真実
洋風の美しい建物が並び、その街並みに良く似合うパン屋やレストラン等の飲食店。キラキラと輝く硝子や小物で溢れながらも、派手に感じない上手く組み合わさった洒落た雑貨屋。そんな煌びやかな物ばかりあるものだから、この通りは観光客やら雑誌の記者やらが集まって来て毎日賑わっている。
だが今日のここの通りは観光客たちだけでなく、カメラマンやら記者やらが大勢集まっていた。もっと正確に言うのであれば、ここの通りではなく、通りの隅に小さく建っている家を取り囲むようにして集まっていた。それは何故か、至って簡単でありふれた話である。取り囲まれている家の家主が殺人を犯していながらも釈放されたからである。
家主はスズという名の20代前半の女性、スズは交際相手であるカズキを殺した犯人だとのこと。スズとカズキが喧嘩をして、その時スズは近くにあった花瓶をカズキに投げつけ、それが運悪く頭に直撃した…と。
そしてこういった話は民衆にとって需要がある。需要がある話がそこにあれば態々それを発信する記者が集まるというのも、また当然である。
この経緯があり、スズの家は記者に囲まれている。しかも囲まれているだけではなく、記者たちは人の家だと言うことを忘れたのか、鍵をかけられ閉められたドアを叩き叫んでいる。
「スズさん、いるのは分かっているんですよ。取材を受けていただけませんか」
「近隣の方々に恐怖を与えて、何より遺族の方に申し訳ないとは思わないのですか」
「せめてもの償いに真実を!」
人を殺めておきながら釈放され、のうのうと生きているなんて。怒りを感じる人もそう少なくないはず。この考えに支配され、まるで脅迫するかのように怒号を撒き散らす記者たち。家の中のどこに隠れようとも聞こえてくる記者の恐ろしい声。いつまで経っても帰る気配は無く、出なければならないという焦り。身体中に纏わりつく恐怖と戦い、震え、冷や汗をびっしょりとかきながらも震える手でドアを開ける。ある程度話したら帰ってくれるかもしれないという微かな期待に縋ったのだ。
だがその期待もドアを開ければ粉々に砕け散り、残ったものは餌を撒かれた直後の魚のように群がり、押し寄せる記者たちだけである。
「スズさん!ようやく出てきてくださいましたね。まずは遺族の方への謝罪を!」
「どうして無罪となったのでしょうか!無罪となったことに思うところはないのですか!」
「事件の真相を、真実を!」
怒号のように飛び交う記者らの声に後ずさり、へばりつく喉から掠れた声を何とか絞り出す。そうするしかなかった、そうすることしかスズにはできなかった。
「…あ…えっと、遺族の方には、本当に申し訳ないと」
「遺族の方にだけでしょうか?近隣の方も恐ろしい思いをしたはずでしょう。ここの通りは観光客も多いですし実際に取材に応じてくださった方の話にも、」
「事件についても意見を!無罪となったことに何を思いましたか?釈放された時の感想は?」
必死に喉から音を絞り出し話すスズに噛み付く勢いで記者が捲し立てる。ここでスズは気付いてしまった。自分の思いを聞いてはいないのだと。自分に聞いているようで、実際に記者が欲しているのは視聴者の好物である悪人なのだろう。それを混乱した頭で感覚的に理解してしまったスズには話せる言葉なんて存在しなかった。黙り込むスズを気にする様子もなく記者達は叫び続ける。近隣住民への共感や同情も、記者たちにとってはただの作業なのだろうに。
「すみません、気分が優れないので今日は帰ってください」
意外なことに言葉はスラスラとでてくるものの、抑揚もなく俯いていた。ただ言葉を発する、という行為をしているだけだった。言葉を発し終えると、記者の声に背を向けて家に帰った。
スズが家に帰ってから、記者達が出した記事はそれぞれ酷いものだった。
近隣住民のスズを恐れている様子や、遺族の悲しみを大きく映した記事。スズの謝罪を勝手に解釈し、悪人に仕立てあげた記事。スズが抑揚のない声で話したことで、人の心がない精神異常だと書き連ねる記事。これらに民衆は大変お気に召した様子だった。
だがそのどれもが真実とは遠くかけ離れていた。記者も民衆も知ることも無く今となっては知る者も気にする者も居ない、真実。
結論、確かに死因はスズだが、スズは喧嘩などしていなかったのだ。喧嘩をしてカズキを殺した、というのが皆の認識のはず。喧嘩をしていないのなら何だったのか。カズキがスズを一方的に痛めつけていたのだ。事件当時、スズはカズキから日常的に暴行を受けていた。こんなことならいっそ…と近くにあった花瓶を手に取り自殺するつもりだったのだ。けれどそれを見たカズキは怒りを顕にして、拳を振り上げた。それに身構え咄嗟に身を守ろうと花瓶を投げてしまった。
この真実がありながら近隣住民はスズに恐怖し、記者によって悪人に仕立てられ、精神異常者だと描き連ねられ、民衆のお気に召したことでこれが真実に成り代わった。初めからそうだったと信じて疑わない真実に。
あの日、スズが自分の言葉も思いも求められていないのだと悟り家に帰った日。あの日からスズの意思で外に出ることはなかった。スズの後の人生で、家の外に出たのはこの日から1週間後、スズの遺体が運び出された時だった。