やなぎ
2 件の小説ふぁっしょん
鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰かしら。 なあんて醜い女王さまは言うけれど、カワイイの基準なんか人それぞれだから、世界で一番なんて安直なものは存在しないのよ。 女王さまも、お姫様も、私も、何を着飾ったってみいんなおんなじ。 服装も髪型もまつ毛の一本だって、てっぺんのつむじから小指の先まで、流行りの色に染め上げていくの。ランキング入りしたアルバムを再生して、それなとヤバいを武装すれば、私はスーパーつよつよガールになれる。 誰にだって負けない。 最大公約数にならえば間違いないんだから。 でもね、時たまその緑色の瞳に惚れ惚れするの。 着飾りすぎて自分の顔もわからなくなってしまったから。
負け犬理論
「つまるところ、『僕』は負け犬なのだ。 おぞましい借金取りから逃げている臆病者なのである。 その借金取りの名前は『ツケ』というらしい。彼は右手に『モシ』という仲間たちを分別する秤を常に握っており、また反対側の手には、どんな刃を用いても断ち切れなさそうな鎖を巻き付けているのである。鎖の先にいるのは他でもない『ミライ』という者であり、聞くところによるとそれは『僕』であるらしい。 借金取りは朝夕問わず『僕』追いかけ回し、人の言葉とはとても思えないような支離滅裂な言葉を発する。それがうるさくてたまらない。 だが、僕の友人たるA氏はそんなものは聞こえない、と言うし、またS氏に至ってはそもそも借金取りという存在を知らないらしい。 かく言う『僕』もあんなに恐ろしくってたまらない借金取りの顔を見たことがない。いや、正確には知らないのだ。ヤツの顔は黒い“もや”で覆われており、何かが蠢いているとしかわからない。 僕はそんなヤツに日々追われている。 借金取りに対抗すべき術がないのかと言うと、そうではない。ヤツ倒す方法はちゃあんとあるのだ。特別なものはいらない。ただ、あてもなく彷徨い続ける足を止めて、振り返り、ヤツの顔を正面から睨みつけ、右手に持った鉛筆を顔面目掛けて放り投げてやればいいのだ。ヤツはきっと怯むだろうから、その隙に鞄で殴り倒せばいい。最後にばーかと舌でも出したら、ヤツはまるで太陽に照らされた雪のように解けて消えるだろう。 小学生でもできる実に簡単な話だ。 だが、『僕』はそれができない。僕のチンケなプライドがそれを許さないのだ。 故に『僕』は敗北に頭を垂れ、下唇を噛む負け犬なのである。 たとえ何度輪廻の輪が回ろうとも、それは僕に課された性格という名の試練なのである……っと」 私はエンターキーを叩き、ふう、吐息を吐いた。時計を見上げれば短針は既に十一を回っている。母さんに二階で勉強するから、と適当なことを言って階段を駆け上がったのが八時だから、ざっと三時間経ったというところか。こんなに時間を使ってしまうとは、我ながら呆れることしかできない。その時間に単語の一つでも覚えればよかったのに。 私が『僕』に変身する条件は決まっている。 ひとつ、模試が帰ってくること。 ふたつ、母さんに怒られること。 みっつ、パソコンを開くこと。 よっつ、自責の念を『僕』語らせること。 悪癖だとは理解している。でも、こうでもしないとやっていけないのだ。一枚の紙切れのために手首をかき切るくらいなら、名も知らない少年に成り代わった方がコスパが良いだろう。 目を閉じてベッドに体を投げる。たいして柔らかくもない布団が私の体を包み込んだ。睡眠は良い。夢の中に入って仕舞えば、嫌なことから逃げ出せる。 ふと、脳裏にアカネちゃんとサクラちゃんのことが思い浮かぶ。 母さんが引き合いに出すくらい頭が良い子たちだ。一年生の頃からコツコツと勉強してきた優等生のアカネちゃんと、何事も要領の良いサクラちゃん。先生たちの期待を一身に背負った彼女たちなら、過去のツケを払わずに、さぞかし安定した成績を取れているに違いない。歩く道はさぞかしバラ色だろう。 なあんて、皮肉にもならない負け犬理論を振りかざす。 たかが一枚、されど一枚。私の人生は一枚の証明証に握られている。 十代のうら若き少年少女たちにはあまりにも酷な話だ。文科省のばーか。彼らは十代の死因一位が何か知っているのかしら。 ああ、いっそのことギャルになっておじさんといかがわしい商売でもしてやろうかしら。 なんて、バカなことはしないけどさ。 私は目を擦り、体を起こす。ちょっと背の低い椅子に座って鉛筆を握れば、不器用なマジメちゃんに早変わりだ。愚痴をこぼしながらも不毛な戦いに身を投じちゃうあたり、つまるところ、私は負け犬なのである。