forget

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君との日々

「こんにちは」 彼女と出会ったのは音楽室だった。 夏の暑い日、私は放課後クラスの音楽ノートを音楽室に運んでいた。夕暮れ時が音楽室をオレンジ色に染めていた。窓のそばに彼女はいた。夕焼け色を眺めていたのか、生徒たち部活動練習を見ていたのか、彼女の瞳からはなにもわからない。今が夏とは思えない白い肌、汗など感じられない涼しげな表情だろうか、彼女のいる音楽室はなぜだか涼しく感じた。 「君は?なんて名前なの?」 彼女が一歩一歩私に近づいてくる。その度に彼女のサラサラな黒髪が。キラキラと光る黒い瞳がより一層綺麗に見えた。 「わたしはね…」 視界がより黒と白のモノトーンに染まっていく ポタッ 床に何かが落ちる ああ、鼻血だ 自分の視界に赤が入ったことを口惜しく思いながら私の瞳は閉じていった。 「なーんてこともあったよねぇ、今でも思い出すだけで笑えるよ」 彼女と出会ってからの学生生活は私にとっての輝くものであったと思う。彼女と会うのは放課後だけ、私と彼女のネクタイは違う色だから学年が違うのだろう、会うことがない。お昼休みは同学年の友達と遊ぶし、彼女と友達が仲良くしているのもあまり見たくない。だから放課後だけ。私の貴重な時間、そのために退屈な授業だって、めんどくさい委員会の仕事だって頑張れる。 「今日はこれから演奏してくれるんでしょう? すごく楽しみにしてたの、ほら、はやく聞かせて」 彼女は私の背を押してピアノの椅子に座らせる。習い事でピアノをしていて良かったと最近よく思う。何がいいかな、無難にエリーゼのためにやトルコ行進曲でもいいけど… 彼女の期待に満ちた顔がすぐ近くにあってつい下を向いてしまった。こんなに緊張したことなんて発表会でさえないのに、上手く演奏できるだろうか、彼女に褒めてもらえるだろうか。 「大丈夫だよ、気楽に弾いてね」 彼女の柔らかい声が私の鼓膜と心を揺らす。 気づいたら勝手に指は動いていた。彼女が楽しそうに音楽を聞いているのがわかる。私も緊張なんか忘れてただひたすら演奏することだけを楽しんでいた。 タンッタンッと誰かがジャンプする音とスカートが舞う姿が認識できる。彼女が楽しそうに踊っている。バレエを習っているのだろうか、話している時よりもより楽しそうに、優雅に舞っている。それも私の演奏する曲で、 どうしてこんなにも嬉しいのだろう、誰かを思って弾く曲はどうしてこんなにも上手く弾けるのだろう。ピアノの音はやまない、やめたくない。ずっとこの時間が続けばいいのに、永遠に踊っていてほしい、私の曲を聴いてほしい。 ねぇ、あなたは今どんな気持ちで踊っているの? キーンコーンカーンコーン 学校のチャイムが終わりを告げる。これで私と彼女の時間は終わりだと告げるかのように。 私の彼女の息遣いだけが音楽室を埋める。あの妖艶な彼女の顔は無垢な少女の顔に戻っていた。言葉のない数秒がやけに長く感じた。 「…すごく素敵だった!思わず踊っちゃったよ、また聞かせてね」 彼女の屈託なく笑う顔が見えた。いつ見ても白くて、綺麗な彼女、私たちには永遠があるように感じるのだから不思議だ。 次の日から彼女は姿を見せなかった。 「◯◯〜、3年間ありがとう!ほんとに楽しかった!!また遊ぼうね」 「あーあ、これで学校行くのも最後かぁ、はやかったよねー」 同級生の別れの言葉や、感謝の言葉が飛び交う。少しだけ肌寒いが、柔らかい日差しが私を照らしている。 私は今日卒業する。友達と別れの言葉を交わして私はある部屋を見る。私の青春がおかれている部屋、私を輝かせてくれた人がいた部屋。友達ともう会えなくなるのは寂しいが、それよりもあそこの部屋に入れなくなるのが残念で仕方ない。 「みんなで写真撮ろうよ!こっち来て!」 友達の声が聞こえる、その子に快く返事してから最後にもう一度だけ音楽室を見る。 タンッタンッ 誰かのジャンプし、スカートが舞う姿が一瞬が見えた気がした。 気のせいだろうか、次に見たときは何も見えなかった。幻覚であろうがなかろうが最後に彼女の姿が見えたのが少し嬉しかった。 「さようなら」 彼女との楽しかった日々を思い出す。 そういえば彼女の影は黒くなかった。

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君との日々

もしも

「ねぇ、もしもの話をしよう」 僕はもしも話が嫌いだ。そんな話をしたところで何か得るわけでもないし、大抵は自分の叶わない願いのことが多いから話をしていてもつまらない。それでも彼女は続けるんだ。 「もしも魔法が使えたら、時間を止めてみたいな」 魔法なんて使えやしないのに 「もしも私が動物だったら、鳥になって空を飛び回りたいな」 人から鳥になんてなれやしないのに 「もしも雲がわたあめならよかったのにな」 雲は雲、わたあめはわたあめだよ 「もしも…」 「もしも…」 夕暮れ時の公園でブランコを漕ぎながら彼女はもしも話をし続ける。よくそんなにも思いつくもんだなと感心するほどには。 「ねぇ、君は?」 彼女が無邪気な顔で僕に聞く。 「…もしも話なんてしてもつまらないよ。そろそろ暗くなるし帰らない?」 「そうだね。そろそろ帰ろうか、みんな心配しちゃうしね。」 そう言った彼女は少し寂しそうだった。罪悪感が少し芽生えるけどそれでもやっぱり僕はもしも話なんてしたくない。 「じゃあ、またね」 「うん、バイバイ」 そう言って手を振る彼女の顔はよく見れなかった。ただただ夕日だけが眩しかった。 キーキー ブランコが揺れて鎖が擦れる音がする。 カーカー カラスが鳴いて家に帰る時間だと教えてくれる。 チリンチリン 自転車が近くを通る音がする。 それでも 彼女の声は聞こえない。 「もしも」 僕はもしも話が嫌いだ。 「もしも」 何か得るわけでもないし 「もしも君が」 それは大抵自分の叶わない願いのことが多いから話していてもつまらない。 それでも僕は続けるんだ。 「もしも君が生きていたら…」 前を向いた時の夕日はぼやけて見えていた。

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もしも