輝きののちに

 僕がこの街に残っている理由はよく分からないが、君がこの街を出ていった理由はよく分かる。もしも、今でも煉瓦造りの建物で溢れかえっていたのならば君はこの街にいただろうし、僕も君を離さなかっただろう。  冬が始まる前の冷たく乾いた風が心を冷やし、昔のことをぼんやりと思い起こさせた。だからかは分からないが、街を象徴する高層ビルを遠目に眺め、街の変化を噛み締めていた。  君が好きだった黒くて少しお辞儀しているように見える街灯は、白くてシンプルな未来を感じさせるデザインに変わっている。君の愛した街路樹は少し痩せ細ってピカピカと光るようになった。公園で遊ぶ子どもに手を振る君を見ることはとても叶わないし、尖ったベンチでは横になりながら星を見ることもできない。  それでも僕はこの街が好きだし、変わっていくことは悪いことばかりじゃない。不便をいつでも愛せるわけじゃないから、日に日に機能性を増していくこの街を否定することはできない。それに、変わっていくものばかりでもない。  僕はあまり好きではなかったが、君が何度も連れてきてくれたカフェに入った。コーヒーの種類なんか聞いてもよく分からなくて、僕はいつもおすすめのブレンドコーヒーを飲んでいた。君がいなくなってからもブレンドコーヒーを飲んでいた。だから、メニューに嬉々として貼られているリニューアルのシールが憎かった。  仕方がなく、リニューアルされたブレンドコーヒーを頼んだ。僕はいつもそれだけだったけれど、何かに縋るようにいつも君が食べていたシフォンケーキも頼んだ。  君を思い出すために、シフォンケーキを一口食べた。思ったよりも甘く、口の中が濃くなっていく感覚に溺れた。残った甘みを味わいながらコーヒーを飲んだ。 「美味しい」  思わず呟くほどだった。ほとんど毎日ブレンドコーヒーを飲んでいたのだから、その変化には誰よりも詳しい自信がある。そして、リニューアルされたブレンドコーヒーは良くシフォンケーキに合い、互いに心を喜ばせた。  ああ、君にもこのリニューアルされたコーヒーを飲ませたいなと考えていた。
K
色々書いています。