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286 件の小説
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病み6割、性癖2割、フィクション2割で投稿してます。

メンチカツの味 忘れる

初めて喧嘩をしたのは、僕がコロッケを買い忘れて返った日 僕たちらしいな、なんて思ったりしたけれど、それ始まりだけで、時期に恋人から夫婦になるという時期に、どんどお互いの摩擦が火種になった。 [いつものベンチ、来て] 仕事終わり、駅から歩いていると彼女から久しぶりのラインが来た いわゆる倦怠期のような僕達に、頻繁に連絡するなんてありえなかった。 いや、浮気はしているけれど、バレているはずはないのだから、僕には彼女が何故怒っているのかわからない。 [わかった] 返信してしばらく歩いていると、小高い丘のいつものベンチに彼女は座っていた。 僕を見つけるなり、少し冷たい目で僕を隣に座らせた。 「なんでーー」 「ねぇ、いつからメンチカツが好きになったの?」 予想外の話題に驚いた、彼女は僕がメンチカツの方が好きなことに恨んでいたのか 「いや、この間たまたま見つけてさ〜あのお肉屋さんコロッケもいいけどメンチカツもーー」 「いつから!?」 「えっ......ーー」 「先月から、だよね......」 「え?うん......」 「私達、付き合ってもう半年か......来月、式だよ?」 「うん、楽しみーー」 「浮気、楽し?」 浮気の二文字が彼女の口から出た瞬間、僕の心臓は梅干しのように目一杯萎んだ 「えっ?浮気?」 「あのお肉屋さんね、メンチカツは夕方にはもうなくなってるの、必ず。」 「えっ?いや、そんなことーー」 「私、毎日あなたが帰る前にコロッケ食べてるんだよ?」 彼女の声にはもうあの日のような暖かさはなく、冷え切った呆れと悲しみと怒りが複雑に混ざっていた。 僕は、あんなに大好きだった彼女の顔が今は見れないでいる。 なんて言葉を繋げれば、まだこのまま彼女の隣にいられるのか、僕にはわからない。 愚かな過去の自分を、ひどく恨む 「一回だけ、チャンスをあげますーー。」 「はい......」 「今後一切、メンチカツは食べないこと。」 彼女はやはり可愛くて、愛おしい。 「はい。二度と、メンチカツは食べません。」 「これから毎日、飽きるくらいコロッケを食べさせてあげるね?メンチカツの味なんて二度と思い出せないくらい。」 彼女の声に、今まで感じたことのない闇を微かに垣間見た 「はい!この話ここでおしまい!」 彼女はケロって立ち上がって歩き始めた 「結婚式、楽しみだね〜」 その日、明日からも毎日永遠にコロッケを食べるために、生きようと誓った

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コロッケ 一個でいい

付き合いたての彼女と、ばったり帰りの駅で会った。 珍しいこともあるもんだね〜なんて言って一緒に彼女の家までの帰り道を歩く 帰宅時間真っ盛りな駅前商店街は、いつもなら少し面倒だなんて思うけれど、今日は自分も商店街の賑やかさの仲間になれている気がする 「あっ、ここのお肉屋さん、コロッケ美味しんだよ〜」 「へ〜知らなかった。よく来るの?」 「うん!毎日帰りに買って食べてるよ!ごめんね〜」 「ふふ、いいねそれ」 「でしょ!一緒に食べよ〜」 そう言って彼女はお肉屋さんに立ち寄った。 「コロッケ、二つください!」 「はいよ〜 あら、ごめんね〜コロッケ残り一個しかないや〜」 「え〜」 「いいよ、一個二人で分けようか?」 「うん!  コロッケ、一個ください!」 「毎度〜」 二人できた、お肉屋さんに少しやらしい目で見られながらコロッケを受け取る。僕が分けようと手を伸ばした時 「ハムッ! はい、これで半分こ〜 美味しい〜」 僕の手にあるコロッケを彼女は可愛く一口噛んで嬉しそうに笑う 「あ〜......結婚してください?」 「えっ、?!結婚?!!」 「いや、その〜君の笑顔をずっと隣で見ていたいな〜と、」 「〜ほぉ、うん。結婚。よろしくお願いします。」 二人で手を繋いで返った商店街、僕は一生コロッケの味と夕焼け空を忘れない。

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As long as you smile

私の彼は、売れない小説家だった。 彼の小説は、誰にも読まれないまま。 私だけ、彼の書く小説が大好きで、私の感想を恥ずかしそうに聞く彼の姿を見て、このまま時が止まっていてくれたらいいのにって思った 今日、彼の小説の三部作の最終章、「涙を流す女」の発売日 しかし、世界中どこを探しても、彼の小説は、書店には並んでいない 彼の小説は、呪われた小説として未完のまま、永遠に語り継がれる 私と彼だけが、あの小説が完結した世界で死ぬ 今日、名作ミステリー、「As long as you smile」の完結編が二十年の時を超えてついに発売される 未完のまま度重なる事件により、一時は最終章の発売は完全に頓挫したが、二十年の時を経て、遂に発売される。 僕は、その発売セレモニーにカメラマンとして参加した 会場は歌舞伎町のゴジラ前の通りを目いっぱい溢れんばかりの最終章の発売を心待ちにしたファンたちを詰め込んで開催された ファンたちは、当時学生だったファンや、最終章に関する一連の物語に引かれた、若いファンたちもいた 彼らは、皆、最終章の発売を心待ちにして、遂に今日、この日にこの目でそれを体感できることに興奮していた しかし、皆、それだけではないことを、全員が、自覚していた このミステリーの最終章には、もう一つ未解決事件がある。 ファンたちは、今日この日、その事件の完結を目にできると、二十年の時を超えて、かつて胸躍らせたその物語に、また興奮していた しかし、最終章は、その日も全国の書店に並ぶことはなかった 二人の人間の死によって、最終章は、もう一度闇に頬無理去られた 事件は、まだ終わらなかった 最終章は、おじいさんが一人で営む、田舎の小さな書店にひっそり並べられていた それがあの最終章だと、発見されるまで、80年と、7人の命が犠牲になった 最終章が全国の書店に並んだ日、書店のおじさんは亡くなった 八人目の犠牲を持って、この事件は完結した。 「As long as you smile」 あとがき 「涙を流す女」 私の彼女は、よく笑う子だった 沢山笑う彼女のそばにいると、自分も少し笑えているような気がして、そんな自分のことを少しはましに思えて、少しだけ生きて居ようと思えた 彼女に告白されたとき、嬉しかった、でも彼女が昔より笑わなくなってしまうような気がして怖かった。 彼女は、もうあの頃のように笑わない 私から出る死の空気が、彼女から笑顔を奪った 彼女が笑わないままでは、死ねないと思った 彼女に半分強制でお酒を飲まされた夜、僕はふわふわしか心地で、昔話をした それを聞く彼女は、あの頃のように晴れやかな笑顔をしていた 私が小説を書き始めたのは、その時からだった 小説は、書き終わるたびに、彼女にだけ見せて、その度見せる彼女の笑顔のためにまた書いた ある日、彼女が私の小説が出版されると嬉しそうに言ってきた 私には、意味が分からなかった。それでも、彼女が笑ってくれるのなら、かまわないとそう思った 彼女は、もう私に笑ってくれない 代わりに私の本を持って笑っている ようやく、死ねるようだ 私は取りつかれたようにペンを握って、最終章を書き上げた この作品で、私は死ぬ。 彼の小説を、インターネットで目にしたとき、恐怖と怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった それの犯人は、当然彼ではないし、私でもない。 結局最後までその真相はわからなかった しかし、インターネットに公開されていた、彼の作品たちは、皆に称賛されていて、少しだけ嬉しく思った 何か手掛かりをと思って、ネットのコメント欄に掲載されていた、出版依頼をしている電話番号にかけてみた 一回直接会いたいと言われて出版社に向かった その日は、最悪だった お金の話ばかりされて、私から口を光る権利はまるでなかった 結局、連絡先だけ渡して逃げるように帰って、彼に会わないまま一人で泣いた 翌月、あの出版社から、メールが来た 次の週に彼の小説が書店に並ぶと 私はその日食べたごはんを全部吐き出した 出版社のメールの最後に「小説は誰かに読まれて初めて完成します。私たちがこの作品を関せしさせました」と。 彼の作品は、私たちの中でとっくに完成していた。 発売日、私は彼の前で笑った 全てを背負って、私は彼を守ると誓った 彼の作品が、書店から消えるその前に、彼が私の前から消えた。 彼がよく私の感想を聞いて笑っていた机の上には、ブわつい紙束が置かれていた それは、彼が寝る間も惜しんで取りつかれるように書いた、ベストセラーになった彼の作品の最終章の原稿だった。 私には使命ができた。 この使命の先に、彼はいない。 私はまだ、死ぬわけにわいけない。 あの出版社が力業で最終章を発売しようとした前夜、私は彼の小説を勝手に出版して、彼を殺した編集著を、ナイフで刺し殺した。 それから、逃げるように田舎に消えて、時が来るまで、田舎で彼との子書店を営んだ 彼の作品が世に出そうになるたびに、私は首謀者を手にかけて、私手は、三人の血で汚れていた 三度の事件による発売停止は、彼の小説を未完の名作に仕立て上げた そうして二十年、ようやくすべてが終わる 彼の小説をの発売記念のセレモニー、想定道理行われたセレモニーで、私は彼の作品の通りに、出版社の社長を刺して、自らの喉元に重工を突き付けて引き金を引いた。 その日、私は何年振りかに笑えたような気がした。 私の母は、私の父の最後に書いた小説になぞって、最後まで全うしてこの世を去った 私の父は私がまだ母のおなかの中にいる時に、死んだ 父は小説家だったらしい 母が、時々一人で泣いているのを、私は気が付いていた 決して私の前では泣かなかった母が、唯一三回だけ、私の前で涙を流した 私が二十歳になった時、母はおめでとうとありがとうとごめんねを言って私の前から消えた それから私は死ぬまで、母の書店を守り抜いた その本が世界に飛び立つ時、母の使命と私たち家族の物語は終わった 最終章には三人のあとがきが添えられた 彼らがその先で、笑顔であることを願う。

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As long as you smile

僕たちは、天才じゃない。

僕たちは天才じゃない。 そう諦められた人間から、順に大人になって行く 小学生の頃は誰しも自分は天才だった でも中学になれば、自分よりなんだってできる奴を一人や二人は見て、自分はそいつの下位互換でしかないことに気がつく。 高校にもなれば、自分を天才だとまだ諦めていない奴が痛々しくて、それをアザ笑うようになって、ふとそんな自分が、まるで過去の自分を笑っているようで、そんな嫌な感覚を振り払うように、他人を仲間と呼んで、群れの中で自分を肯定する。 大学に入ると、なぜだかまた自分が天才だと思うようになる。 大学生で、天才だと叫ぶと、周りより1ミリだけ上に行けるだ。 後から振り返れば、なんにも凄くない社会人が、ちょっと周りと違う奴を1ミリだけ上に持ち上げる。 そうやってできた大学の空気が、大学生という言葉に詰まっているがむしゃら、痛々しさの正体だろう。 だから、大学生になると、もう一度僕らは天才になれる。 そいつと初めて出会ったのは、一年でなんとなく入ったゼミの飲み会。 大学生故の内容が1ミリもない飲み会の空気に当てられて、外の空気を吸おうと居酒屋を出ると、そいつは向かいの電柱に口の中を全部吐いていた。 いや、吐くならそんな見えるとこじゃなくて店の横の細い路地にしなよって声をかけると、中にいる他の奴らとは違って、ふこし怯えながら謝って、そのまま走り去った。 変な奴だとは思ったけれど、変じゃない大学生なんていないから、そこまで気になりはしなかった。 次の日、演劇サークルの新歓で、あいつに会った。 大学の演技サークルだ、みんな我先にって、自分を他の奴とは違うってアピールしている中、そいつだけ端の方でもじもじしていた。 僕は演劇サークルに入ることに決めていたから、こいつと会うのは最後だろうって思った。 新歓の終盤、三年の先輩が即興でペアを組ませて軽く劇をやってもらうと言って、何かの因果か、僕はそいつとペアだった。 最初は何をするのか訳が分からなくて困ったが、何組かやるうちにそんなにちゃんとした物をしなくていいってわかって、そいつに耳打ちで、昨日の居酒屋の前の件をやろうと言った。 僕らの番が回ってきて、そいつが昨日みたいに倒れ込んで、ゲロを吐く演技をし始めて、僕が昨日みたいに、そんな邪魔になるようなとこじゃなくて、店の横の路地にしなよって言った。 その瞬間、さっきまで震えていたそいつは、目に確かな力を込めて僕を睨む 「邪魔......?俺が吐いてる場所が、たまたま店の前の通りで、俺にとっては店も道路も電柱も、そっちの方が邪魔なんだけど?!」 「......」 それまで流れていた、ぐだぐだした空気を切り裂くようなそいつセリフに僕は圧倒されて何も言葉が出なかった。 「俺からしたら、あんたも世界も全部邪魔だよ!」 カット! 三年の先輩の言葉でピリついた空気は元に戻り、さっきまでの震えたそいつ戻った。 「今日は、ありがとう。」 新歓のあの場で......僕は帰ろうとしたそいつを呼び止めないわけにはいかなかった。 「い、いや、ごめん。いきなり変なことして......」 「いや、凄かったよ。圧倒された。」 「へへ、嬉しいな......」 「凄かったよ。君、演技サークル入るんだよね?俺も入るからさ、これからよろしく。」 僕が手を差し出すと、そいつは僕の手を握らなかった 「いや、僕はサークル、入らないよ。演劇もやらない......」 「勿体無い」 「えっ?」 咄嗟に僕の口を出た言葉に、そいつは首を傾げた。 「勿体無いよ、せっかくあれだけ演劇凄いのに」 本当は人を褒めるのは好きじゃないけれど、今目の前でそいつが演劇をやらないと言うのに、僕は勿体無いと、引き留めたかった。 「いや、演劇サークルのあのノリ......ついていけないよ。あのサークル、演劇の為ってより、飲み会するための口実で演劇やって流みたいな感じがして......」 「......なっら! 俺と二人で劇団立ち上げない?」 「えっ?」 自分でも何を言っているのか、まぁ、どうせ断られるだろうし、僕も少しあの飲みサーの空気は嫌に感じていたから、まぁ、言ってみただけだ。 「二人で劇団......いい!やろう!」 「えっ?!」 「僕、長谷部翔太、これからよろしく」 僕はそいつに差し出された手を少しだけ躊躇いながら握った。 さっきまで怯えていたそいつの目に光が宿った。冗談で言った言葉で思ってもないことになったが、二人だけで劇団。なんだか特別を感じて、それもいいと思えた。 その日、僕たちは僕たち二人だけのサークル「ペリカンの卵」を立ち上げた。 劇団をやるとはいえ、二人だけだと何かできることの方が少なく、演劇サークルが他にある以上、まともに講堂も使えないから、とりあえず僕の住むマンションで毎晩二人で話し合った。 結果、とりあえず二人だけで一公演やろうと言う話になり、平日の、誰も見にこない時間に講堂の使用許可を取って、一回目をやることになった。 脚本は、前から少し書いていた僕が書いて、フライヤーを長谷部が作って、大学の掲示板に貼って、二人でビラ配りをした。 たくさんバカにされたし、演劇サークルにもしっかり目をつけられたけれど、長谷部と二人でビラ配りをしている時は、なぜだか全て楽しかった。 公演当日、震える長谷部の背中を強く叩いて、幕を開けた 正直0人だと思っていたけれど、冷やかしと演劇サークルの偵察で、十数人客がいた。 公演中は、とても演劇を見るような空気ではなかったけれど、僕と長谷部は下手くそながらに全力で演じ切った。 アンケートは冷やかしと脅迫しかなかったけれど、初舞台をやりきった高揚感だけで、僕たちには充分お釣りがくるような気がした。 それから僕らは月一で毎月公演をした。 客は10人を超えることはなかったけれど、二人だけで演劇に向き合う毎日が凄く生きてる心地がした。 9月の公演終わり、演劇サークルのサークル長が公演終わりの僕らに来週のうちの公演に出てほしいと、話をしにきた。 公開処刑の誘いなことくらいはわかったけれど、長谷部は珍しくやると即答したから、出ることになった。 その日は、長谷部はいつもより緊張していた。 最悪な空気の中、どうしたって貶されるのは目に見えていたけれど、僕らは舞台に上がった。 演劇サークルの公演に出てから、僕たちの定期公演の客は倍以上になった。 思えばその頃から、長谷部にファンがついていることに、僕はうっすら気がついていた。 年が明けて、新入生が入ってくる。 僕らは新歓の波の中、二人でダンボールで作った勧誘ボードを持って必死に勧誘した。 結果、新入生は、7人も入った。 みんな口を揃えて、演劇サークルに勝ちたいと。 長谷部先輩の演技を見て来ましたと言った。 どうやら、演劇サークルのゲスト出てた回がYouTubeに上がっているらしく、長谷部はインターネットで話題になっていた。 新入生が入って、それまでの劇団はもうなくなった。 毎月公演をして打ち上げで飲んで、何人か抜けたりして半年くらいした頃、長谷部が初めて脚本を書いたから、来月はこれをやろうっと、僕に持ち出して来た。 わかったやろうって、即答できなかった。 正直毎月脚本を書いていてわかる、僕にそのセンスはない。だから脚本を誰かがいてくれるのは、凄く助かる。助かるのだが......この脚本で来月やったら、全てが終わるように思えた。 結局、長谷部の願いを承諾して、その月は長谷部の脚本でやることになった。 わかっていた。 わかっていたけれど、やっぱり長谷部の脚本の回は、僕の回の何倍も拍手が多くて、アンケートも好評だった。 その次から、また僕の脚本に戻したけれど、アンケートも後輩たちもどこか不満そうだった。 僕らが三年に上がって、新入生を入れた新体制の1回目、僕は長谷部に脚本を書くように言った。 その日から、僕は脚本を書くのをやめた。 三年になってすぐに、バイトで足の骨を軽く怪我して一週間入院した。 なんてことなかったけれど、一週間ぶりに向かう稽古場は、少し遠かった。 それから僕はテキトーな理由で稽古を休むようになった。 毎月やっていた公演を初めて無断欠席したのは、8月、長谷部には、親が倒れたって嘘の連絡を入れたけど、本当は二日酔いで起きられなかっただけ。 その日から僕は、稽古場に行くのをやめた。 毎日友達と呼ぶほどに、信頼もしていない同級生とバカみたいに酒を飲んで、二日酔いのままなんとか単位だけを取って、キャンパスで長谷部に会わないようにすることだけ、必死だった。 12月、定期公演のチケットが完売したらしいと聞いて、僕は初めてウィスキーを飲んだ。 もう、全部忘れたい。 これ以上、...... 四年の7月、いつもの飲み仲間の中から初めて内定が出たやつのお祝いで、僕らはあの居酒屋で飲んでいた。 お祝いなんて言っているけれど、本当はほぼやけ酒で、今日も記憶が無くなるまで飲むつもりだった。 今日はいつもの居酒屋じゃなくて、たまたま近かったから入った、ゼミ新歓で飲んだ居酒屋で、僕は普段より早く酔ってしまい、フラフラなまま、店の外に出て、向かいの電柱に向かって、汚いスーツに少し染み込ませながら、全部吐き出した。 「吐くならそんな見えるとこじゃなくて店の横の細い路地にしなよ」 何ヶ月ぶりに聞く声、顔を上げると、僕を見下ろす長谷部がいた。 「酷いスーツだね、それで就活は無理だよ」 「う、うるせぇ......は、長谷部はーー」 「おれ、大学辞めたから。」 「えっーーー」 「これからは舞台の上で生きていくよ。」 「ーーーそっか。  すげぇ、なー」 「それで、俺、新しい劇団立ち上げたから。演劇とコントをやる劇団。」 「えっーーー   じゃあペリカンの卵はーー」 「12月のが最後で、休止してるよ。それくらいは知ってると思ってた。」 「あっ......」 「それじゃあな。俺、お前の酒癖嫌いだったよ。」 そう言って長谷部は僕の前を去っていった。 僕の人生がこの先どんな道を辿ろうと、今日以上に死にたいと思った日はないだろう。 結局僕は四年の11月にギリギリで内定をもらえたブラック企業に行くことになって、長谷部が新しい立ち上げた劇団は、大学生劇団としては異常な人気を誇り、選手ローカルの深夜番組に出たりしていた。 大学を卒業して、終電ギリギリに帰って、スーツのまま酒を飲んで、そのまま揺れるように痛い頭で出勤する毎日を生きていた僕は、まだ長谷部の劇団の公演を見にいけていない。 長谷部の劇団は、最近コントで関西のお笑いショーレースで決勝まで行ったり、名だたる芸人たちが出るコント番組で肩を並べていた。 長谷部がテレビに映る度にビールの缶をテレビに投げていたから、僕のうちのテレビはもうぼろぼろだ。 もう、やめてほしい。 殺してくれ...... あれから五年経って、長谷部の劇団が、演劇公演でついに全国を回るらしい。 僕は気がついたら、上野に居た もう、全部終わらせたかったのか、気がついたら今日長谷部の劇団が初演を迎える劇場の前に立っていた。 我に帰ってしばらくぶらぶら、大学の近くを歩いて......また劇場の前に着いた。 あの頃、二人でたった講堂とは比べ物にならないぐらいの客が、長谷部の劇団のグッズを片手に劇場に入っていく。 僕が帰ろうと背を向けた瞬間、スタッフが慌てて僕のところに駆け寄ってきた。 「も、もしかして、ペリカンの卵の方ですか?」 何十年ぶりに聞いた名前、僕はスタッフに案内されて、劇場の中に入った。 二階席の通された席には、ペリカンの卵様と書いた札が置いてあった。 劇場が暗くなって、幕が上がると、舞台に立つ長谷部の姿が見える。 慣れた動きで首を上げた長谷部は、僕の方を見て、目が合うと少しだけあの頃の長谷部に戻ったように見えた。 「そうか、僕は天才なんかじゃない......」 幕が降りて、拍手に包まれた劇場 ポストーの出演者の欄に、僕の名前はない。

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僕たちは、天才じゃない。

蕾にもなれない恋をした。

もしも、この世界に、本当に運命や、チャンスなんてものがあるのだとしたら、だった今、明確に自分の手で、それを手放した。 妙に惹かれた道を一時間程度歩いた先に、多摩川があった。 坂本裕二の世界すぎて、しばらく感動していた。 橋を渡って神奈川側の河川敷、このベンチだけで映画を撮りたくなるような、多摩川らしいベンチに思わず座った。 ちょうど川沿いのいい場所が空いて、真っ赤な綺麗なワンピースを着た女性が、そこに座った。 有村架純かと思った。 そんな映画のワンシーンを切り取ったような光景に、心が惹かれて、後ろのベンチで、僕はそれをみていた。 決してよく晴れていたわけではないけれど、気持ちいい風邪が吹いているそこで、彼女はお弁当を食べていた。 彼女をみているベンチの隣、彼女が先ほどまで座っていたベンチに、レンタル充電器が落ちていた。 最初こそ、これ落としました?って声をかけようかと思った。 けれど、彼女の後ろ姿は、あまりに美しくて、その映画の世界に、僕は入れなかった。彼女のその空間を、僕は壊したくなかった。 結局そのまま、彼女は充電器を落としたことに気づかないまま、駅の方に去ってしまった。 しばらくしても彼女は帰ってこないから、僕はおそらく彼女の充電器を持って駅の方に向かった。 交番に届ければ、彼女に届くだろうと。 しかし、僕が駅に向かう途中、ちょうど堤防の上で、少し離れた場所に、赤い彼女が、駆け足で、戻ってくるのが見えた。 僕は、反射的に、手に持った彼女の充電器を隠した。 ここで、彼女に一言、声をかけられていたら......僕はきっとこの瞬間を何度も夢に見るのだろう。 結局彼女に声をかけられないまま、僕は交番の台の上に置いた。 それから多摩川と登戸駅を何度も惨めったらしく行き来して、最終、交番前のファミマに返した。 自分が、弱いせいで、傷つくのが怖いせいで彼女に余計なことをした。 恋なんてもう何年もしていなくて、出会いがないから仕方がないと、逃げていたけれど、きっと僕は、ただ恋から逃げているだけ。 傷つく勇気すらない僕に、幸せは掴み取れないのだろう。

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蕾にもなれない恋をした。

渋谷のタワレコでCDを買って別れた。

人生で初めてCDを買った場所は、渋谷のタワーレコード。 夜勤明け、精神科の帰りに渋谷のタワレコに行った。 音楽の聖地みたいな形相のそこに、ちょうど一年前、生きる希望だったアーティストのライブDVDとCDが並ぶらしい。 あんまり行く気はなかったけれど、なんとなく足がむいた。 3階で、そのブースを見た時、両方買うべきか悩んだ。 でも、一万円は払えないって、その時そう思ってしまった。 そういえばこのDVDのライブ、一万円のチケットだったな。 どうして冷めてしまったのか、明確にはわからない。 ただ、なんとなく聞かなくなって、なんとなく遠く感じたから。 だから、一度手に取ったDVDを棚に返した。 もう、離れてしまうことにした。 あのライブの時、買わないでいつか買おうと思っていたCDを買って、タワレコを出た。 あの頃、狂うように見ていたTwitterのフォローを外して、渋谷を後にする。 人生で初めて買ったCDは、渋谷のタワレコで、別れのCD 2ndライブのチケットは応募しない。 またいつか、その時に出会えたら。

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渋谷のタワレコでCDを買って別れた。

渡せなかった好きの為に

ある有名な作家が言った言葉に「誰かが小説を書いて、それを誰にも見せることなくダンスにしまったとしても、その物語や思いが、存在しなかったことにはならない」 幼馴染の葬式に参列するために、十年ぶりに、地元に帰った 流石に十年も経ってしまうと、あの頃と変わらない物の方が少なくて、懐かしいより驚きとちょっぴりの切なさが勝っていた 葬式終わりに、何年ぶりかに死んだ幼馴染の両親に会った。 幼馴染の両親は、あの子はあなたが一番の友達で、信頼しているからと、彼女の部屋に案内してくれた。 「ごゆっくりと」 そう言って、彼女の母は、彼女の部屋の扉を閉めて、彼女の部屋に僕一人になった 彼女の部屋は、僕の知る彼女のまま変わらないでそこにあった 彼女の部屋にいるだけで、あの頃一緒に走り回った河川敷や、放課後毎日集まった、二人だけの桜の木下を思い出して、懐かしい気持ちとその全てが、もう二度と手に入らない、過去になってしまったことに、僕はようやく涙を流した。 一度流れ始めた涙は、止まることを知らないまましばらく溢れ続けて、彼女にはもう会えないのだと、静かに僕の心に刻み込んだ。 しばらく泣いて、部屋を見渡すと、ふと、彼女の勉強机の引き出しが目に入った それは、あの頃僕が何度この部屋に来ようと、必ず開けないでと、少し照れながら、結局見せてくれなかった引き出しだ 「そういえば、彼女は、私が死んだら見てもいいよ、なんて言っていたっけ、冗談だと思っていたけれど、本当に死んでるじゃないかよ......バカヤロウ。」 その引き出しを開けると、一枚の手紙が入っていた。 僕はその手紙の正体に気づいた瞬間、膝から崩れ落ちた。 その手紙は、あの頃、僕が渡せなかった、彼女宛の手紙だった。 僕らは、後一歩、僕の勇気が後1ミリあれば、彼女は今も生きていたのかも知れない。 たった二文字を、直接伝えていたら、僕らの未来は変わっていたのかも知れない。僕はその場で泣き倒れた。今は、彼女を追いかけて、死なないようにいるのが、精一杯だった。 そういえば、届いていたんだな、と思いたって、彼女が死んでから五年後、僕はあの桜の木の下に向かった 僕が渡せなかった手紙、彼女が引き出しに大切にしまっていた手紙には、30歳になってお互いまだ一人だったら、結婚しようと書いていた。 別に彼女のせいではないけれど、結局僕は一人のまま30歳を迎えてしまって、今日は彼女のいないあの場所で、あの頃の思い出に耽ろうと思う。 誰もいない、桜の木下に着くと不自然に、風で飛ばされないように、石で抑えられている。 一枚の手紙があった。 その手紙は、彼女から僕に宛てられた手紙だった。 拝啓 高樹へ 久しぶり?なのかな? ごめんね、なんか手紙って緊張するね。 それにごめんね、最後が手紙で 高樹が悪いんだよ、結局好きって言ってくれなかったから。 待ってたんだよ、高樹の手紙たまたま見つけてからずっと 言って欲しかったよ、ちゃんと言葉で もう中学、終わっちゃうね、これで離れ離れ、寂しいな〜 高樹、忘れないでね、私のこと 30歳まで、私結婚しないから、約束守ってね。 ずっと、待ってるから。 敬具❤︎ 「......敬具の後に❤︎はつけねぇよ......」 それは、おそらく中学卒業時に、彼女が渡せなかった、僕宛の手紙だった 「待ってるなら、約束守れよバカ.......でも、なんで......」 「渡しそびれたから?」 突然背後から僕の耳を掠めたその声は、僕がずっと求めていた彼女の声だった 「沙也加!」 振り返ると彼女は、少し申し訳なさそうに、桜の木の裏から現れた 「遅いよ〜寒かった〜」 「いや、その、えっと......」 「待たせたのは私か、ごめん。お待たせ」 「死んで......」 「生きてるよ、ちゃんと君の前で生きてる。悲しませてごめん」 「結構、長かったよ」 「泣いてたもんね〜」 「見てたのかよ......」 「ごめんね〜   約束、果たしに来たよ」 「うん、遅くなってごめんな 沙也加。 ずっと前から好きでした。 僕と結婚してください 」 彼女は額から涙を流して笑った 二人だけの木の下に、ここちよい風が吹いていた。

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私の街には、もういない。

なんとなく散歩をしていた時、偶然一軒家の玄関から、妹が出てくるのを見た 再会した時、妹は笑っていた。 十年前に行方不明になった妹に、まさか再開できるだなんて、もう諦めていたから、凄く嬉しかった。 けれど、妹は、僕らに見せたことがない笑顔で、笑っていて、僕は話しかけるのをやめた 少しだけ、そのまま妹を眺めて、僕は小さく泣いて、その場を去った。 拝啓 紗枝へ お久しぶりです。 兄の、健介です。 まさかあなたがまだ生きていてくれたなんて、幸せです。 あなたが私達の前から消えてから、十年、もう家族は僕とあなただけになりました。 だから、もうあなたは安全です。 幸せに生きてください。 紗枝は、幸せになってください。 あなたが、この手紙を読む頃には、私はもうあなたの街には居ません。 だから、安心して、生きてください。 それではお元気で。 敬具 手紙を書いて、紗枝の家のポストに入れて、僕は駅に向かった。 今日は、やけに電車がうるさかった。

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事故物件に住む理由。

私の部屋で、人が死んだ。 もう少し語弊なく言えば、昔人が死んだ部屋に、私は今、一人で住んでいる。 いわゆる事故物件って話だ。 おかげさまで家賃は安くて助かっている。 最近ようやく減ってくれたが、ついこの間まで、記者がマンションの前に張り込んでいて、まともに外出もできなくて、それはかなり困ったけれど、それ以外は不満はない。 事故物件っと言うと、よく幽霊出るから怖いだなんて言うけれど、私に霊感がないのか、ここの幽霊がビビりなのか、まだ一度も幽霊を見ていない。 ピンポーン 隣の部屋のインターホンが鳴った 「そろそろ潮時か」 私は大きなボストンバックを持って窓から外に出た。 いい部屋だったな〜次はもう少し楽しませてくれる人がいいな〜 次は、何処に住もうかな。

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いつも、私より一歩先に

小夜は、常に私の前を走っていた。 家が近くて、当たり前に友達になって、毎日一緒だった 毎日、決まって18時、いつもの坂道を競争した。 中学に入って、小夜が陸上部に入るって言ったから、私も陸上部に入ることにした。 昔から私達はよく走っていたけれど、結局一度も小夜には勝てないままだった。 小夜は、中学で陸上の全国大会まで行って、推薦で県外の高校に行くことになった。 小夜はやっぱり早いから、私をおいて行ってしまった。 小夜は、ずっと私の前にいた。 小夜が高二の夏に、怪我で陸上を辞めていたことを知ったのは、成人式の同窓会だった 私はいてもたってもいられなくて、急いで小夜がいるらしい東京に飛んで行った 新幹線でも、見知らぬ東京の繁華街でも、私の涙は止まらなかった。 一人で、不安だったけれど、それよりも......小夜が苦しんでいたこと、知らないままでいた自分が、悔しかった...... もう、一秒だって小夜を一人にしたくない。だから、死に物狂いで小夜を探し歩いた。 ようやく小夜を見つけた時、嬉しくて声をかけようとした瞬間、なぜだか喉が少ししまって、無理やり声を絞り出した。 私は、少し怖かった 「ねぇ、小夜だよね」 だから、こんな小夜は見たくなかった 「何......うざい」 小夜は、こんな言葉、知らないはずだった 「こんなとこで、何してるの」 東京の繁華街、終電が終わった後に、ようやく私は小夜を見つけた 「ふっ、笑えば、見窄らしいって笑いに来たんでしょ!」 綺麗だった小夜の黒髪は、金髪でぼろぼろになって、タバコ臭かった 「確かに笑える、小夜、ダサいよ」 少し煽ってみた、でも、本心だ。私より後ろにいる小夜が、私は気に食わなかった。 「何よ、マジで笑いに来たのかよ、ならもう消えなよ」 そう言って、小夜は私に咥えていたタバコを投げつけてきた、それで私は少しイラッとした 「私が消えるより、小夜が逃げれば?私より足、早かったじゃん」 その瞬間、小夜がすごい勢いで立ち上がって、私に殴りかかろうとしてきた、しかし小夜の足は、もうぼろぼろで、すぐに転んでしまって、小夜の拳は私まで届かなかった 「うっさい......消えろよ......もう、見ないでよ......」 「いやだ、私はずっと小夜を見てきたから。私はこの先も、小夜をずっと見てるよ」 「さいってい......可奈......ごめんね。」 「いいよ、一緒に帰ろ。」 「うん......ありがとう。」 それから半年、私は毎日小夜の隣で、小夜を見ていた。 何回もうざいもだるいも言われたけれど、小夜は少しづつ私の好きな小夜に戻って行った 「ねぇ、また坂で走らない?」 「......うん。走ろうか」 「行くよ!」 「おっけい」 「「よーい」」 やっぱり私は小夜の背中が大好きだ。 ごめんね小夜、これからはずっと着いていくからね。

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