澪苺莉【みおり】

28 件の小説
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澪苺莉【みおり】

初めまして!みおりと申します。あなたの生活の中にキュンとした恋と出会えますように❤︎そんな小説をお届けしていきたいです!

ギャル100% ポジティブ200

第一話 変なギャルとのお悩み相談 「あれー?前髪切った?超かわだよー❤︎」 「その本最後の結末良くね?てかこの作者と雰囲気似ててこっちもおすすめ!」 「やっほー!!次も一緒にアキバいこー!」 道ゆく人が友達で、世界は全部友達と家族でできてると思ってそうなギャルいこの人は、この学校の生徒会長。 2年B組、12番。 元気いっぱい、近衛なな。(このえなな) とにかくギャルの塊で、何をやっても元気。そして、とにかくポジティブ思考の原石だ。 そんな中、俺はネガティブな考えばかりしてしまう。 2年E組、吾妻翔。(あづまかける) 今日もこの暑さが最悪でもう朝会をサボってしまった。 俺はなんてダメなんだろう。 朝会を聞いてないから話がわからないかもしれない。 ……ぶつぶつ。 ふと、掲示板に貼ってあるカラフルなポスターを見つけた。 『近衛ななちゃんのお悩み相談会! いつでもどこでも駆けつけるよん♪♪』 チッ。 こんなの人気者の相談しか聞かない、ギャルの娯楽だろ。 そう思いながら、俺はそのポスターを眺めていた。 「君も相談したい感じ?なら今とか全然聞いたげるー!」 振り返る。 そこには、生徒会長。 「いや、ちょっと見てただけなので」 「えー!ちょっとにしては3分くらい眺めてたけどなー」 3分も見ていたのか。 というか、この人距離感おかしくないか? 「なんなんですか」 「何って。みんなの生徒会長だけど?」 あー。 話が通じない。 生徒会長はバカだったのか? 「で?相談しちゃう?してみてよー!」 「いや、ほんとに俺なんかいいので」 「え?ちょ待って。俺なんかってネガティブすぎない?」 またネガティブが出てしまった。 「すいません。癖で」 すると近衛は、ぱっと笑った。 「だったらさー!ネガティブを直したいってこと相談してみない?」 「かけるんのネガティブ、ななが直してあげるよ!!」 かける……ん? 俺のことか? 「あの。名前……」 「あー!かけるんでしょ。知ってるよー!」 「名前知ってたんですか?」 「当たり前の極意!この学校の生徒だし!しかもかけるん同級生でしょー!」 「いや、知ってるとは思わなかったので」 「てか敬語もやめよー!なんか変な感じするー」 「……無理」 「なんで!?」 即答してしまった。 すると近衛は笑って、 「じゃあ週二で相談会しよ!」 「は?」 「火曜と木曜!生徒会そんな忙しくないし!」 「いや、俺は――」 「決まりね!」 「決まってない」 「決まり!」 ……。 そんなこんなで週に2回、生徒会が忙しくない火曜と木曜に相談会をすることを取り付けさせられた俺は、一体これからどうしたらいいの? * そして、火曜日。 「おっ!かけるん来たじゃーん!」 「来たくて来たわけじゃない」 「はいはい、照れ隠しね!」 「違う」 「じゃあ相談会スタートー!」 「……」 俺は少し考えてから口を開いた。 「俺、何でも悪い方向に考えるんだ」 近衛は黙って聞いている。 「失敗したら、やっぱり俺はダメなんだって思う。友達に話しかけるのも、迷惑かもしれないって考える」 「そっかー」 近衛は少し考えてから笑った。 「じゃあ、今日から一個ずつ変えよ!」 「そんな簡単に変わるわけないだろ」 「いきなりポジティブになれって言ってるんじゃないよ!」 近衛は指を一本立てた。 「今日は一個だけ!」 「一個?」 「例えば今日、朝会サボったでしょ?」 「……うん」 「『俺はダメだ』じゃなくて!」 近衛は笑った。 「『朝会サボっちゃった。明日は行こう』!」 「……」 「前者は自分を責めて終わり。でも後者なら次に進めるじゃん!」 俺は黙った。 そんな考え方、したことがなかった。 「……それくらいなら、できるかも」 「でしょー!?」 近衛が嬉しそうに笑う。 帰り道。 俺は一人で歩きながら、小さく呟いた。 「……明日は行こう」 何かが大きく変わったわけじゃない。 でも。 ほんの少しだけ、昨日までとは違う気がした。 そのとき。 「かけるーん!!」 後ろから近衛の声がした。 「忘れ物ー!」 渡されたのは、俺の筆箱だった。 「生徒会室に置いてあったよ!」 「あ……ありがとう」 「いーえ!」 近衛は笑って手を振る。 「今日、ちゃんと相談できたじゃん!一歩前進じゃん!」 その背中を見ながら、俺は少しだけ笑った。 ……この人。 本当に何でもポジティブにするんだな。 そして俺はまだ知らなかった。 この相談会が、俺だけじゃなく――近衛ななの人生まで変えていくことを。

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線香花火が落ちるまで

暑苦しい夏に帰ってくるのは、ご先祖さま。 お盆という名の恒例行事。 行きは早く帰れるように馬に乗って、帰りは名残惜しいように牛に乗る。 そう、ばあちゃんが教えてくれた。 今年は何人来るんだろうな。 俺を思って、この海へ。 俺は十六の夏、この海で死んだ。事故だった。 泳いでいたら、死んでた。 あんまり覚えてない。 バカだからかもな。 でも、一つだけ覚えてることがある。 明日、花火をする約束をしていたこと。   命日になると、親や親戚が海へ来る。 花を供えて、手を合わせて、少し泣いて、帰っていく。 最初の何年かは、母さんなんて立っていられないくらい泣いてた。 父さんも何も言わなかった。 今では泣く時間も短くなった。 悲しみって、薄れるんじゃない。 ちゃんと生きるために、しまっていくものなんだろう。 だから、それでいい。 みんなは前を向けばいい。 俺が待ってるのは、あいつだけだから。   夕日が海を橙色に染め始める頃。 今年もあいつは来た。 小さなバケツと、線香花火を片手に。 「今年も来たよ。」 誰に向けるでもないその声に、胸が締めつけられる。 やめてくれ。 そんな笑い方、覚えてない。 お前はもっと、歯を見せて笑うやつだった。 線香花火に火をつける。 落ちそうで落ちない、小さな火。 俺たちがやるはずだった花火は、本当はもっと派手だった。 打ち上げ花火を見て、手持ち花火をして、最後に線香花火で勝負しよう。 そんな約束だった。 「負けた方がジュースおごりね。」 「絶対勝つし。」 そんなくだらない約束までしてたのに。 俺は、その次の日に死んだ。   線香花火の火が落ちる。 彼女は静かに灰を見つめて、小さく笑った。 「また来年ね。」 違う。 来年なんて来なくていい。 もう俺を好きじゃなくていい。 俺より大事な人を見つけて。 幸せになって。 何度願っても、この声は届かない。 夏が来るたび、俺は君を待つ。 君は夏が来るたび、俺に会いに来る。 あの日の続きを、一人で終わらせるために。

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思い出を書きなさい

「思い出を書きなさい。」 今年の夏休みの宿題は、ただそれだけだった。 そこまで都会とは言えない町の中で暮らし、受験生だった中学を終え、高校に上がり、高校一年生が過ぎ、高校二年生の夏を過ごす。 そんな僕に学校から出された宿題は、 「思い出を作りなさい。そして、その思い出を作文用紙に書きなさい。」 ただ、それだけだった。 でも僕は、何を書いたらいいのか、夏休みが始まって二週間が過ぎても分からない。 家族と過ごしたこと? 友達と行った海のこと? 花火を見た日? どれも楽しかった。 でも、どれも一番ではない気がする。 そんなぼーっとした毎日を送っているある日。 僕は学校に立ち寄った。 先生に用があって来たのだが、クーラーは効いていて、暑さはしのげる。 そして、図書室は夏休み中でも開いているらしい。 最高の空間だ。 それを知ってから、僕はここ一週間くらい通い続けている。 今日は何を読もうか、と本棚を眺めていると、一冊の古びた本が目に入った。 表紙には何も書かれていない。 なんとなく開いてみる。 すると、中に一枚の紙が挟まっていた。 日記のようだった。 『来年の夏。 これを読んでいるあなたへ。 今年、面白い課題が出たのではないかしら? その課題、もう終わった? 今これを書いている私は、もう卒業だけれども終わってないわ。 だって、思い出はまだ見つかってないんですもの。 あなたも、これだって思うまで探し続けることをお勧めするわ。 人生を楽しむ先輩より』 「なんだこれ?」 最初に思った。 誰が書いたのかも分からない。 何年前のものかも分からない。 ただ、最後の一文だけが妙に頭に残った。 人生を楽しむ先輩。 少し変な人だな。 僕は紙を本に戻した。 そして次の日も、僕は図書室に来た。 「まだ思い出見つかってないの?」 突然、声をかけられた。 振り返る。 そこには、女の子が立っていた。 同じ制服。 でも、見覚えがない。 「……誰?」 「ひどいなあ。昨日もここにいたじゃん」 「昨日?」 そんなはずはない。 昨日、この図書室にいたのは僕一人だった。 「まあいいや」 彼女は僕の向かいの椅子に座った。 「その宿題、終わった?」 「終わってない」 「私も」 彼女は笑った。 「じゃあ、一緒に探そっか」 「何を?」 「思い出」 そこから、僕たちは毎日のように図書室で会うようになった。 宿題をしたり、本を読んだり。 くだらない話をしたり。 彼女はよく笑う人だった。 僕がどうでもいい話をしても笑う。 僕が好きな本の話をしても笑う。 「君、笑いすぎじゃない?」 「だって面白いんだもん」 「何が?」 「君が」 そう言って、また笑う。 そのたびに、僕は少しだけ困った。 ある日、僕は聞いた。 「海、行かない?」 彼女は少し黙った。 「……海?」 「うん。夏なんだし」 「ごめん」 彼女は笑った。 「私は、ここがいい」 「図書室?」 「うん」 「変なの」 「よく言われる」 結局、その日も僕たちは図書室で過ごした。 それでも、僕は十分楽しかった。 別の日。 窓の外から花火の音が聞こえた。 「今日、花火大会だよ」 「知ってる」 「行かない?」 彼女は少しだけ寂しそうに笑った。 「私は、行けないの」 「なんで?」 「秘密」 それ以上、彼女は何も言わなかった。 そして、夏休み最後の日。 僕はいつものように図書室へ向かった。 でも、彼女はいなかった。 待っても来ない。 一時間経っても、二時間経っても来ない。 諦めて帰ろうとしたとき、机の上に一枚の紙が置いてあることに気づいた。 見覚えのある字だった。 『今年の夏、思い出は見つかった?』 僕は慌てて、あの古い本を開いた。 すると、前にはなかった文章が書かれていた。 『もし見つかったなら、きっと君は私と同じ人を好きになっているのかもしれないね。』 「……え?」 ページをめくる。 そこには日付があった。 ――一九八〇年、八月三十一日。 僕は固まった。 さらにページをめくる。 そこには、一人の女の子の日記が続いていた。 図書室で過ごした夏。 見つからない思い出。 毎日話していた男の子。 そして、夏休み最後の日。 『今日で夏休みが終わる。 私はもう、この図書室には来られない。 だから最後に、未来の誰かへ。 もしこの本を見つけたなら、あなたにも素敵な夏が訪れますように。 そして、あなたも大切な人を見つけられますように。』 最後に書かれていた名前。 それは、あの女の子の名前だった。 僕は急いで先生のところへ行った。 「この本を書いた人って、知ってますか?」 先生は本を見ると、少し驚いた顔をした。 「ああ、この人か。昔、この学校にいた生徒だよ」 「今は……?」 「もう何十年も前に卒業してるよ」 僕は何も言えなかった。 あの夏、僕が毎日話していた彼女。 海にも行けなかった。 花火も見られなかった。 図書室から出ようとしなかった。 もしかしたら彼女は、何十年も前の夏から来たのかもしれない。 夢だったのかもしれない。 本当にそこにいたのかもしれない。 僕には分からない。 ただ一つだけ分かることがある。 僕は、彼女のことが好きだった。 会えなくなって初めて、それに気づいた。 僕は作文用紙を取り出した。 今まで真っ白だった紙に、初めて文字を書く。 『僕の今年の夏の思い出は、図書室で一人の女の子と出会ったことです。』 少し考えて、続きを書く。 『彼女が何者だったのか、僕には分かりません。』 『でも、僕は彼女と過ごした夏を忘れません。』 そして最後に、 『何十年も前の君へ。僕は、君を好きになりました。』 と書いた。 ペンを置く。 そのときだった。 机の上に置いていた古い本が、ぱたんと閉じた。 ページの間から、一枚の紙が落ちる。 拾ってみる。 そこには、たった一言。 『私も。』 僕は思わず笑った。 何十年も前の女の子に恋をして。 何十年も前の女の子に振り回されて。 そして最後には、何十年も前の女の子に返事をもらった。 変な夏だった。 でも、僕にとっては、一番の夏だった。 僕はその古い本を閉じた。 そして、本棚から新しいノートを一冊取り出した。 真っ白な表紙。 一番最初のページを開く。 そして、ゆっくりと書き始めた。 『次の夏、このノートを見つけたあなたへ。』 『学校の宿題で、思い出を書きなさいと言われて困っているかもしれません。』 『僕も、最初は何を書けばいいのか分かりませんでした。』 『でも、探していたら見つかりました。』 『思い出って、最初から特別なものじゃないんだと思います。』 『誰かと笑ったこと。』 『くだらない話をしたこと。』 『もう会えない人と過ごした時間。』 『その一つ一つを大切に思えたとき、それが思い出になるんだと思います。』 少しだけ迷ってから、最後の一文を書く。 『だから、焦らなくて大丈夫。』 『きっと、あなたにも見つかります。』 そして―― 『思い出って、素敵だよ。』 僕はノートを閉じた。 何十年か後。 また誰かが、このノートを見つけるかもしれない。 その人がどんな夏を過ごすのか、僕には分からない。 でも、その夏がその人にとって大切なものになればいいと思う。 そしていつか、その人もまた誰かに伝えてくれたらいい。 思い出って、素敵だよ、と。 僕はノートを古い本の隣に置いた。 窓の外では、夏の終わりの蝉が鳴いている。 僕は図書室を出る。 今年の夏は、もう終わる。 でも、きっとまた夏は来る。 そのたびに、僕はあの人を思い出すだろう。 何十年も前の夏にいた、僕の好きな人を。 そして僕は、少しだけ笑った。 「またね。」 誰もいない廊下に呟く。 返事はなかった。 でも、不思議と寂しくはなかった。 だって、僕の思い出はもう、 ちゃんとここにあるのだから。

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君が思ってる君と僕が見てる君は違う

「私なんてブスだから。」 君はそう言って笑う。 お願いだから、自分をそんなふうに呼ばないで。 ねえ、一体それは誰に言われたの。 友達に笑われたの? 家族に茶化されたの? それとも、何度も鏡を見つめるうちに、自分でそう思い込んでしまったの? 僕には、わからない。 だけど、一つだけ確かなことがある。 君は、とても綺麗だ。 誰よりも。 誰にも向けないくらい、僕は君を綺麗だと思っている。 だから今日も伝える。 「その笑顔、可愛いね。」 「その表情も好きだよ。」 「今日も素敵だ。」 何度でも、飽きるほど。 でも君は、少し困ったように笑って首を横に振る。 「そんなことないよ。」 その一言で終わらせてしまう。 どうして? どうして君は、自分をそんなにも低く見積もるんだろう。 君は気づいていない。 自分では欠点だと思っているその全部が、誰かにとっては愛おしくて、目を奪われるほど魅力的だということを。 君が思っている『君』と、 僕が見ている『君』は、 きっと、まるで別人なんだ。

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君はずっと喋っていた

無口な彼が好きだった。 隣の席。 それだけの距離なのに、彼の声を聞いたことは一度もない。 先生に当てられても頷くだけ。 友達に話しかけられても、小さく首を振るだけ。 笑うことも、怒ることも、声にすることもない。 だからクラスのみんなは「喋らない人」って呼んでいた。 でも、一つだけ癖があった。 机を、人差し指で叩くこと。 トン。 ツー。 トントン。 トン、と叩いてから、指をすっと滑らせる。 授業がつまらない日は、先生の話なんて頭に入らない。 私はずっと彼の指先を見ていた。 今日もまた始まった。 「トン・ツー・トン・トン」 「ツー・トン・ツー」 「トン・ツー」 「トン・ツー」 変な癖。 それなのに、毎日違うリズムだから気になってしまう。 自習の日にはもっと長い。 「ツー・ツー・ツー・トン・ツー」 「ツー・トン・ツー・トン・トン」 一昨日なんて、ノート一行分埋まるくらい続いた。 頑張ってメモした私を誰か褒めてほしい。 本人に見つかったら恥ずかしくて死ぬけど。 「今日の先生、怖かったよね。」 話しかけても返事はない。 代わりに机を叩く。 「ツー・ツー・ツー・ツー」 「ツー・トン・ツー」 「トン・ツー・トントン」 「ツー・トン」 「レポート終わりそう?」 また返事はない。 トン。 ツー。 トントン。 私は少し笑う。 「ほんと、喋らないよね。」 それでも嫌いにはなれなかった。 むしろ、好きだった。 彼の静かな時間ごと。 卒業式まで、あと一日。 結局、「好き」の二文字は言えなかった。 放課後、友達に話す。 「隣の席の子がさ、ずーっと机叩いてるんだよね。」 「え?」 友達は少し考えてから言った。 「それ、モールス信号じゃない?」 胸が止まりそうになった。 その日の夜。 机いっぱいに広げたノート。 今まで暇つぶしに書き写してきたリズム。 スマホでモールス信号表を開いて、一つずつ読んでいく。 最初に解けたのは、おじいちゃん先生の授業。 『可愛い』 思わず息が止まる。 自習の日。 『好き』 涙で文字が滲む。 一番長かった日のメモ。 『付き合ってください』 指が震えた。 先生が怖かったね、と言った日の返事。 『こわかった』 レポート終わりそう?と聞いた日の返事。 『まだ』 返事をしていた。 全部。 毎日。 私だけが気づいていなかった。 彼はずっと、喋っていた。 卒業式。 教室は「またね」で溢れていた。 私は彼の前まで歩く。 「手、出して。」 彼は少し驚きながら、右手を差し出す。 その手のひらに、私は人差し指を置いた。 震える。 緊張しているのが自分でも分かる。 でも、一文字ずつ。 ゆっくり。 ツー・ツー・ツー・トン・ツー。 少し間を空ける。 ツー・トン・ツー・トン・トン。 『好き』 彼の瞳が大きく揺れた。 「……読めるの?」 初めて聞いた彼の声だった。 だけど、不思議だった。 初めてじゃない。 私は毎日、この声を聞いていた。 机の上で。 指先で。 ずっと。 彼は少しだけ笑う。 そして今度は、私の手のひらに指を置いた。 もう私は迷わない。 一文字ずつ読む。 『ぼ』 『く』 『も』 『す』 『き』 涙がこぼれた。 「……うん。」 それしか言えなかった。 教室の外では、みんなが笑っている。 桜の花びらが一枚、風に乗って舞い込んできた。 彼は無口なんかじゃなかった。 君はずっと喋っていた。 私が、聞けていなかっただけだった。

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戸籍

戸籍。 たった二文字なのに。 こんなにも私を安心させる言葉はない。 誰かの子どもとして生まれた証。 この世界に存在していい証。 私はそこに名前があるだけで、生きていてもいい気がした。 不思議だ。 紙一枚で、自己肯定感はこんなにも変わる。 私は今日も、その紙を思い浮かべて笑う。 「ちゃんと私はここにいる。」 そう思えるから。 だけど、その安心は長く続かない。 もし、この紙がなくなったら。 もし、この名前が消えたら。 私は私でいられるのだろうか。 急に怖くなる。 「私は誰?」 名前も。 住所も。 家族も。 全部なくなったら。 残るのは、ただ息をしているだけの人間だ。 そんな私を、私は愛せるのだろうか。 答えは、すぐに出た。 愛せない。 何者でもない私は、嫌いだ。 だから私は、今日も戸籍を愛してしまう。 そこに書かれた名前を愛して。 誰かと繋がっている証を愛して。 世界に認められている私を愛して。 でも。 ある日、鏡を見ながら思った。 私は紙を愛しているんじゃない。 そこに守られている”私”を愛しているんだ、と。 いや。 違う。 本当に愛していたのは、その紙だった。 紙がくれる安心だった。 紙がくれる「ここにいていい」という許可だった。 だから、紙がなくなる想像をするだけで、自分まで消えてしまう気がした。 そんな私に、鏡の中の私は笑って言う。 「その紙がなくなったら、あなたはあなたじゃなくなるの?」 何も答えられなかった。 名前がなくても。 誰かと繋がる証がなくても。 私は今日も息をしている。 笑うことも。 泣くことも。 恋をすることもできる。 それなのに私は、自分ではなく、証明書を信じていた。 存在を証明する紙があるから、生きていていいと思っていた。 違った。 私は、生きているから存在していた。 証明書が私を生かしていたんじゃない。 私が生きているから、証明書が存在していたんだ。 その順番を、ずっと間違えていた。

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恋の適温

正解なんて、言わないで。 そんな言葉を口にする彼は、いつも冷静で、何事も理論的に考える人だった。 私はその反対。 昔から「感情豊かだね」って言われることが多くて、自分でもそう思う。 嬉しいことがあればすぐに笑うし、悲しいことがあればすぐに顔に出る。 些細な一言で落ち込んで、些細な優しさで救われる。 だから、つらいことがあった日は答えなんていらない。 「大丈夫?」 たったその一言だけで、心が軽くなることがある。 「それは悲しかったね。」 「よく頑張ったね。」 そんな言葉をかけてもらえたら、それだけで「明日も頑張ろう」って思える。 でも彼は違う。 私が泣きそうな声で今日あった出来事を話すと、少し考えてから言う。 「次はこうしたほうがよかったんじゃない?」 「その言い方なら相手も勘違いしちゃうかも。」 「こうすれば、きっとうまくいくよ。」 彼は私を否定しているわけじゃない。 責めているわけでもない。 ただ、私がもう傷つかないように。 同じことで泣かなくて済むように。 そんな願いを込めて、一生懸命答えを探してくれているだけ。 それくらい、私は知っている。 だからこそ、苦しいの。 私は慰めてほしい。 ただ「つらかったね」って言ってほしいだけなのに。 彼は解決してあげたい。 もう二度と同じ思いをしないようにしてあげたい。 そういう考えを持っている。 どちらも相手を想っているのに、欲しいものが少しだけ違う。 私は言葉で愛されたい。 彼は行動で愛してくれる。 その違いが、こんなにも切なくて、こんなにも愛おしいなんて、恋をするまで知らなかった。 でもね、知ってる。 温度は、熱すぎても冷たすぎても続かない。 きっと大切なのは、同じ温度になることじゃなくて、お互いの温度を知ろうとすること。 正解なんて、きっと誰にもわからない。 それでも私は、この恋を正解にしたい。

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また明日

「また明日ー!」 窓を開けていたからか、学生たちの声が聞こえる。 もうすぐ夏休み。 あの頃は何も思わなかったその言葉が、今では少しだけ胸に刺さる。 忘れちゃダメだよ。 当たり前を、当たり前だと思っちゃ。 これは今から時空を超えて伝える、私のわがまま。 私には幼なじみがいた。 ちょっとやんちゃで、よく笑って、たまに意地悪で。 でも誰よりも優しい人。 毎朝、朝が弱い彼を迎えに行くのが私の日課だった。 「おー、今日も早いな。」 「早くしないと遅刻するよ!」 そんなやり取りを毎日繰り返していた。 学校へ向かう道には、小さな公園がある。 ベンチにはいつも同じおじいさんが座っていて、犬を散歩させている人が通って、セミがうるさいくらい鳴いている。 景色なんて何も変わらない。 それが当たり前だった。   クラスは違う。 だから帰りはいつも彼の方が先に終わる。 教室の前まで迎えに来て、 「帰ろー。」 その一言だけで十分だった。 帰り道、コンビニでアイスを買って半分こしたり、 「今日の給食ハズレだったな。」 「いや、私は好きだったけど。」 なんてどうでもいい話をしたり。 犬を見つければ二人でしゃがみ込んで、 「かわい。」 「将来犬飼う?」 「いや猫派。」 「えー。」 そんな会話ばかりだった。 特別な思い出なんて、一つもない。 遊園地にも行ってない。 旅行にも行ってない。 ただ、一緒に歩いて帰るだけ。 それだけなのに、毎日がちゃんと楽しかった。   家の前に着くと彼は必ず言う。 「また明日。」 私も笑って返す。 「また明日!」 それで一日が終わる。   その『また明日』が当たり前じゃないと知ったのは、夏休みの二日前だった。 「俺、転校する。」 突然だった。 理由は教えてくれなかった。 ショックだった。 でも、自分に言い聞かせた。 会えなくなるわけじゃない。 『また明日』が『また今度』になるだけ。 そう思うしかなかった。   最後の日。 帰り道は、いつもと同じだった。 アイスも食べた。 くだらない話もした。 犬にも手を振った。 何一つ特別じゃない。 だからこそ、その時間はいつも通り終わると思っていた。   家の前。 彼は少しだけ泣いていた。 「またな。」 「うん。またね。」 私は笑った。 彼も笑った。   それから五か月。 彼が亡くなったと聞いた。 病気だったらしい。 空気のいい病院へ行くための転校だったと、その時初めて知った。   数日後、一通の手紙が届いた。 差出人は彼だった。   『元気にしてるか。 どうせ泣いてるんだろ。 病気のこと黙っててごめんな。 毎日怖かった。 でも、お前が帰り道で言ってくれる「また明日」が、すごく好きだった。 その一言を聞くたびに、「よし、明日も生きよう」って思えた。 お前は何気なく言ってたんだろうけど、俺には魔法みたいな言葉だった。 だからさ。 当たり前って、本当はすごく幸せなんだ。 朝、おはようって言えること。 一緒に歩けること。 笑えること。 また明日って約束できること。 全部、奇跡だった。 それだけ伝えたかった。 あと最後に一つ。 俺、お前のこと好きだった。 これからも笑ってろ。』   涙が止まらなかった。 私は彼を救おうなんて思ったことは一度もない。 ただ、一緒に帰っていただけ。 ただ、「また明日」と言っていただけ。 それだけで、誰かの心は少し軽くなることがあるんだ。   今日も窓の外から学生たちの声が聞こえる。 「また明日ー!」 私は小さく笑う。 あの頃は何も思わなかった五文字が、今では世界で一番あたたかい言葉に聞こえる。 当たり前は、当たり前じゃない。 だから私は今日も、大切な人に笑って言う。 「また明日。」

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自分を曲げる理由はない

 雨は容赦なく降り続けていた。  行き交う人たちは皆、傘の下で足早に通り過ぎていく。  その中で、私だけが雨をまとって歩いていた。  スーツは重く、髪から落ちる雫が頬を伝う。涙なのか雨なのか、自分でももうわからない。  ふとショーウィンドウに映る自分を見て、思わず笑った。  真っ赤なリップは唇をはみ出して滲み、まるで狙って描いたみたいなオーバーリップになっている。  アイラインも流れ落ち、ロックバンドのボーカルみたいな顔だった。  ひどい。  本当にひどい顔。  なのに、ショーウィンドウに映る自分の姿に目を逸らせなかった。  数十分前、彼は少し困ったように笑って言った。 「気が強いところが、ちょっと。」  その言葉だけで十分だった。  好きだった気持ちも、一緒に過ごした時間も、その一言で静かに終わってしまった。  気が強い。  その言葉は、誰が決めた基準なんだろう。  自分の好きなメイクをして。  好きな服を着て。  思ったことを口にして。  自分を曲げない。  それだけで「気が強い」と呼ばれるなら、その言葉はずいぶん窮屈だ。  昔なら、それが正しかったのかもしれない。  でも今は違う。  誰かの「こうあるべき」より、自分の「こうありたい」を選べる時代だ。  それなのに、まだ誰かは言う。  女なんだから。  気が強いから。  可愛げがないから。  そんな言葉で、誰かの人生を測ろうとする。  笑ってしまう。  あなたは私の何を知っているの。  私が何を好きで、何を大切にして、どんな思いで今日まで生きてきたのか。  知らないでしょう。  だったら、決めつけないで。  私はもう一度ショーウィンドウに映る自分を見つめた。  ぐちゃぐちゃのメイク。  雨で濡れた髪。  それでも、その姿は少しだけ綺麗だった。  誰かに好かれるための私じゃない。  私が好きで選び続けてきた私だ。  頬についたリップを親指で拭う。  赤い色はさらに滲んで、さっきよりも派手になった。  「まあ、いっか。」  小さく笑って、私はまた歩き出した。  雨はまだ止まない。  でも、もう下を向く理由はなかった。  あなたは知らない。  私がどれだけ強い人間かを。

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枠の中の恋

塗り絵をきれいに塗るのと、ぐちゃぐちゃに塗るの、どっちが好き? そんな質問をされたら、私は迷わず前者を選ぶ。 端から塗り進めて、最後に内側を塗る。 そうすると、きれいに塗れるんだって。 小さい頃に知ったその方法を、私は今でも守っている。 恋も同じだった。 まず彼の好きなものを知る。 次に彼の嫌いなものを知る。 そして、自分を少しずつ彼好みに塗り替えていく。 彼が好きな映画を観る。 彼が好きな音楽を聴く。 彼が可愛いと言った髪型を真似する。 最初はほんの少しだった。 けれど気が付けば、私は自分が何色だったのか思い出せなくなっていた。 それでもよかった。 彼好みになれるなら。 彼が私を見てくれるなら。 そのためなら、何色だって構わなかった。 私は一つずつ枠を埋めていく。 丁寧に。 慎重に。 失敗しないように。 彼もまた塗り絵が好きな人だった。 静かな人だった。 目立つことは苦手で、騒がしい場所では少しだけ居心地が悪そうにしていた。 だから勝手に思っていた。 似ているのだと。 同じ塗り方をする人なのだと。 同じ色を好きになるのだと。 でも違った。 彼にはもう一枚の塗り絵があった。 私ではない誰かの塗り絵。 彼女は私と正反対だった。 笑い声が大きい。 思ったことをすぐ口にする。 周りを巻き込みながら走っていく。 それなのに誰も彼女を嫌わない。 不思議な人だった。 彼女は塗り絵を豪快に塗る。 最初から真ん中に色を置く。 はみ出しても笑う。 色が重なっても気にしない。 それでもなぜか綺麗だった。 私は何度も彼女を見た。 そして彼も。 彼は彼女を見ていた。 私を見る時より長く。 私を見る時より優しく。 彼女が話すたびに目を細める。 彼女が笑うたびに少しだけ口元が緩む。 そんなこと、一つも知らなくてよかったのに。 知ってしまった。 人の視線は、好きなものに向く。 そんな当たり前のことを。 私は塗る。 今日も塗る。 明日も塗る。 彼好みになるために。 だけど塗れば塗るほど、彼は遠くなった。 彼女は新しい色を増やしていく。 赤の次は青。 青の次は黄色。 思いつくままに色を重ねる。 彼はそんな彼女を楽しそうに眺めていた。 私は気付く。 彼は完成した絵を見ていたんじゃない。 変わっていく過程を見ていたのだと。 私は完成ばかりを目指していた。 綺麗な線の中で。 失敗しないように。 嫌われないように。 だけど彼女は違った。 失敗していた。 はみ出していた。 迷っていた。 それでも楽しそうだった。 ある日、私は塗り絵を閉じた。 完成していないページだった。 白い部分がたくさん残っている。 埋めなければならないと思っていた場所。 彼のために塗るはずだった場所。 私は色鉛筆を置いた。 そして初めて考えた。 もし彼がいなかったら。 私は何色を選ぶのだろう。 好きな色は何だろう。 好きな景色は。 好きな音楽は。 好きな私って、どんな私だろう。 思い出せなかった。 少しだけ怖くなった。 恋をしていたはずなのに。 気付けば私は、恋をすることよりも、彼に好かれることに夢中になっていた。 窓の外で風が吹く。 塗り絵のページがめくれた。 真っ白な新しいページ。 誰もまだ塗っていない。 彼の色も。 彼女の色も。 もう二度と塗れない色も。 忘れたはずなのに、指先に残り続ける色も。 どこにもない。 私は一本の色鉛筆を手に取る。 昔から好きだった色。 でも、彼は好きじゃないと言っていた色。 だからずっと使わなかった色。 紙の上をゆっくり走らせる。 少しだけはみ出した。 けれど不思議と笑えた。 たぶん恋は終わっていない。 まだ彼が好きだ。 苦しいくらい好きだ。 でも、それでいい。 今度は彼のためじゃなく。 私のために色を塗ろうと思う。 もしこの先も忘れられなくても。 心のどこかが少し壊れたままでも。 その欠けた色ごと連れていけばいい。 枠の中の恋は、まだ消えていない。 だけどその隣で。 ようやく私自身の絵が描き始められた気がした。

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