林渓村 序章
ある寒い冬の昼間。ワンルームのアパートで二人の男女が眉をひそめながら会話をしていた。
男の名前は藤田智洋(ふじたともひろ)。年齢は二十六歳。痩せ型で色白、金髪と左耳につけたピアスがチャラく見えるが、本人曰く“至って真面目”な性格らしい。
女の名前は川田眞希(かわだまき)。年齢は二十五歳。これと言って特徴のないように見える小柄な女だ。
「なぁ、眞希、ここ行かね?」
「何?はやしだにむら?林渓村?どこにあんの、それ?」
「ここから車で三時間くらい走った県境の山奥だってよ。」
「へー、有名なの?」
「なんか昔殺人事件があったらしいけどなー。ま、ただの噂っしょ。」
「あんま気は進まないなぁ…。でも最近再生回数落ちてきてるしねー。」
「そもそも付き合ってもないのにカップルチャンネルみたいなノリでやってるからだろー?」
「だってー、流行ってるじゃん。そういうの。」
二人は付き合っている訳では無いが学生時代からの腐れ縁もあり、共に動画投稿サイト上でカップルチャンネルとして様々な動画を投稿し、視聴者数は一万人を超える程の知名度を持っている。
しかし最近は動画の再生数も低迷、一部では破局の噂(そもそも付き合っていないのだが)も囁かれている始末だった。
「まぁなー。とりま、さっさと準備しろよな。」
「は?まさか今から行く気?」
「あぁー、まぁな。んーっと、カメラのバッテリー、ライト、あと…これは…いらねぇな。」
若干の怒りを表す眞希に苦笑しながら、智洋はそそくさと荷物をまとめる。
「ほんっともう…言い出したらこっちの意見聞かないし、毎回突然決めるのやめてよね。」
眞希は眉間に皺を寄せ文句を言いながらもメイクをし直し、準備を手伝い始めた。
「じゃ、行きますか。」
「ヤラセなし!恐怖の林渓村巡り生配信!今夜十九時頃より!…っと。告知もオッケー!レッツゴー!」
こうして二人は車を走らせた。
まるで恐怖の地へと引き寄せられるかのように…。