王林ほのか

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王林ほのか

レトロゲームが好きな起立性調節障害。吹奏楽部アルトサックスのお絵描き大好き情報科高校生。遅筆です。pixivもやってます。 主に長編ファンタジーが好き。二次創作書いてた時期もありましたჱ̒ ー̀֊ー́ )

Halcyone

  プロローグ    僕が住んでいた村には、こんな御伽噺があった。  むかしむかし。絵を描くことが大好きな神様は、大地をキャンパスにして、一本の筆に絵の具を付け、世界を描きました。  土の色を下地にして、草木の緑を塗り広げ、水の青は深く、空の青は優しく上から雲の白を乗せました。  それから最後に、沢山の色をまぜこぜにして、筆を振って生き物の雫を無数に落としました。  優しかった神様は、雫からうまれた人々の願いをなんでも聞き入れました。家を建てる土地を描き、畑を描き、雨を描きました。  しかしあるとき、神様は筆を湖に落としてしまいました。湖底に筆が沈んだとき、水はうねり、大地は揺らぎました。  たくさんの人々が犠牲になりました。  それを見ていた、一匹の龍がおりました。      龍は涙を流し、涙は花の形をした水晶になりました。   1    夢の中の小さな僕が、家の階段を駆け下りてゆく。 『……エルム?雨が降るぞ、どこ行くんだ?』 『高台までスケッチ!』 『夕方までに帰ってくるのよ!』  父と母がスケッチブック片手に駆けてゆく僕に声を掛ける、いつも通りの光景。五歳の目から見た、明るくカラフルな世界の景色だ。  湖のほとりの家を出、坂道を登り、高台の上まで行って、小さな僕はあの美しい景色をスケッチするのが好きだった。  緑がふちどる青い湖は、村を一望できる高台から見ると、空の移り変わる色ともよく映えた。  小さな僕がスケッチブックを開き、えんぴつで線を引こうとしたときに、雨粒がぽつんと画用紙に落ちた。  そしてそれは始まる。  地鳴りとともに地面が揺れて、夢の中の小さな僕はとっさに頭を抱えて姿勢を低くする。  次に顔を上げたとき、僕らがいた村は水に沈んでいて、  そこには僕一人になる。  ……そして、今日もまたそこで目が覚める。  窓の外には朝日がさしている。僕はゆっくり身体を起こして、声に出してみる。 「……夢か」  着替え、洗顔、長い髪を適当に結う。鏡にはいつも通りの僕……前髪と後ろ髪に銀のメッシュが入った金髪、褐色の肌に少し白みがかった緑の瞳……が映っている。  お気に入りの緑の上着を羽織り、最後に母の形見のしずく型のペンダントを首からさげて、僕は家を出た。  高台の上に建った家とその周辺の花畑からは、かつて“村”だった湖が見える。  僕は花畑の花をいくつか摘んで、坂道を下りた。  下りた先、湖の岸には小さな洞窟がある。ちょうど、高台の真下だ。  そこに行って祈りを捧げるのが、僕の毎朝のルーティンだ。  中に入ってすぐに、行き止まりがある。そこには、花をかたどる水晶が大きく花開いている。 「……おはよう、みんな」  僕は摘んできた花を供えて、古い花と取り替えた。  村のシンボルだった水晶。あの村のみんなが、大切に守ってきたものだから、僕は毎日ここに来て、祈る。  五歳のときだから、誰がそのときどこにいたのか、高台の上に他に誰かがいたのかは全く覚えていない。毎晩みるあの夢の中でしか、僕は五歳に戻れない。  ほんとうに、ここには僕しかいないのかな……?  周りに……たとえばあの木の上で生きている人は、あの森の中で生きている人は、いないのかな? 「……」  いつも通りに浮かぶ疑問を、僕は吹き飛ばす。  この十年、ずっとひとりで生きてきた。いまさら毎日のように疑問に思うことではないはずなのに。  高台の上にある小さな家、僕の家は、十年前はただガレキを積み上げただけの粗末なものだった。  雨風がしのげればそれでよかったから、この家がしっかり建ったのはつい四、五年ほど前の話だ。  来客などほとんどなく、三日おきごとに行商人が来る程度。そんなほとんどサバイバル状態の僕は、湖に魚を獲るためにも下におりていた。  水は嫌いだけど、命には変えられない。  さあ今日も浅瀬で銛突き漁だ……と張り切って、木の枝でできた銛片手に伸びをする。空の青が視界をうめつくす。  その青に、ぽつんとひとつ、点のようなものが見えた。 「……?」  それはだんだんと僕に近づいてくる。それは落ちてくる。少しずつ見えてくる。それは人だ。    それは女の子だ。 「……え……!?」  僕は銛をほうりなげて、女の子の真下に移動する。湖のど真ん中、一番深い場所に向かって彼女は落ちてくる。深いといっても僕の胸のあたりまでだから、頑張れば受け止められる。  空に向かって両手を広げる。背中を下にして落ちてきた少女は僕の両腕に収まる。同時にガクンと衝撃が伝わる。 「……わっ、ちょっ……待っ……」  膝が曲がって僕はバランスを崩した。  派手な水の音をたてて、僕らは水に沈む。視界が歪む。少女を抱えたまま、僕は体制をたてなおして湖底に足をつけた。  立ち上がり、少女を胸より高い位置に持ち上げる。  言いたいことはたくさんあるけど、とりあえず僕は少女を家に連れて帰ることにした。  落ちてきた少女は気を失っていた。僕は少女をベッドに横にさせて、様子を見ることにした。 「……大丈夫……かな?」  怪我はないし、特に顔色が悪いとかじゃない。  少女は長い銀髪に、白い肌をしていた。その白い肌よりもっと白い、純白のワンピースを着ている。七歳くらいだろうか。  この湖の村には少女と似た特徴の人はいなかったし、どこか外から来たのか……というか。 「……なんで空から人が……」 「……ん……」 「……!」  少女の銀色の長い睫毛がふわりと持ち上がり、赤い瞳が僕を捉えた。 「……だれ?」 「あ……僕はエルム」 「……私……シオン」  少女……シオンはそっと身体を起こして、僕を見る。 「……ここ、どこ?」 「僕の家だよ。君は空から落ちてきた」 「……そら……?」  シオンはまだぼーっとしているようだ。上を向いて考えている。 「……空!?」  ばっと僕のほうを向いて金切り声をあげた。 「……覚えてないの?」 「……全然」 「空から落ちてくる前は?」 「……わからない。でも……私、なんだか懐かしいな、って……」  エルムのことが、と彼女は続けた。 「……私、ここに来たことあるのかな。あなたに会ったこと、あったかな。」 「不思議……」  でもそんなデジャヴは誰にでも有り得る。だけどそれは、シオンが空から落ちてきたことの説明にはならない。 「……でも……あの、助けてくれてありがと」  シオンはふわりと笑って言う。僕は笑い返した。 「どうも」  シオンはうちにきてから、僕にたくさんの話をしてくれた。  まず、落ちてくる前の記憶がほとんどないこと。ただぼんやりと、どこかへ向かって歩いていく夢を見ていたことだけを覚えているということ。  両親がいないということ。  そして、この“湖”に見覚えがあるということ。  僕をどこかで見た気がするということ。 「……手がかりなし、か」  彼女がどこから来たのか、帰る場所はあるのか、それさえわからない。  とはいえ、帰る場所がわからないのなら、ここでしばらく過ごしてもらうほかない。 「……とりあえず、君はまだ小さい。僕だってまだ子どもだ。ここには三日に一回行商人さんも来るし、うちにいなよ」 「……いいの?」 「君がふってきたことにも興味ある」 「……」  シオンは複雑な顔をした。  魚を捕り損ねたし、銛もほり投げてきてしまったことに気づいた僕は、シオンを連れて湖のほとりまで下りた。  銛を見つけたけど、魚捕りは今日はいいや……と思って、シオンをそこら中案内したりした。  道端には、ハルジオンの花が咲いていた。 「……もう春だね」 「このお花きれい……」  シオンはハルジオンが気に入ったようだ。 「……でもこんな石のすきまから生えるなんて、すごいね」 「植物は意外と強いからね」  どこにでもあって見慣れているものだから、あまり気にしていないだけ。木も花も雑草も、動かないだけで、人がそうするように自分を守る術を知っている。  父はいつでも言っていた。こんな田舎に長年いたからこその言葉だった。  僕はシオンを、毎朝行くあの洞窟へ案内した。  花のかたちをした大きな水晶の結晶が目に入った途端、シオンははしゃぎ出した。 「……わぁ!すごい綺麗……!」 「……あんまり走ると滑るよ」  水晶をぺたぺたと触っている。冷たくないのだろうか……。 「ねぇ、エルム」 「……ん?」 「……あったかいね、これ」 「……え?」  そんなはず……天然の、本物の水晶なのに? 「……やさしい感じ……私、なんだか懐かしい気持ちになる」 「……」  僕は水晶に触れてみた。  今まで触った何よりも冷たかった。それは僕の体温を奪って、だんだんと温度を持つようになる。 「……シオンって不思議……」 「……いまの、褒めてる……?」 「いや……」  そうじゃなくて。 「……この湖に見覚えがあるって言ってたよね?」 「……うん」 「君はここに来たことがある?」 「…………」  シオンは首を傾げた。  ここに来たことがあるかどうかは分からないけど、謎の強いデジャブがある。 「……やっぱり、君とこの場所に関係がないって考えるのは早いような気がするよ」  僕はほとんど独り言で言う。  空から落ちてきたこと、落下地点がここだったこと、どこから来たのか分からないこと、見覚えのある湖。  僕はシオンに言った。 「……君の出自を知りたい。それに、僕じゃ君の面倒を、ずっとは見きれない。」 「……私も、知りたい」 「……君がどこから来たか、探してみない?」 「……」  シオンはうなずいた。     2    それから僕らは、この湖の村を出るための準備をした。  まずは周囲を歩き回る。その後、ここを離れてほかの街や村を探す。単純なシラミ潰しだけど、シオンに帰る場所がもしあるのなら、僕は探してやりたい。 「……最初は湖の周りからだね」  高台を降りながら、辺りを見回すシオンに僕は言った。 「あの森にも行ってみよう」  指差した先には、木々が花を咲かせている。  歩き出すと、シオンは僕にぴったりついてくる。長く白い髪は迷子になっても目立つから、そんなにひっつかなくてもいいのにと僕はちょっと思う。 「……エルム、あれ」  シオンがなにかを見つけた。 「あれ、なに?」  見るとそれは、瓦礫のようだった。 「……地震で流されてきたのかな」 「じしん」 「……十年前にね」 「……こわれたの?」 「……村だったんだ、あの湖。でも、地震と津波で消えた」 「……全部?」 「……全部」  僕は話すのを一瞬躊躇った。でもいつか言わなければいけないことだ。 「……僕以外の全部が、消えた」 「……へぇ……」  シオンは驚きもせず、ただそう声を漏らしただけだった。  しばらく歩くと、森はいっそう深く、暗くなっていった。僕らは木に巻いてある赤い布を目印に進む。行商人たちがかつてのこの村に来る際の道標だったものだ。 「……お、エルムじゃないか。どこ行くんだ?」 「……アキトさん」  森の暗がりから現れたのは、普段から僕の家に来てくれている行商人のアキトさんだ。シオンが首を傾げながらこちらを見あげてくる。かわいい。 「……いつも僕の家に売りに来てくれる商人さんだよ」 「その子は?この辺じゃあ見ねぇ顔だな……雪国からか?」 「……あ……」  シオンは目線を下に落としてぽつりと言った。  いかつい黒髪ツーブロックのアキトさんは怖がられやすいかもしれない……。 「……シオン……です……」 「ハハッ、可愛いねぇ」  アキトさんは引いていた大きな荷台を降ろして、 「ふぅん……白髪に赤い目ねぇ……」  シオンの顔をまじまじと覗き込んだ。 「……あ、あの……」 「……俺ぁ、色んなとこ旅して回ってっけどよ。」  髭の生えた顎に手をあてながら眉根を寄せて考えている。  ……こんな顔をしているアキトさんは初めて見た……。 「……やっぱりこの子みてぇな民族も種族も見たこたねぇ。似てるとしたら、雪国だ」 「……この子、落ちてきたんです。湖の上……空から」 「……は?」 「……だから、その……帰る場所も分からなくて。まだ小さい女の子だし……」  信じてもらえないだろう。でも、ダメ元でもいいから、それでも僕が一番信じられる人には話しておきたかった。 「……探しに行くんです。アテはありません。」 「……お前な、」  アキトさんは睨むように僕の目を見た。僕もアキトさんの青い瞳から目を離さない。離したくない、押し負けたりはしない。  アキトさんが……大人が言いたいことなんて簡単に想像できる。 「……はぁぁ……」  沈黙の次に流れたのは、アキトさんの大きなため息だった。 「……お前だってまだ十五のボンボンだろーが。いいかエルム、いつまでも根性だけじゃあやってけねぇ。」 「……分かってます。」 「分かってて行くっつうんなら分かってねぇわ」  アキトさんの指が僕の額を弾いた。 「……いたい……」 「……これからどこ行くつもりだ」 「……」 「それも決まってねぇのか。全く……ノープランにも程があるぜ……」  呆れたアキトさんはシオンをひょいと持ち上げて、荷台に乗せた。 「……え、」  シオンが怪訝そうに僕とアキトさんをかわるがわる見る。 「……嬢ちゃん、揺れっからよ。落ちねぇようにな。エルム、お前も乗れよ。嬢ちゃん支えてやれ」 「……それって……」 「ここから山超えてすぐに町がある。崖に掛かってる橋渡れば三時間ありゃ着くからよ。とりあえず今日明日そこで情報収集でもすりゃどうだ」  僕はシオンと顔を見合わせて、それからアキトさんを見た。  十年間、お世話になっている、頼りたくなるような強い顔だった。  僕はきっと、泣きそうな顔で笑っていたと思う。 「……ありがとう……ございます」  僕らを荷台に乗せたアキトさんは、重みが増したにも関わらず全く動じない様子で崖沿いの道なき道を進んだ。  ガタゴトと揺れる荷台には、重そうな布袋や木箱がたくさん乗っている。 「……なにが入ってるの?」  シオンが木箱をつつく。 「だいたいが野菜とか食料だなぁ。他は木材とか資材だ」  もう小一時間ほど歩いているのに、アキトさんは全くと言っていいほど息が上がっていない。 「……アキトさん、疲れてませんか?」 「ヘッ、まだ一時間は行けるぜ」 「……すごいな……僕ならもう……」 「伊達に行商人なんざやってねぇさ」 「おじちゃんすごい!」  さっきまで人見知りを発動していたシオンはすっかり馴染んで、アキトさんと仲良くなっている。 「あとどのくらいで着くんだろうね」 「……シオンもしかして……飽きた?」 「だって。景色変わんないもん」  確かに、岩肌ばかりで景色を見るのも飽きてきた。話す内容も特にないし。 「あと五十分もあれば、見えてくるんじゃねぇかぁ?」 「……アキトさん」 「あぁ?」 「……なんだか……ごめんなさい」 「なーに謝ってんだか」 「……だって……」  アキトさんは、僕らがまだ子供だから連れて行くって言ってくれたんだ。 「……無理やり付き合わせちゃって……」 「お?俺ぁ別にお前にゃ頼まれちゃいねぇけど」 「……」  アキトさんの力強い瞳が僕を捉えて、 「俺ぁな、エルム。お前に世話焼いたその時からよ、」  ニカッと笑いかけた。 「……一生世話焼きおじさんになる覚悟くらい持ってんだよ」 「……」  僕は毎日夢で見る十年前の景色を思い出す。  きっとアキトさんも同じ気持ちなのかもしれない。  十年前、僕以外の全てが流された日。  僕は湖の畔で、しゃがんでぼんやり空を見つめていた。  誰もいない。何もない。水が引いたらあとは瓦礫と、あの水晶だけだった。 『……』  食べ物も、雨風凌げる家も、何もかもなかった。僕ひとりだった。 『……っと、なんかチビ坊がいるな』  そこに来たのがアキトさんだった。  元々村に三日に一回来ていたアキトさんが、僕を見つけてくれた。 『……おい、大丈夫か?ここの子か?』 『……』 『怪我ぁねぇな。家、流されたか』 『……だれ』 『俺ぁアキト。一回は見たことあるだろ。三日に一回来てっからな』  アキトさんは、地震のことを知っていた。だから見に来て、たまたまそこに僕がいた。 『……ぼく……エルム』  確か、僕はそのときここを離れたくないと言って、テコでも動かなかったはずだ。  その時の僕の家は、瓦礫をかき集めただけのものだった。  アキトさんはそんな僕のために、持ってきていた木材を全部使って、高台の上に簡単な家を作ってくれた。それから、全部の食料を置いていった。寒さの凌げる布を置いていった。三日に一回見に来ると約束してくれた。  そのときに、アキトさんが僕にこう言ったのを覚えている。 『……死ぬなよ。いや、死ぬまで俺が世話焼いてやる。だから死ぬな。』  子供、しかも五歳が一人で、ほとんどサバイバルな生活をすることに、アキトさんが口を出したのはそれだけだった。  目が覚めたらすぐ消えていく夢とは違う、はっきり思い出せる記憶。僕と、アキトさんだけの……。 「……アキトさん」 「なんだ」 「……ひとつ、お願いしていいですか?」 「おう」  僕はシオンの頭を撫でながら、言った。 「……もし、もしもこの子の故郷が見つからなかったら……僕ひとりじゃ面倒見きれないから、アキトさんも来てくれませんか?」 「……そりゃ俺がお前ん家に住み込んでっつうことか?」 「……はい」 「……でも、おじちゃんが入ったら、すごく狭くなっちゃうよ」  シオンが僕らをかわるがわる見る。  いかついアキトさんと、小柄だけど最近ちょっとあの家がちっぽけに見えてきた僕と、シオン。 「……」 「……よし、却下」  さらっと流された。 「じゃあ、俺ぁいつも通り三日に一回見に行く。今まで十年ひとりで生きてこれたお前だ、人ひとり増えてもあんまり変わんねぇだろ」 「……えぇ……」 「不安か?十年間ひとりの方がよほど不安だろーが」 「……そうじゃなくて……」  ……僕ら男女だし……。  なにかを察したアキトさんが、まっすぐ前を見つめたまま言う。 「なら、うちで面倒見ようか?ちょうど同じくらいの娘がいるんでね。」 「……あ、そっか……」  最初からアキトさんに頼んでおけばよかったんだ……。シオンもアキトさんとは仲良くできそうだし……。 「まぁ、見つからなかったときの最終手段だけどなぁ。嬢ちゃん、あんたさえそれでよけりゃそういうことにしとくか?」 「私、全然いいよ。エルムは?」 「……シオンがいいなら」 「じゃ、決まりだな。町も見えてきたしよ」  アキトさんが見る方向を見ると、崖に掛かる橋がある。その奥に、小さく町の姿が見えた。  約三時間の道のりを超えて辿り着いた町は、僕が予想していた何倍も賑やかだった。 「パトリアっつう町だ。商売人の集まりから始まったらしい。俺ぁここでうまれた。」  要するに、アキトさんの故郷だ。 「……アキトさんは、いつもここから来てるんですか?」 「おうよ。娘と女房置いて長い時間離れてらんねぇしな。お前んとこも行かにゃならねぇし」 「……」  僕は町を見渡す。  立ち並ぶ店、それより高い家、赤い土の道ではたくさんの人が往来している。  ママ、今日の晩御飯はなにー?ここの店のパンが一番だよなぁ。なぁ、きいたか?最近あの店に新商品入ったってよ。  僕が十年間、聞かなかったそんな声が、ここにはあふれていた。 「エルム?」 「……なんだか、懐かしいなって」 「……?」  僕の左手を握っていたシオンが僕を見る。僕は前を向いて応えた。 「……こんなふうに、人の生活を見るのが、初めてみたいに懐かしい。」  久しく見なかった光景は、鮮やかで暖かくて優しくて、眩しくて。  なんだか、目の前がチカチカする感覚もあった。 「じゃ、俺ん家案内すっからよ。降りて着いてこい。」 「私、あそこのパン食べたいな。おじちゃん、いい?」  シオンは三時間の道のりですっかり疲れてしまったようだった。アキトさんは呆れながらも嬉しそうに笑っている。  僕も立ち上がって、一歩歩こうとした。  けど足に力が入らなくて、バランスを崩してしまった。  気がついたら、僕は地面に倒れていた。 「……人酔いだな、たぶん」  アキトさんはベッド横の椅子に腰掛けて言う。  倒れた僕は意識はあったので、アキトさんに引っ張られて、彼の家まで連れてこられた。そのまま寝かせられて、今に至る。 「……ごめんなさい、人の多いところ苦手で……」 「まぁまぁ、何事もなくてよかっただろ」  僕の頭をがしょがしょ撫でながら、アキトさんはまたニカッと笑う。  子供扱いも苦手だ……。 「……撫でないでください!」  ガバッと起き上がって、アキトさんに抗議する。 「ハハッ、相変わらず可愛いヤツ」 「……だから……」 「それよりも、急に起きんなよ。また気分悪くなっても知んねぇぜ」 「……」  はぁ、と息をついて布団に潜り込む。  アキトさんは昔からそうだ。心配性で、すぐに世話を焼きたがる。  ……僕もちょっとそれは影響されてるかもしれない。 「……シオンは?」 「娘と遊んでらぁ。見に行くか?起きんならそっとな」 「……まだ寝ときます」  僕はまだ少しめまいがしていた。 「……娘さんの名前、なんていうんですか?」 「ヒナっつうんだ。なかなか根性据わっててよ。男子相手のケンカにゃ簡単には負けねぇ。ありゃあ、強ぇ女になるぞ」 「……そ……そうですか」  アキトさんは屈託ない笑顔で、その後しばらく愛娘の話を自慢げに続けた。  ……親バカ……?  その後回復した僕は、シオンとヒナちゃんの様子を見に行った。  二人は本当に仲が良さそうに遊んでいた。一緒に絵を描いたり、外でかけっこをしたり。 「……なんだか、姉妹みたいですね」  ヒナちゃんはアキトさんにはあまり似ていなかった。灰色に近いポニーテールの銀髪と、アキトさんと同じ青い瞳をしていた。 「ヒナは私似なのよ。元気でいい子でしょう?」  奥さんのアクアさんが、洗濯物を干しながら二人を愛おしげに見た。彼女も長い銀髪をしている。 「……アクアさんは、雪国出身ですか?」 「あら、よくわかったわね。そうよ」 「……アキトさんが……シオンは雪国の人に似てるって、言ってたから……」  アクアさん、ヒナちゃん、シオン。並ぶと本当にそっくりだ。 「そうねぇ……私やあの人だけでは、断定まではできないわ。シオンちゃんの故郷、探してるんでしょ?」  寝ている間にアキトさんから話を聞いたのだろう。アクアさんは手に持った小さな靴下を干し縄につるして、僕を見た。 「情報収集するなら、新聞屋さんにも行ってみたら?この町の新聞は、どんな情報も載ってるって評判よ」  新聞屋は、町のはずれにあった。小さな古い小屋で、屋根はところどころ抜けていた。  シオンを連れて来たはいいが、人がいるのかも分からない。 「……大丈夫……かな」 「ぼろぼろ……」  ドアをノックして返事を待ったが、何も返ってこない。留守だろうか。  ためしにノブを握って回してみた。  ドアは小さく軋んで開いた。 「……開いてる」  僕は恐る恐る中をのぞいて、それから一歩中に入る。  屋根の穴から漏れる日の光が、古い家具や床を照らしている。  その中のひとつ、机には、一枚の紙が置いてあった。 「……シオン、おいで」 「うん」  シオンがパタパタと駆け寄ってくる。僕は机の上の紙を拾い上げた。 『パトリア新聞 本社移動につき御用の際は商店街七番地へ 二月十五日』  どうやら、会社が別の建物に移動したらしい。それも、かなり最近の日付だ。 「……ここはもう使われてないみたいだね」 「えー戻るのー?」 「……仕方ないよ。書いてあるところに行こう。」 「……人が住まない家って、短い間でもこんなになるんだ……」  シオンが屋根を見上げる。僕も、ちょっと考えてしまう。  ……もし僕たちがもっと時間が経ってから来ていたら、この建物はどうなっていたんだろう。  紙に書かれている番地を頼りに、商店街をくまなく探して、約二十分。  “商人の町”は名ばかりではなく、商店街は本当に広かった。新聞屋を見つけたときには、僕はヘロヘロだった。 「……人多すぎ……」  新聞屋の建物の壁にもたれて空を見上げる。視線の先に何もないのが落ち着く。 「エルムー、新聞屋さん、いたよー!」  中に入って人がいるか確認しに行ってくれていたシオンが戻ってきた。 「……ありがとう、シオン」 「時間あるから長話でも大丈夫、だって」  シオンが僕の長袖を引っ張る。はやくはやく、と急かしている。 「……シオン……元気だね……」 「はやく、中入らせてもらお。そしたら、話してる間休憩できるよ」 「……わかったよ」  シオンに引っ張られるまま、建物の中に入る。  建物はレンガ造りの三階建てで、その二階部分が新聞屋だった。  社員さんは四人いて、僕らはその中のひとり……編集さんに話を聞いた。 「……んで、その少女の身元が知りたいと?」 「……はい。」  編集さんは背の低いテーブルを挟んで、メガネの奥から僕らをまじまじ見る。ソファ、テーブル、もうひとつのソファの並びは、イヤに緊張する。 「だがなぁ……なんの情報もないままそのようなことを……」 「……ですよね」 「……」 「……」  使い込まれたノートを広げて考えてくれている編集さん。  足をぶらぶらさせて暇そうなシオン。  ガチガチに緊張した僕。  編集さんのノートには、取材した内容がみっちり書かれていた。これを元に本誌を編集するんだろうか。 「……そういや、坊、あの湖から来たんだろ?」 「……はい。どうしてそれを?」 「ここ見ろ」  僕とシオンは、こちらに向けられたノートの内容を読む。 『湖底地震 被災地 高台に生存者 ブロンドの少年』  なるほど、確かに僕のことが書いてあるけど……。 「……い、いつの間に……」 「この頃のあの湖はな、立ち入り危険区域だった。だから、崖の上から望遠鏡よ。んで、坊が見えたってわけ」  僕は隅々までそのページを見回す。 「……ちょっと待ってください」  ページの右下辺りに、気になる文言を見つけた。 「……ここ」 『北パトリア湖 周辺に遺跡発見』  北パトリア湖。 「あぁそれな、この町の北にある湖なんだが。なんでも、見つかった遺跡は、坊の来た湖と関係も深いらしい」 「……じゃあ、湖に落ちてきたシオンとも……」 「……あ?落ちてきた?」  僕はシオンと出会った経緯を話した。  確かにシオンは、ピンポイントで湖に落ちてきた。湖との関係も、やっぱりあるかもしれない。 「……そりゃ信じられないな」 「私もなんにも覚えてないの。」  シオンも、自分でも信じられないと言っている。 「まぁ、気になるなら行ってみたらどうだ。俺らも仕事があるんでな。」 「……はい。すみません、忙しいのに……」 「いや、今日は編集の仕事はなくて手伝い程度だったからな。どうだ、このノートももう古い。使わねぇから持っていくといい」  編集さんは僕の手にノートを押し付けた。それから、シオンに二人分のパンを渡した。 「これ、私が食べたかったパン!」 「……いいんですか?」 「あぁ、手がかりはなかったが、きっかけはあっただろ。なら、持っていかなきゃ損だ。」  編集さんは、優しい笑顔で僕たちを見送ってくれた。 「ご両親に心配かけるんじゃないぞ、シオンちゃん」  シオンと僕は、頭を下げて新聞屋を後にした。もう夕方だった。 「……ありがとうございました」   アキトさんの家に戻った頃には、日は沈んで薄暗くなってきていた。家々の明かりが付き始める。 「おぅ、おつかれ」  ドアを開けると、アキト家がリビングに集結していた。  ……そっか、毎日家族みんなでご飯を食べてるんだ……。 「おかえり!」 「ヒナちゃんただいま!」  ヒナちゃんがシオンに駆け寄ってきて、抱きつく。女の子って、友達同士だと距離が近い……。  アクアさんが五枚のお皿をテーブルに並べながら僕を見た。 「どうだった?なにか情報あった?」 「……はっきりした手がかりはなかったです。でも、北の湖のことを聞きました。」 「そうか。あそこはお前んとこの湖ともなにかあるっつう噂だからなぁ」 「……編集さんにノートも渡してもらいました。」  僕はノートをパラパラとめくってみた。 「……あれ」  まだ白いページが余っている。  ……メモ代わりに使わせてもらおう。 「……まぁ、とりあえず今日は早いとこ晩飯食って寝ようぜ。んで、北ぁいつ行くんだ」 「……明日には……着けたらいいなって……」 「なかなかハードだなぁ……おっし、付き合ってやらぁ。」  アキトさんは本当に世話焼きだ。  でも、それもたまにはすごく頼もしくて、必要なものだと僕は知っている。 「……アキトさん」 「おん?」 「……いや……今はいいや」  アキトさんは不思議そうに僕の横顔を見つめた。  翌朝、起きるのが一番早かった僕は、部屋のカーテンを開け、いつも通りの順序で朝の支度をした。  僕に自室のベッドを貸して、アキトさんは窓際の机に突っ伏して寝ている。きっと起きる頃には身体中痛くなっていると思う。  きのうの人酔いもすっかり覚めて、部屋から出て伸びをした。僕以外に誰もリビングにいないから、いつもの癖で家の外に出そうになった。  ……ひとりじゃないって、なんだかソワソワする。  リビングの椅子にひとり腰掛けていると、階段を降りる足音が聞こえた。 「……あら、早いわねエルムくん。おはよう」 「……おはようございます」  二番手のアクアさんと、寝起きのシオンとヒナちゃんだった。  子供組はまだ眠いみたいで、目を擦ったりあくびをしている。 「……おはようシオン、ヒナちゃん」 「……ぉはよ……」 「……ん」 「さ、早めに朝ごはんにしましょう。朝から行かなきゃ、湖は夜までに着かないわよ」  アクアさんはキッチンに向かいながらエプロンの紐を結び、五枚のお皿を用意する。手際がよくて見とれてしまう。 「……あの、アクアさん」 「はーい」 「……起こしてきましょうか?アキトさん」 「お願いしていいかしら?あの人、寝るの早いくせに起きるのは遅いのよね」  ……さすがアキトさん。マイペースだ。 「私もいくー」  シオンもついてくる。少し目が覚めたのか、さっきより足取りはしっかりしていた。階段でも僕の袖を掴んで離さない。 「……歩きにくいよ」 「……エルム、おんぶ……」 「……ダメ。危ない」  ……こっちもマイペースだ。  僕が階段の最後の一段を登ると、引っ張られたシオンが足を踏み外しそうになる。 「危ない!」  慌てて支えた。 「……大丈夫?」 「うん……ありがと」 「……気をつけないと」 「……ごめんなさい」  僕は首を横に振った。  しっかり歩いているからといって気にかけなかった僕も悪い。 「……シオン、ほら」  僕は屈んでシオンに背中を向けた。 「……」  シオンはしばらく動かなかった。 「……シオン?」 「……」  僕らがそんなことをしている間に、ドアが開く音がした。  アキトさんの部屋は、階段に一番近い場所にある。 「……なにしてんだお前ら」 「……おはようございます」 「いや、おはようじゃなくてよ」 「……」  気まずかったので立って、僕はシオンに手を差し出した。シオンはその手を握る。要は、転ばなければいい。 「……下、行きましょう。みんなもう起きてます」 「お、おう」    朝食は目玉焼きが乗ったトーストだった。  きのうの晩ご飯もそうだけど、アクアさんの料理はすごく美味しい。 気がつけばなくなっているほどだ。  アキトさんとシオンが食べ終えたので、僕たち三人は北の湖に向けて出発した。 「……アキトさん」 「あぁ?」 「……そんなに遠いんですか?湖……」  きのうと同じようにシオンと二人、荷台に揺られながら僕は訊いた。今、僕らは崖上にあった町からかなり低い土地を進んでいる。山から下りてきたのだ。 「言うほど遠くねぇぞ。でもまあ、夕方くらいかねぇ……少なくとも日が暮れるまでにゃ着く」 「……」  僕はちょっと心配になる。  アキトさん、無理を言ってここまで連れてきてくれている。リードしてくれている。でも……。 「……エルム?」  シオンがこちらをじっと見つめていた。 「あぁ……ごめん、ぼーっとしてた」  僕はシオンの頭を撫でて、空を見上げた。   何も無い、からっぽのスケッチブックみたいだった。  森に覆われた北の湖には、昼過ぎに到着した。アキトさんは歩くのが早い。  さすがに無理をさせてしまったので、僕らは遺跡に行く前に木陰で休憩をした。シオンと僕はきのう編集さんにもらったパンを頬張った。 「……アキトさんは食べないんですか?昼ごはん……」 「昼飯ひとつ抜いたって大したこたねぇ」 「……でも」 「おじちゃん」  シオンが自分のパンを半分にちぎって、アキトさんに渡す。 「……嬢ちゃん、こりゃ君の分だろ?」 「私にはちょっと多いから、おじちゃんとはんぶんこ」  にこっと笑うシオンは、なんだか嬉しそうだった。  確かにシオンにはちょっと大きいパンかも……。 「……ありがとよ」  アキトさんも嬉しそうだ。 「優しいんだなぁ、嬢ちゃん」 「つれてきてくれたお礼!」  キラキラした笑顔で言うシオンは、なんだか少し、母に似ている気がした。  休憩を終えて、僕らは遺跡を訪れた。  遺跡は建物の壁のようで、一部だけとはいいかなりの大きさをしていた。たくさんの壁画が描かれている。 「……すごい……」  壁画は描かれて何百年と経っていそうなのに、ほとんど色褪せていないように見えた。たくさんの人が描かれ、犬や馬などの動物が描かれ、そしてひときわ大きく、龍が描かれている。 「……龍だ」 「確か、お前んとこもおとぎ話に龍が出てくるっつってたな」 「……」  龍を囲む人々はみな、横たわるようにして描かれていた。龍は……涙を流している。 「……僕の知っている御伽噺と同じです。でも……」  僕は龍の涙の先を見た。  涙は花の形になり、湖が描かれている。 「……でも、僕が知っているのとはちょっと違うところがある」  花形の水晶。その中心には、涙を流す龍をかたどったであろう緑色のマークのようなものがあった。  マークの涙の部分は、僕が肌身離さず身につけているあのペンダントに似ている。そして、 「……これ、シオンのペンダントと同じ……」  龍の部分は、シオンが僕と出会ったその時からつけている緑色のペンダントと同じ形だった。 「……私?」 「ほら」  僕はシオンのペンダントと自分のペンダントを、マークと同じように組み合わせてみる。  すると二つのペンダントは、目が眩むような光を放った。 「……!」 「きゃっ……!」  僕は驚いて、うしろにいたアキトさんにぶつかった。 「おい、大丈夫か?」 「……はい……」  うしろから支えられて、応える。強い光を直接見たから、目が開けられない。 「……シオンは?アキトさん、なにが……」 「……まずは一旦落ち着こう。な?」  そう言ったアキトさんの声は、なんだかオドオドしていた。  何も見えない中、僕はアキトさんに手を引かれるまま歩いた。アキトさんは荷台など荷物を置いていた場所に向かっているようだった。  座らされて、しばらく沈黙がつづく。 「……目ぇ開くか?」  言われて、僕はゆっくり片目を開ける。周りの景色が眩しくて、まだしっかりは開けられないけど、見えてはいる。アキトさんが見える。 「右はどうだ」 「……」  右目を開けた。  視界は変わらない。僕は左目を手で覆う。  右目は機能していなかった。 「……見えません」 「……そうか」  手を離すと、アキトさんの顔が見える。心配そうな顔をしている。 「……大丈夫です。左は見えるし……」 「でもお前……」 「大丈夫です」  僕は立ち上がった。 「あ、おい」 「……シオンは……シオンはどうなったんですか」 「……」 「……」  しばらくしてから、アキトさんは信じられないようなことを話しはじめた。 「……あれが光ったあとになぁ、嬢ちゃんがいたとこには人はいなかった。でもなぁ」 「……でも……?」 「……真っ白い龍がいた」  白い、龍。 「……」 「あのおとぎ話と関係あるかは知らねぇけどよ。すぐ飛んで行っちまった」 「……探しに行きます」  僕は背を向けて歩き出した。シオンを放っておけない。 「おい、一人で行くつもりか」 「……ひとりでも大丈夫です」 「でもお前、何も決めねぇでそんな……」 「じゃあ!」  僕はアキトさんを振り返って、言った。 「アキトさんは、奥さんとヒナちゃんを放って行けますか?」 「……」 「……僕は、あの子に言ったんだ。故郷を探してみないかって。シオンは行くって言いました。なら、言い出した僕には見守る責任がある」 「お前……」 「……アキトさんにも、家族を見守る責任があるはずです」  アキトさんは口を開けたまま、僕の目をじっと見つめている。その青い瞳から、僕は目を離さない。 「……本当に一人で行けるのか?」 「はい。」 「あの龍は、本当に嬢ちゃんなのか?どうしてそこまで執着する」 「……目玉一個よりも、人ひとりの命の方が、僕は失うのが怖いからです」  僕はもう散々だった。  十年前の、ひとりになったあの絶望は、もう散々だ。  家族の遺骨すら見つからなかった。最期に顔を見ることすら叶わなかった。友達も、なにもかも。 「……わかった。とりあえず今日は家に戻ろう。準備しねぇと」  アキトさんはほとんど諦めたように言った。彼は、僕が頑固で突き進むタイプであることを知っている。  帰る途中で気づいたけれど、ペンダントの紐が切れかけてしまっていた。  家に帰った頃には日も暮れていた。アクアさんにも北の湖で起こった出来事、そして今後のことを話した。  右目の視力は、本当に消えてしまった。何かの間違いなんてことはなかった。  ……シオンも、いなくなってしまった。  これから僕は、ひとりで彼女を探しに行くんだ。そう考えると、心細い。  ペンダントの紐を新しく付け替えた。これが、僕に家族がいた証だから、これだけは失いたくなかった。  夜にアキトさんのベッドの上で、編集さんのノートを隅々まで見た。よほど集中して見ていたのか、気づけばアキトさんが机に突っ伏して寝ていた。  今日は、色々ありすぎた。もう寝よう……。  翌日。今日も僕は一番乗りだった。  アクアさんがそのうち起きてくるだろうし、テーブルの椅子に腰掛けて、ノートの余りページに今までのことをまとめた。  涙を流す龍をかたどるマーク、花形の水晶、湖と、僕とシオンのペンダント。  白い龍。 「……」  龍と言うくらいだから、そこそこ大きいのか。それとも、シオンだとしたら子供だから、小さい龍かもしれない。 「……うーん……」 「なーに考えてんだぁ?」 「うぁあ!」  いつの間にかアキトさんが後ろにいた。 「……お、おどかさないでくださいよ」 「あぁすまん。んで、予定は?決まったのか?」 「……はい」  僕は昨夜ノートを読んでいて見つけたページを見せた。  北パトリア湖周辺について書かれているページだ。 「……きのうの湖の周りとか、そこまで行く道中に、いくつか集落があるみたいです。だから、ちょっとずつ北上しながら探そうかなと」 「そうか。それならお前一人でも歩いて行けんな」  僕はうなづいた。アキトさんは分かってくれている。たとえ片方の目が見えなくなったとしても、体力がなくても、もう大人がいなくても大抵のことはひとりでできる。十年間、そうやって生きてきた。 「なら、朝飯食ったらもう行くのか」 「はい。」  アキトさんはなんだか寂しそうな顔をしていた。気がする。   3   ☆  なにもない。真っ白いところ。  私は歩いている。私は白い龍。私は飛んでいる。私は人間でもあった。  星が見える。青空が見える。雲がたちこめる。雨が降る。  移り変わる、空の色。足元の、水の色。  声が聞こえる。誰かの声、人の声。水の音、風の音。  地鳴りに、建物が崩れる音。水が流れる。人が流れる。  私は、急に悲しくなって、涙を流す。その場所から離れる。空へ、空へ。  私は、やっぱり人なんだ。こころがある。そう実感する。  このままどこかへ、飛んでいこう。  悲しみのない、空へ、空へ。   ☆  朝食を食べ終えた僕は、アキトさんが用意してくれた荷物を持って、出発した。  玄関で、家族全員で見送ってくれた。 「……アキトさん」 「おう、無事に帰ってこいよ」 「お兄ちゃん、帰ってきたら遊ぼうね」 「ちゃんとご飯は食べるのよ」 「……」  僕は気持ちが溢れそうになる。  言わなければならない。今まで散々、先送りにしてきた言葉を。 「……アキトさん。」 「おん?」 「……アクアさんに、ヒナちゃんも」  僕は三人を順繰りに見た。 「……お世話になりました」  十年、先送りにしてきた言葉。  身近すぎて、声に出すことも考えたことがなかった。言う時が来るとも、考えたことがなかった。 「……」  頭を下げた。  いつか言わなければならないと、シオンが来てからもずっと思っていた。 「……必ず、また戻ってきます。」 「必ず、な。」  アキトさんに頭を撫でられた。豪快で、優しい手だった。  いつもの子供扱いとは違う。ふざけてなんか、いない。  うなづいた僕は三人に背を向けて、歩き出した。  振り向く必要は、なかった。三人の声は、僕が町を出るまで聞こえていた。  ここから僕は、ひとり旅だ。    きのうと同じように山を下りて、周りを見ながら北へ向かう。  ひとりでいると、前とは違うところに目がいくから、新しいものに気づく。  岩肌しか見えない、一面赤土の荒れた土地だと思っていたけれど、湖の周り以外にも森があった。所々花が咲いていた。鳥が飛んでいた。蝶もいた。  道なき道を、荷台が通った跡があった。誰かの足跡があった。集落は近い。  何もない場所に看板があったから、見るとこう書かれていた。 『東、パピリオ村』  小さな村だろうか。東を見ると、すぐにその姿が見えた。  パトリアから約三十分で、パピリオ村に着いた。  パピリオ村は、この辺りの原住民の人たちが住んでいる村だった。村自体は小さく、そんなに発展はしていない様子だ。 「……あの」 「……ん?」  僕は村の入り口近くにいた少年に声をかけた。褐色肌に黒髪の少年だった。麻布でできた簡素な服を着ている。 「……ごめん、僕人探ししてるんだけど……」 「……」 「……えっと……」  少年はなにも言わない。代わりに、僕の手を引いてどこかに連れていこうとした。 「わっ……ちょ、っと待って」 「……ぼくのこと手伝ってくれたら、話聞いてあげなくもない」 「……え?」  状況がわからない。少年はただひたすら僕を一方向に引っ張る。  やがて村のはずれにある家の前にたどり着いた。  丸太でできた、ボロボロの小さな家だった。 「……君の家?」 「……たすけてほしい」 「……えっ……」  少年は僕の手を引いたまま家の中へ入る。  一部屋しかない簡素な家の床には、薄い麻布がひかれていて、女性が横たわっていた。 「……おかあさん、人がきたよ。優しそうな人がきたよ。」 「……おかあさん……」  僕は女性を見つめる。少年によく似ている。でも、ひどくやつれている。  ……ああ、そうか。貧しくて、医者を頼れないんだ……。 「……君、名前は?」 「……イースタス」 「……イースタスくん」 「……呼び捨てでいい」 「……分かった」  僕はイースタスの、紫色の瞳を見た。暗く、深い色だ。 「……イースタス、僕では君のおかあさんをどうにかすることはできないよ」 「……ぼくはどうにかしてほしいとは言ってない。手伝ってほしいって言ったんだ」  イースタスは母親のやつれた頬に手を触れて、話し出す。 「……村の人たちはぼくがなにを言っても聞いてくれない。最下層の貧民だから」  パピリオ村は、階級制が厳しいのだろうか。  確かに、外を歩いている人は比較的しっかりした服装で、イースタスみたいに痩せてもない。 「……村の人たちは口を聞いてくれないから。だから、ぼくに話しかけてきた……」 「……エルムだよ」 「……エルムは優しい人だ」  僕は息が苦しくなる。きっと、イースタスは誰にも頼ることができなかったんだろう。誰も、気にかけてはいなかったんだろう。 「……なにをすればいい?」 「……村長を呼んできてほしい。ぼくの話を聞いてくれるのはあの人だけだ。ぼくが行ってもほかの大人に追い出されるだけだから」  よそ者の僕なら、追い出されずに済むということか……。  イースタスの家を出て、僕は村長の家を探した。  村を歩いている人たちは、僕が声をかけると、ちゃんと道を教えてくれた。だけど、たまに不穏な空気も感じた。  狭い村の中で、貧しい人たちは、ときに家すらなく地面に座りこんだりしていた。大人に無視されて、挙句押し倒される子供もいた。  そんな景色を見ながら、なるべくなにも考えず僕は言われた通りに進み、村長を訪ねた。  材質は同じような丸太だけど、イースタスの家の何倍も立派な家の前には、いかつい護衛がいて、僕は止められた。 「何用だ。名と要件を言え」 「……エルム・ヴェールです。ここから南の湖から来ました。要件は村長にしか言えません。」 「……」  護衛は無言で僕を見つめた後、入ってよしと言って道を開けた。 「……ありがとうございます」  僕は村長の家の中へ入った。  ……なんだか心配になる護衛だった。  村長は書斎にいた。たくさんの本が棚に並んでいて、真ん中に机と椅子がある。本を読んでいた村長は僕がドアを開けるとすぐに迎えてくれた。 「おお、来客かね」 「……失礼します」  村長は長く白い髭のおじいさんだった。厳しい階級制の片鱗が感じられないくらい優しそうだった。 「さて……本日は、何用で?」 「……イースタスのおかあさんの件で、彼に頼まれて来ました。村長を、呼んできてほしいと」  僕が言うと、村長はなにやら考え込んだ。 「ほうほう……イースタスか……そういえば、何度かうちに来ているようだったのう」 「……はい」 「なんでも、わしはあやつの要件すら聞けておらんからの。あの護衛が。来客は必ず通すように言うとるのに……」  僕はその言い方で、すぐに分かった。村長は、この村の階級制が嫌いなのだ。 「……それで、イースタスはわしに家に来てくれと?」 「……はい。」 「母親がどうと言っておったな。詳しく聞かせてくれ」  僕はイースタスと、その母親のことを話した。 「……ほう……それで、君にわしを呼んできてくれと」 「……はい。でも、僕たち素人じゃできることは限られてきます。それに……」  イースタスの母親は、もう長い間なにも処置を受けていないはずだった。イースタスも、諦めかけているようだった。 「……もう少し早く、気づけていれば……」 「……まだ諦めるのは早いのではないのかね」  村長は僕の目を見て、強く言った。 「まだ、生きているのだろう?だから、イースタスはわしを頼るのだろう?」  このおじいさんは、この村の人たちが好きなんだな。そう、僕は思う。 「……行こうではないか。お主、名はなんという」 「……エルムです。エルム・ヴェール」 「ヴェール……春か。あやつと似通った名じゃ」  村長は、イースタスの名前が夏を意味すると教えてくれた。  村長と共にイースタスの家へ戻った僕は、それから、イースタスに言われるがままに行動した。  水を井戸から汲んできたり、畑から果物を摘んで持ってきたり。母親の看病と、自分のことをいつもひとりでやっていると考えると、イースタスはとても器用で手際の良い子なんだと思う。  村長はずっとイースタスの母親の近くにいて、その間、僕とイースタスが諸々必要になるものを用意したりした。  昼食の時間はイースタスと一緒だった。村長は一旦家に帰っていった。  イースタス家には食料が果物と野菜くらいしかなかったから、僕はアキトさんが荷物に入れてくれたお弁当を二人で分けて食べた。 「……イースタスは、友達はいるの?」 「……いない」 「……ごめん」 「……いいよ」 「……お父さんは?」 「……いないよ」 「……」 「……」  すごく、申し訳ないことをしてしまった……。 「……エルム」 「……?」 「……エルムは?」 「……僕?」  イースタスが僕の顔をじっとみつめる。深い紫色の瞳は垂れ目がちで、まん丸だ。 「……僕も……お母さんも、お父さんも、友達もいないよ」 「……ふぅん」  イースタスは弁当のハムをつまんだ。 「……じゃあ、ぼくと一緒だ」 「……イースタスにはお母さんがいるでしょ?」 「……」  イースタスは、横たわる母親をちらりと見て、それから言った。 「……おかあさんは、動けないし喋れないし、もうぼくのこともわからない。そんなの、いないのとおんなじだ」  僕はイースタスの横顔を見る。  怒っているようにも、寂しそうにも、苦しそうにすら見える。 「……そんなこと、言ったらダメだよ」 「……なんで?」  ……なんで。  僕は答えられなかった。 「……ごめん」  謝るしか、できなかった。  僕がイースタスを手伝いはじめて、四日が経った。  二日目以降は村長が村の医者を呼んで、イースタスの母親を任せた。僕はイースタスの遊び相手になった。  イースタスは自然が好きなようだった。花を見つけたらしばらくじっと眺めるし、蝶が飛んでいれば目で追う。 「……エルム、これあげる」  イースタスが摘んできた小さな花を僕に差し出した。 「……いいの?」 「手伝ってくれたから」  僕の手に握らせた。 「……ありがとう」 「……」  イースタスは一瞬だけニコッと笑った。 「……そろそろ帰ろうか」  外に出て一時間くらい経っていた。 「……うん」   僕はイースタスの右手を握って、家に向かって歩き出した。  イースタスは歩くのが遅い。僕もそれに合わせて歩く。僕も体力はないけれど、やせ細ったイースタスは一時間でも疲れきってしまったみたいだ。 「……ゆっくりでいいよ」 「……」  周りを見ながら歩いていく。人々の視線は、イースタスに向いている。改めて階級制度の厳しさを思い知らされる。  家に着くと、村長が迎えてくれた。 「おかえり」 「……ただいま」  イースタスが言う。村長は今までとは違う、乾いた笑顔でイースタスの頭を撫でる。 「……村長さん」 「……」 「……なにかあったんですか?」  村長は僕の問いには答えなかった。 「とにかく、中に入りなさい。」  村長に連れられて家の中に入る。イースタスは僕の左手を握ったまま離さない。  中には医者と、いつも通り横たわる母親がいた。 「……どうも」  医者が床に座ったまま会釈をしてきたので、僕も返した。 「さて、突然だがイースタスくん」  医者は笑っていなかった。それだけで、僕は医者の次の言葉を悟った。 「……君のお母さんは、お亡くなりになられたよ」  包み隠さずに放たれた言葉は、あまりにも残酷で、でもそれ以上言いようがなかった。  僕はイースタスを見た。彼は泣いていなかった。  イースタスも僕を見た。 「……エルム」  泣いているのは、僕だった。  じゃあ、ぼくと一緒だ。はじめて会ったあの日のことを思い出す。 「……エルム」  僕はイースタスを抱きしめて泣いた。なにも言えなかった。言葉を忘れてしまったみたいに。 「……エルム、ありがとう」 「……」 「……ぼくに着いてきてくれて、手伝ってくれてありがとう」  小さなイースタスは僕の腕の中で、小さく呟いた。 「……約束。人探しのこと、きかせて」  僕はなにも言えなかった。 「手伝ってくれたもん。さいごまで、近くにいてくれたもん」  僕はなにも言えなかった。 「……エルム」 「……うぅ……」  言葉を探しても出てこなかった。  イースタスは僕の顔に手を伸ばして、触れた。 「……大丈夫、だいじょうぶ。ぼくも、エルムも」  涙で滲んだ視界には、こちらを心配そうに見つめるイースタスの、瞳の深い紫色が映っていた。 「……ぅ……うん……うん……ごめん、ごめんね、イースタス……」  涙は夕方まで止まらなかった。  いつから僕はこんな脆弱体質になったのか。イースタスを抱いたまま泣き続けた僕は、いずれ過呼吸を起こして寝かせられた。  イースタスと村長は、母親の遺体を運ぶ医者に連れられて外に行ってしまった。  目元を塞いでいた左腕を動かして横を向くと、水が入れられたひび割れた瓶に、イースタスがくれたあの花が差されていた。  勿忘草だ。花言葉は、真実の愛、誠の愛……。  私を忘れないで。 「……」  小さな青い花が、いくつも固まって咲いている。  そういえば、僕の家の前にある花畑にも咲いていた気がする。アキトさんがくれた花の図鑑が、こういうときに役に立つ。  呼吸もある程度落ち着いたから、僕は身体を起こす。みんなを追いかけなければ。  荷物を持って家から出て、裏へとまわる。村長と医者、そしてイースタスがいた。  葬儀が終われば、僕は旅立つつもりだった。 「……あ、エルム」  僕に気がついたイースタスはこちらに駆け寄ってくる。 「エルム、大丈夫?」 「……うん。心配かけてごめんね」 「……」  イースタスはどこか不満げな表情で下を向いた。続いて、僕を見る。 「……エルムお願い。謝らないで」 「……えっ……」 「誰も悪くないから……そうだろう?」  村長が言う。 「確かにこの村の人々は、貧しい者にあまりに無関心だ。だが、それは制度が悪いからであって、ここにいる者たちが悪いわけではないからの。」  僕は村長と、イースタスと、そして医者とを順番に見た。土葬の土の盛り上がりも見た。 「……イースタスは、この村に悪者をつくりたくないのだよ。それはエルム、君も同じだ。」  イースタスが僕に抱きつく。僕はちょっと驚いて、それから受け入れた。  ……イースタスは、僕のことも悪者にしたくない。 「……」 「……エルム、約束。」 「あっ……そうだシオン!」  この四日色々ありすぎて、本当に忘れていた。ごめんよ、シオン……。これが終わったら、必ず探しに行くから。 「……イースタス、ほら」  僕はイースタスの手を引いて、母親の元へ歩く。  手に持った勿忘草をそこに置いたとき、ふいに、周囲が暗くなった。 「……なに?」  なにかの影のようだ。それも、とてつもなく大きなものの影。 「……あ……あれ」  空を見上げていたイースタスが指を差す。全員がその指の先を目で追った。  ……白い、龍がいた。 「!」  赤い大きな瞳に、白い体毛。枝分かれした角が二本、額から伸びている。胸部にはあの、涙を流す龍のマーク。  三十メートルくらいだろうか。長い体をくねらせて、上空を泳いでいる。  音もなく現れた龍は僕らの真上にいて、こちらを見ていた。  大きな赤い瞳は瞬いて、そこから涙が落ちた。イースタスの母親の眠る土の上へ。  涙は、花の形の大きな結晶へ姿を変えた。 「……水晶……湖のものと、同じ……」  龍が顔を上げて、上昇した。東へ向かっている。 「あっ……待って!」   僕は追う。イースタスまでついてくる。 「待ちなさい!どこへいくのかね!」 「……追うんです、あの龍。僕の探している人かもしれない」 「なんの準備もなしにかね。それにイースタスまで……」 「やっと掴んだ手がかりなんです。」  村長の制止を振り切って、僕は龍を追った。イースタスはついてくる。 「……イースタス、今度は僕からお願い、いいかな」 「……うん」  僕はイースタスの手を強く握った。 「……僕、右目が見えないんだ。だから、どうしてもついてくるっていうなら」 「……うん。」 「……僕の、左手を握るんだよ。手首の赤いバンダナが目印」  赤いバンダナの左手を握ったイースタスは、小さなその手に一層力を込めた。  ついてくるな。そう止めなかったところが、アキトさんに似てきたなと自分でも思った。  東に向かった龍は、はるか上空を飛んでいる。見上げれば姿は見えるが、次の目的地が分からない。追いつきそうなところで、追いつけなさそうだ。  追いかけているうちに、赤土ばかりだった地面が、いつしか見渡す限りの草原になった。人の気配もない。  龍はそんな何もない草原の、小高い丘に降りた。  僕はイースタスと顔を見合わせて、それからゆっくり龍に近づく。 「……シオン?」  龍は、今こちらに気づいたように僕を見た。 「……シオンだよね?」  龍はなにも言わない。というよりも、龍と話そうとしている僕が変なのかもしれない。  しばらくそのまま沈黙が続いて、その後龍は僕に顔を近づけた。  僕はおもむろに、その顔に手を伸ばし、龍の額に自分の額を触れる。  目を閉じる。白い光を瞼の内側に感じた。僕は目を開ける。  そこは、なにもない真っ白い世界だった。   4   ☆    龍は、水の守り神。人はみんなそんなふうにいう。世界中の、どこの人でも同じように。  だから、御伽噺の龍は湖の近くにいたし、北の湖には龍の壁画があった。    私が落ちてきたのも、湖だった。  エルム、あなたは十年前、なにを見たの?  私がこのなにもない場所で見たものと同じなの?  あんなにも、悲しいものを、その目で見たの?   ☆  そこには本当になにもなかった。ただただ白く、霞んだ世界だった。  でも、その時そのときで移り変わる空がある。空を反射して色を変える水が、足元にある。  僕は、水の上に立っていた。  ……腕に、シオンを抱いて。 「……エルム」 「……シオン……」  僕は改めて周囲を見回す。 「……ここは?」 「……わからない。でも」  シオンが僕を笑顔で見た。 「……会えたね」  僕はシオンの赤い瞳を見つめる。龍と同じ白い髪を撫でる。龍を模したペンダントに触れる。 「……ねぇ、エルム。お願い、いいかな?」 「……え……」  シオンの笑顔が、陰る。 「……私を、追わないで」 「……どうして……」  理由を聞こうとしたとき、音が聞こえた。  地鳴りだ。次に、なにかが崩れる音、水の音。  僕は、これを聞いたことがあった。  十年前に、聞いた。 「……この音……」  あの地震の音。  雨が降り始めた。足元の水が揺れた。波立った。 「……僕……覚えてないはずなのに。」  あの村の景色が、脳裏にありありと浮かんだ。  両親の顔が、友達の顔が。消えたはずの全てが、見えた。消える瞬間が、見えた。ここにはなにもないはずなのに。  ……怖い。 「……いやだ……やめろ……」  何度も、何度も、頭の中で繰り返される。毎朝見るあの夢よりも、鮮明な記憶。僕は、頭を抱えてうずくまる。 「……エルム、ごめん」  どうして君が謝るんだ、シオン。 「……私、ずっとずっとむかしからあの湖にいたのに。いつかまた地震が起こるってわかってたのに。」  僕はわけがわからなくなった。シオンはなにを言ってるんだ。 「……水神様の役目を捨てて、私、逃げちゃった」  昔から。水神様。分からない。わからない。 「……おとぎ話はね、ホントだよ、エルム。涙を流したのは私。私が湖の外に出ちゃったから、たくさんの人が亡くなってしまった」  シオンが、水神様。守り神。役目を捨てた、守り神……。 「……だから私、湖に戻ろうとした。でも、怖くてやめちゃった。私は、守り神として生きるのをやめたの」 「……わからない……わからないよ……」  情報量が多すぎる。僕は考えるのをやめた。 「……エルムがうまれて、そのあともう一度地震があって。私、空から見ていて。戻らなきゃって」 「……」  だから、シオンが湖に落ちてきた……?守り神としての役目を捨てて、人の姿で。 「……だからエルム、もう私を追わないで。私の故郷も探さなくていい。一度はやめちゃったけど、私は水神様に戻らないと」  シオンは僕の頬に手を触れた。僕は顔を上げてシオンを見る。するとシオンは、僕の額に自分の額を触れた。僕が、龍に……シオンにそうしたように。 「……エルム、かえろう。」 「……そんな、でも……」  言いきらないうちに、僕は気を失った。  目が覚めたら、そこは元の草原だった。隣で疲れたイースタスが寝ている。まだ、昼間のようだ。  龍の姿はなかった。  かえろう。そう、シオンは言った。守り神に戻らないといけない。そう、シオンは言った。  ……自分から望んで、決めて、辞めたことを……僕があの湖の近くに住んでいるからだろうか? 「……」  本当は、戻りたくないんじゃないのか。津波の脅威から、人命を救わなくてはならないという役目は、シオンにはあまりに重いんじゃないだろうか。  というか、僕以外誰もいないあそこに、その役目はもう必要ないんじゃないか。高台の上に、ひとりで住んでいる僕に。 「……イースタス、起きて」  僕はイースタスの肩を揺する。  ……かえろう。  イースタスが目を覚ましてから、僕はパピリオ村に戻った。まだお礼を言っていなかった村長と医者に、イースタスと一緒に頭を下げに行った。  誰もいない家に一人で置いていくのはどうかと思ったから、僕はイースタスをパトリアまで連れて行くことにした。村長に頼もうともしたけど、忙しそうだったからやめた。  アキトさんの家には行かなかった。全てが終わってから行くつもりだった。  そうして、僕らは夕方に湖に着いた。  湖の上空には龍が、シオンがいた。 「……シオン」 「エルムのともだち?」 「……うん」  イースタスは不思議そうな顔でシオンを見る。にわかには信じられないことだ。僕以外には。 「……シオン」  僕は繰り返し名を呼ぶ。 「……シオン」  あの声が、シオンの声が、聞こえた気がした。  おかえり。 「……ただいま、シオン」  言うべきことが、伝えたいことが、山ほどあるんだ。  ここに来るまでの時間、考えていたんだ。 「……シオン、君は水神様でいたいの?それとも、人間でいたいの?」  龍は答えない。静かに、僕を見ている。 「……君は、怖くてやめちゃったんだよね」  龍は答えない。 「……人が死ぬのを見たくない、でも、君ひとりじゃ守りきれないから。だから、辞めたんだよね」  龍は答えない。  僕はその目を見て、強く、強く言った。 「……無理する必要ないよ。君がそう決めたのなら、それは君の答えだから。」  今、シオンは自分のことを決めかねている。  僕の住むこの場所を守るため水神様として生きるか、自由な人間として生きるか。 「……僕、怖いよ。いつかまたここで地震が起こるかもしれない。十年前と同じように。でも」  僕の左手をイースタスがギュッと握った。それだけで僕は、次の言葉を紡ぎ出す勇気を持てた。 「……地震は止められないし、津波も湖の底で地震が起きる限り当たり前なんだよ。誰かが頑張って止めるようなものじゃない。」  最後に、僕は十年前のこの場所の光景を思い浮かべながら言った。 「……僕たち人は、自分たちで止められないものと、共に生きていくことができるから。」  龍は、少しだけ上を向いた。 「……だからシオン、君は人間でいてもいい」  もちろん、龍の姿でいてもいい。水神様を続けてもいい。それは、彼女が決めること。僕は、あくまでアドバイスするだけだ。  ……なにを選んでも正解なんだ。時が経つにつれて、忘れてしまう遊び心だ。  僕の言葉を聞いたシオンは、なぜだかとても悲しそうな雰囲気だった。  そんな中イースタスが、シオンの方へ歩み出す。僕よりも近く、シオンの方へ。 「……ぼく、よくわからない。でも、キミが寂しそうにしてるから」  イースタスはシオンへ手を伸ばした。 「……ぼくのおかあさんがいなくなったとき、来てくれたから。だからぼくは、エルムと一緒においかけて、キミに会えたんだ」  シオンは目を閉じた。そして、地上へ降りてくる。  低空飛行で僕らの後ろにまわったシオンは、そのままのスピードで突っ込んできた。  ぶつかると思って、僕はギュッと目を閉じる。でも、しばらくしてもなにも起こらなかった。  目を開ければ、僕とイースタスは龍の背に乗っていた。 「え……シオン?」 「……わぁ……」  空からの景色を見て笑顔のイースタスとは違って、僕は驚きを隠せない。  一体どこに連れていこうというのだろう。シオンはそのまま上昇した。  垂直になる龍から振り落とされないように、僕らはその背に捕まるのに必死になった。  やがて雲に一番近いところまで昇ったシオンは、湖目掛けて一直線に降下した。 「……ま、待ってシオン、あんな浅い湖に落ちるの?」  湖底にぶつかれば跡形もなし。そうでなくてもこんな高さから水に落ちるなんて。  猛スピードで近づく水面を見て、僕はもうどうにでもなれと思った。イースタスも同じように考えたみたいで、動じない。  やがて僕らは湖の中へダイブした。   5  世の中には、にわかには信じられないようなことが、本当に起こるものなんだろう。たとえばすごく高い倍率の抽選を一発で通り抜けたり、知らない町の人混みの中で昔別れたはずの知り合い一人に偶然再会したり。  御伽噺に語られていた架空のものが、実在していたり。  目を開ければ、僕らは湖の中にいた。でも不思議なことに、僕の胸元くらいにしかなかった水面は、見たことないくらい頭上にあった。そして、苦しくもなかった。息ができたが声は出せない。  イースタスも隣にいた。龍の姿のシオンは湖底に向かっている。  僕らも追いかけよう。僕はイースタスに身振り手振りでそう伝えた。  青く澄んだ水をかき分けて、僕たち二人も湖底を目指す。かなり深いようだ。  やがて、深く潜るにつれ暗くなるはずの水の中で、何かが淡く光っているのが見えた。シオンはそこを目指していたみたいだ。  湖底、地面には、一本の筆が落ちていた。いや、刺さっていた。  その筆が刺さった地面の割れ目から、赤みを帯びた光が漏れている。  ……御伽噺の、神様の筆。そう、僕は確信する。  シオンがなにかを訴えるように、その筆の周囲をぐるぐると回った。 「!」  イースタスがなにか思いついたように僕の左手を引いた。続いて、筆を指さす。  ……地面から抜かなければならないのだろうか?  僕はイースタスと一緒に、筆に手を触れた。僕は大丈夫だったが、イースタスの手はバチッと弾かれてしまう。  僕が驚いていると、胸元のペンダントがあの光を放つ。水の中だから、前よりも柔らかい光のように感じる。  どうやら僕の母は、大変な物を僕に遺していったみたいだ。  ペンダントを持っている僕じゃなきゃ、神様の筆に触れることができないということなのかも。  僕は強く、強くそれを引いた。  なかなか抜けなくて、歯を食いしばる。一体何をどうやったらこんなに深く筆が、しかも絵の具をつける“穂”の部分が、地面に刺さるんだろうか。  思いっきり上へ持ち上げると、少しずつ動く感覚があった。やがて筆が地面から抜ける。  筆が刺さっていた地面の割れ目から、赤い光が溢れ出した。  あまりの眩しさに閉じた目を開けると、そこは湖の畔だった。  たくさんの人がいた。建物が……村があった。でも、湖の形は僕が知っているものとは少し違った。普段見ている湖より、何倍も大きかった。  人々の格好も、なんだか古典的で単純なものだった。  ……僕の、知らない村の姿だった。  僕は近くにいた金髪の女の子に声をかけた。 「……ねぇ」 「……?お兄ちゃんだぁれ」 「……エルムだよ。ここって、どういう村か教えてくれる?」  女の子は不思議そうな顔をして、答えた。 「アマレだよ。ここは、アマレの村」    アマレ。  僕の村は、名前はあっただろうか。覚えていない。でも、景色は僕の村とそっくりだった。 「……ありがとう」 「いいえ」  僕は女の子に別れを告げて、湖にもっと近づいてみることにした。  湖は、僕の知っているより深く、やはり大きかった。  おもむろに空を見上げてみる。  と、何かが落ちてくる。 「……?」  目を凝らす。光を放つそれは、筆だった。 「……筆……」  待てよ。反射的にそう思った。  御伽噺に語られているものが、龍や筆が、実在するなら。  これが、全ての始まりなのかもしれない。  僕は筆の真下へ移動した。落ちてきたシオンを受け止めたときみたいに。  湖の中を、進む。中心まで行っても、まだ足先は着く。受け止めきれる。  筆は僕の手の中に、ストンと落ちてきた。  筆の光は途端に強くなり、そして、地面が揺れた。  地震は、止められない。  でも、共に生きていくことはできる。  人々が、高台に逃げてゆくのが視界の端に見えた。やがて上空に白い龍が現れた。  僕は水の流れの中で、光に包まれて身をまかせた。   6  気がつけば僕は、なにもない場所にいた。地面は、白い砂だった。なにも描いていないキャンバスみたいだった。  僕の右手にはあの筆があって、髪を結っていた緑の布切れは解けていた。左手首の赤いバンダナは、どこかへいってしまっていた。イースタスも、シオンもいなかった。 「……シオン?」  僕は名を呼ぶ。応えはない。 「……イースタス?」  声を大きくした。なにも起こらなかった。  僕は、ひとりだった。   ☆  ぼくは、水の中にいた。ひとりの女の子と、手をつないでいた。  エルムのともだちの龍はいなかった。  女の子が上をゆびさしたから、ぼくはふたりで泳いで、水の外にでた。  外にいると思ってたけど、エルムはいない。 「……エルム」  ぼくは呼んだ。 「……エルム?」  女の子も呼んだ。だれもいないみたいだった。  ぼくは湖から離れて、まわりを探してみることにした。  ちいさな洞窟があったから、中に入ってみた。  花のかたちをした水晶があるだけでだれもいない。  次に森に入ってみた。いくつかの木に、赤い布切れが巻いてあった。 「…… 僕の、左手を握るんだよ。手首の赤いバンダナが目印」  エルムがそう言っていたのを思いだした。  ……いかなきゃ。  ぼくは女の子の手をひいて、赤をおいかけた。赤は途中で右にまがった。そのあと、左にまがった。  そのうち、地面の色が砂で白くなった。   ☆  どこをいくら探しても、誰もいなかった。ただ、一面の砂が広がるだけだった。  筆だけを持って、他になにもない僕は、帰る方法も、道標も、分からない。  もう、いっそこのままでいいんじゃないか。僕は、ここで諦めて、ずっとひとりぼっちでいいんじゃないか。 「……」  違う。  僕は。  ……僕は、どうしたいんだろう。  それすら分からない。わからない。ひとりは嫌だ。誰かと一緒にいたい。誰かに見つけてほしい。そばにいたい。愛したい。愛されたい。  失いたくない。だから、ひとりでいたい。  十年前を思い出す。  僕はおもむろに、白い砂に筆の柄で線を引いた。  絵を描く時間はときに残酷で、無情だった。   ☆  ぼくらは、海にたどり着いた。白い砂浜はすごく広かった。  その広い砂浜にも、だれもいない。  だけど、だれもいないのに、砂に線がひかれていく。ぼくがエルムにあげたあの花の絵が描かれる。蝶々が描かれる。  泣いている龍が描かれる。 「……エルム」  ぼくは呼ぶ。ここにいる。  女の子は笑っていた。 「……なんだか、エルムらしいね」  女の子が歩き出したから、ぼくもついて行った。女の子は途中で木の棒をひろって、それで砂に絵を描きはじめた。   ☆  なにも考えずに描く絵は、おのずと見たことのあるものばかりになった。  僕はまた新しく線を引こうとする。と、隣に僕じゃない筆跡が現れた。  誰だろう。ここには誰もいないはずなのに。  なにが描かれるのかしばらく見ていた。  涙を流す龍のマークが描かれた。 「……!」  遺跡の壁画で見たものと同じだ。  そこにシオンがいるんだ。 「……シオン!」  僕は呼んだ。届くように、祈りながら。   ☆  私は隣を振り返った。  ……聞こえた。 「エルム!」  私は手を伸ばす。虚空に、そこにいるはずのその人に。   ☆  僕はハッと振り返る。  シオンの声が、聞こえた気がする。 「……!」  僕は手を伸ばす。  届け、届け。  指先に、触れた。僕は、目を閉じる。     ☆ 「……エルム」  呼ばれて、僕は目を開ける。  シオンとイースタスが、僕を上から見下ろしている。  僕は、砂浜に横たわっていた。 「……シオン……イースタス……」  もうろうとした意識の中、二人の顔を見た僕は、情けないけど泣き出した。 「エ、エルム?」 「……エルム、意外と泣き虫」  イースタスは意外と辛辣だ。  僕は起き上がって、二人を抱きしめた。  僕は今、自分がどうしたいのかが分かった。  僕は、みんなと一緒にいたいんだ。シオンやイースタスや、アキトさんと一緒に。 「……エルム、帰ろう」  シオンが言う。イースタスが僕の目を見て笑った。  ……帰ろう。  今度こそ、僕の愛したあの家へ。 エピローグ  一週間が経った。  僕は身寄りのないイースタスと過ごし始めていた。シオンもなんだかんだ言って、ずっと僕の家にいる。全て思い出した彼女から見れば、この湖は家同然だった。  三日に一度、アキトさんがやってきた。ときにはヒナちゃんが一緒に来ることもあった。  湖の底から抜いたあの筆は、あの後、洞窟の水晶に立て掛けてある。地震と筆との関係は僕にはよくわからないけど、ここに置いておくのがなんだか一番いい気がした。  それと、シオンに聞いたことだけど、最初に起こった地震が筆が落ちたのと同じタイミングだったのはまぐれだったらしい。そのときの断層に筆が刺さったから、十年前の地震みたいな大変な被害が出る災害が多くなったという。  筆を抜いたからといって地震を防ぐことはできないが、頻度や規模は数段マシになるんじゃないかと思う。  全く、世界をつくった神様なら、地震の起きないようにでもしたらどうなんだ。  それとも、筆を持つのを諦めたのかな。  絵を描くのって、つらいことが大半だけど、楽しいんだよ、神様。  ……でも、それは僕が決めることじゃない。  なにを選んでも正解。時間が経てば忘れてしまう、遊び心。  ほら、僕が体験した出来事も、ひとつひとつバラバラでも、こうやって僕の中で丸く収まってる。  移り変わる世の中も、空の色も、水の流れも、人の選択も。バラバラでいいんじゃない?    家の前の花畑に咲いている、ハルジオンの花の色合いが、ひとつひとつ違うように。

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わたし、ときどき脊柱側弯症

 こんにちは、王林ほのか、りんごです!  いつもは起立性調節障害について書いておりますが、今回は他の持病について書きます。  タイトルにある通り、脊柱側弯症です。  今回は暗い話はないので、安心してください。   1  私が脊柱側弯症と診断されたのは、小学校六年生の頃です。  皆さん、小学校の健康診断で、お辞儀するやつやったことありますよね?  あれです。  あれに引っかかったんです。  あれって、背中や肩が右左どちらかに偏ってないか、傾いてないかの検査なんですけど、私、左肩が下がってたんですよね。  それで引っかかって、病院行ってレントゲン撮ったんです。  そしたらぐにゃぐにゃでした。背骨が。  なんというかかんというか、針金が右に左にゆるっと曲がってるみたいな……。  そしてそれからずっと脊柱側弯症とはお付き合いしてるのですが、特に不自由がないので自覚もないです笑  強いて言うなら、ちょっと骨に肉が引っ張られて痛いかなみたいな感じです。  私は絵を描くので、座って作業することが多いんです。だから、どうしても姿勢が悪いまま(猫背のまま)長時間過ごしちゃうんです。  あと、サックス吹いてるので、どうしても上半身は斜めになりがち。  そのため、余計に背骨は曲がるばかり。あとちょっとでも傾けば、手術を考えましょうとか言われちゃってます。実は笑い事じゃないです。  起立性調節障害もですけど、見た目であんまり分からないってのが不便ですよね……。  あと、現実、ヘルプマークヘルプカード着けても通勤通学の満員電車では誰も見ないので、あんまり信用してないです。  困ることといえばそのくらいで、特に何も気にせず普通に過ごしてます。   2  今日はこの辺で。背骨がぐにゃぐにゃでも私はあまり気にならないです。  病気についての考えは人それぞれですけど、あんまり気にしなければ、病気であることも自分にとっては普通になってきます。  それは精神的なものも同じだと思います。    最近はアオスジアゲハの幼虫の飼育を始めたばかりの王林ほのか、りんごでした!

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わたし、ときどき脊柱側弯症

#2 わたし、ときどき起立性調節障害

 どうも、こんにちは!王林ほのか(りんご)です!  いつも通り好きなゲームに全力投球してたら、いつの間にかパーティが五分の三CV小野友樹さんになってました笑  今回は、前回書けなかった、お絵描き仲間のお話をします。  実はそのお絵描き仲間に、「これ……書いても大丈夫かな……?」みたいな子の話もあったので、漫画に描いたときみたいに、ふんわりと「こんな子だよー」みたいに書きますね。(漫画Twitterのプロフィールから飛べます)   1    小学校から仲のよかったお絵描き仲間は五人いますが、起立性になったときお世話になったのは、主に二人です。  一人目は前回書いたYくん。前回の文面でもめっちゃ書きましたが、高校になってからのいまもすごくお世話になっております。(これ書くと本人気まずくなりそう……)  彼はなかなか絵が上手くて、小学校からイラスト係に所属して、私とお絵描きバトルとかしてました。  ちなみに私はその頃YくんにFINALFANTASY6を布教しました笑  二人目はmちゃんです。前回のMちゃんとは違うmちゃんです。美術部でした。  彼女は私が発症してしばらく経ったときの席替えで、私の前の席になった子です。小学校でも私と同じイラストクラブ(クラスで独自にある係とは違う)に所属していて、しかもトップクラスに絵が上手でした。  そんなmちゃんは、早くから私とTwitterで繋がっていて、私のプロフィールに書いてある病名を知っていたようなので、授業中うずくまってたりしていたら、声をかけてくれました。  言わずとも気づいてくれたのは、普段から一緒にいたMちゃん以外では初めてでした。  だから私は、彼女が前の席にいてくれてよかったと、いまも思っています。  しかし中学三年生の頃の私は、彼女が私以上に大きな悩みを抱えていることを知らなかったのです。  彼女が、その悩みを学校で口に出すことも、顔に出すことも、あまりなかったからです。  mちゃんは小学校の頃から、リーダーシップの強い子でした。常に、私のような気の弱いクラスメイトを引っ張るような、明るい子です。  だからこそ、よほどのことがない限り、笑顔を絶やさなかったのかなと思っています。  だけどある日、彼女が保健体育の先生と話しているのを見て、私は気づきました。  彼女の左手首に、包帯が巻いてあったこと。  それを見て、私は怖かったのと同時に、なんだか申し訳ない気持ちになりました。  私は私の、病気になるという不幸に気をとられて、彼女の悩みに気づけなかったことに気づきました。  自分によくしてくれた人のことを書くのに、なんてこと書くんだ!と思われるかもしれませんが、私は実際、結構荒れてたんですよね。受験勉強やらなきゃならないし、でも勉強遅くまでやってると次の日が死ぬし、家庭環境やばいし……。  そんなときに気遣ってくれたのに、私は彼女にお返しができなかったんです。もちろん、これは私の思いであり、彼女がどう思っているかは実際話さないとわかりませんが……。  詳しくは書きませんが、彼女の私より大きな悩みのひとつは恐らく家庭環境、そして、やはりLGBTQのことです。  本人に確認をとっていないため(とりなさい)、ここまでにしておきますが、彼女は私の、将来実際に会って話して、そして謝りたい人の一人です。     2  今回はここまで。次は起立性調節障害とは別の持病のことを書こうかなと思っています。  mちゃんのことは書こうかどうか迷いましたが、匿名かつLGBTQのどれに該当するかは元々書くつもりはなかったので、このような形で書かせてもらいました。もちろん漫画のほうでも詳しくは書いておりません。  本人が望まぬ形でそれを公表してはいけないですからね。  最後に。これは私が小学校高学年から書いている二次創作の主人公に言わせたセリフですが…… 「男はこうじゃなきゃいけないとか、女はこうじゃなきゃいけないとか、そんなの誰が決めたんだよ。」  このときの主役はこの主人公ではなく、相方枠のキャラでした。このセリフは彼女のことを考えながら書いたものです。  もう、二年も前の話です。  主人公は私の立場から、相方枠は彼女の立場から書いたのを覚えています。  いつかまた再会できたなら、調子どうよ、みたいに楽しくお話できたらな、と思います。    では、今回はここまで。王林ほのか、りんごでした!

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#2  わたし、ときどき起立性調節障害

#1 わたし、ときどき起立性調節障害

 どうも、こんにちは!はじめましての方ははじめまして!王林ほのか(りんご)です!  いま書いている下書きがこれとあとひとつ、めっちゃ長いファンタジーがあるのですが恐らくこれが初本文投稿になると思われます笑    さて、私のプロフィールを見た方はもちろん、タイトルからもわかる通り、私は起立性調節障害という病気を持っています。  いまはもうかなり落ち着いてきてはいますが、この#1では症状の酷かった中学三年生の頃のことを書こうと思います。  また、これからの投稿では他の持病や、起立性のピーク時に家でやっていた好きなゲームのことなども書いていきたいので、もしもこの文面が誰かの目にとまったのなら、これからも読んで頂ければ幸いです!   1    中学三年生の私は、毎日自分の机の上で絵を描いているような、典型的な陰キャでした。  ただ、同じクラスには、小学生の頃からの親友が二人と、同じ吹奏楽部の、親友の親友がいたので、特に人間関係での悩みはなかったように思います。    三年生の部活は原則として一学期までなので、夏のコンクールが終わったら、部活を引退。その後はただ黙々と試験勉強という、みんなと同じルートを辿るはずだった私。  そんな夏のある日、コンクール前。普通に学校に来て、普通に朝のHRを終え、一限目の理科の授業が始まって十分くらい経った時に、初めて症状が出ました。  なんていうか……傾斜40度で200メートルの上り坂を全力疾走で三往復したみたいな感じで、心臓が暴れだして、すごい吐き気に襲われて、めっちゃ怖かった……。  そのあとの記憶はあまりないのですが、確か親友に保健室に行けと言われて、二時限目は保健室で休みましたが、回復せず早退したような、そうじゃないような。  いろいろあやふやですが、中学三年生のときは合計七回くらい早退したような気がします。吹奏楽コンクールの県大会(中学最後の大会)でも気分が悪くなって、家に帰っても夜ご飯は食べられないわ、動悸で眠れないわで、なかなか改善しませんでした……。ちなみに、病院に行ったのは四回目の早退のときです。あのころの私に言いたい。病院にはすぐに行きなさい。  そうしてなんだかんだあって、新起立試験(ODテスト)とかいうのを受けて、起立性調節障害と診断されました。  しかしこのとき、私が告げられたのは病名だけでした。  具体的にどのような病気なのか、何が私のからだで起こっているのか、先生は教えてくれなかったのです。  自分で調べるしかありませんでした。  最も、その頃の私はスマホがなかったので、フィルタリングがガンガンにかかった学習用タブレットで調べたのですが……。  起立性調節障害にはいくつかタイプがあるらしいのですが、私の場合症状がそのときそのときで違うため、精密検査をしなければタイプがわからない感じでした。  病気の詳しい情報もなければ、自分の症状のタイプすらわからず、それでもまだ軽症で、学校には行けていたのが幸運だったと思います。  早退が多くて、あんなに好きだった部活にもあまり行けず、そのまま引退、受験勉強。  いま思うとあんまり楽しい三年生じゃなかったけど、親友たちがいてくれて、そのおかげで私は最後まで学校に行けていたのだと思っています。   2    さて、さきほどから度々登場するクラスの親友たちのことを書こうと思います。  まず一人目が、小学校から一緒だった……ここではMちゃんと呼びますね。  そのMちゃんは、同じ吹奏楽部のフルートパートで、私の、今でも一番仲のいい子のひとりです。  私から見れば、彼女はとても頑張り屋で、優しくて、誰よりも努力家です。あと、ちょっとだけ寂しがり屋です。  Mちゃんは、初めて症状が出たあの日の理科の授業中、クラスの一番後ろの席にいる私と唯一目が合ったクラスメイトでした。彼女は、具合が悪そうなのに保健室に行かない私を心配してくれていました。「保健室行ったほうがいいよ」と言ってくれたのも、彼女です。  Mちゃんがなにか悩み事や心配事を私に打ち明けてきて、私がアドバイスしたり、手伝ってあげたり……そういうことはありました。このとき、初めて……ではありませんが……私から無意識に彼女に助けを求めていたのです。  誰かに気づいてほしくて、周りを、クラス中を見回して、そして最後に彼女と目が合ったのです。ほんの五秒くらいだったと思います。辛くて苦しくて、私は下を向きました。でも、その五秒で、彼女はわかってくれていたのです。  授業が終わってすぐに駆けつけてくれて、でも彼女は何も聞かず、そのまま言われるがままに私は保健室に行きました。  いまもMちゃんとは連絡を取り合っていますし、たまに会うこともあります。  発症した当日も、しばらく経ってからも、毎日私のことを見てくれていた彼女。感謝しかありません。  二人目は、美術部のNちゃんです。  彼女も小学校は同じで、しかもクラスまで毎年一緒でした。違うクラスになったことはありません。  Nちゃんは右耳が聞こえず不自由で、小学校も中学校も、基本は別室登校でした。そのため朝と帰り、休み時間にちょっと会って話したり、実技の授業だけを一緒に受けました。  そんなNちゃんは、私が発症したその日に教室にはいませんでした。でも、帰りのHRが終わってから、毎日私と一緒に来るMちゃんがひとりで来たとき、もしくは誰かと来たとしても、私がいなかったとき……彼女はどう感じていたのでしょうか。それは私には分かりません。  でもきっと、とても心配をかけてしまったでしょう。ごめんね。  三人目はMちゃんの親友のAちゃんです。  彼女はMちゃんと同じフルートパートで、物事をズバッと決めるタイプです。  あまり話したこともなく、私とは他の二人よりも親しくはありませんでしたが、あの日心配してくれたことはもう一生忘れません。Mちゃんと二人で授業終わりに来てくれたこと、はっきり覚えています。  中学最後まで三人とも、私のそばにいてくれて、とても助かりました。この同じクラスの三人組がいなければ、まず、私は高校にも進学していなかったでしょう。  いま、私が回復し、これを書いているのも、周りのみんなのおかげです。もちろん、Twitterなどで私の創作を応援してくれている人達もです。  ほんとうにありがとうございます。   3  中学三年生の話には、まだ続きがあります。  それは発症してから四ヶ月くらいたったときのことです。  この日は学校は最後まで早退せず行けていて、いつも通りMちゃん、Nちゃんたちと帰宅しようと、自転車置き場に向かっていたときでした。  ひとりの男子が私の後ろから声をかけてきたのです。  その男子はYくんといって、小学校三年生のとき、私の住む滋賀県からはるか遠い、鹿児島県から引っ越してきました。  小学校時代は同じイラスト係だったし、それなりに仲もよかったです。  Yくんは私に一通の手紙を渡して、それからすぐに、一緒に歩いていた友達のもとへ帰っていってしまいました。  となりにいたMちゃんは何かを察して笑っていたし、Nちゃんは突然のことだったのでぽかんとしていました。私はというと……どうしていたか、自分ではわからないですが……たぶん、首を傾げていたと思います笑  家に帰って開封すると、そこには私が人生で初めてみる文面が。  付き合ってください、と。  これはなにかのイタズラかな?と、正直思いましたね笑 なにしろ、私は自分で思うほど恋愛に疎いですし……でも、本人は真剣な顔でしたし、とりあえず返しを書いて渡しました。  そしたら、なんと彼は本気だったんです。びっくりしました。  私は、彼が信頼できる人だと知っています。どんな人か、なにが得意なのかとか……。だから、起立性調節障害や他の持病はまた今度明かすとして、返答に「Yes」と書きました。  Yくんとはいまも同じ学校、吹奏楽部です。ただし、あまりにも恋愛に疎い私なので……  ……そのあとは……おわかりですね?   4    さて、いよいよ#1ももう終盤。  受験のお話をしましょう。  実は私、高校の第一希望は私立のイラスト系でした。しかし、多額の借金をしていた父もいてうちにはお金がなく、仕方なく第二希望の公立高校を受験しました。  受験期は起立性調節障害の症状もピークで、家族で出かけたりすると必ず体調が悪くなりました。マジで……しんどかった……。  ただ、出かけられる程度には軽かったこともあるので、特に薬もなし、病院もあまり行ってませんでしたね。  肝心の試験のことですが、私、理数系がかなり危ういです。いまも。  試験中は、とにかく症状が出ないかが心配で……ずっとドキドキしながら机に座っていました。  公立試験はYくんとたまたま同じ学校を志望していたため、知り合いがいるだけまだ不安は少なかったような気がします。なにかあれば、彼に言えばだいたいなんとかなると思ってました笑 そのくらい、信頼できる人が近くにいるって大切なんだなって思いました。   5    ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。私のそつない文章で、私個人の話をただただ書いただけのものでしたが、これが誰かの、たとえば同じ起立性の方とか、そういう方に届けばいいなと思っております。  もちろん、軽症だから学校に行けていて、いまはもう回復している人が書いたものだということは、頭の片隅に置いておいてください。  余談ですが、私の将来の夢は、創作で人を勇気づけることです。もしもこの文面が届いたのなら、よければ応援して頂きたいです。絵は現在スランプ中ですが、きっと乗り越えてみせます!  これからも起立性調節障害のこと、他の持病のことや、症状が出たときの気分転換にしているゲームのお話など、エッセイ的なものをあげていくつもりですので、よろしくお願いいたします!  王林ほのか、りんごでした!

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#1  わたし、ときどき起立性調節障害

自己紹介

 初めまして!王林ほのかといいます。普段はりんご、という名前で絵を描いたり、音楽をしています。一応アルトサックス奏者です。  絵も文章もかなりの遅筆です。  スーパーファミコンやゲームボーイ、初代プレステのゲームが好きです。一応高校生ですが脳内は三十代とよく言われます笑。ちなみに好きなゲームはFINALFANTASYのナンバリングが若いタイトル、聖剣伝説シリーズ、ポケットモンスターシリーズ、ゼルダの伝説シリーズです。  最近はスランプ中なので絵はあまり描いていませんが、絵柄はモロにポケモンに影響を受けています。

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自己紹介