ちょこぺん

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ちょこぺん

過ちの夜

人肌が恋しいなんて気持ち知りたくなかった。 恋人なんて要らない。 私には音楽さえあればいい。 そう思って23年生きてきた。 おかげさまで彼氏なんてできたことがない。 音楽高校に通い、音大へ進学し、学生生活のほとんど全てを練習に注ぎ込んだ。 才能の無い私は必死に練習して、親に反対されていた留学もやっとのことで許してもらって来た。 少し世間知らずのお嬢様という節があるかもしれないと自覚はしていた。 あの日、少しばかり前に知り合った有名な演奏家である同年代の男性からご飯のお誘いをもらった。 私はこんな機会は滅多にない、沢山音楽の話をしようと嬉々としてお洒落して向かった。 お酒が強い自信もあったので、調子にのってワインをお互い飲んだ。 食後にヨーロッパの街並みを眺めながら川沿いを散歩してたら、終電を逃してしまった。 いけないなと思いながらも、すんなりと彼が泊まるホテルについていってしまった。 最初は仲良く話していたんだ。 彼がお土産に貰ってきたヨーロッパでは珍しい焼酎を飲みながら互いのことを話して。 そのまま終われば楽しかったのに。 ホテルの一室に男女が二人きりになれば何が起こるのか明白なのに。私はそれに気づかないふりをした。いや、まさか私がそんな目で見られていると自覚がなかったのかもしれない。 互いに身体を重ねて一晩の甘美な夜を過ごしてしまった。 わかっていたんだ。 彼にとっては私はただの「女」としか見られてないってことは。 わかっていたのに。 その夜はわからないふりをした。 その後彼は帰国し、独り異国の地に残された私はまた日常に戻る。 戻るはずだったんだ。 あの夜、彼に満たされていた心はぽっかりと穴が空き、何かで埋めることもできない。 夜な夜な独りの時間が辛くて、寂しくて、恋しくて。 以前まではこんなことなかったのに。 人肌が恋しいが、それを埋める術を持たない私はただひたすら耐え凌ぐしかできない。 堅物な私は男と遊ぶ度胸もない。 ただひたすら 耐えて。 耐えて。 こんな気持ち知りたくなかった。 消えてよ。 お願いだから。 消えてしまえばいいのに。 汚れた私なんて、消えればいいのに。 それでも私は未だに彼のことを優しい人だと周囲に伝えてしまう。 信じたいんだ。 どうしても。 お願いだから、もう一度あの夜をやり直させて。 今度はちゃんと正解を選ぶから。

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