天野雪
3 件の小説沈まぬ月
雨が降っていた。 傘は持っていたけど、ささなかった。 空から落ちてくる水の粒が、頬を伝う涙を隠してくれるような気がして ライブハウスの裏口。 誰もいない、鉄扉の前。 まだ、彼は中にいる。 あの、騒がしいステージの光の中に。 私は今日、振られるために来た。 いや、もうとっくに振られていたのかもしれない。 ただ、私だけが認められずにいた。 彼に出会ったのは、春だった。 地下のイベント会場で、ギターをかき鳴らしていた 彼の目は、何かを拒むように冷たくて、それでもなぜか惹かれてしまった。 不器用な人だった。 笑わないし、人混みも苦手で、誰にでも壁を作る。 でも、私には、優しかった。 それが、全部“勘違いさせるだけの優しさ”だったとしても——。 「……来たんだ」 背後から、濡れた髪の彼の声。 いつものように無愛想で、でも、優しすぎた。 私は、ゆっくり振り返った。 「うん。来たよ。……これで、最後にしようと思って」 彼の目がわずかに揺れる。 「……そっか」 それだけだった。 引き止めも、嘘も、なかった。 「私さ、好きだったんだよ」 「知ってた」 「期待……してたんだと思う。ダメってわかってたけど、でも、どこかで……」 「……ごめん」 ごめん、の一言が、一番刺さる。 謝るくらいなら、優しくしないでほしかった。 それなのに、泣いてる私に、彼は触れようとしなかった。 それが答えだった。 彼は、黙って空を見上げた。 冷たい雨が降り続ける空の向こう。 雲の切れ間から、ほんの少しだけ、月が顔を出していた。 「……俺ね、誰かをちゃんと好きになるのが怖いんだ」 彼がぽつりとこぼした。 「昔、本気で人を想ったときに、全部壊れた。音楽も、自分も……」 私は、彼の顔を見た。 泣いてなんかいない。 でも、きっと彼の中でも何かが、ずっと止まったままなんだ。 「……ずるいよ、それ」 「うん、わかってる」 「私のこと、どうでもよかった?」 「そんなわけない」 「でも、恋じゃなかったんでしょ」 「……うん」 言葉が刃みたいに胸を裂く。 でも、これでよかったんだ。 ちゃんと終われるから。 「私、あなたに出会って、ほんとはすごく幸せだったよ」 「……柚月」 「忘れないでね。私が、こんなにもあなたを好きだったこと」 言ってしまったら、全部壊れた。 もう、元には戻れない。 でも、それでいい。 彼の前から、私はそっと背を向けた。 帰り道、足元の水たまりに月が映っていた。 濁って、揺れて、それでも沈まない。 胸が軋む。 けど、もう泣かない。 涙は雨と一緒に、全部置いてきた。 「……好きだった」 呟いた声は、自分の中でかすかに響いて消えた。 夜空には、沈まぬ月。 心の中にも、沈まぬ想い。 きっと私は、ずっとこの夜を忘れない。 その光が消えるその日まで。
夏の思い出
ある夏の思い出だ 俺は事情が、あり東京から田舎に帰省した 田舎なんか、嫌いで東京に上京したのに 夏の田舎は、なにもない 田んぼ道、バスは一時間に一本 電車に乗るまでの駅も遠い、電車も一時間に一本 そんな、田舎が嫌で東京に上京した。 ふと、散歩に出てみようと思った 相変わらず、暑い なにもない道、暑さの日照りだけがむしむしくる。 そんな時、こんな田舎では物珍しい人をみつけた 赤い髪に、緑の瞳、ツインテールをした女性に 彼女は、水辺で無邪気に服を濡らしながらも遊んでいた ふと、目が合う ニコッと笑われた、笑顔が朗らかだ 俺はなんだか、照れてしまった 年甲斐もなく 彼女に話しかけてみる。 そしたら、彼女は見た目は幼いが、18歳だと言う なんと同年代だった 彼女に聞いてみた、どうしてここにいるのかと 彼女は答えた、「親戚がいて一時期にいるのと」 毎日、彼女と話すのが楽しみで、毎日同じ場所に行った。 彼女の名前なんか、知らなくても、ただ話したかった 夏の終わり、彼女がもう私帰るんだと言った 「そっか」としか言えなかった 「また会えたら遊んでよ」と彼女は笑う 「名前、聞いていいかな?」 「私?、私の名前は…」 蝉がうるさく、よく聞こえなかった 彼女に再度、また名前を聞いてみようとしたら、彼女はいなかった。 その後、彼女に会いたくて何度か帰ったが彼女には会えなかった 母親や近所の人にも、聞いてみるがそんな子いなかったよとしか言われなかった その年の最後を機に、俺は田舎に帰らなくなった 彼女は、神様だったんだろうか それとも… 東京のスクランブル交差点 彼女に似たような人をみた パッと振り返るが、もう彼女の姿は見えなかった。 気のせいかと思い、歩きはじめる 結局、彼女は何者だったんだろと思いながら。 そして、また彼女に会いたいなと また、会えたら名前を教えてほしいなと思いながら
現在
また、夢をみた。 未練がましい自分が嫌になる 中学の時、好きだった子と付き合ってれば、家庭を築いてればなんて バカな後悔 今は幸せなはずなのに 目を覚ますとスヤスヤ気持ち良さそうに寝てる寝顔、小さい手 可愛い我が子だ、2歳になる 目が合うとニコニコ笑ってくれる息子だ。 言葉は、まだ喋れないが、「おはよう」と、声をかけると、ニコニコ笑ってくれる子 可愛い 息子が起き、おはようと声をかけ抱っこし ダイニングに連れていく 妻だ 息子の分と俺の分の朝食を用意してくれてる。 俺は息子のオムツ替えをしてから、息子にご飯を食べさせる。 最近イヤイヤ期だ、ご飯を食べてくれない 偏食気味で、妻が悩んでる 俺は何も言えない、育児は人よりしてる方だと思う。 ただ、偏食は俺も悩んだが難しく解決できない問題だった。 途中で、イヤイヤし結局少ししか食べてくれなかったため、俺は朝ごはんを食べる。 その間妻が、息子の保育園の準備をしてくれてる 有難い。 俺はパジャマから着替え、一通りのことをし 息子を保育園に送り出していく。 さて、在宅勤務だ 最近、中学の時好きだった同級生がでてくる その同級生と付き合えたら、その同級生と家庭を築けたら、なんて未練がましい思いだ。 けど、俺は同級生と付き合えないと思う だってその同級生は、親に愛されてる子だから 俺は親に愛されてなんてなかった、金銭面は優れていたが、家政婦がいるような裕福な家庭だった いつも、親は仕事で忙しく、結局子供の頃約束したことも、仕事でキャンセル、そんなことが多々ある家庭だった。 だから、金銭面は優れていたが、愛された記憶がないのだ 妻もそうだ、妻は、俺より状況がひどい 妻は虐待され、育ち親に愛された記憶なんかない 今も妻はPTSDに苦しんでる、親の虐待で精神的な病気を患っていた。 妻はPTSDを治すために今治療をしている 息子のためだ、俺はそれを支えることしかできない 結局愛されない同士が惹かれあった 親に愛されてる子と付き合ったことは、多々ある だけど、長続きはしなかった だって俺には親に愛されてる子が眩しいから 羨ましいから だから、惹かれたのは妻だった 妻とは愛されなかった感情を分かち合うため、傷を慰め合うことしかできなかった 親に愛されなかった感情を俺に求めるように、俺は妻にそれを求めた どちらとも、双方そうやって利用してるのを知ってた。 二人ともそれを知って、共依存だった。 息子は、愛しかたがわからない だけど、妻と俺はお互い愛しかたがわからないなりに、息子を愛してきた それなりに不器用かもしれないが 息子は、愛されてる子になった 周りや病院の先生にわからないことでも、聞き 俺が親にしてほしかったことを息子にしてる そのおかげか息子は、ニコニコするようになり、わがままを言うようになり、俺は育児書を読みながらこれは愛されて、素直に信頼関係を構築できてると思うようになった 妻は、虐待を絶対しないと決め、俺は俺なりに育児に携わる それで、妻が苦しむことは一緒に悩むと決め そのおかげで、負の連鎖は、断ち切ることに成功したと思う。 息子は素直にニコニコ笑う子に育ってる それでいいんだと思う ただ、いまだに夢にでてくる好きな同級生 未練がましいなと思う もう、幸せなのにどうしたらよかったんだろうと思うと考える まあ、そんなこと今更考えたって仕方ない 俺には息子と妻がいるんだから 一般的な幸せを手に入れたのだから。