九月架空
3 件の小説九月架空
初めまして。以前書いてた文学系の創作を再開してみました。とりあえず今まで書いてたやつを上げたりしています。九月架空名義でほかのところにもおります。 更新は遅めですが今後書いたり上げたりしていきたいので長い目でみてくれたら幸いです。 創作系アカ@kugatz 日常雑多アカ@mit0919Sahne
白にミント
夏。 白。 ミント色。 太陽の陽射しが、白いセーラー服に反射する。 この高校の夏服は、ひたすら白だ。セーラー服の襟まで白い。白に、濃紺の3本の細いライン。それの一番外側には、金の縁取り。白の襟元には濃い青の鮮やかなスカーフ。紺のスカートがそれらを整然とまとめ上げている。 あの子だ。 校内を歩いていても、すぐわかる。みんな同じ制服なのに、あの子だけがまとう白が、空気が、きらきらと光るのだ。 今日も友だちと笑っているあの子。 3回目の夏だ。 夏休み前のある日の掃除の時間、彼女はほうきに両手を乗せ、その上にあごを乗せて、友達と話していた。窓は全開で、カーテンがバサバサとはためいている。窓の銀色の縁に青空が切り取られ、教室の中は逆光で日陰になっている。 ぶあっ バサバサバサ 暑いけど、強い風が通り抜けて気持ちいい。カーテンの音と女の子たちのキャッキャした雑談に混ざって、あの子の声だけがぽーんと飛んできた。 「わたし、夏にアイスクリーム食べるの苦手なの。すぐ溶けちゃうじゃない?」 知っている。 俺のせいだ。 俺とあの子だけが知っている。 今でも鮮烈にあの色彩を思い出す。 白い制服に、彼女の右腕を伝って、たらたらと零れるミント色。 彼女の腕を掴んでいる俺の左手も同じ色の液体が流れる。 今思い出しても熱気に頭がする、あの色は夏のせいだったか。 高1の夏。 飼育委員会の俺たちは、夏休みだというのに、うさぎやらにわとりやらの世話の当番で、学校に来ていた。一番暑い昼下がりは避けたので、集まったのはまだ午前中だった。 ほうきで飼育小屋の掃除をする。途中、彼女はほうきを片手に、 「あついーーアイス食べたい」 と言うので、僕は、 「終わったら近くの売店で買いに行こうか」 とそっけなく言ってみた。 「え、いいの。ありがとう」 と彼女は大げさに驚き、笑った。白い制服はきらきらと光って見えた。 「買ってきたよ。」 両手にソフトクリームを持った俺は、行儀悪く足でドアを蹴るように音を立てて、ガラッとスライドさせた。 ごうんごうん、と、扇風機の回る教室で、彼女は一番後方の椅子に座り、窓際から青空を見上げていた。紺と金のラインが揺れる、白いスカートから伸びる足は行儀良く揃えられている。窓は全開で、風が吹き抜けカーテンのドレープが大きく揺らめいている。冷房は入っていないから暑いが、風が抜けて心地いい。青い空を背景にした彼女は、雲みたいに軽やかな存在に見えた。 「はい。」 汗ばんだ手で、チョコミントのソフトクリームを手渡す。仕方ない、外はすごく暑かったんだから。 「ありがとう。」 とまた喜んで、彼女はそれを受け取る。 俺は頷きながら、自分のソフトクリームを一口なめた。俺のはバニラ。 彼女はきらきらした目で、小さな赤い舌を出してチョコミントをぺろっとひと舐めした。 「美味しい」 そう言った。 「本当に?」 なんでか、おれはそんなことをつぶやいていた。 「え」 彼女は目を丸くする。 「本当だよ?一口食べる?」 彼女が言った。 「え、いや……」 そんなつもりで言ったんじゃない。ただ、自分のしたことがそんなに彼女を喜ばせられるなんてことが、信じ難かったんだ。 俺が口籠っていると、 「じゃあ、一口ずつ交換こしよ。」 と彼女が言った。 まさか。 たじろいでいると、彼女は近づいて、俺の近くで気づくとバニラを一口舐めていた。本当に美味しそうにその一口を味わう彼女。 とびきりの笑顔。紺と金のラインの舞う白い襟。首を伝う汗。 「ねえ、こんなことでそんなに喜んでいいの?」 彼女は、ん?という顔で俺の目を見た。 俺は左手で、彼女のチョコミントを持つ右手を掴んでいた。一口食べると、チョコとミントの味がする。爽やか。 そのまま俺は手を離さずに、彼女を後ろの壁に押し付けた。 「わ。」 無言のまま、熱が音を持ったように、窓の外から夏の音がする。 無言のまま、俺たちの熱が音を持ったように、窓の外から聞こえる夏の音に混じり合っていく。 溶けていくミント色。 染まっていく白。 彼女の唇もミントの味がした。 俺が手を離すと、ふたりで溶けきらないうちに、ソフトクリームを舐めた。 夏にソフトクリームを食べるのが苦手だという彼女。 きっと、彼女の脳裏にも、白にミント色が伝っているのだと思う。
僕と彼女と音楽と。
作品説明:大学のサークル(オーケストラ)のブログに、以前ブログ運営の先輩に記事を頼まれた時に書いた掌編。同記事は2015/6/29に投稿された。 −−−−−−−− 「なんで音楽やってるんだろう」 考えたことある?という顔で、ドヴォルザークの新世界の練習のあとの帰り道の夜、同期の理系女子が僕に問い掛けたことがあった。 「んーなんでだろう……好きだから?」 こういうこと、考えたことがない訳ではない。 ただ、どうも僕は惰性で音楽を続けているような気がしていた。 考えてみれば、そもそも音楽をはじめるきっかけは好きだったからだとか、興味があったからだとか単純なものだったとおもうけれど。曲を練習しているあいだは単純に楽しいと思えないときも、人間関係に疲れるこもあるだろう。 それでも音楽は、いつの間にかやめるには自分にとって大き過ぎる存在になっていた。 「好きか、それでやめられないのも辛いよね」彼女が言った。 僕がどういうことかと訊くと 「好きでも自分の思うような音楽にはなかなか辿り着けないっていうか」 「うん、目指す方向も、どうしたら目標に達せるのかも分からないよね」 単に努力が足りないだけかもしれないけどね、と彼女は苦笑いした。 月明かりに照らされた笑顔を見ていたら、急に思い付いた。あー、ひょっとしてこんな感じ? 「何?」と同期は興味津々に訊いてきた。 「自分にとって音楽は、報われない恋みたいなものかな?好きだけど、なかなか近付けなくて苦しいのに、どうしても好きで離れられない感じ」 「なるほど。数学みたい」と彼女は呟いた。 えーと。 僕がうまく意味を飲み込めてない顔をしていると、彼女は続けた。 「わたし数学好きなんだけど、やっぱり、難しすぎるんだよね。理解したくても全然近付けなくて」 「そういう感覚かもしれない」 「素粒子理論と宇宙科学ってさ」 はい。 「ミクロとマクロで正反対の視点なのに実はものすごく深く関係しているんだよ」 うん。 「だから、何か大きなものを掴もうとしたら、いちばん足場から固めて行かなきゃいけないのかも、といま思った」 「言いたいこと分かるよ」 なんて話すうちに夜道の中そこだけやけに明るい電灯の下の交差点に出て、じゃあねと言ってさよならした。 答えは見つからないけれど、それでも僕たちは新しい朝を期待してしまうのだった。 (☆この作品はフィクションです。実在する人物、地名、団体とは一切関係ありません。)
あめの音
中学の同窓会が渋谷であった。中三の時のクラスと、となりの組との合同で企画されたらしい。土曜の夜、安っぽすぎないチェーンの居酒屋だ。 10年ぶりか、と亜以子は呟いた。 ふつうに浪人や留年なく4年制の大学に行き新卒で働き始めていたら、今年で会社員3年目になる年だ。同級生の半数ほどはこのコースを辿っている。中学卒業以来、家族で東京に引っ越し、中学のあった地元を離れることになった亜以子には、なんだか居場所がなく感じられた。 「あれ、亜以子じゃない?」馬鹿騒ぎする男性陣を机の向こう側に見やりながら一人でビールを飲んでいたら、後ろから声をかけられた。 「おお、泉っちゃん」 泉はカシスオレンジのグラスを手に微笑んだ。中学のころ彼女とは音楽委員会で一緒で、泉は委員長だった。 「今何してるの?」 「今学生だよ。音大の」 ええ、すごいねと通り一遍のリアクションをされた。……泉にそのリアクションをされたことにちょっとイラついて、ジョッキを飲み干しながら、泉は何をしているのかとふつうの会話をした。 「でも泉のほうがピアノうまかったじゃないか。いろいろ賞とったり、学校の行事や合唱祭でもいつも任されてて」 「実はさ、高校の時に辞めちゃったんだ〜。親が大学受験にうるさくてさあ。でも最近は少しだけまた弾くようになったんだよね。てかこのカシオレ甘っ」 あっそう、と新しく来た徳利からおちょこに日本酒を注いだ。 「ふくいーんちょは?」 あそこにいるよ、と泉が指したほうは、座敷の出入り口だった。 ふくいーんちょのちいさい身体から生まれる躍動感のある指揮は素晴らしかったなあ、と思いを馳せつつ、今は大きくなったその大輝に声をかけた。 おお久しぶり、とあいさつし合って、今は何をしているのかとい聞いたら、「学校の先生だよー」だそう。 「なんの教科?」亜以子は靴箱に寄りかかって、煙草に火をつけた。 「英語なんだ」 「部活とかは?」 「それが陸上部なんだよね」大輝は自嘲気味に笑った。 「ええ、君運動嫌いだったのに」 「そうなんだよね。俺も興味がなさ過ぎて、教えるのか苦痛だし、そのことが生徒たちにも申し訳なくてさ」 「音楽系の部活はやらないの?」 「まあ、あるんだけど。新人だしあまりそういうの言えなくてさ」 ……そっか、と亜以子は煙を吐いた。 「残念だなあ」 大輝は亜以子から一本煙草をもらいながら、そんなの子供のころの話でしょう、と苦笑した。 「馬鹿、私は本気で君たちの音楽に憧れてたんだ」 ぎゅっと灰皿に煙草を押し付けて、鞄をとりに座席に戻ると、泉がどうしたの?と目を丸くした。 「帰る」 靴箱を通りかかると、大輝が灰を落としていた。追いかけてきた泉と何か話している。 靴を履いて外にずかずかと出ると、雨が降っていた。 もうどうでもいいか、と思い歩き始めると、2、3歩も歩かないうちにびしょ濡れになった。自分の憧れのひとたちが、今はもうその才能や情熱に関係のないことをしているんだと思ったら、馬鹿なのは自分だけみたいで、悔しくて泣きそうになったが、涙も雨に紛れていった。 ふと後ろから傘が差し出されて、雨が亜以子の涙を誤魔化すのをやめた。泉が追ってきたのだ。 「私のことはいいよ、泉が濡れるでしょう」 「……私車だから、送っていくよ」 と言うので、亜以子は泉の車に乗り込んだ。 「車買ったんだ?」どう見ても新車だった。泉は、「そう~、満員電車嫌だからね」と嬉しそうに言った。 あ、飴食べる?と、続けて泉は居酒屋の会計にあるミントの強い飴をくれた。ミントの刺激が鼻の奥をつんと刺した。 峠道に差し掛かってワイパーが一層激しく、窓についた水滴を散らす。 強い雨音のなかで、泉の声がやけに響いた。「私も大輝も、亜以子の音楽づくり大好きだったよ。きっといっぱい勉強して、今はもっと素晴らしいんだろうな」 いつか聴きに行くから、と泉は微笑んだ。亜以子は泉の微笑を認め、それから何もかも濡れたまま目を閉じた。少し疲れた。窓をたたく雨と車の揺れるリズム、そして懐かしい泉の声に、カラコロと亜以子のミント味のからだは揺蕩った。 −−−−−−−−− この作品は2020年5月16日の「お題バトル」に投稿したものです。(初出:https://fuduki-ren.hatenablog.jp/entry/2020/05/16/142632) こちらに掲載してあるものと同作品です。(https://nagatzki0905.hatenablog.com/entry/2022/05/24/113828)