スミレが枯れるまで
「いらっしゃいませ。ご注文は如何なさいますか?」
最近暑くなってきたが水を巻いてあるおかげで気温もちょうど良く、風も気持ちがいい。
私はいつものようにブラックコーヒーを嗜む。
懐かしいようで、慣れ親しんだ珈琲。
今日はなんとなく昔話でも聞いてもらおう。少し苦い話だが、ミルクと砂糖でも入れて甘くして濁しながら話そうか。
これは私が高校生の時の話。
緊張と不安を抱え知らない人だらけの教室に入る。全員が揃い何日かが過ぎ、ある程度話せる人も増えた。
2年が経った頃私にに春が訪れた。恋人ができたのだ。しかし長くは続かなかった。
理由は自分だと分かっていたが告白されて浮かれて付き合っていくうちに好きになっていくだろうという甘い考えが己だけではなく彼女をも傷つけた。
中学の頃に振られて以来好きという感情が分からなくなってしまったのだ。
人を好きにならないというわけではないが好きという感情をいくつかの種類に分類できなかった。人として好きなのか、友達として好きなのか、恋愛感情としてなのか......
そんなぐちゃぐちゃな感情のまま私は友達を好きになってしまっていた。
友達を好きになった私は悩みこそしたが結局は好きならばどれも同じでは無いのかという結論にたどり着いた。
その友達は同性だったが恋愛感情だとも思わなかった。ただひたすらに彼が好きだった。
優しくて綺麗な目、細く綺麗な肌をしていている彼が愛おしく見えた。
華奢な体つきをした彼を守りたい、触れていたい、私を思っていて欲しいなどと勝手な嫉妬と独占欲を抑える。
抱きしめても手を繋いでも彼は私を受け入れてくれた。気持ちを伝えてはいないとは言ってもこんな私を彼は受け入れてくれていた。そんな日常が私は楽しくて仕方がなかった。
楽しいものは終わりが来るのも早かった。
卒業式を迎え、進む道も当然別れる。卒業式当日は呆気ないものだった。彼は終わり次第早々に帰ってしまっていた。
卒業してからしばらくだった頃、彼と一緒に居た時を思い出すと共に、本当は恋愛感情として好きだったのだと私は気づいてしまった。
一緒に居られない、触れられないことがこんなにも悲しくなるだなんて思いもしなかった。
鑑賞に浸り悲しんだところで楽しかった日々は戻っては来ない。彼と会えない時間が増えるほど、恋衣を深く染めていく。
耐えきれなくなった私は電話をして彼に気持ちを伝えようとした。
進学する彼は課題で精一杯で時間がなかったが、自分のことしか考えられないほど好きになってしまった私は何度か電話を断られたが「明日の夜三十分だけでいいから、電話して欲しい。相談があるんだ」なんて嘘をついてまで彼に気持ちを伝えようとした。
気持ちを伝えようと思うと言葉が詰まる。先に考えておいた言葉なんて出なかった。
建前の相談が終わり伝えなければ今日が終わってしまう。恥ずかしさと伝えようとする気持ちが混ざり「今日は月が綺麗だね」なんて口にしたが鈍感な彼には伝わらない。
「言いたいことがあるから直接会って言わせて」
「こんな夜に来るの?笑」
「大事な話だから」
私は覚悟を決めた。
思いを伝えるために来たのに「ごめんね。」その言葉を吐き捨てるようにしながら、私は君を抱きしめる。
儚い最後に思い出を。多分そうやって同じことを繰り返す。この気持ちが溢れたら、お互い自分のせいにしてしまう。思わせぶりのようなことはされたが思っていたのもこちらの勝手だった。
そろそろ目を覚まさなければいけない。この気持ちには目を瞑ろう。
「頑張っ たね」なんて言葉も、気休 めにしかならない。それでも、あなたの夢を見てしまう。すぐ ツボにハマってしまう君を、笑わせる はなしはまだいくらでもあったんだけど......
そんなくだらない気持ちが溢れないように、私は蓋を閉めようと思う。今日もまた、 水溜まりに映る枯れたスミレを眺める。
もう充分だ。出会いなんて分からないから美しく時に棘にもなる。分からなくなったら他の人に聞けばいい。もちろん私にでもお聞かせください。いらしてくだされば珈琲でもご馳走しますよ。何度でもね...笑それでは、またのご来店お待ちしております。