ねこわさび
12 件の小説追いかけた先で
駅前のカフェの窓際。私はイヤホンを耳に差し込み、小さな画面に映る彼を見つめていた。 今日もきらめく照明の下で、ステージを駆け回る推しの姿。会ったことなんて一度もないのに、彼の笑顔はまるで私だけに向けられたものみたいに胸を温める。 つらいことがあった日も、友達とケンカをした日も、彼の歌声と笑顔に救われてきた。 「推しは推しでしかない」なんて冷めたことを言う人もいるけど、私にとっては違う。 彼がいたから、私は今まで頑張ってこれた。 何回も応募して、やっと当たったライブの日。遠く離れた席でも、光の海に揺れるペンライトの中で、確かに彼と同じ空気を吸っていた。 一瞬だけ、視線が交わったような気がして――熱が胸に広がる。 現実の私は、名前すら知られないファンのひとり。 だけど、夢の中では何度も彼と出会う。笑い合って、言葉を交わして、手を取り合って。 夢が覚めるたびに、少し寂しくなるけれど、それでもまた今日も彼を応援できることが幸せだと思う。 推しは、きっと私の知らない未来へ歩いていく。 私は、その後ろ姿を見守ることしかできない。 それでもいい。だって、私は――。 来世も、あなたに恋をする。
桃色の想い
ロゼリア王国の城門前。 朝露に濡れた白い石畳の上を、エレナ姫はそっと踏みしめた。淡い桃色のドレスの裾が風に揺れて花びらのように広がる。 繊細なレースが朝日を受けてきらめき、胸元の小さな真珠が淡く光った。 警備の兵士の列。その一番端に立つ青年−−カイル。 彼がこちらを見た瞬間、胸の奥が熱くなる。 「……おはようございます、姫。」 「おはよう、カイル。」 たったそれだけの挨拶なのに、二人とも何故かぎこちない。 もし、この鼓動がきこえてしまっていたら。 この鼓動の速さがバレてしまったら。 きっとどちらも、兵士と姫には戻れない。 *** −−綺麗だ。 その一言が、心から漏れないように。そっとしまった。 淡い桃色のドレスは、夕焼けを閉じ込めたようだった。 そのドレスの裾が風に揺れるたび、花びらのように広がる。 視線を逸らそうとしても、どうしても彼女から目を離せない。 兵士として、姫をただ守る立場でいなければならないのに。 心臓の鼓動が早まるのを、鎧越しにも感じる。 「……おはようございます、姫。」 「おはよう、カイル。」 彼女の声は春の陽射しのように柔らかく、自分の中の冷たい鎧をほどいてくれる。 けれど、その鎧がほどけてしまったら−−二人のこの関係は、きっと壊れてしまう。 だから、言えない。 この想いも、この胸の高鳴りも、全部。 *** 城の裏手に広がる庭園は、朝の光に照らされて、花々がいっせいに息を吹き返すようだった。 エレナ姫はそこで朝の散歩を楽しんでいた。歩いている途中、ドレスが植木の小枝引っかかってしまい、慌てて折れた小枝を払いのけた。 その瞬間、手にしていた小さな金のペンダントが指から滑り落ち、柔らかな芝生の上に転がった。 「ペンダントが……。」 慌ててしゃがみ込もうとしたエレナの前に、カイルの手がすっと伸びた。 「私が拾います。」 彼の手に包まれたペンダントは、朝露に濡れて輝きを増していた。 エレナは少しだけ顔を赤らめて、目を伏せる。 「ありがとう、カイル。」 「そんなに感謝しなくても……。そのペンダント、大事なものなんですか?」 「ええ、祖母から譲られたもので、いつも身につけているの。」 カイルはそっと微笑んだ。 「これからも大切にしてください。私がしっかり守りますから。」 エレナは胸がじんわり温かくなるのを感じた。 たとえ言葉にできなくても、二人の距離は、確かに縮まっていた。
この想い、春風に乗って
春の終わり、優しい風が桜の花びらを連れていく。 高校の卒業式から一か月後、私は、あの日のことを思い出しながら、ひとりで坂道を上っていた。 その坂の上には、古びたベンチと、街を一望できる見晴らしのいい公園がある。 そこは、私と奏多がいつも放課後に待ち合わせていた場所だった。 「大学、楽しい?」 問いかける相手は、もういない。 奏多は、去年の秋に病気で亡くなった。 まだ17歳だった。 私と同じ高校のクラスメイトで、最初は特別な感情なんてなかった。 でも、気づいたときには、彼の声や笑顔が、毎日の光になっていた。 ある日、奏多が言った。 「俺がいなくなったらさ、ここに来て、空を見てほしい。俺、その雲のどこかにいるから。」 そのときは、冗談だと思った。 「ちょっとなにそれ、急に中二病っぽいじゃん」って、からかった。 でも奏多は、静かに目を閉じて、風を感じるように言った。 「ほんとだよ。俺、雲になるから。」 その言葉が最後だった。 奏多が亡くなってから、私は毎月一度、この坂を上る。 そして、ベンチに座って、空を見上げる。 今日も、どこまでも広がる青空に、白い雲がゆっくり流れていた。 「奏多、ねえ……今でも、笑ってる?」 泣かないって決めていたのに、気づけば頬を伝う雫。 でもそのとき、風がふわりと私の髪を撫でた。 まるで、優しく「うん」って、頷かれたみたいだった。 「……ねえ奏多。本当にずるいよ。まだ…好きなんだよ。」 私は涙を拭って、そっと微笑んだ。 この気持ちが雲の向こうにいる彼に、届けと願いながら。
まばたきよりも早く
教室の窓から見える空が、やけに青かった。 終業式のあと、誰もいなくなった教室で、律は机に頬杖をついて空を見上げていた。 隣の席だったつむぎが転校すると聞いたのは、一週間前。 何度も話しかけようとしたのに、結局「じゃあね」さえ言えず、今日まで来てしまった。 彼女の机はもう空っぽで、朝の陽に照らされて白く光っていた。 「……バカみたいだな、俺」 ポツリとこぼれた声が、誰もいない教室に響いた。 あの日、律は気づいてしまった。 笑ったとき、目をそらすようにまばたきをするつむぎの癖。 何かを言いかけて、やめてしまうそのタイミング。 ──たぶん、好きだったんだと思う。 でも、言えなかった。 なんとなく日々が続くような気がしていたから。 その“なんとなく”が壊れるなんて、思っていなかった。 ふと、机の中に白い封筒があることに気づいた。 取り出すと、そこには「りつへ」と、見慣れた字で書かれていた。 手が少し震える。封を開けて、中の手紙を読んだ。 りつへ 突然でごめんね。伝えるのがこわかった。 でも、言わなきゃって思ったから、最後にこれを書いてます。 わたしね、あなたのことが好きだった。 でも、勇気が逃げていって、言えなかった。 だから、今さらだけど書きます。 ありがとう。 わたし、あなたと同じ空を見ていた時間が、すごく好きだった。 元気でね。 一文ごとに胸が詰まりそうになる。 文字がゆれて見えて、視界がにじんだ。 「……遅いんだよ、ばか」 律は笑った。 どうしようもなく、切なく、でも、あたたかい気持ちで。 そのとき、風がふわりと吹いて、窓のカーテンが揺れた。 まるで、どこかで誰かが笑ったみたいに。 りつは立ち上がり、空を見上げた。 ──次は、ちゃんと伝えられるように。 まばたきの間に、大切なものがこぼれないように。
僕たち、また
君がいつでも楽に歩けるように 僕が君のための道を作ってあげるよ 今は波の上で揺らいでいるだけでも大丈夫 将来、僕たちは波を乗り越えているはず 歩き慣れない道の上で どこに向かって歩けばいいのかわからなくなるかもしれない 選んだ道が険しい道でも僕がそばにいるからね 僕たちがまた一緒に歌うその時 その日まで 君のこの道は終わらないよ 全ての理由とこの道が美しいままなのは 君がいるから この道の終わりで折り返し地点さえ過ぎたら 君がこれ以上疲れないように僕が君を守ってあげる もし僕たちに何かあっても 必ず会おう 暗い夜を歩く時、やっぱり怖くて心配になるかもしれない でも心配しないで 僕がいるから 明るい光が闇を照らして 君を包み込んでくれる 僕たちがまた会うその日まで しばらく息を整えてからもう一度 辛くて疲れてしまうこの道と 最後まで向き合おう 僕たちは朝が来る前に頂上に着くように 成長痛を経験してるんだ 僕のところにおいで 道を失っているならいつでも あたたかい温もりを分ければもう一度 道を探すことができるから 怖がらなくても大丈夫だよ しばらくスピードを遅らせても僕たちは もう一度会えるから
あと一歩
気づいた時にはすでに99.9%、僕の心は君の色に染まっていた。 だけど、最後の0.1%が足りない。あと1歩完成だけど、その1歩が難しい。 もし、これが愛だとしたら。君は冗談でかわすのかもね。 でも、僕の頭の中の計算式はもう答えを知っているみたい。 99.9%、僕は君のことが好きなんだ。 あと0.1%だけ君が近づいてくれるなら、それだけで完璧なのに。 「私がそんなに特別なの?」 って君は困りながら笑うだろうけど。 僕の心は100%確信があるから心配はないよ。 だからね、何回も言うけどこの気持ちに嘘はない。 君の答えがはいでもいいえでも大丈夫。 僕の愛が変わることはないから。
明日の夜は何が食べたい?
「もっと早く帰ってきてよ」 その一言が言えないのは ただあなたのお荷物になりたくないから。 「もっと早く帰ってきてよ」 その一言が言えないから 今晩のカレーにこっそり溶かしておくね。 少し多めに具材を入れた方のお皿はあなたの。 少し少なめに具材が入っている方のお皿が私の。 ごめんね。一口食べただけで「おいしい!」って感動しているあなたが可愛すぎるから、つい作りすぎちゃうの。 ごめんね。律儀に両手を合わせて「ごちそうさま」って言ってくれるの、ほんとに嬉しいんだよ。 私がどれだけ疲れてても、そんなあなたの姿を見るために料理を振る舞うの。 ねえ、明日の夜は何が食べたい? 「今日も少し遅くなる」 その一言で君が傷つくってわかってる。 携帯電話越しに聞こえた 「頑張ってね」 の一言で君の表情を予想する。 その言葉の奥に隠した君の本当の気持ちには気づいているんだよ。 僕に甘えないようにしてくれてるけど、たまに甘えてもいいんだよ。 「二人の時間を大事にしてよ」って言ってもいいんだよ。 ごめんな。僕が「ただいま」と言っただけで「おかえり!」と玄関まで駆けつけてくれる君が可愛すぎるから。君より早く家に帰ってもいいけど、君の「おかえり」を毎日聞きたい。その「おかえり」の一言が疲れてる僕を癒してくれるんだよ。そんな君を見るために僕は働く。 なあ、明日の夜は早く帰るよ。
コントローラー
《ハジメマシテ!私ハ今日カラアナタヲ‘コントロール’スルモノデス。ぜひ、頼ってくだサイ》 私は、コントロールロボットを買った。 二年前、事件が起きた。その事件は殺人に清々しさを覚えた殺人鬼がショッピングモールを襲った残酷な事件だ。その事件で出た死傷者は三十人ほど。私もそのうちの一人にあたるはずだ。私は大きな怪我はなく、三日ほどで退院できたが、死者は七人もいたそうだ。 私の感情がおかしくなったのは事件があったその日からだった。 上司に怒鳴られても何も感じない。 友達と楽しく話してても愛想笑いすらできない。 周りは私に「変わったね」と言った。 だから‘コントロールロボット’を買った。 役に立つと思ったのに。 感情だけを‘コントロール’してくれると思ったのに。 ワタシはまだ感情がない。 コントロールされてるから。 されるがまま生きて、自分の意思すらナク、ただただイキル。 これでよかったのカナ。 いや、 これでヨカッタノカモナ。
もう一度。
「もう一度。もう一度だけで良いから君の声をきかせて。もう一度、2人のカレンダーをめくらせて。」 ある冬の日、部屋の片隅にぽつりと置かれた夏の日のカレンダーをみて僕はつぶやいた。 もう一度「ただいま」って言いながら帰ってきてよ。僕になんにも知らせずにいってしまったから忘れ物の送り先さえわからない。 心が壊れる音が毎日きこえる。 そのたびに君の大切さを実感する。 もう一生手に入らない。そして二度と増えることのない君との思い出。 どんなスピードで追いかけたら、また君に出会えるのかな。生きている意味を教えてくれたのも、愛し方を教えてくれたのも君なのに。 いつも君のことを心で想い続けてる。この心の声は君にきこえてるのかな? 君によく似合った笑みをもう一度見せてよ。 言えなかった言葉を今心の底から伝えたいと思った。もう遅いのにね。 囁けばゼロセンチで届けられた距離だったのに。なんで渡せなかったんだろう。どうしてかな?君と離れてからー君がいってしまってからの方が言葉が溢れ出すのは。いまさらなんだよと笑って自分を誤魔化してるけど、すごく後悔してる。 前、星を見るために田舎の方に行ったの覚えてる?君だけ見つけた流れ星に何をお願いしたの?その時は「言ったらお願いが叶わなくなるから教えない」って言って頑なに教えてくれなかったよね。そんな些細な会話すら覚えてる僕が馬鹿みたいだって?それほど大切な想い出だったんだ。 幾億年の距離を超えて輝きを伝う星のように、僕らも変わらない愛を伝え続けれたらよかったな。 だから、いつか僕らがまた巡り会った時には星の輝きの中で待ち合わせしよう。君が迷子にならないように瞬きひとつすらせずにずっと照らして待ってるから。消えやしない君の温もりのように今を抱きしめて生きていくから。どうか、どうか心配しないでね。次会った時に君がわかるように、ずっと今の「僕」のままでいるよ。約束する。 あの夏の日から、僕の時間は止まってる。周りの季節が夏から秋へ、秋から冬へと変わっていく中、僕だけ立ち直れずにいる。そんな僕を見て、君は笑っているかな。それとも心配してるかな。 どれだけの時が流れても永遠に過去形にならない “I love you” 今、その言葉を君に捧げたい。
カレンダー
目を閉じると思い出す、些細な僕たちの物語。 映画になる程大きなことがあったわけでもない。 ただ、僕たちの心だけに写真のように残った 「思い出」「字体」「癖」「習慣」なにもかもすべて。 カレンダーの上の数字はいつのまにかぎこちなく見えるほど。 すごくすごく、すぐ過ぎていくみたいだね。 それほど楽しい時間だったみたい。 カレンダーの上に真っ赤なペンで書いておいた「まる」。あの日々がどれだけ僕を幸せに導いてくれたのかわからない。 急に表現するのはちょっとあれだけど、今絶対に言いたい。 すごく感謝してるって。 すごく愛してるって。