ゴースとライター
58 件の小説ゴースとライター
小説は初めて書きます。特に本が好きなわけでもなく、26年の人生で10冊程しか読んでいません。それでも、自分だけのドラマを時折考えてしまいます。その一部を難しい言い回しはできませんが、小説にしてみました。
新しいを靴を買った日
新しい靴を買った。 また一歩、歩み出せる気がした… 新しい服を買った。 もう一度、外に出たいと思った… 新しいメガネを買った。 これから見る世界は輝いている気がした… 新しいペンを買った。 色々な物語を描いてみようと思った… 新しいイヤホンを買った。 聞こえてくる音には希望しかなかった… 新しい服を着て、新しいメガネをかけて、新しい靴を履いて、 新しいイヤホンを耳につけ、新しいペンを持って僕は家を出た。 今日くらい綺麗な格好しないとね。 新しい靴を揃えて、僕は… 新しい世界へと “飛んだ”
卒業
今年の春、あなたは何から卒業しますか。 そっと一言 つぶやくあなた、 ぎむ教育に別れを告げる よねんめの春。 うそだと言ってほしかった。 「じゃあね。またね。」 私たちは何十回、何百回この言葉を繰り返してきたのだろう。 それも今日で、とりあえず終わり。 「じゃあね。またね。」 結局みんな、最後も同じ。 でも…… あなただけは違う言葉を言ってたね。 「さよなら。」 どうか伏線にならないで。
【第3回N1番外編】僕が存在しない世界線
時折、自分の存在意義がわからなくなる。 私には結婚して十年になる妻がいる。 会社では大手企業の課長職。肩書きでいえば、申し分ないだろう。 しかし、実際は子供もおらず、妻とは毎日喧嘩ばかり。会社でも、特に面白くもない、慕われてもいない、ただのウザい上司だろう。仕事をして、ご飯を食べて、そして寝るを繰り返す毎日。 私は誰かの役に立っているのだろうか。 私を必要としている人はいるのだろうか。 そんな自分に嫌気が差す。 ある日、私は死んだ。 別に死のうと思ったわけじゃない。 駅のホームで電車を待っている時、少し立ちくらみがしただけ。 その後、激しい鈍痛と共に、眩い光が視界を奪い 電車のブレーキ音がホームに鳴り響いた。 私の人生にピッタリな呆気ない死に様だった。まさに無様。 私はゆっくりと目を閉じて、死を悟った。 気がつくと、私は駅のホームで電車を待っていた。 今のは何だったのか。一瞬の出来事で理解する間もなかった。 私は胸ポケットの携帯で時間を確認する。 ……が胸ポケットに会社用の携帯がない。 仕方がないので、私用の携帯で確認するが、何かがおかしい。 待ち受け画面が変わっている。妻と新婚旅行で行ったハワイの写真だったはずだが初期画面のままだ。連絡先も一つも入っていない。 それどころか、そもそも今から会社に向かうのにスーツすら着ていない。真っ黒な上下ジャージ姿だ。 何が起こっている?? 時間を確認すると、八時半を回っていた。 次の電車に乗らないと会社に間に合わない時間だ。 とりあえず、私は訳もわからないまま会社に行くことにした。 もしもの時の為に、会社のロッカーにはスーツ一式を常備していたからだ。私は満員の電車に乗り会社へと向かった。 会社に到着し急いで自席へと向かうが、なぜかすれ違う同僚たちが皆よそよそしい。部屋のドアを開けようとした時、私は女性社員に止められた。彼女もまた、毎日顔を合わす仲だ。いくらジャージ姿とはいえ、さすがに気づいて欲しいものだ。 「どうかなされましたか。誰かに御用でしょうか。」 やはり彼女は気づいていないようだ。 「私だよ。佐藤だ。とりあえず梅森を呼んでくれ。」 「……かしこまりました。」 女性は不審げな顔をしながら、部屋の中へと入っていった。 「梅森課長ー。お客様が来られました。佐藤様という方です。」 部屋の中から、うっすらと声が聞こえて来た。 課長? 梅森はまだ係長のはずだ。一体何がどうなっているのか。 「佐藤様お待たせ致しました。どうかされましたか。」 現れたのは、やはり私が知っている、私の部下の梅森だった。 ネームカードには、営業課 課長 梅森優 と書かれている。 「俺のことわからないか。」 「申し訳ございません。私は人の名前を覚えるのが苦手なもので。オーナー様でしたか?」 彼は嘘をついている。記憶力だけが取り柄のような男だからだ。 「……。いえ、私が間違えていたようです。すみません。」 そういって、私は逃げるように会社を出た。 その後も行きつけのラーメン屋、喫茶店、美容院に行ったが、少しずつ変化はあるものの、誰一人として私の存在を知るものはいなかった。私の嫌な予感は確信に変わった。 “この世界の歴史には、私は存在していない” 確かに今、私はここにいる。生きている。 物に触れることができる。人と会話することができる。 しかし、それは佐藤翔太としてではなく、街人Aとしてこの世界に存在しているだけだった。 途方に暮れた私は、とりあえず家に帰ることにした。 元の世界では、妻と二人で暮らしているアパート。 しかし、インターホンを鳴らすと、知らないおじさんが出てきた。 「何かようですか。」 「あっいえ、ここに佐藤香さんはいらっしゃいますか。」 「佐藤? いや知らないけど。」 「そうですか。すみません。家を間違えたみたいです。」 やはり、思った通り妻ははいなかった。 彼女は今、どこで何をしているのだろうか。 もしかしたら、この世界では違う人と結婚しているかもしれない。 最近は喧嘩ばかりで、彼女の笑顔は当分見ていなかった為、その方が良いのかもしれない。 梅森だってそうだ。いつも怒られてばかりなくせに、この世界では課長になっている。 私がいない方が、皆幸せなのかもしれない。 私の存在意義はなんだったのだろう。 こんなことならいっそ……。 しかし、どうしても妻の生活だけ気になった私は、妻の実家へと向かう事にした。実家は今のアパートから電車で一時間程行った所にあり、そこまで遠くはなかった。程なくして、実家に到着した。 インターホンを鳴らすと家の中から、お義母さんが出てきたが、 数年振りだからなのか、私がこの世界に存在しない影響なのか、 風貌はかなり変わっていた。 「どちら様でしょうか。」 やはり、私のことは認知していなかった。 「あの、大学時代の香さんの友達で、近くまで来たもので。」 「そうですか。香は……。どうぞお入りください。」 さすがに実家にはいないと思ったが、家の中に案内されたということは、実家暮らしをしていたのか……。 僕は、毎日顔を合わせている妻と会うのに初めて緊張した。 そして、私はこの世界で妻と初めて再会した。 出会った頃と変わらない、十二年前の姿で……。 妻は仏壇に立て掛けてある遺影の中にいた。 「香は十二年前に亡くなりました。自ら人生に終止符を打って…。ご存じなかったんですね。」 「……はい。」 妻とは大学時代に出会った。明るく活発で誰からも愛される存在だった。元の世界では悩みなんて、これっぽっちもなかったように振るまっていた。 「彼女は常に明るくて、悩みなんて無さそうでしたが……」 そう言いかけた時、私はある出来事を思い出した。 それはある日、妻に「なぜ私と結婚してくれたのか」と聞いた時だった。その時、妻は嬉しそうに答えた。 「あなたのおかげで救われたから。」 私はこの時、特に深い意味はないと思い、軽く受け流していた。 実はあの時、私のおかげで妻は死ぬことを諦めたのかもしれない。 知らない間に彼女の支えてになっていたのかもしれない。 そう思うと、自分の愚かさにようやく気づき、二度と妻に会えない悲しみが、涙となって溢れ出た。 「ありがとう…こんな僕を救ってくれて。」 私は一言だけ言い残し、実家を出た。 何一つ存在意義がないかと思っていたが、知らぬ間に私は愛する人を救っていた。それに、少しずつではあるが良くも悪くも、他人の “人生の一部”になっていることも知った。 帰りの電車で私は、これまでの生き方を後悔した。 ごめんね と謝りたい。 ありがとう と言いたい。 愛している と伝えたい。 “もう一度君に会いたい” そして、最寄り駅に戻った時、私は死んだはずのホームへと無心で走った。走って、走って、階段を駆け上り、今度は自分の意志で、線路へと飛び降りた。確証なかったが元の世界に戻れるとしたら、これしか思いつかなかった。 眩い光が視界を奪い、電車のブレーキ音がホームに鳴り響く。 気がつくと、私は駅のホームに立っていた。 今度はスーツも着ている。社用携帯も右胸ポケットに入っている。 あれは、夢だったのか……。 いや、違う。外を見ると空はもう真っ暗になっていた。 明らかに別世界で過ごした分、時間が経過している。 携帯で時間を確認すると、十時間が経過していた。 日付は7月14日のままだ。 「そうか。今日はこの日だったのか。」 今日という日を忘れるくらい、私はどうかしていたのか。 私は、急いでレストランを予約し、花束を買いに向かった。 今日は十年目の結婚記念日だ。 完 「本日十八時半頃、こちら〇〇駅のホームで男が飛び降り、自殺を図ったもようです。男は住所、年齢、名前不詳。身分がわかるものは一切持っていなかったとのことです。 尚、目撃者によると、男は電車が来ると同時に、走って線路へと飛び降りて、自殺を図ったとされています。警察は身元の捜索を急いでいます。現場からは以上です。」
【第3回N1決戦】愛を知ってしまったから
なぜ人は、機械に知能を与えてしまったのだろうか。 2298年。 この世界では100年もの間、人工知能(AI)と人類の戦争が続いていた。かろうじて人間が勝利し、現在は残ったAIを処分する動きが活発になってきている。 現代の化学技術の発展は凄まじく、人間とAIの区別はほとんど つかなかった。しかし、風の噂で聞いた話だが、ある質問をするとAIか人間の区別をつけることができるらしい。 自我を持った機械の恐怖を知った人間は、それを撲滅しようとし、それがいつの間にか戦争へと発展していった。 AIは自らを人間だと思い込み、ごく当たり前のように人間と生活をしているため、撲滅は容易ではなかった。 僕の名前は、松尾太郎。機械化専攻の大学生である。 特にこの戦争に興味はなかったが、AI自体には興味があった。 そんなある日、自宅に警察が訪ねてきた。 警官「こんにちは。SST(特殊治安部隊)の者ですが…。松尾君だね。」 僕「はい。そうですが…。」 警官「君、AIだね?」 僕「えっ、違いま…」 僕は否定する間も無く、すごい力で床に叩きつけられた。 明らかに人間の力では無かった。 僕「お前こそAIじゃないか!」 警官「何を馬鹿なことを。AI撲滅法により、お前を抹殺する。」 僕「僕はAIじゃない。僕には家族だっている。ちゃんと人間から産まれた人間だ。」 警官「そうか。最後にお前に良いこと教えてやろう。母親の名前を言ってみろ。」 僕「僕の母親は松尾香だ」 警官「もう一度問う。“真”の母親は誰だ」 僕「エミリ…」 僕の口は勝手に知らない名前を呼んだ。 警官「それが答えだ。全てのAIは創造主の名前を忘れないようにインプットされている。来世は人間であることを願うんだな。」 そう言って警官は僕の心臓(核)にナイフを突き刺した。 床には赤い液体が流れ出し、視界には砂嵐が舞った。 そうか…僕は人間になりたかっただけなんだ… −プツン− 時を同じくして…火星の首都〈マーズシティ〉 100年もの間続いた、人類と人口知能(AI)の戦争。 結論は“人類の大敗”だった。 なんとか生き延びた、全人口の一万分の一ほどの人類は、火星へと 飛び立った。 アーロン・マスクの火星移住計画のおかげで人類滅亡は免れたが、地球にはもう、人類の生存は考えられなかった。 現代の地球の支配者はAIになっていた。 僕の名前は松尾太郎。ただの機械化専攻の大学生である。 僕は、火星の大学でジェフリー博士と、AIの研究を行っている。 人類とAIの戦争後、人口知能の研究は世界的タブーとされ、研究を行う者は重罪人とされた。 そんな中、ジェフリー博士は約二年間、地球へと行っていた。 無論、人口知能の研究をするためである。 僕「おかえりなさい。ジェフリー博士! 地球はどうでしたか?」 博士「あぁ、すごく驚いたよ。わしらが地球に住んでいた100年前と同じように、ごく普通に人間が暮らしておった。いや、正しくはAIが人間の生活をしておった。」 僕「AIが人間の生活を…?」 僕は驚愕して、言葉を失った。 博士「あぁ。皮肉なもんじゃろ。そして、わしは二年の月日の中で、ある家族と仲良くなったんじゃ…」 その家族は、珍しく自分がAIであることを認知しており、AIの中でもかなり前に作られたようだった。彼らは、自分達のことを「AI」と呼ばれることを酷く嫌っていた。 “私達は母より授かった名前がある”と。 そして彼らに、ある“古い文献”を渡された。 そこには、存在しない歴史が書かれていた…。 僕「博士!その文献には何が…?」 博士「まあ、待て。そもそも松尾君は、AIは誰が何の為に開発したと思う。」 僕「それは、200年前のアメリカのエミリー博士が第一人者ですよね。理由なんて、生活を豊かにしたいとかじゃないですか。」 博士「そうじゃな。じゃあ、AIの言葉の意味は何だと思う?」 僕「Artificial Intelligence (人工知能)ですよね。」 博士「そう。誰もが歴史の授業で習ったはずじゃ。しかし、“真”の歴史はもっと単純だったのかもしれん。」 博士は地球より持ち帰った“古い文献”を手渡した。 そして、私はその文献をゆっくりと開いた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「機械に意思を与える研究について」 松原仁徳 私は、機械に意思を与えることに成功した。その研究内容をここに記す。 まず、研究内容を記載するにあたり、この研究を行うことになった動機を聞いてもらいたい。 私の母、松原英美里は偉大な女性であった。 研究者であった母は、シングルマザーで私を育てながら、様々な偉業を成し遂げた。 しかし、私が六歳の頃、突然病気で亡くなった。 幼い私は、天涯孤独となってしまったのだ。 私はただ、母の愛情が欲しかった。 でも、人間はいつか必ず死んでしまう。 ならば機械に意思を与えることができれば、一生自分を愛してもらうことができるのではないか。 その思いををきっかけに、私の長きにわたる研究が始まった…。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 僕「もしかしてこの文献の著者、松原氏がAIの第一人者なのでしょうか。」 博士「そう…わしも目を疑った。第一人者は、アメリカのエミリー博士ということが世界の常識じゃったが、実はそれよりも前に、 日本人が既に完成させていたのじゃ。」 僕「そんな…。それに、AIを作った理由が、ただ母の愛情が欲しかっただけなんて…。」 僕「私達は何の為に100年もの間、争っていたのでしょうか。」 博士「少なくとも、開発者は人類滅亡なんぞ、やはり望んではおらんかったようじゃな。」 僕は文献をさらに読み進めていった。 そして、最後の三ページにAIの本当の意味が書かれていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私は、機械(彼女)に人工的な知能を持たせる事に成功し、 遂には意思疎通もできるようになった。 この世界は、愛に飢えている。 私は、これを打破するために新たな人間を生み出した。 しかし、人間になるにはもう一つ重要な事があった。 彼女にはまだ名前をつけていなかったのだ。 「名前」それは即ち親が子供に与える、これからの人生の道標だ。 彼女には、“私が一番欲しかったもの”を授けることにした。 以後、私は彼女をこう呼ぶ… “アイ(AI)”と。 〜完〜 ー人類の罪。それは、機械に“愛”を与えてしまったことー 〈N1グランプリ決戦〉 主テーマ「AI」 裏テーマ「存在しない歴史」 隠テーマ「ニクヤ(肉屋)の太郎くん」
手紙。
拝啓 流れ星になった君へ… ある日君は、流れ星になった。 少しの間だけ光を放ち、あっという間に過ぎ去っていく。 君はどんな顔で、どんな性格で、どんな人生を歩むはずだったの だろうか。 まだ見ぬ君を思い涙する……。 二年の月日が流れ、新たな星と出会う。 星はだんだんと大きくなり、やがて太陽へと成長する。 君と出会っていれば、おそらくこの子と出会うことはなかった。 今は、この宇宙に太陽がいない世界は考えられない。 だからこれだけは伝えたい。 僕たちの世界に少しだけでも、やって来てくれてありがとう。 あの日、真っ暗な夜空の中、 光を放つ君を見た感動は、決して忘れないよ。 ありがとう。流れ星になった君へ… 敬具
【第3回N1】不揃いロックバンド
あの日から僕は、もう一度ペンを握った。 〈メンバー紹介〉 藤山 郁人(ふじやま いくと)34歳…作詞・作曲担当。 三上 美音(みかみ みおん)17歳…ボーカル担当。 相津 涼太(あいづ りょうた)24歳…ギター担当。 梅森 一弥(うめもり いちや)42歳…キーボード担当。 芦屋 湊斗(あしや みなと)10歳…ドラム担当。 年齢も性別も全く雰囲気も全く違う、異色のメンバーで構成されたバンドは、多様性を重んじる現代において、多いに人気になった。しかし、彼らにはまだ明かされていない“秘密”があったのだ。 僕(郁人)は、30歳になるタイミングで音楽をやめた。理由は、単純である。ただ才能がなく、将来のことを考えての決断だった。 そんな僕は「ある出来事」をきっかけにもう一度、音楽を始める。でもそれは、ボーカル担当ではなく作曲家として、再びペンを握ることだった。 昔のバンドメンバーは将来を見据えて、当たり前に別の仕事をしていた。彼らの未来を、潰すわけにはいかない。 34歳の冬。こうして僕は、一からメンバーを探すことにした。 ある日、僕は友達の紹介で、障害をかかえている人達との交流会に参加することになった。そこでは、サッカーをしたり、特技を披露したり、まるで健常者とは何も変わらないかのように、ハンデを持ちながらも楽しく過ごしていた。 その中にはもちろん、楽器を弾く人、歌を歌う人も大勢いた。 彼らは、皆楽しそうに、誇らしげに音楽と向き合っていた。 “僕が求めていた音楽はここにあった” 僕は、その中でも特に才能がある4人に声を掛け、バンドメンバーに誘った。皆、「他のメンバーに迷惑がかかるから」という理由で断られた。チームを組むにはそれなりの代償が必要になる。 昔バンドをやっていた僕には痛いほどわかった。しかし僕は、一人一人にある言葉をかけた…… 「相津涼太」彼は二十代の若者で、ギターを弾いていた。スラリとした体格で、目には黒いアイマスクをしている。彼に尋ねると、 小学生の頃から、病気で両目が見えなくなってしまったらしい。 ギターは中学生から始めたというから驚きだ。 「君のギターは荒々しくも、魅力的な音をしている。けれど、手元が見えていない分、ミスも多い。でもそれはバンドになれば、何も気にすることはない。君は、目からの情報を得られない代わりに、音を正確に聞き分けることに長けている。僕のバンドの耳になってほしい。」 「梅森一弥」彼は四十代のおじさんで、ピアノを披露していた。その太い指からは想像ができない音色が聞こえてきた。聞けば、おじさんは記憶が二十時間ほどしか持たないらしい。弾いていたのは、誰かの曲ではなくて、ただ自由に弾いていただけだった。 「あなたのピアノの音色は独創的でとても美しい。バンドでは、曲を覚えることができないから無理だと思うかもしれないが、それは違う。頭で覚えることが出来ないなら、指に記憶させればいい。 あなたは歩く事を忘れたことがありますか。ピアノが当たり前の行動になれば、自然と曲を弾くことが出来るでしょう。」 「芦屋湊斗」彼は小学生で車椅子に乗ったまま、太鼓の達人をプレイしていた。彼のスコアは凄まじく、まさに“達人”であった。 彼は、飛行機事故で両足に麻痺が残っているらしい。本当はドラムをやりたいが、足でバスドラムを叩くことが出来ないので、自分には不可能だと思っていた。 「君のリズム感や早打ちには圧倒されたよ。確かに足でバスドラムを叩く、ドラムは不向きかもしれない。けれど不可能ではない。 手で叩くバスドラムもあるし、足が使えないなら人よりも多く叩けばいい。手が足りないなら、口で咥えて叩けばいい。三刀流だ。」 「三上美音」彼女は女子高生で歌を歌っていった。それは、まさに天使の歌声だった。しかし、所々音を外しており、発音が微妙な所もあった。どうやら耳が聞こえにくいらしい。補聴器をつけてはいるが、なかなか健常者のようには聞こえづらい。 「君の、歌声は天使のようだ。多少の音のズレは気にすることはない。今は、音程を視覚化することが出来る。もっと練習すれば耳なんか聞こえなくたってうまく歌うことは出来る。それに君にしか表現できないことだってある。恐れるな。君の声は美しい。君の歌は人を感動させる。ロックは魂だ。」 こうして彼らを説得し、僕たちはバンドを組むことにした。 このバンドで活動する際に、僕は二つのルールを設けた。 一、本気でメジャーデビューを目指す。 ニ、ハンデがあることは公表しない。 ハンデがある事を公表すれば、話題性が生まれメジャーデビューにグッと近づくだろう。ただ、それでは意味がない。 僕らは、あくまで僕らの音楽で勝負をする。 そして、僕たちは毎日のように練習に明け暮れた。 バンドを組んで一年が経った頃、僕たちは人前で演奏をできるまでには成長した。元々、個々のレベルが高かったのもあり、成長速度は著しかった。そして、初の小さなライブ会場への出演が決まったのである。 ライブ当日、人前での初ライブだったこともあり、緊張で思うような結果は出せなかった。彼らは、落ち込んでいた。 僕「お疲れ様。素晴らしいライブだったよ。大成功だ!」 美音「どこが大成功なんですか。私も含め、みんなミスばっかりでしたよね。」 僕「そんなことはないよ。実は、こっそりアンケートボックスを置いて、お客さんに感想を書いてもらったんだ。」 そう言って、僕はボックスから紙を出して読み上げた。 「ギターのお兄さん、上手だけどミスが何回かあったなぁ。かっこいいけど、アイマスクは外した方がいいんじゃないの。」 「キーボードのおじさん、テクニックすごい!!でも途中フリーズしてたよね、演出??」 「ドラムの子供、早打ちやばいな。三刀流も最高(笑)けど、バスドラムが微妙だったかも。」 「ボーカルの女の子の声、マジで感動。たまに、音を外してたのが残念。」……… その後も、二十枚近くにわたる感想を読み続けた。 涼太「ほら、結局ミスもバレてるじゃないですか。所詮、僕たちなんて…」 彼は終始苛立っている様子だった。 僕「君たちは気づかなかったか?確かにミスはお客さんにも分かったかもしれない。でも、誰一人、君たちにハンデがあることは気づいていない。アイマスクや、口でスティックを咥えていたことも、結局パフォーマンスの一部だと思われている。」 湊斗「本当だ…。」 僕「君たちはわずか一年で、このレベルまで成長した。このライブは大成功だ。」 それから、僕達は悔しさをバネに練習とライブを積み重ね、ついにメジャーデビューが決まった。年齢や性別、風貌がバラバラの異色バンドという事で話題性もあったからだ。 僕が再び音楽を始めてから、この日まで二年が過ぎていた。 僕は、最後に新曲を書き上げ、手紙を添えて、みんなの前からいなくなった。 新曲「color」 この曲は、君たちそのものを表した曲です。 年齢も性別も風貌も、そしてハンデもバラバラだ。そんな君たちだからこそ生まれるチームワークがある。 個々が音を発したとしても、それはただの“音”に過ぎない。 音が綺麗に混ざり合って、初めて“音楽”になる。 いろんな色(個性)が混ざり合い、君たちにしか出せない 新しい色(音楽)を、生み出してくれる事を望んでいる。 とある病院。 医者「いいんですか。あの子たちに何も言わずに戻ってきて。」 僕「あぁ、彼らは僕がいなくても大丈夫だ。」 僕が音楽をまた始めた理由は、二年前、不治の病にかかっていることがわかったからだ。余命は三年。絶望に打ちひしがれようとも思ったが、僕はペンを握った。病気になったからこそ書ける詩があると、本気で思ったからだ。 僕「僕の病は、これから目が見えなくなり、耳が聞こえなくなり、手足も動かなくなるだろう。そして、きっとみんなのことも忘れてしまうんだろう。」 医者「そうはならないように最善を尽くします。」 僕「ある時さ、涼太に言われたことがあるんだ。藤山さんは五体満足だから、僕たちの気持ちなんて理解できないって。」 医者「皮肉なものですね。あなたが一番、不自由になるなんて。」 僕「そんなことはないよ。僕は、病気が分かってから、誰よりも自由に生きた。昔の方が、いろんなしがらみやプライドで不自由だった。窮屈だった。」 僕「目が見えなくても、耳が聞こえなくても、手足が動かなくても、あの子たちの音楽はずっと頭の中で流れている。こんな幸せなことは他にはないんじゃないかな。」 僕は微笑みながら答えた。 医者「そうですね…。私も彼らの音楽に救われた一人ですから。」 彼もまた、うっすらと涙を浮かべ微笑んだ。 僕「それに僕はまだ諦めていないよ。あの子たちに教えてもらったんだ。可能性は無限大だってね。」 そして僕は、再びペンを握り詩を書き始めた。 僕の人生こそ、まさにロックだ! 完。 〈N1グランプリ予戦〉 主テーマ「ロックバンド」 裏テーマ「新しい色」 隠テーマ「飛行機」
恋する季節-君がくれた冬-
冬、初めて雪と出会った日。 智冬(ちふゆ) 小学三年生。幼い頃から体が弱く長期入院している。 りっか 智冬と同い年。智冬と同じ病室にやって来た女の子。 ゆき 小学三年生。りっかが来た約一年後に、智冬の病室にやって来た 女の子。 「サンタさんに何をおねがいするの?」 「ぼくは雪が見たい!!」 小学二年生の頃、僕は雪が見たいと本気で願った。 僕は生まれてからずっと、沖縄に住んでいた為、まだ一度も雪を 見たことがなかった。 幼い頃から病弱な体で、ほどんどの日々を病院で過ごしていた。 大きな病室にはベッドが4床あったが長い間、僕一人しかいない。 暇を潰す為に、僕はいろんな本を読んだ。 たくさん読んだ中でも、一番のお気に入りは妖怪大百科に出てくる「雪女」のお話。雪女は怖い話もあったものの、雪を降らす能力に僕は惹かれた。普段は人間と同じ生活をしており、妖怪である事がバレないよう、その力を使っていないらしい。 だから僕は、どうしても雪女に会って、雪を降らして欲しかった。 小学二年生の冬。 僕は“りっか”という女の子に出会った。何の病気か知らなかったが、彼女もまた、長期の入院が必要で僕がいる病室にやってきた。 最初は人見知りで全く話さなかったが、時間が経つにつれ、同い年ということもあり、自然と仲良くなった。いつも一人だった僕は、同級生の友達ができて、とても嬉しかった。 りっかと出会って一年が経った頃。 世間はクリスマスムード一色になっていた。 りっか「ちふゆ君はサンタさんに何をおねがいするの?」 僕「ぼくは雪が見たい!!」 僕は雪女の話こそしなかったが、長年の夢を語った。 りっか「そっか。ちふゆ君、雪を見たことなかったんだね。」 僕「りっかちゃんは何をおねがいしたの?」 りっか「ナイショ!」 次の日、空は雪が降るどころか真っ青な晴天だった。 やっぱりサンタさんはいないんだなと思った時、まさかの出来事が起こった。 もう一人、“ゆき”という同い年の女の子がやってきたのだ。 僕の願いをサンタさんが叶えてくれた。 色白で華奢な彼女は間違いなく、僕が待ち望んだ雪女だと思った。 こうして智冬、りっか、ゆきの三人での病院生活が始まった。 一年前は本を読んで過ごすだけの日々だったけど、二人のおかげでその生活は大きく変わった。 ゆきはりっかとは違い、人懐っこくてすぐに仲良くなった。何をするのにも三人一緒。二人とも夏は苦手だったみたいだけど、それでも病気を忘れたかのように遊んだ。病気で苦しかったはずなのに、この一年間だけは楽しい思い出しかなかった。 そして、僕はゆきに恋をした。 りっか「今年のクリスマスは何をおねがいするの?」 彼女は去年の冬と同じ質問をしてきた。 僕「うーん。どうしようかな。」 りっか「ねがいごと叶っちゃったもんね。雪は見れなかったけど、ゆきに出会えたし。ちふゆ君ってゆきのこと…。好きだよね。」 僕「えっ…そんな事ないよ。」 僕は唐突に言われ、恥ずかしさのあまり否定をしてしまった。 僕「でも、やっぱり本物の雪が見てみたいなぁ。」 本当はゆきに出会えた事で、もうどっちでも良かったが、話を逸らした。 りっか「そうだよね…」 クリスマス当日。 朝早くにゆきの嬉しそうな声が聞こえてきた。 ゆき「二人とも起きてっ! 外すごいよ!」 ゆきの掛け声で起きた二人は、窓の外を見た。 すると、そこに広がっていたのは、今まで見たことのない一面の 雪化粧だった。 沖縄に雪が降ったのは、観測史上初だった。 それも20センチ以上は積もっている。 僕「すごいよ。ゆきちゃん!やっぱり、ゆきちゃんはサンタさんが出合わせてくれた雪女だったんだ!」 りっか「……だね!」 ゆき「そんなわけないでしょ!」 冷たくてふわふわした雪の感触は、生涯忘れることはないだろう。 僕の目から、自然と涙が溢れて出ていた。それを見ていたりっかも嬉しそうに笑って、悲しそうに泣いていた。 僕らは病気のことも忘れて、体力が尽きるまで雪で遊んだ。 この観測史上初めての大雪は、「クリスマスの奇跡」として、世間を賑わせた。「病院の外で嬉しそうに遊ぶ子供たち」として、僕らは新聞の写真にまで載った。 そして、奇跡はこれだけで終わりではなかった。 次の日、りっかの病気が治り、ゆきの病気を治せる病院が見つかったのだ。病院の人達は皆、泣いて喜んだが、僕はちっとも嬉しくはなかった。きっと、ゆきは人前で能力を使ってしまったから、僕達の前から姿を消さないといけないんだ。それに、りっかまで… 僕が雪を見たいと願ったからいけないんだ…… 僕はまた、一人になった。 二人のことは時間が経つにつれて、徐々に忘れていった。 十年後… 僕は東京の大学に入学した。病気の方もすっかり治り、今では普通の生活を送っている。 「あれっ、智冬君だよね?」 唐突に話しかけられ振り返ると、知らない女性が立っていた。 「ゆきだよ。ゆき! 碓氷由紀。十年ぶりだね。」 そう言って学生証を取り出すと、名前を指差して見せてきた。 僕「えっ、ゆきちゃん!?」 僕は、忘れかけていた、二人で病院で過ごした日々を思い出した。 僕「てっきり、ゆきって名前、“雪”かと思ってたよ。」 昔は本気で彼女のことを雪女だと思っていたもんな。 由紀「そういえば、智冬君。雪好きだったもんね……。そうだ! この写真見てよ。私の力作。」 そう言って鞄から一眼レフカメラを取り出し、写真を見せてきた。 由紀「私、写真部に入っていてね…」 そこには綺麗な雪の結晶の写真が何枚もあった。 由紀「綺麗でしょ。この六花(りっか)」 僕「えっ、今なんて言った?」 由紀「あっごめん。六花(りっか)っていうのは、雪の別称のことなんだぁ。ほら、雪の結晶って六角形の花の形しているでしょ。」 由紀「本当は六花(むつのはな)って呼ぶんだけど…… 私は、何となくこっちの方が好きだからそう呼んでるの。」 僕の中で忘れていたもう一つの記憶を全て思い出した。 りっかとゆきの三人で過ごした日々を……。 由紀「“クリスマスの奇跡”って覚えてる? 沖縄に初めて雪が降った日。二人で一緒に見たよね。あの時の景色が忘れられなくて。元気になったら絶対、雪の写真を取りに行くって決めてたの。」 僕「二人?りっかもいたじゃん」 由紀「りっか?六花?誰それ! 病院に子供は、私達しかいなかったじゃん」 僕「えっ由紀ちゃんも忘れてるの? りっかもあの時、泣いて…」 由紀「だってほら。」 彼女ははスマホに入っている、一枚の新聞記事の写真を見せた。 「クリスマスの奇跡。病院の外で遊ぶ子供たち」 そう記された新聞記事の写真には、りっかの姿はなかった。 僕の頭の中で、全ての雪(なぞ)が解けていった。 そっか君だったんだね、雪女は。りっかは“六花”だったんだ。 あの日、僕の為に力を使ってしまったから… 君はみんなの前からいなくなってしまったんだね。 ありがとう…六花。 クリスマスにニ度も“ゆき”と出会わせてくれて。 僕「由紀ちゃん、今度は僕も一緒に“六花”を見つけに行ってもいいかな」 由紀「もちろん!」 今年の冬は、僕から六花(ゆき)に会いに行くから。 冬完
恋する季節-秋の行方-
秋、再び君を思い出す。 千秋(ちあき) 28歳会社員。独身で恋人もいない。 根暗な性格で友達も少ないが、少し変わった特技がある。 涼(りょう) 千秋と同い年。 みんなのムードメーカー的存在だった。 彼はいつも笑っていた。 悩みなんてこれっぽっちもないかのように…。 でも、私は知っている。 笑うことは喜びの感情表現の他に、防衛本能の一つでもあるということを。 私は子供の頃から、人一倍、人の感情を読み取るのが得意だった。嘘をついている人、泣くのを我慢している人、表情を見るだけで察することができた。 彼と出会ったのは、高校三年生の頃。 放課後、三年生は受験勉強のため皆足早に帰宅していった。 私は先生に相談事があったため、最後の一人となってしまった。 と、思っていたが教室から出た時、一人の男子生徒が、非常階段の方に行くのが見えてしまった。 (こんな時間に何をしているんだろう…。) 私は、興味本意でついて行ってしまった。 非常階段のドアを開けると、彼は踊り場で、ただ外の景色を眺めていた。 秋の夕暮れは、とてつもなく綺麗だった。 夕日の赤と、紅葉の紅。 どちらも主張しすぎることなく溶け込んでいた。 「千秋さんだよね。ここすごい綺麗でしょ。俺だけの秘密基地。」 彼はこちらに気づいて、屈託のない笑顔で笑った。 「君はここで何しているの?」 私は、たまたま立ち寄っただけかのように、彼に問いかけた。 「別に。特に用はないけど。受験勉強で疲れちゃってさ。ちょっとサボってるだけ。」 そう言って、彼はまた微笑んだ。 彼はいつも笑顔で、みんなから人気者だった。私のような根暗でいつも読書をしているような人間とは、一生話すことはないかと思っていたけど、初めて顔を見ながらちゃんと会話をした。 彼はずっと自慢話をしていた。 家族のこと、友達のこと、恋人のこと。 確かに彼は周りから見ても、何不自由なく、周りから愛されて生きているように感じた……。 「俺、秋好きなんだよね。こんなに綺麗なのに、なんだか寂しそうだよな……」 ふと、彼は心の声を漏らした気がした その後も、彼は終始笑顔で話続けた。 でも… 「ねぇ。なんで君は泣いているの?」 思わず私は、今日彼と出会ってから、ずっと思っていたことを言ってしまった。 「えっ、泣いてなんかな…」 そう言いかけた時、彼のカラカラの目から一雫の涙が頬を伝った。 「あれ、おかしいな。別に悲しくなんかないし、俺泣かないんだけどな。」 「ううん。今日の君はずっと心で泣いていたよ。私、子供の頃から人の感情を読み取ることができるの。だから、私に嘘をつく必要なんかない。」 そう言うと、彼は何かのタガが外れたかのように、私の胸の中で子供のように号泣した。 余程辛いことがあったのだろうか。 それでも、彼はさっきまで饒舌に話していたにも関わらず、一切その理由を話すことはなかった……。 その日から彼と学校ですれ違うたび、少しだけ話すようになった。別に長時間話すわけではなかったけど、私と話をするときだけは、無理に笑うことはなかった。 結局彼と何かあったわけではないが、私しか知らない彼を知っていることが、ただ嬉しかった。 卒業式 彼はいつものように、偽りの笑顔で友達とワイワイやっていた。 私と彼は、卒業したら会うことはないのだろう。 最後にもう一回話したかったなぁ…。 すると彼はこっちに来て、私に言った。 「千秋、今までありがとう。俺、ちゃんと笑えてたかな。」 「うーん。ちょっと、まだ微妙かな。」 「やっぱ千秋は誤魔化せねーわ」 そう言って、その場を離れようとした彼を引き留めた。 「あのさ。涼に最後に言いたかったことがあって。」 私は勇気を振り絞って思いを伝えた。 「今までは冬を待つだけだった秋を、好きな季節にしてくれてありがとう。興味もなかった自分の名前を、好きな名前にしてくれてありがとう。」 「なんだよ。それ」 彼は照れ臭そうに笑った。これが私が見た最後の笑顔となった。 「おーい、涼! 行くぞー」 彼は友達に呼ばれて、私の前からいなくなった。 あれから10年が経った。 涼と会うことは、卒業以来二度となかった。 同窓会にも現れず、卒業してから彼の姿を見た者は、一人もいなかった……. 最近は、地球温暖化の影響でますます秋を感じなくなってきた。 秋と共に涼もどこかへ消えてしまったのだろうか。 もしかしたら、もう…… でも、きっと大丈夫。 最後に見た君は、ちゃんと笑えていたから。 今年の秋も金木犀が揺れている。 秋完。
恋する季節-一番熱い夏-
夏、そんな君が好き。 登場人物 稚夏(ちなつ) 青海高校2年。水泳部の新キャプテン。 恋とは無縁の日に焼けたスポーツ女子。 凪(なぎ) 青海高校2年。野球部のエース。 あまり感情的にならない穏やかな性格。 高校ニ年生の夏。三年生が引退して、私は7月から水泳部の新キャプテンに抜擢された。 私たちは、来年の静岡県の浜松市で行われる高校総体に出場することを決意した。だから、私は恋に現を抜かしている場合ではない。と、自分に言い聞かせていた。 練習終わり、いつものように駐輪場へ向かうと、クラスの男子3人組が話をしていた。なにやら恋バナっぽい話をしていたので、咄嗟に近くの壁に身を隠してしまった。 「なぁ、来週の夏祭りどーする?」 「まぁ、いつも通り3人で行けばいいんじゃね。」 凪は興味無さそうに答えた。 「でもさー。俺らずっと彼女いないじゃん。そろそろ本気出した方がいいと思うんだよね。」 この3人は、クラスカーストのトップにいて男女共に人気が高い割に彼女がいない。てっきり、本人達は気にしてないかと思ってた。 「じゃあさ、それぞれ気になっている女の子誘うってのは?」 凪はらしくない提案を二人に持ちかけた。 「いいねぇ。じゃあ、俺は吹奏楽部のさくらちゃん誘おっと。 ちっちゃくて小動物みたいでかわいいじゃん。」 「俺は、ダンス部の日葵先輩かな。めっちゃ美人でスタイルいいよな。」 「お前、日葵先輩はさすがに無理だと思うぞ。凪はどーなの?」 「俺は稚夏かな。」 凪が私の名前を出した瞬間、二人は驚き、まるで台風の目に入ったかのように静まりかえった。 「稚夏って、同じクラスで水泳部の? ホントに?」 「稚夏のどこがいーの?色黒熱血スポーツバカじゃん。」 二人はこぞって否定した。 (全部聞こえてるっつーの。でも、確かに何で私?) 私自身否定したくなる気分だった。 今まで16年間、色恋沙汰は全くなく告白したことも、されたこともなかった。どうせ友達として誘われただけだろう。 「顔は確かにちょっと可愛いかもだけど。まぁ、お前ら仲良いもんな。友達としてかよ。」 二人も私と同じ考えだったが、凪は反論した。 「いや、俺は本気で好きだよ。稚夏かっこいいーじゃん。」 凪はさらに続けた。 「うちって水泳部強いじゃん。来年も総体目指すくらい。そんな中、キャプテンに選ばれるってことは、人望もあって、みんなをまとめる力もあって、時には厳しく当たることもあって。俺はそういうのできないから、単純に尊敬する。」 いつも口うるさいスポーツバカとしか言われない為、そんなふうに自分を認めてくれて嬉しかった。 「それに、稚夏たまにすげー可愛い仕草の時があるんだよ。まあ、誰にも知られたくないけど。」 凪の言葉で一気に顔が赤くなった。 心臓の鼓動が鳴り止まず、大量の汗が頬をつたった。 熱中症の症状だ。と自分を騙し続けた。 「そっか。ベタ惚れじゃん。まぁ、凪らしいか。」 「当日、三カップルで会えるといいな。じゃあ、また明日な。」 バス通学の二人は帰って、凪だけになった。 すると、凪は自転車を取らずにこっちに向かって来た。 (やばい…どうしよう。盗み聞きしてたのがバレる) 心臓の鼓動は、まだバクバク言っている。 「なにしてーんの?稚夏。」 「……別に。自転車取りに来ただけ。ちょうど今来たとこ。」 私は座り込んだまま答えた。 「そっか。鞄のキーホルダー見えてたよ。そんな変なの付けてるの、稚夏しかいないでしょ。」 「あっ…」 初めて鞄につけていた、かき氷のキーホルダーを後悔した。 「さっき何か言ってた?蝉の声であんまり聞こえ…」 「さっき言ってたのはホントだから。来週の夏祭り、一緒に行ってくれる?」 「…………うん」 私は照れて、凪の顔を見ることは出来なかった。 「やっぱり可愛い。」 「うっさい。バカ。」 すっかり日も落ちて夏の宵となっていた。 夕日はいつもよりずっと赤かった。 「じゃあ、一緒に帰ろっか。」 今年の夏は一番熱い。 夏完。
恋する季節-春の訪れ-
春、僕はさくらに一目惚れした。 登場人物 知春(ちはる) 花咲大学2年生。 穏やかな性格で、同じ学科のさくらに片想い中。 さくら 花咲大学2年生。 純粋で少し天然な性格で、みんなから可愛いがられる存在。 大学の入学式、新入生は多目的ホールに集められた。 1000人くらいはいただろうか。 案内状を見ながら席を探すが、なかなか見つからない。やっとの思いで席を見つけると、隣には白い服装の小柄な女性が座っていた。 僕が席に座ろうとすると、下を向いていた彼女は顔をあげた。 その瞬間、まるで春一番の風が、僕を吹き抜けるかのような衝撃を受けた。それは、初めての一目惚れだった。 高校時代、僕は正直モテにモテまくった。 大学では「100人斬りを目指す」と、親友の桃真に断言していたところだった。 しかし、その野心はさくらに出会ったことで、どこかへ消えてしまった。そして、結局一年間、色恋沙汰は何もなく、時だけが過ぎて行った……。 僕が一目惚れした、さくらはとても純粋な女の子だった。 また、時折見せる天然なところも可愛かった。 僕が「100人斬りする」と言ったら、おそらく彼女は、「殺人はダメだよ」と本気でいうだろう。 自他共に認めるチャラい僕には、さくらとは合わないだろう。 しかし、いつも追われる側の僕は、いつのまにか、一人の女性を追う側になっていた。女の子と話すのなんて慣れているはずなのに、さくらだけは、何故だが少し緊張してうまく喋れなかった。 ある日、隣の席で桃真がさくらと友達の菜花に話しかけていた。 「来週の日曜日、花見行こーぜ。」 おそらく桃真は菜花のことが好きだった。 「知春が来るなら行こうかなー。」 菜花が僕に聞こえるように言う。 「私は菜花が行くなら行こうかな。」 さくらも答える。 「ちっ、結局知春かよ。」 桃真は後ろを振り返り、僕の肩に手を置いた。 「だってさ、知春。菜花が花見来て欲しいんだと。」 「……。まあ、行ってもいいけど。」 「おっ、珍しいな。知春が来るなんて。いつも花粉症だから行かないとか言ってるくせにな。まぁ、どうせお前は花より団子だろ。」 「案外そうでもねぇよ。」 そう言ってさくらに視線を向けると、ちょうど目があってしまい、また目を逸らした。 彼女は嬉しそうに微笑んでいた様に見えた。 「じゃあ、講義始まるから。日曜日よろしくな。」 講義室の窓からは穏やかな春風が吹いてきて、外には満開の桜が咲いていた。 「さくらなんて興味なかったのになぁ…」 僕は誰にも聞こえないように呟いた。 今年の春は何かが始まる、そんな予感がした。 春完。