名無し
3 件の小説仲直りするためには
彼と大喧嘩をした。 だけど離れられないのが同棲のつらいところだ。 夜、お互い背を向けてベットに入る。 すると彼がちょんとつついてきた。 「寝る前に仲直りしないと駄目なんだって」 「誰に聞いたの」 「この前読んだ本に書いてあった」 何言ってんだか、と笑って振り向く。 本を読むのは苦手なくせに。
僕と魔法使い
魔法使いは、僕に心をくれた。 僕は、魔法使いを大切にしようと思った。 魔法使いは、僕にとって、 たった一人の家族だったから。 魔法使いは僕に目をくれた。 魔法使いが見せてくれる景色が、 僕は好きだった。 魔法使いにそのことを伝えると、 魔法使いは少しだけ口角を上げた。 魔法使いは、僕に手と腕をくれた。 僕は、魔法使いのために物語を書いた。 魔法使いは僕の物語を読み終えると、 いつも笑顔で「ありがとう」って。 魔法使いが笑う顔が好きだった。 魔法使いは僕に耳をくれた。 僕は魔法使いのために曲を作った。 ぎこちなくて、かっこ悪い曲だったけど。 魔法使いは泣きながら「ありがとう」って。 僕の頭を撫でる魔法使いの手が好きだった。 魔法使いは僕に足をくれた。 僕は、毎日、必死に走った。 魔法使いの元へ、急いで帰りたかったから。 魔法使いの服から香る洗剤の匂いが好きだった。 魔法使いは、寝たきりになる事が増えた。 僕の頬を撫でるたび、魔法使いは泣きながら言った。 ごめんね、エミー。 なんで、あんたが謝るんだ。 魔法使いが泣く姿は、僕の心を締め付けた。 魔法使いは、石みたいに動かなくなった。 魔法使いに触れても、ただ冷たいだけだった。 魔法使いが死んだ。 虚無感が僕を包み込んだ。 魔法使いはもう、どこにもいない。 僕は自分の頬に触れる。 石みたいに冷たい。 仏壇には、魔法使いと男の子の写真がある。 僕じゃない。 魔法使いの、たった一人の家族。 魔法使いの、息子。 遺書を見つけた。 それは、魔法使いのものだった。 あなたは私の息子の代わりだった。 あなたを作った時、思ったの。 息子が生き返ったって。 でも、違った。 あなたは、息子とは違う。 好きな所も、嫌いな所も。 死んだ息子に、私は言ったの。 あなただけを愛すわ、って。 名前はエミー。 そう。あなたと同じ名前。 今まで、秘密にしててごめんなさい。 でも、これだけは言える。 私はあなたを愛してるわ。 死んだ息子も愛してる。 ダメな母親でごめんなさい。 僕は、母さんの遺書を胸に押し付ける。 何かがプツンと切れた。 僕は大粒の涙を流す。 涙が止まらない。 それでも、僕は声に出していう。 「僕も、母さんを愛してるよ」
花火
「花火、綺麗だね」 隣を歩く彼女が言う。 「そうだね」 僕は空に打ち上げられる花火を見る。 花火の音が、体の内側に響く。 「来年も一緒に見ようね」 「うん」 僕がそう言うと、彼女は口角を上げる。 「あなた、誰?」 彼女がおかしいと感じるようになったのは、 ちょっとした忘れ物だった。 忘れ物を滅多にしない彼女も人間なのだなと、 その時はそう考えていた。 しかし、彼女の忘れ物は少しずつ増えていた。 「親の名前が、思い出せないの」 彼女の身に、何かが起こっていた。 「おそらく、アルツハイマー病です」 「・・・は?」 聞き覚えのある言葉に、僕は少し戸惑う。 「脳の一部が縮んでくことにより、物忘れなどが生じる病気です」 「でも、彼女は・・・」 「若い人も、アルツハイマー病になるケースがあります」 「あなたの名前も、忘れてしまうかもしれません」 僕の名前を、忘れる? 理解が、追いつかなかった。 「あなた、誰?」 隣を歩く彼女がそう言うと、 僕から少し距離を取る。 「僕は君の婚約者だよ」 「嘘よ、私には彼氏がいる」 彼女はそう言うと、逃げるように走り出す。 しばらくすると、スマホが振動する。 「今、どこにいるの?」 「焼き鳥屋さんの前にいるよ」 「分かった。通話切らないで」 「うん」 僕がそう言うと、彼女は先ほどの出来事を話す。 知らない男が、彼氏面してきたこと。 顔を上げると彼女と目が合う。 自然に、僕の目から涙が溢れてくる。 彼女はスマホを持つ手をだらんと下ろす。 僕は歩み寄り、そっと彼女を抱きしめる。 「ごめんなさい。ごめんなさい。」 彼女は泣きながら、僕に謝る。 「謝らなくていいんだよ。大丈夫だよ」 「私どうすればいいかわからない」 彼女が震えているのがわかる。 「忘れたくない。あなたのこと忘れたくないのに」 彼女は泣きじゃくりながら言う。 こういう時、僕はなんて言えばいいかわからない。 彼女の苦しみは、彼女にしか分からないから 「ねえ、花火見ようよ」 僕がそう言うと、彼女は顔を上げる。 涙の跡がうっすらとある。 僕は指で、その跡をなぞる。 花火が打ち上がる。 花火の音が、体の内側に響く。 無理やり、心臓を動かしてるみたいだ。 「僕は、君を愛してるよ」 「ぇ?」 自分も驚いた。 今まで、言ったことがなかったから。 顔が熱くなるのが分かる。 「たとえ君が僕を忘れても、僕は君を愛し続ける。 僕はそう言って、彼女の顔を見る。 彼女も顔を赤くしていた。 「僕と結婚してください」 僕が愛したのは、花火のような彼女だ。