思い出

思い出
 オーラン君が図書館で本を読んでいた。……ドイツの歴史書、だったかな。僕はギリシャ文学が好きだから、そちらを読んでいたのだけれど……。彼のことが気になって、本よりそっちを気にしてたんだ。秋らしい暖色の服を着て、きれいな黄毛の頬。本当に、秋の妖精みたいだったから。 「ロース、何見てるの」  不意を突かれて、心臓がびくっと跳ねた。もう一遍、眼を向けてみると彼は顔を上げて蘭のような笑みを咲かせている。僕の血管はトクトクと脈打って、気がつくと顔に血が昇ってきた。体の芯から火照って、変になる。僕は咄嗟に眼を逸らしてしまった。 「……い、いや。椛が紅くて綺麗だなって。夕陽を落としたみたい」 「ふふ。面白いなあ、それ」  また、悪戯っぽく笑う。どんどん羞恥に染まり、俯く僕を見てじっとりと水気を孕んだ笑みを溢した。 「笑わないでよ。──恥ずかしいから」 「だって俺は本について訊いたのに」 「えっ」と手元の本を見る。何遍も同じページを見返しているからか、紙に癖がついて開きっぱなしになっていた。ああ、恥ずかしい。 「あっ、此はその、オデュッセイアっていう叙事詩で、イタケー島の英雄オデュッセウスがトロイア戦争の後に故郷へ帰還する話だよ」
愛染明王
愛染明王
麒麟曰く「我草花を踏まず。獣虫を殺さず。世が平安なる時、街へ降り人の前に立つ」