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298 件の小説ベンチとアルコールと
結局、このベンチの上で泣いてばかりだった。 隆弘はそこを引っ越す前日、自身のここでの暮らしを象徴する、河川敷の思い出のベンチを訪れていた。 「結局、思い出しか生まれなかったな〜」 明日、この場所を離れる。 期待していた全部と別れると決意した隆弘は、ようやく期待した運命に諦めをつけて、笑えていた。 「お酒、買って来ようか」 いつかもう一度、あの人に出会えたならと、隆弘はその日が来るまでお酒を飲まないでいた。 「もう、いいから〜」 あの日のあの人との思い出が詰まったお酒の味、あの日の思い出が塗り変わってしまう気がして、あの日の思い出に終わりをつけたくなくて、隆弘は飲まないままでいた。 しかし、もう終わりをつけなければいけない。隆弘はようやく諦める決心をした。 「先輩......」 隆弘がコンビニに買い出しに行って戻ると、あの日のあの人と全く同じ、赤いワンピースをなびかせる女性が座っていた。 隆弘は、幻覚なんじゃないかって、目を擦っても、彼女は消えない。隆弘は、彼女を待ち望んでいた時間が長かったせいか、ためらう間もなく彼女に声をかけた。 「すみません。」 隆弘が深々と頭を下げると、女性は足早に河川敷を去った。 勘違いだった。 ベンチに座って落胆する隆弘は、やけになって缶ビールのプルタブをこじ開けて、アルコールを舌に湿らせた。 アルコールの苦味が隆弘の脳に届いた瞬間、無意識に隆弘は涙を流した。 あの人に出会うまで、飲まないと決めたアルコールの味、忘れられないまま、諦めなければいけない自分。 隆弘は、失恋の味を知った。 泣いても、泣いても、アルコールの苦味を感じる度に再び涙が溢れてくる。 泣き疲れて、隆弘はベンチの上で眠ってしまった。 暖かい布団の中。目が覚めると差し込む朝日に隆弘は目を擦った。 「おはよう?」 隆弘は、まだ夢を見ているのだと確信した。 「よく寝られた?朝ごはん、ラーメン作るから待ってて。」 その家の屋上は、小さな鉄製の椅子二つと、同じ性質の机一つが隆弘のベンチを望むように佇んでいた。 「さぁ、食べよう!」 夢ではない。寒さと札幌ラーメン味噌味が、隆弘にそう告げている。 「泣きながらお酒飲んだらダメだよ〜お酒は笑って飲まないと!」 彼女は、あの日から変わらないままの笑顔で隆弘に笑いかける。 「あのーー」 「今日で、終わりにしなね?」 読まれていた、全部。 「お酒の味、楽しいままにしておいてね?」 彼女がそう言うと、朝の空気が2人を撫でた。 「じゃあ、もう一度だけ、乾杯してくれませんか?」 隆弘がそう言うと、何処からともなくあの日のお酒を彼女は1人で机に並べた。 「それじゃあ、私のこと、忘れるんだよ」 「はい、お酒を飲んだら、また思い出します」 隆弘は、ようやく笑って河川敷からの景色を受け止められた。
花火なんかよりも君の笑顔が一番美しい。
僕はあの日から自転車に乗る時は必ずイヤホンをすると決めている。 ニュースを見ていると、賛否両論のテロップの元、元俳優の政治家が、必死に自分の主義主張を話している。 「人一人で世界は変えられないのに、よくやるよな〜」なんて呟きながら朝ごはんを食べていると、スマホに通知が来た [今度、花火大会行かない?] 中学時代片思いしていた彼女からの連絡、僕は深く考えるまもなく、速攻で行くと返事した。 [よかった。花火大会の日、17時に駅前広場待ち合わせね。] 僕にはとにかくその日が待ち遠しくてたまらなくなった。 当日、結局花火が全てなり終わっても、約束の場所に彼女は現れなかった。 街中に満ち溢れる花火大会の後の世界から逃げるように、行きと同じ道を同じようにイヤホンをして自転車に跨った とにかく全部、馬鹿みたいに騒ぐチンピラも、僕にだけ現れなかった恋の香りも全部煩わしくて、ただ俯いて家に帰った 次の日、家に警察が来て初めて、彼女が花火の日から行方不明だったことに気がついた 花火大会に行ってくると、浴衣を着て家を出て、それ以来連絡もなく、家にも帰っていないらしい。 僕は、その話を聞いてからご飯が喉を通らなくなった。 数日後、彼女が保護されたニュースが流れてきて、安堵の後に不安が僕を襲った。 どうか、最悪がこれ以上存在していませんようにっと願って見つめるニュースの画面、映るのはほんの少しだけ見覚えのあるチンピラ、変わり果てて、僕の好きだった彼女の太陽のような明るさは、完全に消えていた。 僕がイヤホンをしたあの日、彼女を守れなかった あれから一年経って、もう一度花火大会の日が訪れた。 あれ以来、彼女からの連絡はなく、僕からも連絡はできないままだった。 一年前、あんなことがあった手前、一時は中止なんて言われていた花火大会は、そこら中に警察官を配備して開催することになった。 一年前から何処か空っぽな僕は、イヤホンをして何の目的もないまま駅前広場で流れる人の波を眺めていた 花火は、見る気になれなくて、もう少し人が減ったら、花火の音がしないところまで逃げ出そうと思っていた時、背後から小さく肩を叩かれて振り返った 「......ひっ、久しぶり......?〜」 その声は、精一杯の力を込めて、小刻み震えながら僕の鼓膜をかすめた。 自分の目が信じられなかった。実際に見る前にニュースで見たあの浴衣を見に纏った彼女は、今、精一杯の力で人混みの中、左手に目一杯力を込めて浴衣を握りながら、僕に声をかけている。 「まっ、まーー」 僕は反射的に彼女を全力で抱きしめた。もう二度、話してしまわないように。 一年間ずっとこうしたかったような気がする。 抱きしめる彼女の体が、震えていて、彼女の震えが収まるまで僕は抱きしめ続けた。 「どう......嬉しいよ。」 「ほら......約束だから。」 気がつけばお互い、涙が止まらなくなっていた。 「花火、見る......?」 しばらく抱きしめ合って、彼女の不安や恐怖が落ち着いて、彼女は少しだけあの頃みたいにおちゃめに僕に聞いてきた 「見たいよ。大丈夫。あそこには行かないか、。」 そう言うと、僕は彼女を連れて人の波と逆方向に進んで電車に乗る 花火大会の影響で電車の中は僕ら二人だけ、少し電車に揺られて、その後バスに乗って目的地まで着く。道中彼女は震えていたけれど、僕は絶対に彼女の手を離さないでいると、少しだけ震えが収まるのがわかった 「......港?」 何も伝えないでここまで来たせいで、流石に彼女は頭にハテナを浮かべている 「船酔いしないよね?」 「うん......え?」 僕たち二人だけを乗せた観光船は港を勢いよく飛び出して、僕たちの地元の海岸を海側から見る位置に止まった。 「大丈夫、貸切だから。僕たちだけ。」 そう言うと、彼女はあの頃より少しだけ大人っぽく顔を赤くした 「私が駅に来るの、わかってたの?」 「全く?本当にびっくりしたよ?」 「にしては用意しすぎじゃない?」 「......もう、後悔はしたくないからね。」 彼女の手を握ると、彼女はか細い力で握り返してくれる。 不安が消えないけれど、少しだけ彼女の顔に好奇心が宿る 「ねぇ?花火なんじ......」 思わずキスしてしまいそうになる自分を必死に抑えて、顔を背けた 「ごめん、ちょっとーーー」 唇に伝わる柔らかい感触、いつの間にか背中に回されてた彼女の右腕、唇と唇が確かに触れ合って、彼女の温度が僕の身体に流れ込んできた 「いいよ。キス、君とならしたいから。」 太陽のように明るかった彼女の笑顔は、少しだけ色っぽくなっていた。僕はこの笑顔を一生守ると、心に誓った。 僕たちのその先で花火が輝いて待っているけれど、心臓の音がうるさすぎて花火の音なんて聞こえない。 「これからずっと、花火の前でキスがしたいです」 僕の言葉に、彼女はもう一度キスを返してくれた。 どんな花火なんかより、彼女の笑顔が美しかった。
五縁がありまして。
神社の前を通って、そういえばさっき財布に五円玉が入ったことを思い出した。 コンビニで、十円のお釣りを五円玉二枚で返された。変な店員だった。 これも縁かなって、鳥居を潜ってお参りすることにした。 先週、強めな雨が二、三回降ってこれまでの暑さがようやく過ぎ去って、とても気持ちい風が吹いている。 気持ちのいい風が抜ける神社の参道は草木の匂いを運びながら楽しそうに揺れていた。 参道を抜けて、鳥居の手前の手水舎、一連の工程を済ませて杓を戻すと突然聞き覚えのある声がした。 「斎藤くん?」 「......はい?」 そう言って振り返ると、半年前に辞めたバイト先の先輩が少し息を整えながら僕をのぞいていた。 「叶先輩?!」 「やっぱり斎藤君だ〜なんとなくそうかなって思ったらやっぱり〜」 「叶先輩こそ、こんなとこで何してるんですか?」 「ん?私? あ〜最近この辺でバイトしてるから〜」 「なるほど」 「斎藤君は?お参り?」 「縁があったもので」 「相変わらずだね〜 そうだ!今晩ご飯、付き合ってよ!暇でしょ?」 「いや、暇ですけど......まぁ、いいですよ。」 「ありがとう。じゃあ私まだ仕事あるから、終わったら連絡するね〜」 先輩から連絡が来ないまま、たった今、僕が乗らなければいけない電車の終電が目の前の駅を発車した。 もう帰れないことは確定した。僕は先程のコンビニの前まで歩いた。 先輩は、相変わらず変な人だ。 変な人は、僕を変に思わないから好きだ。 携帯を触りながら急いで出てくる先輩と、店の前で目が合って、先輩は恥ずかしさと呆れを混ぜた表情で笑った。 「斎藤君は、やっぱり変だね」 「叶先輩には負けます。」 先輩は全部諦めて、僕達は隣の神社の鳥居を潜った。 やっぱり、変な人と一緒に居ると落ち着く。 「先輩、五円持ってます?よかったら貸しましょうか?」 「うん!返して!」 先輩はバカな顔をで笑う。 もう片方の5円玉を出して先輩の手のひらに乗せた。 真っ暗な神社の賽銭箱の前、二人の拍手の音が響いた。
ナポリタンを食べに
先代から引き継いで二十年続けた、私の喫茶店は、今日、最後のお客を見送った。 この二十年、世界は便利や手軽さを追求して、私の喫茶店はその逆風に抗いきれず終わりにすることになった。 誰もいなくなった店内、もう二度とここに新たにお客様が入ることはない。そう考えた途端、悔しさと惨めさで少し座り込んだ みんな、ありがとう。って去って行った。 はたして、私は誰かに何かをできたのだろうか。 窓から小さな光が差し込む 窓際の席、あの席だけが少しだけ光が刺して、僕は何となくあの頃のように席に腰掛けた。 席に座った瞬間、酷い眠気に襲われてそのまま意識を失った。 「なにこれ、綺麗な時計〜 落とし物かな......? おっ、起きた」 「......ん?」 「いっぱい寝たね〜期末テスト、しんどかったよね〜」 「期末......テスト......」 眠たい目を擦って顔を上げる、賑やかな店内、制服姿の僕と制服姿の彼女、クリームソーダを啜る彼女が僕を覗き込んでいた 「まだ寝てる?いいよ。」 「いや、大丈夫......」 「そう?無理しすぎないでね〜君、期末前凄く追い込んでたんだから〜」 「はは、、」 何だか、懐かしい夢だな。まだ賑やかな店内、ほのかに香るナポリタンの匂い、彼女の笑顔。 きっと神様がくれたささやかなご褒美みたいなものなのだろう。 「ほら、私のクリームソーダ飲む?」 「いや、いいよ。レモンティー注文するから」 「ふ〜ん あっ、ねぇ、進路決めた?」 「ん?進路?」 「ほら、君だけまだ出してないでしょ?進路調査票。館山キレてたよ〜」 「はは、進路ね〜 まぁ、なるように......」 少しだけ、思い出した。ほろ苦い思い出。 「進路、早く決めておかないと、呼び出しだよ〜怒られるよ〜」 「いいよ、怒られたって、進路なんて決めたって......」 それ以上は、口から出したくなかった。進路なんて決めたってうまく行きはしない。それは大人の苦しみだ。高校生ならまだ、夢を見ていてほしい。 「困るよ、君が怒られたら......」 「ん?」 「女子高生!一人で喫茶店なんて入れないって!」 「あ〜、はいはい、なら他の友達とか......」 そう言うと彼女は頬をぷっくり膨らませて僕を睨んだ 「......やだ......」 「ん?」 「君とじゃなきゃ、やだ。 この喫茶店は、君とじゃなきゃやだ。」 「......うん。」 「卒業しても、またここで二人でクリームソーダ飲みたいな〜大人になったらナポリタン食べてみたい!」 「いや、今でも食べれるでしょ!」 「今食べたら夜ご飯食べれなくなる〜」 「はは、そうだね〜」 「だから、大人になってもまたこの席で付き合って!」 「うん。大人になってもね!」 「そう......か......」 ずいぶん濃い夢だった、少しまだ目を覚ましたくない、そういえば、結局彼女はナポリタンを食べに来なかったな。 「おっ、起きた」 「ん?」 僕以外いないはずの店内、その一言で、誰の声なのかわかった、しかし、そんなはずはないと恐る恐る僕は顔を上げた 「まだ寝てる?いいよ。疲れたもんね。」 彼女は、あの頃よりも少し痩せていて肌も少しやつれている。でも、間違いなく彼女だ。 「どう......して......」 「いや〜喫茶店終わるってたまたま聞いてさ〜その〜返し忘れを返しに?」 彼女は照れくさそうに頬を掻く 「返し忘れ?」 「その〜......時計......学生時代にここで拾って返しそびれちゃってずっと持ってたから......」 そう言って彼女が差し出した時計はよく見ると見覚えがあった。 「あっ!これマスターの!」 「えっ!あの白髭おじいちゃんの?!」 白髭おじいちゃんって、彼女はそういえばマスターのことをそんなふうに呼んでいたことを思い出して笑えた 「ありゃ〜ずいぶん悪いことしたね〜マスターまだいる?」 「いや、十年前に亡くなったよ。だから今日まで僕がここの店主だったんだから。」 マスターが亡くなったこと、きっと彼女は知っているだろう。多分返すタイミングを見失って、でも返さないとモヤモヤしてこんな時間に来てしまう。全部彼女らしいなって思えた。 「そっか〜二十年、長かったね〜」 「えっ、あ〜うん。長かった......ね。二十年で、おしまいにしてしまった。」 真っ暗な店内で、思わず口を出た言葉に自分で泣きそうになってしまった。 「うんうん。君は凄く頑張った。誰にも責められないくらい。立派だったよ。本当にお疲れ様。」 学生時代より柔らかくなった彼女の笑顔、僕は堪えきれずに涙を流した。 「今はゆっくり休んでいいんだよ。君は充分やりきったよ」 僕が情けないくらい泣いている間、彼女はずっと僕の頭を撫でてくれた。 「そう言えば、お腹すいたね?」 「夜ご飯食べてないの?」 「昼もまだだよ〜」 「......じゃあ、ナポリタン作るね」 「やった〜! もう、ママに怒られないからね〜」 「だね、大人になったね。」 作り慣れたナポリタンを皿に盛り付けて、彼女の前に運ぶと、あの頃のように無邪気にかぶりついた 彼女は笑顔で凄まじい勢いでナポリタンを食べきった。 「君のナポリタン、本当に美味しかった〜。ありがとう。!」 「うん、こちらこそありがとう。」 「......これっ、これからも......君のナポリタンが食べたいな......私の為に、毎日作ってよ......」 照れくさそうに頬を真っ赤にしてそう言う彼女、これが逆プロポーズだって気づくのに少しだけ時間がかかった 「えっ、あ、その」 「君のナポリタン。これからもずっと食べたいな。」 「......うん。これからは君のためだけのナポリタンを作るよ。」 僕の喫茶店最後のメニューは、僕たちの最初のメニューに生まれ変わった。
くじ運の人生
「海底からでも空を見るのを諦めてはならない?何それ?」 「おみくじ?」 「うん、 はぁ〜私、くじ運ずっと悪いんだよね」 「えっ?どうして?」 小夜は可奈が右手に大吉のおみくじを持ちながらそんな話をし始めて、不思議だった。 「ほら、私、どんな男とも半年以上続かないでしょ?」 「は、はぁ?」 「それにさ〜、奨学金借りてるし、先月大学除籍になったし」 「くじ運に関係ある?」 「全部、ガチャ外しちゃったからだよ〜。ガチャ運悪いくせに、こんな初詣のおみくじだけ大吉でも全然嬉しくない〜」 「は、はぁはぁ〜」 「小夜は? 小吉?! まぁ、小夜はガチャ当ててるもんね〜」 「そ、そう、かな......?」 確かに私は奨学金も借りていないし、あと三か月で大学を卒業して、同時に今の彼と籍を入れる。しかしどうやら、私は友達ガチャを外したらしい。
お酒はまずいから
今日は、ハイボールも日本酒も全部まずくて、まずいお酒は僕を普段の何倍も酔っぱらわせて、気が付いたら見知らぬ田舎の駅で駅員さんに起こされていた 「この電車に乗ればまだ新宿まで行けますから、あと十分で出発なので気を付けてくださいね」 アルコールが酷く回って、頭がぐらぐらして、駅員さんの言葉がよく聞こえなかった とにかく、この電車に乗ればいいのか 今が何時なのか、よくわからない。 田舎といっても新宿から一本の場所だ、この電車に乗れなくとも、どうにかなるだろう しかし、夜の田舎駅は冷たい風が吹き抜ける、さっきまでの頭痛も二日酔いもみるみる収まって、体中のあらゆる感覚が鮮明になるのがわかる しばらくベンチで風にあたって、駅のアナウンスが電車の発車時刻を呼びかける までうまく力が入らない足に、無理やり力を込めて立ち上がると、反動で少し立ち眩みをして、目の前を通り過ぎようとした人とぶつかってしまった 「あ、すみません」 「いえ、」 駅の発車ベルが鳴った、電車は今にも扉を閉めようとしている 「紗枝尻 京子?」 先ほどぶつかった女性のカバンから落ちた古びた手紙をひり上げて、僕は思わず手紙に書かれた名前を口に出した 「.......えっ?」 すると先ほどぶつかった女性が電車に急ぐ足を止めて振り返った その瞬間、電車の扉が閉まり、先頭車両の車掌がこちらを呆れたように睨みつけながら電車は音を立てて動き出した 「あっ!」 「あ~......」 二人で思わず声を出して自分たちを置き去りにした電車を見送ると、さっきまで無表情だった女性は僕に怒りを隠しきれないように睨みつけた 「次の電車、待てば......」 「今のが終電です!」 お互いに初対面にしては何ラリーか飛ばした会話から始まり、普段なら人見知りで言葉が出ないはずなのに、お酒のおかげかなんの躊躇いなく会話できている自分に驚いた 「えっ、じゃあ、タクシー......」 「来ないですよ、道路ないですから」 「えっ、ここ.......」 「群馬です。酔っぱらって寝過ごしたにしては運が悪いですね、小田急ならましだったのに」 「えっ、さすがに漫画喫茶くらい......」 「ないですよ、ここ、群馬県なので」 .......群馬県、どんだけ田舎なんだよ 「え、じゃあ......」 「ここで、始発まで待ちです」 「え、駅の外は.......」 「駅の中のほうが安全です、クマが出ますから」 「おぉ......」 「はぁ~.......終電逃し史上最悪の駅なんです、群馬大霊園前駅は!」 「え?霊園?!お墓?!」 「はい、駅の外出ればクマと霊が沢山いますよ」 「.......なんてとこに......」 「これで分かりました?貴方が犯した罪の重さが」 「.......無事帰れたら、何か御馳走します」 「.......まぁ、と言ってもクマはそうそう駅には来ませんし、霊も悪い霊ばかりってこともないですから」 「はぁ、」 「この際なので、始発までお話しませんか?沈黙だとクマ来ちゃうので」 「ぜひぜひ!」 クマが怖いのはもちろんだが、手書きフォントの映画みたいな現状にドキドキする自分がいた 「どうして、こんなとこに?」 二人並んで駅のホームに腰を掛け、彼女から切り出した 「いえ、お酒を飲みすぎてしまって」 「それはわかります。じゃなくて、どうしてそんなにも酔ってしまったのですかっ?て見かけ的に、お酒好きそうじゃないから」 「見かけで分かるんですね、凄いですね。そうです。お酒得意じゃないんですけど、今日はお酒が飲みたい夜で、もう半年は飲んでいなかったので、物凄く酔いました、、、」 「お酒はダメですよ、特に外で飲むなら。おかげで帰れなくなっちゃいましたから。」 「はは、それは本当に申し訳ないです」 「いえいえ、もう怒ってません、怒っても電車はきませんから」 「はは。本当に、帰れたらご飯おごらせていただきます」 「ふふ、楽しみのしてます」 「それであなたは?どうしてこんな時間に?」 「.....お墓詣りです。忙しくて、こんな時間になっちゃったけど」 「まぁ、霊園前ですから、僕みたいにバカしなきゃお墓詣りですよね」 「でも......少し、あなたのバカに感謝しているんです。今日は、まだ何となく帰りたくなくって」 「帰りたくない?」 「なんか、まだ帰れれないなって思っていたので、本当に帰れなくてなんか納得しちゃいました」 「でも、さすがに始発までには帰りたくって仕方なくなってそうですけど」 「ふふ、そうですね、余韻とかの時間ではないですかね」 「お墓詣りって、家族とかですか?」 「......」 「言いたくないことでしたよね、ごめんなさい......」 「.......わたっーーーー」 [グウウォウ!!!] 彼女の言葉をかき消すように、野生そのもののような鳴き声がして一気に空気が凍り付いた 「.......今のって.....」 「クマですね.......」 小声で話した後、背後の気配が完全に消え去るまで、二人で口を押さえて息を殺した 「もう、行きましたかね?」 「さすがに.......大丈夫かな......」 その瞬間、張り詰めた糸がほどけるように彼女は大きく息を吸った 「こ、怖かったですね......」 「ですね、まさか本当にいるとは」 怖かった、そういう彼女はを平静を装い切れていないのがわかる、息を殺していた数分間、彼女は異常なまでに震えていた 「クマ、苦手ですか?」 「......苦手、ですね。」 「ま、まぁ、得意な人なんていませんよね~」 「.......私、クマに襲われたことが合って、人より苦手なんです」 「それは......」 「すいません、こんな話せれても困りますよね」 「いえ......守れるかわからないですけど、いざとなったら僕を身代わりにでも.......」 「それは嫌!」 「えっ.......」 「すいません、つい......」 そうか。 「そういえば、旧姓、紗枝尻だったね、京子。」 僕が京子の名前を読んだ瞬間、さっきまで怯えていた京子は顔を上げて瞳に光を戻した。 「そうか、君はもう......」 「覚えてくれていたんですね、もう何年もいらっしゃらなかったから、とっくに私のことなんてわすれているのかと」 「君のことを忘れたことは一度だってないよ。僕は今日、この瞬間まで......君を探していた。」 「......そっか、忘れたんじゃなかったんだ、よかった」 「ごめん、君の名字を貰っておいて、クマから守ることすらできない男で.......」 「貴方は悪くない。ただ私の運が悪かっただけ。でもよかった。見つけてくれて」 「たまたまだけどね、京子は、ここに?」 「母が手配してくれた。母はあなたのこと認めてなかったから何も言わなかったのでしょうね」 「......よかった、ちゃんとお墓に君がいて、山奥に一人ボッチじゃなくて、君は寂しがりやだから。」 「前よりは一人もなれたわよ。でも、.......寂しかったですよ」 「ごめん、遅くなって」 「うんうん、私こそごめんなさい、あなたがお酒飲めないのに、親戚の会に行かせて」 「......やっぱり、お酒はダメだね」 「ですね、来年、今度は家で飲みましょう。それまではお酒飲まないでくださいね」 「あたりまえさ、君と一緒でないとお酒はまずいから」 「それじゃあ、また来年」 「それじゃあ、また」 京子は手を振って風に流され優しく消えた 京子が帰った駅に朝日が差し込む 僕は涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭いて、始発電車に乗り込んだ
どうせまた、地球は滅亡したりなんてしないけど
「もう会えないかもだから、今から会えない?」 三年前に別れた元カノからラインが入って、少し不吉な文面せいで、僕は急いで家を出た 彼女は、あの頃二人でよく街を眺めた、公園のベンチで待つと 午前2時 約束のベンチに向かうと、少し肩を丸めて小刻みに震える彼女がいた。 「こんな夜中にどうしたの?」 背後から呼びかけると、びっくりするくらい血の気が引いて、少し青ざめた顔の彼女が振り返った 「ちっ地球......終わるから......」 「ん?なんて?」 お化けかと思うくらい真っ青な彼女は、僕が近づくなり、僕の上着の袖を目一杯に掴んだ 「あと!二時間で地球終わる......」 「あと二時間......あっ!」 そこでようやく思い出した。そういえば今日の、4時十何分かに、なんかの予言があるとか聞いたな、と。 僕はそういうの、アホらしいと気にしていなかったけれど、そういえば彼女はそういう予言とか芸能人の不倫とか、一か月も経てばみんな忘れているような話題が好きだったな、と。 「そっか、今回はノストラダムス?だっけ?ババ・ヴァンガ?」 「うんうん......たつき諒」 また知らない名前だ、相変わらず陰謀界隈は色んな人が出てくるな...... 「で?地球終わるの?隕石?噴火?」 「うんうん......地震......」 地震で地球は終わらせられないだろ。本当に飽きないな 「で?地震が来るならなんでこんなとこに?もっと安全なとこに逃げたら?」 「地球終わるから。逃げても無駄......」 絶対捕まえる死神かよ。 「そうか、地球終わるのか〜。なら、今回は不安にならなくてもいいんじゃない?」 「えっ?!どうして?」 「だって、地球終わるんでしょ?ならそれを悲しむ人も語る人もいないんじゃない?滅亡なんだから」 「えっ?」 「ほら、未曾有の災害とかならさ?それで生き残ったら、失ったものとか命が悲しいし辛いじゃない?でも、滅亡ならみんなが全部失うんだから、自分も誰も悲しまないじゃん?」 「......理屈っぽいね」 「あっ、ごめん」 「でも、よくわかんないけど、震えはなくなった。ありがとう」 「なら、よかった」 「そうだね。どうせ滅亡して、誰も悲しまないんなら......今、この景色を見ていよう。なくなってしまって、その先どうなるかわからないけど、忘れないように」 そう言って彼女は僕の手を握りしめた。 「誰も悲しまなくても、滅亡したら君とは手を繋げないから。つないでおくね」 僕らはお互いに寄りかかりながら、手を握って街を眺めた...... 朝日が眩しくて目が覚めた。 「うっ......」 「ん?!」 「滅亡、しなかったね!」 その日、予言の時間が終わっても、僕らは手を繋いでいた。 結局その日もその次の月も地球は滅亡しなかった。 僕は陰謀論とか予言とかはあまり好きじゃない。無駄に人を不安にさせるだけであまり楽しくないから。 でも今日は、少しだけ滅亡予言に感謝をした。
私、かわいそう?
小学生時代、私だけ長袖の体操服を買ってもらえなくて、真冬の体育を半そでで受けていた それを見たクラスメイトが、「かわいそ~」と、私を笑った それがどうしてか、私には心地よくて そうか、私はかわいそうな子なんだ.......その感情だけ、みんながかわいそうと私を見るその視線だけが、枯れきった私の心を潤してくれた。 朝、目が覚めると、真っ先に、SNSをくまなくチェックする 性別も年齢も職歴も、別々のアカウントで、寝ている間に起きた、あらうる出来事を収集する そうして、あらかた集めきると、今度は発信側に回る 三十代男性無職のアカウントで仕入れた情報を、二十代女性会社員のアカウントで、四十代女性専業主婦のアカウントで仕入れた情報を、三十代男性起業家のアカウントで、それぞれ拡大解釈と少々のヒステリックを織り交ぜて、全て、被害者としてつぶやく そのあとは、xでバズっていた投稿を、海外のアカウントで、スレッズに手直しを加えて、英語で投稿する それが終わるとそろそろ........きた。 先ほど、二十代会社員のアカウントで投稿した、女性専用車両に座っていたら、気持ち悪い男がいきなり座って来て、あまりの臭さに電車を降りた、という投稿がばずった 本当は電車なんて乗っていないし、添付した画像も、仕入れた情報元のアカウントのほかの写真から、aiで生成したものだ 仕入れ元の投稿なんて、寂しい無職が、電車に乗ったら、満員電車で自分の隣だけ開いていた。そんな一文でしかない。 あぁ.......きた。 {本当に最悪ですね..... 男ってこれだから...... 風呂ぐらいはいいってほしいです...... あぁ........それは........ かわいそう} その後も、続々と私の投稿がバズる 引用同士の喧嘩や、リプライにぶら下がるゾンビ、正義ぶってお気持ち表明するアカウント、すべてが私の心を満たす道具でしかない さぁ、もっと、もっと、私を満たして 今、私が世界で一番かわいそう。 あぁ......幸せ ある朝、それは突然だった いつものように、情報収集をして、投稿を済ませても一向に、バズらない 通信障害が起きてるなんて情報はなかったし、.......何かがおかしい 慌ててスマホを開いて、Wi-Fiを切ってゲストアカウントでxを開いた....... そこには、私が持つ全部のアカウントがさらされて、中身が一人だとさらされていた 私は急いで、すべてのアカウントを削除して、布団にくるまった それから何度試しても、ダメだった アカウント一つ作るたびに、必ず過去のスクショが張られる 何が原因なのか、さっぱりわからない Wi-Fiも切った。メアドもパソコンもスマホも、全部変えた 遂には家賃を落として別のマンションに引っ越した それでも、私のオアシスは戻ってこなかった もう、限界だった。 一向に潤うことがない心 慣れた手つきで、自分で散らかした部屋を掃除しているとき、ふと、終わりにしようベランダに向かった カーテンを開けて、ベランダに足を踏み入れた瞬間、部屋の下、外に広がる道路に、男が一人、カメラを構えて立っていた 私と目が合った瞬間、男は無様にしりもちをついて逃げ出した 「あいつだ」 その瞬間、私の頭はアイツを殺すことでいっぱいになった 台所の包丁を手に取り、玄関を勢いよく飛び出す 野生の感なのか、第六感なのか知らないけど、私はすぐにアイツを見つけた この男.......デブで臭いキモ豚が私の幸せを壊した。許さない 私は逃げ惑う男を、追いかけすぐに捕まえ、男に口を開かせる間もなく包丁を突き刺した 男肉体を、包丁で突き刺した瞬間、もう何年も味わっていないあの快楽が私の体を駆け巡った 「あぁ......空が気持ちい......」 ぽっけに入っていた携帯を取り出しライブ配信を始める 男に肉体と、私 コメント欄は、いつも通りのインターネット 「ねぇ.......どう? 私ーーーー 可愛そう? 」 背後から物凄い力で、取り押さえられる 私が殺した男の顔は、思っていたより豚ではなかった けれど、仕方ないよね。 私のほうがかわいそうだもの 事件は、解明されんかった 犯人の女性は、一度の事情聴取も受けることなく自殺した 警察がいくら調べても、犯人と被害者の接点は見当たらなかった 被害者はその日、青空の写真を空がきれいだと文を添えて投稿していた
人が死ぬには短い階段
母は、「あなたの為」が口癖の人間だった そんなことを言っておいて、本当は問題にならいよう、迷惑にならないようにしか、私を育てないでいた 母は、結局一度も、私を見てなんてくれなかった 母の代わりに、私を見ていたのは、上の部屋に住む、紗枝ちゃんだった 紗枝ちゃんは、私より五つ上で、よく私が一人でいるのを見かけて、話しかけてくれた よくパンを買ってくれたり、私が泥だらけだと、シャワーを貸してくれた よく、紗枝ちゃんは言っていた 「私たち、いつか幸せになろうね」って 紗枝ちゃんを、階段から突き飛ばしたのは、私が中学に上がるころだった 気が付いてしまった 紗枝ちゃんは、私を愛していたんじゃなかった 私が少し元気になると、紗枝ちゃんは悲しい顔をする、私の体の痣が薄くなると、バレないように私を転ばせる 紗枝ちゃんが愛していたのは、自分よりもかわいそうな子を愛する自分自身だった 可愛そうな出ない私は、紗枝ちゃんは嫌いだった 紗枝ちゃんを階段の上から見下ろした時、最後の紗枝ちゃんの顔は、かわいそうだった 紗枝ちゃんの死体は、事故でかたずけられた 母も、紗枝ちゃんの家族も私が殺したことなんて知らない しばらく毎朝ゴミ捨て場にいるおばさんたちに、意味のない慰めを聞かされたけれど、イケメン俳優の不倫か何かで、もう誰も紗枝ちゃんの名前を口にしなくなった 紗枝ちゃんを突き飛ばしたことを結局、誰にも言わないまま、気が付けば高校を卒業していた 近所の寮付きの工場に就職して、これから毎日、週末に半額ベントを食べることだけが楽しみの人生になると、そう覚悟した頃、一通の手紙が来た [私はあなたの秘密を知っています] 手紙と一緒に、紗枝ちゃんのお気に入りの髪留めが入っていて、私の全身から血の気が引いた 次の週末、気が付けば私は、あの日紗枝ちゃんを突き飛ばした階段にいた そこは、あの頃と何も変わらない、ここで人が死んだなんて想像できない程、あのままだった.......ーー 「ひぃっっ......」 突然背中から押されて、上着の背中をつかまれたまま、階段に身を乗り出した 「どうする?ここで手を離したら、紀伊ちゃん死んじゃうよ?」 「......紗枝ちゃん......」 「なんだ、わかるんだ」 そう言うと、紗枝ちゃんは私を引っ張って戻した 「私、許してないからね」 紗枝ちゃんは、さっきまで人を突き落とそうとしていたとは思えないくらいラフに話し始めた 「.......ごめん......」 「紀伊ちゃん、私の最後の顔見て、かわいそうって言ったの、許してない!」 「......ん?」 「最後のセリフそれ?!って、今日までずっと思ってた」 「う、うん......?」 「ん?もしかして突き落としたこと怒ってるって思ってる?違うよ?」 「え?」 「あの頃のは......紀伊ちゃんに突き落とされて当然だと思うから」 「当然......」 「紀伊ちゃんが思っていた通り、私は私よりかわいそうに見えた紀伊ちゃんを利用していただけ」 「利用だなんて......」 「思ってたよね?さすがにきずいてたよ」 「......うん」 「でもね?かわいそうじゃない紀伊ちゃんが嫌いになったとかは、本当に違うの。」 「.......」 「あの頃、いい加減そんな醜い自分が嫌になって、それで距離を置いてた......」 「......」 「そうしたら、もっと紀伊ちゃんを気ずつけたね、ごめん......」 「......怒ってよ......」 「え?」 「怒ってよ!私、紗枝ちゃんのこと、ここで突き飛ばして..........殺したんだよ?!」 「........」 「私が、紗枝ちゃんの人生、終わらせたんだよ?!なんで......」 「......私が怒って、それ紀伊ちゃんが笑えるなら、幸せになれるのなら、怒るよ? 違うでしょ?」 「.......紗枝ちゃん.......」 「きっと、あの時紀伊ちゃん突き飛ばされていなかったら、もっと辛かった......私たちは、幸せになれないって、わかっていたから」 「紗枝ちゃん.......」 「紀伊ちゃん、私たち、ようやく幸せになれるね」 久しぶりに握った紗枝ちゃんの手のひらは、あの頃より小さく感じた 子供を産んでも、紀伊は私を愛してはくれなかった 代わりに私以外の、母親を見つけて、私の前から消えた そうして知らない間に、紀伊はその子を階段から突き飛ばしていた わが子が犯罪に手を染めた、不思議と誰に似たのか?なんて疑問はわかなかった 紀伊が突き飛ばした子は、紀伊が去ってあと、ほんの少し息が合った だから.......... 五年後、紀伊が就職した職場を突き止めた 手紙を送れば、紀伊は階段まで現れた 「仲良く一緒に眠らばいい、私を愛さなかった報いよ」 その階段は、人が死ぬには少し短かった。
唇の感触は知っていた
恋も愛もセックスも存在してるこの世界で、どれも持っていない僕と、それ以外の人たちが、同じ感性の生き物なはずがない 確かにその全ては、なくたって生きていけないというほどのものではないけれど、確実に、根本的に感情の根っこが違う それなのに、どれも持っていない僕らは、ダダの努力不足らしい 高校の同窓会の招待状を、ごみ箱に捨てて、安酒のプルタブを開ける 半年前にコヒーを零して染みが付いた、ネクタイを無造作にほどいて部屋の端に投げ飛ばした もう、コーヒーもアルコールも初めて飲んだあの時の、十分の一も味はしない こんなにも、大人が無色だなんて、十年前に教えてもらえていたら、もっとあの頃を大切に生きたのに こんな年になるまで、うだうだ生き延びてしまうことだってなかったのに 安酒を喉に流し込みながら、眺めるバラエティー番組で、もう笑えない 明日死のう、を毎日繰り返す うるさいアラームは、頬っぺたをたたくような痛みがした 今、何時なのだろう、目を開けて、スマホを付けるまで、遅刻の確率は五分五分だ 無理やり暴れるように体を起こすと、目をこすりながら、スマホを探す 瞼がまだ空かないせいで、部屋中かき乱しながら、ようやくつかんだ携帯を、無造作にたたくが、画面が光らない。あのまま眠ったから、充電が切れている どうでもいい、どうせスーツも着たままなのだから、このまま家を出よう もう、会社に僕に遅刻を叱る人間もいないわけだし 「今日、土曜日!」 まだ頭が起きていない、味のしないアルコールをがばがば飲んだせいで、一歩足を踏み出すだけで、脳が揺れるように痛む どうやら、僕のアルコール依存症は、遂に幻聴まで引き起すようで、高校時代、一度だけ恋をした彼女の声がした まぁいいか、今日が土曜でも、そうでなくても......彼女が土曜というから、今日は土曜なんだ...... 目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った 体内の水分が沸騰してしまうくらいに、体が熱い それに体全部が鉛のように重たくて、ベットに横になったまま起き上がれない 「お、やっと起きたね~」 なんだ、これは夢か、それともかな縛り?どっちでも構わないけど、もう少しお酒の量は減らそう 「ねぇ?聞いてる?」 聞こえてるさ、でも体が動かないし、どうせ夢なのだから、僕は返事をしない 「もう......一週間も寝ていたんだよ.......死んじゃったのかと思った......」 なるほど、そういう設定か、我ながらこの頭にどれほどの妄想力が残っていたのか、自分が恐ろしい 「キスでもしたら......さすがに起きるかな......」 avを見るのもほどほどにしよう ん.......チュッ。 ......っえ......柔らかい...... 今見ているのが、夢かどうか判断するときに、感触があるかどうかなんて話がある 今、確かに僕の唇は、彼女のあの柔らかさを感じ取った 「あれ?ほんとに死んでる?」 死んでるかもしれない。あの頃狂うほどの恋をした彼女にキスをされた、感触まであるそんな妄想が目の前で起きている。死因はアルコールか? 「まあいいよ、もう少し寝ていてね。ずっとそばにいるからね」 彼女のその声で、僕は再び眠りに落ちた 目を覚ますと、僕は高校時代の制服を身にまとって、あの頃の教室で一人、居眠りをしていた これは間違いなく、夢だ。 起き上がって、日めくりカレンダーが目に入った......卒業式、前日...... 僕は考えるより先に、足が動いた、これが夢だって関係ない。彼女を救えるのなら、それで...... 屋上に着くと、彼女は、上履きを脱ぐ瞬間だった 「あはは、この瞬間って、ドラマとかにはないよね......」 僕はあの時、この光景を下で見ていた 「何か用......かな?......あはは......」 下手くそな嘘笑いも、愛おしい。彼女はこの時いじめられていて......この後死ぬ。 「ごめんちょっとーーー」 「ごめん、少し話さない?」 彼女に声をかけると、少し迷惑そうに笑った 「死ぬんなら、その前に何をしてもどうだっていいでしょ?」 僕の言葉を聞いた彼女は、もう一度上履きをはきなおした。彼女の眼は、瞳の奥から僕を睨みつけていた 「ね、ねぇ.......」 「ここまで、見ていたよね?いまさら何?」 「.......そうだね、全部見ていた......見ていて何もしなかった。」 「私、今から死ぬんだよ?君含め、みんなの今日までの結果、私はここで死ぬ」 「もう、遅いかな?」 「遅い?なに?本気で助けたいだなんて、思ってるわけ? 違うでしょ?たまたま見かけたから、今死なれると、具合が悪いってだけでしょ?」 「そう......だったよ。僕は死のうとした君を、助けなかった」 「なに?」 「そのせいで、十年後、僕が死にたい人生を送ることになる」 「ねぇ、何の話?」 「あの頃、もう少し僕が強くいられたら、君は死ななかったんだ」 「はぁ.......」 「だからーーーー」 「あーもういいよ、聞くだけ無駄。私の死んだ後で、好き放題喋ってな」 彼女はそう言って、立ち上がった 「ちょっ!」 僕は無理矢理に彼女を押し倒した 「ちょっと、これってセクハラになるんじゃないの?」 「なればいいよ。セクハラでもなんでも、それで君が今日死なないのなら」 「......なにそれ......」 「言葉で君を変えられないのならーーーー」 僕は勢いで、彼女の唇にキスをした 「うそっ!」 「これで、死ぬ気は失せた?」 「さいってい!」 僕が最後に見た彼女の顔はリンゴみたいに真っ赤で、唇の感触は柔らかかった 「お、お寝坊さんだ~」 ベットの横、彼女は僕をのぞき込んでいた 「君は......」 「おかえりなさい。」 あの日、真っ赤だった彼女の顔は、とてもきれいに大人になっていた 「ねぇ?ファーストキスを奪っておいて、勝手に一人で死ぬつもり~?」 「いや......」 「責任、まだ残ってるよ?」 どうやら僕は、まだ死なせてもらえないらしい 「私が死ぬまで、死なせないから」 彼女の唇はあの日から変わらない。