千歳飴
7 件の小説灯りの消える時間
高校2年の秋。 文化祭の準備でにぎわう教室の中、 実行委員の 美桜(みお) と 凜太(りんた) は、 クラスの劇の仕上げに追われていた。 テーマは「学校に残る七不思議」。 本番では、最後に教室の電気が全部消えて、 “本物の七不思議の正体が現れる”という演出だった。 「消灯のタイミング、絶対間違えないでよ?」 「分かってるって。美桜こそセリフ噛むなよ?」 ふざけ合いながらも、 2人は毎日のように遅くまで残って準備を続けた。 ⸻ 文化祭当日。 劇は順調に進み、観客も笑ったり驚いたりと大盛り上がり。 そしていよいよクライマックス。 凜太がスイッチを落とすと、教室は闇に包まれた。 ……はずだった。 暗くなった教室で、美桜は息をのんだ。 舞台中央に“知らない誰か”が立っていた。 台本にもない。出演者でもない。 白いワンピースに長い髪、顔は見えない。 なのに、スポットライトが当たったみたいに その人だけがぼんやり浮かんでいた。 「え、誰……?」 ざわつく観客。 演出じゃないことは、クラス全員が理解した。 けれど、その“誰か”は ゆっくりと美桜の方に顔を向けて、 口だけを大きく開いた。 ――ありがとう。 声は聞こえないのに、確かにそう言った。 直後、電気が一気につき、 観客の悲鳴とともに“その人影”は消えていた。 混乱の中、凜太が青ざめた顔で美桜に言った。 「美桜…その人、覚えてない? 1年前、文化祭の準備中に事故で亡くなった先輩。 美桜が…最後に話してたって、みんな言ってたじゃん。」 美桜の表情が固まる。 「……え? 私、そんな人…知らないよ?」 凜太は息を呑む。 だって、事故のあった日―― 美桜はひどい怪我でしばらく入院していて、 “その先輩に助けられたはず”だったから。 なのに、美桜にはその記憶がまったくない。 美桜は震える声でつぶやいた。 「ねぇ凜太……さっきの“ありがとう”ってさ。 もしかして…私が忘れてること、 あの人はずっと覚えてたってこと?」 凜太は答えられなかった。 ただその瞬間、 教室の隅に置かれた古い鏡が、 ひとりでにキィ…と動いた。 まるで“まだ話は終わっていない”と言うように。
人を殺めること
今この文章を読んでいるあなた。 ちょっとだけ胸がざわついてるよね? “人を殺めた”なんて言葉を見せられたら、 誰だって無意識に反応する。 でも、安心して。 これはあなたを責める文章じゃない。 ただ、ひとつだけ聞かせて。 最近、誰かのことをほんの一瞬でも 「消えてほしい」って思ったこと、ない? 心の中だけの一秒の感情。 誰にも言わなかったやつ。 それだけで、人間の底は十分に揺れる。 “人を殺めた”人間と、 “誰も殺めなかった”人間の差はね。 想像よりずっと薄い。 その差が、 あなたの心を今 少しだけ冷たくしてる。 画面を持つ手、 ちょっとだけ汗ばんでない? 呼吸が浅くなったりしてない? 大丈夫。 それは正常。 というより—— 感じている分だけ、あなたはまだ安全。 本当に越える人は、 何も感じなくなるから。 でもね。 この話は怖いまま終わらない。 あなたが生まれてから今日までの中で、 誰かがあなたを支えた瞬間が 絶対にひとつはあったはずなんだ。 あなたが泣いた夜、 あなたを笑わせた誰か。 怒られても、 嫌なこと言われても、 それでもあなたをちゃんと見ていた人。 その人たちがいたから、 あなたは“線”を越えなかった。 越えなかったんじゃない。 越えさせてもらえなかったんだ。 あなたを思う誰かの存在が、 あなたの心をつなぎとめていた。 あなたは今、 スマホの光を見ながら ほんの少し怖くなってるかもしれない。 “自分にも黒い部分があるんだ”って。 でもね。 その黒い部分があることを ちゃんと理解できる人は、 絶対に人を殺めたりしない。 怖いのは“自分に闇がない”と思ってる人。 一番危ないのは、 心の底を見ようとしない人だから。 あなたは今、自分と向き合ってる。 読んで、考えて、 胸の奥が痛くなっている。 それは—— あなたが誰かを傷つけないために ずっと戦ってきた証拠。 最後に、もう一つだけ。 “人を殺めた”人には、 誰にも言えなかった後悔が 骨の奥に刺さってる。 でも、“殺めなかった”人には、 忘れてはいけない痛みがある。 悔しさ。 怒り。 泣きたくなる夜。 自分が嫌いになった日。 あなたがこれまで抱えてきた痛みは、 全部あなたが **「誰かのためにやさしくあろうとした証」**なんだよ。 だから泣いていい。 弱くていい。 黒い部分があっていい。 それでもあなたは “越えなかった”人間だから。 その事実は、 これから何があっても、 絶対に消えない。 今、画面の前で 少しだけ泣きそうになっているあなたへ。 よく生きてるね。 ちゃんと踏ん張ってきたね。 人を殺めずにここまで来たあなたは、 すごく強い。
クラスの女王様、公開処刑【おまけ】
《美咲、逆襲しようとして秒で終わる》 美咲は次の日、こっそり“リベンジ計画”をしていた。 「さちにだけは負けたくない…!今日は完璧にしてくる!」 そうつぶやきながら、家で作業をドヤ顔で仕上げる。 だけど—— 美咲の家のペット(ハムスター:名前はもち)が、 夜中に美咲のノートをゲージからこぼれた餌ごと引っ張っていき…… 翌朝、美咲のノートは “もちの足跡”と“かじられた穴”だらけ。 学校に来た美咲、絶望。 「ちょ…もちぃ……裏切った……」 授業で先生に提出する時間になって、 美咲は仕方なくそのボロボロのノートを出す。 先生は無言でページをめくり、 ふっと笑って言った。 「美咲さん。ハムスターの努力は感じますが……あなたの努力はどこですか?」 クラス大爆笑。 さちはこそっと美咲に囁く。 「もちの方が頑張ってるね」 美咲、ノックアウト。
クラスの王女様、公開処刑
クラスで何でも仕切りたがる女子・美咲。 人のミスには厳しいくせに、自分のことは棚に上げるタイプ。 その日もグループ作業で美咲がさちに向かって、 「ねぇさち、その書き方雑じゃない?ちゃんとやってよ」 さちの周りの子はイラつくけど、誰も言い返せない。 ……けど、さちだけは違った。 ゆっくり顔を上げて、 「美咲って……自分の仕事、どこに書いてあるの?」 教室が一瞬静まる。 「は?まとめとか私がやってるし!」 と美咲は慌ててノートを差し出す。 でも開いた瞬間—— 字は汚い、内容は薄い、計画は矛盾だらけ。 後ろの男子が小声で言った。 「さちの方が全然きれいじゃん…」 クラスがザワつく。 美咲、真っ赤。 「今日は調子悪いだけだから!」 ちょうど先生が後ろから覗いて、 「美咲さん。自分ができないことを人に求めるのは良くありませんよ。」 完全に終わった。 その日以降、美咲はおとなしくなり、 さちへの評価は一気に上がった。
レンタル彼氏始めました【後編】
玲央と別れた翌日。 学校中がなんとなくざわついていた。 (まぁ、あれだけ派手に別れたし) みゆが席につくと、隣の悠斗が肘をつきながら小声で言った。 「昨日の“考えとく”ってさ……どれくらい考えた?」 「まだ10%くらい?」 「それ、思ったより高くて嬉しいんだけど」 悠斗が笑う。 その笑い方が優しくて、みゆはつい視線をそらした。 放課後。 2人は自然に一緒に帰る流れになった。 「……でさ、本気で付き合うのって、みゆが思ってるより楽しいよ?」 「押し強いってば」 「押すよ。前の彼氏がゴミだった分、俺くらいじゃないと釣り合わないから」 「ゴミとか言うな」 「だって浮気したじゃん。俺はしないよ」 悠斗が歩く速度をみゆに合わせてくれる。 コンビニの前で立ち止まった時、悠斗の声が少し低くなる。 「みゆ。俺、前から……いや、ずっと好きだった」 「レンタルの時から?」 「もっと前。 ただ、あんな彼氏いたら言いにくいじゃん。 でも──チャンス来た?」 「勝手に順番待ちすんな」 「じゃあ今は何番目?」 みゆは小さく息を吸い込み、ぽつりと言った。 「……一番」 悠斗が固まる。 「……今の本当?」 「聞こえてるくせに」 みゆが目をそらすと、悠斗はそっと手首に触れた。 優しい、小さな力。 「じゃあ言わせて。 みゆ。俺と付き合ってください」 心臓が跳ねる。 でもみゆはゆっくり頷いた。 「……はい」 悠斗は嬉しそうに息を漏らした。 「じゃあさ、帰り……手つないでいい?」 「レンタルじゃないのに?」 「もう本気だから。逃がさないよ」 「逃げないよ。浮気しなければね」 悠斗は笑った。 「しないって。元カレと一緒にすんな」 差し出された手はあたたかくて、 前の恋の冷たさが全部消えた。 みゆはそっとその手を握った。 レンタルじゃない“本物の彼氏”が、みゆの隣にできた。 終わり
レンタル彼氏始めました。【前編】
うちのクラスで有名な浮気男ら玲央。 私の彼氏でもある、その玲央の浮気がとうとう発覚した。 正直、ショックよりも (あ〜、やっとボロ出たな) って感じだった。 だって最近の玲央は、私との予定を平気ですっぽかすし、既読はつけるのに返信は返ってこない。 しまいには「お前は重い」とか言い出すし。 (お前の心が軽すぎるだけだろうが) そんな時、同じ塾の男友達・悠斗が言った。 「じゃあさ、玲央が嫉妬で死にそうになるくらい“見せつけ返し”してやろうか」 「……面白い。やる」 こうして私は、悠斗を“レンタル彼氏”として連れ回すことにした。 もちろん本当に付き合ってるわけじゃない。 でも悠斗は、自然に手を握ってきたり、わざとらしく私の耳元で話したり、演技がうますぎる。 廊下でそれを見た玲央は、分かりやすいくらい顔を歪めていた。 次の日、ついに玲央が我慢できず声をかけてきた。 「なぁ、お前……誰だよあの男」 「友達。そっちは“ゆうか”ちゃんで忙しいんでしょ?」 玲央は一瞬で固まる。 「なっ……なんで知って、」 「ゆうかちゃん本人から“もう別れてください”って謝罪きたよ。 “玲央くん、彼女いるのにしつこくて怖いです”って」 玲央の目が泳ぐ。 「ち、違うって! お前と別れたくなくて……!」 「へぇ、でも浮気したよね?」 玲央は黙るしかない。 そこで悠斗がひょこっと現れ、私の頭をぽんっと軽く叩いた。 「なぁ、もうこんなやつ相手にしないで帰ろうぜ」 玲央が震えた声で叫ぶ。 「おい! こいつ、お前の彼氏じゃねえだろ!」 「今はね。でも、」 私はゆっくりと玲央に歩み寄って言った。 「“浮気に使った時間”より、“反省に使った時間”の方が短いやつと、続けられるわけないじゃん?」 玲央は顔をゆがめた。 「……ごめん」 「いいよ。ありがと。別れよう」 たったそれだけで、玲央は崩れ落ちた。 私はくるっと背を向け、悠斗と歩き出す。 「で、みゆ。 レンタルじゃなくて、本気の彼氏は欲しくないの?」 悠斗が小さく笑って聞いてきた。 私は少しだけ考えて、言った。 「……考えとく」 本当にちょっとだけ、心臓が跳ねたから。 続く……
平安恋物語
春の終わり。 御簾(みす)のすき間から、夕暮れの風がやわらかく流れ込んでくる。 わたしは香を焚きしめた髪を指で整えながら、 今日もまた、くるはずのない文(ふみ)を待ってしまう。 あの方に出会ったのは、たった一度。 桜の花びらが散りしきる夜、 月のしたでふと影が重なった。 「そなたの声、どこか懐かしい」 そう言って笑ったあの人の横顔が、 ずっと胸のどこかに残りつづけている。 その夜、わたしは返事のいらない和歌を一首だけ書いて、 そっと小さな箱にしまった。 “逢ふことは 夢にまかせて 今日もまた 桜の風に 名を呼びてみる” なにも起こらないはずだったのに。 ある晩、御簾の前に落ちていたのは、 わたしの箱にしまった和歌とそっくりの筆跡で書かれた返歌。 “夢ならば いとど恋しき そなたかな 風のゆくえに 心ついてゆく” 胸が熱くなる。 でも、怖さもあった。 だれが、いつ、どうやってこれを——? その翌日から、 月の満ち欠けに合わせるように、 返歌だけが静かに届くようになった。 会ったことがあるのか、 会ったことがないのか。 声も、顔も、名前さえ知らない。 でも、歌だけがわたしの心に触れてくる。 やがて、夏の初め。 御簾の向こうから、かすかな声がした。 「…そなたが、あの夜の人であればよい」 その声に返事をしようと御簾を上げた瞬間、 そこにはだれもいなかった。 残されていたのは、 短い一首だけ。 “今ひとたび 逢はむと願ふ こころこそ 月の光を 追ふ身なりけれ” その日から文は来なくなった。 だけど、満月を見るたびに思う。 あの人も、どこかで同じ月を見ているのだろうかと。