ちゃこちょこ
2 件の小説悲しい記憶の中から見つけた幸せ
ずっと想いを伝えてくれる男の子がいた。 彼は毎月、毎週、毎日・・・と、約1年間ひたすら想いを伝え続けてくれた。 こんなにわたしのことを好きでいてくれる人なんてもう2度と出会えないかもしれない。 友達にも背中を押され、わたしの気持ちもだんだんその想いに吸い込まれるように彼と付き合い始めた。 この時すでに悲劇が始まっていたとは知らずに。 彼は本当にわたしのことを知っていて、思ってくれて考えてくれて、とても大切にしてくれていると思っていた。 付き合ってからも毎日想いを伝えてくれて、言葉だけではなく行動でもそれを示してくれた。 毎日四六時中電話を繋げて、学校でも一緒にいて、帰りも一緒に帰って、プライベートも全て知らせて、気づけばわたしの生活全てが彼のものになっていた。 これは愛されている証拠なんだと思い込んでいた。 ある日、彼がお酒を飲んでくると言って家を出ていった。帰りが遅くなるというのでわたしは先に眠りについていた。 わたしが目を覚ました時には彼はわたしの体を好きなように触っていた。怒鳴り声も聞こえていたので、怖くて何もできなかった。 一通り終わったあと彼は大事に力一杯抱きしめてくれた。 何かあったんだな、と思うしかなく、その日は一睡もできなかった。 またある日、彼がお酒を飲んで帰ってくるのが遅かった日、以前怒られたことを覚えていたので、わたしは頑張って起きていた。ただ、カーテンの隙間から光が差しても彼が帰ってくる様子はない。 だんだん鳥のさえずりが聞こえてきたころには、わたしは机の上で寝てしまっていた。 起きた時には彼がすごく怒っていた。帰ってきてくれた安心感と、眠ってしまって怒られていたことへの恐怖心がわたしの心を無にさせた。 一通り終わって、今度はごめんねといって泣きながら抱きしめてくれた。 何か辛いことがあったんだな。大変な思いをしているならわたしが助けにならないと。そう思った。 彼がその日朝まで他の女性と関係を持っていたことも知らずに。 わたしが電話にすぐ出られなくて、浮気をしていると疑われた日があった。 電話越しで一方的に責められ、彼の家まで1人で来ないと別れる、と言われたこともあり、夜中の3時に電柱もない暗い夜道を1人で15分かけて行ったことは何度もあった。 わたしが風邪をひいて1ヶ月寝込んだ時には、体調管理もまともにできないのか、と呆れられた。 勉強していると、頭が悪いんだから勉強しても意味がないと言われ、頭の悪い人に勉強は必要ないと言われてわたしの集中力も一気に下がった。 一緒に寝ると言って、彼が先に寝てしまった時どんなに静かに布団に入っても、うるさいからどっか行っての一言で、わたしは床やソファーで膝掛けに包まれて寝ていた。 彼が先に寝る時は必ず電気を消さなければならなかったのでわたしは洗面所でしか生活ができなかった。自分の家に帰るとそれはそれで怒られるのだ。 彼が起きる時間に彼が起きられなかったら、ひたすらにわたしが怒鳴られた。 何があったとかではなく勝手に涙がこぼれることもあったが、怒鳴られて泣いた時も、殴られて蹴られて泣いた時も、好き勝手に体を触られて泣いた時も、泣いて済むと思うな、泣けばいいと思うな、泣くなと怒鳴られた。 そして最後にはいつも、君は人として終わってるから僕がいないと君は生きていけないよと言われた。 これは彼の口癖でもあった。 何度も別れを口にしたが、1人でどうやって生きていくの?別れたら後悔するに決まってる。後から泣きついても知らないよ?と言われ、最後にはいつも、僕がいないと君は生きていけないから、君のために別れない方がいい、とまるめこまれた。 わたしはその言葉に吸い込まれるように、気づけば彼に洗脳されていたのだ。 周りの友達との関係性も何人かに絞られ、外に出ることも何かを買うことも何かをすることも、気づけば全部彼に許可を取っていた。 それでも彼が口にする"好き"という言葉だけを信じて約2年半付き合い続けた。 ようやく別れることができたのはお互い社会人になってからだ。 どうしても時間に余裕がなくなって彼は夜飲みにいくし、わたしは朝から仕事だし、睡眠時間も削られてどんどん気持ちが落ちていく一方だった頃、彼が結婚したいと言い出した。 ただ結婚したら彼は留学に行くと言い出した。留学先では歳の近い女性と一緒に住むことも決定してから報告された。それで少し目が覚めたのか、わたしの中の何かがそうさせたのかわからないが、結婚はしない、とはっきりいうことができた。 案の定怒られ、その後彼は一緒に留学に行こうと言ったが、わたしは日本でやりたいことがまだたくさんあったので、断った。その後はすごく呆れられた。 後日その件で彼から電話が来て、急にわたしに別れを告げてきた。 なぜかわたしは涙が止まらなくなった。 別れたくない気持ちがあった悲しい涙なのか、ようやく解放される嬉しい涙なのか、今でもよくわからない。 ただあの時に言われた言葉は今でも頭に刻まれている。 人として終わっているからこれから生きていくの大変だね。 自分の意見を言えないまま生きていくって大人として終わっている。 こういう人がいると社会の迷惑にしかならない。 僕と別れるということは君の価値はそれまでだということで、君には何の価値もない。 生きていることを恥ずかしいと思って生きてください。 僕は君と別れることができて幸せです。 今までありがとう。じゃあね。 そう彼は電話越しに言葉を残したまま消えていった。 わたしには一言も発する余裕もなかった。 そのぐらいたくさんのことを一気に言われて頭の中がぐるぐると目まぐるしく絡まっていった。 あれから4.5年経った今。 今はとても素敵な彼とお付き合いさせていただいている。前の彼のことも知っている方なので、何があっても無理しなくていいよ、と歩みの距離を合わせてくれる。そのおかげもあり、少しずつ嫌な記憶を忘れさせてくれているし、誰かに話せるぐらいにはわたしの心の回復も少しずつしているようだ。 ただ時々どうしても頭の中をよぎってしまう。 寝ている時、夜眠りにつけない時、朝起きた時、言葉がうまく出てこない時、体調が悪い時、勉強をしている時、涙がこぼれそうになった時・・・ 顔色を伺って話してしまうこともよくあるが、気にしなくていいよと言ってくれる。わたしは無意識で気にしていたのでまたやってしまったのか、と思うこともあるが、それを笑いに変えてくれるとても心の温かい人だ。 あの頃には信じられないほどの幸せな思いを今は実感していて、本当に今の彼には感謝してもしたりない。 こんなに優しい人がこの世に存在していたことにも、そんな彼に出会えたことにも感謝している。 それもこれも、前の彼との記憶があったからこそ、今の彼にとっては小さなことでもわたしがとても大きな幸せに感じることができるのではないかと思うようになった。 あの頃は最悪な状況を考えたこともあったが、そうならなくてよかった、と心の底から思える今がある。 人生何が起こるかわからないが、誰かに左右される人生より、自分のしたいこと、自分を持って生きることを大切にしてこれからも生きたい。
はじめてのいじわる
いじめってなんだろう。 どこからがいじめなのか、という質問をよく耳にするけど、そもそも『どこから』っていう線引きをしていること自体間違っているのではないか。 『いじめ』はされる側もする側も気づいたら逆転していることだってある。 いつ逆転しているかわからないから、そもそも『どこから』『いつから』と思った時にはすでにいじめは始まっているのかもしれない。 【新しいクラス】 わたしは小学校5年生になり新年度初めて正門を潜ってクラス替えの表を見た。 4年生の時までの仲良くしていた友達が全然いなくてすごく悲しかった。ただ、新しい友達が増えると思うと勝手に楽しみになり、うきうきしながら席についた。 みんなが席についてわたしも席についた。 周りを見渡しているとすごくかわいい子を発見!! わたしはその子と友達になりたいと思い、10分間の休み時間の間にすぐその子の元へかけつけ話しかけた。 わくわくして自己紹介をすると、静かに「カコです。」と名前だけ教えてくれた。わたしが続けて話しをしようと口を開こうとした時、カコから思ってもいないような言葉をかけられた。 「わたしと一緒にいない方がいいよ。」 わたしは聞き間違いかな、と思ったが、もしかしたらあまり仲良くしたくないのかも、という考えもでてきてそのまま自分の席に戻ろうとした。すると、その途中で女の子3人組に声をかけられた。 「あの子とは話さないほうがいいよ。」 わたしはその意味がわからず、その日も次の日もまたその次の日も、カコに話しかけた。 その間も「あの子と一緒にいない方がいいよ。」「あの子と話さないほうがいいって言ったよね?言ったからね?」と、女の子18人いるうち、半分以上の女の子に注意された。 わたしは『どうして友達をみんなに決められなきゃいけないんだろう。』と思い、その日もカコのそばにいた。 【初めての教室】 新年度が始まって2回目の休日を挟んでいつも通り登校した。 5年目のランドセル、正門、下駄箱、廊下を通って、まだ2週間目の教室に足を踏み入れた瞬間、不思議な光景を目にした。 人見知りだと思っていたカコが他の女の子とたちに囲まれて話していたのだ。 わたしはカコが少しきょろきょろしながらみんなと話しているのを少し心配しながらもみんなの元へ話しかけに行った。 「おはよ!!」 その言葉と共にみんながその場からいなくなった。 何が起こったかわからず、カコにもう一度駆け寄って挨拶をした。その挨拶に被せるようにカコは言った。 「わたしに話しかけないで。ごめんね。」 その日は誰に話しかけても話しかけようとしても返事がなかった。わたしが近づこうとするだけで離れていく子もいた。話してくれるのはクラスの男の子だけ。 今考えるとその日からわたしの学校生活は180度変わってしまったのだろう。 ただ、当時のわたしは『どうして話してくれないんだろう。』『どうしてみんな離れていっちゃうんだろう。』『わたしが何かしたのかな。』と思っていたのと同時に、『今話してくれる男の子たちとは仲良くしたいな』と思い、たくさん話してお昼休みは一緒にサッカーやドッジボールをして遊ぶことも多かった。 【初めての友達】 気づいたら1学期も終わり、2学期に入っていた。 あれから同じクラスの女の子とは全然目も合わない。もちろんカコとも。 目が合うのは隣のクラスの女の子と同じクラスの男の子だけ。 なぜか掃除の時間も邪魔をされ、ノートも取られ、机の中やランドセルの中にも意地悪な言葉が書いた紙がいれてあることが増えた。 授業中にわたし以外の人だけで手紙が回っていることや、言うことを聞かなかったからと言う理由だけで「お金は?」とせがまれ、怒鳴られて追いかけられたこともあった。 そんな時、2学期に入って1ヶ月経った頃席替えをした。 わたしの席は1番前の1番端っこ。それも教室の入り口とは反対側のところだった。 いつも教室を出る時は女の子たちからの痛い視線を感じていた。 その時に隣の席になった女の子が、新しいクラスになって初めて快く話しかけてくれた女の子だった。 「お昼休みちょっと一緒に行きたいところあるんだけど、2人で行かない?」 わたしはやっとクラスの女の子が話しかけてくれたことがとても嬉しくて、少しどきどきしながらお昼休みにその子についていった。 そこは音楽室の隣の奥まったところに机がいっぱい積み重なっている、掃除もしているのかわからないぐらいほこりまみれのところだった。 そこでその子といろんな話をした。 その子の名前はユカ、本が好きでよく図書室に行くからお昼休みは教室にいないこと、好きな給食はデザートの冷凍みかんだけど、あまりものじゃんけん(休みの子がいる時に余っちゃったものをじゃんけんでだれかがもらえるプチイベント)には参加しないこと。 そして3年生のころからクラスでは仲良い友達がいないこと。 ユカはたくさんの話をしてくれた後、わたしのことを心配してくれる言葉をかけてくれた。 「わたしもいじめられてたから気持ちわかるけど大丈夫?」 ただ、その時のわたしにはその言葉の意味がわからなかった。 「イジメってなに?」 ユカはとても驚いてわたしをじっと見て、その後少し悩んだような顔をし、少しの間考えてたった一言だけわたしに問いかけた。 「学校、たのしい?」 わたしはその質問に答えられないままあっという間に時間が経ってしまい、お昼休みが終わりそうになってユカと一緒に教室に戻ることになった。 その日の先生の話や周りの会話、家に帰ってからの両親との会話も全く頭に入ってくることはなく、気づいたら空が明るくなっていた。 【初めての出来事】 あれからいじめについて毎日考えるようになった。 いじめとはなにか。 話してもらえないこと?避けられること?蹴られたり叩かれたりすること?暴力的な言葉を浴びせられること? 家族に相談することも先生に相談することもできず、ただただ1人で考える日々が続いた。 わたしは初めて学校を休みたくなったが、先生にはもちろん、家族の誰にも相談できていなかったこともあり、休むという選択肢がわたし以外の人にはなかったので、仕方がなく毎日通学していた。その間も毎日毎日ユカはずっと一緒にいてくれた。しかし、そのせいでユカにも再び罵声が浴びせられる日々が始まった。 わたしはあの時聞いた「わたしと一緒にいない方がいいよ。」の意味をそこでようやく理解し、自分でも気づかない間にユカに伝えていた。 ユカはあの時のわたしとは違い、しっかりその言葉に向き合って答えてくれた。 「わたしが一緒にいたいから周りのことは気にしなくていいんだよ。でもありがとう。」 生まれて初めて女の子に対して『強いな。すごく強くてかっこいいな』と思った瞬間だった。 それからもいじめは続いたが、ユカとの2人の時間が楽しくて2人ではしゃいだり、男の子たちや隣のクラスの女の子たちと話したりしているうちにだんだんいじめられていることが気にならなくなってきた。 【新たないじめ】 いつの間にか年度も終わり、桜の季節がやってきて、またいつものように通学する日々が始まった。わたしの学校は人数が少ないため、クラス替えが2年に1回しかなかったのだ。 そのため、小学校最後のクラスの思い出はユカと男の子たちとの会話だけになると、その時は思っていた。 当たり前になってしまった『いじめられている毎日』を過ごしていく中で、すごくわたしの中で新鮮で初めての出来事が起こった。なんと、ユカ以外の女の子たちに突然話しかけられたのだ。 新しい学年になるまで全く近寄りもしない女の子たちがわたしの近くに駆け寄り話しかけているという状況に、わたしは全く理解ができず何が起こったかわからなかった。しかし、その状況がとても怖かったわたしは、普通に挨拶だけしてその場から急いで去った。 だが、話しかけてくれた子たちの態度は相変わらず、お昼休みも給食の時間もお掃除の時間も、授業中のプリントを前の人から後ろの人に配る時でさえも当たり前のように話しかけられた。 何が起こっているのか、状況がわからないまま日々を過ごして約2週間ぐらい経った頃、この事態を手に取るようにわかった出来事があった。 いじめを率先してしていた女の子たちのグループが明らかに2つに分かれていたのだ。いじめの首謀者の子、サヤカがいるAグループと、いつもサヤカの隣にいた子がいるBグループ。 そして、その2つのグループでの争いが行われていたことにより、わたしやユカに被害が及ぶことがなかったのだと理解した。 ただ、いじめがわたしたちに向かなくなった本当の理由を知ったのは、Bグループのリーダー的存在のエリと掃除場所が一緒になった時からだった。 掃除の時間、わたしはエリと2人で外の掃除を担当していた。2人っきりで最初はすごく気まずかったが、エリが毎日普通に話しかけてくれることでだんだんわたしも緊張せず話せるようになった。2人の共通の推しが見つかったことで今まで以上に話せる内容も増えた。 2人で話すことが多くなった時、わたしはユカに 「エリがそんなに悪い子ではないかもしれない。」 という話をした。ユカは 「そうやって今まで何回裏切られたかわからないし、あの子たちは今まだわたしたちをいじめてた子たちだよ?どうしてそう思えるのかわからない。」 と言った。 たしかに今までいじめられてきて、たくさん嫌な思いもしたし、苦しい思いも十分すぎるぐらい経験した。そのことを思えば仲良くならない方が自分のためだったのかもしれない、と今では思う。ただその時のわたしは、『今までいじめられてきたけど、こうやって仲良くすることもできるんだ。』『もうこれ以上、せっかく仲良くなった子と話せなくなるのは嫌だ。』という気持ちの方が大きく、ユカに忠告を受け続けていたが、気づいたらユカといるよりエリといることが多くなっていた。 ある日の掃除の時間、エリは急にわたしの方を見て少しそわそわしながらいつもより暗く静かに口を開いた。 「あの時はごめん。誰もサヤカに逆らえなくてサヤカの指示に従っていたのと、従わないと次自分が標的になることがわかってたからいうこと聞くしかなかったの。結局誰でもいいんだよ、誰か1人でもそういう人がいれば。だからごめん。でも、さすがにもう見てられなくなったからわたしはサヤカから離れた。」 わたしはそれを聞きながら、『指示?標的?誰でもよかった?何を言っているんだろう。』と思いながら、何回もエリが言った言葉を繰り返し頭の中で考えてとりあえず頷いていた。 エリもわたしがわからなそうな表情をしていると、懲りずに何回も丁寧に説明してくれた。 わたしがいじめられた原因は2点あった。1つ目はわたしがサヤカの忠告を無視したこと、2つ目はそれまでいじめられていたカコがサヤカの指示に従ったため、標的がカコからわたしに変更したこと。 いじめが長く続いた理由は、わたしがいじめられていることに気づかなかったこと、そしてわたしが毎日学校に来て話せる人と話していることが気に食わなかったから。そして、これまでずっとサヤカのいじめの対象になっていたユカと仲良くし始めたことも理由の1つだった。 どうしてそんなことでいじめられることになるの?ユカは今までずっといじめられてたの?わたしが何をしたの?いつからサヤカはそんなに偉かったの? そして、そんなことを考えていくうちに考えは悪い方にも広がった。ユカはわたしに近づいていじめの標的をわたしに押し付けようとしたの?ユカは本当はいじめられている私をみて優越感に浸っていたのではないか、と。 そんな疑問が頭の中でぐるぐると回って怒りと恐怖と、そして、言葉では表せないものに支配されて気がついた時には涙がこぼれていた。 エリはずっと隣で謝って背中をゆっくりさすってくれていた。そのおかげもあって涙を流す時間は少なかった。 ただこの日からわたしの中で変わったことは、わたし自身から誰にも話しかけにいくことがなくなったことだ。 今振り返ってみると、この件があってからのわたしは人を信用したい気持ちと、信用したいけど、どこかで『どうせ裏切られるのではないか』という気持ちが入り混じって、結果誰のことも信用せず、外では自分の感情も見せず、それを怒りという形で家族にぶつけていたのではないかと思う。 習い事でも、先生から「笑ったり泣いたりしないの?」と聞かれても「はい。」と1つ返事で会話を終わらせていた。『猫をかぶる』『空気を読む』というのもこの時に覚えたのだと思う。 そこからのわたしの記憶でちゃんと心から嬉しいと思ったのは、高校生の最後のコンクールで金賞を取って先生に褒められた時。 ちゃんと心から感動して泣いたのは、20歳を過ぎるまでなかった。 人としっかり向き合ってみよう、ちゃんと信用したい、信用しようと思えたのも成人してからだ。 この時の会話は、わたしの人生が大きく変わった出来事でもあった。 【初めて話を聞いてくれた大人】 相変わらずサヤカのいるAグループとエリのいるBグループの対立が続いていた頃、わたしは習い事で表彰されることが続いた。全校朝礼で全生徒の前で表彰されるのだ。そんな目立つことはしたくなかったが、周りの大人に言われるがままにそうするしかなかった。 ただ前と変わったことはそこで目立っても誰も悪口や嫌な視線を浴びることがなくなったことだ。 わたしが何かを変えたつもりはなかったが、わたしがいじめられていた時と比べると、わたしもみんなも変わっていったのではないかと思う。 6年生の1学期の最後の全校朝礼の後、教頭先生が一時的にわたしの賞状が入っていた袋や筒を返すためにわたしを教頭室へ呼び出した。 その時、教頭先生と少し話しをすることになったが、話の内容は大したものではなかった。学校生活はどうか、6年生になって新しい担任の先生には慣れたか、勉強は楽しいか、いつからその習い事を始めたのか、習い事は楽しいか。 そして友達のことも聞かれた。 先生の中では当たり前のことだと思って聞いたのだろう。しかし、その時のわたしの中では『友達』という言葉がとても心を苦しめる言葉だった。 何を言えばいいかわからず黙っていると、教頭先生は「今日で1学期は終わるけど、2学期からはいつでも教頭室においで。先生は部屋がいっぱいあるから、他の部屋に行けるからね。」と笑顔で言ってくれた。わたしは『こんな大人もいるんだな。』と、子供ながらに感心していた。 2学期が始まってから教頭先生はわたしに会う度に挨拶をしてくれて話しかけてくれた。当時のわたしは『どうして担任でもないのに話しかけてくるんだろう。他の人と同じように接してほしい。』と迷惑に思ったこともあったが、教頭先生がわたしだけに話してくれてるということがちょっとした自慢でもあった。 子どもながらに『強力な武器』を手に入れた気持ちにもなっていたのだと思う。 それからも特に用事がなくても休み時間に教頭先生に呼ばれて教頭室でお話をすることが増えた。基本わたしは「はい。」か「いいえ。」でしかコミュニケーションをとらなかったが、教頭先生はそんなわたしに、ずっと一生懸命目を見て話してくれた。 その真剣さに向き合ってくれる姿勢が気になって、わたしは一度だけ自ら教頭室に顔を出したことがあった。 すると教頭先生はすごく喜んでソファーに案内してたくさんのお話をしてくださった。その時初めてわたしは「はい。」「いいえ。」以外に言葉を発した。 「いつも昼休みは何してるの?」 「図書館」 たったこれだけだったが、わたしにとっては久しぶりにちゃんと話そうと思い、勇気を振り絞って出した答えだった。 この時に勇気を振り絞って答えたことが今振り返っても、本当に良かったと思っているし、教頭先生はわたしの人生の中で、とても心に残っている人の1人だ。わたしが初めて尊敬したいと思えた大人に出会った瞬間だった。 【初めてのいじめ】 3学期に入って、あと2.3ヶ月でようやく長い長い小学校生活が終わると思っていた頃、新たな変化がクラスで起こっていた。今までずっと周りに人をたくさん連れて歩いていたサヤカが1人で静かに椅子に座っていたのだ。 サヤカの周りにいた女の子たちはエリの周りに集まっていた。私が教室に入ると、エリがいつものようにわたしに挨拶をして、そのまま周りのみんなと話をしていた。 「今まで散々いじめられてきたわけだしもうそろそろわかってもらわないと困るよね。」 「自分がしたことは自分がされてもいいってことでしょ?」 「何様のつもりなんだろうね、いつまでも俺様気取りすんな。」 その状況とみんなの大きな声で、ついにあのサヤカが孤立したことは誰に聞かなくてもわかった。 ただ急なことでもあったので、理解が追いつかず不思議な気持ちにもなっていた。わたしはずっとその状況を見て見ぬ振りをしていて、むしろエリと一緒にいる時にサヤカの話をされても何も思わなかったし、どうでもいいと思っていた。 あれからわたしは休み時間になると教頭室に遊びに行くことが多かったので、みんなには「先生に呼ばれた」と嘘をついて教頭先生に会いにいっていた。教頭先生にいろいろな話ができるようになっていた頃、この件についても相談してみようと思い、初めて誰かに相談をした。 今までいじめていた子がいじめられていること、わたしだけではなくたくさんの人がその人にいじめられてきたからみんな当たり前だと思っていること、そもそもそういう状況になっていることは担任の先生は同じ空間にいて何も気づかないものなのかということ。 教頭先生はわたしの話を聞いて、すぐに担任の先生に確認をしてくれたのでその日の教頭室にはわたしより担任の先生の方が長くいることになった。 その日の帰りの会、わたしのクラスはなかなかこない先生とサヤカを待っていた。その間もみんなぐちぐち言っていた。 先生がサヤカと一緒に戻ってきた時、サヤカはすごく顔を真っ赤にして泣いていた。その姿を見て教室の空気が一変した。 その時、先生が教卓でサヤカの代わりに口を開き始めた。 サヤカはみんなと仲良くしたいと思っているのにみんなに無視されること、みんながサヤカを避けること、誰もサヤカに関わろうとしてくれないこと、サヤカはクラス全員にいじめられているということ。 わたしは先生が何を言っているかわからなかった。わたしがされたこと、そして、サヤカがこれまでみんなにしてきたことを自分がずっとされていたかのように話しをしていたからだ。わたしが教頭先生に話したことがしっかり伝わっていなかったのか、と思った。 先生はサヤカからこのような事実を聞かされて、このクラスでいじめが起こっている事実に悲しくなったと言っていた。 クラスも2年間変わらないことから担任の先生も2年間変わらないため、6年生になって始まった出来事ではないからこそ、気づかなかったのか、また、気づかないふりを続けていたのか、それはいまだに誰もわからない。 しかし、サヤカがそのように思っていたこと、感じていたことは事実だからこそ先生に言えたのだと思うし、みんなの前でそれだけ涙を流すことができるのだと思った。そのように考えていたとき、先生からわたしは名前を呼ばれていたことに気づいた。いつから呼ばれていたのか、何回呼ばれていたのかはわからなかったが、わたしがびっくりして顔を上げて先生と目が合った時、 「お前がやっていることは決して許されないことで、許されてはいけないことだ。みんなもサヤカがいじめられているのを見て見ぬふりをしていたら同罪だ。どうしてだれも声をかけてあげなかったんだ。いじめは良くないことだし、自分がされたらどう思うかそれぞれ考えたのか。相手の気持ちになって考えてみろ。」 と先生は言っていた。 また意味不明なことを・・・ そう思っていたが、どうやらわたしが先陣を切っていじめをしていたことになっていたらしい。どうしてそうなったのかわからないし、どうしてわたしが、とも思った。 わたしは頭の中がぐるぐるしはじめ、その後の話がはっきり入ってこなくなった。 嘘で塗り固められた話しを先生が続けていた時、1人の男の子が急に言葉を発した。 「というかさっきからそれ誰の話?自分が最初にいじめ始めたのに何言ってんの?」 その言葉を先頭に周りの席の男の子たちも先生が話をする隙を与えないぐらい話し始めた。それに釣られるようにクラスみんながざわめき始めた。そのざわめきの中にはわたしをかばってくれる声もあった。わたしがそんなことするような子ではないと言ってくれる声も、ずっといじめられていたのはわたしだという声もあった。 クラス全員がざわつき始めたので、その日は収集がつかなくなり、先生も混乱していたので、みんなちゃんと家で考えてくるように、ということでやっと解放された。 わたしは下校し、そのまま習い事に行った。習い事ではいつもやることをただ淡々とやっていたが、わたしの心はここにあらずという気持ちだった。 習い事の先生は特に厳しい先生だったので、怒られたり怒鳴られたりすることは当たり前のことだったが、その日は先生に怒られたり怒鳴られたりしても集中することができないまま時間が過ぎ、そのまま帰宅した。理由はわたしもわかっていたがそれを考えないようにしようとするほど考えてしまった。 よくわからない話ばかりしていた担任の先生の話の中で1つだけ心に残った言葉があり、それがずっと頭の中にこびりついていた。 「いじめられているのを見て見ぬふりしていたら同罪だ。」 わたしは自分でも気づかない間にいじめの被害者から加害者になっていたのだ。 期間が長いとか短いとかそんなことは関係ない。 自分がされて、あれだけ嫌な思いをしたにも関わらず、わたしはサヤカがいじめられているのをずっと知らない顔をして見ないふりをしていた。関係ないふりを続けていた。その上、されて当然のことをされている、と心の中で嘲笑っていた。 わたしは自分でもこの状況が良くないということに気づいていたにも関わらず、知らないふりをしていた。わたしは知らない間にサヤカをいじめていたのだ。 わたしは初めていじめの加害者になっていた。 【初めての決着、そして・・・】 次の日学校に行くと、サヤカ以外のクラス全員が教室にいた。 みんなそれぞれ昨日のことについて考えたのか考えていないのかはわからないが、サヤカのことについて、いじめのことについて、誰が悪いのかについて、いろんなところでいろんな話しが聞こえてきた。 わたしはいつものように挨拶された人に挨拶をし、話しかけてきた人と話しをして席に座った。 先生が来てみんなが着席した。サヤカの席だけぽつんと空いていた。先生は朝、サヤカと話してきて、その時の話しをされたが誰の耳にも入らないような空想にすぎない話しかされなかった。 先生はサヤカの話を信じきっていたので、クラスメイトがざわついたところで話を聞こうとはしてくれなかった。先生はサヤカから聞いた話しや先生が思っていることを全部言い終わってすっきりしたのか、「みんなはどう思う?」と、ようやく聞く耳をもってくれた。 しかし、その時にはとっくにみんな話す気は失せて、『どうせ先生は聞かないじゃん』『どうせサヤカの味方なんでしょ』『言ってどうすんの?どうなんの?』とざわめきがおさまらない。 それはわたしも思っていたことだった。 散々話しをしてすっきりしたから次どうぞ、と言っているようにしか聞こえないし、それを聞いて何か動いてくれるようなことはこれまでにもなかったからだ。それに、わたしが教頭先生に話したことも、した側とされた側が入れ替わっているし、所々都合のいいように変換されていて、話を聞く気がないことがわかった。 その日の授業は全部話し合いの時間に当てられた。正直何の意味があるのかわからなかった。先生の中で答えは決まっていたからだ。なので、解決方法もわかっていた。わたしが謝れば済む話なのだ。 しかし、人の言うことは聞かない、話す必要のない人とは話さない、と言うわたしの中でも史上最強の反抗期の時期に人前で謝れということは、わたし自身の中の何かが許さなかった。結局はそもそもめんどくさかったのだが、謝れば終わるというのは違うと思っていたのか、謝るどころかどんどん機嫌が悪くなっていた。 そんな中、先生が痺れを切らしたのか、サヤカのところへ行って一緒に戻ってきた。またクラスのみんなが静かになった。サヤカは昨日と同様大泣きしていた。わたしは何も思わなかった。可哀想だとかわたしが悪いかもとか、サヤカの顔を見た瞬間微塵も思えなくなった。 サヤカも戻ってきてみんなで話そう、と言うことになったが、みんなそれぞれのところでそれぞれ話をしていてクラス中がみんなで話す気になっていなかった。先生も何度か大声を出し少し静かになったがあっという間にまたみんなざわざわ話し始め、結局収拾のつかない形になった。 先生がそろそろ静かにしろ、と教卓に手をついて怒鳴った。ようやくクラスが静けさが戻った。聞こえてくるのはサヤカの泣き声だけだった。先生がサヤカに「どうしたい?何か話したいことあるか?」と聞いた。 サヤカは「ちゃんと謝って欲しい。」といった。 すると、男の子たちが「謝るのお前だろ。」と言い出した。その声を聞いてまたみんながざわめき始めたが、先生がサヤカに 「みんなはサヤカが言っていることは真逆で今までサヤカがやってきたことだと言っていたがそんなことないよな?」 と言った。その返事が聞きたくなったのか、みんなが静まり返った。サヤカは急に複雑そうな顔をして泣き止みそうになり、大泣きからすすり泣きに変わっていった。そして先生に耳元で何かを言って2人で廊下に出て行った。クラスみんな何が起こったかわからず、またざわざわとみんなが騒ぎ出した。 どのぐらいの時間がたったのだろうか。みんなもそんな話だったことを忘れたかのように遊び出していた頃、初めてサヤカを先頭に教室にサヤカと先生が戻ってきた。 静まり返った教室で、先生が、ほら、と言ってサヤカの背中を優しく押した。サヤカはみんなの前でいきなり床に座った。ざわめき始めた教室の中で小さな声なのになぜかサヤカの声は響いた。 「ごめんなさい。」 一気に静まった時、先生がサヤカに立つように指示したがサヤカは座ったまま、もう一度みんなの前で謝った。 「今まで嫌な思いさせてごめんなさい。」 みんな驚いた表情をしていたが、いいよ、と言う声もなくただただ静かな時間が続いた。 誰も許したくないのであろう。ただ謝っただけで、本心なのかどうなのかもわからない。口では何とでも言えるし、また同じことをする可能性だってある。何に対して謝っているのかさえ誰もわからない。だからこそ、だれも反応しなかったのではないか、と思う。 先生がサヤカに戻っていいよ、と言ってサヤカが席についた後の先生の言葉を聞いていた人がいるのだろうか。わたしは全く耳に入ってこなかった。あまりにも衝撃的な瞬間を目の当たりにして、そんな身勝手な大人の話など耳に入るはずもない。 それだけサヤカが謝るということが、わたしの中ですごく大きなことだったし、クラスの誰もが想像できていなかったことだったのだ。 その後、卒業式に向けて準備していく中でクラスのみんながだんだん仲良くなり始めた。サヤカもずっとおとなしくしていたが、徐々にクラスの輪に入って話しをしている光景を見ることもあった。わたしは特に話すこともないし話したいことも聞きたいこともないので、卒業して中学生になるまで、サヤカと挨拶すらすることはなかった。 中学生になり、みんなクラスも離れたが今度は近くの小学校の生徒も増えたので、また新たな出会いがあった。中学になったらサヤカは同じクラスにはならなかったが、おとなしく、いつも友達と2人で歩いているところを見かけることが多かった。 そして別のクラスでは、サヤカがいたAグループに最後までいた女の子が酷いいじめにあっているという噂があった。いじめているのは、この中学校に集められた小学校の中で1番大きな小学校のボスと言われていた女の子を中心としたグループだった。みんなにもいじめを強要しようとし、そのクラスにいる子たちはみんな大変な思いをしていた。 いじめに終わりが来る日は来るのだろうか。 【最後に】 いじめは、知らない間に誰しもが見たり聞いたり、関わっていたりすることだと思う。子供でも大人でも、いじめたりいじめられたりという世界は存在する。 いじめられていると公言することはとても難しいことで、とても勇気のいることだ。 『どうして言わなかったの。』『どうしてもっと早く相談してくれなかったの。』『どうして今になって・・・』 みんなそんなことを軽々と言うが、いじめられて苦しんでいる時に相談できる人の方が世の中少ないと思う。それは子供でも大人でも同じだ。 悪いことをする人は皆そうだが、加害者は大抵覚えていない。覚えているのは被害者だけ。見て見ぬふりをした人も、関係ないと思ってただ周りにいた人も、手を差し伸べなければ加害者と同じだ。 今現在は『いじめ』ではなく、『ハラスメント』という言葉でどうにかしようとする傾向がある。ハラスメントに怯えて何もできない人がいる一方で、どうしていじめは恐れずにできてしまうのか。わたしは不思議で仕方がない。 いつ自分が加害者になっているか、被害者になっているか、または両方なのか、それがわからないのがいじめ。 今日もどこかでいじめの被害者が心の中で叫んでいることに気づかないふりをしている人がいる。 わたしもその中の1人かもしれない。 いじめは人間が人間である以上、終わらないものなのかもしれない。