この世とのいとまごい
夜更け、私は目が覚めた。
扉越しに、祖母の部屋から声のトーンが異様に低い母の声が聞こえる。
それは信じ難い、いや信じたくない事実だった。
母「私はお母さんに今言わなければいけないことがあります。」
祖母は母が今から話す内容を、全て悟っているかのようなため息をした。
沈黙が続いた。隣の部屋にまで押し寄せる緊張感で、唾を飲み込むのも精一杯な程だった。
母「今日。お母さんと病院に定期検査しに行きましたよね。(祖母は認知症のため確認しながら話を進めています。)」
祖母「…。」
母は、口内に再発した癌が見つかったということ、心臓に水が溜まってしまっていつ心不全を起こしてもおかしくないということを祖母に告げた。
祖母は「そうかい。」と一言しか言葉を発しなかった。
母はこう続けた。
「お医者様からこう言われました。『歳的にも体力が少なく、被爆も人生で使える3回使ってしまっているから正直に言うと治療は厳しいです。本人に生きたいという意思があるのであれば、抗がん剤治療をすることも可能ですし。助かる可能性は多少高くなります。何もしないのであれば余命3ヶ月は確実です。』
と告げられました。お母さん。治療する?」
祖母「もういい。もう死にたい。」
祖母は自分でも、薄々気づいていたのにもかかわらず、死ぬために癌が出来たかもしれないということを隠していたのだろうか。
覚悟は決まっていたと言わんばかりの祖母の声。希望、絶望、慈悲、どの言葉にも当てはまらないようなどこか綺麗で、儚げな声が今も耳に残っている。
あなたの周りに大切な人はいますか?
一緒にいてあげれてますか?
私は、とても後悔している。全てにおいて。
この世のいとまごいに奇跡が訪れることがあらんことを―。