失くしたもの
公園のイチョウが嫌いだった。
ベンチの隣に立つ一本のイチョウの木。
毎年実をつけ、この時期になると香るあの匂い。
子供の頃はよく靴を臭くして母に怒られたし、
始めてできた彼氏とベンチで二人、お尻で踏んでしまったこともあった。
いっそのこと切ってしまえばいいのに。
何度もそう思ったが、公園にはいつもあの木があった。
だが願いは突然叶ってしまった。
私が高校を卒業する年、この町で過ごす最後の秋に。
あのイチョウの木が無い公園は、
まるで神様にそこだけ景色をむしり取られたかのよう。
私は一言「ごめんね」と呟いた。
誰に謝ったのかわからない。
自分の気持ちもわからない。
あのイチョウがあった場所、ぽっかりと空いたその向こう、
見上げた空は寂しくなるほど青く、澄み渡っていた。