紅居なずな

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紅居なずな

元文芸部

アキに誓う プロローグ

冬の寒さが本格的になって来たある町で1番大きな公園で、家族連れや友達同士で遊ぶ人の多い中に、一人で大きな木を見上げている少女がいた。何やら一心に何かを祈っているようだ。 「樹望!」 母親らしき女性に名前を呼ばれ少女−−佐久良樹望(さくらいつみ)は振り返って声の方へと駆け出した。 「お母さん! お仕事お疲れ様」 「樹望も学校おつかれさま。また木にお願いしてたのね」 「もう一度会えるなら、早く会いたいから」 樹望は、幼稚園の時にこの木の前で出会った青年に好意をよせ、高校一年生になった今でも、「また会おう」と言った青年の言葉を信じて、毎日ここへ来ては姿を探し、いないと分かると木に祈っているのだ。 樹望が幼稚園を卒園する年、彼女は家を飛び出してこの公園まで来たことがあった。シングルマザーで忙しく働いている母の帰りがあまりにも遅く、寂しくなってしまったからだ。もちろん、勤務時間中の母は近くにいるはずもないし、まだ幼い樹望には行動範囲も絞られる。自宅から15分程で着くこの公園の木の下で、幼かった樹望は疲れ果ててうずくまってしまった。 「キミ、どうしたの? おうちの人は?」 そう、声をかけてくれたのが、名前の知らない青年と樹望の出会いだった。 「お兄ちゃん、だぁれ? いつみ、お母さん探してるの。お兄ちゃんは知らない?」 「一緒に来たの?」 青年の問いかけに樹望はゆるゆると首を振った。 「いつもなら帰ってくるのに、帰ってこないの。いつみが悪い子だからかなぁ」 そう言って今にも泣き出しそうな樹望の頭を青年は優しく撫でた。 「樹望ちゃん、お母さんのことが大好きなんだね。きっと、お母さんも樹望ちゃんのこと大好きだと思うよ」 「ほんと? お兄ちゃん、なんで分かるの?」 「樹望ちゃんを見てたらわかるよ。樹望ちゃん、疲れちゃうくらいお母さん探したんだよね。きっとお母さん樹望ちゃんのこと心配するよ。おうちに帰ろう?」 樹望は青年の優しい口調に、なにか言いたそうなのを渋々こらえるように小さく頷いた。 樹望を抱き上げたまま、案内されるように家まで行くと、樹望の母親が心配と安心が混じった顔で立っていた。 「樹望!」 「お母さん! いつみ、お母さん探してたの。公園に行ったら、お兄ちゃんがおうちに帰ったらお母さんいるよって」 「こんにちは。突然すみません」 青年は小さく頭を下げ、樹望を優しく下ろした。 「あら、そうだったの……ありがとうね。なにかお礼がしたいわ」 「いえ、俺は何も……樹望ちゃん、疲れてるだろうし、ゆっくり休ませてあげてください。では、俺はこれで失礼します」 「そう……残念ね。本当にありがとうね」 「お兄ちゃん、おうちに帰っちゃうの?」 青年は樹望に目線の高さを合わせるようにしゃがみ、優しく言った。 「またいつか、あの木の下で会おうね」 「約束?」 青年は樹望の頭を優しく撫でながら頷き、母親に一礼して樹望の家を去った。 その日からずっと樹望は名前も顔も朧気にしか覚えていない青年を探している。

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