めゐろ

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めゐろ

飽き性であるが為に連載が更新されない場合がありますが、その時は──ああ、こいつ飽きたんだな、と思ってください。

君思えばそこに

 彼はきっとここにはもういない。いや、それはてんでから違っていて、はなから彼はいなかったのだろう。  ──何処にも。  全ては認識の問題だ──彼がそこにいると思えばきっとそこにいて、でも私の目には見えていないからきっとそこにはいない。 ◯  私は草原と言う場所に座って遠くの方を見ていた。きっと遠くの方を。そんな時に話しかけて来たのは彼だった。話しかけたと言うより一方的に話を始めたと言った方が正確だろう。  「君に似た者の話をしよう──」  その声からして男性の方であろうか。彼は私の右隣に居る。そして声の位置からして彼は立っているだろう。体の内側に響くような低い声が頭上から降ってくる。 ──とある部屋に一人の少女がいた。少女は目が見えなかったけれど、ただ一つ──彼女にだけ感じとれるものがあった。  それは物の怪の存在。  「あなたはずっとわたしの側にいてくれますね」  少女は床に座った状態でそう言った。  「…………」  物の怪は答えなかった。驚いたからだ。夜更けだと言うのに部屋の灯りをつけずとも自分の存在に少女が気づいている事に、ではなくただただ自分の存在が知られている事に。  「ワタシが見えるのか………」 物の怪は訊ねるが、少女は首を横へと振る。  「いいえ、見えません。ただそこにいるのだけは分かります。気配………と言うのでしょうか。あなたは誰なんですか………」  「ワタシは物の怪だ。人ではない」  「物の怪………どんな見た目なのですか………」  少女は前へとそっとゆっくり手を伸ばす。物の怪へと触れようとしたのか、しかし物の怪は身を引いて触れられるのを避ける。  「ワタシが怖くないのか………。物の怪であるぞ」  やそんなに怖い見た目をしているの………」  少女は傾げる。  「………さあ」  少女はどうやら物の怪を怖がる様子を見せないどころか、寧ろ物の怪の姿を目にしたくて仕方がなかった。  を物の怪って普通の人には見えないのでしょ。それどころか感じることもむつかしいのでしょ。もしも見えていたら………」  ──でも残念。  少女は眉を顰めるけれど、直ぐに先程の調子で興味津津に、触れるのはダメなの………と訊ねる。  「どうなっても知らないぞ」  触れてもどうにもならないが、物の怪は怖がらせるつもりでそう言ったけれど、少女はいいよ、と言って手を伸ばす。物の怪は少女の手が自身に届くところまで移動する。  「少し左だ」  物の怪の指示に従って伸ばされた手は移動し物の怪の頬へと触れる。  「あったかい」  そう言って少女はもう片方の手も伸ばしそれも頬へと触れる。  「あなたは人の形をしているの………」  「そう、人の容姿を真似ている」  「ふうん」  少しして少女の手が頬から離れる。  「格好いい………」  「さあ、どうだろう。見てみればいいだろう」  物の怪は部屋の壁を見回し灯りの元を探す。  「ダメなの………だからね、わたしは見えないの。目が見えないの。明るくても暗くても一緒なの」  「………そうか」  ようやく、物の怪は今まで少女が暗闇でも過ごしていた訳を理解する。  「物の怪は、一つだけなら何でも願いを叶えられる。他人のものでも」  物の怪は言った。  「願いはあるか………」  「願い………ですか………。あります。あなたを見て見たい」  しかしそんな二人の元へ何処からともなく別の物の怪が現れた。その物の怪の存在に少女は気がつき、「もう一人いるの………」  物の怪は別の物の怪の存在を明白にはっきりとその目に映していたけれど、「………いや、いない」と答える。  「目を瞑って」と、物の怪は言う。少女は言葉に従い目を瞑る。それを確認して物の怪は少女の額へと人差し指で一瞬触れる。 ◯  「…………」  「…………」  突然彼は話を止めた。  「どうしたの………。少女はどうなったの。続きは………」  「終わり。これで終いだ」  「何それ、気になるじゃない」  「ところで、ボクは願いを七つ絶つことでボクの願いが一つ叶うのだけれどもね、それであと一つ願いを絶ちさえすればボクの願いが叶うんだ。何か願いはあるかい………よかったら一つ願いを何でも叶えてあげるけれど」  そう言った後で、取り敢えず二つくらい言ってごらんと彼は付け足した。  彼にそんなことはできないと思った。だって、彼の話は矛盾しているもの。  「まだ、あなたには願いを叶える事ができないんじゃないの………。まだ願いを六つしか絶っていないんじゃなくて………」  「そんなこと言ったかな」  言ったはずだけれどな。  「言ってみなよ。言うだけただなんだからさ」  まあ確かにそうだけれども。願いなんて………  「うーん。それじゃあ、さっきの話の続きが知りたいかな」  「それだけ………もう一つくらいないの」  「じゃあ、あなたがどんな見た目をしているのか見て見たい」  彼はふうん、と言った。足音が私の目の前へとやって来る。  「目を瞑って」  さっきの話の続きをしてくれるのかなと一瞬思ったけれど違ったようで、彼は私の額へと指を当てる。  「目を瞑るんだよ」  私は目を瞑った。不変の暗闇であるが、彼は私の額を指先で弾いた。  「痛っ──何するのよ」  「…………」 返事はなかった。  「ねえ、何なの………いつまでこうしていればいいの………」  返事はやはりない。私の額を彼が弾いた瞬間から彼の気配が消えたのだ。私はそっと目を開ける。  ああ、やられた。まんまとやられてしまった。  ──なんて眩しいのだろう。 空に草それから石ころに土………あれが雲だろうか。どれにも綺麗な色がある。辺りを見回したけれど、彼の姿はどこにもなかった。身を隠すような場所もない。  「………なるほどね」  どうやら私の願いは絶たれてしまったようだ。一つだけ。たぶんだけれど。彼の姿を見たいと言う願いが絶たれてしまった。そしてきっとお話の少女も今の私と同じなのだろうう。  彼は本当にいたのだろうかと私は思う。目が見えない時に彼を感じていたけれど、目が見えるようになって彼を感じなくなり、これだけ多くのものを見る事ができるのに彼は見えない。まあそれはそうと、彼が本当にいたとして一体どんな願いを叶えるのだろうか。

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