魅設定

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目が、合わない。

「りお〜、リップ貸してぇ」  トイレで前髪を直していたら、香純が体当たりをしてきた。 「昨日はハンカチ、貸した気がするんだが。」 「え〜...何の話かな?今唇カッサカサなんよ!ポカリ奢るから貸してください!!」  胸の前で手のひらを合わせ頭を下げるその様は、何度か見たことがあった。 「よろしい。」 「流石りお様」  と、離したリップとは逆に温かな体に柔らかい香水の匂いが近づいてきた。 「ちょ、距離近いってば。」  体を軽く反らし距離を取ると、香純は何も無かったかのようにリップを受け取り、鏡と向き合った。 「次の授業、体育だよね?駿くんの汗見れるの最高!!楽しみだなぁ」  ポツリとつぶやく香純を横目に、私はトイレを後にした。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈  放課後、明日は駿―香純の好きな人―の誕生日だと、彼の友達から聞いた。  それでピンと来てしまった。  ――いつもより目が合わなかったのは、明日駿に告白しようか悩んでいたからではないか。  香純は挑戦を怖がるタイプであり、なにか変化が訪れるとわかっているときは決まって不安がっていた。  (明日は駿君の誕生日だから、自分の気持ちをぶつけよう。でも、私の事嫌っていたら?そしたらただ駿君を不快にしただけじゃん)  香純の声が聞こえた気がした。  ふと気になり、駿の友達に聞いてみた。   『駿くんってさ、結構かっこいいから明日告白とかされるんかな笑』 『あーありえる。あいつしょっちゅう彼女欲しいって言ってるもん』  ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 「りお〜、くし貸してぇ」  また昨日のように、いつものように話しかけてくる香純。 「……香純は、駿と付き合っちゃうの...?」  喉が震えていた。 「え?あぁ、りおは本当、細かいところによく気がつくね。」  褒められたって、嬉しくなかった。 「……私は応援、してるからね。」  ポーチからくしを出し、洗面台に置いてトイレを出た。  言葉に詰まったことには、気がついてないといいけど。  ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈  翌日、駿に彼女が出来たことを、友達から聞いた。  それが誰なのかは彼も聞いていないそうだ。  授業中、香純の方を見るとやはり目は合わない。  その視線の先はいつだって駿だ。  ただその日、いつもとは様子が違う点がひとつあった。  ───香純の目はほんのり赤く腫れていた。

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目が、合わない。