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304 件の小説興奮は喉にくる。
「先月の事件、この通りみたいだよ〜」 「えっ、うそ!あの身元不明の死体と、四人の行方不明、みたいなやつ?」 「そうそう、怖いよね〜」 カフェでコーヒーを飲んでいると、隣の席の女性客の会話が聞こえてきて、逆立つような鳥肌を抑えられなくなり店を出た。 この街の治安は、それほど悪くない。あの事件が発覚するまでは、世間の評判はその程度、特に目立つ要素はない、それでいて穏やかな空気の漂う、落ち着く街。そう言って子育てをする人も多い街だった。 しかし、先月の事件。YouTubeで過去の未解決事件特集なんかで見るような衝撃的事件は、この街のそんな穏やかな空気を一瞬でぶち壊した。 カフェを入って直ぐに出てしまったので、お茶のペットボトルを開ける。 お茶は好みではないが、脱水症状手前の体にはそれでも、恵みの水だ。 しかしやはり、口の中がお茶のままは、いささか気分が悪くい、少し歩いてコンビニで何か買おうと歩く。 途中横を、ごみ収集のトラックが通った。中には人が一人しかいない、どうやらこの街は住人が少ないようで、一人で足りるらしい。 コンビニに寄ると、妙に品数が少ない。お茶を流せる物、紙パックのミルクティーを買って店を出る。 変な店だった、品数が少なく、コピー機が異常ほどにテープで使用禁止にされていた。 コンビニから少し歩いて、警察署の前を通ったあたり、再び興奮して喉が渇く、それにチキンが食べたくなった。 次のコンビニで買おうと歩くが、忘れていた、あのコンビニは先月潰れたのだった。 コンビニを諦め、目的地に着くと、鍵はかかっていない玄関を開けた。 部屋でトイレ済ませると、もう水は流れなく、今回は仕事が早いなと感心する。 部屋をひとしきり漁ったが、予想通り収穫がない。 「それなら、ガスも止まっているか」 部屋を出て、マンションの下、ガスボンベの栓を捻って、お茶残りをガスボンベにかける 「安いお茶はダメだな〜献花なんだし、少しは高いの買えよ」 今日は歩き疲れた。 薬の副作用で関節が曲がらないから、手足ピンピンで歩かないといけない。 次はタクシーを使おう。
夜はもう、明けないみたいだ。
夜勤明け、私はいつもの癖でカラオケボックスに入った。 朝の料金は安い。三時間で七百円、ドリンクバー付き。 理由なんてそれで十分だった。 店を出た瞬間、サイレンの音が耳に刺さった。 大きな病院が近いから、珍しくはない。 それでも今日は、音の重なり方が変だった。遠ざかるはずの音が、なかなか減らない。 帰り道はいつも同じだ。 狭い歩道に、作業用の制服を着た二人が並んで歩いている。 その後ろを、手足を不自然に伸ばした男がついていく。 距離が詰まらない。声もかけない。 膀胱が限界なのだろう、そんなことを考えた。 横断歩道のない場所で、作業服の二人が車道を渡った。 その瞬間、後ろの男が急に歩く速度を上げた。 二人が曲がって消えた路地の奥に、赤い光が異常な数で並んでいるのが見えた。 この街は、どうやら今日は少しおかしい。 次の角を曲がるのがいつもの帰路だが、通行止めになっていた。 仕方なく遠回りをする。 しばらく歩くと、ごみ収集車が四台、連なって追い抜いていった。 どの車にも、運転席のほかにもう一人乗っている。 研修だろうか、と一瞬だけ思った。 コピーを取りたくて、コンビニに寄る。 長いコートの女性が、さらに上着を頭から被り、私とすれ違って外に出ていった。 中は暑いはずなのに。 コピー機を使い終え、紙を取る。 一枚、見覚えのない紙が混じっていた。 私はそれを折りたたみ、ポケットに入れた。 読む必要はなかった。 外に出ると、警察署の前なのにパトカーが少ない。 向かいのバス停では、運休を告げる貼り紙の前で、何人かが立ち尽くしている。 最後に、ついさっきまで働いていたコンビニに寄る。 いつもと同じ照明、同じ音。 それがひどく安心で、少しだけ怖かった。 家に着くと、私は迷わずキャリーケースを出した。 荷物を詰める手は速かった。 あのサイレンが鳴っていた場所に、私は本当なら帰る予定だった。 街を出る電車の時間を調べながら、 ポケットの紙を指でなぞる。 この街では、知らないほうがいいことが多すぎる。 だから私は、知ってしまったふりをして、逃げる。
もう見つけられない幸福の先。
人といる時、人身事故で電車が止まったら、笑うようにしている。 バカみたいに笑って、ふざけて、この後を考えて足を進める。 もう、そんなことが癖になっている。 給料をATMで全部下ろして、お気に入りの映画館に向かう。 途中、行き先を変えてもいいと電車に乗っていたけれど、どこも気分じゃない気がして結局11時開始の映画に5分遅刻して入った。 小走りで息を上げたまま入って割には、映画が名作過ぎて直ぐにのめり込んだしちゃんと感動した。ショーシャンクはやっぱりいい。 次の映画に行こうと液晶を見たら、今が映画館の閑散期なことを理解させられ、そっと劇場を後にした。 別に何を食べたっていいのだけれど、結局初めての店が怖いから、いつものてん屋で一番安い天丼を食べた。 映画を探して目処を立ててみたり、行ってみたい場所を検索したりしたけれど、なんか全部面倒に思えてきて、chatgptにお台場行けって言って貰って、りんかい線に乗った。 お台場に行く時、必ずレインボーブリッジを歩いて渡るのだけれど、あいにく第三月曜、遊歩道の休館日だったから、踊る大捜査線の駅で降りた。 なんとなくでお台場の砂浜に歩いて......悲しくなった。 カップル見てとかじゃない、そんなのは慣れている。 視界が、視力が、明らかに落ちている。 綺麗な、見晴らしのいい景色を見れば見るほど、己の怠惰の報いを味わされる。 もしかしたら、かなりひどいかもしれないし全然なんでもないかもしれないけれど、保険が使えないから、眼科には行けないし、もう全部どうでもいいと思う。 考えたとて、変わることなんてこれまでもこれからも、少なくとも僕の人生には存在しないから、もうどうでもいい。 どうせ考えなくたって、全ては勝手に変わって行く。 夕日に感動できなくて、暗い気持ちになってしまったから、テキトーに映画を見ようとした。 けれどお台場の映画館は、4dxのチェンソーマンしかやっていなくて、まだ見れていないけど倍の値段は払いたくないから、諦めた。 ダイバーシティで天丼を食べようと思ったけれど、ダイバーシティも休んでいて、明らかに今日がダメな日なことを痛感した。 もうヤケになって、テキトーに歩き始めた。このまま帰らないことだけ決めて歩く。 駅から少し、日本人に合わなくて一年で潰れることが決まったイマーシブの前に、寂しく佇むブランコベンチがあったから、座ってみた。 意外にいい。 なんか凄く落ち着くし、イヤホンから大森靖子のMUTEKIのアルバムを流し始めたらここまでの無感情がすこ時だけ解けた。少しだけ、この先の不安とか、人生への飽きが薄くなった感覚がした。 20分ブランコに揺られ、アルバムをそのままに歩き始めて、ビックサイトの近くも通って、有明コロシアムまで来た。 正直、豊洲まで歩く流れだ。 しかし、兄の帰りを考えると、今かもしれないと焦っていた。 有明コロシアムから橋を渡ると見覚えのある公園に辿り着いた。豊洲pitの東京公演前、ファン一同で色紙を書いた公園。 ここだなっと、大森靖子のMUTEKIからtayoriのmagicに変えてゆりかもめに乗った。 後一駅分だけ、ゆりかもめに揺られて、豊洲から流れるように有楽町線に乗って兄の会社の最寄りで降りた。 降りて早々帰りますスタンプが来て、かなり奇跡だと思った。 急いでメリーさんごっこして遊んでみたら、なか卯の前で合流できた。 最近兄は疲れている。会社もそうだが家族の問題を一人でなんとかしている。 奢ると言ったらなか卯の上のつけ麺屋に流れた。 全然入ると思っていた大盛が想像の倍で終盤兄貴に上げて店を出た。 兄貴いわくこの電車に乗れば乗り換えなしで最寄りって電車に乗って新宿を超えた頃、突然電車が減速して、電車から追い出された。 隣の駅で、誰かが飛んだらしい。 僕は、最大限ふざけるようにした。 人身事故の次の瞬間、全ての電車がため息で満たされる。それがしんどくてならないから。 なんだコイツって周りに思われながら、兄貴にずっとちょっかいかけて、振り返え運行を駆使して、満員電車でブルーハーツを聞いて、またふざけて最寄りまで裏道みたいな技を使ってたどり着いた。 飛んだ人に対して、自分は憎まない、ため息をつかない側の人間です!ってアピールしてるみたいでキモいって勿論わかってはいるけれど、どうしたって飛んだ人に対して憎しみとか苛立ちなんかは、僕にはもう抱けないから、こうするしかないのだと思う。 飛んだ人に対して、過度にわかるずらはしたくないし、されても困ると思う。だから、飛んだ人を憎まないが、僕にとっての飛んだ人への向き合い方なんだと思う。 日付が変わる少し前、ようやく家に着いて、風呂に入ると兄は寝ていて、ようやく体に積もる疲労を実感する。満員電車もMUTEKI散歩もずいぶん疲れた。 きっと、この先もっと世界はぼんやりするだろうし、幸福も薄味になっていくだろうけど、どうでもいい。 どうせ考えたって、変えられない。
夜勤貴族の帰り道
夜勤のシフトを週2から週3に変えて、格段に休みが減った。 朝から気合い入れてはしゃぎまくれる100パーセント休日はもう月曜しかなく、夜勤前後に何もしないといとも簡単に1週間がスカスカになってしまう。 これではまた鬱っぽくなってしまう。 だから、夜勤明け、空が晴れていたら家と反対に歩くことにした。 冬は空に雲が少なく、空気が澄んで遠くまで鮮明に見渡せる。 バイト先から少し歩いた場所。 大和ハウスの失敗作が寂しく佇んでいる、ここがお気に入りだ。 大和ハウスの失敗作...具体的には約4年前にできたばかりの綺麗な商業施設のくせに一階に携帯屋と多目的会議室、2階に電気屋、三回はくら寿司しかなく、全体の半分がすでに空きテナントの人より鳥の方が多い商業施設だ。 夜勤終わりとなるとくら寿司も電気屋もまだやっていないが故に、この施設には本当に誰もいない。 だから、僕はここが物凄く落ち着く。 この場所は、三階のテラスから富士山の雪の部分だけが見える。 実家は富士山も海も見えないおもんなシティーだったから、私はこの二つへのコンプレクスが人一倍高い。 誰もいない三階テラスのベンチから、富士山を眺めて、街の喧騒をBGMに本を開く。 まだ寒いからあんまり長く居られないけど、この場所で自由に息をする。 なんか、土日は幸楽苑が9時から空いてるらしい。 これは、行くっきゃない。 毎日通るたびに指を咥えていたラーメン屋、昔実家の徒歩圏内にあって、母が年末KinKi Kidsを見に行く時だけ父と兄と三人で食べた幸楽苑。 平日は10時からなのに休日は9時らしい。 意を決して扉を開くと安定に客は誰もいない。 お好きな席にお座りくださいと言われたから、窓際に座ってみた。 座るまでちょっと緊張が抜けなかったけれど、注文がタッチパネルだったので、一気に肩の力が抜けた。 最近マックもすき家もタッチパネルになった。 技術の進化バンザイ! あとは大手シネコンさん、貴方達だけです。コーラ買うのに30分並びたくない。予告見たい。頑張って! 夢中でメニューを眺めていると、ずいぶんあの頃とは違って、ラーメンに塩、醤油、味噌があるし、ざるラーメンとかもやってる。ネタ枠のカルボラーメンは流石にボケ過ぎる。お笑いやん。 なんとなくで塩ラーメンにして、餃子も少し悩んだが流石にはしゃぎすぎかなと、塩の大盛り600円を頼んだ。 エグ、やっす。 運ばれてきたラーメンは、600円にしてはよくできすぎている、幸楽苑さん、頑張りすぎです。 レンゲを持ってスープを飲んで、ひとしきり麺を啜った......あれ......スガキヤ......? 先週実家から戻った今だから気づけたのかもしれない。これ、限りなくスガキヤのあの味に近いかもしれない。 実家を出る時、しばらく食べれなくてホームシックになるからと一週間で3杯食べたあの味が......家から徒歩30分......ちっちゃい革命が起きた。 もう、実家には帰らないかもしれない......美味い。 ラーメンを平らげて店を出ると、少しだけ世界がお日様の匂いに包まれていた。ダニが死んだ匂いって話ではない。 お腹がいっぱいになると、意外にもう満足で帰ろうと思えたから、真っ直ぐ家に向かった。 どうやら幸楽苑の反対に歩いたとこのビックエコーは平日朝割で三時間770円らしい。 次の晴れの予定は埋まったな。 ラーメン屋で夢中で啜っていた時、向かいの離れた席に父と息子みたいな二人が座ってラーメンを頼んでいた。 朝一番、父と二人のラーメン。自分自身のいつかの記憶をくすぐられた感覚がして、少し寂しくなった。 私の父は、もしかしたら来年もう父親ではないかもしれないから。もう、自分には訪れない幸せが目の前に現れて、少しだけ寂しい感じがした。
花束みたいよりも早い方。
『細田守?人?知らない』 『え?サマーウォーズ見たことないんですか?』 『え?知らない』 『じゃあ、時をかける少女とかも?』 『知らない』 『えっ、夏何で感じてるんですか?』 『え?そんなに有名?』 『かなり前から。アニメとか見ますよね?』 『アニメ監督なの?押井守とかならわかるよ?』 『今の子にそれは共通言語として使えないかもです、僕は花束見てるので分かりますけど』 『花束?』 『花束みたいな恋をした、恋愛映画です。有村架純と菅田将暉のビジュ以外ありふれた恋愛を描く映画です。』 『押井守関係ある?』 『初めて出会うシーンで、押井守が出てくるんです。押井守いましたねが共通言語で仲良くなるみたいな』 『だいぶ押井守関係ないね、』 花束って言葉を聞いて、ハッとした。 深夜2時過ぎ、お客の存在なんて気にしないで喋る店員と私達しかいない空間、もしかしたらここが花束なんじゃないかって。 そういえばあの映画のモデルすぐ近くだし、彼は今多摩川沿いに住んでいるらしい。 偶然ってあるものだなっと。 25の誕生日を迎えてすぐ、友人に勧められ恋愛映画を見てしまった。 柄にもないくらいその映画にのめり込んでしまい、見終わった後、感動も早々に焦りが押し寄せてきて、衝動的にマッチングアプリをインストールしてしまった。 マッチングアプリの右も左も分からないまま触っていたら、来週の土曜、駅で待ち合わせることになってしまった。 勿論後悔はしたが、焦っていたし、いくら顔を知らない相手とはいえ、約束をした以上行くしかない。 その日は、買うか迷っていたコートをポチッて眠りについた。 失敗だった。 マッチングアプリも新品のコートも、私の人生全部大失敗。 なんかいい人そうだなっと、緊張していた四時間前の私をビンタしてやりたい。 失敗するかもなんて日に、新品のコートなんて下ろすんじゃなかった。 23時38分、夕食は食べていたけれど、吉祥寺駅前のファミマでファミチキを二つ買ってかぶりついた。 渋谷のラブホ街から逃げるように走ってきた疲れがどっと肩にのしかかる。こんな時間にもうバスはない。 家まで歩けなくはないが、最寄りとは違うせいで気が重い。しかし一人でタクシーは乗れないから、歩き始めた。 夜道の散歩は、若かった頃に少しした程度だったから、人気のない夜道がこんなに怖いだなんて知らなかった。 怖い、帰りたい!っとなる頃にはそこそこ歩いてしまって駅は遠いし、コンビニも近くにない。 だんだん足が重たくなって、歩幅が小さくなって、少し開けたバス停のベンチに縋るように座ってしまった。 歩いていた時は得体の知れない恐怖に怯えていたけれど、バス停から見る夜の景色はただ静かで落ち着いていた。 あ〜、これしばらく動けないな〜って、正直座る前に気がついていたけれど、案の定もうこのまま空が明るくなるのを待とうかなんて思っていた。 「もしかして、佐渡さん?」 なんの音もしないはずの夜の街で、音一つ立てないで名前を呼ばれ、流石に体が跳ね上がった 「あっ、すいません、驚かせました。佐藤です、高2で同じクラスだった」 「......佐藤......?大樹?」 「いや、健太の方です、地味な方」 「あっ......」 気まずい。たった1ラリーで高校時代、あなたはじゃない方でしたよって言ってしまったし、本人も自覚していたみたいでより気まずい 「まぁ、覚えてないですよね、もう6年も前ですし」 「いや、覚えてる覚えてる、体育祭、実行委員だったよね〜」 「それは大樹の方です......」 「ごめん......」 帰りたい。というか死にたい。どうしてこんな真夜中に6年前のクラスメイトと、こんな気まずい空気にならなければいけないのか。 「それで、佐渡さんはここで何してたんですか?」 「えっ?迷子」 「迷子?」 既に失礼をし過ぎて、もう彼にどう思われてもいいように思えたから、馬鹿みたいに本当のことを言ってみた。 「帰れなくて座ってたんですか?」 「そう、足痛いし、夜怖いからもう朝までここにいようかなって」 「それは災難でしたね、でも風邪ひきますよ?」 「もう今日全部が風邪みたいなもんだから、どっちでもいいかな」 「はぁ?」 やばい、流石にわけわからん女過ぎる、流石に失礼しすぎたか。 「それで?佐藤くんはどうして?」 「僕は、散歩です。今日一日全く外に出なかったので、罰散歩です。」 「バツ散歩?バツの字に歩くとか?」 「あ、いや、罪と罰の罰です。自分への戒めです。」 「あ〜なるほどね〜」 「よかったら......帰ります? 方向......一緒なら。」 「方向?甲州街道方面だけど?」 「おっ、同じです、多摩川あたりです」 「......かなり歩いたね?!」 「まぁ、罰なので」 「なら、うん!お願いしようかな。」 「よろしくお願いします。」 変わった人だった。まぁ、こんな夜中に散歩している人が変わっていないはずはないけれど、こんな変わった人、高校のクラスメイトにいたのかと驚いた。6年前の記憶の佐藤くんのイメージはせいぜいたくさん本を読む人だったから。 「お仕事、何してるんですか?」 「最近までフリーターだったよ、先月辞めた」 「......」 「趣味とかあります?」 「映画とかかな?あ、でも最近映画館バイト落ちすぎて行ける映画館少ないんだよね......」 「高校の同級生、他に連絡とか取ってる人います?」 「前はとってたよ、でもこの前の同窓会で元カレの田中に怒鳴ってから誰にも会ってないかな〜」 ......ダメかも知れない。 あまりに私に地雷が多過ぎる....なんだか佐藤くんに申し訳なくなってきた。 「佐藤くん?コンビニ寄ろうか?」 「はい。でも僕、罰散歩なんで財布ないですよ?」 なかなか派手なことをするな、何かあったらどうするつもりなのか。 「いいよ、コンビニくらい奢るから。たくさん申し訳ないし。」 「えっ、なら......」 セブンの揚げどりが食べたかったけれど、丁度目の前にファミマがあったので、国道沿いのファミマに入った。 『いや、それはね?演劇だがら。三谷幸喜とか、宮藤官九郎のって訳じゃないんだから。』 『あ〜そういえば三谷幸喜の脚本って全然受けないらしいね〜』 『そりゃ若い人の話は書けん!って自分の若い頃の話書いてるおじさんですから、脚本家ってよりニュースのコメンテーターってイメージですよ』 凄い、ちょっと凄過ぎる。 店内に私達が入って一ミリたりとも衰えないマシンガントークを繰り広げる。しかも内容がまるでファミレスみたいで、ここはレストランではなくてマートな訳で...... 「何買うんです?」 「ん?水とか?お酒とか?」 「ご飯は買わないんですか?お腹空いてないです?」 「酒はご飯でしょ?」 『俺さ、ハリーポッター見たことないんだよね〜』 『たまに居ますよね。あなた』 『ん?』 『あれでしょ、パスタは好きだけどサイゼ行ったことない、みたいな。』 『ん〜 あっ、スターウォーズも見たことない』 『マックも行ったことないの?!』 やはり凄い。少しデカ過ぎる二人声は逆に妙に緊張や居心地の悪さを考えさせないでいてくれた。 「やっぱり、お酒も買います。」 「えっ?飲めるの?」 「今日は飲める日みたいです。」 カゴを持ってレジに着くとファミチキが一つ寂しく残っていた。 「お願いします あと、ファミチキ一つ」 カゴを渡した瞬間、さっきまでのファミレストークが嘘みたいな接客スマイルで店員はレジを打った。 彼は会計が終わるまで私の後ろで申し訳なさそうな顔をして、店を出ると「ありがとうございます。」と律儀にお礼をした。 「うち、来る?」 「えっ?!」 「多摩川よりは近いからね。それに、今日はお酒飲める日なんでしょ?」 「 はい!」 彼は少し照れを漏らして笑った 「ウチでラーメンズのDVDあるから見る?」 「あっ、はい!」 どうやら彼と趣味も合いそうだ。 あのうるさい店員に少しだけ感謝した。 今日は花束よりロマンスな夜だった。
スズナリの横の公園顔したベンチで。
今日、運命の人と別れることができた。 別れなって周りには散々言われていたし、自分でも別れたくないわけではなかったけれど、なかなか言い出せなくて、決定的な問題も起きていないなかったから、なんだかんだ別れないままでいた。 別れようって言う為に、話があるって彼に連絡をしたら、「スズナリ横で話そう」って どうして付き合っていたのか、どうして別れていなかったのか、思い出した。 彼はフリーターで、バイトは週2のくせに殆ど家にいなくて、家賃も光熱費も食費も、私が養う。私のヒモだった。 かと言って掃除も洗濯も料理も、何もしないしありがとうはない。 どうして付き合っているか。の問いから目を背けるのに必死で、目を背けたい理由を忘れていた。 スズナリ横、小さな街頭一つに照らされた公園顔したベンチに、彼は既にハイボールを開けてふけり顔で待っていた。 「お待たせ」 話しかけると、手に持っていた手帳を閉じて私を見た 「いいアイデア浮かんだから大丈夫」 「そっか、よかった。」 長引いたら、別れられない気がした。 「じゃあ、俺たち結婚しよう!」 流石にバレていた。バレていたし、その上で結婚......ならファミレスだったし、私達は花束みたいな恋もしていないよ。 「ねぇ、今だけ。あなたと話したいな」 本心だった。 「私は、あなたが好きな脚本家じゃなくて、あなたと話したい。あなたの気持ちが知りたいよ」 「......それは......」 「あなたは、小林賢太郎にも坂本裕二にもなれないんだよ。」 別れようよりも、彼を傷つける言葉を口にしてしまった。 彼との出会いは、本多劇場 久しぶりの合コンが期待外れで、酔い足りないままなんとなく入った。 埋まりきらないつまらない演劇を見た帰り、流れ込んだビィレバンの端で、店員さんの手作りポスターの写真を撮っていた。 エッセイを書く人かな?なんて思って見ていたら、見るもの見るもにときめいていて、どうやら下北沢初めての人だったようだ。 きっと、今日の演劇も彼の目には輝いて見えたのだろうな。 興味が湧いて、強引に居酒屋に連れ込んでみたら、意外に趣味が合って、彼は脚本家志望で、さっき演劇も実は意外に面白くなかったようで、彼を気に入った。 それから何回か、下北沢で遊ぶようになって、いつの間にか付き合っていた。 一緒に何度もスズナリや本多で演劇を見て、トリウッドで映画を見て、名前だけ見てライブハウスに入って見たりして、彼との下北沢は、いつもより空気が軽くて居心地が良かった。 しかし、彼は少しずつ変わった。 彼も、私も天才ではない。 しかし、彼は天才への憧れを、捨てられないまま歳だけを重ねていった。 別れようと言いたかったのは、彼が天才を諦められるように。 私達は、あの日つまらないと言い合った劇団の脚本家にもなれやしない、凡人なんだって。 「俺は、いつか必ず」 「いつかって、いつ?」 「......」 「脚本、結局一番も最後まで書き切れたこと、ないよね?」 「いや、それは......」 「私達、もう直ぐ30になるんだよ。もう、バカではいられないよ。」 「天才なら!」 「あなたは! 天才なんかじゃない。」 「......天才じゃないのなら......」 「え?」 「天才でないと、受け入れてしまったら......全て、無駄だってことになる......全部、愚かで済まされてしまう。......もう、止まれない」 「無駄なんてことは、きっとない。かけがえのない瞬間だったことは間違い無いよ。私達は、下北沢の夜で笑い合ったあの日々の先に生きている。あの頃、私達は天才だったんだよ」 「まだ、天才にはなれないのかな」 「まだ、わからないけれど。私はもう苦しいかな」 「......僕は、まだ捨てられない。」 「......わかった。それじゃあいつか、本多劇場に招待してね。つまんないって笑ってやるから。」 「いつか、必ず」 振り返らないで坂を登った。 私は天才じゃ無いし、きっと彼も...... けれど、彼はきっとこの先もこの街に生きている。
ベンチとアルコールと
結局、このベンチの上で泣いてばかりだった。 隆弘はそこを引っ越す前日、自身のここでの暮らしを象徴する、河川敷の思い出のベンチを訪れていた。 「結局、思い出しか生まれなかったな〜」 明日、この場所を離れる。 期待していた全部と別れると決意した隆弘は、ようやく期待した運命に諦めをつけて、笑えていた。 「お酒、買って来ようか」 いつかもう一度、あの人に出会えたならと、隆弘はその日が来るまでお酒を飲まないでいた。 「もう、いいから〜」 あの日のあの人との思い出が詰まったお酒の味、あの日の思い出が塗り変わってしまう気がして、あの日の思い出に終わりをつけたくなくて、隆弘は飲まないままでいた。 しかし、もう終わりをつけなければいけない。隆弘はようやく諦める決心をした。 「先輩......」 隆弘がコンビニに買い出しに行って戻ると、あの日のあの人と全く同じ、赤いワンピースをなびかせる女性が座っていた。 隆弘は、幻覚なんじゃないかって、目を擦っても、彼女は消えない。隆弘は、彼女を待ち望んでいた時間が長かったせいか、ためらう間もなく彼女に声をかけた。 「すみません。」 隆弘が深々と頭を下げると、女性は足早に河川敷を去った。 勘違いだった。 ベンチに座って落胆する隆弘は、やけになって缶ビールのプルタブをこじ開けて、アルコールを舌に湿らせた。 アルコールの苦味が隆弘の脳に届いた瞬間、無意識に隆弘は涙を流した。 あの人に出会うまで、飲まないと決めたアルコールの味、忘れられないまま、諦めなければいけない自分。 隆弘は、失恋の味を知った。 泣いても、泣いても、アルコールの苦味を感じる度に再び涙が溢れてくる。 泣き疲れて、隆弘はベンチの上で眠ってしまった。 暖かい布団の中。目が覚めると差し込む朝日に隆弘は目を擦った。 「おはよう?」 隆弘は、まだ夢を見ているのだと確信した。 「よく寝られた?朝ごはん、ラーメン作るから待ってて。」 その家の屋上は、小さな鉄製の椅子二つと、同じ性質の机一つが隆弘のベンチを望むように佇んでいた。 「さぁ、食べよう!」 夢ではない。寒さと札幌ラーメン味噌味が、隆弘にそう告げている。 「泣きながらお酒飲んだらダメだよ〜お酒は笑って飲まないと!」 彼女は、あの日から変わらないままの笑顔で隆弘に笑いかける。 「あのーー」 「今日で、終わりにしなね?」 読まれていた、全部。 「お酒の味、楽しいままにしておいてね?」 彼女がそう言うと、朝の空気が2人を撫でた。 「じゃあ、もう一度だけ、乾杯してくれませんか?」 隆弘がそう言うと、何処からともなくあの日のお酒を彼女は1人で机に並べた。 「それじゃあ、私のこと、忘れるんだよ」 「はい、お酒を飲んだら、また思い出します」 隆弘は、ようやく笑って河川敷からの景色を受け止められた。
花火なんかよりも君の笑顔が一番美しい。
僕はあの日から自転車に乗る時は必ずイヤホンをすると決めている。 ニュースを見ていると、賛否両論のテロップの元、元俳優の政治家が、必死に自分の主義主張を話している。 「人一人で世界は変えられないのに、よくやるよな〜」なんて呟きながら朝ごはんを食べていると、スマホに通知が来た [今度、花火大会行かない?] 中学時代片思いしていた彼女からの連絡、僕は深く考えるまもなく、速攻で行くと返事した。 [よかった。花火大会の日、17時に駅前広場待ち合わせね。] 僕にはとにかくその日が待ち遠しくてたまらなくなった。 当日、結局花火が全てなり終わっても、約束の場所に彼女は現れなかった。 街中に満ち溢れる花火大会の後の世界から逃げるように、行きと同じ道を同じようにイヤホンをして自転車に跨った とにかく全部、馬鹿みたいに騒ぐチンピラも、僕にだけ現れなかった恋の香りも全部煩わしくて、ただ俯いて家に帰った 次の日、家に警察が来て初めて、彼女が花火の日から行方不明だったことに気がついた 花火大会に行ってくると、浴衣を着て家を出て、それ以来連絡もなく、家にも帰っていないらしい。 僕は、その話を聞いてからご飯が喉を通らなくなった。 数日後、彼女が保護されたニュースが流れてきて、安堵の後に不安が僕を襲った。 どうか、最悪がこれ以上存在していませんようにっと願って見つめるニュースの画面、映るのはほんの少しだけ見覚えのあるチンピラ、変わり果てて、僕の好きだった彼女の太陽のような明るさは、完全に消えていた。 僕がイヤホンをしたあの日、彼女を守れなかった あれから一年経って、もう一度花火大会の日が訪れた。 あれ以来、彼女からの連絡はなく、僕からも連絡はできないままだった。 一年前、あんなことがあった手前、一時は中止なんて言われていた花火大会は、そこら中に警察官を配備して開催することになった。 一年前から何処か空っぽな僕は、イヤホンをして何の目的もないまま駅前広場で流れる人の波を眺めていた 花火は、見る気になれなくて、もう少し人が減ったら、花火の音がしないところまで逃げ出そうと思っていた時、背後から小さく肩を叩かれて振り返った 「......ひっ、久しぶり......?〜」 その声は、精一杯の力を込めて、小刻み震えながら僕の鼓膜をかすめた。 自分の目が信じられなかった。実際に見る前にニュースで見たあの浴衣を見に纏った彼女は、今、精一杯の力で人混みの中、左手に目一杯力を込めて浴衣を握りながら、僕に声をかけている。 「まっ、まーー」 僕は反射的に彼女を全力で抱きしめた。もう二度、話してしまわないように。 一年間ずっとこうしたかったような気がする。 抱きしめる彼女の体が、震えていて、彼女の震えが収まるまで僕は抱きしめ続けた。 「どう......嬉しいよ。」 「ほら......約束だから。」 気がつけばお互い、涙が止まらなくなっていた。 「花火、見る......?」 しばらく抱きしめ合って、彼女の不安や恐怖が落ち着いて、彼女は少しだけあの頃みたいにおちゃめに僕に聞いてきた 「見たいよ。大丈夫。あそこには行かないか、。」 そう言うと、僕は彼女を連れて人の波と逆方向に進んで電車に乗る 花火大会の影響で電車の中は僕ら二人だけ、少し電車に揺られて、その後バスに乗って目的地まで着く。道中彼女は震えていたけれど、僕は絶対に彼女の手を離さないでいると、少しだけ震えが収まるのがわかった 「......港?」 何も伝えないでここまで来たせいで、流石に彼女は頭にハテナを浮かべている 「船酔いしないよね?」 「うん......え?」 僕たち二人だけを乗せた観光船は港を勢いよく飛び出して、僕たちの地元の海岸を海側から見る位置に止まった。 「大丈夫、貸切だから。僕たちだけ。」 そう言うと、彼女はあの頃より少しだけ大人っぽく顔を赤くした 「私が駅に来るの、わかってたの?」 「全く?本当にびっくりしたよ?」 「にしては用意しすぎじゃない?」 「......もう、後悔はしたくないからね。」 彼女の手を握ると、彼女はか細い力で握り返してくれる。 不安が消えないけれど、少しだけ彼女の顔に好奇心が宿る 「ねぇ?花火なんじ......」 思わずキスしてしまいそうになる自分を必死に抑えて、顔を背けた 「ごめん、ちょっとーーー」 唇に伝わる柔らかい感触、いつの間にか背中に回されてた彼女の右腕、唇と唇が確かに触れ合って、彼女の温度が僕の身体に流れ込んできた 「いいよ。キス、君とならしたいから。」 太陽のように明るかった彼女の笑顔は、少しだけ色っぽくなっていた。僕はこの笑顔を一生守ると、心に誓った。 僕たちのその先で花火が輝いて待っているけれど、心臓の音がうるさすぎて花火の音なんて聞こえない。 「これからずっと、花火の前でキスがしたいです」 僕の言葉に、彼女はもう一度キスを返してくれた。 どんな花火なんかより、彼女の笑顔が美しかった。
五縁がありまして。
神社の前を通って、そういえばさっき財布に五円玉が入ったことを思い出した。 コンビニで、十円のお釣りを五円玉二枚で返された。変な店員だった。 これも縁かなって、鳥居を潜ってお参りすることにした。 先週、強めな雨が二、三回降ってこれまでの暑さがようやく過ぎ去って、とても気持ちい風が吹いている。 気持ちのいい風が抜ける神社の参道は草木の匂いを運びながら楽しそうに揺れていた。 参道を抜けて、鳥居の手前の手水舎、一連の工程を済ませて杓を戻すと突然聞き覚えのある声がした。 「斎藤くん?」 「......はい?」 そう言って振り返ると、半年前に辞めたバイト先の先輩が少し息を整えながら僕をのぞいていた。 「叶先輩?!」 「やっぱり斎藤君だ〜なんとなくそうかなって思ったらやっぱり〜」 「叶先輩こそ、こんなとこで何してるんですか?」 「ん?私? あ〜最近この辺でバイトしてるから〜」 「なるほど」 「斎藤君は?お参り?」 「縁があったもので」 「相変わらずだね〜 そうだ!今晩ご飯、付き合ってよ!暇でしょ?」 「いや、暇ですけど......まぁ、いいですよ。」 「ありがとう。じゃあ私まだ仕事あるから、終わったら連絡するね〜」 先輩から連絡が来ないまま、たった今、僕が乗らなければいけない電車の終電が目の前の駅を発車した。 もう帰れないことは確定した。僕は先程のコンビニの前まで歩いた。 先輩は、相変わらず変な人だ。 変な人は、僕を変に思わないから好きだ。 携帯を触りながら急いで出てくる先輩と、店の前で目が合って、先輩は恥ずかしさと呆れを混ぜた表情で笑った。 「斎藤君は、やっぱり変だね」 「叶先輩には負けます。」 先輩は全部諦めて、僕達は隣の神社の鳥居を潜った。 やっぱり、変な人と一緒に居ると落ち着く。 「先輩、五円持ってます?よかったら貸しましょうか?」 「うん!返して!」 先輩はバカな顔をで笑う。 もう片方の5円玉を出して先輩の手のひらに乗せた。 真っ暗な神社の賽銭箱の前、二人の拍手の音が響いた。
ナポリタンを食べに
先代から引き継いで二十年続けた、私の喫茶店は、今日、最後のお客を見送った。 この二十年、世界は便利や手軽さを追求して、私の喫茶店はその逆風に抗いきれず終わりにすることになった。 誰もいなくなった店内、もう二度とここに新たにお客様が入ることはない。そう考えた途端、悔しさと惨めさで少し座り込んだ みんな、ありがとう。って去って行った。 はたして、私は誰かに何かをできたのだろうか。 窓から小さな光が差し込む 窓際の席、あの席だけが少しだけ光が刺して、僕は何となくあの頃のように席に腰掛けた。 席に座った瞬間、酷い眠気に襲われてそのまま意識を失った。 「なにこれ、綺麗な時計〜 落とし物かな......? おっ、起きた」 「......ん?」 「いっぱい寝たね〜期末テスト、しんどかったよね〜」 「期末......テスト......」 眠たい目を擦って顔を上げる、賑やかな店内、制服姿の僕と制服姿の彼女、クリームソーダを啜る彼女が僕を覗き込んでいた 「まだ寝てる?いいよ。」 「いや、大丈夫......」 「そう?無理しすぎないでね〜君、期末前凄く追い込んでたんだから〜」 「はは、、」 何だか、懐かしい夢だな。まだ賑やかな店内、ほのかに香るナポリタンの匂い、彼女の笑顔。 きっと神様がくれたささやかなご褒美みたいなものなのだろう。 「ほら、私のクリームソーダ飲む?」 「いや、いいよ。レモンティー注文するから」 「ふ〜ん あっ、ねぇ、進路決めた?」 「ん?進路?」 「ほら、君だけまだ出してないでしょ?進路調査票。館山キレてたよ〜」 「はは、進路ね〜 まぁ、なるように......」 少しだけ、思い出した。ほろ苦い思い出。 「進路、早く決めておかないと、呼び出しだよ〜怒られるよ〜」 「いいよ、怒られたって、進路なんて決めたって......」 それ以上は、口から出したくなかった。進路なんて決めたってうまく行きはしない。それは大人の苦しみだ。高校生ならまだ、夢を見ていてほしい。 「困るよ、君が怒られたら......」 「ん?」 「女子高生!一人で喫茶店なんて入れないって!」 「あ〜、はいはい、なら他の友達とか......」 そう言うと彼女は頬をぷっくり膨らませて僕を睨んだ 「......やだ......」 「ん?」 「君とじゃなきゃ、やだ。 この喫茶店は、君とじゃなきゃやだ。」 「......うん。」 「卒業しても、またここで二人でクリームソーダ飲みたいな〜大人になったらナポリタン食べてみたい!」 「いや、今でも食べれるでしょ!」 「今食べたら夜ご飯食べれなくなる〜」 「はは、そうだね〜」 「だから、大人になってもまたこの席で付き合って!」 「うん。大人になってもね!」 「そう......か......」 ずいぶん濃い夢だった、少しまだ目を覚ましたくない、そういえば、結局彼女はナポリタンを食べに来なかったな。 「おっ、起きた」 「ん?」 僕以外いないはずの店内、その一言で、誰の声なのかわかった、しかし、そんなはずはないと恐る恐る僕は顔を上げた 「まだ寝てる?いいよ。疲れたもんね。」 彼女は、あの頃よりも少し痩せていて肌も少しやつれている。でも、間違いなく彼女だ。 「どう......して......」 「いや〜喫茶店終わるってたまたま聞いてさ〜その〜返し忘れを返しに?」 彼女は照れくさそうに頬を掻く 「返し忘れ?」 「その〜......時計......学生時代にここで拾って返しそびれちゃってずっと持ってたから......」 そう言って彼女が差し出した時計はよく見ると見覚えがあった。 「あっ!これマスターの!」 「えっ!あの白髭おじいちゃんの?!」 白髭おじいちゃんって、彼女はそういえばマスターのことをそんなふうに呼んでいたことを思い出して笑えた 「ありゃ〜ずいぶん悪いことしたね〜マスターまだいる?」 「いや、十年前に亡くなったよ。だから今日まで僕がここの店主だったんだから。」 マスターが亡くなったこと、きっと彼女は知っているだろう。多分返すタイミングを見失って、でも返さないとモヤモヤしてこんな時間に来てしまう。全部彼女らしいなって思えた。 「そっか〜二十年、長かったね〜」 「えっ、あ〜うん。長かった......ね。二十年で、おしまいにしてしまった。」 真っ暗な店内で、思わず口を出た言葉に自分で泣きそうになってしまった。 「うんうん。君は凄く頑張った。誰にも責められないくらい。立派だったよ。本当にお疲れ様。」 学生時代より柔らかくなった彼女の笑顔、僕は堪えきれずに涙を流した。 「今はゆっくり休んでいいんだよ。君は充分やりきったよ」 僕が情けないくらい泣いている間、彼女はずっと僕の頭を撫でてくれた。 「そう言えば、お腹すいたね?」 「夜ご飯食べてないの?」 「昼もまだだよ〜」 「......じゃあ、ナポリタン作るね」 「やった〜! もう、ママに怒られないからね〜」 「だね、大人になったね。」 作り慣れたナポリタンを皿に盛り付けて、彼女の前に運ぶと、あの頃のように無邪気にかぶりついた 彼女は笑顔で凄まじい勢いでナポリタンを食べきった。 「君のナポリタン、本当に美味しかった〜。ありがとう。!」 「うん、こちらこそありがとう。」 「......これっ、これからも......君のナポリタンが食べたいな......私の為に、毎日作ってよ......」 照れくさそうに頬を真っ赤にしてそう言う彼女、これが逆プロポーズだって気づくのに少しだけ時間がかかった 「えっ、あ、その」 「君のナポリタン。これからもずっと食べたいな。」 「......うん。これからは君のためだけのナポリタンを作るよ。」 僕の喫茶店最後のメニューは、僕たちの最初のメニューに生まれ変わった。