ひぐらし
130 件の小説サイダー
あのシュワシュワの中に、僕らの夢があった。果てしない未来を、ひたすら夢見ていた。 大人になるという事は、少し残酷なのかもしれない。 大人になって、出来る事が増えた。しなくてはならない事柄も、ほぼ同時に増えた。 現実をより強く実感するようにもなった。 (随分と暑くなってしまうものだな) 私は、ネクタイを軽く緩めた。営業マンは楽ではない。今日も汗を止めるのに必死だ。 信号待ちー。目の前を学生服を着た少年達が通り過ぎて行く。ガヤガヤと賑やかなこと、この上ない。 (俺にも、あんな頃があったんだよな) と、心の中で呟く。 初恋は、いつだったか。同じクラスのショートカットで小顔の可愛い子だった。 綺麗な二重。その子の見つめる先は、私ではなかった。よくありがちな一つ年上のK先輩だった。 モテる人だった。頭が良くて、スポーツも出来る。 (見る目がねぇなぁ) と、私は思っていた。分かる奴には分かるだろう。 同級生は狙わない。付き合うのは、後輩。 騙されないようにと、強く願った。 「転校?」 「おう」 突然の事だった。K先輩が父親の転勤に伴い、家族と一緒に他県に居を移す為の転校だったようである。 私は、彼女をチラリと見る。友達とお喋りに興じている。 表情が幾分、暗い。 「◯◯君、ちょっといい?」 不意に、彼女から声を掛けられた。彼女は、屋上を指差している。 「E子がね、K先輩のことが好きだったみたい。でも、先輩は。分かるよね?◯◯君」 「俺にどうしろと?」 「男の子の、てか、案外、君って鋭いんじゃないかと思っているんだけど。」 やれやれ。 「先輩の女性遍歴なんて、知らねえよ」 「知っているだけで、何人?」 「それをE子に言えと?諦めさせる為に?」 彼女は、大きく頷いてみせた。 若い子にとって、恋愛とは真剣なようで純粋なようなのだが、直ぐに飽きる。 私達が要らぬお世話をする前に、次が現れる。 私達は?恋愛には至らなかった。 何年か後、お互い伴侶を見つけている。 しかし、私は覚えていたりする。 あの時の、淡くほんのり甘いシュワシュワの味を。 たった一度だけの、案外本気だった、炭酸水の味を。
俺の言い分
消えたいと言うのであれば、手を貸してやるよ。 生きたいと言うのであれば、力を全部注ぎ出してやるよ。
衣替え
服に染みついた、貴方の匂い。ずっと、捨てられずにいた。 まともな恋って、なんだろう? 出会った日が少し、遅かっただけじゃない。 私の方が、私の方が、ずっとずっと、もっともっと、貴方のことを愛しているというのに。 季節が巡って、幾分、気持ちが落ち着いてきた。 けれども。 貴方を、忘れたりはしない。絶対に。永遠に、私だけのもの。 全部を残す事はできない。だから、ほんの一部だけ。あとは、燃やしてしまうわね。 春夏秋冬と変わっていく。 その中にあっても、私は、貴方を身につけ続ける。 そうよ。私は、貴方を脱ぎ捨てたりはしない。
渇望
愛されていないと分かっているのに、求めてしまう。 愛のない行為と知っていても、離れられないでいる。 惰性ー。 なんて、おぞましい言葉。 だけども、同時に慣れ親しんだ言葉でもある。 そして、私は。 その惰性と貴方に、 しがみついてる。
終電
父を見送る為に、私は帰省していた。 友人、家族など親族たちと久し振りに会ったので、話し込んでしまい、気がつくと終電間近という時間になっていた。 急な死だった。母は、今より数年前に他界している。長患いの末の、とても辛い別れであった。特に父の落胆は、相当なものだった。 父は、母の後を追った。つまり、自死だった。母が亡くなった直後は、色々と気に掛けて会いに行ってくれていた親戚も、自身の生活もあるので、年に数回訪ねる程度になっていた。かくいう私も、同じように、父から遠ざかっていった。連絡は、電話だけになってしまっていたのである。 「そろそろ、身の周りの物を片付けたい」 ある日、父から電話がかかってきた。自分も手伝うと申し出たのだが、 「いや、自分一人で大丈夫だ」 と断られてしまった。今から思うと、無理矢理にでも父の元に帰っていれば良かったのだ。結局、その時の会話が最後となったからである。 夜の暗闇がより一層、私を寂しくさせた。 不意に両眼から、熱いものが零れ落ちた。私は、一人っ子である。両親はもう、いない。 「帰る所が無くなってしまった」 と一人、呟く。 「いつでも、帰っておいで」 (幻聴?) 俯いていた顔を上げてみる。誰もいない。 (気のせいか) 苦笑する。願望の為だったのかもしれない。 しかし、それでも。 「墓参りがあるものな」 と自分に言い聞かせる。 雲間から、朧に月が見えた。 柔らかい、仄かな光が、私を支えてくれた。
結婚祝い
チョロいものだったよ。本当に。 お前さぁ、どんだけ女遊びしてんだよ。だから、あの人、俺に抱かれたんだよ。腹いせ?違うんじゃない? まぁ、分かんないけどね。とはいえさ、お前、どうすんの? このまま、結婚できるの? 最後の問い掛けが、グサっと刺さる。 そんなもの。俺にも分かんねえよ。もう、日取りも決まっているし。てか、後二週間だぞ。 結婚生活か。できるのかね。 畜生、あいつ。 イジメの仕返しか? どちらにしろ、さ。彼女とお前にも、隙があったんだろ?結婚式のことばっかりか。丁度、時期だったんじゃね? えっ?バカか。俺の目的はそんなんじゃねぇよ。俺はさ、お前のことが。 憎いだけだよ。 ふん。仕返しなんて。だから、お前はいじめられるんだよ。分かってねぇな。 結婚式は挙げる。でも、その後は。 誰の子供か分からないまま、二人は家庭を築いていく。 俺とお前の血液型は、同じ。細かいことは知らないけれど。 せいぜい、幸せになってくれ。 毎年、ちゃんと誕生日プレゼントは届けるから。 楽しみに待っていてくれ。
君が何者であろうとも
君が何者であろうとも、 僕は、君を好きになる。 君が何者であろうとも、 僕は、君を好きでいつづける。 君が、僕の脳天を撃ち抜こうとも、 君が、僕の心臓に刃を突き立てても、 僕は、君を愛し続ける。 本当の愛など、知らないけど。 大体、愛に嘘とか本当があるのか、分からないけど。 だけど、ただ一つ、真実の事。 僕の心は、ずっと、君の物だという事。 そう、何があろうとも。
一瞬と永遠
好きになる時は一瞬なんだな。 君を見ていて、そう感じた。 君の声を聴いて、心が震えたよ。 恋は一瞬。それでも。 永遠を信じたい。 いつも、いつでも、どんな時だって。
結・絶
結んだから始まり、 結んだから、終わる。
酔いどれ
桜を見て酔っ払い、 その桜に見惚れている彼女を見て、また酔っ払う。 桜よ、生き急ぐな。