イメージだった。しかし、藻湖が行方不明に なったという連絡を侑芽にしたときは、弱々 しく生気を失ったような声をしていて、 前に聞いた声とは真反対になっていた。 都弧から電話でかろうじて聞けた内容は 藻湖が昨日の夜、行方不明になったこと。 誘拐の可能性が高いことの二つだった。 自分の部屋でどうすれば良いか侑芽は考えた。 母親の玖美子からは、自宅待機令でていて 外出はできない。かと言って親友が事件に 巻き込まれているのに動けないのは何だか むず痒い。 葛藤の末に一つ思いついたのは、母親に見つからず 玄関を出る方法だった。 これならば藻湖を探しに行けるはずだと 考え、侑芽は準備を始めた。 幸い、母親はリビングでテレビを見るのに集中し ている。部屋には外側から安易で古典的な考え ではあるが、小銭で鍵をかけておいた。 これでしばらくは気づかれないだろうと 侑芽は得意げに鼻の下を指で擦った。 後は気づかれないように家を出るだけだ。 朝ドラに集中している母親の後ろを通り、 足音と息を殺してやっと、玄関の前へ辿り 着いた。 そしてひっそりと靴を履き、玄関の扉を開ける。 扉の隙間からは朝日が見え、それに重なるように 見覚えのある顔とスーツを着た男が立っており、 侑芽の家のチャイムを鳴らそうと指を伸ばしていた。 「え?」 「あ、」 目が合うとお互いに驚嘆したように言葉にならない 言葉を発した。 すると、侑芽は即座に冷静になりチャイムを鳴ら そうとする男の腕を掴んだ。 その後掴んだまま、扉を音を立てずに閉めた。 「どうされました?」 見覚えのある男…名刺に書いてあった名前で いうと木栖理玖。確か、探偵だったかと 侑芽は頭の中で思い出す。 「ちょっと事情があって、少し遠くに行っても 良いですか?」 「あなたに用事があったので、別に構いませんが」 案外あっさりした男の答えに驚きつつも、 少し遠くの小道まで侑芽は急足で歩いた。 「まず、状況を整理しましょうか」 と男が切り出した。 「僕はあなたに用事があって家まで行った。 そこで扉を開けて出てきたあなたに腕を掴まれ 今ここにいるというのが僕の状況です。 次はあなたの番ですよ、何かあったんですか? 何か急いでいるようでしたけど」 男は急に引っ張られ、付いて来させられたという 状況にしては冷静に話していた。 「…私は、実は友人が先日行方不明になってしまっ ていて、それでいてもたってもいられなくて。 その行方を探そうと母親に内緒で家を出てきた っていう感じです」 「やはり、そうですか」 男は侑芽の考えをすでに見抜いているかの ような発言をした。 「へ?」 すかさず、侑芽は頭の中に出てきた疑問を 言葉として発した。 「あなたのご友人…高根藻湖さんの行方が不明に なったということですよね?」 「…まあ、はい…そうですけど」 何を考えているのか全く読めないくらいの 無表情で男はズレたネクタイを結び、 歩き出した。 「では、捜査をご協力いたしましょうか?」 「え、何でですか」 急な提案に侑芽は眉を顰め、警戒する。 「いやはや、実は僕探偵をしているのですけどね。 依頼があまり来なくて、暇をしてたんですよ。 今朝、近所で警察が周辺を歩き回ってるのを みてですねー。 気になって調べてみたところ、近所の女子高校生 が行方不明になったと聞いて。それで色々わかっ て、現在に至るという訳です」 重要な部分を飛ばして説明した、自身を探偵だと 名乗った男に侑芽は動揺と苛立ちをおぼえつつも、 一人では藻湖を探そうにも、あまりにも力不足 であると自覚していた。 目の前の探偵を自称する男に協力を頼めば、 或いは藻湖を早期に発見することができるかもしれない。 そう考え、侑芽は男の提案にのることにした。 「よろしくお願いします」

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少女は夢を見る

少女は夢を見た。 街から離れた場所にある大きな山に入って行く。 その山は、少女が訪れたことも見たこともない山だった。 どころか、後ろに微かに見える街の風景も住宅街や ホテルの看板など、さまざまなものが見える。 普通の街並み、どこでも見れる風景。 だが、少女は依然として見たことがなかった。 少女は夢だと自覚していた。 こんな状況は現実であるはずがない。 夢の中では、自分が自分であることも確認できず、 思考も鈍る。 そんな中で少女はそのことだけは確信していた。 徐々に山の中へ進んでいく。山の大きさも形も わからないまま進んでいく。 歩く時すら自分の体には自我が干渉していなかった。 山の中も自然特有の空気の良さもまるでない、 映像を一人称視点で見せられているそんな感覚。 無機質な空間がずっと奥まで続いていく。 そんな不安定な空間が夢という、不思議で不条理で 出鱈目な事象であることを助長させていた。 山の中をずんずんと歩いていく。 否、歩かされているが正しいだろう。 木々が不自然なほど蠢き、いないはずの虫や 動物達の鳴き声が聞こえてくる。 そんな状態がある程度続くと、目の前には木でできた 小屋が見えた。 何故こんなところに小屋がという、侑芽の 疑問にも間髪を入れずにゆめは小屋の古びた 扉を開ける。 中には蜘蛛の巣が張ってあり、隅を見ると 若干黒ずんでいたり、床は腐っていたりもした。 一般家庭の1人部屋のような広さの小屋の中心 には二つの机と椅子が対面するように置かれている。 一つの机の上を見るとプリントや教科書、文房具など の勉強道具がまるで優等生の机のように綺麗に 広がっていた。 プリントには算数の問題ばかりが書かれており、 どれも小学生低学年でも解けそうなものだけだった。 文字は夢だからなのか、それとも元々の字が汚い のか少女には歪んで見えた。 もう一つの机には参考書が開かれていて、 高校生三年生くらいの内容が事細かく書かれていた。 マーカーが色鮮やかに、付箋がページの合間合間 から飛び出していたりと努力の後が見える。 何の目的でこんな夢を見せられているのか 少女にはさっぱりだった。 「ここわかんない!」 聞こえたのは幼い少女の声だ。 姿は見えないが、声はする。夢の中なのに 声がするという今までにない経験に少女は不思議さ どころか気持ち悪いとさえ思えた。 「んーじゃあ、指使って考えてみて」 「わかった!」 今度は男の声がする。声変わりはしたが、まだ 子供っぽさが抜けていないような、自分の前の 席に座っていた高身長な男子がそんな声を していたので年齢は高校生くらいだと少女は 考えた。 そんなことを考えているうちに幼い少女は 「いーちーにー」 と数字を数え始める。 「わかった!6だ!」 幼い少女の声が元気よく響く。 「正解!じゃあ次の問題ね」 男は優しい声でそう言う。 先程まであった夢の中で声がするという違和感 はとっくに消え失せた。 少女は何気ない日常を耳で感じ、何だかほっこり とする気持ちになった。 この夢の中でいまいる場所も、この声の主が誰 のものなのかもどうでも良くなるくらい 心地が良かった。 「じゃあ、今日はこれくらいにして帰ろっか」 男の声が幼い少女に温かに語りかける。 少女はもう夢の終わりが近いと悟った。 季節の終わりのように木が枯れたり、雑草が 育ったりなど根拠がある話ではなく。 寿命のようにその前日に突然、死期を感じるような そんな本能的な感覚だった。 「うん!」 幼い少女が五歳くらいだろうか、その年齢らしく 幼さと元気が混ざった声で返事をする。 部屋の中心に立っている少女の後ろの扉から ギィー、と少女が最初に入ったときには しなかった、古い扉が開いたときの嫌な 音が聞こえた。 そこで少女の夢は終わった。 侑芽が起きると、額に汗が垂れていた。 何の夢だったのだろうと侑芽は考えながら、 起きて数秒後になった不快なアラーム音をカチッと 止めた。 今までに見たことのない夢だ。 何かこれまでの平凡な人生を一変させる ことが起きるという開始の合図のような 夢だったと侑芽は感じた。 だが、そんなものを感じたのは一瞬で 体を起こしたあとは侑芽はただの夢だ。と 夢の中で話していた人物の声を頭の中で再生 しながら朝の準備に取り掛かった。 リビングに向かうと、母が「今日学校お休みだそうよ」 と朝食を作りながら、スマホのメールをみせてきた。 「何で休みなの?」 「あんたのクラスの子が行方不明に なったから地域の学校が警戒体制になって るのよ」 「誰が行方不明なの」 侑芽は嫌な予感がしながらも恐る恐る聞いた。 「んー、誰かは聞いてないわね まあ、グレたとかその辺の理由でしょ 侑芽も一応危ないかもだから外出禁止ね」 おたまをピシッと向けられ、釘を刺される。 「わかった…」 朝食を食べ、侑芽は自分の部屋に戻った。 そして、スマホで藻湖へ連絡をするために 電話をかける。 着信音が部屋に響くと、2コール目で出た。 速さに驚きつつも侑芽はスマホを耳に当て、 「もしもし」と電話の相手に言う。 「もしもし、侑芽ちゃん?家の藻湖が 今朝行方不明になったの、何か知らない?! 何でもいいの!!」 電話の相手は藻湖の母親だった。 呼吸を荒げ、取り乱した様子で話している。 侑芽は自分の持てる最大限の速さで脳を回転 させ、思考する。 今朝からの嫌な予感は最悪な形で当たったのだ。

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運の悪い探偵

学校からの帰り道、侑芽と藻湖は談笑をしていた。 「昨日読んだミステリー小説が面白くてさー」 侑芽は所謂、文学少女であった。 休み時間は藻湖と話すか本を読むかの二択 しかなく、休日は図書館で過ごしている。 「そんなに面白いなら見てみよっかな! 今度貸してよ」 「でも藻湖、活字苦手でしょ?」 「そんくらい読めるもん!」 頬を膨らませ、腰に手を当てている藻湖を見て 侑芽は微笑ましい気持ちになる。 「ごめんって」 侑芽の謝罪を他所に、藻湖はラーメン屋の 前にある自販機に目を向けていた。 「どうしたの?」 「いや、あれ…」 と指を差した方向には、自販機の下に手を伸ばす スーツ姿の男性がいた。 「え…何あれ、小銭集めてんの?浮浪者かな?」 「ちょっと、侑芽聞こえるでしょ!」 藻湖は肩を叱りつけるようにバシッと叩き、 侑芽は失礼なことを言ったと、急いで口元を 手で覆った。 「ん…ふんぬ…」 手を伸ばし、力んだ声をあげるスーツの男。 諦めたのか、将又取れたのか膝に手を置き 立ち上がり、掌同士をパシパシと拍手を するように払う。 すると、侑芽達の視線に気がついたのか スーツの男は近づいてくる。 「え、何。怖いんだけど」 「侑芽があんなこと言うから…」 とお互いに抱きつくようにして恐怖心を 和らげようとする。 「あのー、僕の財布知りませんかね…落として しまって」 男の口から発されたのは、財布を落として しまったという不運な出来事だった。 「…それで自販機の下を」 眉を顰めながらも、先ほどよりも警戒心をとく。 「そうですそうです。さっき会社もクビになって 財布が最後の命の綱だったので、困ったな…」 紺色のネクタイをクイッと元の位置に戻し、 男はワシワシと首を掻く。 「財布は知りませんね。ところで、交番には 行かれましたか?」 侑芽は財布を落としたら、まず最初に頼るところ の名前を口に出す。 交番という言葉を聞いた瞬間、男は目をハッと 見開いた。 「忘れてた、そうですよね。落とし物したら 最初に行くのは交番ですもんね。 ありがとうございます」 大丈夫かこの人と侑芽は思った。 「では、僕はこれで」 「あ、はい」 侑芽と藻湖は風のように去っていくスーツの男 を見ながら呆然としていた。 「…ん?」 先ほど男が立っていた場所を見ると、 一枚の掌に収まる程の大きさの身分証のような カードが落ちていた。 侑芽が制服のスカートを押さえ、屈んで 人差し指と親指で大事そうに挟んで取る。 よく見てみると、名刺だった。あの不審な男の。 真っ白で味気なく、ポツポツと黒い文字が 浮かんでいる。 中心には木栖理玖と名前らしきものと、 探偵事務所と書かれており、住所も載っていた。 あの人探偵やってるんだと侑芽は名刺を凝視しながら 心底意外そうに思う。 「なにそれー」と、侑芽の持っている名刺を 藻湖は肩に手を置き、背後から覗く。 「これ、さっきの人が落として行ったの。 住所も載っているし届けた方がいいよね」 侑芽は若干面倒くさそうに、藻湖へ振り返る。 「明日でいいんじゃない?今日はもう遅いんだし」 「そうだね」 辺りはもう薄暗く、西陽が二人を照らしていた。 すると、藻湖はくるっと回りながら 「そんじゃ、帰りましょー」 と地毛である、短めのボブの茶髪をふわりと ドレスのように舞い上がらせた。 「…帰ろっか」 藻湖はいつもの能天気さを発揮させていたが、 その能天気さはまるで仮面を被っているような、 秘密に蓋をしている。そんな顔。否、雰囲気と いっても良いだろうか。三年間ほぼ毎日見ている この天真爛漫で能天気な藻湖がいつもとは違う 暗い雰囲気を纏っているのだ。親友であるはずの 侑芽が見逃すはずはない。 だが、侑芽も同様に十日間の記憶がないことを藻湖 に隠している。そのため、藻湖の気持ちが侑芽には 痛いほどわかるのだ。察せられないようにお互い 頑張っている。無理に詮索するまいと、少し 寂しい気持ちになりがら侑芽は心の中でつぶやく。 「んー、脳を検査したところ異常なしですね。 外傷とか出血とかもないので、一時的なもの だと思いますよ。心配であれば大きい病院も 紹介しますけど」 放課後に玖美子と侑芽は脳神経外科に来ていた。 目の前にいる担当の医者は、白髪で60代後半 くらいだろうかだいぶ老けて見える。 だが、玖美子によると老けていればいるほど 医者は信用できると言っていた。 本当だろうか。詐欺にでも遭いそうだなと 侑芽実の母親ながら警戒心のなさを 内心で危惧する。 「ね、なにもなかったでしょ。今後ゆっくり 思い出していけばいいのよ」 玖美子はニコリと微笑み、病院を出る扉を開ける。 ここで侑芽はある考えが浮かんだ。 自分の記憶がなくなっているのだから、記憶が ある母に聞けばよいのではと。 「ねえ、お母さん。私、十日間なにしてたの?」 「うーん、そうねぇ。学校とか外での様子は わからないけど、家の中だとテレビみてたり 勉強したりしてたわよ。結構普段通りだし、 可笑しな行動もしてないから安心しなさい」 桃色の唇に指をゆっくりと当て、頭の中の記憶 を手探りするように考え、家での様子を思い出す と、どうということはないというような表情で 答えた。 「そっか…」 そう言うと侑芽は玖美子の街灯に照らされた 影を踏みながらついて行った。 家に帰ると侑芽は夕飯を食べ、風呂に入り、 寝る前の準備を済ませた後にベットに入った。 侑芽は羽毛布団である。弾力性があり、とても 触り心地が良いため気に入っている。 布団を被っているうちに、侑芽は唐突な睡魔に襲われ、 気絶したよう眠った。

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空白の十日間

“夢”とは、眠っている間に、心に様々な 情景・考えが現れる現象のことである。 その日から少女は夢をみるようになった。 少女が目を覚ますと、見覚えのある白い天井、 その白い天井には、人の手くらいの大きさ の黒いシミがあった。 そのシミを見た瞬間、寝ぼけた頭でも自分の 家のリビングだと少女は理解することができた。 少女は目を擦り、寝る前の自分が何をしていた か探るように辺りを見渡す。 テーブルの上には勉強道具が置かれており、 カーテンの隙間からは夕陽が差し込んでいる。 部屋の中は夕方の不気味で鬱々とした空気で いっぱいだった。 少女は額にかいた不快感のある寝汗を右手で拭う。 ふと、カレンダーが目に入った。 十一月一日から十一月十日まで黒いマジックペンで 一日ずつバツが書かれていたのだ。 カレンダーの過ぎた日にちに、印をつけること 自体はごく普通のことだ。 しかし、少女が気になったのは別のこと。 少女が起きる前はまだ、十一月一日であった。 すると、十日間眠り続けていたということになる。 少女は一生懸命に、脳の細部にまで渡る記憶を探る。 だが、最後に残っていた記憶は夜中にテレビを 見て、そのまま寝てしまったというよくある 寝落ちでしかなかった。 玄関から扉が開く音がした。 ビニール袋が中の野菜やら、肉やらと擦れる 音とともに足音を鳴らす。 母が帰ってきたのだと少女は察した。 「お母さん!!」 少女は混乱とともに安堵を抱えながら、 冷蔵庫に買ってきた物を入れる母親へと駆け出していた。 「どうしたの?!」 冷蔵庫をパタリと閉め、母親は少女の方へ向いた。 「私今日まで何してたの?」 「……どういうこと?」 色々と考えていたことを吹っ飛ばして 聞いてしまったと少女は思った。 母親は訝しんだ顔をしながら首を傾げた。 「…なるほど、ここ十日間寝ていた記憶しか ないと… でも、アタシが見た感じ侑芽は普段通り 起きて過ごしてたしねぇ」 母親…玖海子は頬に手を当て、テーブルの真ん中に置かれた お皿に乗っている煎餅に手を伸ばす。 「でも、本当に記憶がないんだよ!最後にしたことといえばテレビ見たことくらいだし!」 不安や焦りからか少々取り乱しながら、侑芽は話す。 その話を聞きながら、ぼりぼりと煎餅を貪る 玖海子。 「ねえ、聞いてる?私ちょっと怖いんだけど 記憶喪失とかなのかな?」 「不安なら病院とかに行ってみる? 明日か明後日くらいに」 口元に食べかすをつけ、片手にもう一枚の煎餅を持ちながら聞く玖海子を見て、侑芽は「うん」 と不安気に首を縦に振る。 昨日話し合った結果、学校が終わった後に 病院に行くことに決まった。 頭を打ったわけでも、打たれたわけでもないため玖海子はそう判断したのだ。 「おはよう」 教室に入ると、隣の席の女子の高根藻湖という 侑芽の中学からの同級生がいた。 彼女との出会いは中学一年生のとき、隣の席に  なったことがきっかけだった。 それから中学生一年生から高校一年生までの 間、同じクラスで隣の席と奇跡のような 経験を経て、親友よりも相棒と呼べる仲になった のだ。 「おはよー」 少しおちゃらけた雰囲気の藻湖を見て、 今朝まであった乱雑した気分が一気に晴れた。 「どしたの?ちょっと窶れてるよ?」 藻湖は椅子に座ったまま、侑芽の顔を覗き込む ようにして見る。 この様子だと、十日間学校にいなかったという ことはないのだろう。 益々空白の十日間が気になってくる。 記憶を失っているだけなのか、そもそも そこに存在していたのかすら怪しくなってくる。 「ううん、大丈夫!」 侑芽はパッと顔を明るくさせる。 いくら親友といえど、無用な心配は かけたくない。無理に表情を作る侑芽を横目に 「そっか」と藻湖は言う。 立ったまま顎に手を当て、考えていると担任が 教室に入ってくる。チャイムなったため、 侑芽は急いで席に座った。 侑芽の席は教室の後ろの扉から、入ってすぐのところにある。 前には180センチと高身長の男子がいるため、 黒板が見えにくいことがこの席の悩みであり、 利点だった。 数学の授業が始まると、前の男子と後ろの席 という利点を活かして睡眠をとった。

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