「キモチ」
私の気持ちを、この人は知らないのだ。
「……」
私は、何も言わなかった。言えなかった。
そしてそのまま無言で立ち尽くしていたら、やがて――
「あーもうっ!」
突然、お姉ちゃんが声を上げた。
「なんなのよあんたは! そんなにあたしと喧嘩したいわけ!?」
「……別にそういう訳じゃ……ないけどさぁ……」
「だったら黙ってないで何か言いなさいよ!」
「……」
だけどやっぱり私は何も言えないまま、また口を閉ざしてしまう。
だって仕方がないじゃない。何を言えばいいのか分からないんだもの……。
「ああもうイラつくわね! 本当に何なのよあんたは!!」
「……ごめんなさい」
そうして結局、最後には謝ってしまう私。……ダメだ。こんなんじゃいけないのに。
(ううん、違うよね。本当は分かってる)
私が素直になれない理由なんて、たった一つしかない。
それはただ単に―――怖いだけなのだ。
(お姉ちゃんに嫌われてしまうことが怖くて……だからどうしても素直になれなくて……でも、それなのにどうしてだろう?)
ふと気付くと、私の頬には涙が流れ落ちていた。
そのことに自分でも驚いているうちに、さらに涙が溢れ出してくる。……どうしよう? 止まらないや。
(あれ? おかしいな。なんで泣いてるんだろう? 泣きたいことなんか全然無いはずなのに……)
「ちょ、ちょっと……?」
「えぐっ……ひくっ……」
嗚咽を漏らしながら、それでも必死になって泣くまいとするけれど、しかし涙は次から次に零れ落ちてきてしまい、まったく止まる気配を見せてくれなかった。
すると、そんな私の様子に気付いたらしいお姉ちゃんが、そっと近付いてきて、優しく頭を撫でてくれた。
「ごめんね。ちょっと強く言い過ぎたみたい」
「……ひっく」
「でも、これは本当のことだからね。嘘偽りのない本音だよ」
「……えぐっ……ほ、ほんとぉ?」
「うん。ホント」
「……ぐすん……そっかぁ」
私は、安心したような気分になっていた。……そうだよね。お姉ちゃんがこんなことで怒るような人なら、最初からこうして私達と一緒に暮らしてなんかいないはずだもんね。……きっと、私が勝手に勘違いをしていただけだったんだ。
それに気付かせてくれたのは、他でもないこのお姉ちゃんなんだと思う。
(……やっぱり凄いなぁ、お姉ちゃんは)
「ねぇ……お姉ちゃん」
「ん? なに?」
「あのね、わたし――」
「あーもう!! いつまでやってんだよお前らは!!」
その時、いきなり背後から聞こえてきた大声に、思わず飛び上がりそうになる。
振り返るとそこには、何故か少し怒った様子のお父さんの姿があった。
「え、お父さん!? ど、どこ行ってたの!?」
「トイレだよ!……ったく、いつまで経っても帰ってこないと思ったら……」
そう言って、呆れたように溜息をつくお父さん。
そこでようやく気付いたんだけど、言われてみると、確かにもう結構遅い時間になっているようだった。時計を見ると、既に二十三
「……って、もう二十二時じゃん!?」
「ああ。というか、もうとっくに過ぎてるぞ」
「な、なんだってぇ~!?」……うぅ、まさかそんなことになっていたとは……。
でも考えてみれば、当然と言えば当然の話かもしれない。だって今朝家を出た時からして、既にかなり遅かった訳だし。……っていうことはもしかして、私が寝ている間中ずっと待っていたのかしら? そう考えると、何だか申し訳ない気持ちになってくる。
だけど、それを察してくれたのか、お母さんが優しい口調で話しかけてきた。
「気にしないで良いのよ、美夏。お父さんが早く帰ってくることよりも、あなた達が元気であることの方が遥かに重要なんですからね♪」
にっこりと微笑みながらの言葉に、みんなが揃ってうなずく。
そしてそれはきっと――私のことを想ってくれる家族の人たちからの優しさに満ちあふれた言葉であり、そのことが嬉しくて――そしてそれ以上にとてもありがたくて、だから余計にまた泣き出してしまいそうな自分を抑えることができなくなってしまうのだ。
だから私は、心の中で小さくつぶやく。
(お姉ちゃん、ありがとう。大好きです――……)