ひまり

2 件の小説

ひまり

中学生

空白で恋に落ちる

夢か現か、その狭間に迷い込む。 「…ここはどこだ」 確か、僕は今眠りについたところだ。先程までベッドの上にいたはずなのに、1面星空が広がる不思議な空間にいた。 「そうか、これは夢の中。」 久しぶりに夢を見た、と思いながら呟いた。その時、後ろから声がした。 「少し違う。」 振り向くと、少女が立っていた。少女は、華奢で肌が雪のように白く、虚ろな目をしていた。 「君は…?というか、夢の中じゃないならここはどこなんだ?」 「ここは、空白。」 少女は僕と目を合わさずに言う。 「夢でもなければ、現実でもない。狭間。」 何が起きているのか、理解できなかった。 「ここは暗くて冷たいでしょ。でも、現実のように苦しいことはない。ねぇ、貴方もずっとここに居たいでしょ。」 少女は無表情のまま。 「そうだね、ここはいいね。」 僕は頷く。 「目が覚めて、また苦しい日々が来るのならここにいた方がいくらかいい。」 少女は細い腕を広げて話す。 「そうだよね。ずっとずっとここで暮らして、何も不安なこともなく、」 僕は少女の言葉を遮る。 「でも、ずっとは居られない。」 そう言った僕を、少女は気味が悪そうに見つめる。 「貴方みたいな人は初めて。ここにきた人は皆、永遠にこの世界で暮らしたわ。だってここは苦しまなくて済むもの。」 少女の目に光が無いのは、ここに光源が存在しないからだろうか。星の明かりでぼんやりとしか分からないが、少女はきっと暗い顔をしている。雪のように白い肌が暗闇に浮かんで見えるから、いくら暗くても見失うことはないが、その肌に触れると崩れて無くなってしまいそうなくらい儚い。 「…うん、現実は苦しいよ。」 僕の声に少女は、また驚いたような表情を浮かべる。それから、 「それならずっとここに居ればいいのよ。なのにどうして。」 と言って僕に歩み寄る。 「現実で、まだ叶えたい夢があるからだよ。」 僕の言葉に少女は足を止める。 「まだ、現実を好きでいたいんだ。苦しくても辛くても、僕が花を咲かすべき場所はあそこなんだって思えた。だから僕はここには居られない。」 少女は俯いていた。そして、「私、」と震えた声で話しだした。 「思い出した。現実にいた頃の私のこと。目覚めと共に襲う不安も、耳を塞いでも聞こえてくる批判の声も、涙が止まらない夜のことも。あの頃の夢だって全部思い出した。」 顔を上げた少女は、泣いていた。 「それなら…!僕と一緒に現実に戻ろう!」 少女は後ずさりする。 「できないの!私はもう、ここから動けないみたい。」 僕は、そう言う少女の腕を掴もうとした。でも、少女の腕を僕の手のひらがすり抜けた。 「時間も常識も超えて、迎えに来て。」 そう言い残して少女は消えた。 「そんな…」 俯いた。下を見たまま歩いた。光のない、暗い道。目頭が熱くなり、視界がぼやける。 「泣くなよ、僕。」 目から雫がこぼれ落ちないように上を向いた。その瞬間、空に星が流れた。 「…流れ星?」 思わず呟いた時、目の前が白い光に包まれた。眩しくて閉じた瞼の裏から声が聞こえた。 『私、人を笑顔にする人になりたいな!』 この声は、あの少女? 『きっとなれるよ。』 『大丈夫。』 『応援するね。』 少女にも夢があったのか。 『お前に出来るわけない。』 『現実を見ろ。』 『諦めて。』 何だ、これ。批判? 『私にはできない。こんな世界もう嫌!』 ハッとして、瞼を開けた。目の前で、数え切れないほどの星が流れていた。そうか、ここは全ての時間が交差する場所、常識が存在しない場所。 『時間も常識も超えて、迎えに来て。』 少女はそう言った。 「僕を少女のいる場所に導いてください!」 流れ星に願う。 「迎えに、来てくれたの?」 瞬きを終えた時、少女はそこにいた。 「当たり前じゃないか。」 優しい光が差し込む。少女は初めて笑った。 「一緒に帰ろう。」 少女の手を引く。今度はすり抜けない。2人の体温が暗闇を溶かす。 夢か現か、その狭間で恋をした。

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空白で恋に落ちる

月が太陽を照らす

−恋とはどのような感情を表すのか。 私の永遠の謎。 「山田さんって何でも出来るよね!」 「美月は頭が良いわよね。」 友達からも、親からもそう言われる。確かに私は、勉学には励んできたし、割と器用で人から頼られる事が多かった。だから知識は持っている方だと、自覚している。でも、私にはずっと理解不能な事がある。それが、“恋”なのだ。 「山田さんって好きな人とか居ないの?」 「私に、好きな人…?」 クラスメイトとの会話で、時々こんな会話になる。 「私は、居ないです。」 毎回そう答える。 「サッカー部の陽向君かっこよくない?」 「一組の坂本陽向君か!確かに!」 こんな話になったらいつも輪の中に入れない。 「ごめん、私ちょっと。」 席を外して、中庭まで歩く。ため息をついて、ベンチに座る。十一月の空気は冷たくなり始めていて、澄んでいる。深呼吸をして立ち上がろうとした時、グラウンドのサッカー部に気付いた。寒くなってきた中、半袖で風を受けながらボールを追うの、大変だろうなぁ。そんな事を思いながら、ぼんやりと見ていた。 「ごめんボール飛んだ!」 そんな声が聞こえたかと思えば、サッカーボールが私の足元に転がってきた。 「わ、」 サッカーボールなんて蹴った事ないし、ボールを両手で持って、声の主に渡した。 「ごめん!同じ学年の山田さんだよね!」 長い睫毛に大きな瞳、真っ黒な髪の毛は毛先まで真っ直ぐで、鼻が高く、上がった口角から見える歯は白い。なんて、綺麗な男の子なんだろう。まるで、絵に描いたみたい。 「は、はい。山田美月です…。」 にしても、私の名前を知ってるなんて。でも私はこの人の名前を知らない。 「だよね!よろしく!俺は坂本陽向!」 この人が、坂本君?クラスメイトの皆が噂していた、坂本陽向君?こんなに容姿端麗で、こんなに愛想もいいなら、確かに噂されるのも分かる気がする。 「陽向ーまだかー?」 「悪い!すぐ行く!」 坂本君はそう言って走り出す。そして、「あ」と、立ち止まって振り返る。 「また明日!山田さん!」 また走り出す坂本君を見送って、私も校舎へと帰った。 教室へ帰ると、皆ももう家へ帰っていた。鞄だけ持って、再び中庭に戻る。さっきより赤くなった夕焼けに包まれて練習しているサッカー部を横目に、学校を後にした。 早朝、学校に課題を忘れた事に気付き、学校へと向かう。まだ朝日が上りきっていなく、秋を感じる。こんな早い時間に学校に行く事は無く、新鮮だ。誰も居ないとばかり思い込んでいたら、グラウンドに人影が見えた。フェンス越しにのぞきこんでみると、そこに居たのは坂本君だった。 「おはよ!山田さん!」 坂本君はこちらに気付いて駆け寄る。 「朝練、ですか?すごいですね。」 目を合わせて話す。背が高い坂本君を見上げるのは少し大変だけど。 「まぁキャプテンだからな!」 そう言って笑う。 「すごいですね。流石です。」 私も、美術部の部長なのになんだか情けない。そう思うと目を合わせるのが後ろめたくなって周りを見渡した。 「この時間良いよな。」 坂本君は少し声のトーンを落として呟く。しっかりとその声を拾い、同じくらいの声の大きさで私も呟く。 「ですね。私、好きです。」 息をするのも忘れそうになる、そんな不思議な空気。澄んでいるのに重たい。人気が少なく、寂しく感じるからだろうか。しんみりとしていると、町のチャイムが鳴った。 「あ、私忘れ物があったんでした。失礼します。」 校舎に向かって小走りで向かうと、「山田さん!」と呼び止められた。 「また明日!」 今日は部活がある日。放課後、部活終わりに先生に言った。 「居残りさせて貰えませんか。」 気に入らない。自分の描いた絵がどうしても気に入らない。キャンパスに向かい、絵の具を乗せる。 (こうじゃない、もっとここは…) 1人で葛藤しながら、誰もいない美術室に筆とキャンパスが接する音を響かせる。パレットの上にどんどん色が重なっていく。綺麗な色だけじゃない。原色だけじゃ求めている色にならない。同じ色を作るのは難しい。何度も塗り重ねないと納得できない。雑念が少しでもあれば、全て色に出る。形を、色を心で捉えて点にし、線で繋ぐ。指先に全神経を集中させ、耳から入る音は全て聞かないようにする。絵の具は容赦なく手に、顔に、服に飛び散る。構わない。構っている暇は無い。 「…完成」 やっと完成した絵を乾かしに行き、息をつく。 「お疲れ様。」 驚いて廊下に目をやると、そこには坂本君が居た。 「え、」 坂本君は悪戯に笑って、 「部活終わって校舎見たら美術室に電気ついててさ、見に来たんだけど、山田さんがすごい集中してたからさ。ごめんね。」 と言った。 「わ、私こそ気付かなくてごめんなさい。」 坂本君はさっきと違った笑顔で、 「山田さん、かっこいいね。こんなに真剣に、絵に向かってるの。絵が好きなんだな。」 予想もしてなかった言葉に驚いて坂本君をじっと見つめたまま何も言えなかった。 「すごいな。流石じゃん。」 初めて言われた、そんな事。そうだ私、頑張ってる。誰も気付いてくれなかった。ううん、私すら気付けなかった。なのに坂本君は難なく気付いた。私は、 「私は、絵が好きです。」 しっかり前を向いて言った。坂本君は大きな目が線になるほどくしゃっと笑い言った。 「俺は、サッカーが好きだ。」 目の前がぼやけて、潤んだような気がしたのは、きっと目が疲れたせい。きっと。 「山田さん、?」 「…はい!」 昨日の放課後の事を思い出していたら、ついぼーっとしてたみたい。 「ぼーっとしてるね。もしかして、恋!?」 「恋なんてそんな!」 私は恋と無縁なのだ。何度も言うけど、恋は私の永遠の謎なんだ。 「絶対そうじゃんか!」 色恋沙汰で盛り上がるクラスメイトは、よく先生にうるさいと注意されているし、何でも恋に結びつけたがる。でも、誰よりも輝いていて楽しそうに見える。私は、そんなクラスメイトを横から見ているのが好き。 「やば、次体育だって!」 「サッカーじゃんね!」 「陽向君見れるじゃん!早く行こ!」 坂本君のサッカー姿、部活以外でもやっぱり人気だな。クラスメイトに続いて、私も階段を降りる。靴箱の前に着き、玄関から出ようとした時、坂本君に会った。 「あ、坂本く…」 呼びかけようとした瞬間、 「陽向君!」 たくさんの女子の声にかき消されてしまった。坂本君と追いかける女子の背中をぽかんと見送ってから、ぽつりと呟いた。 「やっぱ、すごいなぁ。」 授業が始まる。男子の試合。女子はフェンス越しに男子の試合を見学するようになっている。私はサッカーのルールがよく分からないから、しっかり見ておこうと思ってフェンスに手を掛けた。 「陽向!ナイスシュート!」 グラウンドに響く男子の声。坂本君は早くもシュートを決めたのだ。グラウンド外からも女子の歓声が響く。 (すごい、秋なのに、暑い。) 熱気で汗をかくほど、秋だと忘れてしまうほど、学年全体が坂本君に夢中だった。私はただ、圧倒されていて、気付けば手にフェンスの跡が付くほど強く力を込めていたみたいだ。 「次は女子だねー!」 楽しそうなクラスメイトとは違い、私は今にも逃げ出したかった。 (足を引っ張ったらどうしよう…) スポーツが本当に苦手で、サッカーなんて足でまといにしかならない。中学の時に、 『お前とチームとか最悪。』 そう言われた。あの時の冷たい視線が今でも鮮明に思い出せてしまう。手が震えて、足が動かない。高校に入ってからも、この言葉を思い出したらこの時の記憶が全て蘇ってきて足が竦む。 「山田さん!」 立ち尽くしたまま、声の方を振り向く。 「サッカー、楽しんで!」 坂本君の声だ。何か言わなきゃ、そう思った時には開始のホイッスルが鳴っていた。 「パス、パス!」 「ナイス!」 一瞬の静寂の後、グラウンドは声と砂嵐に包まれる。この空気、 『お前とチームとか最悪。』 どうしよ、また思い出しちゃった。 『サッカー、楽しんで!』 そうだよね。楽しまなきゃ。坂本君が言ってたように。 「…パ、パス!」 思い切って声を出してみる。ボールはすぐに私の足元へと飛んでくる。「パス」その声の元へ思い切りボールを蹴る。チームの子がそのボールをゴールへとシュートする。 「ナイスプレー!山田さんすごいね!」 私、もしかしてサッカーできてた?坂本君の居る方に振り返ってみる。坂本君は歓声の中でただ1人、私にピースして「ナイス」と口パクしていた。すごく嬉しくなって、安心して私も思い切り坂本君にピースを送った。 放課後、図書室へと向かう。今日は委員会が無い日のはずだった。しかし、 「ごめん!山田さん!今日彼氏とデートなんだ!だから委員会変わってくれない?」 隣のクラスの人からそう頼まれた。窓から2人の幸せそうに歩く姿を見ていると、何だか私まで幸せになってきた。放課後図書室に来る人は少ないから本を読んで放課時間まで待とうと思って、読みかけの本を開いた。 (あれ、誰か入ってきた。) 珍しく、放課後の図書室に足音が聞こえる。秒針の音と、本の匂いがあまりにも心地よくて眠ってしまいそうになる。 「これ、お願いします。」 私の目の前に本を持って、生徒が来た。 「はい…、坂本君?」 目の前で私に本を差し出していたのは坂本君だった。「驚いた?」とまた悪戯に笑う坂本君。まさか坂本君が図書室に来るなんて。 「放課後に図書室を利用する生徒、少ないんです。」 本のバーコードを読み取りながら言う。 「そうなんだ?俺は毎週水曜に来てるよ。部活無い日だから。」 本を受け取って「サンキュ」と呟く坂本君。今日は私がたまたま委員会を変わったから、坂本君に会ったんだ。他に生徒は居ないけれど、図書室の雰囲気は2人の声を小さくさせる。 「坂本君、本読むんですね。」 全然イメージになかった分厚くて難しい本を抱える坂本君に驚く。 「昔の日本の作家さんが好きでさ。」 「分かります。」 まさか坂本君と本の話ができるなんて。 「それこそ、山田さんにそんな感じの本のイメージないよ。」 さっき閉じた本の表紙をもう一度見る。 「読むんだね、恋愛もの。」 「…実は、恋について知りたくて。」 少し恥ずかしくなって本を膝に置いて机で隠す。 「恋について…知る?」 坂本君は不思議そうに私の顔を覗き込む。 「はい。私、恋したこと無くて、というか、恋とは何なのかすら分からなくて。」 目を泳がせながら喋る。坂本君は少しきょとん、としてから微笑む。 「簡単だよ。相手の事で一喜一憂できて、相手の為なら何だってできるように思える事だよ。それで、その人と居たら、」 坂本君は一息置いて、 「自分も知らない自分が見付かる事。」 と優しく言った。その横顔は美しかった。 「山田さん、好きな物を目の前にしたらどうなる?」 坂本君はまた目を細めて問いかける。 「えっと、自然と笑顔になるような気がします。」 坂本君はもっと目を細めて、 「山田さんが「好き」って思う人に出逢えたら、自然と笑顔になって恋に気付けるはずだよ。」 と言った。私が恋をする、考えた事も無かった。いつも他人事。皆の恋路を応援するだけで楽しかった。 「あ、俺帰らないと。」 坂本君が時計を見る。 「また明日、山田さん!」 右手に本を大事そうに抱え、左手で大きく手を振る坂本君に、私も左手で小さく手を振る。もう時間だから私も帰ろう、そう思ってパソコンの電源を落とし、立ち上がった時、窓に反射した自分の顔が見えた。 「私なんでこんな笑顔なの…?」 口角が上がっていて目が輝いていた。クラスメイトが恋の話をする時と似てる表情。 『自然と笑顔になって恋に気付けるはずだよ。』 私、もしかして…。 「こんな時間…帰らないと…。」 家に帰り、夕食と入浴を済ませて自分のベットに座ると、また思い出してしまった。 『自然と笑顔になって恋に気付けるはずだよ。』 そんなまさかね、私が恋をしただなんて。その相手が坂本君だなんて。そもそも恋なんて…。 “ピピッピピッ” 目覚ましの音で目が覚める。どうやら昨夜、考え込んでいたら眠ってしまっていたようだ。「いってきます」とドアノブに手を掛ける。後ろから母の声。 「美月、元気ないわね。」 心配そうに見つめる母。体調はいい。元気がないように見えるのだろうか。 「そんなことないよ。いってきます。」 少し口角を上げてまたドアノブに手を掛ける。 (お母さん、どうしたんだろう。) 学校に着くと昨日とは打って変わり、生徒で溢れかえっていた。これが毎日の光景なはずなのに、何だかすごく残念な気がした。昨日のあの静けさが恋しくなった。 「おはよ!山田さん!」 坂本君の声だ。ばっと振り返る。まるで待っていたかのように。 「おはようございます、坂本君。」 何だか目が合わせられない。耳が熱い。やっぱり私熱があるんじゃ…。 「山田さん、大丈夫?顔赤いよ。」 坂本君が顔を近付ける。心音が早くなるのを感じる。 「だ、大丈夫です!」 顔を隠して走り出す。やっぱり私変だ。身体中が熱い。ドキドキしてる。私が私じゃないみたい。こんな私、私は知らない。 『自分も知らない自分が見付かる』 信じられない。やっぱり私恋してる。 坂本君に恋してる━━━━━ 「今日は文化祭の出し物、係を決めるぞ。」 文化祭か、私には無縁のものだと思ってた。 「この係…」 着々と係が決まっていく。最後に余ったのに手を挙げよう、そう思っていた。 「最後、看板係…」 私は手を挙げた。 「山田さん、美術部だし適任だね!」 「今年の看板は安心だねー。」 看板係。何も考えず手を挙げたけれど、こんな大役私でいいのかな、そんな私を置いて、出し物の決定へとクラスは気持ちが走っていた。 「お化け屋敷は?」 「絶対被るでしょ!」 「クレープ屋?」 「だったらパンケーキが良くない?」 クラスが声で溢れる。 「山田さんは?どう思う?」 隣の席の女の子が私に聞く。一気に皆の視線が私へ向く。 「え、と…カフェにしたらどうでしょうか。クレープもパンケーキも売れますし。」 一瞬クラスが静かになる。私何か変なこと言ったかな。 「めちゃいいじゃん!」 「どうせならメイド喫茶とかどう?」 「いいね!」 また騒がしくなるクラス。メイド喫茶…。メイド!? 「ありがとね、山田さん!」 メイド喫茶…。 「は、はい!」 授業終わり、先生に呼び止められた。 「山田、看板係は今日から仕事がある。1階の空き教室で作業してくれ。1組の係の人と一緒に進めてくれ。」 今日から早速仕事があるなんて、やっぱり壮大な看板だ。去年先輩が作っていた看板に圧倒されたのを覚えている。 放課後、1階の空き教室へ入る。 「え、坂本君?」 そこには坂本君が居た。 「山田さんも看板なんだ!」 私、坂本君と同じ係になったって事?看板係のプレッシャーの上、坂本君と一緒のドキドキに耐えられるか不安だ。 「はい…。」 話が続かない上、目も合わせられない。だから早く作業に取り掛かろうとした。 「どういう感じの看板にする?」 坂本君は全く緊張していない素振りでしゃがむ。私も、仕事に集中しなきゃ。 「そうですね…。」 考える。 「えーと。」 考えて。 「…」 駄目だ。全く集中できてない。 「急にって感じだよね、ごめんね。」 坂本君があはは、と笑う。 「とりあえず、今日は作業やめよ!2人で話そう。」 ドキ、胸が音を立てた。なんの話しをすればいいんだろう。 「…坂本君は何でサッカーを始めたんですか?」 変な質問。でも坂本君はすぐに答えてくれた。 「存在意義のため、かな。」 存在意義……。 「ごめん、変なこと言ったよな。」 ははっ、と笑う坂本君。この人は何を守って生きてきたんだろう。こんなにかっこよくて優しくて……存在意義が欲しかったの?その日はモヤモヤと考えて眠りについた。 「坂本君!」 次の日の昼休み、坂本君に声をかけた。 「山田さん、どした?」 「看板の絵、こんなのはどうかなって。」 私は紙を見せた。昨日徹夜で考えて絵に起こしたものだ。坂本君は「すげー」と色んな角度から絵を見てくれた。私はそれがなんだか嬉しくてついつい頬が緩む。 「山田さん、その顔いいね!」 坂本君は屈託のない笑顔で言う。 「笑顔!似合ってるよ!」 顔が赤くなるのが自分でも分かる。こんなことでいちいち動揺してしまう自分、やっぱりおかしい。なかなか慣れないや。 「あ、りがとうございま。」 目を逸らす。坂本君は何事も無かったかのように絵に視線を戻す。 「この構図めっちゃ好きかも!今日の放課後から取り掛かろ!」 何日か看板の作業に取り掛かって、完成間近の時、坂本君が先生に呼ばれた。どうやら坂本君は文化祭に出るらしい。 「リハーサル、見に来る?」 同じ看板係だから、という理由で坂本君のリハーサルを特別に見させてもらえることになった。体育館に着くと、坂本君と何人かの同級生がステージ袖に移動しているところだった。 (バンドって聞いたけど、どんななんだろう……。) ステージのライトが一斉に点灯する。ドラム、エレキギター、ベースギター、ボーカル、そして、真ん中にボーカルの坂本君。 「1.2.3.4!」 坂本君が手を大きく掲げて叫ぶ。ドラムの衝撃的な始まりの音に続いて、エレキギター、ベースギターが音を紡ぎ、少しずつメロディーにしていく。ボーカルの坂本君の力強い声。それをもう1人のボーカルの子が優しく支える。 (私の好きな曲!) 私の好きな曲を歌う坂本君の歌声は響いて、鼓動に直接語りかけられているような感じがする。どの楽器の音も、ハモリのボーカルの子の声も掻き消さない、でも耳に残る声。 (かっこいい……) その瞬間、坂本君と目が合う。坂本君は、歌詞に合わせて私を指さす。この体育館には私1人の観客しかいない。坂本君が歌の途中でくれた目線は、私だけのものなのだ。これを文化祭で見せる、沢山の人に目線を合わせる、そう思うと何だかモヤモヤした。何これ嫉妬ってやつ?駄目だな私、独り占めしたいだなんて、図々しいこと思っちゃいけないのに。 「お疲れ様です坂本君!すごかったです!」 ステージから降りた坂本君に一目散に駆け寄る。 「ありがと!本番も楽しみにしてて!」 坂本君、歌も好きなんだな。すごく上手だったし、練習したのだろうか。本番も絶対クラスの仕事早く終わらせて見に来ないと。 「おいおい陽向、本番、って本番明日だぞ!」 もう明日という事実に私も驚かされる。 (もうそんなになんだ。) 看板が描き終わったと思ったらギリギリだったんだ。仕事に集中してて、文化祭がいつか忘れちゃうなんて……。 「ほんとだな!頑張ろうぜ!」 坂本君はメンバーと円陣を組んでいた。なんだか青春って感じでいいなぁ。 「じゃあまた明日!山田さん!」 坂本君に手を振られて、私も振り返す。 文化祭当日、貼られた看板を確認するために体育館に向かった。 「あれ、坂本君達、どうしたんですか?」 神妙な顔でステージに座っている坂本君達に声をかける。 「それが実は、サブボーカルの田中が今日来れないみたいなんだよ。」 坂本君が言う。来れない、ってことはバンドはどうするの、聞く前に坂本君が口を開く。 「今日は中止だな……。」 私に向かって「心配ありがと」と引き攣った笑顔を向ける坂本君。本当に中止でいいの?あんなに必死に、真剣に歌っていた坂本君を思い出す。私は、坂本君に貰ったものを返せているの?何度も、坂本君の言葉で救われた自分を思い出す。これじゃ駄目だ。 「私じゃ!駄目ですか!」 皆の目が丸くなる。 「私、昨日の歌大好きです!歌えます!皆さんに、バンドして欲しいんです!」 この曲はハモり無しじゃ物足りないのだ。だからといって前までの自分であれば、歌いたいだなんて言うことは有り得なかった。でも今は違う。頼って欲しい相手がいる。 「やろう。」 坂本君が小さく言う。そして立ち上がってもう一度言う。今度は大きな声で、いつもの笑顔で。 「やろう!」 そのキラキラした目からは何の悪意も見えなくて、本当に私でいいんだ、と思った。心から安心した。 「はい!」 その時、我に返った。 「あ、私クラスでカフェするので何時までに来ればいいですか?」 坂本君は、 「じゃあ俺が時間余裕もって迎えいくよ!」 と言ってくれた。ほっとして、頭を下げる。「では、」と言って教室に入った瞬間思った。 (メイド喫茶……坂本君に見られるってことだ!) あたふたしていると、クラスメイトの女子に囲まれた。 「山田さん、これ着替え!」 「ヘアセットやらせて!」 「今やっていいかな!」 「えっと……」何も言わないうちに、気付けばメイド服を渡されていた。仕事だと割り切って着てみたは良いけれどやっぱり恥ずかしい。でもそんなこと思っている暇は無くて、髪の毛が高い位置でツインテールになっていた。 「山田さん可愛い!!!」 クラスメイトの皆はすごく楽しそう。それならいいか、仕事だ、そう思ってなんとか立ち上がる。 メニューの中のスイーツはどれも可愛くて、たちまち大人気となった。だんだん自分の服装と髪型について忘れてしまっていた。 「山田さんいる?」 「山田さんー!呼ばれてる!」 くるっと振り返る。「誰ですかー?」 「坂本君!」 どうしよう、坂本君に見られる。でも行かなくちゃ。 「山田さん、それ……っ!」 坂本君は驚いた顔をする。 「坂本く……」 ぐいっと手を引かれる。手が触れてる、そう思った瞬間、ふわっと上着が被せられた。 「それ、似合ってる。普通に他のやつに見せんの嫉妬するんだけど。それ着てて。」 坂本君の耳が赤い。坂本君の匂い。ねぇ坂本君、それって独り占めってことですか。私が昨日感じた気持ちと同じですか。自惚れちゃって、勘違いしちゃったらどうしてくれますか。人混みではぐれそうな私の手を、強く握ってくれる坂本君の背中を見ながら思った。もうこの好きは後戻りできないんだ。 「山田さん、これ衣装だから。」 坂本君と目が合わせられない。私本当に駄目だ。衣装に着替えて番を待つ。 「次のグループです!」 司会者の声で私達は準備に向かう。真っ暗なステージに足がすくむ。私から歌いたいって言ったんだからちゃんとしなきゃ。その時、坂本君が私の背中を押す。 「大丈夫。」 『大丈夫』坂本君に言われると大丈夫な気がしてくる。不思議な力。これが恋の力なんだ。これが私の恋なんだ。ステージのライトが点灯する。大きな歓声の後、ドラム、エレキギター、ベースギター、坂本君。ここから私のパート。『大丈夫』 「━━━━♪」 上手く入れた。ここからは『大丈夫』歌詞にちゃんと気持ちを込めて、伝わるように、音を紡いで声にして。ラストのサビの前に坂本君と目が合う。ステージの上の人と観客、じゃない。今度はステージの上の2人として、目が合った。微笑んだ。最後の1音を終えた後、拍手喝采が起こった。 (うそ、私歌えた。) 歓声と拍手の中で、その中心で、私が立っているなんて。今までに感じたことの無い高揚感。頬をつねってみる。ちゃんと痛い。これは夢じゃない! 「お疲れ様、山田さん!」 ステージ袖に戻ると、坂本君が汗を拭きながら言ってくれた。 「嬉しかったです。ありがとうございます。」 成功して、本当に良かった。 「お礼を言うのはこっちだよ。」 坂本君に手を差し出される。 「一緒のステージ、最高だった。ありがとな!」 少し照れるけれど、いや、すごく照れるけれど、差し出された手をしっかり握る。そして、2人で顔を見合わせて笑った。メンバー全員でハイタッチをした後、わたしは思った。 私も今、青春してるんだな。 そう思ったのもつかの間。観客席の方に戻ると、1人の女の子が私達の元、坂本君の元にやってくるのが見えたのだ。 「坂本君!一緒に回ろ!」 可愛い女の子だった。腕を組んで一緒に歩く2人を見送ってぽかんとしていると、バンドメンバーが、、 「相川さん、陽向と仲良いんだな。」 「相川さんも陽向もモテるもんな。」 と話しているのが聞こえた。そうなんだ、相川さんっていうんだ。確かに可愛いし愛想良さそうだもんな、でもやっぱり、坂本君と一緒に居るのはモヤモヤするな。 (私、本当に自分勝手……。) 私はそんな気持ちで教室に帰った。坂本君と相川さんは、私達のクラスに来なかった。 「坂本君、いいかな?」 文化祭の後、片付けが終わったら相川さんが廊下で坂本君にそう言っているのが聞こえた。何だろう、と教室から覗いていると、同級生がザワザワし始めた。 「相川さん、坂本君に告るんだよね。」 え?告白?相川さんが、坂本君に?混乱していた。でも、少しそうなる予感がしていた。2人の距離が近く、向こうに歩いて行っている後ろ姿を眺めている時、取り残された感じがして、そのままもっと遠くへ離れて行く感じがした。 「お似合いだよね!」 そんな声が飛び交う中、私は今までの自分を思い出していた。勝手に期待して、嫉妬して、自惚れちゃって馬鹿みたい。恥ずかしくなって思わず走り出した。中庭まで走って、息を整える。こんな気持ち、感じたことがない。苦しくて、辛い。上手く呼吸ができなくて、喉に何かが突っかかっているような感じ。 (私、泣いてる……?) 目からひっきりなしに涙が零れ落ちる。止まらない涙はどんどん心の奥を素直に分からせてくる。 (私は……、) こんなに恋が悲しいものだなんて知らなかった。嫌な自分がどんどん出てくる。でもその度坂本君に会いたくなるのは何故?こんなにも坂本君でいっぱいの心は、どこに隠せばいいの?心から溢れた好きは、どうやってすくえばいいの?こんなに悲しいなら、恋なんてしなきゃ良かった。 「山田さん!」 涙で濡れたまつ毛のせいで視界がぼやける。振り返った先にいたのは、坂本君だ。 「坂本く……」 私の言葉を遮るように坂本君は言う。 「俺、相川の告白断ったから。」 どういうことか分からず戸惑っている私の目の前でどんどん顔を赤く染める坂本君。 「好きだ!美月!」 坂本君が叫んだ。私の名前。坂本君が呼んだ時、世界に一気に色が付いたような気がした。吹き抜けた風が何もかも消し去ってくれて、まるで幸せだけが私に残ったような、そんな気持ち。 「俺と、付き合って欲しい!」 また涙が溢れそうになる。でも次の涙てわ溢れた気持ちは、初めて味わう気持ち。全てが報われたような、希望の光が見えたような。 「……私でいいんですか?」 坂本君は私の近くに走ってきて、手を握る。 「美月がいいんだ!」 “存在意義”坂本君がサッカーを存在意義だと思っているなら、私の存在意義は坂本君にあるんだ。坂本君がいるから私はここにいたい。 「これからよろしく、陽向。」 一気に距離が縮まったようで、言ったあと恥ずかしくなった。坂本君の名前。陽向。でも何度でも呼びたくなる。 「月が綺麗ですね。」 照れ隠しなのか、陽向が言う。もう薄暗くなってきていて月が見える。でもただの照れ隠しじゃない。いつか私達が話していた小説が好きという話。夏目漱石が訳したあの言葉。 「存在意義です。」 坂本君は不思議そうな顔をしてから、いつものように微笑む。 月が太陽に照らされて光を放てるように、陽向がいるから、私は私でいられる。私の好きな私でいられる。その代わり、月には月の、太陽へ恩返しを。これからは伝えていきたい。“好き”を。 やっと分かった“恋”だから。 ~完~

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月が太陽を照らす