藤
7 件の小説去年の冬の回想
「今日はありがとう。また遊ぼうね!」 「もちろん、じゃあね!」 そう言葉を交わして友達とは別れた。 こんなに暗くなるまで一緒にいても朝から降っていた雨は止まない。 帰ってからもう一度外に出る必要があった。恋人にバレンタインチョコを渡すために。足元を濡らしながら帰り、最低限のお直しをする。 手には本命チョコと小物が入った袋。それを抱えながら、待ち合わせ場所の公園へ向かった。 彼の家と公園は近く、雨だったこともあって、私が公園についたら出てくることになっている。 小走りで向かっているとスマホに通知が入った。 『雨だけど、大丈夫?』 大丈夫、と返信をしてから私の足はさらに早く動こうとする。心配してくれてるのだから、ゆっくり向かうのが良いのだろうが。 片手で数えれるほどの街灯が公園を照らしている。広い割に街灯が少なく、真ん中の方は闇と化していた。 左端にあるブランコは良く照らされていて、緊張する私はブランコの柵に腰を下ろした。雨でズボンが濡れたが、腰をあげる気にもなれず、そのまま待つことにした。 公園に入ると同時に送ったラインには既読がついている。 そわそわしているとひとつの人影が見えた。それが彼とは思わず、少しの間見つめる。人影がこちらに視線を向けた時やっと彼だと分かった。 大きめの傘、ゆるいズボンにトレーナー、寒いからか袖から手は出さずにいる。 その姿がなんとも愛らしかった。 他愛のない会話と雨の音だけが公園を包む。二人の間には緊張した空気が漂っていたが、それすらも心地よかった。 少ししてから 「じゃあ、これ」 とチョコを手渡す。湿気で崩れた髪を見せたくなくて、傘を深くさして。 渡す時に彼の手に触れてしまった。あの時の感触は今もまだ微かに残っている。
ただの目標
来年、どこかの小説新人賞に自分の書く作品を応募しようかと思う。 高い高い壁だって分かってるけど、挑戦したい。 何かに没頭したことのない私が、唯一入り込めた世界。 どんな結果になろうとも、やりきる。 挑戦します。 ただの目標宣言−−−−
二ツ目ノ世界
皆様知っていますか? 私達が住んでいる人間界とは別に、もう一つの世界があることを。貴方たちが作り出しているんですよ? なんの事だか分からないって? 仕方がないですね、これからお連れしましょうか。 この話は内密に、お願いしますね。 「……今のは、夢か」 そう呟いて、重い身体を起こした。いつもなら窓からまばゆい光が差し込むのに、今日は灰色の光。 さっきの夢と現実の区別が、未だにできていない。家の中は変わりないし、これは現実なのだろう。 歯磨きをして、顔を洗って、ぴょん、と寝癖のついた髪を整える。何故だか朝食を食べる気分になれず、早めにジョギングをする事にした。最近始めたジョギングだが、朝の空気が気持ちよく、三日坊主の私も続けられている。 家の鍵やスマホを持って家を出た。 「……なに、この空」 空気を思いっきり吸うために空を見上げると、そこには異様な光景が広がっていた。 澄んだ青色、どんよりとした灰色、狂気じみた赤色に、黒色。他にも何色もの色が区切られ、混在していた。例えるならば、市松模様のようだ。ひとつひとつに色があり、そこに留まるわけでもなく動いている。 私の真上は、赤色に煙がかかったような赤灰色…… やっぱり夢から覚めてないのか? 右手をぱちん、少し強めに頬を叩いても、ただただ痛いだけ。これが現実って…ついに私幻覚見始めちゃってるのかな。 まあいい、ジョギングして早く家に戻ろう。気味が悪い。 そして私はようやく走り始めた。いつもは向かってくる風が気持ちいいのだが、今日はそんな気がしない。色々な色が見えるとはいえ、周りは明るくもなく、どんよりしている。身体に触れる空気も生ぬるくて、とても気持ちいいとは言えない。 私はあっという間に細い道から大通りに出た。この通りは、早朝でも人が多くて、今は少し安心する。ただ、すれ違う人の頭上には皆何色かに染まった空がある。……暗い灰色が多いな。直感的にそう感じた。 本当に長い、長い夢なのかもしれない。知っている顔が無いのだ。この時間にこの辺りにいる人は限られていて、挨をするような関係の人も多い。一人もいないんだ、知っている人が。こんなに人がいるのに、誰も。 怖くなった私は、一度立ち止まってスマホを開いた。 「……あれ、なんで」 連絡先フォルダには、ただ一人、私の彼氏のものしか無かった。家族や友達の連絡先が一切無い。考える暇も無く、彼に電話していた。 着信音が遠のいて聞こえるくらい、心臓の音が大きい。お願い、早く出て。 「ん、どうしたの? こんな朝早くに」 「良かった、タクミ君だ」 早朝にかけてしまったから、寝起きのようだったけど、確かに彼の声で心底安心した。 「そうだよ、どうしたの? 何かあった?」 「外でたら、何かおかしくて。怖くなって電話したの」 「そっか、大丈夫だよ。安心して」 キッキイイイイイィィィィ 「! 待って、いや−−−−」 ガッシャァァァン、ズズズ−− 「アミカ?アミカ!凄い音したよ、ねえ!」 何これ、走馬灯……? タクミ君の顔は分かるのに、他の人、全員誰? これ本当に私の記憶? でもどこかで見たような…… 最後の力を振り絞って目を開けると、そこには真っ赤な空が広がっていた。 「嗚呼、そうだ。私の作った“もの”に似てた。……全部」 −あとがき この世界は、人間が書いた“小説”の中の登場人物が住む世界。 空の色は、書かれた人の人生のイメージ色。 灰色が多いということは、皆様……分かりますね? それでは。
それでも生きる
そこそこ順調だった。 成績も運動も、人間関係も普通。 普通以上であれば何でも良くて、それが私にとっての順調だった。 恋愛は少し辛くて、苦しいけど。 それも普通でしょ?だから別にいい。 大きな挫折もせず、なんの目標も無しに生きてきた。 これでいいはずなのに、なんだか最近違うの。 “私は何の為に生きてるの” 将来の夢も無い 支え合う恋人もいない 友達も表面上の関係で いったい何の為に生きているんだろう。 ゲームもテレビも面白くない 最近娯楽が無くなった 楽しい、ってなんだっけ カップルを見ると羨ましいの 幸せそうな、あの顔 羨ましいって気持ちしか、人に思わなくなった “あれ、私って誰だっけ”
台風
「今日は台風か」 「……」 二人の男女がお風呂場から小さい窓を見つめる。 マリの目には珍しく、唐紅(からくれない)の空に見えた。 「今日は、記念日だったよね」 「……」 黙り込んだのはケイト。 ケイトには外の台風が分からなかった。 白く、まばゆい光が見えていた。
高速道路のような
人生って高速道路みたいにならないかな。 たまに「一年って早いよね」って言う人がいるが、全く思わない。体感時間、大丈夫だろうか。 人生が高速道路だったら。びゅんびゅん進むことが出来る。 どれだけ苦労しないだろう。 「お前この世にいないほうがいいよ」 「そうだよ。消えな?」 笑いながら言う二人。昔はよく遊んでいたのに、いつしか豹変した。 「ご、ごめんなさい」 「謝ってないで、屋上から飛び降りればいいのに」 「っ……」 今日はそれくらいで済んだ。 初めて虐められた日から、約一ヶ月。 もう、限界かもしれない。 《高速道路のような人生を送りたかった》 そう紙に書き、二階の自室に置く。 ふっと体が軽くなった。 最後は高速道路のような速さだった。
止まらぬ車
自我を持てば「此処はどこだ」 −−−とはいかないのが夢。 私はどこかのホテルにいた。 自然豊かな山の中にある、白く不自然なホテル。 四人家族だが、父はどこかへ行っている様。 所々の会話を覚えていないが、母と妹と私で、どこかへ行くことになった。 現代っぽいホテルから出て車に乗り込む。 今思えば、おかしいところは山ほどあった。 まず、車の止め方。 少し進めば山から落ちる所に車が停めてあった。 バックして出さないといけない。 私は学生なので、運転ができるのは母だけ。 次に席配置。 車へ乗り込むと、運転席に人はいない。 母は妹と話しながら後ろの席へ座っていた。 「え、なんで此処にいる−−−」 その瞬間。ぐわん、と車が前進した。 運転席に人はいないはず。 まあ、運転ができる母が私の隣にいるのだから、言うまでもないか。 車はどんどん勢いをつけて、山の斜面を走る。 私は「死ぬかもしれない」と絶望していた。 母は、これでもかという位くつろいで、楽しんでいる。 アトラクションかよ。 恐怖で心臓がばくばくしていた。 だが、私が行動しないと止まらぬ車。 母の膝の上にあったスマホを取って父に電話しようとする。 車が揺れ、不安も募り操作しずらい。 「あの車何?」 「やばくない?」 山登りやキャンプをしている人達がいる。 あの人達に助けを求めれば…… 助けて!と言おうとしても、恐怖で声が上手くでない。 そして。 「助けて−−−」 夢から覚めた。 [完]