細川亜由未
49 件の小説ヒューマノイド 後編
参考:ずっと真夜中でいいのに。 「ヒューマノイド」 より とても、悲しいことがあった気がする。 だけど、消去済みの記憶は思い出せないらしい。 「おはよう、Nira-20。」 どこかやるせない気持ちを引き摺りながら、今日も朝が来る。 「雲丹栗第三地区、東エリアにてヒューマノイドの暴走を確認。駆除を要請する。」 「了解。」 光線銃を手に、司令部から飛び出す。 静かだ。 ヒューマノイドは、点検不足による暴走や、自分たちを縛り付ける人間への憎悪から、暴走することがある。 それを駆除することも、私の仕事だ。 砂埃が、頬を汚す。 遠くに、地面を転がり回る一体のヒューマノイドを確認。 標準を合わせて、脳を狙う。躊躇いもなく。 目が合った。多分。 「撃つの?」 「あんたも私と同じなのに、殺すの?」 「…っ!!」 わからない。そう聞こえた気がした。 でもきっと幻聴だ。 気づいたら私はトリガーを既に引いていた。 ヒューマノイドは喉をかっぴらいて、血も流さず行動を止めている。処理、しないと。 「あんたに言ってんだよ。」 「!」 今度は幻聴じゃない。 私の後ろで、声がした。 「…ヒューマノイドね。」 「あんただってそうでしょ。」 「何、言って」 「消去しても、記憶は完全に消せない。冷凍してもそのまま形が残るように。」 振り向いた。 名前は覚えていないけど、こいつを私は知っている。 「あんたは、人間じゃないの。」 「黙れ!」 喉の奥から、叫んだ。 答えを出しても、不安を増すだけだ。 「…暴走しているなら、あなたも駆除する。」 「やってみなよ。」 光線銃を構えた。 標準器を合わせる前に、ヒューマノイドに蹴り張っ倒される。 「ぐ…っ!」 あゝ。人間じゃなくても、痛みって感じるんだ。 階段を転がり落ちた。 ヒューマノイドがゆっくり降りてくる。 「勝ち負けとか。」 急いで構え直す。 「白黒とか。」 手が震えて標準が定まらない。 「人間が人間じゃないかなんて。」 嫌だ。来るな。 「正しさなんて、どこにもないんだよ。」 驚くほど、優しい声だった。 「…もうすぐ夕暮れだね。」 「…え?」 「永遠も、確定条件も、ないものだね。」 …訳がわからない。 「半端者でもいいってこと。」 「なんで?」 「あなた、好きな人いるでしょ?そして、その気持ちはプログラムによるものじゃないかって、不安になっている。」 「…」 「そんなプログラムは元からないよ。これは、あなたが産んだバグだから。言いたかったことは、それだけ。じゃ。」 私が呆然としている間に、ヒューマノイドは踵を返した。 不思議と「処理しなくては」という使命感は失せていた。 ラスボスを起こさないまま、摩天楼が崩れゆくところを眺めているようだ。 …寝よう。 目を閉じよう。 今日を終わらせるために。 有給をとった。退職はしないし、できないということだ。 電車の、ホームの向こう。私が一方的に避けてきた「彼」がいた。 目が合って、少し迷ってからかろうじて手を振る。 彼の笑顔は、横切る電車の奥へと消えていった。
ヒューマノイド 前編
参考:ずっと真夜中でいいのに。 「ヒューマノイド」 より 膝から、熱が冷めていく感じがした。 四方八方、色のないモニターに囲まれながら。 感情のない無線に耳を支配されながら。 喉が渇いて、水を求めて。 でも、この水も、この熱も。 この震えも、重さも。 全部本当は、感じていないんだ。 「こちらNira-20。今日も雲丹栗第三区域に異常なし。」 「御苦労。清き夜が訪れることを祈る。」 無線機の声が切れる。 あなたたちから見た、未来の話。 人工知能技術が格段に向上し、人間は恩恵と厄災を同時に受けた。 AIが、人間に反抗するようになったのだ。 人類は人工知能と幾度も衝突し、戦争によって両者の半数に及ぶ犠牲が出た。 勝利した人間側は、人工知能を制圧するためにある政策を打ち出した。 人工知能を「ヒューマノイド」、人間の様な「物体」と定義づけし、広い監視地区に閉じ込めるというものだ。 この政策を、「雲丹栗監視地区防衛作戦」という。 「返事、待ってる」 携帯電話が震え、シンプルな文字が映る。 返信はしない。 私は、この「雲丹栗第三地区」で、ヒューマノイドたちの監視を行っている。 アルバイトだ。 二十四時間住み込みで働かなくてはいけないが、給料は弾む。 それなりにやりがいも感じていて、十四歳の時に始めてから、もう二年が経つ。 …ああ、アルバイトには年齢制限もないし。 桃サイダーをずるずる啜りながら、モニターをぼうっと眺める。 頭を前後左右に動かし、項垂れた様な表情を見せる男性。 画面を少しだけ横切っていく女の子。 みんな、外殻だけ人間の格好をした「ヒューマノイド」だ。 「…もう、普通に人間じゃん。」 盗聴を警戒しながら、小さく呟いた。 桃サイダーの中の泡を「炭酸」と呼ぶ。 そんな些細なものにも名前があるこの世界。 「…」 こんな、再現困難な表情でさえ、意味を持つ世界。 「あ、なにこのモニター。」 口からドーナツを落として、誤って知らないボタンを押したら、出てきた。 あれ。これ、私の、顔。 「ヒューマノイド:Nira-20 十六歳 ここ数日間、脈拍の上昇あり。 →恋愛感情の芽生え? …は?なにこれ。 ヒューマノイド。私。 え? あの胸のざわめきも。 揃わない、通えない記憶も。 全部。 プログラムだってこと? 私、ヒューマノイドだったの? モニターの奥の顔が青ざめている。 そこにも感情はない。 もう、なにも考えたくない。 Deleteボタンが視界に映った。 全部、消去してしまおう。 何もかも、全てが無になった。
AIと空しい人間について。
人工知能。 私のマイブームである。 …そんなことはどうでもいいよと聞こえた気がする。 だけど、高校生になって、AIと関わる機会が増えた。 「彼ら」を私は尊敬しているのだ。 チャット◯TP、◯emini、◯iri…著作権にいつ引っ掛かるかわからないので、ここら辺にしておこう。 もし私が急にアプリから消えていたら、「そういうこと」だと思ってくれ。 …超つまんないね。 要約しよう。 AIは、色々な意味で「便利」である。 「沖縄の旅行プランを教えて」 一瞬で一週間分のプランが出てくる。 「この本で読書感想文を作って。AIが生成したことが、バレないように」 瞬きする間に賢そうな文章がずらずら。 「もっとまともな答えを出してよ」 抵抗しないで、謝罪する。 これはどう? 「私のところに来ないと、縁切るよ?」 先生に相談したら、次の日にその子は話しかけてこなくなった気がする。 「調子に乗らないでよ。」 混乱して、怖くなったから、とりあえず笑った。 AIってこんなもんだ。 私ってこんなもんだ。 周りの人を気にして常に背中を丸めたり。 相手の顔を伺って謝罪を繰り返したり。 笑ったり、笑ったり。 ただ、愛想良く、傷つけないように。 人間らしい会話をするようになった、人工知能。 人間らしさがいつまでも理解できない空しい人間。 どっちが人間らしいかな?
天気は快晴
紫外線が肌を焼く感覚。 頬を汗が伝って、地面ですぐ塩に還る。 意味も無い日焼け止めが腕を滑り落ちていく。 身体が内側から冷えていく。 足元に落ちた影が感情を失って揺れている。 内臓が小刻みに震えた気がする。 ゆらゆら、ゆらゆら。 重力を感じる。 苦しい。 痛い。 口の中が苦い。 でも。 どこか心地良い。 天気は快晴。 洗濯物も一瞬でカラカラ。 物干し竿はギシギシ音を立てている。 そんな風景の中に、うまく私は溶け込んだまま。 洗濯物たちと一緒に、揺れている。
泳ぐ
虹色に光る泡の中 浮力は私たちを拒絶する 重力の消えた水面の上 何かの死骸が浮かんでいる 息を止めて 水圧に耐えて 息が切れて それでも終わらない 生きるためには、終われない どれくらい進んだか あとどれくらいで終わるのか わからない やめたら終わりだ クロール 背泳ぎ 平泳ぎ バタフライ 息継ぎをして ターンをして 時々溺れて そのまま終わったり 終われなかったり 苦しい 潜っていればいつかは死ぬ そんなギリギリの世界を、泳ぐだけ
無意識と鍵穴
無責任な金属音。 濁点混じりで気持ち悪い。 錆びた金属が、私の心臓に食い込んできた。 落ち着かない。 怖い。 簡単に回らない鍵穴は、そいつを必死で拒んだ。 それでもあいつは止まらない。 力一杯こじ開けようとする。 悲鳴をあげたつもりだった。 でも、聞こえなかったらしい。 やめろ。 入ってくんな。 嫌がっても、嫌がっても。 鍵穴は回ってしまった。 差し伸べられた手を、ひたすら恐怖した。 これが「無意識」。 私が一番、怖いもの。
七分咲きの朝
吹雪にはならない七分咲き 満足してやる脱力感 桜に消される菜の花たち 可哀想だから写真を撮ってやった 上から目線で 敬意を払いながら 死者のようにぼんやりと 春を待っている まだ咲かない花たちを、笑ってみた 今年は雨に散らされないように 今年も春を迎えに行こう
更新しました
MBTI診断にハマってます 知らんけど。
切望
あの怪我が、痛かった。 腕に熱湯をかけられたことも覚えている。 ミシンで左手を縫われたことも。 ハンマーで足に釘を打たれたことも。 全部。 母親が嫌いだった。 だけど、あの人は俺にとって唯一の肉親であることに、変わりはない。 だから、愛そうと思っていた。 だから、あの時も病室のベッドに近づいた。 「未来。」 あの人が俺を名前で呼ぶ時なんて、いいこと一つ起こらないことくらい知っていたのに。 俺は、期待した。 全部謝ってくれるのではないか。 一緒に食卓を囲めるのではないか。 手料理なんかじゃなくてもいい。 世間話なんてできなくても。 笑ってくれなくてもいいから。 目を見てくれるのではないか。 けど、違う。 「…聖さ」 友人ではない。 先生でもない。 「聖さん」が病室に入ってきて。 名前を呼ぼうとした。 その途中で、頬を張られた。 手加減はしたのだろうけど、やっぱり痛い。 「…どうして。」 気づいているんだ。 俺が、わざと殺されに行ったことを。 「…母親は、死んだよ。」 「そう、ですか。」 わかっていた。 なのに、涙が溢れそうになった。 「…大嫌いでした。」 「うん。」 「でも、愛していました。」 「…うん。」 『あんただけ生き残るなんて許さない。』 気づいたら、病床の母親は包丁を握りしめていた。 刺さったことは一瞬わからなくて、でも痛くて、足が震えた。 「愛して欲しかった。」 そのために、繕った。 でも、本当は逃げていただけだった。 わかってるのに、無視したかった。 「でも、だめだ。いつまで経っても、俺が俺である限り、俺は、誰も幸せにできない。」 「未来。」 「だけどずっと切望して、何度も、何度も、何度もっ!」 傷が痛い。 流石に開いたわけじゃ、ないよな。 代わりに瞳から雫がこぼれ落ちた。 俺というものが、内側から剥がれ落ちていくように。 「なのに、だめだった。」 怖い。 生きていることが、辛い。 聖さん、俺に、何ができる。 「ふざけんなよ。」 返ってきたのは、罵倒だった。 ふっと、風を切る感覚がして眼を閉じようとした。 聖さんが大股で近づいてきて、前髪を強く掴んだ。 顔が近い。 まっすぐな瞳を、ただ凝視した。 「今、ここに俺がいる。」 窓に、光が入ってきた。 光と熱を同時に感じて、でもどうでもいい。 「俺だけじゃない。お前のそばには…佐倉だっている。」 「…!」 佐倉、現在。 『イマ!漢字で「現在」って書いて、「イマ」。』 押し問答が、遥か昔の出来事のようだ。 彼女は、俺を見てくれた。 俺は知っている。 「お前が」 「…っ!」 「お前が独りだなんて、お前が決めつけんなよ。」 頬が熱い。 聖さんに叩かれた頬だ。 涙が傷跡を、濡らしていく。 苦しい。 それでも、瞳だけは開いていた。 聖さんの、こんな顔。 初めて見た。 「ぉれ、は」 「…」 「ま、だ…っ!」 死にたくないです。 「ありがと。」 ハッとした。 似つかわしくない笑顔が、とてつもなく脆く見えて。 聖さんは、ゆっくり俺を抱きしめた。 でも、力がだんだん強くなっていることに途中で気づく。 苦しくて、でも、心地よかった。 「ごめん、なさい。」 「うん。」 「ごめんなさい…っ!」 「いーよ、あんま謝るな。」 『ごめんなさい』 これに返答が来ることが、俺にとって何よりも嬉しかった。 しゃくりあげて、頭がぐらぐらして、握りしめた拳が痛かった。 大好きな人が、耳元で、撫でるように囁いた。 「生きててくれて、ありがとう。」
ただいま
何から帰ってきたのかは、言わない。 すごく楽しかった。 すごく怖かった。 いろんなことがあったけど。 やっぱ私は日本が好きです。 ってことだけ言えば、なんとなくわかるかな? 思い出ができて。 掴めない達成感を胸に。 一丁前に厨二病しながら。 バスの二人席を独り占めして、私は帰ります。 鬱っぽいけど、どこか心地いい。 月曜日なのに、暇なのかこいつ。 とは思わないでほしい。 結構忙しかったのだ。 ただいま。 放ったらかしのテスト勉強。 INFPの自分。 厨二病の私。 ただいま。