肋骨
2 件の小説回転寿司
ぐるぐる、ぐるぐる。 ぐるぐる、ぐるぐる。 動くレーン上の寿司を眺めながら、ぼぉんやりと呟いた。 「やー、レーンの寿司取ることあんまねーなって」 「確かにね。ああごめん醤油とって」 へーい…… ぐるぐる、ぐるぐる。 注文した甘エビが店員から手渡される。それを二口で平らげ、また呟く。 「取らないんならさーレーンいらんくねえ?」 「それは回転寿司じゃなくなるね。ガリ入れて欲しいかも」 ぐるぐる、ぐるぐる。 ぐるぐるぐる。 「そもそもなんで寿司回転させてんの?」 「ううん……客を回すためじゃない」 客が、まわ…… ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。 「だから、効率よく寿司を提供して客の回転率を」 ぐるぐるぐるぐる。 「お前ムズイ話はやめろよ、目まわんだろうが」 「確かに、回るのは寿司だけで充分」
Boys project
今年のBoys project――通称『ボイプロ』は世界各国で、東西南北で、天上天下で、数十年に一度巻き起こるか起こらないかの社会現象となった。ネットのトレンドランキング総なめに始まり、歴代最高視聴率を更新しかけ、各々の「推し」をデビューさせようの会があちらこちらで発端する。番組放送後四ヶ月経ったいまでも勢いは劣ることを知らず、新参アイドルグループ『LIPS』へのファンレターや差し入れ、勿論オファーも絶えない。 仮眠でもとろうかと、ハルヒは控え室に備え付けてあるソファに寝そべる。その際にまざまざと思い出される、あの目まぐるしい一ヶ月間の記憶。 「金のため、億のため、金、億、億万長者……」 まぶたの裏に浮かび上がる、不合格者の涙と無念の表情。そして強く、鮮明に、脳裏に焼き付くサックの嘲り顔。あれはあまり、いい思い出じゃない。 今年のボイプロは、多くの意味で社会を揺るがし、注目を浴びた。始まる前からも既に、終わった後も未だに。そして生まれたLIPSが、その波を不本意か本意か継承していくだろう。 □□□ すごいすごいと周りを駆け回るのはハルヒの妹たち。長女の雪葉と次女の琴子の興奮を落ち着けながらも、自分自身、いま心拍数が三桁いってるのではと思ってしまうくらい高揚していた。 「やーやー書類選考通っただけで、まだなんも始まってないからな」 自分でそうは言いつつ、内心通っただけでも奇跡だと舞い上がっている。 ハルヒはかの人気番組『ボイプロ』に応募した参加者の一人であり、たったいま一次書類選考に受かったというメールが届いたところだった。合格者の顔写真一覧に自分の顔が載っていることに安心しつつ、緊張はより一層高まる。 「じゃあお兄ちゃん、もう来週から合宿いっちゃうんだ。頑張ってね、私学校のみんなにお兄ちゃんのこと広めるから!」 「あ、琴子も琴子も! 絶対お母さんとテレビみるね、ちゃんといっぱいうつってよ?」 はいはいありがとな、と琴子の小さな頭を撫でてやると無邪気な笑みが溢れる。ダイニングでこの様子を見ていた両親も、穏やかな目をして食後のティータイムを嗜んでいた。安い麦茶だが。 「ぜってーアイドルになって、金がっぽがっぽ稼いでお前ら楽にしてやっからな。そしたら毎日いい肉ですき焼き食えっから」 「嬉しいけど、毎日は胃にくるなあ」 父さんがそう言ってみんなで笑い、そうして一段落してからハルヒは自室へ戻った。自室といっても妹二人と一緒の部屋で、ハルヒのスペースは一畳半ほどしかない。いつか二人に自分の部屋を与えてやりてえな、考えてから少し寂しくもなる。ハゲた壁紙をそっとなぞり嬉しさの余韻を噛み締めておく。 裕福かどうかで言えばそんなことないし、貧乏かどうかで言えば貧乏よりの家庭だった。食事も衣服も生活できないほど不自由はしていないが、それはどうにかこうにか全員がやりくりしていたからだ。ハルヒはずっと見てきた、同じ靴を何年も履き続ける母を、服を着まわしている妹たちを、食事を妻と子供に譲る父を、見てきた。見てきて、だから将来は稼げる職に就くと決心したのだ。 ――人気アイドルの年収は軽く億いくから 「なんだっけなー億って、ゼロが何個あんだろな」 ――マジっすか、おれアイドルなります! 「いち、じゅう、ひゃく、せん……」 ――ええ? きみバカだなー、なごむよ 「億個あんだろな、ゼロ。億だし?」 モデルの先輩が教えてくれた、人気アイドルの年収。軽く億。具体的な数字は思いつかないが、億が高いことは知っている。そしてそれだけの財があれば、家族を養えることも理解した。だからハルヒは、アイドルになりたい。 アイドルになる、絶対に。稼いで稼ぎまくって、父と母を、妹たちを養ってやる。 自分が億稼いでデカい豪邸に家族と住み、毎日すき焼きを食べる。そんなことを妄想しながらこの日のハルヒは眠りについた。 □□□ 「ほんじゃ、兄ちゃんいってくらあな! おまえら喧嘩すんなよ!」 ガシガシとまた、琴子の頭を撫でてやる。 「しないもーん」 「もーん」 どーだかなと肩をすくめるも、ほんとだもん、もん、というふうに可愛い妹二人は上目遣いにハルヒを睨んだ。どーだかな、だってこいつらは昨日だってテレビの番組があれがいいだのこれがいいだので言い争っていた。まあ、ボイプロが始まればそんな喧嘩なんてしなくなるだろう。 父親から借りたキャリーケースの取手を伸ばす。中にはボイプロ期間中に着る用の服と日用雑貨、それに家族写真が丁寧に仕舞われている。といっても、しまってくれたのは母親だが。 「なあ母ちゃん、おれがすっげー金持ちになったら欲しい服とか靴とか全部買ってやっからな」 「……無理はしないことよ。いってらっしゃい」 ――気持ちだけで十分。 本当に謙虚な人だった。ぜってー、なんかすっげえ高えブランドのアレとかコレ買ってやる。欲しがるところなんて想像できないけど。 そうして家族と別れ、バスで目的地へ向かう。今回のボイプロで宿舎として使われる建物へ。確か、そのために国内のホテルをまるまる貸し切ったんだとか。それも、すっげーホテル。 「ホテル、なにがすげーんだっけな。やっぱ全面ガラス張りとか⁉︎」 「そんなホテル泊まるの嫌なんですけど」 「えー……カッケェじゃん。近未来的なさー」 「むしろダサいし、キミ独り言が大きすぎません? ああ隣座るね」 突如として現れた青年が、ハルヒの妄想を一蹴してしまう。そして馴れ馴れしく隣のシートに座った。男の服からだろうか、気持ちのいい上品な匂いが漂っている。こういうのは、「しぷれー」と、言うヤツだった気がする。しぷれーじゃないなら、オリエンテーションみたいなやつだ。 見るとヤツは、小洒落た格好をした若い男だった。一瞬普通の大学生かと思ったが、身につけているアクセサリーはかなり高価なものらしく、こいつはそこそこ金持ち大学生だとハルヒは結論づける。目利きがいいから、そのブレスレットが単体でウン万する代物だとすぐにわかった。 「そもそも全面ガラス張りだとさ、プライバシーが――」 「女風呂覗けんじゃね⁉︎」 「ボーイズプロジェクトですよー」 そっか、そうだわなと落胆すると、明るい茶髪を揺らしてちょい金持ち大学生は笑った。 続きは、作成中