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300 件の小説花束みたいよりも早い方。
『細田守?人?知らない』 『え?サマーウォーズ見たことないんですか?』 『え?知らない』 『じゃあ、時をかける少女とかも?』 『知らない』 『えっ、夏何で感じてるんですか?』 『え?そんなに有名?』 『かなり前から。アニメとか見ますよね?』 『アニメ監督なの?押井守とかならわかるよ?』 『今の子にそれは共通言語として使えないかもです、僕は花束見てるので分かりますけど』 『花束?』 『花束みたいな恋をした、恋愛映画です。有村架純と菅田将暉のビジュ以外ありふれた恋愛を描く映画です。』 『押井守関係ある?』 『初めて出会うシーンで、押井守が出てくるんです。押井守いましたねが共通言語で仲良くなるみたいな』 『だいぶ押井守関係ないね、』 花束って言葉を聞いて、ハッとした。 深夜2時過ぎ、お客の存在なんて気にしないで喋る店員と私達しかいない空間、もしかしたらここが花束なんじゃないかって。 そういえばあの映画のモデルすぐ近くだし、彼は今多摩川沿いに住んでいるらしい。 偶然ってあるものだなっと。 25の誕生日を迎えてすぐ、友人に勧められ恋愛映画を見てしまった。 柄にもないくらいその映画にのめり込んでしまい、見終わった後、感動も早々に焦りが押し寄せてきて、衝動的にマッチングアプリをインストールしてしまった。 マッチングアプリの右も左も分からないまま触っていたら、来週の土曜、駅で待ち合わせることになってしまった。 勿論後悔はしたが、焦っていたし、いくら顔を知らない相手とはいえ、約束をした以上行くしかない。 その日は、買うか迷っていたコートをポチッて眠りについた。 失敗だった。 マッチングアプリも新品のコートも、私の人生全部大失敗。 なんかいい人そうだなっと、緊張していた四時間前の私をビンタしてやりたい。 失敗するかもなんて日に、新品のコートなんて下ろすんじゃなかった。 23時38分、夕食は食べていたけれど、吉祥寺駅前のファミマでファミチキを二つ買ってかぶりついた。 渋谷のラブホ街から逃げるように走ってきた疲れがどっと肩にのしかかる。こんな時間にもうバスはない。 家まで歩けなくはないが、最寄りとは違うせいで気が重い。しかし一人でタクシーは乗れないから、歩き始めた。 夜道の散歩は、若かった頃に少しした程度だったから、人気のない夜道がこんなに怖いだなんて知らなかった。 怖い、帰りたい!っとなる頃にはそこそこ歩いてしまって駅は遠いし、コンビニも近くにない。 だんだん足が重たくなって、歩幅が小さくなって、少し開けたバス停のベンチに縋るように座ってしまった。 歩いていた時は得体の知れない恐怖に怯えていたけれど、バス停から見る夜の景色はただ静かで落ち着いていた。 あ〜、これしばらく動けないな〜って、正直座る前に気がついていたけれど、案の定もうこのまま空が明るくなるのを待とうかなんて思っていた。 「もしかして、佐渡さん?」 なんの音もしないはずの夜の街で、音一つ立てないで名前を呼ばれ、流石に体が跳ね上がった 「あっ、すいません、驚かせました。佐藤です、高2で同じクラスだった」 「......佐藤......?大樹?」 「いや、健太の方です、地味な方」 「あっ......」 気まずい。たった1ラリーで高校時代、あなたはじゃない方でしたよって言ってしまったし、本人も自覚していたみたいでより気まずい 「まぁ、覚えてないですよね、もう6年も前ですし」 「いや、覚えてる覚えてる、体育祭、実行委員だったよね〜」 「それは大樹の方です......」 「ごめん......」 帰りたい。というか死にたい。どうしてこんな真夜中に6年前のクラスメイトと、こんな気まずい空気にならなければいけないのか。 「それで、佐渡さんはここで何してたんですか?」 「えっ?迷子」 「迷子?」 既に失礼をし過ぎて、もう彼にどう思われてもいいように思えたから、馬鹿みたいに本当のことを言ってみた。 「帰れなくて座ってたんですか?」 「そう、足痛いし、夜怖いからもう朝までここにいようかなって」 「それは災難でしたね、でも風邪ひきますよ?」 「もう今日全部が風邪みたいなもんだから、どっちでもいいかな」 「はぁ?」 やばい、流石にわけわからん女過ぎる、流石に失礼しすぎたか。 「それで?佐藤くんはどうして?」 「僕は、散歩です。今日一日全く外に出なかったので、罰散歩です。」 「バツ散歩?バツの字に歩くとか?」 「あ、いや、罪と罰の罰です。自分への戒めです。」 「あ〜なるほどね〜」 「よかったら......帰ります? 方向......一緒なら。」 「方向?甲州街道方面だけど?」 「おっ、同じです、多摩川あたりです」 「......かなり歩いたね?!」 「まぁ、罰なので」 「なら、うん!お願いしようかな。」 「よろしくお願いします。」 変わった人だった。まぁ、こんな夜中に散歩している人が変わっていないはずはないけれど、こんな変わった人、高校のクラスメイトにいたのかと驚いた。6年前の記憶の佐藤くんのイメージはせいぜいたくさん本を読む人だったから。 「お仕事、何してるんですか?」 「最近までフリーターだったよ、先月辞めた」 「......」 「趣味とかあります?」 「映画とかかな?あ、でも最近映画館バイト落ちすぎて行ける映画館少ないんだよね......」 「高校の同級生、他に連絡とか取ってる人います?」 「前はとってたよ、でもこの前の同窓会で元カレの田中に怒鳴ってから誰にも会ってないかな〜」 ......ダメかも知れない。 あまりに私に地雷が多過ぎる....なんだか佐藤くんに申し訳なくなってきた。 「佐藤くん?コンビニ寄ろうか?」 「はい。でも僕、罰散歩なんで財布ないですよ?」 なかなか派手なことをするな、何かあったらどうするつもりなのか。 「いいよ、コンビニくらい奢るから。たくさん申し訳ないし。」 「えっ、なら......」 セブンの揚げどりが食べたかったけれど、丁度目の前にファミマがあったので、国道沿いのファミマに入った。 『いや、それはね?演劇だがら。三谷幸喜とか、宮藤官九郎のって訳じゃないんだから。』 『あ〜そういえば三谷幸喜の脚本って全然受けないらしいね〜』 『そりゃ若い人の話は書けん!って自分の若い頃の話書いてるおじさんですから、脚本家ってよりニュースのコメンテーターってイメージですよ』 凄い、ちょっと凄過ぎる。 店内に私達が入って一ミリたりとも衰えないマシンガントークを繰り広げる。しかも内容がまるでファミレスみたいで、ここはレストランではなくてマートな訳で...... 「何買うんです?」 「ん?水とか?お酒とか?」 「ご飯は買わないんですか?お腹空いてないです?」 「酒はご飯でしょ?」 『俺さ、ハリーポッター見たことないんだよね〜』 『たまに居ますよね。あなた』 『ん?』 『あれでしょ、パスタは好きだけどサイゼ行ったことない、みたいな。』 『ん〜 あっ、スターウォーズも見たことない』 『マックも行ったことないの?!』 やはり凄い。少しデカ過ぎる二人声は逆に妙に緊張や居心地の悪さを考えさせないでいてくれた。 「やっぱり、お酒も買います。」 「えっ?飲めるの?」 「今日は飲める日みたいです。」 カゴを持ってレジに着くとファミチキが一つ寂しく残っていた。 「お願いします あと、ファミチキ一つ」 カゴを渡した瞬間、さっきまでのファミレストークが嘘みたいな接客スマイルで店員はレジを打った。 彼は会計が終わるまで私の後ろで申し訳なさそうな顔をして、店を出ると「ありがとうございます。」と律儀にお礼をした。 「うち、来る?」 「えっ?!」 「多摩川よりは近いからね。それに、今日はお酒飲める日なんでしょ?」 「 はい!」 彼は少し照れを漏らして笑った 「ウチでラーメンズのDVDあるから見る?」 「あっ、はい!」 どうやら彼と趣味も合いそうだ。 あのうるさい店員に少しだけ感謝した。 今日は花束よりロマンスな夜だった。
スズナリの横の公園顔したベンチで。
今日、運命の人と別れることができた。 別れなって周りには散々言われていたし、自分でも別れたくないわけではなかったけれど、なかなか言い出せなくて、決定的な問題も起きていないなかったから、なんだかんだ別れないままでいた。 別れようって言う為に、話があるって彼に連絡をしたら、「スズナリ横で話そう」って どうして付き合っていたのか、どうして別れていなかったのか、思い出した。 彼はフリーターで、バイトは週2のくせに殆ど家にいなくて、家賃も光熱費も食費も、私が養う。私のヒモだった。 かと言って掃除も洗濯も料理も、何もしないしありがとうはない。 どうして付き合っているか。の問いから目を背けるのに必死で、目を背けたい理由を忘れていた。 スズナリ横、小さな街頭一つに照らされた公園顔したベンチに、彼は既にハイボールを開けてふけり顔で待っていた。 「お待たせ」 話しかけると、手に持っていた手帳を閉じて私を見た 「いいアイデア浮かんだから大丈夫」 「そっか、よかった。」 長引いたら、別れられない気がした。 「じゃあ、俺たち結婚しよう!」 流石にバレていた。バレていたし、その上で結婚......ならファミレスだったし、私達は花束みたいな恋もしていないよ。 「ねぇ、今だけ。あなたと話したいな」 本心だった。 「私は、あなたが好きな脚本家じゃなくて、あなたと話したい。あなたの気持ちが知りたいよ」 「......それは......」 「あなたは、小林賢太郎にも坂本裕二にもなれないんだよ。」 別れようよりも、彼を傷つける言葉を口にしてしまった。 彼との出会いは、本多劇場 久しぶりの合コンが期待外れで、酔い足りないままなんとなく入った。 埋まりきらないつまらない演劇を見た帰り、流れ込んだビィレバンの端で、店員さんの手作りポスターの写真を撮っていた。 エッセイを書く人かな?なんて思って見ていたら、見るもの見るもにときめいていて、どうやら下北沢初めての人だったようだ。 きっと、今日の演劇も彼の目には輝いて見えたのだろうな。 興味が湧いて、強引に居酒屋に連れ込んでみたら、意外に趣味が合って、彼は脚本家志望で、さっき演劇も実は意外に面白くなかったようで、彼を気に入った。 それから何回か、下北沢で遊ぶようになって、いつの間にか付き合っていた。 一緒に何度もスズナリや本多で演劇を見て、トリウッドで映画を見て、名前だけ見てライブハウスに入って見たりして、彼との下北沢は、いつもより空気が軽くて居心地が良かった。 しかし、彼は少しずつ変わった。 彼も、私も天才ではない。 しかし、彼は天才への憧れを、捨てられないまま歳だけを重ねていった。 別れようと言いたかったのは、彼が天才を諦められるように。 私達は、あの日つまらないと言い合った劇団の脚本家にもなれやしない、凡人なんだって。 「俺は、いつか必ず」 「いつかって、いつ?」 「......」 「脚本、結局一番も最後まで書き切れたこと、ないよね?」 「いや、それは......」 「私達、もう直ぐ30になるんだよ。もう、バカではいられないよ。」 「天才なら!」 「あなたは! 天才なんかじゃない。」 「......天才じゃないのなら......」 「え?」 「天才でないと、受け入れてしまったら......全て、無駄だってことになる......全部、愚かで済まされてしまう。......もう、止まれない」 「無駄なんてことは、きっとない。かけがえのない瞬間だったことは間違い無いよ。私達は、下北沢の夜で笑い合ったあの日々の先に生きている。あの頃、私達は天才だったんだよ」 「まだ、天才にはなれないのかな」 「まだ、わからないけれど。私はもう苦しいかな」 「......僕は、まだ捨てられない。」 「......わかった。それじゃあいつか、本多劇場に招待してね。つまんないって笑ってやるから。」 「いつか、必ず」 振り返らないで坂を登った。 私は天才じゃ無いし、きっと彼も...... けれど、彼はきっとこの先もこの街に生きている。
ベンチとアルコールと
結局、このベンチの上で泣いてばかりだった。 隆弘はそこを引っ越す前日、自身のここでの暮らしを象徴する、河川敷の思い出のベンチを訪れていた。 「結局、思い出しか生まれなかったな〜」 明日、この場所を離れる。 期待していた全部と別れると決意した隆弘は、ようやく期待した運命に諦めをつけて、笑えていた。 「お酒、買って来ようか」 いつかもう一度、あの人に出会えたならと、隆弘はその日が来るまでお酒を飲まないでいた。 「もう、いいから〜」 あの日のあの人との思い出が詰まったお酒の味、あの日の思い出が塗り変わってしまう気がして、あの日の思い出に終わりをつけたくなくて、隆弘は飲まないままでいた。 しかし、もう終わりをつけなければいけない。隆弘はようやく諦める決心をした。 「先輩......」 隆弘がコンビニに買い出しに行って戻ると、あの日のあの人と全く同じ、赤いワンピースをなびかせる女性が座っていた。 隆弘は、幻覚なんじゃないかって、目を擦っても、彼女は消えない。隆弘は、彼女を待ち望んでいた時間が長かったせいか、ためらう間もなく彼女に声をかけた。 「すみません。」 隆弘が深々と頭を下げると、女性は足早に河川敷を去った。 勘違いだった。 ベンチに座って落胆する隆弘は、やけになって缶ビールのプルタブをこじ開けて、アルコールを舌に湿らせた。 アルコールの苦味が隆弘の脳に届いた瞬間、無意識に隆弘は涙を流した。 あの人に出会うまで、飲まないと決めたアルコールの味、忘れられないまま、諦めなければいけない自分。 隆弘は、失恋の味を知った。 泣いても、泣いても、アルコールの苦味を感じる度に再び涙が溢れてくる。 泣き疲れて、隆弘はベンチの上で眠ってしまった。 暖かい布団の中。目が覚めると差し込む朝日に隆弘は目を擦った。 「おはよう?」 隆弘は、まだ夢を見ているのだと確信した。 「よく寝られた?朝ごはん、ラーメン作るから待ってて。」 その家の屋上は、小さな鉄製の椅子二つと、同じ性質の机一つが隆弘のベンチを望むように佇んでいた。 「さぁ、食べよう!」 夢ではない。寒さと札幌ラーメン味噌味が、隆弘にそう告げている。 「泣きながらお酒飲んだらダメだよ〜お酒は笑って飲まないと!」 彼女は、あの日から変わらないままの笑顔で隆弘に笑いかける。 「あのーー」 「今日で、終わりにしなね?」 読まれていた、全部。 「お酒の味、楽しいままにしておいてね?」 彼女がそう言うと、朝の空気が2人を撫でた。 「じゃあ、もう一度だけ、乾杯してくれませんか?」 隆弘がそう言うと、何処からともなくあの日のお酒を彼女は1人で机に並べた。 「それじゃあ、私のこと、忘れるんだよ」 「はい、お酒を飲んだら、また思い出します」 隆弘は、ようやく笑って河川敷からの景色を受け止められた。
花火なんかよりも君の笑顔が一番美しい。
僕はあの日から自転車に乗る時は必ずイヤホンをすると決めている。 ニュースを見ていると、賛否両論のテロップの元、元俳優の政治家が、必死に自分の主義主張を話している。 「人一人で世界は変えられないのに、よくやるよな〜」なんて呟きながら朝ごはんを食べていると、スマホに通知が来た [今度、花火大会行かない?] 中学時代片思いしていた彼女からの連絡、僕は深く考えるまもなく、速攻で行くと返事した。 [よかった。花火大会の日、17時に駅前広場待ち合わせね。] 僕にはとにかくその日が待ち遠しくてたまらなくなった。 当日、結局花火が全てなり終わっても、約束の場所に彼女は現れなかった。 街中に満ち溢れる花火大会の後の世界から逃げるように、行きと同じ道を同じようにイヤホンをして自転車に跨った とにかく全部、馬鹿みたいに騒ぐチンピラも、僕にだけ現れなかった恋の香りも全部煩わしくて、ただ俯いて家に帰った 次の日、家に警察が来て初めて、彼女が花火の日から行方不明だったことに気がついた 花火大会に行ってくると、浴衣を着て家を出て、それ以来連絡もなく、家にも帰っていないらしい。 僕は、その話を聞いてからご飯が喉を通らなくなった。 数日後、彼女が保護されたニュースが流れてきて、安堵の後に不安が僕を襲った。 どうか、最悪がこれ以上存在していませんようにっと願って見つめるニュースの画面、映るのはほんの少しだけ見覚えのあるチンピラ、変わり果てて、僕の好きだった彼女の太陽のような明るさは、完全に消えていた。 僕がイヤホンをしたあの日、彼女を守れなかった あれから一年経って、もう一度花火大会の日が訪れた。 あれ以来、彼女からの連絡はなく、僕からも連絡はできないままだった。 一年前、あんなことがあった手前、一時は中止なんて言われていた花火大会は、そこら中に警察官を配備して開催することになった。 一年前から何処か空っぽな僕は、イヤホンをして何の目的もないまま駅前広場で流れる人の波を眺めていた 花火は、見る気になれなくて、もう少し人が減ったら、花火の音がしないところまで逃げ出そうと思っていた時、背後から小さく肩を叩かれて振り返った 「......ひっ、久しぶり......?〜」 その声は、精一杯の力を込めて、小刻み震えながら僕の鼓膜をかすめた。 自分の目が信じられなかった。実際に見る前にニュースで見たあの浴衣を見に纏った彼女は、今、精一杯の力で人混みの中、左手に目一杯力を込めて浴衣を握りながら、僕に声をかけている。 「まっ、まーー」 僕は反射的に彼女を全力で抱きしめた。もう二度、話してしまわないように。 一年間ずっとこうしたかったような気がする。 抱きしめる彼女の体が、震えていて、彼女の震えが収まるまで僕は抱きしめ続けた。 「どう......嬉しいよ。」 「ほら......約束だから。」 気がつけばお互い、涙が止まらなくなっていた。 「花火、見る......?」 しばらく抱きしめ合って、彼女の不安や恐怖が落ち着いて、彼女は少しだけあの頃みたいにおちゃめに僕に聞いてきた 「見たいよ。大丈夫。あそこには行かないか、。」 そう言うと、僕は彼女を連れて人の波と逆方向に進んで電車に乗る 花火大会の影響で電車の中は僕ら二人だけ、少し電車に揺られて、その後バスに乗って目的地まで着く。道中彼女は震えていたけれど、僕は絶対に彼女の手を離さないでいると、少しだけ震えが収まるのがわかった 「......港?」 何も伝えないでここまで来たせいで、流石に彼女は頭にハテナを浮かべている 「船酔いしないよね?」 「うん......え?」 僕たち二人だけを乗せた観光船は港を勢いよく飛び出して、僕たちの地元の海岸を海側から見る位置に止まった。 「大丈夫、貸切だから。僕たちだけ。」 そう言うと、彼女はあの頃より少しだけ大人っぽく顔を赤くした 「私が駅に来るの、わかってたの?」 「全く?本当にびっくりしたよ?」 「にしては用意しすぎじゃない?」 「......もう、後悔はしたくないからね。」 彼女の手を握ると、彼女はか細い力で握り返してくれる。 不安が消えないけれど、少しだけ彼女の顔に好奇心が宿る 「ねぇ?花火なんじ......」 思わずキスしてしまいそうになる自分を必死に抑えて、顔を背けた 「ごめん、ちょっとーーー」 唇に伝わる柔らかい感触、いつの間にか背中に回されてた彼女の右腕、唇と唇が確かに触れ合って、彼女の温度が僕の身体に流れ込んできた 「いいよ。キス、君とならしたいから。」 太陽のように明るかった彼女の笑顔は、少しだけ色っぽくなっていた。僕はこの笑顔を一生守ると、心に誓った。 僕たちのその先で花火が輝いて待っているけれど、心臓の音がうるさすぎて花火の音なんて聞こえない。 「これからずっと、花火の前でキスがしたいです」 僕の言葉に、彼女はもう一度キスを返してくれた。 どんな花火なんかより、彼女の笑顔が美しかった。
五縁がありまして。
神社の前を通って、そういえばさっき財布に五円玉が入ったことを思い出した。 コンビニで、十円のお釣りを五円玉二枚で返された。変な店員だった。 これも縁かなって、鳥居を潜ってお参りすることにした。 先週、強めな雨が二、三回降ってこれまでの暑さがようやく過ぎ去って、とても気持ちい風が吹いている。 気持ちのいい風が抜ける神社の参道は草木の匂いを運びながら楽しそうに揺れていた。 参道を抜けて、鳥居の手前の手水舎、一連の工程を済ませて杓を戻すと突然聞き覚えのある声がした。 「斎藤くん?」 「......はい?」 そう言って振り返ると、半年前に辞めたバイト先の先輩が少し息を整えながら僕をのぞいていた。 「叶先輩?!」 「やっぱり斎藤君だ〜なんとなくそうかなって思ったらやっぱり〜」 「叶先輩こそ、こんなとこで何してるんですか?」 「ん?私? あ〜最近この辺でバイトしてるから〜」 「なるほど」 「斎藤君は?お参り?」 「縁があったもので」 「相変わらずだね〜 そうだ!今晩ご飯、付き合ってよ!暇でしょ?」 「いや、暇ですけど......まぁ、いいですよ。」 「ありがとう。じゃあ私まだ仕事あるから、終わったら連絡するね〜」 先輩から連絡が来ないまま、たった今、僕が乗らなければいけない電車の終電が目の前の駅を発車した。 もう帰れないことは確定した。僕は先程のコンビニの前まで歩いた。 先輩は、相変わらず変な人だ。 変な人は、僕を変に思わないから好きだ。 携帯を触りながら急いで出てくる先輩と、店の前で目が合って、先輩は恥ずかしさと呆れを混ぜた表情で笑った。 「斎藤君は、やっぱり変だね」 「叶先輩には負けます。」 先輩は全部諦めて、僕達は隣の神社の鳥居を潜った。 やっぱり、変な人と一緒に居ると落ち着く。 「先輩、五円持ってます?よかったら貸しましょうか?」 「うん!返して!」 先輩はバカな顔をで笑う。 もう片方の5円玉を出して先輩の手のひらに乗せた。 真っ暗な神社の賽銭箱の前、二人の拍手の音が響いた。
ナポリタンを食べに
先代から引き継いで二十年続けた、私の喫茶店は、今日、最後のお客を見送った。 この二十年、世界は便利や手軽さを追求して、私の喫茶店はその逆風に抗いきれず終わりにすることになった。 誰もいなくなった店内、もう二度とここに新たにお客様が入ることはない。そう考えた途端、悔しさと惨めさで少し座り込んだ みんな、ありがとう。って去って行った。 はたして、私は誰かに何かをできたのだろうか。 窓から小さな光が差し込む 窓際の席、あの席だけが少しだけ光が刺して、僕は何となくあの頃のように席に腰掛けた。 席に座った瞬間、酷い眠気に襲われてそのまま意識を失った。 「なにこれ、綺麗な時計〜 落とし物かな......? おっ、起きた」 「......ん?」 「いっぱい寝たね〜期末テスト、しんどかったよね〜」 「期末......テスト......」 眠たい目を擦って顔を上げる、賑やかな店内、制服姿の僕と制服姿の彼女、クリームソーダを啜る彼女が僕を覗き込んでいた 「まだ寝てる?いいよ。」 「いや、大丈夫......」 「そう?無理しすぎないでね〜君、期末前凄く追い込んでたんだから〜」 「はは、、」 何だか、懐かしい夢だな。まだ賑やかな店内、ほのかに香るナポリタンの匂い、彼女の笑顔。 きっと神様がくれたささやかなご褒美みたいなものなのだろう。 「ほら、私のクリームソーダ飲む?」 「いや、いいよ。レモンティー注文するから」 「ふ〜ん あっ、ねぇ、進路決めた?」 「ん?進路?」 「ほら、君だけまだ出してないでしょ?進路調査票。館山キレてたよ〜」 「はは、進路ね〜 まぁ、なるように......」 少しだけ、思い出した。ほろ苦い思い出。 「進路、早く決めておかないと、呼び出しだよ〜怒られるよ〜」 「いいよ、怒られたって、進路なんて決めたって......」 それ以上は、口から出したくなかった。進路なんて決めたってうまく行きはしない。それは大人の苦しみだ。高校生ならまだ、夢を見ていてほしい。 「困るよ、君が怒られたら......」 「ん?」 「女子高生!一人で喫茶店なんて入れないって!」 「あ〜、はいはい、なら他の友達とか......」 そう言うと彼女は頬をぷっくり膨らませて僕を睨んだ 「......やだ......」 「ん?」 「君とじゃなきゃ、やだ。 この喫茶店は、君とじゃなきゃやだ。」 「......うん。」 「卒業しても、またここで二人でクリームソーダ飲みたいな〜大人になったらナポリタン食べてみたい!」 「いや、今でも食べれるでしょ!」 「今食べたら夜ご飯食べれなくなる〜」 「はは、そうだね〜」 「だから、大人になってもまたこの席で付き合って!」 「うん。大人になってもね!」 「そう......か......」 ずいぶん濃い夢だった、少しまだ目を覚ましたくない、そういえば、結局彼女はナポリタンを食べに来なかったな。 「おっ、起きた」 「ん?」 僕以外いないはずの店内、その一言で、誰の声なのかわかった、しかし、そんなはずはないと恐る恐る僕は顔を上げた 「まだ寝てる?いいよ。疲れたもんね。」 彼女は、あの頃よりも少し痩せていて肌も少しやつれている。でも、間違いなく彼女だ。 「どう......して......」 「いや〜喫茶店終わるってたまたま聞いてさ〜その〜返し忘れを返しに?」 彼女は照れくさそうに頬を掻く 「返し忘れ?」 「その〜......時計......学生時代にここで拾って返しそびれちゃってずっと持ってたから......」 そう言って彼女が差し出した時計はよく見ると見覚えがあった。 「あっ!これマスターの!」 「えっ!あの白髭おじいちゃんの?!」 白髭おじいちゃんって、彼女はそういえばマスターのことをそんなふうに呼んでいたことを思い出して笑えた 「ありゃ〜ずいぶん悪いことしたね〜マスターまだいる?」 「いや、十年前に亡くなったよ。だから今日まで僕がここの店主だったんだから。」 マスターが亡くなったこと、きっと彼女は知っているだろう。多分返すタイミングを見失って、でも返さないとモヤモヤしてこんな時間に来てしまう。全部彼女らしいなって思えた。 「そっか〜二十年、長かったね〜」 「えっ、あ〜うん。長かった......ね。二十年で、おしまいにしてしまった。」 真っ暗な店内で、思わず口を出た言葉に自分で泣きそうになってしまった。 「うんうん。君は凄く頑張った。誰にも責められないくらい。立派だったよ。本当にお疲れ様。」 学生時代より柔らかくなった彼女の笑顔、僕は堪えきれずに涙を流した。 「今はゆっくり休んでいいんだよ。君は充分やりきったよ」 僕が情けないくらい泣いている間、彼女はずっと僕の頭を撫でてくれた。 「そう言えば、お腹すいたね?」 「夜ご飯食べてないの?」 「昼もまだだよ〜」 「......じゃあ、ナポリタン作るね」 「やった〜! もう、ママに怒られないからね〜」 「だね、大人になったね。」 作り慣れたナポリタンを皿に盛り付けて、彼女の前に運ぶと、あの頃のように無邪気にかぶりついた 彼女は笑顔で凄まじい勢いでナポリタンを食べきった。 「君のナポリタン、本当に美味しかった〜。ありがとう。!」 「うん、こちらこそありがとう。」 「......これっ、これからも......君のナポリタンが食べたいな......私の為に、毎日作ってよ......」 照れくさそうに頬を真っ赤にしてそう言う彼女、これが逆プロポーズだって気づくのに少しだけ時間がかかった 「えっ、あ、その」 「君のナポリタン。これからもずっと食べたいな。」 「......うん。これからは君のためだけのナポリタンを作るよ。」 僕の喫茶店最後のメニューは、僕たちの最初のメニューに生まれ変わった。
くじ運の人生
「海底からでも空を見るのを諦めてはならない?何それ?」 「おみくじ?」 「うん、 はぁ〜私、くじ運ずっと悪いんだよね」 「えっ?どうして?」 小夜は可奈が右手に大吉のおみくじを持ちながらそんな話をし始めて、不思議だった。 「ほら、私、どんな男とも半年以上続かないでしょ?」 「は、はぁ?」 「それにさ〜、奨学金借りてるし、先月大学除籍になったし」 「くじ運に関係ある?」 「全部、ガチャ外しちゃったからだよ〜。ガチャ運悪いくせに、こんな初詣のおみくじだけ大吉でも全然嬉しくない〜」 「は、はぁはぁ〜」 「小夜は? 小吉?! まぁ、小夜はガチャ当ててるもんね〜」 「そ、そう、かな......?」 確かに私は奨学金も借りていないし、あと三か月で大学を卒業して、同時に今の彼と籍を入れる。しかしどうやら、私は友達ガチャを外したらしい。
お酒はまずいから
今日は、ハイボールも日本酒も全部まずくて、まずいお酒は僕を普段の何倍も酔っぱらわせて、気が付いたら見知らぬ田舎の駅で駅員さんに起こされていた 「この電車に乗ればまだ新宿まで行けますから、あと十分で出発なので気を付けてくださいね」 アルコールが酷く回って、頭がぐらぐらして、駅員さんの言葉がよく聞こえなかった とにかく、この電車に乗ればいいのか 今が何時なのか、よくわからない。 田舎といっても新宿から一本の場所だ、この電車に乗れなくとも、どうにかなるだろう しかし、夜の田舎駅は冷たい風が吹き抜ける、さっきまでの頭痛も二日酔いもみるみる収まって、体中のあらゆる感覚が鮮明になるのがわかる しばらくベンチで風にあたって、駅のアナウンスが電車の発車時刻を呼びかける までうまく力が入らない足に、無理やり力を込めて立ち上がると、反動で少し立ち眩みをして、目の前を通り過ぎようとした人とぶつかってしまった 「あ、すみません」 「いえ、」 駅の発車ベルが鳴った、電車は今にも扉を閉めようとしている 「紗枝尻 京子?」 先ほどぶつかった女性のカバンから落ちた古びた手紙をひり上げて、僕は思わず手紙に書かれた名前を口に出した 「.......えっ?」 すると先ほどぶつかった女性が電車に急ぐ足を止めて振り返った その瞬間、電車の扉が閉まり、先頭車両の車掌がこちらを呆れたように睨みつけながら電車は音を立てて動き出した 「あっ!」 「あ~......」 二人で思わず声を出して自分たちを置き去りにした電車を見送ると、さっきまで無表情だった女性は僕に怒りを隠しきれないように睨みつけた 「次の電車、待てば......」 「今のが終電です!」 お互いに初対面にしては何ラリーか飛ばした会話から始まり、普段なら人見知りで言葉が出ないはずなのに、お酒のおかげかなんの躊躇いなく会話できている自分に驚いた 「えっ、じゃあ、タクシー......」 「来ないですよ、道路ないですから」 「えっ、ここ.......」 「群馬です。酔っぱらって寝過ごしたにしては運が悪いですね、小田急ならましだったのに」 「えっ、さすがに漫画喫茶くらい......」 「ないですよ、ここ、群馬県なので」 .......群馬県、どんだけ田舎なんだよ 「え、じゃあ......」 「ここで、始発まで待ちです」 「え、駅の外は.......」 「駅の中のほうが安全です、クマが出ますから」 「おぉ......」 「はぁ~.......終電逃し史上最悪の駅なんです、群馬大霊園前駅は!」 「え?霊園?!お墓?!」 「はい、駅の外出ればクマと霊が沢山いますよ」 「.......なんてとこに......」 「これで分かりました?貴方が犯した罪の重さが」 「.......無事帰れたら、何か御馳走します」 「.......まぁ、と言ってもクマはそうそう駅には来ませんし、霊も悪い霊ばかりってこともないですから」 「はぁ、」 「この際なので、始発までお話しませんか?沈黙だとクマ来ちゃうので」 「ぜひぜひ!」 クマが怖いのはもちろんだが、手書きフォントの映画みたいな現状にドキドキする自分がいた 「どうして、こんなとこに?」 二人並んで駅のホームに腰を掛け、彼女から切り出した 「いえ、お酒を飲みすぎてしまって」 「それはわかります。じゃなくて、どうしてそんなにも酔ってしまったのですかっ?て見かけ的に、お酒好きそうじゃないから」 「見かけで分かるんですね、凄いですね。そうです。お酒得意じゃないんですけど、今日はお酒が飲みたい夜で、もう半年は飲んでいなかったので、物凄く酔いました、、、」 「お酒はダメですよ、特に外で飲むなら。おかげで帰れなくなっちゃいましたから。」 「はは、それは本当に申し訳ないです」 「いえいえ、もう怒ってません、怒っても電車はきませんから」 「はは。本当に、帰れたらご飯おごらせていただきます」 「ふふ、楽しみのしてます」 「それであなたは?どうしてこんな時間に?」 「.....お墓詣りです。忙しくて、こんな時間になっちゃったけど」 「まぁ、霊園前ですから、僕みたいにバカしなきゃお墓詣りですよね」 「でも......少し、あなたのバカに感謝しているんです。今日は、まだ何となく帰りたくなくって」 「帰りたくない?」 「なんか、まだ帰れれないなって思っていたので、本当に帰れなくてなんか納得しちゃいました」 「でも、さすがに始発までには帰りたくって仕方なくなってそうですけど」 「ふふ、そうですね、余韻とかの時間ではないですかね」 「お墓詣りって、家族とかですか?」 「......」 「言いたくないことでしたよね、ごめんなさい......」 「.......わたっーーーー」 [グウウォウ!!!] 彼女の言葉をかき消すように、野生そのもののような鳴き声がして一気に空気が凍り付いた 「.......今のって.....」 「クマですね.......」 小声で話した後、背後の気配が完全に消え去るまで、二人で口を押さえて息を殺した 「もう、行きましたかね?」 「さすがに.......大丈夫かな......」 その瞬間、張り詰めた糸がほどけるように彼女は大きく息を吸った 「こ、怖かったですね......」 「ですね、まさか本当にいるとは」 怖かった、そういう彼女はを平静を装い切れていないのがわかる、息を殺していた数分間、彼女は異常なまでに震えていた 「クマ、苦手ですか?」 「......苦手、ですね。」 「ま、まぁ、得意な人なんていませんよね~」 「.......私、クマに襲われたことが合って、人より苦手なんです」 「それは......」 「すいません、こんな話せれても困りますよね」 「いえ......守れるかわからないですけど、いざとなったら僕を身代わりにでも.......」 「それは嫌!」 「えっ.......」 「すいません、つい......」 そうか。 「そういえば、旧姓、紗枝尻だったね、京子。」 僕が京子の名前を読んだ瞬間、さっきまで怯えていた京子は顔を上げて瞳に光を戻した。 「そうか、君はもう......」 「覚えてくれていたんですね、もう何年もいらっしゃらなかったから、とっくに私のことなんてわすれているのかと」 「君のことを忘れたことは一度だってないよ。僕は今日、この瞬間まで......君を探していた。」 「......そっか、忘れたんじゃなかったんだ、よかった」 「ごめん、君の名字を貰っておいて、クマから守ることすらできない男で.......」 「貴方は悪くない。ただ私の運が悪かっただけ。でもよかった。見つけてくれて」 「たまたまだけどね、京子は、ここに?」 「母が手配してくれた。母はあなたのこと認めてなかったから何も言わなかったのでしょうね」 「......よかった、ちゃんとお墓に君がいて、山奥に一人ボッチじゃなくて、君は寂しがりやだから。」 「前よりは一人もなれたわよ。でも、.......寂しかったですよ」 「ごめん、遅くなって」 「うんうん、私こそごめんなさい、あなたがお酒飲めないのに、親戚の会に行かせて」 「......やっぱり、お酒はダメだね」 「ですね、来年、今度は家で飲みましょう。それまではお酒飲まないでくださいね」 「あたりまえさ、君と一緒でないとお酒はまずいから」 「それじゃあ、また来年」 「それじゃあ、また」 京子は手を振って風に流され優しく消えた 京子が帰った駅に朝日が差し込む 僕は涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭いて、始発電車に乗り込んだ
どうせまた、地球は滅亡したりなんてしないけど
「もう会えないかもだから、今から会えない?」 三年前に別れた元カノからラインが入って、少し不吉な文面せいで、僕は急いで家を出た 彼女は、あの頃二人でよく街を眺めた、公園のベンチで待つと 午前2時 約束のベンチに向かうと、少し肩を丸めて小刻みに震える彼女がいた。 「こんな夜中にどうしたの?」 背後から呼びかけると、びっくりするくらい血の気が引いて、少し青ざめた顔の彼女が振り返った 「ちっ地球......終わるから......」 「ん?なんて?」 お化けかと思うくらい真っ青な彼女は、僕が近づくなり、僕の上着の袖を目一杯に掴んだ 「あと!二時間で地球終わる......」 「あと二時間......あっ!」 そこでようやく思い出した。そういえば今日の、4時十何分かに、なんかの予言があるとか聞いたな、と。 僕はそういうの、アホらしいと気にしていなかったけれど、そういえば彼女はそういう予言とか芸能人の不倫とか、一か月も経てばみんな忘れているような話題が好きだったな、と。 「そっか、今回はノストラダムス?だっけ?ババ・ヴァンガ?」 「うんうん......たつき諒」 また知らない名前だ、相変わらず陰謀界隈は色んな人が出てくるな...... 「で?地球終わるの?隕石?噴火?」 「うんうん......地震......」 地震で地球は終わらせられないだろ。本当に飽きないな 「で?地震が来るならなんでこんなとこに?もっと安全なとこに逃げたら?」 「地球終わるから。逃げても無駄......」 絶対捕まえる死神かよ。 「そうか、地球終わるのか〜。なら、今回は不安にならなくてもいいんじゃない?」 「えっ?!どうして?」 「だって、地球終わるんでしょ?ならそれを悲しむ人も語る人もいないんじゃない?滅亡なんだから」 「えっ?」 「ほら、未曾有の災害とかならさ?それで生き残ったら、失ったものとか命が悲しいし辛いじゃない?でも、滅亡ならみんなが全部失うんだから、自分も誰も悲しまないじゃん?」 「......理屈っぽいね」 「あっ、ごめん」 「でも、よくわかんないけど、震えはなくなった。ありがとう」 「なら、よかった」 「そうだね。どうせ滅亡して、誰も悲しまないんなら......今、この景色を見ていよう。なくなってしまって、その先どうなるかわからないけど、忘れないように」 そう言って彼女は僕の手を握りしめた。 「誰も悲しまなくても、滅亡したら君とは手を繋げないから。つないでおくね」 僕らはお互いに寄りかかりながら、手を握って街を眺めた...... 朝日が眩しくて目が覚めた。 「うっ......」 「ん?!」 「滅亡、しなかったね!」 その日、予言の時間が終わっても、僕らは手を繋いでいた。 結局その日もその次の月も地球は滅亡しなかった。 僕は陰謀論とか予言とかはあまり好きじゃない。無駄に人を不安にさせるだけであまり楽しくないから。 でも今日は、少しだけ滅亡予言に感謝をした。
私、かわいそう?
小学生時代、私だけ長袖の体操服を買ってもらえなくて、真冬の体育を半そでで受けていた それを見たクラスメイトが、「かわいそ~」と、私を笑った それがどうしてか、私には心地よくて そうか、私はかわいそうな子なんだ.......その感情だけ、みんながかわいそうと私を見るその視線だけが、枯れきった私の心を潤してくれた。 朝、目が覚めると、真っ先に、SNSをくまなくチェックする 性別も年齢も職歴も、別々のアカウントで、寝ている間に起きた、あらうる出来事を収集する そうして、あらかた集めきると、今度は発信側に回る 三十代男性無職のアカウントで仕入れた情報を、二十代女性会社員のアカウントで、四十代女性専業主婦のアカウントで仕入れた情報を、三十代男性起業家のアカウントで、それぞれ拡大解釈と少々のヒステリックを織り交ぜて、全て、被害者としてつぶやく そのあとは、xでバズっていた投稿を、海外のアカウントで、スレッズに手直しを加えて、英語で投稿する それが終わるとそろそろ........きた。 先ほど、二十代会社員のアカウントで投稿した、女性専用車両に座っていたら、気持ち悪い男がいきなり座って来て、あまりの臭さに電車を降りた、という投稿がばずった 本当は電車なんて乗っていないし、添付した画像も、仕入れた情報元のアカウントのほかの写真から、aiで生成したものだ 仕入れ元の投稿なんて、寂しい無職が、電車に乗ったら、満員電車で自分の隣だけ開いていた。そんな一文でしかない。 あぁ.......きた。 {本当に最悪ですね..... 男ってこれだから...... 風呂ぐらいはいいってほしいです...... あぁ........それは........ かわいそう} その後も、続々と私の投稿がバズる 引用同士の喧嘩や、リプライにぶら下がるゾンビ、正義ぶってお気持ち表明するアカウント、すべてが私の心を満たす道具でしかない さぁ、もっと、もっと、私を満たして 今、私が世界で一番かわいそう。 あぁ......幸せ ある朝、それは突然だった いつものように、情報収集をして、投稿を済ませても一向に、バズらない 通信障害が起きてるなんて情報はなかったし、.......何かがおかしい 慌ててスマホを開いて、Wi-Fiを切ってゲストアカウントでxを開いた....... そこには、私が持つ全部のアカウントがさらされて、中身が一人だとさらされていた 私は急いで、すべてのアカウントを削除して、布団にくるまった それから何度試しても、ダメだった アカウント一つ作るたびに、必ず過去のスクショが張られる 何が原因なのか、さっぱりわからない Wi-Fiも切った。メアドもパソコンもスマホも、全部変えた 遂には家賃を落として別のマンションに引っ越した それでも、私のオアシスは戻ってこなかった もう、限界だった。 一向に潤うことがない心 慣れた手つきで、自分で散らかした部屋を掃除しているとき、ふと、終わりにしようベランダに向かった カーテンを開けて、ベランダに足を踏み入れた瞬間、部屋の下、外に広がる道路に、男が一人、カメラを構えて立っていた 私と目が合った瞬間、男は無様にしりもちをついて逃げ出した 「あいつだ」 その瞬間、私の頭はアイツを殺すことでいっぱいになった 台所の包丁を手に取り、玄関を勢いよく飛び出す 野生の感なのか、第六感なのか知らないけど、私はすぐにアイツを見つけた この男.......デブで臭いキモ豚が私の幸せを壊した。許さない 私は逃げ惑う男を、追いかけすぐに捕まえ、男に口を開かせる間もなく包丁を突き刺した 男肉体を、包丁で突き刺した瞬間、もう何年も味わっていないあの快楽が私の体を駆け巡った 「あぁ......空が気持ちい......」 ぽっけに入っていた携帯を取り出しライブ配信を始める 男に肉体と、私 コメント欄は、いつも通りのインターネット 「ねぇ.......どう? 私ーーーー 可愛そう? 」 背後から物凄い力で、取り押さえられる 私が殺した男の顔は、思っていたより豚ではなかった けれど、仕方ないよね。 私のほうがかわいそうだもの 事件は、解明されんかった 犯人の女性は、一度の事情聴取も受けることなく自殺した 警察がいくら調べても、犯人と被害者の接点は見当たらなかった 被害者はその日、青空の写真を空がきれいだと文を添えて投稿していた