魁 皐藍
2 件の小説マゼンタ
「俺、男の子になりたいんだよねー」 「、、、、」 沈黙が降りる。そりゃそうだ。天井に向かって言ってるんだから。返事なんてしてくれるわけがない。 「何でこんな体してるんだろう」 こんな体と言っても言う程女性らしい体つきはしていない。 学校でも男なんじゃないかと疑われることだってあるんだから。 でもそんなこの体つきもいつまで続いてくれるか分からない。 いきなり女性らが出てくるかもしれない。そうなってしまったらきっと怖くてたまらないし、吐きそうになるだろう。分かってる。 1.告白 「は?あんた何言ってんの?」 「いや、ごめん嘘だから」 多分俺は今顔面蒼白だろう。 お母さんは赤いけど。 「今なんて言った?」 詰め寄ってくる。 こりゃまずい、しくじった。 「ごめん、本当に嘘だから!」 半ば悲鳴のようだ。 「嘘つけ!お母さん聞いてたんだからね!何なの?男になりたい"証拠"は⁈」 そのあとの説教は正直覚えてない。多分相当ショッキングだったから。ただ、めちゃくちゃ怒られてお母さんが泣き喚いたのは覚えてる。 喧嘩の後 「あんたはプリキュア見てたから男じゃないよ、女だよ」 と言ってきた。正直「は?」となってしまった。「そんなこと言ったら仮面ライダーとかドラゴンボールも見てたけど?」そう思った。だが、さっきの喧嘩をもう一度するなんて流石に身が持たない。だから俺はにっこり笑って 「そうだね、さっきはごめんなさい、気のせいだった」 と言っておいた。 しかし、この告白が自分のことをどれだけ苦しめることになるか、俺は知らなかった。 2.罰 あの日告白してからもう3年経った。あの告白をして以来、俺が何かするたびに性別について話を持ってくるし、何かと性別にこだわるようになった。昔からかっこいい服が好きだった。 「お母さん、この服がいい」 ズボンを見せた。 「えー?こっちのスカートの方がいい!」 ミニスカート。 履くわけがない。 大体昔からスカートなんて履かなかった。赤ちゃんの時は"着せられてた"けど。 だってそれが正しいと思ってたから。いや、正しいのか? 「スカートとか履かないからいい」 「あんたまたそれだね。男になりたいんでしょ?気持ち悪」 「何でそうなるの?」 少し強めに言ってしまった。ヤバイ! 「は?あんた何その態度?」 怒らせてしまった。 服を買いに行く時は大抵この会話がある。 最近あったのは、母方の祖母と祖父と俺のお母さん、お父さん、弟と夜ご飯を食べに行った時、髪を切った俺を見て祖母が 「いいじゃない!似合ってるよ!格好がいいね。」 と褒めてくれた時、お母さんは、不機嫌そうに、 「この子、男になりたいんだって。だからこんな変なことばっかりしてるのよ。髪を切ったり服もズボンなんか着て。マジで気持ち悪い。」 流石にこんなこと言われたら気まずいに決まってる。 「何でそうなるの!」 しまった!ヤバイぞコレ! 「男になんかなっちゃダメだよ」 笑顔で祖母が言った。 その笑顔が怖かった。 でも場は落ち着いた。お父さんと祖父に聞かれてなくてよかった。お父さんはそういうのは気にしないからまだいいが、祖父はどうか分からない。 死んだら性別も変えられるのだろうか。変えられるのならば一瞬死んでみようか。 飛んだ阿呆だ。 3.もや この三年間で気づいたことがある。それは何か。 男になりたいわけじゃないと言うことだ。あの日男になりたいと言った時は正直なんか違うと思っていた。三年経つ間に、男でも女でもどちらでもないインバイナリーというものについて知った。 その時に俺は、心の中の一人称は俺だけど、別に身体が男になりたいわけでもないし女になりたいわけでもないのだ。何かズレてると思っていた。だから、「もしかして自分は性別のない人間になりたいのだろうか」と思った。だからお母さんに"男"とか"女"とか決められるのは何だか不快で仕方なかった。 だから、インバイナリーというものについて説明を受けた時、心にかかっていたもやが晴れた気がした。 でもやっぱり気になる。 俺はお母さんが言ったようにおかしいのだろうか? キモいのだろうか? 4.価値観 俺はあの時勇気を出してあんなこと言わなきゃよかったとずっと思ってる。怒られると分かってたのに告白をした。自殺行為と同じなのだ。 あの時俺は自分で断頭台に登ったのだ。そして自分で刃を下ろした。 首が落ちた直後はまだ意識が残っていると聞いたことがある。すぐ気を失って死ぬらしいけど。俺は意識が残ったままなのだ。 だから首が落ちてもなお、痛みを感じなくてはならない。 俺がこの痛みとおさらばする時はきっと親元を離れた時だ。そう思っているが、世間の目からは逃れられない。そう簡単には逃げられない。 理解がある人はいても、そんな全員理解があるわけじゃない。甘く見ちゃいけない。 生きてる限りは非難の目だって向けられる。みんながみんな理解してはくれない。 でも俺は俺だ。人生一度きりなのだ。 非難されようたって俺は悪くなんかない。 だって自分でこの性別を望んだわけじゃないんだ。 親元を離れても非難の目からは逃げられない。だが、ずっと何かするたびに非難はされない。だから親元を離れたら痛みとおさらばできる。そう思っている。 だって、少しでも希望を持たなきゃどうにもならないんだ。 仕方ない。 いつまでも甘い俺がいる。 あとがき ここまで呼んでくださった読者様、本当にありがとうございます。 今回はLGBTについて触れさせて頂きました。 普段から別のSNSを使って文字素材を作って投稿してみたり、絵を投稿してみたりなど色々しているのですが、ある日こんなDM(ダイレクトメッセージ)が届きました。 「俺、男の子になりたいんです。おかしいでしょうか?」 もともと自分は性別にこだわるのがあまり好きではありません。それをネットで性別を聞かれた時に明かしていたので、メッセージしてきてくれたのでしょう。この時自分は、「ああ、この子はとても勇気があるなぁ」 と思いました。LGBTについて少しづつ理解が広まってきた現代でも、やはり告白するのはとても勇気が必要なのではないだろうか。そう思っていたので。 自分は、この子の相談を受けたとき、少しでも多くの人にLGBTの方のことを知ってもらいたいと思いました。理解して欲しいんじゃありません。分かって欲しいんです。非難してしまうのは仕方ないです。価値観の違いがあるので。でもそれを悩んでいる本人に言うのか。心の中で留めるのか。そこの違いだと思います。 何だか説得力がありませんね。(笑) 少しでも多くの方にこの作品を読んでもらいたい。そう思っています。 長々と失礼いたしました。ここまで呼んでくださり本当にありがとうございました。 よろしければまた読みにきてください。 ※この話を話にすることに関しては本人様の許可をしっかりいただいております。 ※この作品はノンフィクションとなっています。
泡沫
1.プロローグ 「置いてかないでよ!」 病室に女性の声が響く。瑠璃だ。 「置いてかないで」という言葉がしばらく反芻してから、ピッピッという機械音と、僕と瑠璃の呼吸音だけが病室に満ちていた。 僕は1日、1日のことを全部忘れてしまう。どうしてそうなったのか、どうしてそれに気づいたのか。最初にそれを話そうと思う。 2.家族 目が覚めたら白い壁に白い布団、口元にはマスクのようなものがついていて、体も管のようで繋がれていた。最初は何かと焦ったけど落ち着いてから、ここが病院だということに気づいた。なんで知ってたんだろう?考えていると、白い服を着た看護師さんがやってきた。 「井上さん、お目覚めですか⁈すぐ先生と親御さん読んできますね!」 そういうと、走ってどこかへ消えてしまった。どうやら僕の名前は、井上というらしい。 バンッ ドアを荒く開ける音がして思わず驚いた。 「俊哉!よかった、目が覚めたのね!お父さんもすぐ来るからね!」 そう言いながら女性が寄ってくる。僕の下の名前は俊哉というらしい。 寄ってきた女性が僕の膝の上で泣いている。多分お母さん。 「あの、すみません」 おそらくお母さんなのであろう女性に声をかけた。 「僕のお母さんなんですか?」 女性は急に泣き止んでフリーズしてしまった。聞かない方が良かったらしい。 3.硝子の記憶 そんなこんなで医師の診断を受けた。記憶障害らしい。母も父も泣いていた。僕だけが泣かなかった。僕は事故に遭ったらしい。通りで下半身が機能しないわけだ。その日お父さんがノートを買ってきた。 「このノートにその日あったことを全部書くんだ。記憶が戻った時にでも一緒に見返そう」 「ありがとうございます。」 受け取った。帰り際にお父さんは、家族なんだから敬語じゃなくていいんだぞと言ってくれたから、明日から敬語はやめることにした。 目が覚めたら白い壁に白い布団に眠っていた。最初はどこかと焦ったけど落ち着いてから、ここが病院だということに気づいた。なんで知ってたんだろう? 机を見るとノートが置かれていた。読んでみることにした。 「....。」 どうやら僕の名前は井上 俊哉というらしい。事故で記憶障害になっているそう。 日記は1日前のものらしい。僕の記憶にはないけれど。 看護師さんがやってきた。 「井上さん、おはようございます。気分はどうですか?」 笑顔で聞いてきた。 「気分は....いいです、とても、はい。」 ぎこちない。 「そうですか、それじゃ朝食の方も準備いたしますから」 「すみません」 口を挟んでしまった。 「どうしました?」 看護師さんは不思議そうにしている。当然だ。 「あの、僕昨日の記憶がなくって」 検査を受けた。 どうやら1日、1日のことを忘れてしまうらしい。困った。 お母さんと思われる人物と、お父さんと思われる人物が泣いていた。 なんか、申し訳ない。 これが原因と気づいたきっかけだ。 4.瑠璃 僕がこの現象に慣れてきた頃、夕方だった。小さな整った顔に黒髪の美しいロングヘアの若い女性が現れた。 「俊哉さん、初めまして。私はあなたの恋人です。」 しばらくその女性と見つめあった。 「え?僕の恋人って言った?今。」 戸惑ってしまう。 「言いました。私はあなたの恋人です。」 いやいや、こんな綺麗な人が僕の恋人?ありえない。そんなことを思っていると、写真を見せてきた。 この女性と手を繋いでピースしている写真、浴衣姿の女性と僕。動画も見せてきた。お互いにパスタを食べさせあっている僕と女性。どうやら本当らしい。 「私の名前は安立 瑠璃です。」 素敵な名前だ。彼女にすごく似合ってる。どうやら僕はこの瑠璃という女性に一目惚れしたらしい。付き合ってるらしいけど。 記憶を失った僕と瑠璃の出会いがここだ。瑠璃は僕が1日、1日のことを全部忘れてしまうことを分かっててもここにきてくれていた。その度に僕はノートを読んで瑠璃の存在を知った。夜が来るたびに瑠璃のことを忘れたくなくって虚しくなった。けど朝起きたら全て忘れてる。恋人のことも。こんな酷い話があるだろうか。 5.思い出 8月のある日 「ねえ、今日はこっそりここに泊まりたい。」 瑠璃が言った。 「バレたら怒られるよ?」 「俊哉といられるならそんなの怖くないし。」 瑠璃が不機嫌そうに言う。 僕は瑠璃が怒られるのは嫌だけど、僕も瑠璃と居たかったので、結局一緒にいることにした。共犯だ。 今日は祭りもあるらしく、病院の窓からでも見えるらしい。楽しみだ。 午後8時。部屋の電気を消して、瑠璃と花火を見ることにした。 ドーン 夜空に上がる花火はとても美しかった。けど、花火に照らされた瑠璃の横顔は悲しげだった。 「俊哉」 「何?」 「私と過ごしたこと、本当に全部忘れちゃうの?」 声が震えている。 「....うん。忘れるよ。」 数秒の沈黙のあと 「そっか」 と瑠璃が言った。申し訳なくて、1人で罪悪感に浸っていると、急に目の前が暗くなった。金木犀の....瑠璃の香水の匂いがする。 ヒュー....ドーン 部屋が明るくなった。花火の音がやけに大きく聞こえた。また目の前が明るくなって、瑠璃の顔が目の前に見える。 キスされた。理解した瞬間顔が熱くなってしまった。 「今日のことも全部忘れちゃうんでしょ?私のことも。私、今日すっごく楽しかった!明日もこの話したい!だから、だからちゃんとノートに書いて!私も一緒に書くから!」 瑠璃が笑って言った。 「そうだね。僕も楽しかった。忘れたくない。」 そう言って書いてるうちに0時を回ってしまった。ここで記憶がリセットされた。 6.晩年 瑠璃と日々を過ごすうちに、ノートの冊数もどんどん増えていった。それに比例するかのように、僕の体にも異変が起きていった。 日に日に弱っていく僕。最初に感覚がなくなったのは足だった。動かせなくはなっていたけど、前まで少しは感覚があったのに今は全くない。次に異変が起きたのは腕。もちろん文字は上手く書けない。次に動かなくなるのはどこだろう。そうやって日々怯えていた。しかし、異変は止まらない。ついに手が動かなくなってしまった。だから、瑠璃が日記を書いてくれた。読むのも瑠璃が読み聞かせてくれた。どうしてこうなったのか。誰も教えてくれなかったけど、自分にはもう時間がない気がすることの方が恐ろしくてたまらなかった。大好きな瑠璃と一緒にいたかったから。 「瑠璃」 「どうしたの?」 大好きな人の声。 「僕、死ぬのかな。もう時間がない気がするんだ。」 瑠璃は微かに目を見開いた。やっぱり、何か知っている。 「大丈夫だよ。俊哉は死なない。」 そう言って瑠璃は笑っていたけど、どこか悲しげだった。 もう思い切って言うことにした。 「瑠璃、本当は大丈夫じゃないよね。僕、なんとなく分かるんだ。僕に残された時間は少ないって。この予感が当たってるかは言わなくていい。だけどもし当たってるんだったら、瑠璃にお願いがある。」 「何?」 泣き出してしまいそうな声だ。今瑠璃の顔を見るなんて、弱い僕にはできなかった。 だから顔を見ないまま続けた。 「僕が死んでも僕のこと忘れないでほしい。でも、僕が死んだら新しい人と幸せになって欲しいんだ。わがままだけどお願いだ。でももし、新しい人は嫌だって言うんなら新しい人は無理に作んなくていいから、幸せになってほしい。」 泣き声が聞こえてくる。僕も泣いてしまった。 7.死んでもしばらく耳が聞こえるらしい。 それから3日間、僕たちはずっと一緒に過ごした。最後の思い出作りだ。もしあの世があるなら、僕はそこで瑠璃との時間を思い出して、大事にしたかったから。 「俊哉、知ってる?人間って死んでもしばらくは耳が聞こえるんだって。」 「知らなかった。そんなのあるの?」 「私は分かんないけど、もしあったら私が最後におやすみって俊哉に言う人になりたいなって思って。」 瑠璃が最期のおやすみを言ってくれたら僕はとても嬉しい。そう思った。 「言ってくれたら僕嬉しすぎて生き返っちゃうかも。」 「いや、ホラーじゃん。」 ここで僕は気を失った。 8.泡沫 ピッピッ 音が聞こえる。目を開けると白い壁が見えた。誰かの呼吸音と、機械の音と、僕の呼吸音が聞こえてくる。 「俊哉、おはよう。これから俊哉に最期の読み聞かせをするね。」 髪の長い美しい女性。俊哉っていうのは多分、僕の名前。 「まず最初に、私の名前はー」 かなり時間がたった。彼女は僕の恋人で、僕の名前は井上 俊哉ということ、僕は1日、1日のことを全て忘れてしまう。この前は花火を一緒に見た人で、キスをした人。とりあえず一通り全部分かった。そして僕は自分にはもう時間がないことが分かった。 「瑠璃」 「何?」 泣いていて声が震えてる。 「もし....もしまた来世で僕と出会えたらー」 「嫌、そんなこと言わないで!」 「瑠璃、聞いてくれ」 「置いてかないでよ!」 瑠璃の声が反芻する。 力を振り絞って大きな声を出した。 「瑠璃、聞いてくれ!」 瑠璃は僕のことを見てる。 「瑠璃、もしまた来世で会えたら、また....また僕の恋人になってくれる?」 もう限界だった。涙が止まらない。 「当たり前じゃん。私には俊哉しかいない」 「ありがとう。瑠璃、僕そろそろ逝かなきゃいけないみたい。....もうちょっと僕の方これる?」 呼吸器を外す。 瑠璃にキスをした。僕にとっては最初で最期のキス。 「今までありがとう、どうか、幸せになって。....愛してる」 ツー 「私も愛してる。おやすみ。」 何も見えないけど、僕が大好きな人の声がする。 9.おやすみ ツー 俊哉の病室に私の泣き声と機械音と俊哉の両親の泣き声だけが聞こえる。私が大好きな人。愛してる人。俊哉の手を握る。俊哉と私を暖かくて優しい夏の夕日が照らしていた。