言葉にしたら
先輩の葬儀が終わった。残暑が残る天下で先輩の最後を見送り、着慣れない喪服は斜光を集め体温を上昇させていく。とにかく暑く、日陰に避難したかった。私の先輩にあたる菅原さんが亡くなったのは七夕の前夜祭の日の事、自宅のベッドで息を引き取ったとのだという。病気持ちだった訳でも無く急死だった。奥さん曰く扇風機が首を振り先輩の髪と風鈴が靡いていて既に葬式状態だったと笑いながら話してくれた。
「風鈴とおりんって似てるものね、私が見つけた時には天国に行ってると思ったわ。旦那はね夏が凄い好きだったの、何でかは知らないけど思い出が沢山あるみたいよ。」
菅原さんほど夏が似合わない人を知らなかったし寧ろ菅原さんは、夏が嫌いだと思ってた。微風が顔に当たり呼吸がしづらくなり汗も止まらない、私は夏が嫌いだ。苦手ではなく嫌いなのである。
みんな各々の車に乗ったり、電車の時刻を調べたりと帰宅する準備を始めている、私は同僚の車に乗せてきてもらっていたので、群れの中同僚を探そうと辺りを見渡したが一向に見つけられない。車に行けば誰かいるだろうと思い駐車場に向かった。蝉のオーケストラは僕たちに夜の知らせを教えてくれた――早く家に帰りなと言わんばかりに。
同僚の車が止めてある場所に来たが誰もいない、みんな私の事を探しているのだろうか。夕日が車窓を照らし反射で中は見えにくいが目を細め覗いてみる、丸い橙色の物体は近づくと半透明になり中のシーツやサイドブレーキが鮮明に映し出される、ほこりも宙に舞っていてカビくさいのを思い出した。同僚が来るまで散歩でもするかと思い立ち車からそんなに遠くない川辺に向かった。異常な程涼しく汗はいつの間にか凝固し顔にへばりつきいやな気分だが高校時代部活終わりの疲弊した感覚とどこか似ていて懐かしく思った。懐古してる中背後から同僚の声が聞こえた。
「おーい、遥人どこ行ってたんだよ、探したぞ。」同僚は私にこっちにこいと手を振っては車に乗り出した。私も急いで車に向かった。冷房の付け始めは生ぬるく外風の方が涼しいんじゃないかと思うが次第に人口風の方が冷たく感じるのはなぜだろうかと幼少期の時から考えていた。
車を走らせ私は煙草に火をつけた。年のせいか体が煙草を拒否し3口吸って灰皿に押し付けた。車内は静かでモーター音だけが懸命に音を出している、静けさに耐えられなくなったのか同僚は場を乱さないように話し始めた。「先輩な、お前の事気にしてたんだぞ。昔の俺と似て何事にも全力で仕事しちゃうもんだから、仕事辞めるんじゃないかって。」
菅原さんがそこまで私の事を気にしてたのは知らなかった。特別無理して仕事をしてたわけでも無いし、寧ろサボっていたほどだから。
「そうなんだ、知らなかったよ。適当な人間だってアピールすればよかったかな。」
同僚は何も言い返さず、煙草に火をつけ窓の方に煙をふかした。
沈黙が続くのち、私の家に着き同僚にお別れをした・
「運転ありがとな、明日休みだよな?ゆっくり休めよ。」
同僚は煙草を咥えながら私に手を上げ車を動かした。彼は直ぐに左折し姿を消し私も家へと向かった。家に着き玄関先にある電気を付ける、明日も早いと風呂場に直行し今日の汗を全部流した。冷蔵庫からビールを取り出しすぐさま一口飲む、冷え切ったビールはのど越しが良くいつにも増して美味かった。冷蔵庫の明かりは私を照らすだけで菅原さんが死んだことを嘘にはしてくれなかった。今更になって受け入れが出来ず顔がぐちゃぐちゃになる程泣いた、赤ん坊の様に理性が言うことを聞いてくれなかった。泣き疲れたせいか直ぐに寝てしまい、気づけば朝になっていた。家を出る30分前に起きた私は急いで準備をし家を出た。職場に着き急いで制服に着替えてはまだ就業時間には余裕があったので喫煙所に向かった。喫煙所には直属の先輩がいた。
「昨日はご苦労だったな、今日は忙しくなるから気合い入れて行けよ。」
先輩の一言はなんだか冷たかった、菅原さんとは仲が良かったはずなのに何でこんなにも切り替えが出来るのだろうかと疑問に思った。
ただ私の経験から先輩はそんな人間であった。
点呼が終わり各現場に向かう、先輩から引き継ぎを受けいつもの様にお客様の対応を行う、菅原さんの事などすっかり忘れていた。通勤ラッシュも終え一段落ついた頃喫煙所で会った先輩から声を掛けられた。
「お前、仙台駅に来て何年経った?」
私は、新卒でこの会社に入り着任したのが仙台駅であった。
「3年目ですね。それがどうかしましたか?」
先輩は驚くや否や私にとある話をしてくれた。先輩と菅原さんは同期で仕事が終われば直行で居酒屋に行き愚痴を言い合う程仲が良く、俗に言う飲み仲間だったらしい。そんなある日の事菅原さんといつもの様に吞んで他愛もない話をしていた時いつもとは違いトーンでおかしな体験をしたことがあると話し始めた。それは菅原さんが入社して3年が経った頃の話で怖くはないがちょっと不思議な出来事だった
1998年の梅雨から初夏に差し掛かる頃、僕が産まれた年に起きた些細な事だったらしい、菅原さんは仙台駅に配属となった。東北で一番大きな駅で沢山の足並みで賑わっている。彼はみどりの窓口や改札業務に携わっており人身事故や自然災害が起きると列車が乱れご叱責を頂くごくありふれた日常に溶け込んではつまらない日を過ごしていた。
先輩は人一倍努力をする人で周りからの信頼も厚かった、ただその重荷に耐えられなくなり辞めようか悩んでいた。何気ない1日が終盤に差し掛かる終電間際、行き交った足の向き先が帰路に立つ頃で流れるように箱に入っていく。背広を着たサラリーマンはせかせかと走っていく姿を乗り遅れないように見守っていた。見送りが終わりいつものように窓口の締め切りに取り掛かろうとしたとき、40代サラリーマンが私の前にふと現れたのであった。
「月までお願いしたい。」
積み木を積み上げる事を放棄した赤ん坊の様に落ち着きがなく直ぐにでも泣き出しそうな彼は私に一抹の羨望を背負わせるみたいで幼児と何ら変わりはなかった。
慣れた手つきでマルス端末を叩いたが乗車券を作る途中JRで月まで行ける訳がないと思い顔を上げ男性に、「月まで行く事は出来ないですが?」と 不安げな顔を隠すことなく男性に云った。男性は困り果てた様子で私を覗き如何にも脂汗と同居して上司に頭を下げている想像を容易に付く様態を指し示すだけであった。眼と目だけのコンタクトに怖気づきながら「経路検索しても月まで検索が引っかからないですね。」
男性に伝えたタイミングで私の聞き間違いだと気づいた。「月」までではなく、「大月駅」ではないかということだ。駅員らしからぬ誤りに仮病と言い訳をつけてそそくさと逃げ出したい気分になった。
入社して三年で築き上げた放蕩無頼の精神統一は一瞬にして役立たずの骨董品と化してしまったが状況を打破せねばと重い頭蓋をどうにか押し上げ男性の首元まで目を上げ探偵映画の大場面の如く男性に確信を突いた。
「大月駅まででお間違えないですか?」
またもや男性は困り果てた様子で私を覗くばかり「矜羯羅」以外、似合う言葉が見つからず寧ろ相応しいとまで思ってしまう程だった。冷静沈着な男性と眩暈を施す私の間に無理矢理亀裂を走らせた。 「月までは作れないです。」
嫌な目つきだが肉声は振動を与えるだけで獅子にはなれなかった。
男は「じゃあ、いいです。」と言い放ちその場を去ったのであった。呆気に 取られた私は段々と正気を復位させつつ一分も満たない過去を遡り怒りに満ち溢れ感と情が相克しあう中、男性の顔を思いだすことは出来ずに奇々怪々な事はいつもの事かと笑みが零れ、私は鬱憤を瓶に閉じ空気に触れさすまいと肝に銘じた。安堵していると背後から上司が私に声を掛けてきたのだ。
「何かあったの?」
「月まで行きたいお客様がいらっしゃったんですけど、そんなの無理に決まってるじゃないですか。夢でも見てるんですかね。」
上司は不敵な笑みを浮かべ、私の顔をまじまじと見つめた。侮辱された気分になり、その日を半分にしてポイ捨てしたかったが良心的な情が芽生え一先ず辞めておいた。
そそくさと締め切り作業に取り掛かり過不足・過剰金が無いか指差し確認を行い上司に締め切り終了の声を掛け仕事に幕をとじた。
――締切りを終え休養室に向かう道中いつも閉鎖している一つの部屋が開いている事に気づき中を覗くと一台のテレビがあった。解像度の悪いテレビからは深夜のニュース番組が流れていて基本テレビを観ない私だったが操り人形の様に気を取られテレビ前にあるソファに腰かけた。じっーと情報が飛び交うテレビの乱反射に眼球が悲鳴を上げた、窪みから疲労が漏洩し眼動脈は瞳孔に誘われ目まぐるしく踊っていた。そんな次第だ。
パレードが静まり返ったと錯覚した瞬間にテレビから南仙台駅で人身事故が起きたとテロップに速報が流れた。アナウンサーは忙しない様子で原稿を読み上げ、視聴者に何か訴えかける様子は何処か私に対して発しているのではないかと、そんな事ばかり考えてしまう。また呆気に取られていると上空から映し出されるお巡りの簡単作業と駅員が目深く帽子を被り呆然と立ち尽くす姿だけが私の目に留まった。その光景に気を取られていた私はアナウンサーの声が次第におおきく聞こえ始め原稿をしわくちゃにしながら死亡推定時刻を私の目をはっきり見ながら私だけに伝えている。
「死亡推定時刻は、0時38分市内に住む40代男性で、死因は上司からのパワハラで会社の郵便受に遺書が入っていたとの事。
緊迫感漂う情報は、既視感のある内容で背後からは仕事を終えた同僚たちが休養室に向かっていく声がまばらに聞こえたが気にも留めなかった。後々聞いた話だが私が怖い顔をしながらテレビに覗き込んでいたから声を掛けられなかったらしい。はっとしたように逆計算をしたら私がサラリーマンを対応していた時刻と凡そ合っていた事に気づき混乱している。今度は明らかに同僚たちではない異様な雰囲気を背後から感じおそるおそる後ろを振り向いてみたがそこには誰も居なかった。映し出される上空映像からサラリーマンの姿形こそ見えないが、背後の居心地の悪さは尋常じゃなくその男に視られている気だけは確かにあった。緊迫を感じると共に眼の疲れが異常な程でそれ以外にも体中の疲労が重力のおもうがままにソファに着地し早く寝なければと欠伸を一つ天井にぶつけようと顔を上げようとした時、ソファ脇に貼ってある長髪の女性と素朴な少年の張り紙がある事に気付いた。素朴な少年は寂しそうな顔を浮かべ、偲んでいるとも解釈できそうな程浮かない表情である。一方長髪の女性は、素朴な少年の事を想い見つめているようだが、悪巧みを考えているようにも見えてしまうのはきっと廊下の蛍光灯と真っ暗な部屋の明暗さも相まって不気味の掛け算になっているからだろう。
不確かな分析が施され少しばかり申し訳なく思う。歩くのも精一杯だからここで寝てしまおうと目を閉じると発熱時の鼻孔の粗さと音楽団の大合唱紛いの幻聴が錯綜し部屋の片隅に飾ってあった張り紙が斜行し歪みが生じ始めた。滲み出る制汗とぐちゃぐちゃなシャツ、頭がふらふらになり瞳裏の海底から子供の声が聞こえ話しかけてきた。
「銀河鉄道が完成するまで何光年の月日が経つの?」
些細でちっぽけな問いかけだったが答えられなかった、答える隙を与えてくれなかったと云った方が適切だろうか。子供の声が再度聞こえ核心を突く事を発しその場から逃げようとした。
「銀河鉄道に乗って月まで行きたかったんだね。」
逃げる子供の後ろ姿は幼少期の私とそっくりであり、天使の様に美しかった。死に恋焦がれ色褪せては滑走路で羽を広げ逃避行の助走をつける幼少期の私は、瞬く間に上空へ姿を消したのであった。
夢か私が描いた幻想なのか不明なまま目が覚めた、いつの間にか寝てしまっていた。陽が朝の知らせを教えてくれ――深い眠りについた訳ではないが特別不完全な眠りとも揶揄出来ぬほどだった。
頭痛を傍らに重い足で職場に向かった。朝の立ち上げ作業を終え窓口でぼーっと眠りに耐えながら、昨晩の出来事を考えていた。男性は何処にいるのだろうか、自決したのは本当に彼なのか、もし私が月まで切符を売る事が出来たら今頃銀河鉄道に乗車し月の方角に手を差し伸べ恋焦がれていた「夢」の最果てを楽しんでいたんだろうなとSF要素な考えを好んだ私は自分で脇腹を突き、自称笑いをするだけだった。
私が男性の夢を壊し、狂わせてしまったそれだけの事、深淵を覗いても誰も答えてくれちゃいない。深い溜息は、案外安価なアレだった。ただそんな笑みの中で自身の夢さえ見失っていた事に驚嘆し性懲りもないほど落ち込むのであった。
循環する昨晩を待ち伏せし順が回ってきては知らないふりをする。まるで自然の中に放り込まれた未確認生命体の如くタジタジする赤ん坊の様で、若しくはドレスを着た新婦が裾を持ち上げ放蕩無頼に新宿駅を駆け巡る慌ただしい様な気分でもある、ただそれだけ。滅茶苦茶な回路が続々と浮上し、歯車が「かちっ」と響き渡った。堂々巡りな思考回路に寄り道をしては如何か、空回りな考えを淡々と繰り返していた所次の出番者が私に声を掛けた。
「遥人さん代わりますね。」
いつの間にか点呼も終わっていて私の業務は既に終了していたらしい、ただ引継ぎ用の日誌も何一つ書いていない。慌てた様子に後輩は落ち着いてくださいと言わんばかりの顔を私に向けるのであった。
「すぐ日誌作るから窓口入ってて。」
「そんなに慌てなくて大丈夫ですよ、帰るまで書いといてくださいね。」
何とか日誌を書き終え後輩に渡しては昨日のお客様状況や世間話をして時間を持て余した。
仕事を終え、電車に乗った。普段なら解放感に溢れるのだが今日だけは落ち着かない。私の最寄り駅の方向に列車は進んでるのに違う場所に向かってるみたいだ。車窓から見えるいつもの景色、扉上の電光掲示板には女優が笑顔で宣伝している。何も変わらないはずなのに私だけが皆に置いてかれてる感じなのだ。地平線にまで伸びるロングシートには誰も座っていおらず運転手の声だけが響いている。冷房が効きすぎて少し肌寒い、ただ肌寒さだけが私に寄り添ってくれている。寄り添ってくれるや否や最寄りの駅まで来た。少しジャンプしてホームに降りた、誰もいないをは分かっていたからやった事だ。普段なら絶対にしない。隣の車両から女の子が降りるのが見えた、私の行いが見られてないか心配したが見向きもせず改札の方へ行ったので安堵した。家は駅から2分程度の場所にある、何かあるわけでは無いが都心でも田舎でも無い中途半端なこの場所を割と気に入っているが女の子は何故辺鄙な駅で降りたのか疑問に思うばかりである。
帰路に着く間際着信が鳴った、上司からである。電話に出ると早々に上司の怒り声が聞こえた。内容は覚えてないらしいがあるまじきミスを犯していたらしい。ただそんなことはどうでも良く直ぐに電話を切っては鍵をポケットから取り出し差し込む、右に捻り――がちゃと開いた音を確認し扉を開ける。一昨日の葬儀に昨日の一件のあってか疲労がどっと押し寄せ寝間着にも着替えず帰り着のまま布団に潜り込んだ。寝不足な分入眠には時間が掛からなかった、また夢か幻想か不明な状態に陥った。スーツを着た男性が私に何か訴えかけている。ずっと、ずっと。彼は私に問うても返答が無い事を察したのか話すことを辞め、スーツを脱いではソファにほったらかしにしてあった喪服を手に取り着替え始めた。参列する準備に取り掛かるようにネクタイを上まで締めては数珠を右手に持ち始めた。そして男性が私の事を覗き顔の前に手を合わせ一礼し靄に包まれ姿を消した。靄に包まれ消えたサラリーマンの後ろに参列していたのは幼少期の私だった。幼少期の私は口角を上げ目には皺が寄っている。あの頃の様に笑顔が絶えず無邪気であった。順番が待ち遠しかったのだろう、自分の順になるとすぐさま私の所に来て抱きついてきた。重なり合わない手を懸命に伸ばしているが届くことはなく、密着した互いの体温はあの頃と何ら変わりは無く安心した。幼少期の私は嬉々しながら耳元で囁きかける。
「おwかrdn・・・・・・」
幼少期の私が何を言ったのか記憶は定かではないが、張り紙に写っていた素朴な少 年の瞳とそっくりだったのは覚えている。そこから先の事は覚えていない、朧ない記憶と寝相の悪さを頼りに目を覚ますと既に夜中になっていた。意識が遠のき誰かに手を引っ張られる感覚に陥りパクっと食べられた――獏に食べてもらったように。これ以上は寝られないと思い散歩に出かけた。家の近くに海があるので時間をつぶそうと試みた。家の近くにある閖上という地域はかつて津波によって破壊され昔父と歩いた街並みは過去として保存されるだけだった。道中には深夜徘徊しているおじいちゃん、終電に間に合わず途方に暮れながらも家まで帰ろうと頑張る大学生、純粋な不審者、蒸発するお父さん、夜逃げに成功した不倫者、めでたい犬、懐古する猫、立ちしょんする屍、まだ夢なのだろうかと思い込んでいるといつの間にか海に辿り着いた。水平線と空の境目がぼやけ大きい波のようで少し怖い。汝の漣が吹き荒れる防波 堤の果てで硬直した肌はすべすべしており、ざらざらとした触感がある。鼓動は運動を止める事無く、ましてや脈拍は増していくばかり、波音だけが耳に入り込み道中ですれ違った住民の騒音さは余韻すら残さなかった。昨夜の事件はずっと心中に留まるばかりだ。
夜が更ける頃、灯台の灯が螺旋をなぞり言語記号の跡を追うよう―どうかご無事で、夢怪獣に食べられぬうちに。そう記したのだ。
空腹な私は昨夜から何も食べていない、シャキシャキのレタスに熟したトマトが挟まっているサンドウィッチを食べたいがそんなもの近くには売っておらず少し足を運ばなければならない――自炊をしないのがばれるがまあ置いておこう。
空が低くなりつつある時期に何方様は月まで行くか返事をしてくれて漣でかき消された白夜のご奉公は路線となり足元まで照らしてくれる。照らされた先にいたのは紛れもない私、彼、天使、幼少だった。夢破れ他人の言質に留まらせ死に思い寄せる事をあたかも「させられた」と考え込んでいた複数であったのだ。くしゃみが止まらない、花粉のせいだろうか。
「銀河鉄道に乗せてくれないか?」
薄明を迎え顔半分が水面に映し出され反射した空の方向を見上げると銀河鉄道が頭上を通過し汽笛が三回鳴った。届きそうで届かない指先が少し震え細長い線の先に車窓からこちらを覗き私に手を振っている。腹をおもむろに向けだし上る姿に
「待っててね、迎えに行くから!」
汽笛は静寂に押し殺され上空に姿を消していった。そして列車は跡形も無くなっていた。
着信音が聞こえた、携帯を開いてみると職場からである。
急いだ調子もなくいつものように耳に当て、自分の名前を呼ぶだけである。「はい、小林です。」
上司は私に問うた――月には行けそうかい?